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Date: 7月 10th, 2011
Cate: 瀬川冬樹

確信していること(その11)

「コンポーネントステレオの世界 ’80」に登場しているProfessional BOX 2500の外観は地味な印象で、
好感の持てる、音が気に入れば手に入れたい、と思わせてくれる。
なのにステレオサウンド 54号に登場のProfessional 2500は安っぽい感じが漂っていて、
しかも、なぜこんなことをするんだろうという外観で、
これでは音が気に入ったとしても、目の前には置きたくない。
もし使うのであれば、サランネットは絶対に外さない。
そう思わせるくらい、なぜこうまで外観を下品に変えてしまっている。

Professional BOX 2500は木目のエンクロージュアに、ウーファー、スコーカー、トゥイーター、
それぞれのユニットのまわりのアルミ製と思われるフランジで、
ユニットの取りつけビスはいっさい目につかないようになっている。

ウーファーは19cm口径のコンケーブ型で、
下側のウーファーの横に、グラフが表示されているネームプレートがあり、
これにはここまで大きくしなくてもいいだろうに……、
そのぐらいは思うものの、嫌みな自己主張の感じられない仕上りとなっている。
これだったらサランネットをつけたままでも、外した状態でも、目の前にあっても気になることはない。

それなのにProfessional 2500では一変している。
使用ユニットに基本的な変更はないものの、ウーファーの外観が大きく変っている。
コンケーブ型からコーン型になり、コーン中央は白い縁取りにマークが表示されている。
それだけではない。SUPER HIFI BOX 2500a PROFESSIONAL 120/80 WATT の文字が、
フレームを一周するように、3度くり返されている。
もちろん下側のウーファーの横にはネームプレートがある。
なのにこんなに型番を連呼しなくてもいいだろうに、と厭味のひとつもいいたくなる。

店頭に目立つようにとのことだろうが、これを買った人にまで、常時型番を訴えかける必要はないのに。
買ってくれた人のことを、まるで考えていない、としか言い様がない。

Professional BOX 2500では隠してあったユニット取りつけネジは、
Professional 2500ではメッキが施され、ユニットのフレームが黒なだけに目立つようになっている。
エンクロージュアの仕上げも、モノクロ写真で見るかぎり、素っ気ない黒。

まったく理解できない変更である。

Date: 7月 9th, 2011
Cate: 瀬川冬樹

確信していること(その10)

瀬川先生は、グルンディッヒのProfessional 2500を聴かれたのは、ステレオサウンド 54号が最初ではない。
その前に、ステレオサウンド別冊「コンポーネントステレオの世界 ’80」で、予算50万円の組合せで、
このグルンディッヒのスピーカーシステムを使われている。
でも、これも最初ではなく、この記事の中にあるように、別の雑誌の企画で聴かれたのが最初である。

その雑誌とは、おそらくレコード芸術のことだろう。
このとき、レコード芸術で瀬川先生は連載で、「音と風土を探る」という記事を2年ほど続けられている。
連載のタイトルからもわかるように、この連載では毎号国別にスピーカーシステムを集めて試聴するというもので、
ドイツ製のスピーカーシステムが集められた回に、グルンディッヒが登場したのだろう。
あいにく、レコード芸術の連載は数号分しか手もとになく、ドイツのスピーカーシステムの号は未読だ。

グルンディッヒは、レコード芸術の取材では、はじめたいして期待もせずに聴いた、とある。
それでも、鳴らすうちにその素晴らしさに驚いて、今度の企画(コンポーネントステレオの世界 ’80)で、
ぜひ聴きなおしてみようと、ノミネートした、と語られている。

ということは、おそらくステレオサウンド 54号のスピーカーの特集に登場しているのも、
瀬川先生の推しがあったからなのかもしれない。

厳密には、54号のグルンディッヒは、Professional 2500で、
「コンポーネントステレオの世界 ’80」のグルンディッヒは、Professional BOX 2500となっている。
単に表記の違いだけのようにも思われるが、写真を見ると基本的には同じスピーカーシステムではあるが、
見た目の印象はずいぶん異る印象を与えるだけの違いが両者にはある。

