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Date: 1月 6th, 2013
Cate: 長島達夫

長島達夫氏のこと(その1)

CDが登場したときに期待したのは、
ディスクの内周と外周とで音の変化がない、ということだった。

LPだと角速度一定なため外周と内周とでは線速度に違いが出てきて、
しかもそればかりが原因ではないのだが、外周の溝のほうが内周よりも音がいい。
これは円盤状であるかぎり、LPでは解消できない問題点でもあった。

それがCDになれば線速度一定だからLPのような問題は原理的にも発生しない。
アナログからデジタルになったことへの問題を認識していてもなお、
外周と内周で音の違いが起り得るわけがない、
ということはCD(デジタル)ならではのメリットだと私は受けとめていた。

ディスクの最初から最後まで音質が変化しないで聴ける──、
そう期待していたし、そう思い込んでもいた。
けれど、自分のシステムでCDを聴いていると、
ステレオサウンドの試聴室では気づかなかったことがあることがわかった。

残念なことにCDでも内周と外周において音の違いが発生する、ということに気がついた。

ステレオサウンドの試聴ではCDを一枚最初から最後まで聴くと言うことは、まずない。
試聴ディスクのある一部分をくり返し聴くわけだ。
だからステレオサウンドの試聴室ではなく、自分のシステムで気がついたわけだ。

LPは外周から音楽が始まるのに対し、CDは内周から始まる。
LPでは外周、CDでは内周、どちらも音楽の始まりのほうが音がいい。
なんという皮肉なんだろう、と、そのことに気がついたときに思ったことだ。

Date: 12月 31st, 2012
Cate: 黒田恭一

黒田恭一氏のこと(「音楽への礼状」)

2012年、音楽の書籍、オーディオの書籍はどれだけ出版されたのか、
正確な数は知らない。すべてに目を通すこともできない。
出版されていることに気がつかずに、いい本との出合いを逃しているのかもしれない。

6月に黒田先生の著書「音楽への礼状」が復刊された。
マガジンハウスから出ていて「音楽への礼状」はながいこと絶版だった。
今回の復刊は小学館文庫として、である。

黒田先生の本の中で「音楽への礼状」が、私はいちばん好きである。
今回の復刊は、音楽の本、オーディオの本に関することで、私にとってはいちばんのうれしい出来事だった。

未読の方に、ぜひ! と押しつけがましいと思われようがつよく推めたい。
以前読んでいる方にも、もう一度手もとにある「音楽の礼状」を読み返してほしい、とも思う。

Date: 12月 28th, 2012
Cate: 岩崎千明

岩崎千明氏のこと(ジャズの再生の決め手)

またか、と思われようと、また引用するのが、
岩崎先生のジャズについて文章の一節である。
     *
アドリブを重視するジャズにおいて、一瞬一瞬の情報量という点で、ジャズほど情報量の多いものはない。一瞬の波形そのものが音楽性を意味し、その一瞬をくまなく再現することこそが、ジャズの再生の決め手となってくる。
     *
そろそろ暗誦できるほど読み返しているし、何度かここで引用もしている。

これも何度か書いていることだが、私が主に聴くのはクラシックであり、
ジャズを聴く、といっても、ジャズ好きの人からすれば、お前のジャズを聴く、なんてのは
ジャズを聴いているうちに入らない、といわれてもしかたないくらいの、
ジャズのディスクの枚数だし、聴いてきた時間もクラシックを聴いてきた時間と比較すれば、本当に短い。

そんな私でも、引用した岩崎先生の文章が、オーディオとジャズの本質をついていることは直感としてわかる。
だからこそ何度も読み返し、何度か引用してきた。
その都度、意味を考えてきた。

「その一瞬をくまなく再現することが、ジャズの再生の決め手となってくる」とある。
「その一瞬をくまなく再現すること」とは、いったいどういうことなのだろうか。
そのことを考えていたわけである。

「その一瞬をくまなく再現すること」とは、その一瞬を結晶化させることだ、と思えるようになってきた。
だから別項「ワイドレンジ考(ジャズにとって、クラシックにとって)」の(その1)、(その3)で、
ジャズを「いろ」、クラシックを「かたち」とした、
「いろ(ジャズ)」とは、この一瞬の結晶化による「いろ」なのかもしれないし、
その2)で岩崎先生の音を聴かれた菅野先生の表現、
「火花」も、また、この一瞬の結晶化なのではなかろうか。

一瞬の結晶化こそが、ジャズの再生の決め手だ、と、
クラシックばかりを聴いてきた私は、そうおもう。

Date: 12月 24th, 2012
Cate: 岩崎千明

岩崎千明氏のこと(Electro-Voice Ariesのこと・その3)

