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Date: 3月 25th, 2016
Cate: 川崎和男

KK塾(七回目)

KK塾、七回目の講師は、松岡正剛氏。

KK塾では毎回印刷物が、受付で手渡される。
今回はその中に「松岡正剛 方法と編集」が含まれていた。
最初のページに、こう書いてあった。
     *
知識を編集するのではなく、
編集を知識にするべきである。
編集とは、「方法の自由」と
「関係の発見」にかかわるためのものである。
     *
私がステレオサウンド編集部にいたころに出た話を思い出していた。
具体的なことは、まだ書かないが、確かにそうだ、と納得するしかない指摘だった。

少なくとも、その指摘はいまのステレオサウンド編集部にもいえることだ。

KK塾2015は今回で終った。
オーディオ関係者は、なぜ来ないのだろうかと、毎回思ってしまう。

金曜日の午後、そんな時間に行けるわけないだろう、というのは簡単だ、
バカにでも出来る。

でも、ほぼ毎回来ているオーディオ関係者はいるのだ。

Date: 3月 4th, 2016
Cate: 川崎和男

KK塾(続DNPのこと)

KK塾、六回目の講師、澤芳樹氏が開発されたヒト(自己)骨格筋由来細胞シートは、
テルモから「ハートシート」という名称で製造されていることは知っていた。

ハートシートが実際にどのように製造されるのか、その詳細を知っているわけではないが、
なんなくではあるが印刷が関係しているのではないだろうか、
だとしたらDNPも関係しているんだろうな……、そんなことを思いながら会場に向っていた。

KK塾は六回目。
毎回来ていると会場の雰囲気が毎回微妙に違っていることを感じる。
今日も違っているな、と感じていた。
DNPのバッヂを胸につけていた人がかなり多かった。

やっぱりハートシートにDNPも関係しているんだ、と確信したし、実際にそうであることが話された。

今回DNPの社員によるプレゼンテーションはなかった。
楽しみにしていたので少しがっかりだったが、
今回もDNPという会社の「印刷」に対する取り組みのダイナミクスの大きさを感じる。

DNPの「D」は、Dynamicsであると感じるし、
DNPがオーディオの世界、音の世界に進出してくれることを、期待してしまう。

川崎先生がオーディオのデザインをふたたび手がけられるとしたら、DNPとである可能性が高い──、
前回から感じていることを、今日また、より強く感じていた。

Date: 3月 4th, 2016
Cate: 川崎和男

KK塾(六回目)

KK塾、六回目の講師は、澤芳樹氏。

今回でKK塾は六回目。
今年度は3月25日に七回目(松岡正剛氏)で終る。

七人の講師。
回を重ねるごとに、なぜこの七人の講師なのかを、強く意識するようになる。
今回は、これまで以上にそのことを強く感じていた。

今のところ、毎回行っている。
毎回行くべきだと、思う。

Date: 2月 13th, 2016
Cate: 川崎和男

KK塾(DNPのこと)

別項「続・再生音とは……(その15)」に、
オーディオの世界も、音による空気への印刷と捉えることができる、と書いた。

KK塾では毎回、DNPの社員によるプレゼンテーションがある。
今回もそうなのだが、このプレゼンテーションを見ていると、
印刷は出力であり、出力するためには入力が必要であり、
その入力されたものを処理する技術も必要になる。

このことを改めて実感する。

印刷といえば、やはり紙への印刷であり、
DNPにとっても紙への印刷がメインであっても、
印刷領域の拡大と、その精度は確実に進歩している。

オーディオの世界も入力、信号処理、出力からなる世界である。
だから、DNPの取組みをみていると、
もしかしたらDNPはオーディオの世界に進出することもできるのではないか、とさえ思えてくる。

そうなったら、既存のオーディオメーカーとは違う「印刷(出力)」を見せてくれそうな予感すらある。

Date: 2月 12th, 2016
Cate: 川崎和男

KK塾(五回目)

KK塾、五回目の講師は、内藤廣氏。

内藤廣氏の話の中に、西洋と東洋の時間の概念を図で表したものが出てきた。
西洋のそれは右肩上がり直線、
東洋のそれは弧を描く二本の線が円を成していた。

このふたつを合わせたものとしての螺旋状の図がスクリーンに表れた。
螺旋状の図は、コイルである。
この螺旋状の図は、未来予想図でもある。

まっすぐに規則正しい弧を描いているものが、外的要因で曲がったり、弧が崩れたりする。
そういう話をききながら、こんなことを思っていた。

この螺旋状の図は、何の未来予想図か。
世界の、日本の、それぞれの地域の螺旋状の図であり、
ひとりひとりの螺旋状の図であるとすれば、
そしてコイルとみなせば、活動によりコイルに電流が流れ、
コイルの中心には磁力線が発生する。

