Archive for category ブランド/オーディオ機器

Date: 2月 19th, 2011
Cate: 4343, JBL

4343とB310(もうひとつの4ウェイ構想・その9)

瀬川先生の4ウェイ構想は、
各帯域を受け持つスピーカーユニットをできるだけピストニックモーションの範囲内で使いたいがため、
たいてい、こう受けとめられている。

それは誤解とまではいえないけれど、
瀬川先生の4ウェイ構想は、ピストニックモーションと同じくらい、指向特性を重要視しての結果であることが、
意外に見落されている。

私は、むしろ指向特性の方をより重視されていると受けとっている。

私が読んだ瀬川先生の4ウェイ構想は、
ステレオサウンド別冊のHIGH-TECHNIC SERIES-1に掲載されてたもので、
そこでは指向特性については、それほど触れられていない。
私も、最初読んだときは、ピストニックモーションの追求しての構想だと受けとっていたし、
その後、数年間はそう思い続けてきた。

けれど、瀬川先生の書かれたものを広く読んでいくと、
そのなかでも瀬川先生のリスニングルームの環境について書かれたものを読んでいくうちに、
スピーカーの指向特性をひじょうに重要視されていることがわかってきた。

Date: 2月 7th, 2011
Cate: D44000 Paragon, JBL

パラゴンの形態(その2)

JBLの、以前のトレードマークは、Jに「!」を組み合わせたものだった。
このとき言われていたのは、「!」はドライバーとホーンの組合せを表している、ということ。

下部の点がコンプレッションドライバーで、上の部分がホーンにあたるわけだ。
そんな視点からパラゴンを見ると、375とホーンのH5038Pは、まさしく「!」そのものだ。

しかもパラゴンのウーファーの音道はJの形をしていて、その開口部に375+H5038Pがある。
このふたつが、JBLの以前のトレードマークそのものになっている。

パラゴンのデザインは、子細に見れば見るほど、凄い! と思うしかない。
アーノルド・ウォルフは、きっとトレードマークを意識してパラゴンをデザインしたのだろう。
そうとしか思えない。

スーパーウーファーについて(パラゴンに関しての余談)

仮想音源について考えると、JBLのパラゴンをマルチアンプで、
デジタル信号処理で3つのユニットの時間差を補整して鳴らすのは、果してうまくいくのだろうかと思ってしまう。

パラゴンではウーファーいちばん奥にある。しかも低音のホーンは曲っている。
もうパラゴンを聞いたのはずいぶん昔のことで、しかもまだハタチそこそこの若造だったため、
音源がどのへんにできているかなんて、という聴き方はしていなかった。

低音の仮想音源は、高音用の075の設置場所のすこし手前であたりにできるのだろうか。
低音のホーンはこのへんでカーブを描いている。

そして中音は中央の大きくカーブした反射板をめざすように設置されている。
反射板も、中音に関しては、左右チャンネルの音が交じり合っての仮想音源となっているだろう。

高音と中音の各ユニットは近くに位置している。

パラゴンの図面を眺めるたびに、いったいどこにそれぞれの音域の音像は定位するのだろうか、と考えてしまう。
考えるよりも、実際にパラゴンを聴いた方が確実な答えがでるのはわかっている。
でも、いまその機会はないから、こうやってあれこれ考えている。

私の予想では、やはり075の周辺にうまくできるような気がする。
だとすると、パラゴンを、いまの時代に鳴らすことの面白さが、いっそう輝きを増す。

Date: 1月 23rd, 2011
Cate: 4343, JBL

4343とB310(もうひとつの4ウェイ構想・その8)

4ウェイ構成のスピーカーシステムで、もっとも重要、と昔からいわれているのは、ミッドバスである。

あえていうことでもないと思うが、ここで言う「4ウェイ」とは、
瀬川先生の提唱されたもの、
JBLの4343、4350などの同じもの、
岡先生のいわれる2ウェイの両端の帯域を拡張したもの、のこと。