エアリーズに対しては、さほど関心をもつことはなかった。
私が読みはじめてからのステレオサウンドにはエアリーズは登場していないし、
ステレオサウンドにエアリーズが登場したのは22号だけのはず。

22号の特集は「中・小型フロアー・スピーカー・システム総まくり」で、
1972年3月発行の号だから、エアリーズが登場して約1年後だから、
エアリーズが22号で、どういう評価を得ているのか、いまごろになって関心をもっているのだけれど、
22号は手もとにない。

22号では岡先生、菅野先生、瀬川先生が試聴メンバーで岩崎先生の名前は、そこにはない。
エアリーズは高い評価を得たのか、それともほどほどの評価だったのか。
22号を大きな図書館に行って読めばわかることだが、
なんとなくではあるけれど、絶賛という評価ではなかったように思える。

22号で非常に高い評価を得ていたのであれば、
その後のステレオサウンドに、もう少し登場していてもおかしくないからだ。

私がエアリーズに対して関心が薄かったのは、ステレオサウンドでの扱われ方も大きく影響している。
私のなかではエアリーズの存在は小さかった。
それがここにきて、急に大きくなってきている。

ステレオサウンド 38号をみれば、岩崎先生はエアリーズを鳴らすために、
デュアルのプレーヤー1009にオルトフォンのM15E Superをとりつけて、
アンプはというとマランツの#7と#16のペアがあてがわれている。

エアリーズの価格からすれば、贅沢な組合せといえよう。
それに38号の写真をみればみるほど、
暖炉の両脇に置かれたエアリーズはスピーカーには見えない、家具の一種としてそこに存在している。

パラゴンの置かれていた部屋にはハークネスも620Aも、ヴェローナもあり、
アンプも幾段にも積み重ねられている。
エアリーズの部屋はスピーカーはエアリーズだけである。

だから、またあれこれ考えてしまう。

Date: 12月 23rd, 2012
Cate: 岩崎千明

岩崎千明氏のこと(Electro-Voice Ariesのこと・その2)

エレクトロボイスのエアリーズは、
外形寸法W69.9×H56.5×D41.3cm、重量29.5kgと、サイズ的にはブックシェルフ型に分類されるだろうが、
仕上げを見てもわかるようにエアリーズは床置きを前提としている。
その意味では、小型のフロアー型ともいえる。

エレクトロボイスは、エアリーズを”Console Speaker System”と呼んでいるし、
また”fine furniture design”とも謳っている。

オリジナルのカタログをみると、仕上げは3種類用意されている。
トラディショナル/チェリー、スパニッシュ/オーク、コンテンポラリー/ペカンであり、
岩崎先生が購入されたのはトラディショナル/チェリーである。

ユニット構成は、30cm(12インチ)のウーファー、約15cm(6インチ)のスコーカー、
約6cm(2.5インチ)のトゥイーターからなる3ウェイで、
岩崎先生はスイングジャーナルでの最初の紹介文に「ドーム型の中音、高音」と書かれているが、
写真を見るかぎりでは、コーン型と思われる。

価格は1971年当時で169000円(アメリカでは275ドル)。
安い、とはいえないものの、非常に高価なスピーカーシステムでもない。
エレクトロボイスには、もっと大型で、もっともっと高価なパトリシアン800があった。

パトリシアン・シリーズと比較すれば、エアリーズの影は薄い。
エアリーズは、日本にどれだけ入ってきたのだろうか。
エレクトロボイスのコンシューマー用スピーカーシステムをみかけることは、
JBLやアルテックと較べると、そうとうに少ない。
エアリーズを見かけたことはない。

日本ではそういうスピーカーという見方ができないわけではない。
しかも岩崎先生といえば、
JBLのD130、パラゴン、ハークネス、アルテックの620A、
エレクトロボイスにしてもパトリシアン、と大型スピーカーのイメージが強い。
エアリーズは、どこかサブ的な存在だったように、
ステレオサウンド 38号で岩崎先生のリスニングルームに置かれたエアリーズを見た時、
なんとなくそんなふうにとらえていた。

けれど暖炉のある部屋(パラゴンの置かれた部屋とは別の部屋)に置かれたエアリーズは、
部屋の雰囲気と見事に調和していた。
だから、よけいにサブ的な存在とも思ってしまったわけなのだが。

Date: 12月 23rd, 2012
Cate: 岩崎千明

岩崎千明氏のこと(Electro-Voice Ariesのこと・その1)

スイングジャーナルのオーディオのページには、新製品紹介のコーナーがいくつかあった。
「SJ選定新製品試聴記」、「ベスト・バイ・コンポーネントとステレオ紹介」、「今月の新製品紹介」で、
「SJ選定新製品試聴記」が2ページ見開き、「ベスト・バイ・コンポーネントとステレオ紹介」が1ページ、
「今月の新製品紹介」が1ページに数機種、コマ割りとなっていた。