Date: 7月 3rd, 2011
Cate: PM510, Rogers, 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ロジャース PM510・続補足)

アルテックの620Bの組合せの中に、そのことは出てくる。

620Bの組合せをつくるにあたって、
机上プランとしてアルテックの音を生かすには新しいマッキントッシュのアンプだろう、と考えられた。
このころの、新しいマッキントッシュとはC29とMC2205のことだ。
ツマミが、C26、C28、MC2105のころから変っている。
C29+MC2205の組合せは、ステレオサウンドの試聴室でも、瀬川先生のリスニングルームでも、
「ある時期のマッキントッシュがもっていた音の粗さと、身ぶりの大きさとでもいったもが、
ほとんど気にならないところまで抑えこまれて」いて、
マッキントッシュの良さを失うことなく「今日的なフレッシュな音」で4343を鳴らしていた。

なのに実際に620Bと組み合わせてみると、うまく鳴らない。
「きわめてローレベルの、ふつうのスピーカーでは出てこないようなローレベルの歪み、
あるいは音の汚れのようなもの」が、620Bでさらけ出されうまくいかない。

瀬川先生も、4343では、C29+MC2205の
「ローレベルのそうした音を、♯4343では聴き落して」おられたわけだ。

620Bの出力音圧レべは、カタログ上は103dB。4343は93dB(どちらも新JIS)。
聴感上は10dBの差はないように感じるものの、620Bは4343よりも高能率のスピーカーである。
ロジャースのPM510は、4343と同じ93dBである。

つまり4343では聴き落しがちなC29+MC2205のローレベルの音の粗さの露呈は、
スピーカーシステムの出力音圧レベルとだけ直接関係しているのではない、ということになる。

これはスピーカーシステムの不感応領域の話になってくる。
表現をかえれば、ローレベルの再現能力ということになる。

PM510は4343ほど、いわゆるワイドレンジではない。
イギリスのスピーカーシステムとしてはリニアリティはいいけれど、
4343のように音がどこまでも、どこまでも音圧をあげていけるスピーカーでもない。
どちらが、より万能的であるかということになると4343となるが、
4343よりも優れた良さをいくつか、PM510は確かに持っている。

このあたりのことが、927Dst、A68、A740の再評価につながっているはずだ。

Date: 7月 3rd, 2011
Cate: PM510, Rogers, 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ロジャース PM510・補足)

レコード芸術では、4343をスチューダーA68やルボックスのA740で鳴らすと、
4343の表現する世界が、マーレレビンソンの純正組合せで鳴らしたときも狭くなる、と発言されている。

このことだけをとりあげると、ロジャースのPM510の表現する世界も、4343と較べると狭く、
だから同じ傾向のA68、A740とうまく寄り添った結果、うまく鳴っただけのことであり、
スピーカーシステムとしての性能は、4343の方が優れている、と解釈される方もいるかもしれない。

4343とPM510では価格も違うし、ユニット構成をふくめ、投入されている物量にもはっきりとした違いがある。
PM510はイギリスのスピーカーシステムとしては久々の本格的なモノであったけれど、
4343やアメリカのスピーカーシステムを見慣れた目で見れば、
あくまでもイギリスのスピーカーにしては、ということわりがつくことになる。

だがスピーカーシステムとしての性能は……、という話になるとすこし異ってくる。

BBCモニター考」の最初に書いたことだが、
私の経験として、4343では聴きとれなかった、あるパワーアンプの音の粗さをPM510で気がついたことがあった。

「BBCモニター考」ではそのパワーアンプについてはっきりと書かなかったが、
このアンプはマッキントッシュのMC2205だった。
MC2205以前のマッキントッシュのパワーアンプならまだしも、MC2205ではそういうことはないはず、
と思われるかもしれない。私もMC2205にそういう粗さが残っていたとは思っていなかった。