スペンドールのBCIIIのように、3ウェイのBCIIIにさらにウーファーを足したもの、とか、
3ウェイにスーパートゥイーターを足したものではなく、ミッドバス帯域に専用のユニットのもつモノのこと。

この種の4ウェイで、なぜミッドバス(中低域)のユニットが重要となるのか。
もちろん、音楽のメロディ帯域を受け持つ、ということもある。
でも、オーディオ的にいえば、
それ以上に、このミッドバスのユニットのみが、40万の法則に従っている、ということだ。

このことはふしぎと誰も指摘していないことだが、他のどんな構成のスピーカーでは、
ウーファーやトゥイーターはもちろん、スコーカーでも、40万の法則を満たすことは、まずできない。
4ウェイのスピーカーシステムにおいて、ミッドバスだけが、そうである。

40万をミッドバスの下のカットオフ周波数300Hzで割れば、上限は約1.3kHzになる。
ほぼ4343のミッドバス(2121)の受持帯域に重なる。

このことに気がつけば、瀬川先生がフルレンジからスタートされ、ユニットを段階的に足していくことで、
帯域の拡大を実現されてきたことを、少し違う視点から眺められるようになる。

Date: 1月 22nd, 2011
Cate: 4343, JBL

4343とB310(もうひとつの4ウェイ構想・その7)

スピーカーシステムとして完成させるときに、4ウェイという形態はそうとうに難しいことなのだろうか。

井上先生はマルチウェイのスピーカーは、方程式を解くのに似ている。
2ウェイなら二次方程式、3ウェイなら三次方程式、4ウェイなら四次方程式で、
次数が増えてゆくにつれて、解くのは難しくなるのと同じだ、とよく言われていた。

一方で、岡先生はすこし違う意見だった。
4ウェイよりも、むしろ3ウェイのほうがクロスオーバー周波数を、
どこにとるかによって、かえって難しくなることもある。
4ウェイ、それも2ウェイをベースにして、
それの低域と高域を拡張するためにユニットを2つ足すかたちの4ウェイであれば、
むしろ3ウェイよりもシステムとしてまとめやすい、といったことを言われていた。

井上先生と岡先生の意見のどちらが正しいか、ということではなくて、
4ウェイにすることによって生じる難しさもあり、
4ウェイにすることによってかえって簡単に解決できることもある、ということだろう。

私の中には、4ウェイ絶対論、とまで書くと大げさすぎるけれど、
それでも4ウェイ構成に対しては、負の印象はほとんどない。

それはやはりJBLの4343の存在があり、瀬川先生のフルレンジから始まる4ウェイ構想を読んできたからだ。

なにがなんでも4ウェイでなければならない、とは言わない。
それでも、十分につくりこまれたモノであれば、4ウェイの優位性を認めたい、という気持は残っている。

でも、いまや4343のJBLからも、4ウェイが消えていく時代だ。

Date: 1月 22nd, 2011
Cate: 4343, JBL

4343とB310(もうひとつの4ウェイ構想・その6)

JBLのカタログには、4348はまだ残っている。

センタースピーカー用のLC2CHと4348だけが、JBLのラインナップで4ウェイ構成だ。
つまり実質的に4348、1機種のみ、といってもいいだろう。
その4348も、いまオーディオ雑誌で取り上げられることも極端に少なくなっている。

4365、その前に登場したS9900、それにDD66000の取り扱われ方と比較すると、
残っている、という表現が、かなしいかな、ぴったりという感じだ。
(いましがたハーマン・インターナショナルのサイトを見たら、生産完了品につき流通在庫のみ、とあった)

バイアンプ仕様の4350を別格とすれば、4341から始まったJBLのスタジオモニターにおける4ウェイ・システムは、
4343でピークを迎え、そのあとはゆっくりと消えていくような印象すら受ける。

