Archive for category ブランド/オーディオ機器

Date: 7月 23rd, 2011
Cate: 4343, JBL, 瀬川冬樹

4343とB310(もうひとつの4ウェイ構想・その13)

瀬川先生が4ウェイ・スピーカーシステムについて語られるのを、
単に周波数特性(振幅特性)の見地からでしか捉えてしまっている人がいる。
そうなってしまうと、瀬川先生がなぜ4ウェイのスピーカーにたどり着かれたのかを見落してしまうことになる。

「瀬川冬樹に興味がないから、別にそんなことを見落してもどうでもいいこと」──、
そんなふうなことが向うから返ってきそうだが、スピーカーシステムに関心があり、
ステレオ再生における音像の成り立ちに肝心がある人ならば、瀬川先生の4ウェイ構想から読み取れるものはある、
読み取れるはずである。

スピーカーの理想像は人によって一致しているところとそうでないところがある。
だから瀬川先生の4ウェイ構想に全面的に同意できない人がいて当然である。
完全なスピーカー構想というものは、まだまだ存在していないのだから。

それでも、あの時点で、なぜこういう4ウェイ構想を考えだされたのかについて考えてゆくことは、
スピーカーの理想について考えていく上でも意味のあることだと思っている。

それに瀬川先生の4ウェイ構想は、
瀬川先生がどういう音(広い意味での「音」)を求められていたのか知る重要な手がかりでもある。

瀬川先生の鳴らされていた音のバランスは、瀬川先生にしか出せないものだった、ときいている。
ただ、このことを鵜呑みにしてしまうと、
いつまでもたっても瀬川先生の音がどういうふうに鳴り響いていたのかはつかめない。

瀬川先生は4343、4345についている3つのレベルコントロールはほとんどいじっていなかった、と発言されている。
つまり周波数スペクトラム的な音のバランスに注意して聴いていても、
そしてそれによる瀬川先生の音を表現した言葉を聞いていても、すこしもそこに近づいたことにはならない。

このブログを書くためにも、瀬川先生の「本」をつくるためにも、
瀬川先生の書かれたもの、語られたものに集中的にふれてきて、
そして10代のころからずっと思い考えてきたことから、実感をもって言えるのは、
瀬川先生の音のバランスの特長は、周波数スペクトラム的なこととは違うところにある、ということだ。

だから、あの時点での4ウェイ構想だ、と理解できる。

Date: 7月 23rd, 2011
Cate: BBCモニター, イコライザー

BBCモニター考(余談・グラフィックイコライザーのこと)

グラフィックイコライザーは進歩してきている。
まず素子数が増えてきて、S/N比も向上してきて、最近では低価格化の方向へも向っている製品もある。
そしてアナログからデジタルへと処理そのものが変化している。

道具としてグラフィックイコライザーが変化・進歩してきているわけだから、
グラフィックイコライザーに対する見方も、変化していって当然だと思う。

昔のグラフィックイコライザーのイメージを引っ張ったまま、
現在の良質なグラフィックイコライザーを判断することはできない。
グラフィックイコライザーに対する捉え方・考え方は、柔軟でありたい。
必要と感じたら使ってみる、試してみたいと思ったら臆せず使ってみる、というふうに、である。

ただひとつ気をつけたいのは聴取位置からすぐに手の届くところにグラフィックイコライザーを、
使いはじめたころは、どうしても置きたくなる。
早く使いこなせるようになるためにも、すぐにツマミをいじれるように、と近くに置いてしまう。
このやり方は、ある期限を決めておいたほうがいい。
そうしないと、いつまでたっても椅子から立たずにいじれることに、面白さとともに楽さをおぼえてしまうからだ。

それまでだったら、どこか気になる音が出ていたら、こういう音を出したいと思ったら、
椅子から立ち上がりスピーカーのところに行ったり、アンプやプレーヤーのところへ向った。
それがグラフィックイコライザーが聴取位置のすぐ近くにあれば、
つい楽な方を選んでしまうことに、本人が気がつかぬうちに陥っている。
そうなってくると、グラフィックイコライザーに頼り過ぎることへ向う危険性が生れてくる。