岩崎先生は「SJ選定新製品試聴記」と「ベスト・バイ・コンポーネントとステレオ紹介」を担当されていた。
「今月の新製品紹介」は上杉先生と大塚晋二氏だった。
「今月の新製品紹介」を岩崎先生が書かれることはない、とずっと思ってきていた。

ところがスイングジャーナルのバックナンバー(1971年4月号)を手にとってみたら、
「今月の新製品紹介」のページは紹介文の最後に括弧で、筆者名が括られているのだが、
そこになぜか、(岩崎)とあった。

「今月の新製品紹介」の扉には、上杉佳郎・大塚晋二とあるだけだ。
岩崎千明の文字はない。
けれどイレギュラーで、岩崎先生が1コマ(1機種)だけ書かれている。
それが、エレクトロボイスのスピーカーシステム、Aries(エアリーズ)である。

勝手に想像するに、エアリーズに惚れ込まれた岩崎先生が自ら編集部に申し出て、紹介文を書かれたのだろう。
きっとそうだと思う。

その後、エアーズのことは「SJ選定新製品試聴記」(1971年7月号)に書かれていて、
最後に、(本誌4月号新製品紹介も参考ください。岩崎)とわざわざつけ加えられている。

Date: 12月 5th, 2012
Cate: 4345, JBL, 瀬川冬樹

4345につながれていたのは(その4)

ステレオサウンド 61号の編集後記に、こうある。
     *
今にして想えば、逝去された日の明け方近く、ちょうど取材中だったJBL4345の組合せからえもいわれぬ音が流れ出した。この音が先生を彷彿とさせ、話題の中心となったのは自然な成り行きだろう。この取材が図らずもレクイエムになってしまったことは、偶然とはいえあまりにも不思議な符号であった。
     *
この取材とは、ステレオサウンド 61号とほぼ同時期に発刊された「コンポーネントステレオの世界 ’82」で、
井上先生による4345の組合せのことである。
この組合せが、この本の最初に出てくる記事にもなっている。

ここで井上先生は、アンプを2組選ばれている。
ひとつはマランツのSc1000とSm700のペア、もうひとつはクレルのPAM2とKSA100のペアである。

えもいわれぬ音が流れ出したのは、クレルのペアが4345に接がれたときだった、ときいている。

このときの音については、編集後記を書かれたSさんにも話をきいた。
そして井上先生にも直接きいている。
「ほんとうにいい音だったよ。」とどこかうれしそうな表情で語ってくれた。

もしかすると私の記憶違いの可能性もなきにしもあらずだが、
井上先生は、こうつけ加えられた。
「瀬川さんがいたのかもな」とも。

Date: 12月 2nd, 2012
Cate: 岩崎千明

「オーディオ彷徨」(ジャズ・アルバム一覧)

岩崎先生の遺稿集「オーディオ彷徨」に登場するジャズ・アルバムをまとめたもの。
私もつくろうかな、と思っていたところに、ある方が先に作られて提供してくださった。
Amazonへのリンク、コメントも、その方によるもの。

~仄かに輝く思い出の一瞬 -我が内なるレディ・ディに捧ぐ~
ビリー・ホリディ「レディ・ディ・ザ・コンプリート・オン・コロムビア 1933-1944」
http://www.amazon.co.jp/dp/B0029XIWCY

~あの時、ロリンズは神だったのかもしれない~
ソニー・ロリンズ「サキソフォン・コロッサス」
http://www.amazon.co.jp/dp/B000000YG5

~変貌しつつあるジャズ~
※変貌以前として
アート・ブレーキー「カフェ・ボヘミアVol.1」&「同Vol.2」
http://www.amazon.co.jp/dp/B00005MIZA
http://www.amazon.co.jp/dp/B00005MIZB

※変貌しつつあるものとして
マイルス・デイヴィス「アット・フィルモア」
http://www.amazon.co.jp/dp/B000AO8CDS

ドン・エリス「アット・フィルモア」
http://www.amazon.co.jp/dp/B0009RQRLU

ウェイン・ショーター「スーパー・ノヴァ」
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B001J231FE

ハービー・ハンコック「プリズナー」
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00004YTWJ

トニー・ウィリアムズ・ライフタイム「エマージェンシー!」
※文中に具体的なアルバム名は書かれていないが、書かれている内容から本作と思われる。
http://www.amazon.co.jp/dp/B0000047GA