4348のスタイルを見ると、あきらかに4343を意識している、と思う。
スラントプレートの音響レンズを、JBLはもう採用することはないはず。
ゆうえに4343の、インパクトあるデザインは、もうJBLのスピーカーには望めないだろう。

それでも4348は、バスレフダクトの数と位置、そしてインラインのユニット配置、
それにミッドバスフレームの形、こういうところに4343を、わずかとはいえ感じさせる。

だからかえって、4343と、頭の中でつい比較してしまう。

そういうデザインのことは措いて、音に関していえば、
以前も書いたように4343の後継機は4348だろう。
4344よりも、ずっと4343をうまくリファインしたところがあって、
鳴らそうと思えば、1970年代後半の、あの時代の音の片鱗を確実に聴かせてくれる。

4348が、さらに4365の技術をベースにして、
4368といった型番のスピーカーシステムとして再登場したら……、そういったことも考えたくなる。

けれど、現実には、もうJBLから4ウェイのスタジオモニターは、出ない気がしてならない。

Date: 1月 21st, 2011
Cate: 4343, JBL

4343とB310(もうひとつの4ウェイ構想・その5)

昨秋登場したJBLの3ウェイ・スタジオモニターの4365の評価は高い。

見た目のプロポーションは決していいとは思っていないが、音は、うまくまとめられている。

オーディオ機器のプロボーションは、とても大事であって、ときに仕上げよりも気になることがある。
たとえば、最近の製品でいえば、ラックスのSQ38uと同じくラックスの新しいアナログプレーヤーのPD171。

この2機種に関しては、デザインが、というよりも、プロポーションがおかしい、と思う。
どちらもずんぐりして、鈍重な感じが漂っている。
プリメインアンプとアナログプレーヤーという、どちらも必ず頻繁に手をふれるもの。
目につくところに、どちらも置くモノにも関わらず、
なぜあえて、こういうプロポーションにしたのだろう……。

しかもどちらも型番からわかるように、以前のラックスを代表してきたモノである。
とくにPD121は、木村準二氏による素晴らしいデザイン(瀬川先生のデザインと勘違いされている方が多いけれど)。

テクニクスのSP10と同じモーターを使いながら、SP10のすこし野暮ったいデザインと正反対の、
あれだけ洗練されたデザインに仕上げたのと較べると、
同じメーカーのアナログプレーヤーとは思えないほど、
あえていえば、あの艶めいた漆黒のレコード盤を演奏するものとは思えない野暮さである。
PD121の洒落気は、みじんもない。

SQ38uについても同じだ。
なぜ同じ型番で、ああいうふうにしてしまったのだろうか。
まだ別の型番、それもSQ38をまったく連想させないような型番だったら、まだしもなのに。

その、大切なプロポーションで不満を感じる4365だが、音を聴くと、
もうJBLは4ウェイをつくることはないんだろうな、と感じてしまう。

Date: 1月 21st, 2011
Cate: 4343, JBL

4343とB310(もうひとつの4ウェイ構想・その4)

瀬川先生の「本」づくりで、けっこうな量の文章を入力したが、
意外にもJBLのユニットの音質そのものについて書かれているものは、少ない。

スイングジャーナル、1971年8月号とステレオサウンド 35号、ベストバイの特集の中に見つかるくらいだ。

ステレオサウンドのベストバイは、いまと違い、スピーカーユニットも選ばれている。
フルレンジ、トゥイーター、スコーカー、ウーファー、ドライバー、ホーンと分けられ、
それぞれの中から選ぶという形だが、
フルレンジ、トゥイーター、スコーカー、ウーファーではJBL以外のユニットも瀬川先生は選ばれているが、
ことドライバーに関してはJBLだけ、である。
ウーファーではアルテックの515Bについて書かれているのに、アルテックのドライバーは選ばれていない。
エレクトロボイスもヴァイタヴォックスのドライバーについても、同じだ。