しかもそのローレベルでの音の粗さが4343では聴きとれなかったから、
PM510にしたとき、MC2205の意外な程の音の粗さに驚き戸惑ってしまった。

そのときは、だれも気がついていないことを発見したような気分になっていた。
でもいま手もとにある、ステレオサウンド別冊「コンポーネントステレオの世界 ’80」の中で、
瀬川先生がすでに、MC2205のローレベルの音の粗さは、すでに指摘されていた。

Date: 7月 2nd, 2011
Cate: PM510, Rogers, 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ロジャースPM510・その5)

ロジャースのPM510も、スペンドールのBCII、KEFのLS5/1A、105、セレッションのDitton66、
これらは大まかにいってしまえば、同じバックボーンをもつ。
開発時期の違いはあっても、スピーカーシステムとしての規模もそれほどの違いはない。

なのにBCII、Ditton66、それにLS5/1Aだけでは……、
PM510が登場するまではEMTの927Dstを手放そう、と思われたのはなぜなのか。
スチューダーのA68にしてもそうだ。
PM510が登場してきて、A68の存在を再評価されている。
なぜ、LS5/1A、BCII、Ditton66といったスピーカーシステムでは、
そこまで(再評価まで)のことを瀬川先生に思わせられなかったのか。

一時は手放そうと思われた927Dst、
アメリカのアンプばかりメインとして使ってこられた瀬川先生にとってのA68、
このふたつのヨーロッパ製のオーディオ機器の再評価に必要な存在だったのがPM510であり、
実はこのことが、瀬川先生に「PM510を『欲しい!!』と思わせるもの」の正体につながっているはずだ。

そして、このことは、このころから求められている音の変化にもつながっている、と思っている。

Date: 7月 2nd, 2011
Cate: PM510, Rogers, 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ロジャース PM510・その4)

瀬川先生はスピーカーに関しては、システム、ユニットどちらもヨーロッパのモノを高く評価されている。
それに実際に購入されている。

音の入口となるアナログプレーヤーもEMTの930stを導入される前は、
トーレンスのTD125を使われているし、カートリッジに関してもオルトフォン、EMT、エラックなど、
こちらもヨーロッパ製のモノへの評価は高い。

けれどアンプとなると、すこし様相は違ってくる。
アンプは自作するもの、という考えでそれまでこられていた瀬川先生が最初に購入された既製品・完成品のアンプは、
マランツのModel 7であり、その#7の音を聴いたときの驚きは、何度となく書かれている。
このとき同時に購入されたパワーアンプはQUADのIIだが、こちらに対しては、わりとそっけない書き方で、
自作のパワーアンプと驚くような違いはなかった、とされている。

そして次は、JBLのプリメインアンプSA600の音の凄さに驚かれている。
SA600を聴かれたの、ステレオサウンドが創刊したばかりのことだから、1966年。
このとき1週間ほど借りることのできたSA600を、
「三日三晩というもの、仕事を放り出し、寝食を切りつめて、思いつくレコードを片端から聴き耽った」とある。

このSA600のあとにマッキントッシュのMC275で、アルテックの604Eを鳴らした音で、
お好きだったエリカ・ケートのモーツァルトの歌曲を聴いて、
この1曲のために、MC275を欲しい、と思われている。

それからはしばらくあいだがあり、1974年にマークレビンソンのLNP2と出合われた。
そしてLNP2とSAEのMark2500の組合せ、LNP2とML2の組合せ、ML6とML2Lの組合せ、となっていく。
SAEが出るまでは、パイオニアのExclusive M4を使われた時期もある。

瀬川先生のアンプの遍歴のなかに、ヨーロッパ製のアンプが登場することはない。
KEFのLS5/1Aの音に惚れ込みながらも、
ことアンプに関しては、惚れ込む対象となるヨーロッパ製のアンプはなかったとしか思えない。