グラフィックイコライザーは、アナログだろうがデジタルだろうが電気的に信号処理することに変りはない。
この電気的だけの信号処理に頼り過ぎてしまうと、つまり電気的だけで合せてしまうと、
ある録音(レコード)ではうまくいくけれども、もっといえば、あるレコードのある一部分(パッセージ)だけは、
とてもうまくなっても、そこからはずれてしまうと精彩を欠いた音になったり、
そのまま違う録音を鳴らしたら、ひどい場合には音楽を変質させてしまうこともないわけではない。

そうなると、今度は、いまどきのグラフィックイコライザーの中にはメモリー機能を搭載しているものもあるから、
音楽のジャンルや録音、レーベルの違いなどによって、イコライザーカーヴをいくつも設定して、
それらを再生するたびに違うカーヴを呼び出すことになる。

それでも音楽は時間とともに変化していくものである。ひとつの曲の中でも音楽は変化している。
グラフィックイコライザーに頼り過ぎた使い方から生じたカーヴは、いわゆるスタティックなバランスであって、
ごく狭い範囲ではそれが活きることはあっても、動的な音楽の変化には対応し切れず、
中には曲の途中でカーヴをいじるということになる。

こうなってしまったら、グラフィックイコライザーに頼り過ぎである。

椅子から立ち上ること、離れることを忘れてしまっては、うまくいかない。
それに似た陥し穴が、いまPCオーディオ、コンピューターオーディオと呼ばれているものにもある。

Date: 7月 22nd, 2011
Cate: 4343, JBL

4343とB310(もうひとつの4ウェイ構想・モアレ音響について)

音のモアレ効果について調べていくと、作曲家の住谷智氏が、
1960年代に、音にもモアレ効果があることを発見され、
音響の多層化(モアレ・サウンド)と名づけられ発表されている、ということがわかった。
論文も発表されている、とのこと。
住谷氏の「降り注ぐ流星群」という作品は、モアレ音響を使ったものらしい。

住谷氏がモアレ・サウンドと呼ばれている効果と、
私がジャーマン・フィジックスのDDD型ユニットの音を聴いて感じ思ったモアレ的な効果とが、
まったく同じものなのか、ある程度同じものなのか、それともまるっきり違うものなのかは、
住谷氏の論文を読んでいないので、何もはっきりしないが、
真のステレオ再生にとって、精確でどこにも乱れのない波紋が、
左右ふたつのスピーカーから放射されることが、通常思われている以上に重要なことは共通している気がする。

Date: 7月 22nd, 2011
Cate: 4343, JBL

4343とB310(もうひとつの4ウェイ構想・その12)

オーディオの解説書やカタログなどで、スピーカーからの音が放射される様を弧を描いて表している図がある。
スピーカーから出た音が、きれいな等高線のように描かれ、ステレオだから、とうぜんスピーカーは2本あり、
この等高線のようなきれいな弧は中央で重なり合う。
そこには交点が生れ、等高線は編目のようになっていく。

実際のスピーカーからの音は、これほどきれいな弧を描いているわけではない。
それでも、こういった図を見ていると、モアレについて考えてしまう。

ステレオ再生で、ふたつのスピーカーのあいだに、なぜ音像が浮び上るのか。
このこととモアレが結びつく。
オーディオでは、ふたつのスピーカーからまったく同じ音が放射されることは、まずない。
そのために左右のスピーカーの交わるところでは、ずれ(のような)ものがある。
そのずれ(のような)ものが、視覚的なモアレ同様、音像を立体的に錯覚させているような気がする。

もしそうだとしたら、モアレをより効果的にするためには、それぞれのスピーカーから放射される音が、
微細なところまで、しかも広範囲にわたって乱れのない、
それこそ絵に描いたような等高線を思わせるような波形・放射パターンでなければならないはず。
周波数によって弧が歪んでいたり、スピーカーの正面では比較的きれいな弧でも周辺にいくほど乱れていては、
モアレは最大限の効果を生まないどころか、音像そのものを歪めてしまうことになりはすまいか。

ジャーマン・フィジックスのDDD型ユニットによる優れた音を聴いていると、
そういうことをつい思ってしまう。
DDD型ユニットからは美しい波紋が、左右からまわりに広がっていく。
スピーカーの中央で、直接音(波紋)が重なり、壁に反射した音(波紋)もまた重なり合う。
それらがうまく作用したときに、輪郭線を感じさせない、まさに立体的な音像が目の前に再現される。