だから当然ホーンも、JBLだけの選択となっている。
しかもJBLのドライバーも、プロ用の2400シリーズのみの選択だ。
(ウーファー、トゥイーターに関しては、JBLのコンシュマー用も選ばれている)
242024402410の3機種だけ。

おもしろいことに、この3機種は、岩崎先生も選ばれている。

この3機種については、それぞれ瀬川先生の書かれたものを読んでいただきたいが、
2440のところには、やはり「2420より中〜低域が充実する」と書かれている。
反面、2420よりも「中〜高域」で少しやかましい傾向」とある。

Date: 1月 7th, 2011
Cate: Bösendorfer/Brodmann Acoustics, VC7

Bösendorfer VC7というスピーカー(その16)

国産アンプで、磁性体を徹底的に取り除こうとしたのはソニー/エスプリのTA-E901、TA-E900があげられる。

1982年、このころの国産メーカーのオーディオ雑誌の広告は、いまとは違って、文字がびっしりあった。
それをしっかり読むことでも、オーディオの勉強になることも、けっこうあった。

ソニーのこのころの広告もそうだ。
中島平太郎氏が署名入りの文章が載ったこともあるし、
設計者自ら、広告の文章を書いているものもいくつもある。

たとえばステレオサウンド 63号に上記、ふたつのコントロールアンプの広告が載っている。
設計者の樋口正氏が書かれている。
設計者が語るESPRITの「エスプリ」、という題名がついている。

そこに、TA-E901、TA-E900からいかにして磁性体を排除していったかについての内容で、
その手法は、正直、いまでも役に立つものだと思う。

磁性体かどうかを判断するのに磁石を使う。くっつけば磁性体。くっつかなければ非磁性体。
でもなかには、これでは検知できないミクロンオーダーの鉄分があって、
そんなわずかな量の鉄分であっても、確実に音に影響を与える、とソニーの広告にはある。

そんなごくごくごわずかな量の鉄分を検知するために、0.1gのサマリウムコバルトマグネットを、
女性の髪の毛に結びつけ、磁気検出計として使った、とある。

少しでも敏感に反応するために、できるだけ細く、しなやかで長い髪の持ち主探しからはじまった、
その検出計は、わずかな鉄分が含まれているだけですーっと吸いつく、そうだ。

その検出計がある部品(抵抗)に反応した。
でもこの抵抗を分解してみても、使用材質に磁性体はない。
それでも検出計が反応するわけだから、
さらに調べていくと、塗料に磁性体が含まれていたことを発見できた、とのことだ。

これはいまでも役に立つ手法だろう。

こういう情報が得られたのにくらべると、いまの広告は、いい悪いは措いとくしても、
なにかものたりなさを感じてしまう……のは、こちらが歳をとったということだけではないはずだ。

Date: 1月 1st, 2011
Cate: BBCモニター, PM510, Rogers, 瀬川冬樹

BBCモニター考(特別編)

昨年秋、また瀬川先生が書かれたメモとスケッチをいただいた。
その中に、BBCモニター、というよりもロジャースのPM510についてのメモがある。

1年前の今日も、瀬川先生のメモを公開した。
今年は、去年に比べるとずっと量は少ないが、このPM510についての「メモ」を公開する。
     *
◎どうしてもっと話題にならないのだろう、と、ふしぎに思う製品がある。最近の例でいえばPM510。
◎くいものや、その他にたとえたほうが色がつく
◎だが、これほど良いスピーカーは、JBLの♯4343みたいに、向う三軒両隣まで普及しない方が、PM510をほんとうに愛する人間には嬉しくもある。だから、このスピーカーの良さを、あんまりしられたくないという気持もある。

◎JBLの♯4345を借りて聴きはじめている。♯4343よりすごーく改良されている(その理由を長々と書く)けれど、そうしてまた2歩も3歩も完成に近づいたJBLを聴きふけってゆくにつれて、改めて、JBLでは(そしてアメリカのスピーカーでは)絶対に鳴らせない音味というものがあることを思い知らされる。
◎そこに思い至って、若さの中で改めて、Rogers PM510を、心から「欲しい」と思いはじめた。
◎いうまでもなく510の原形はLS5/8、その原形のLS5/1Aは持っている。宝ものとして大切に聴いている。それにもかかわらずPM510を「欲しい!!」と思わせるものは、一体、何か?