※変貌以前に少し戻って
チャーリー・ミンガス「クインテット」
※文中に具体的なアルバム名が無いが書かれている内容から
「My Favourite Quintet」の可能性が一番高いと思われる。
当該作は未CD化だがLP盤で輸入・日本盤ともに安価で中古購入可能。
http://t2.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcRwUYSBxUW3t0RsmZKxoqFqER3uC_6w2brzf5gI_JKRxBJMH9g1
http://t0.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcROy11xsJ1N4KiIzM48etR3jwfCFvsVBqQi-168orVQPdIDMvXX
(上記のどちらのジャケットのLPでも同じ内容。)

オクテット編成になっているが下記のCDはほぼ同時期の録音。
http://www.amazon.co.jp/dp/B000HIVQI0/

~カーラ・ブレイの虚栄 マントラー~
マイケル・マントラー他「コミュニケーションズ」
http://www.amazon.co.jp/dp/B000024D19
※前項の~変貌しつつあるジャズ~に出てきたセシル・テイラー「ジャズ・コンポーザース・オーケストラ」とはこのアルバムの事。

~新たなるジャズ・サウンドの誕生~
ケニー・ドリュー・トリオ「ダーク・ビューティ」
http://www.amazon.co.jp/dp/B000027UP5

デューク・ジョーダン「フライト・トゥ・デンマーク」
http://www.amazon.co.jp/dp/B000027UPE
※上記2点はデンマーク・スティープル・チェイスの作品。

カウント・ベイシー「ベイシー・ジャム」
※パブロレーベルからはベイシーのジャムセッションが多く出されているが
具体的なアルバム名が示されていないが、文章の書かれた時期、作品の出来や知名度などから推察して下記アルバム。
http://www.amazon.co.jp/dp/B000000XIW

ジョー・パス「ヴァーチュオーゾ」
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B0038M61JQ
※パブロのカウントベイシーと同じ理由で本アルバム。

~私のオーディオ考~
ビリー・ホリディ「二組の三枚揃」は冒頭の「レディ・デイ」のCDセットと重複するので割愛。

チャーリー・クリスチャン「ジーニアス・オブ・ザ・エレクトリック・ギター」
「CBSのダブル・ジャケット」のCD化は、おそらくこれのはず。
http://www.amazon.co.jp/dp/B0000026C8

ビックス・バイダーベック「(コロムビアの)三枚組」はこれ。LPでは分売もされていた。
http://www.amazon.co.jp/dp/B000056EV0

フレッチャー・ヘンダーソン(のコロムビアのLPをまとめた三枚組)をCD化したもの。
http://www.amazon.co.jp/dp/B0056BMV6E

ルイ・アームストロング「ホット5」&「ホット7」文中では「ルイの Vol. 1~4」とも書かれてもいる。
コンプリートボックス盤
http://www.amazon.co.jp/dp/B00004WK37

上記からの抜粋ベスト盤
http://www.amazon.co.jp/dp/B000068ZR2
ベニー・グッドマン「CL-501」は
現在、一部の曲を除いて下記の2枚のCDで下記2枚で8割方は聴ける(はず)。

ベニー・グッドマン「プレイス・エディ・ソウター」
http://www.amazon.co.jp/dp/B000001MDH

ベニー・グッドマン「プレイズ・メル・パウエル」
http://www.amazon.co.jp/dp/B000001MDJ
※ベニーグッドマンは他にも複数のCDに散らばって収録されている様子。

~私とJBLの物語~
ボブ・スコービーとフリスコ・ジャズ・バンド
グッドタイム・ジャズ・レーベルから出ていた2枚のLPは共にCD化されている。

ボブ・スコービー「ボブ・スコービーズ・フリスコ・バンド」
http://www.amazon.co.jp/dp/B000000XOW

ボブ・スコービー「スコービー&クランシー」
http://www.amazon.co.jp/dp/B000000XP0

ファイアハウス・プラス・ツー「ディキシー・ランド・フェイバリッツ」
http://www.amazon.co.jp/dp/B000000XGY

~オーディオ歴の根底をなす二十六年前のアルテックとの出会い~
キッド・オリー「アルバム不明」
ヴィック・ディッケンソン「ショーケース」
http://www.amazon.co.jp/dp/B000000ECF

~タイムマシンに乗ってコルトレーンのラブ・シュープリームを聴いたら複葉機が飛んでいた~
ジョン・コルトレーン「至上の愛」
http://www.amazon.co.jp/dp/B0000A118M

~暗闇の中で蒼白く輝くガラス球~
レッド・ガーランド「グルーヴィー」
http://www.amazon.co.jp/dp/B000000Y3T

~ぶつけられたルージュの傷~
※具体的なアルバム名は無いが、この文章が書かれた時期や、当時ジャズ喫茶でよくかかっていたらしいという点、緻密なー、という表現からの推測。
キース・ジャレット「ケルン・コンサート」(他に二枚ほど迷った。)
http://www.amazon.co.jp/dp/B0000262WI