このモアレに似た作用を実現するためにも、指向特性は非常に重要な項目となってくる。

Date: 7月 19th, 2011
Cate: BBCモニター

BBCモニター考(余談・続×十七 K+Hのこと)

平行面が存在していたら、定在波が発生する。
物理現象である定在波は、律義なことに、どんなに狭い面積であっても平行面があれば、そこに発生する。
このくらいのごく小さな平行面ぐらい見逃してよ、といったことは通用しない。

この定在波が、スピーカーからの音に悪影響を与える。
無響室でどれだけフラットな周波数特性を誇っていたスピーカーシステムでも、
定在波がひどく発生している部屋にもちこみ、聴取位置で周波数特性を測れば低域にピーク・ディップを生じる。
このピーク・ディップを、電気的に、つまりグラフィックイコライザーによる補整で抑え込むというのは、
ひとつの手法ではあるけれども、音響的なピーク・ディップを電気的に完全に補整することはまず無理だと思う。
とくに音響的なディップは、電気的に補整することはまず無理だと思っていい。
グラフィックイコライザーの使いこなしをきちんと身につけて、じっくりと取り組むことで、
定在波による音の癖をある程度抑え込む、というよりも、うまくごまかすことはできても、解消できるとはいえない。

グラフィックイコライザーにできること、と、できないことがある、ということ。
使いこなせれば万能というわけではない、ということ。
でも、そのことを踏まえて使いこなせれば、グラフィックイコライザーは有効な手段でもある。
グラフィックイコライザーの有効性を唱える人の中には、
グラフィックイコライザーに頼り過ぎではないか、と思われる人もいる。

グラフィックイコライザーに頼り過ぎる前に、いろいろやることはある。
そうやっていくうちに気がつくのは、ひどく癖のある部屋なのに、
スピーカーシステムによって癖の感じ方に差がある、ということだ。

部屋の癖の影響をもろに受けてしまって精彩を欠く鳴り方しかできないスピーカーシステムがある一方で、
不思議なことに、それほど癖の影響を受けていないかのように鳴ってくれるスピーカーシステムがある。

これを部屋とスピーカーシステムの相性という一言で片づけてしまっていいのだろうか。
以前は指向特性の狭いスピーカーシステムのほうが部屋の影響を受けにくい、などといわれていた。
だけど、私の経験では指向特性と部屋の影響、特に定在波の悪影響を受けやすい、受けにくいは関係ない、といえる。

関係してくるのは、スピーカーシステムの累積スペクトラムとインパルス応答だと思う。

Date: 7月 17th, 2011
Cate: D44000 Paragon, JBL, 組合せ

妄想組合せの楽しみ(その40)

グラシェラ・スサーナの歌は、よく聴く。
タンゴ、フォルクローレもいいけれど、グラシェラ・スサーナによる日本語の歌に惹かれるものが、
はじめてグラシェラ・スサーナの歌を聴いた、中学2年のときから、ある。

グラシェラ・スサーナの歌には、夜の匂いがある。
グラシェラ・スサーナによって歌われるのは、夜の物語が多い。
彼女の声質も関係してのこともあって、夜の質感を描き出している。
「別れの朝」も、歌われているのは朝の情景だが、夜のとばりがまだそこにある「夜の歌」だ。
グラシェラ・スサーナのしめりけをおびた声で表現されるとき、そのことを意識せざるをえない。

グラシェラ・スサーナの歌を収めたLPなりCDに、夜の匂いが刻まれているわけではないのに、
最初にグラシェラ・スサーナの歌を聴いた時にも、いま聴いても、
夜の匂い、としか表現しようのないものを嗅ぎとってしまう。

この夜の匂いをまったく感じさせないもの、かろうじてそれらしきものを感じさせるもの、
色濃く感じさせるものが、大まかにいってスピーカーシステムにある。
少数なのは、まったく感じさせないものと、色濃く感じさせるものである。

夜の匂いなんてものは、実のところ、どこにも存在していないのかもしれない。
グラシェラ・スサーナの声が十全に再現されたからといって、夜の匂いがそこにあるとは限らない。
それでも、はじめてグラシェラ・スサーナの歌を貧弱な装置で聴いた時も、
そしていまも感じられるときがあるということは、
やはりどこかに存在しているということになるのだろうか。
オーディオの再生系のどこかで生み出されたもの、とはどうしても思えない。