Date: 7月 1st, 2011
Cate: PM510, Rogers, 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ロジャース PM510・その3)

ステレオサウンド 56号、レコード芸術11月号(1980年)のころ、
瀬川先生は世田谷・砧にお住まいだった(成城と書いている人がいるが、砧が正しい)。

その砧のリスニングルームには、メインのJBL4343のほかに、
瀬川先生が「宝物」とされていたKEFのLS5/1A以外にもイギリスのスピーカーシステムはいくつかあった。
スペンドールのBCII、セレッションのディットン66、ロジャースのLS3/5A、
写真には写っていないが、ステレオサウンド 54号ではKEFの105を所有されていると発言されている。

それにスピーカーユニットではあるが、グッドマンのAXIOM80も。
イギリス製ではないけれどもドイツ・ヴィソニックのスピーカーシステムも所有されていた。

これらのスピーカーシステムを鳴らすときに、どのアンプを接がれて鳴らされたのか。
ステレオサウンド別冊「続コンポーネントステレオのすすめ」に掲載されているリスニングルームの写真では、
アンプ関係は、マークレビンソン、SAE・Mark2500、アキュフェーズC240、スチューダーA68がみえる。

アナログプレーヤーは、EMTの930stと927Dst、それにマイクロのRX5000+RY5500。
アナログプレーヤーは、マイクロがメインとなっていたのか。

ステレオサウンド 56号、レコード芸術11月号を読んでいると、そんなことを思ってしまう。
もうEMTのプレーヤーもスチューダーのパワーアンプも、もう出番は少なくなっていたのか、と。

ロジャースのPM510は、EMTの魅力を、ヨーロッパ製のアンプの良さを、
瀬川先生に再発見・再認識させる何かを持っていた、といえまいか。

聴感上の歪の少なさ、混濁感のなさ、解像力や聴感上のS/N比の高さ、といったことでは、
EMTでは927Dstでも、マイクロの糸ドライヴを入念に調整した音には及ばなかったのかもしれない。
アンプに関しては、アメリカ製の物量を惜しみなく投入したアンプだけが聴かせてくれる世界と較べると、
ヨーロッパ製のアンプの世界は、こじんまりしているといえる。

そういう意味では開発年代の古さや投入された物量の違いが、はっきりと音に現れていることにもなるが、
そのことはすべてがネガティヴな方向にのみ作用するわけでは決してなく、
贅を尽くしただけでは得られない世界を提示してくれる。

なにもマークレビンソンをはじめとする、アメリカのアンプ群が、
贅を尽くしただけで意を尽くしていない、と言いたいわけではない。
中には意を尽くしきっていない製品もあるが、意の尽くした方に、ありきたりの表現になってしまうが、
文化の違いがあり、そのことは音・響きのバックボーンとして存在している。

Date: 6月 30th, 2011
Cate: PM510, Rogers, 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ロジャース PM510・その2)

レコード芸術の1980年11月号に、PM510の記事が載っている。
瀬川先生と音楽評論家の皆川達夫氏、それにレコード芸術編集部のふたりによる座談会形式で、
PM510とLS5/8の比較、PM510を鳴らすアンプの比較試聴を行なっている。
PM510というスピーカーシステム、1機種に8ページを割いた記事だ。

比較試聴に使われたアンプの組合せの以下の通り
QUAD 44+405
アキュフェーズ C240+P400
スレッショルド SL10+Stasis2
マークレビンソン ML6L+ML2L
マークレビンソン ML6L+スレッショルド Stasis2
マークレビンソン ML6L+スチューダー A68
マークレビンソン ML6L+ルボックス A740