~雪幻話~
オーネット・コールマン「アット・ゴールデン・サークル」
※朝沼予史宏氏のフェイバリット・アルバムでもあった一枚。
http://www.amazon.co.jp/dp/B00005UMTT

キース・ジャケット「フェイシング・ユー」
http://www.amazon.co.jp/dp/B00008KKV0

~のろのろと伸ばした指先がアンプのスイッチに触れたとき~
エリック・ドルフィー「アット・ザ・ファイヴ・スポットVOL.1」
「ファイアー・ワルツ」収録はこのVOL.1。
http://www.amazon.co.jp/dp/B000NO28N0

~二十年前僕はやたらゆっくり廻るレコードを見つめていた~
エルモ・ホープ・トリオ「イントロデューシング」
http://www.amazon.co.jp/dp/B002SVPN24
※ジャケットの色がすり減って色褪せていた~とあるので、色付きのジャケットだったファーストアルバムではないかと思う。
(セカンドアルバムはモノクロのジャケット)

~不意に彼女は唄をやめてじっと僕を見つめていた~
ヘレン・メリル「ウィズ・クリフォード・ブラウン」
http://www.amazon.co.jp/dp/B0000046ND

~トニー・ベネットが大好きなあいつは重たい真空管アンプを古机の上に置いた~
レフト・アローン「マル・ウォルドロン」
http://www.amazon.co.jp/dp/B00005EQB9

ナット・キング・コール「アフター・ミッドナイト」
http://www.amazon.co.jp/dp/B00000K45T

http://www.amazon.co.jp/dp/B000M2E8SG

トニー・ベネット&カウント・ベイシー「イン・パーソン」
http://www.amazon.co.jp/dp/B000024HGK
※何枚か共演盤があるが岩崎さんはきっとCBSコロムビアのこれではないかと。
http://www.amazon.co.jp/dp/B006YTLP1Y (対となるもう一枚の共演盤とのカップリング盤)

~音楽に対峙する一瞬 その四次元的感覚~
ジョン・コルトレーン「クル・セ・ママ」
http://www.amazon.co.jp/dp/B001NHZ2QQ

Date: 12月 2nd, 2012
Cate: 岩崎千明

岩崎千明氏とスピーカーのこと

瀬川先生がいまも生きておられたら、スピーカーは何を使われていたのかについて、
別項「瀬川冬樹氏とスピーカーのこと」で書いているところである。

このことを考えていく上で、実はとても重要なことが、
岩崎先生がいまも生きておられたら──、ということである。

岩崎先生は1977年に亡くなられる数年前から、
JBLのパラゴンをはじめ、エレクトロボイスのパトリシアン、JBLのハーツフィールドなど、
モノーラル時代のアメリカの大型スピーカーシステムを導入されている。

そういう岩崎先生は、いま何を鳴らされているのだろうか。
このことを考えてみることも、瀬川先生が何を鳴らされたであろうかに大きく関係してくる気がする。

すこし前にも瀬川先生と岩崎先生はライバル同士だった、と書いた。
岩崎先生自身、瀬川先生をもっとも手強いライバルであり、オーディオの良き仲間として意識されていた。

岩崎千明と瀬川冬樹──、
このふたりは鳴らされる音量、聴かれる音楽、鳴らされていたスピーカーは対照的でありながら、
実に多くの共通点も見出せる。

ふたりの残された文章を丹念に読んでいくと、
多くのことが共通していることに気づき、驚く。

だから1977年3月24日以降も、1981年11月7日以降も、
岩崎先生と瀬川先生が生きておられたなら、どこかでクロスオーバーするポイントがきっとある、と思う。

それを見落していては、瀬川先生のスピーカーがどう変遷していったのか、について書くことはできない。

今日12月2日は、岩崎先生の84回目の誕生日である。

Date: 11月 30th, 2012
Cate: 菅野沖彦

菅野沖彦氏のスピーカーについて(コメントを読んで)

昨晩書いた「菅野沖彦氏のスピーカーについて(その9)」にコメントがあった。

EddieMunsterさんのコメントは、こうだった。
「JBLとマッキンは同じ穴の狢と感じているのは私だけ^^;」

1行だけのコメントで、EddieMunsterさんがどういう方なのか、私はまったくわからないし、
EddieMunsterさんのコメントにあるJBLとマッキントッシュが指しているのは、
昨晩私が書いたDD55000とXRT18(XRT20)のことなのか、
それとももっと広くJBLのスピーカーシステム、
マッキントッシュのスピーカーシステムすべてを含むのかもわからない。