スピーカーシステムの中には、とにかくごく少数ながら、
グラシェラ・スサーナの歌に夜の匂いを喚起させる何かをもつモノがあって、
それらを私は、インプレッショニズムの性格をもつスピーカーと受けとめている。

Date: 7月 16th, 2011
Cate: D44000 Paragon, JBL, 組合せ

妄想組合せの楽しみ(その39)

プリメインアンプのオラクルSi3000にコントロールアンプを組み合わせようとして、
さらにその間にトランスを挿入しよう、とまで考えている。
わざわざこんなことをしなくて、素直にSi3000をパワーアンプとしてではなく、
本来のプリメインアンプとして使えばこんなことをする必要はまったくなくなるわけだ。

それでも、ここで鳴らしたいスピーカーシステムがパラゴンだから、
こんな、どこかアマノジャク的な組合せ・使い方をしようとしている。
すべてのスピーカーシステムに対して、こういう組合せ・使い方を試みようとは思わない。
それは、やはりパラゴンが相手だから、であって、
それは私がパラゴンをインプレッショニズムのスピーカーシステムとして捉えているからであり、
ここでは目的のための手法として、積み重ねていくことを貫きたい気持がある。

具体的に使用するトランスの候補は、
ジェンセン(アメリカ)、ルンダール(スウェーデン)、マリンエア(イギリス)あたりだが、
マリンエアは会社がなくなってしまい入手はかなり困難である。

ジェンセンがうまくあうのか、それともルンダールのほうがひったりいくのか、
このへんは実際に確かめてみるしかないし、トランスは、伊藤先生の言葉を借りれば「生き物」だから、
使い方・取りつけ方法によって、音の変化は想像以上に大きい。
トランスの扱い方に関しては、私なりにノウハウがあるから、
しっかりしたトランスであれば、期待外れという結果に陥るようなことにはならない自信はある。

トランスにはトランス固有の音があるの事実で、安易な扱い方をしてしまうと、
そのトランス固有の音が、ネガティヴな方向に強く出てしまうことが多い。
電源も必要としない、結線すれば動作するトランスだけに、どこまでも気を使って取り扱ってほしい。

Date: 7月 14th, 2011
Cate: D44000 Paragon, JBL, 組合せ

妄想組合せの楽しみ(その38)

コントロールアンプにLNP2を持ってくるのであれば、いっそのことパワーアンプもML2にするとか、
LNP2と同時代のパワーアンプの中から選ぶ、ということも考えられるが、
私の考え方として、パワーアンプは近年の優秀なモノは、あきらかにスピーカーをドライヴする能力は向上している。
JBLのパラゴンという、すんなり鳴ってくれるわけではないスピーカーシステムに対しては、
とにかく優秀なパワーアンプを組み合わせたい。
それだけで、パラゴンを鳴らすスタート地点が変ってくるし、しなくてすむ苦労が省ける。

もちろん近年のパワーアンプのすべてが、LNP2と同時代のパワーアンプよりも優れているわけではない。
私がパラゴンを鳴らしてみたいとつねづね思い描いているオラクルのSi3000は、優れた能力をもっている。
それにSi3000の、うまい表現がなかなか思いつかないが、濃密な表情をもつ、このアンプの音は、
音色的にもパラゴンに合う印象があるし、パラゴンをどこまでも鳴らしあげるパワー(力)もある。

パラゴンとSi3000の相性は、いいと想像できる。
LNP2とSi3000の相性となると、どうだろう。
うまくいきそうな気もするし、まったく、お互いに相容れない結果になるかもしれない。
どっちにころぶかは、正直予測できない。
こんな組合せをやっている人もいそうにないし、確かめることもできない。

なので、もしかして、という場合のために、ひとつ考えていることがある。
LNP2の出力の直後にライントランスをあえて挿入してみよう、と思っている。

Date: 7月 12th, 2011
Cate: KEF, LS5/1A

妄想組合せの楽しみ(自作スピーカー篇・その26)

低域はヴァイタヴォックスで、中高域はJBL、
つまり低域はイギリスで中高域はアメリカ、ということでもある。
いくらなんでも、そういう組合せでうまくいくわけがないだろう、と思われても仕方ない面がある。