この座談会の中にいくつか興味深いと感じる発言がある。
ひとつはマークレビンソン純正の組合せで鳴らしたところに出てくる。
     *
しばらくロジャース的な音のスピーカーから離れておりまして、JBL的な音の方に、いまなじみ過ぎていますけれども、それを基準にして聴いている限り、EMTの旧式のスタジオ・プレーヤーというのは、もうそろそろ手放そうかなと思っていたところへ、このロジャースPM510で、久々にEMTのプレーヤーを引っ張り出して聴きましたが、もうたまらなくいいんですね。
     *
ステレオサウンド 56号の記事をご記憶の方ならば、そこに927Dst、それにスチューダーのA68の組合せで、
一応のまとまりをみせた、と書かれてあることを思い出されるだろう。

このレコード芸術の記事では、スチューダー、ルボックスのパワーアンプについては、こう語られている。
     *
このPM510というスピーカーが出てきて、久々にルボックス、スチューダーのアンプの存在価値というものをぼくは再評価している次第です。
(中略)JBLの表現する世界がマークレビンソンよりスチューダー、ルボックスでは狭くなっちゃうんですね。ところがPM510の場合にはルボックスとスチューダー、それにマークレビンソンとまとめて聴いても決定的な違いというようなものじゃないような気がしますね。コンセプトの違いということでは言えるけれども、決してマークレビンソン・イズ・ベストじゃなくて、マークレビンソンの持っていないよさを聴かせる。たとえばスレッショルドからレビンソンにすると、レビンソンというのは、アメリカのアンプにしてはずいぶんヨーロッパ的な響きももっているアンプだというような気がするんですけれども、そこでルボックス、スチューダーにすると、やっぱりレビンソンも、アメリカのアンプであった、みたいな部分が出てきますね。

Date: 6月 29th, 2011
Cate: PM510, Rogers, 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ロジャース PM510・その1)

瀬川先生の「音」を聴いたことのない者にとって、
その「音」を想像するには、なにかのきっかけ、引きがねとなるものがほしい。
それは瀬川先生が書かれた文章であり、瀬川先生が鳴らされてきたオーディオ機器、
その中でもやはりスピーカーシステムということになる。

となると、多くの人がJBLの4343を思い浮べるだろう。
4341でもいいし、最後に鳴らされていた4345でもいい。
ただ、JBLのスピーカーシステムばかりでは、明らかに偏ってしまった想像になってしまう危険性が大きい。

どうしても、そこにはイギリス生れのスピーカーシステムの存在を忘れるわけにはいかない。

ここに書いているように、瀬川先生はロジャースのPM510に惚れ込まれていた。

瀬川先生ご自身が、PM510を「欲しい!!」と思わせるものは、一体何か? と書かれているのだから、
第三者に、なぜそれほどまでにPM510に惚れ込まれていたのか、のほんとうのところはわかるはずもない。
それでも私なりに、瀬川先生の書かれたものを読んでいくうちに、そうではないのか、と気づいたことはある。

Date: 6月 1st, 2011
Cate: 黒田恭一

「聴こえるものの彼方へ」(続 黒田恭一氏のこと)

「さらに聴きとるものとの対話を」の最終回(ステレオサウンド 64号)に、こう書かれている──、

テーマについて白紙委任されたのをいいことに、オーディオにかかわりはじめた音楽好きの気持を、正直に、そしてできることなら未知なる友人に手紙を書くような気分で、書いてみようと思った。これが出発点であった。

59号の「ML7についてのM君への手紙」からはじまった、
ときおりステレオサウンドに掲載された、黒田先生のオーディオ機器の導入記・顚末記のほぼすべては、
59号のタイトルが示すように、M君(のちにM1になっている)への手紙、というかたちで書かれている。
131号の「ようこそ、イゾルデ姫!」だけが、そうではない。

黒田先生の著書のなかで、私が好きなのは、「音楽への礼状」。
これも礼状という言葉が示しているように、手紙である。

「さらに聴きとるものとの対話を」の最終回には
「さらに聴きとるものとの対話をつづけるために」とつけられている。

対話をしていくために、対話をつづけていくための「手紙」だということに気づく。

「さらにききとるものとの対話をつづけていくために」の最後のほうに、こう書かれている──、

もし音楽をきくという作業がヒューマニスティックなおこないだといえるとしたら、オーディオもまた、ヒューマニズムに立脚せざるをえないであろう。人間を忘れてものにつきすぎたところで考えられたオーディオは、音楽から離れ、限りなく骨董屋やデパートの特選売場に近づく。