それにコメントの最後に、顔文字(それも汗を書いている)がついていて、
このコメントを、どう受け取ったらいいものかと、すこし考え込んでしまった。
EddieMunsterさんのコメントを読んでおもったことを書いてみたい。
とりとめのない文章になっていくだろうが……。

「同じ穴の狢」とある。
これの意味は、関係のないようにみえても、実は同類・仲間であること、と辞書には載っているし、
「同じ穴の狢」が使われるときは、いい意味ではなく悪い意味でのことが圧倒的に多い。
なのでEddieMunsterさんも、悪い意味で使われていると仮定して書いていく。

ということは、EddieMunsterさんにとって、
JBLもマッキントッシュのスピーカーも、どうでもいい音のスピーカーということになる。
だとしたら、EddieMunsterさんにとっては、
それが表現(XRTシリーズ)であっても、忠実な変換機(JBLのスピーカー)であっても、
どうでもいい、ということになるのだろう……(ここもはっきりとはわからない)。

EddieMunsterさんにとって、JBL、マッキントッシュよりも、音楽を聴く上でずっと信頼できる、
いい音と思えるスピーカーが、なにかあって、
そのスピーカーとの比較においては、JBLとマッキントッシュも「同じ穴の狢」ということなんだろう、
と勝手に思っている。

そのスピーカーがなんなのかでもわかれば、
EddieMunsterさんが「同じ穴の狢」という表現をつかわれた意図も少しははっきりしてくるのだが、
EddieMunsterさんがどういう人で、どういう音楽を好み、どういう音を鳴らされているのか、
そのために使われているスピーカーがなんなのか、はまったくわからない。

わからないから、もしかするとヨーロッパのスピーカーを愛用されている人もかもしれない、
ハイエンドスピーカーと呼ばれているモデルを使われているのかもしれない、
他にもいくつも考えられるが、考えたところで、何かがいまのところ返ってくるわけではない。

JBLのエンジニアは「忠実な変換機」をつくっている、といっている。
忠実な変換機としてのスピーカーは、技術が進歩していくことによって、
その時点時点では忠実な変換機であっても、
いずれその忠実度は、新しいスピーカーの忠実度よりも劣ることになる。

前の世代が超えられなかった壁を、後の世代にとってはそれは壁ではなくなっている、
そういうことだってある。
けれどスピーカーは、前の世代のものであっても、後の世代のものであって、
いまだ完璧というにはほぼ遠いところにある。

後の世代が出し得ない音を、前の世代はたやすく出していることもある。
そういう例は長くオーディオをやっている人ならば、実感されているはず。
だから、ここではあえて旧い世代とはいわず前の世代としたし、
新しい世代とはせず後の世代とした。

スピーカーがいまの形態(原理、構成など含めて)のままでいるかぎり、
画期的な発明がスピーカーにおいてなされて、スピーカーの能力が飛躍的に向上し、
前の世代のスピーカーだけでなく、
いまの世代のスピーカーをふくめてすべてを旧い世代といってしまう日もいつかはくるだろう。
でもそれまでは、いまあるスピーカーすべて「同じ穴の狢」なのではなかろうか。

Date: 11月 29th, 2012
Cate: 菅野沖彦
1 msg

菅野沖彦氏のスピーカーについて(その9)

私にとってマッキントッシュのXRTシリーズのスピーカーシステムといえば、
XRT20とXRT18だけ、ともいえる。

その2機種の後に型番にXRTのつくスピーカーシステムはいくつも登場しているから、
それらも当然マッキントッシュのXRTシリーズのスピーカーの範疇に含まれるといえば、
たしかにそうであるけれど、個人的にはXRTシリーズのもつ特色が色濃く音に反映しているのは、
XRT20とXRT18であり、XRT26、XRT25は形こそXRTシリーズではあるものの、
何かが変ってきてしまったようにも感じてしまう。

XRT20、XRT18とXRT26、XRT25のあいだに登場したXRT22は、
XRT20の後継機といえばそういえなくもないのだけれど、
私としては、なんとなくふたつのXRTシリーズの境界線付近に位置するモデルのようにも見えてしまう。

なぜ、そう感じてしまうのか。

XRT18は、ステレオサウンド 77号(特集はComponents Of The Year)で、
JBLのDD55000、ダイヤトーンのDS10000とともに、ゴールデンサウンド賞に選ばれている。