でもヴァイタヴォックスは、ロンドン・ウェストレックスのスピーカーユニットの製造を請け負っていた会社だ。
そういうこともあり、イギリスのアルテック的な捉え方もされている。
となると、ヴァイタヴォックスも、JBLもアルテックも元をたどれば同じところに行きつく。
まったく異質なモノを組み合わせようとしているわけではない、というすこし強引な言い訳はできる。

BBCモニターは、LS5/1のときからウーファーとトゥイーターの製造メーカーは違っていた。
LS5/1ではウーファーはグッドマン製、トゥイーターはセレッション製だった。
LS3/5Aはウーファー、トゥイーターともKEF製だったが、むしろメーカーが揃っていることが珍しい。

BBCの流れを汲むスペンドール、ハーベスなどもウーファーは自社製でも、トゥイーターは他社製だ。
LS5/8ではトゥイーターはフランスのオーダックス製と、国とメーカーも異る仕様になっている。

そんなことも併せて考えると、ウーファーがヴァイタヴォックス製で、トゥイーターがJBLというのは、
なにかうまくいきそうな感じがしないが、
音楽のメロディ帯域の受持つウーファーがヴァイタヴォックス(イギリス製)であれば、
多少苦労してでも、うまく音をまとめあげれば、決して異端のスピーカーシステムというよりも、
わりと真当なスピーカーシステムと仕上がるはずだ。

そんな確信に近いものをもてるのは、
LE175DLHは、瀬川先生が惚れ込まれたユニットのひとつだから、である。

Date: 7月 12th, 2011
Cate: D44000 Paragon, JBL, 組合せ

妄想組合せの楽しみ(その37)

音のいいコントロールアンプ、優秀なコントロールアンプよりも、
ここでの組合せには、インプレッショニズムのスピーカーシステムとしてパラゴンをとらえたときに、
その魅力を損なうモノは論外で、倍加(というよりも倍化)してくれるコントロールアンプであってほしい。

そうなると、どうしてもマークレビンソンのLNP2が真っ先に浮んできてしかも消えてくれない。
かわりに、あのアンプは、このアンプは、と無理矢理あれこれ思い浮べようとしても、
自分の中に、その選択に対する不自然さを感じてしまい、
結局LNP2になってしまうのか、と自分でもあきれてしまう。

20代のころ、中古ではあったがJC2を購入した。
このときはLNP2よりも、音の良さとして、JC2の方に魅力をより強い感じていた。
それから20年が経ったいま、どちらを選ぶかというと、ためらうことなくLNP2にする。

確かに、このころのマークレビンソンのアンプに、
徹底した音の透明なよさ、どこまでも切れ込んでいく解像力のよさ、
そういった音の良さを求めるのであれば、JC2のほうが上だと思う。
でも、曖昧な表現になってしまうが、音楽を聴いたときの深さのある質感では、LNP2である。
そういう深さが、JC2は稀薄に感じられた。

このことはマーク・レヴィンソン自身も、
LNP2にはJC2にはない音のとディープネスがある、と語っていたときいている。
結局、この深さ(ディープネス)をより深くするために、
瀬川先生はLNP2にあえてバッファーアンプを追加されたのだろう。
バッファーアンプを追加することは、アンプモジュールのLD2をひとつ余計に信号が通ることになる。
そのことによる音の鮮度の低下を問題にする人、
LNP2を使いながらも、トーンコントロールをパスしてRECORD OUTから出力を取り出している人、
もしくはライン入力をTAPE端子に接続している人(これらのことでLD2をひとつパスできる)、
そういう人はLNP2よりもJC2(もしくはML1)を使った方がいい、と思う。

Date: 7月 11th, 2011
Cate: D44000 Paragon, JBL, 組合せ

妄想組合せの楽しみ(その36)

パラゴンと同じJBLのスピーカーシステムでも、プロフェッショナル・シリーズの4350、4343は、
楽器から放たれてマイクロフォンがとらえた音そのものを、即物的に鳴らす。
この、音そのものを即物的に鳴らす傾向は、
ヨーロッパのスピーカー、とくにイギリス系のスピーカーシステムの特質とは対照的なもので、
JBLのコンシューマー用スピーカーシステムにも聴き取ることができる、とはいうものの、
やはりそれが顕著なのは4350だったり4343だったりする。