だから「対話」なのだと思う。

[追補]
5月29日に公開した「聴こえるものの彼方へ」は、さきほど校正をやりなおしたものを再度アップしました。
できれば、再度ダウンロードお願いいたします。

Date: 5月 29th, 2011
Cate: 黒田恭一

「聴こえるものの彼方へ」(黒田恭一氏のこと・余談)

CDプレーヤーが登場して間もないころ。
何の試聴だったのかもう忘れてしまったが、黒田先生とふたりだけのことがあった。
試聴が終って、雑談していたときに、これも何がきっかけだったのか忘れてしまったが、
CDプレーヤーの使いこなし、というよりも、その置き方を試してみることになった。

実は黒田先生の試聴のすこし前に私なりにいろいろやって、当時としては、
そしてステレオサウンドの試聴において、という条件はつくものの、うまくいったことがあった。

それを、黒田先生に聴いてもらう、と思ったわけだ。
うまくいったときと同じに、少なくとも同じようにセッティングしたつもりだった。
ただ、このときはまた使いこなしも、いまのレベルとは違い、けっこう未熟だったため、
同じ音を再現できなかった。

何をしなかったときと較べるといいけれども、すこし前に聴いたときの変化とは、その変化量が違っていた。
いまだったら、その理由はわかるものの、そのときはどうしてもわからず、
さらにあれこれやって多少は、そのときの音に近づいたものの、私としては満足できず、
自信満々で、黒田先生に聴いてもらおうと思っていた手前、気恥ずかしくもあった。

それでも黒田先生はしっかり聴いてくださっていた。

このとき、いいわけがましく、いいわけめいたことをいった。
前回、うまくいったときには、こんな感じで鳴ったと話したことを、
すごくわかりやすい表現だといってくださった。

それからまたしばらくして、FMfanの臨時増刊として「カートリッジとレコードとプレーヤーの本」が出た。
これに、NECのCD803について、黒田先生が書かれている文章を読んで苦笑いした。

こう書かれていた。
     *
今はNECのCD−803というCDプレーヤーをつかっている。恥をさらすようであるが、そのCD−803をいかなるセッティングでつかっているかというと、なにかのご参考になればと思い、書いておこう。ぼくの部屋に訪ねてきた友人たちは、そのCDプレーヤーのセッティングのし方をみて誰もが、いわくいいがたい表情をして笑う。もう笑われるのにはなれたが、それでもやはり恥ずかしいことにかわりない。
 ではどうなっているか。ちょっとぐらい押した程度ではびくともしない頑丈な台の上にブックシェルフ型スピーカー用のインシュレーターであるラスクをおき、その上にダイヤトーンのアクースティックキューブをおき、その上にCDプレーヤーをのせている。しかも、である。ああ、恥ずかしい。まだ、先が。
 CDプレーヤーの上に放熱のさまたげにならない場所に、ラスクのさらに小型のものを縦におき、さらにその上に鉛の板をのせている。
     *
私が、あのときやったのも、これに近い。
ラックの上にダイヤトーンのアクースティックキューブDK5000を置いて、その上にCDプレーヤー、
たしかソニーのCDP701ESをそこにのせた。
さらにCDP701ESのうえに、またスピーカーの置き台に使っていた角材をのせた。
CDP701ESはCD803と違い放熱の心配はないから、角材の乗せ方に制約はなかった。

黒田先生の部屋を訪ねられた友人の方たちが、いわくいいがたい表情をされるのは、よくわかる。
自分で、そのセッティングをしながら、オーディオに関心のない人からすれば、
頭のおかしい人と思われてもしかたのないようなことをやっているんだ、と思っていた。