その座談会で、菅野先生の発言がじつに興味深い。
     *
これはJBLのエンジニアが言った言葉なのですが、マッキントッシュのスピーカーはマッキントッシュの『表現』であると。それに対して我々(JBL)は、忠実な変換機をつくっている、と言うんです。これはある面とても当たっていると思うんです。ですから、マッキントッシュは、自分たちの表現したい方法が見つかれば、変換機としてのオーソドックスなセオリーから外れたとしても、積極的に採用していくという姿勢でしょう。その点で、JBL等の歴史の長いスピーカー専業メーカーとは体質がまったく違う。
(山中先生の発言をはさんで)
ものとしての存在感はJBLの方につよく感じて、マッキントッシュにはものとしての存在よりも、その音の世界の存在を感じますね。
XRT18だと各ユニットの存在は、そのスピーカーの中にある。けれど、JBLはユニットの存在感が強烈にあって、スピーカー全体も大きな存在になっている。それにしてもJBLの人間はうまい表現をしたと思う。
     *
菅野先生も最後にいわれているように、
JBLのエンジニアの、
マッキントッシュにはスピーカーはマッキントッシュの「表現」、
JBLは忠実な変換機をつくっている、は,まさにそのとおりだと思う。

XRT20、XRT18はマッキントッシュの見事な表現であり、
そこのところにおいて、XRT26、XRT25はそこから忠実な変換機でもあろうとし、
マッキントッシュの「表現」に不徹底なところが出てきてしまった……、
そんなふうに私は解釈してしまう。

Date: 11月 26th, 2012
Cate: D44000 Paragon, JBL, 瀬川冬樹

瀬川冬樹氏とスピーカーのこと(その9)

ほんとうのところは、まだまだスピーカーとアンプの関係性について書いていきたいのだが、
そうするといつまでも本題である「瀬川冬樹氏とスピーカーのこと」に移れなくなるのでこのへんにしておく。
けれど、スピーカーのアンプの関係性については書きたいことだけでなく、
考えていきたいとも思っているので、項を改めて書く予定ではある(といってもいつになるかは……)。

なぜ少しばかりの脱線とはいえないくらいアンプのことを書いてきたのは、
瀬川先生が最後に鳴らされていたJBLの4345から、
もしいまも存命だったら絶対に鳴らされているはずのジャーマン・フィジックスのDDD型ユニットまで、
いったいどのスピーカーを鳴らされていたのかを考えていくのに、
スピーカーのことだけを考えていては、答に近づけないと思うからである。

リスニングルームの条件も考慮しないといけない。
瀬川先生が砧に建てられた家から移られたのは目黒のマンションである。
ここは決して広いとはいえないスペースだった、と聞いている。
そこに4345を置かれていた。

1981年以降、瀬川先生はどの程度のリスニングルームのスペースを確保されただろうか……。
そういうことも勘案していく必要がある。

それにアンプのこともある。

1981年の初夏にステレオサウンドから出たセパレートアンプの別冊の巻頭に掲載されている文章、
いま、いい音のアンプがほしい」を読んでいくと、
瀬川先生が求められている音にも変化があり、
マークレビンソンのアンプの音にも変化があり、
このふたつの音の変化は同じところを向っていないことが感じとれる。

瀬川先生は、アンプは何を選ばれただろうか──、
このことも考えていかなければ、スピーカーに何を選ばれたのかについての確度の高い推察はまず無理であろう。

このスピーカーとアンプの関係性からみていくときに、
この項の(その2)で書いているアルテック620Bとマイケルソン&オースチンのTVA1の組合せ、
それにずっと以前の、604Eをおさめた612AとマッキントッシュのC22とMC275との組合せ、
このふたつの組合せのもつ意味を考えていく必要がある、と私はそう確信している。

Date: 11月 26th, 2012
Cate: D44000 Paragon, JBL, 瀬川冬樹

瀬川冬樹氏とスピーカーのこと(その8)

D40は、ステレオサウンド 44号の新製品紹介のページで登場している。
井上先生と山中先生が試聴されていて、次のようなことが語られている。
     *
井上 この場合は、スペンドールのスピーカーを鳴らした場合には、という条件つきでないとこのアンプの本来の姿を見失ってしまいますね。ある一つのスピーカーを鳴らすことに的を絞ってアンプを開発した場合は、特別な回路構成をとらないでも、コントロール機能を必要なものに簡略化してしまっても、スピーカーを含めたトータルな再生音のクォリティは非常に高い水準に持っていけるという好例として注目できます。
     *
私はD40を他のスピーカーで聴く機会はなかった。
でも、聴いたことのある人の話では、BCIIと同系統のスピーカーではよかったけれど、
そうでないスピーカーとの組合せでは、精彩を欠いてしまう、と。

そうだと思う。
一般的なアンプの常識では、優秀なアンプとは考えられない。
D40の音は、不思議にいい音であって、その意味では優秀なアンプとは言い難い。
なのに優秀なアンプで鳴らしたBCIIよりも、BCIIの魅力を抽き出し弱いところをうまく補うアンプはない。