あえていえば4350、4343といったスタジオモニター・シリーズを写実派とすれば、
パラゴンはあきらかに印象派(インプレッショニズム)といえるスピーカーシステムであり、
パラゴンが再現し聴き手に提示する音場は、できるかぎり録音現場の音場をそのまま再現しようというよりも、
その録音現場の「場」の雰囲気・印象を、うまく鳴らしたときは、実に生き生きと再現する。

パラゴンは、そういうスピーカーシステムだからこそ、コントロールアンプをうまく選択することで、
インプレッショニズムのスピーカーシステムとして、音楽をリアルに鳴らしてくれる、といえる。
もちろん、そのリアルさは、インプレッショニズムの表現としてのものである。

その意味で、ここで使ってみたい、組み合わせてみたいコントロールアンプには、
音の深みといった要素を色濃くもつモノにしたい。

いったい、そういうコントロールアンプがいくつあるだろう……。

Date: 7月 10th, 2011
Cate: D44000 Paragon, JBL, 組合せ

妄想組合せの楽しみ(その35)

プリメインアンプのオラクルのSi3000をもってきておいて、なぜコントロールアンプを使うのか。
Si3000、JBLのパラゴンとの組合せにふさわしいモノとなると、安いものではすまない。
それなりの金額のするものとなる。

本来必要としないものにお金をかけることこそ無駄だどころか、
わざわざ余分なお金をかけて、音を悪くするようなものではないか、と思われる人もいよう。

音の鮮度ということを最優先に考えれば、余計な回路は通したくない、という気持は私にだってある。
そう思いながらも、鮮度の高い音は、必ずしも鮮明な音ではない。
一般に言われている鮮度の高い音が鮮明な音とイコールのこともあるが、鮮明に音楽を響かせるかというと、
音の出口となるスピーカーシステムに、何を持ってくるかによって、変ってくる。

ここで組合せの要となっているのJBLのパラゴンという、もう半世紀も前につくられたスピーカーシステムである。
しかも、通常のスピーカーシステムとは大きく異る構造をもつ。
使いこなし、鳴らし込みも、一筋縄ではうまくいかない面ももつパラゴンだけに、
あえてコントロールアンプを使いたい。そうすることが、逆に近道になる予感がなんとなく感じられる。

それに鮮度の高い音だけが、音楽を新鮮に聴き手に感じさせるわけでもない、ということも書いておきたい。

Date: 7月 10th, 2011
Cate: KEF, LS5/1A

妄想組合せの楽しみ(自作スピーカー篇・その19の補足)

ストロットを採用したスピーカーシステムはBBCモニター以外にも、
この項で取り上げたAmazonのA.M.T.One以外にも、日本のスピーカーシステムの中にも過去に製品化されている。

1970年代半ばにオンキョーから出たE212AとE213Aが、そうだ。
BBCモニターと、これら2機種のスピーカーシステムの差違はウーファーの取りつけ方と、
それにともなうストロットの設け方である。

BBCモニターではフロントバッフルの開口部を矩形として、バッフルの裏側からウーファーを取りつける。
オンキョーのスピーカーシステムでは、フロントバッフルの表からとりつけて、
ウーファーの前面に矩形開口部のサブバッフルを取りつけている。

オンキョーでも、矩形開口とすることで、ウーファーの中域までの指向特性を改善できる、としている。
オンキョーの2機種で注目したいのは、ストロットの形状に違いがあること。
E213Aで一般的なストロットだが、E212Aでは矩形開口部の両脇にスリットがある。
つまり細長い板2枚をウーファーの左右両端に配して中央に大きめの矩形開口部をつくり、
ストロットを作っている板の外側にスリットができている。

ただこのスリットから見えるのはウーファーのフレームであり、振動板はかくれている。
ということはこの両脇のスリットからは何の効果もないのか……となりそうだが、
どうもそうは思えない。
それにE212Aのストロットの在り方をみていると、二重スリット実験を連想する。

ストロットの基本はBBCモニター的手法となるけれど、もう少し発展させたストロットがありそうな予感を、
E212Aは与えてくれた、といってもいい。

Date: 7月 9th, 2011
Cate: BBCモニター, LS3/5A

BBCモニター考(LS3/5Aのこと・その2)