コイル同士が十分に離れていて、向きが直行していれば干渉は少なくなるが、
そうでなければ互いに干渉しあう。

けれどコイルがトーラス状に巻かれていたら、どうなるか。
つまりトロイダル型のコイルである。

もし螺旋状の図が、直線のコイルではなく、トロイダル状のコイルであれば、
磁力線の漏れはずいぶんと抑えられる──、こんなことを考えていた。

内藤廣氏は建築家だ。
東京・六本木のミッドタウンに虎屋菓寮がある。
内藤廣氏が手がけられている。
オーディオマニアとして、ここに行ってみようと思っている。

Date: 1月 21st, 2016
Cate: 川崎和男

KK塾(四回目)

KK塾、四回目の講師は、長谷川秀夫氏。

今回の講演で、もっとも印象深かったのは、知見だった。
知見の蓄積と活用ということだった。

長谷川秀夫氏の話は、専門のロケットを含む宇宙開発に関するものであり、
直接的にはオーディオとは何の関係もないように思われるかもしれないが、
知見の話は、オーディオの、まさに使いこなしの話といえた。

そして品質保証という話もあった。
オーディオで品質保証といえば、それはメーカー側の話であるように考えがちだが、
このことも使いこなしに関係してくる。

家電、炊飯器や掃除機、洗濯機などは、
メーカーが保証する品質そのままが家庭でも再現される。

ところがオーディオは、アンプ、スピーカー単体では用をなさないわけで、
つねにコンポーネント(他社製品との組合せが大半である)において、
その性能(音)が問われる。

しかも使い手の技倆によって、例え同じシステムであったとしても出てくる音に違いが出てくる。
ここでの品質保証(音)は、誰によってなされるのか。
そのために必要なことは何なのか。

そういったことを考えていた。

そしてシステマティックという言葉もあった。
これこそが使いこなしに必要不可欠といえるものであり、
井上先生がもっとも得意とされていた。

そのことを思い出していたから、今回の長谷川秀夫氏の話は、
私にとってオーディオの使いこなしに結びつくものだった。

Date: 1月 14th, 2016
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(UREI Model 813の登場・その8)

アルテックの604-8Gのクロスオーバー周波数は1.5kHzとなっている。
軽量のストレートコーンと強力な磁気回路によるウーファーであっても、
15インチという口径を考えると、ここまで受け持たせるのはかなり苦しい。

604-8Gのトゥイーターのホーンはマルチセルラホーン。
このホーンのサイズは、それほど大きくはない。
むしろクロスオーバー周波数を考慮すると小さいか、ぎりぎりのサイズでしかない。

この点に関しては、
ウーファーの振動板をホーンの延長としてみなしているタンノイのほうが有利といえる。

だからといって604-8Gのホーンを大きくしてしまうと、別の問題が発生してくる。
あのサイズは、ぎりぎりの選択によって決ったものといえよう。

ウーファーの口径もホーンのサイズも、どうにかできることではない。
そういう同軸型ユニットである604-8Gの欠点をうまく補い、
同軸型ユニットならではの長所を活かすにはどうするのか。

その答のひとつとして、UREIのネットワークが挙げられる。
813のネットワークは、ウーファー側に対して、
奥に位置するトゥイーターとの時間差を補正するためにベッセル型のハイカットフィルターを採用している。

このことは813のカタログに載っている応答波形をみても、ベッセル型であることははっきりとわかる。
ベッセル型にすることで、ウーファーに対して群遅延(Group Delay)をかけている。

ベッセル型ネットワークの次数によって、ディレイ時間を設定できる。
けれど、このベッセル型ネットワークをトゥイーター側にも採用してしまっては、
意味がなくなる。
ベッセル型にしてしまうと、次数の分だけのディレイ時間が発生してしまい、
その状態でウーファーとトゥイーターのタイムアライメントをとるには、
より次数の高いハイカットフィルターをウーファー側につけなくてはならない。

このことが、(その6)で書いた813のウーファーの周波数特性と関係してくる。

813のトゥイーター側のネットワークにはコイルが使われていない。
その後の改良モデルではコイルも使われているが、オリジナルのModel 813や811にはコイルはない。
コンデンサーと抵抗とアッテネーターだけで構成されている。