◎前歴が刻まれる!
     *
内容からして、なにかの原稿のためのメモであろう。
そして最後の1行の「前歴が刻まれる!」だけ、インクの色が違う。しばらくたってから書き足されている。

注意:若さの中で改めて、とあるが、「若」の字がくずしてあり、他の漢字の可能性も高いが、
ほかに読みようがなく、「若さ」とした。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その46)

レコードの音は、徹底的に嘘であるところが好きだ。虚構だから好きだ。日常的でないから好きだ。そしてそれを鳴らすメカニズムには、レコードの虚構性、非日常性をさらに助ける雰囲気があるから好きだ。
一人の人間を幸せにする嘘は、人を不幸にする真実よりも尊い。「百の真実にまさるたったひとつの美しい嘘」というのは私の好きな言葉で、これを私は、レコードの演奏やそれを鳴らすメカニズムやそこから出てくる音にあてはめてみる。レコードの音は、ほんらい生とは違う。どこまで行ってもこの事実は変わらない。オーディオの技術がこの先どこまで進んだとしても、そしていまよりもっと生々しい音がスピーカーから出せるようになったとしても、ナマとレコードは別ものというこの事実は変わらない。
だからナマと同じ音など求めるのはバカげている、という考え方がある。どこまでナマに近づけるかという追及などナンセンスじゃないか、という意見がある。一面もっともだが、私は違う。たとえば小説が虚構の中で現実以上の真実をみせてくれるように、映画が虚構の中で実生活以上の現実感を味わわせてくれるように、私は、スピーカーが鳴らす虚構の音にナマ以上の現実感を求める。生の音と同じ、ではない、いわば生以上の生、を求めるのである。虚構の世界のこれは最も重要な機能である。虚構は日常性を断ち切ることによって、虚構にいよいよ徹することによって、真実を語ることができる。(「人世音盤模様」より)
     *
瀬川先生が、なぜLNP2の音に惹かれたのか、が、この文章につながっていっていると思う。
そして、もうひとつのなぜ──ここまで虚構世界に追い求められるのはなぜなのか。
その答はここにあるのではなかろうか。
     *
なぜ、趣味が人を純粋にさせるのか。それは、趣味というものは実生活のあらゆる束縛から解き放たれた虚構の世界のものであるからだ。虚構の世界では、人は完全に自由である。実生活上の利害とも無縁だ。これを買ったらトクかソンかなんていう概念は、趣味の世界にありえないコトバなのだ。外から強制されるものではなく、自らが自らのルールを(虚構の中で)定め、虚構世界の束縛の中に、束縛による緊張の世界に、自発的に参加する。そこに無限の飛躍と喜びがある。これはある意味で子供たちの遊びの世界に似ている。子供たちは遊びの世界で——というより遊びこそが子供たちの全宇宙と言うべきなのだが——、石ころや木の葉をさえすばらしい宝ものに変えてしまう。子供たちは魔法つかいだ。(「続・虚構世界の狩人」より)
     *
私がなぜ、そう感じたのか、その理由については、まだ書きたくないし、書くべきでもないよう気がする。
だからあえて舌足らずのままにしておくことをお許し願いたいが、それでもひとつだけ書いておく。
「子供」──、このことばこそ、ここでは、とても大事な意味を持っているはずだ。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その45)

この項(その32)に、瀬川先生のKEFの105の試聴記を引用している。
そこに「組合せの方で例えばEMTとかマークレビンソン等のようにツヤや味つけをしてやらないと、
おもしろみに欠ける傾向がある。」と書かれている。
このことは、瀬川先生がマークレビンソンのアンプ(このときはML7はまだ登場していない)の音を、
どう感じておられたかがわかる。