もうすこし引用しておく。
     *
山中 このアンプでスペンドールのスピーカーを鳴らしてみますと、他のアンプで聴いたときの印象と違って、かなり中音域が充実して聴こえます。
井上 そうなんですね。以前にいろいろなアンプで聴いたスペンドールのスピーカーの音は、大変バランスがいいといってもやや中域がエネルギー的に不足している部分に感じられたのです。またそれがデリケートで微妙なニュアンスの再現性に優れた、特有の音色と結びついていたともいえるのですが場合によっては神経質な音といった感じに聴こえてしまうこともありました。このD40で鳴らすとその辺をうまく補って、中域にある種のエネルギー感がついて、全体的な音のまろやかさ、余裕といったものが出てくるようです。
山中 もちろん中域のエネルギー感が加わったといっても大変元気な音になったというわけではないですね。スペンドール独得のひめやかな、雰囲気のある音はやはりベースになっています。
     *
D40は優秀なアンプではないし、アンプの理想像に近いわけでもない。
それでもアンプは単体でなにかをするものではない。スピーカーを鳴らしてこそアンプの存在があり、
つねにスピーカーとの関係において語っていくものとしたら、
スペンドールのスピーカーシステムとD40の関係は、
スピーカーとアンプの関係のひとつの理想に近いものといえるところがある。

Date: 11月 25th, 2012
Cate: D44000 Paragon, JBL, 瀬川冬樹

瀬川冬樹氏とスピーカーのこと(その7)

スペンドールのD40は、
スペンドールの設立者であるスペンサー・ヒューズの息子、デレク・ヒューズの設計となっている。

スペンドールのスピーカーシステムの型番は、
たとえばBCシリーズは、
ウーファーの振動板のベクストレンとトゥイーターに採用されているセレッションを表しているし、
小型のSA1は、
自社製のウーファーとフランス・オーダックス製のトゥイーターを採用していることからつけられている。

そういう型番のつけ方をしているスペンドールだから、
D40のDは、デレク・ヒューズの設計を表している、と考えていいはず。

D40はコンパクトなプリメインアンプで、
機能も最小限度のものしかついていない。
入力セレクター、バランサー、レベルコントロールだけ。
外形寸法はW33.2×H9.6×D22.3cm、重量は6kg。
出力は型番からわかるように40W+40W。

回路についての技術的な説明はなにもない。

D40についての製品解説をしようと思っても、あまり書くことが見当たらない、
そういうプリメインアンプである。

けれど、このD40は、スペンドールのスピーカーシステムと組み合わせたとき、
なぜ、こんなつくりのアンプなのに、と思いたくなるほどの音を聴かせてくれる。

私はいちどだけBCIIとの組合せで聴いたことがある。
D40よりも物量を投入したプリメインアンプ、セパレートアンプのいくつかでBCIIを聴いたことはある。
そのどれよりも、D40で鳴らしたときに、BCIIは、こういう音も鳴らせるのか、という驚きがあった。

Date: 11月 24th, 2012
Cate: D44000 Paragon, JBL, 瀬川冬樹

瀬川冬樹氏とスピーカーのこと(その6)

300Bのアンプのことについては何度か書いてきている。
そのたびに、具体的な300Bのアンプについて書けないもどかしさを感じている。
市販品でなんとかおすすめできる300Bアンプがあれば、そのアンプを例にとって話をしていけるのに……、
というもどかしさがある。

300Bという真空管の名称は、真空管にさほど興味のない方でも、
いちど聞いたことのある、そういう誰もが名前だけは知っている真空管である。
なのに、そのもっとも有名な真空管を使ったアンプの音について、
なんらかの共通認識があるのかといえば、ないとしかいいようがない。

ウェスターン・エレクトリックの、ほんとうの300Bは格別の球であることは断言できる。
だからといって、ほんとうの300Bを出力段に使ったからといって、
それだけでどんなアンプでも、格段の音になるわけではない。

それでも300Bのアンプということが語られ謳われ、私も300Bのシングルアンプという表現を使う。
けれど、それは、おそらくみな違う音のことでもある。
伊藤アンプにかわる標準原器ともいえる300Bのアンプが登場してほしい、と、
300Bという言葉を、ここで書く度に思っている。

300Bのシングルアンプよりも、まだ多くの人が聴いているアンプ、
それも市販されたことのあるアンプで思い出したのがひとつある。
スペンドールのプリメインアンプのD40である。

同じイギリスのスピーカーメーカーであるロジャースのアンプは知っているけれど、
スペンドールもアンプを作っていたの? と思われる方は少なくないだろう。
D40も決して多く売れたアンプではない。

でもスピーカーとパワーアンプの関係について、
パワーアンプに求められる姿について考えていくうえで、
D40はもっとも好適である。