DK5000の上にCDP701ES、さらにその上に角材だから、
ラックの上に、なにかができ上がっているような感じで、これでいい音にならなかったら、
ただただ恥ずかしいかぎりの置き方だ。

黒田先生のときには、成功とはいえなかったけれど、
それでも、あの時の音の変化、音楽の表情の変化を聴いていてくださっていたのだとわかり、
苦笑いしながらも、嬉しくなっていた。

Date: 5月 29th, 2011
Cate: 黒田恭一

「聴こえるものの彼方へ」(黒田恭一氏のこと)

黒田先生の「聴こえるものの彼方へ」のEPUBを公開した。

「さらに聴きとるものとの対話を」と題名を変え、
ステレオサウンド 43号から64号まで連載されたものすべてのほかに、
47号、59号、62号、63号、69号、78号、87号、92号、96号、100号、110号、118号、131号、
これらに書かれた、アクースタットのスピーカーのこと、アポジーのこと、CDプレーヤーのこと、
チェロのパフォーマンスについてのこと、そしてリンのCD12のことなどについての文章も含まれている。

昨年の11月7日と今年の1月10日に瀬川先生の「」を、
3月24日には岩崎先生の「オーディオ彷徨」を公開した。

作業としては、ひたすらキーボードで入力して、Sigilというアプリケーションで、
電子書籍(ePUB)にして、余分なタグを削除したり、校正して、ということでは、
3冊の「本」ともまったく変わりない。

それでも、黒田先生の「聴こえるものの彼方へ」の作業をしているときの心境、とでもいおうか、
そういうものが、瀬川先生、岩崎先生のときとは微妙に違っていた。

瀬川先生とは、熊本のオーディオ店でお会いすることが何度かあり、こちらのことも憶えてくださっていた。
でも、私がステレオサウンドで働くようになったときには、もうおられなかった。
岩崎先生もそうだ。岩崎先生にはお会いすることもできなかった。
瀬川先生、岩崎先生と、仕事をする機会はなかった。

黒田先生とはステレオサウンドで仕事ができた。
リスニングルームで音を聴くことでもできた。
だから作業しながら、想いだすことがいくつもあった、ということが、違っていた。

Date: 5月 19th, 2011
Cate: 黒田恭一

黒田恭一氏のこと(「遠い音」補足)

1938年が、黒田先生にとってどういう意味をもつのかと気づいたうえで、
「遠い音」に書かれてあることをふりかえってみると、ここのところが私の中で浮んでくる。
     *
次第に緊迫の度をましていく「ウォー・オブ・ザ・ワールズ/宇宙戦争」に耳をかたむけながら、ラジオからきこえる空襲警報を告げるアナウンサーの、抑揚のない声をきいて子供心にも恐怖におびえた幼い日のころの気分になっていた。そこできいているのが、遠い日にアメリカでなされた放送の録音であるとわかっていてもなお、古ぼけた音の伝えることを信じはじめていた。人の出入りのまったくない喫茶店が、じっとりと湿った空気の、土の臭いが気になる、戦争中の防空壕に思えてきた。
     *
終戦の年、黒田先生は7歳。
防空壕の土の臭いは、黒田先生の実体験ということになる。

Date: 5月 19th, 2011
Cate: 黒田恭一

黒田恭一氏のこと(「遠い音」)

ステレオサウンド 57号に「遠い音(上)」が、58号に「遠い音(下)」を、黒田先生は書かれている。
23号からはじまった「ぼくは聴餓鬼道に落ちたい」、43号からの「さらに聴きとるものとの対話を」、
これらの一連の連載の中で、この「遠い音」だけが2回にわたっている。

ほかの回と、これだけ雰囲気が異なっているのは、ステレオサウンドに掲載されているときに読んで気がついた。
登場人物は黒田先生自身だということは、すぐにわかる。

ある喫茶店がある。ここでのことを「遠い音」では書かれている。
読んでいけば、黒田先生の創作によるものだとわかってくる。

「遠い音(下)」を読めば、ここに登場してくる、「13」と印字されただけのマッチの意味あいがはっきりとなる。
それで読み手は納得できる。
だから納得したつもりになっていた。