もしこのとき、LNP2やJC2(ML1)、ML2などがとっくに製造中止になっていて、ML7とML3だけになっていたら、
こんなことは書かれなかったと思う。
ステレオサウンドの1981年夏の別冊の巻頭原稿「いま,いい音のアンプがほしい」に、どう書かれているか。
     *
その当時のレヴィンソンは、音に狂い、アンプ作りに狂い、そうした狂気に近い鋭敏な感覚のみが嗅ぎ分け、聴き分け、そして仕上げたという感じが、LNP2からも聴きとれた。そういう感じがまた私には魅力として聴こえたのにちがいない。
そうであっても、若い鋭敏な聴感の作り出す音には、人生の深みや豊かさがもう一歩欠けている。その後のレヴィンソンのアンプの足跡を聴けばわかることだが、彼は結局発狂せずに、むしろ歳を重ねてやや練達の経営者の才能をあらわしはじめたようで、その意味でレヴィンソンのアンプの音には、狂気すれすれのきわどい音が影をひそめ、代って、ML7Lに代表されるような、欠落感のない、いわば物理特性完璧型の音に近づきはじめた。かつてのマランツの音を今日的に再現しはじめたのがレヴィンソンの意図の一端であってみれば、それは当然の帰結なのかもしれないが、しかし一方、私のように、どこか一歩踏み外しかけた微妙なバランスポイントに魅力を感じとるタイプの人間にとってみれば、全き完成に近づくことは、聴き手として安心できる反面、ゾクゾク、ワクワクするような魅力の薄れることが、何となくものたりない。いや、ゾクゾク、ワクワクは、録音の側の、ひいては音楽の演奏の側の問題で、それを、可及的に忠実に録音・再生できさえすれば、ワクワクは蘇る筈だ──という理屈はたしかにある。そうである筈だ、と自分に言い聞かせてみてもなお、しかし私はアンプに限らず、オーディオ機器の鳴らす音のどこか一ヵ所に、その製品でなくては聴けない魅力ないしは昂奮を、感じとりたいのだ。
     *
「その当時のレヴィンソン」とは、ジョン・カールと組んでいた頃のマーク・レヴィンソンだ。

Date: 12月 8th, 2010
Cate: 604-8G, ALTEC, ワイドレンジ

同軸型ユニットの選択(その23)

この項の(その18)でふれているが、同軸型ユニットにおいて、
ウーファー用とトゥイーター用のマグネットが独立していた方がいいのか、
それともひとつで兼ねた方がいいのか、どちらが技術的には優れているのか、もうひとつはっきりしない。

タンノイのリビングストンは、ステレオサウンド別冊「世界のオーディオ」のタンノイ号で、
アルテックの604との比較、それにマグネットを兼用していることについて語っている(聞き手は瀬川先生)。
     *
これ(604のこと)に比べてタンノイのデュアル・コンセントリックは全く違います。まず、ホーンでの不連続性はみられません。第二にコーンの前に障害物が全くないということです。第三に、マグネティックシャントが二つの磁束の間にあるということです。結局、タンノイは一つのマグネットで二つのユニットをドライブしているわけですが、アルテックは二つのマグネットで二つのドライバーユニットを操作しているわけで、この差が大きなものになっています。
     *
第三の理由として語られていることについては、正直、もうすこし解説がほしい。
これだけではなんともいえないけれど、
少なくともタンノイとしては、リビングストンとしては、
マグネットを兼用していることをメリットとして考えていることは確実なことだ。