BBCモニターの開発過程における試聴プログラムソースに、
音楽だけではなくアナウンサー(主に男性)の朗読も使われていたのはよく知られていることだ。

そのこととLS3/5Aのサイズのことを一緒くたにして、
LS3/5Aというスピーカーはアナウンサーの声のチェック用モニターであって、
音楽を聴くために開発されたスピーカーではない──、
こんなことを言う人が、残念ながらいる。

KEFの創立者であるレイモンド・クックも、音楽以外にアナウンサーの声でチェックしている、と、
音楽之友社から出ている「ステレオのすべて ’75」の中で語っている。
レイモンド・クックは、BBCモニターの開発にも携わっていた人だから、
その開発手法のよいところは、そのまま受け継いでいるからだろうと思われるが、
クックは、音楽を聴いているとマスクされてしまうピーク、あるいはディップといった欠点が、
アナウンサーのスピーチでは聴きとれるからだ、としている。

「ステレオのすべて ’75」の、クックの発言は日本語訳がわかりにくいところがあるうえに、
省略されていると思われるところもある。
だから読み手側でクックの発言を深読み、というか、補うような読み方をしなければならない。

私なりの読み方では、次のようなことだと思う。
音楽がプログラムソースでは、音の強弱がある。ピアニッシモもあればフォルティッシモもあって、
大編成のオーケストラで優秀録音であればダイナミックレンジは広い。
その反対にアナウンサーのスピーチに、音楽のような、広い音の強弱はない。
クックのいうアナウンサーのスピーチは、朗読家による小説の朗読の類いではなく、
おそらくニュース原稿を読むアナウンサーのそれであろう。

それに音楽とスピーチとでは、録音に使うマイクロフォンの数とその使い方が大きく違う。
モノーラルならばスピーチの録音に使われるマイクロフォンの数は1本、
そこに凝った録音手法は使われることはない。

こういう違いのある音楽の音源と、スピーチの音源の両方を使い、
スピーカーシステムの開発を行っている、ということであって、
スピーチ用のスピーカーシステムとして作っているわけではない、ということだ。

Date: 7月 3rd, 2011
Cate: PM510, Rogers, 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ロジャース PM510・続補足)

アルテックの620Bの組合せの中に、そのことは出てくる。

620Bの組合せをつくるにあたって、
机上プランとしてアルテックの音を生かすには新しいマッキントッシュのアンプだろう、と考えられた。
このころの、新しいマッキントッシュとはC29とMC2205のことだ。
ツマミが、C26、C28、MC2105のころから変っている。
C29+MC2205の組合せは、ステレオサウンドの試聴室でも、瀬川先生のリスニングルームでも、
「ある時期のマッキントッシュがもっていた音の粗さと、身ぶりの大きさとでもいったもが、
ほとんど気にならないところまで抑えこまれて」いて、
マッキントッシュの良さを失うことなく「今日的なフレッシュな音」で4343を鳴らしていた。

なのに実際に620Bと組み合わせてみると、うまく鳴らない。
「きわめてローレベルの、ふつうのスピーカーでは出てこないようなローレベルの歪み、
あるいは音の汚れのようなもの」が、620Bでさらけ出されうまくいかない。

瀬川先生も、4343では、C29+MC2205の
「ローレベルのそうした音を、♯4343では聴き落して」おられたわけだ。

620Bの出力音圧レべは、カタログ上は103dB。4343は93dB(どちらも新JIS)。
聴感上は10dBの差はないように感じるものの、620Bは4343よりも高能率のスピーカーである。
ロジャースのPM510は、4343と同じ93dBである。

つまり4343では聴き落しがちなC29+MC2205のローレベルの音の粗さの露呈は、
スピーカーシステムの出力音圧レベルとだけ直接関係しているのではない、ということになる。

これはスピーカーシステムの不感応領域の話になってくる。
表現をかえれば、ローレベルの再現能力ということになる。

PM510は4343ほど、いわゆるワイドレンジではない。
イギリスのスピーカーシステムとしてはリニアリティはいいけれど、
4343のように音がどこまでも、どこまでも音圧をあげていけるスピーカーでもない。
どちらが、より万能的であるかということになると4343となるが、
4343よりも優れた良さをいくつか、PM510は確かに持っている。

このあたりのことが、927Dst、A68、A740の再評価につながっているはずだ。