さきほど「遠い音」を入力し終えて、ひとつ気づいた。
「遠い音」の中のふるぼけた喫茶店でかけられていた3組のレコードは、
どれも1938年に録音されたものばかりであることは、「遠い音」の中に書かれている。
1938年が、どういう年なのかも、当然書かれている。

だから、「遠い音」を読んだ30年前、納得したつもりになれた。
「なれた」だけで、「できた」わけでなかったことに、今日気づいた。

1938年には、もうひとつの意味がある。
黒田先生は、1938年1月1日の生れである、からだ。

そのことに気づくと、じつは、このとについてさり気なく書かれていることにも気づく。
「そうか、あの店は、自分が生れたときからずっとああやってひらいていたのかと、あらためて思い」
と書かれている。

「遠い音」を最初に読んだときは、黒田先生の年齢を知らなかった。
写真で見る黒田先生は、実際の年齢よりも若く見えていたから、そう思いこんでしまっていた。
だから、1938年生れとは思っていなかったから、

「そうか、あの店は、自分が生れたときからずっとああやってひらいていたのかと、あらためて思い」
を、そういう意味にはとることができずに、いわば読み流していた。

1938年からある古びた喫茶店は、1963年生れの私にとっても「自分が生れたときから」ある店であり、
そう受けとってしまっていた。
そう受けとってしまったから、1938年のことをそれ以上考えることをやめてしまっていた。

最初に読んだときから30年たち、やっと気づいた。
まだ気づいただけだが、思いだしたことがある。
ブルーノ・ワルターがウィーン・フィルハーモニーを指揮したマーラーの交響曲第九番。
これも1938年にライヴ録音されたものということ。

このワルターのマーラーの第九番を
「時代の証言として、いまもなお、重い」と黒田先生は書かれている。

「遠い音」を書かれたことについての、私なりの答はまだみつかっていない。

Date: 5月 3rd, 2011
Cate: 黒田恭一

黒田恭一氏のこと(「聴こえるものの彼方へ」のこと)

今月の29日に公開できるように、いま黒田先生の文章の入力にとりかかっている。
すでにaudio sharingで公開している「聴こえるものの彼方へ」をEPUBにするのだが、
そのままEPUBにするよりも、未収録の文章もできるかぎり載せたい、と思い立ったからだ。

「聴こえるものの彼方へ」は、
ステレオサウンドに連載されていた「ぼくは聴餓鬼道に落ちたい」が基本になっている。
「ぼくは聴餓鬼道に落ちたい」はいったん42号で終了し、
43号から「さらに聴きとるものとの対話を」と題名が変り、始まっている。

「聴こえるものの彼方へ」には、「さらに聴きとるものとの対話を」は収められていない。

いま入力しながら、読み返していると、あらためて、
これらの黒田先生の文章を最初に読んだときの気持を思い返すことができることに気づく。
もちろん、ほぼ30年以上前に、どう感じていたかをすべて思い出しているわけではないが、
あのとき、黒田先生の文章から、なにを大事なものとして読んでいたのかは、そのまま思い出せる。

黒田先生は、「オーディオはぼくにとって趣味じゃない。命を賭けている」と言われたことがある。
1988年、ゴールデンウィーク明けの、黒田先生のリスニングルームにおいて、はっきり聞いた。

これがどういうことなのかも、「さらに聴きとるものとの対話を」のなかに書かれていたことに、
いま気づき、音楽を「きく」ということとは
(黒田先生は、聴く、とも、聞く、とも書かれずに、つねに「きく」とされていた)、
いったいどういうことなのか──、
あのときとなにが変ってきて、なにが変ってきていないのかを含めて、
ひとりでも多くの人に読んでもらいたいと思っている。