そのタンノイが、同軸型ユニットなのに、
ウーファーとトゥイーターのマグネットを独立させたものも作っている。

そのヒントとなるリビングストンの発言がある。
     *
スピーカーの基本設計の面で大事なことは、使われているエレメントが、それぞれ独立した思想で作られていたのでは、けっしていいスピーカーを作り上げることはできないと思うのです。サスペンションもコーンもマグネットも、すべて一体となって、それぞれがかかわり合って一つのシステムを作り上げるところに、スピーカーの本来の姿があるわけです。例えば、ボイスコイルを研究しているエンジニアが、それだけを取り上げてやっていると、トータルな相関関係が崩れてしまう。ボイスコイルだけの特性を高めても、コーンがそれに十分対応しなかったり、磁束密度の大きいマグネットにしても、それに対応するサスペンションがなかったりするわけで、そこでスピーカーの一体感というものが損なわれてしまう。やはりスピーカーを作る場合には各エレメントがそれぞれお互いに影響し合い、作用し合って一つのものを作り上げているんだ、ということを十分考えに入れながら作る必要があると思います。
     *
「一体」「一体感」「相関関係」──、
これらの言葉が、いうまでもなく重要である。

Date: 12月 3rd, 2010
Cate: D44000 Paragon, JBL, 組合せ

妄想組合せの楽しみ(その34)

Exclusive M4で鳴らすパラゴンの音を聴いてみたい、と思うし、
いちどは自分で、この組合せを鳴らす機会が、たとえ1日でもいいからあれば、どんなに楽しいだろうか、と思う。
でも、現実にパラゴンを自分のスピーカーとして手に入れたときに、
M4で試しに鳴らすことはあっても、とり組むことはないだろう。

妄想組合せ(机上プラン)であっても、
なにもかもいまは新品で入手できないもので組合せを考えようとは思っていない。
やはり、いまパラゴンを鳴らすことを、あくまでも考えているわけだから、
アンプ、CDプレーヤー、アナログプレーヤーは、いまのオーディオ機器を選ぶ。

とにかく最初に選びたいのは、やはりパワーアンプだ。
ここが決れば、あとはわりとすんなり決ってくれるだろう。

実は、最初に頭に浮んだのは、オラクルのSi3000だった。
プリメインアンプだ。
といっても、このSi3000は、入力セレクター、ボリュウムつきパワーアンプというふうにもみれる。
実際にパラゴンと組み合わせた音は聴いたことはないけれど、うまくいきそうな予感は強い。
それに見た目も、わりとパラゴンと合いそうな気もする。

だが、残念なことにSi3000は製造中止になっている。後継機ももう出ないのだろう。

いまのオーディオ機器を選ぶ、といっておきながら、舌の根も乾かないうちに製造中止のアンプを選んでいる。
でも、そんなに古いアンプでもないし、やはりSi3000での組合せは、私のなかでは考える楽しみに満ちている。

Si3000にすれば、CDしか聴かないのであれば、あとCDプレーヤーを選ぶだけでいいのだが、
そうであってもSi3000はパワーアンプとしてあくまでもとらえて、コントロールアンプをなにか選びたい。

Date: 11月 10th, 2010
Cate: D44000 Paragon, JBL, 瀬川冬樹

確信していること(その7)

ハーツフィールドとパラゴンはユニット構成もほぼ同じうえに、エンクロージュアの形式も、
言葉の上だけでは、オールホーン型ということで同じ面を持つ。

もっとも中音のホーンに違い、低音部のホーンの構造の違い、
それにモノーラル時代につくられたハーツフィールド、ステレオ時代につくられたパラゴン、
そういう違いはあるものの、たとえば同じJBLのスタジオモニター・シリーズと比較すれば、
ハーツフィールドとパラゴンは、ひとくくりにされるかもしれない。
いわば旧い世代のスピーカーシステムに属している。

ハーツフィールドとパラゴンの、瀬川先生にとっての相違点はどこにあるのか。
そして、もうひとつハーツフィールドよく似たスピーカーシステムで、
瀬川先生が「欲しい」と書かれているモノがある。

イギリス・ヴァイタヴォックスのCN191 Corner Horn だ。