Date: 12月 18th, 2015
Cate: 川崎和男

KK塾(三回目)

KK塾、三回目の講師は、石黒浩氏。

先月、六本木にある国際文化会館で石黒氏の講演は聞いた。
今回のKK塾の予習になるだろうと思ってである。

よくデジタルは非人間的だといわれる。
一方アナログは人間的であると。

けれどどちらも人間が生み出した。
今回も話されたが、人間を円で表して、その中に小さな円がある。
この小さい円が動物で、それ以外の部分は技術であり、
技術の発想、元となるのは小さな円(動物)から生じるもの、ということだ。

とすればデジタルも、その小さな円(動物)から生じたものとなる。
にも関わらず、なぜデジタルは非人間的と受け止める人がいるのだろうか。

前回も話されたことだが、無機物の進化の過程に有機物がある、という説。
11月に聞いて以来、考えてきた。

無機物(デジタル、客観)であり、有機物(アナログ、主観)であると、今夜確信した。

Date: 12月 14th, 2015
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(UREI Model 813の登場・その7)

HIGH-TECHNIC SERIES-1に、
井上先生が既製のスピーカーシステムにユニットを加えるマルチアンプについて書かれている。
そこにアルテックの604-8Gが出てくる。
     *
 かつて、JBLのシステムにあったL88PAには、中音用のコーン型ユニットとLCネットワークが、M12ステップアップキットとして用意され、これを追加して88+12とすれば、現在も発売されている上級モデルのL100センチュリーにグレイドアップできる。実用的でユーモアのある方法が採用されていたことがある。
 ブックシェルフ型をベースとして、スコーカーを加えるプランには、JBLの例のように、むしろLCネットワークを使いたい。マルチアンプ方式を採用するためには、もう少し基本性能が高い2ウェイシステムが必要である。例えば、同軸2ウェイシステムとして定評が高いアルテック620Aモニターや、専用ユニットを使う2ウェイシステムであるエレクトロボイス セントリーVなどが、マルチアンプ方式で3ウェイ化したい既製スピーカーシステムである。この2機種は、前者には中音用として802−8Dドライバーユニットと511B、811Bの2種類のホーンがあり、後者には1823Mドライバーユニットと8HDホーンがあり、このプランには好適である。
 また、アルテックの場合には、511BホーンならN501−8A、811BならN801−8AというLCネットワークが低音と中音の間に使用可能であり、中音と高音の間も他社のLC型ネットワークを使用できる可能性がある。エレクトロボイスの場合には、X36とX8、2種類のネットワークとAT38アッテネーターで使えそうだ。
     *
これを読んだ時、私は高校生だった。
だから井上先生が、なぜ同軸型ユニットの604-8Gに中音用のユニットを追加されるのか、
その意図をわかりかねていた。

802-8D+511Bを604-8Gに追加するということは、
いうまでもなく同軸型のメリットを殺すことにつながる。
そんなことは井上先生は百も承知のはず、なのに、こういう案を出されている。

604-8Gは15インチ口径のコーン型ウーファーとホーン型トゥイーターの2ウェイ構成である。
クロスオーバー周波数は1.5kHz。

アルテックのストレートコーンのウーファーは、416は1.6kHz、515Bは1kHz、515-8LFは1.5kHzと、
カタログ上ではそうなっている。
以前、ごく初期の515(蝶ダンパー)に、
ポータブルラジオのイヤフォン端子から出力を取り出して接いで鳴らしたことがある。

1kHzといようりも、もう少し上まで、3kHzくらいまではなだらかに減衰しながらもクリアーに聴きとれた。
このことはトーキー用スピーカーとして源流をもつからであり、
映画館でもしドライバーが故障して鳴らなくなっても、
ウーファーだけでセリフがはっきりと聞き取れる必要があるからだ。

とはいえ、振幅特性だけでない、
位相特性、指向特性をふくめた周波数特性でいえば、
15インチ口径のコーン型にそこまで受け持たせるのは無理がある。

同じことは604シリーズのトゥイーターにもいえる。

Date: 12月 12th, 2015
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(UREI Model 813の登場・その6)

UREIの813はアルテックの604-8Gにサブウーファーを足した、
いわば変則3ウェイといえる構成をとっている。

クロスオーバー周波数はUREIのカタログには載っていないが、
ステレオサウンド 47号の測定結果をみると、おおよそ250Hz以下で使われていることがわかる。
このサブウーファーのハイカットは12db/octであることもわかる。

813にはレベルコントロールのツマミが3つある。
MID RANDGE、HF DRIVE、HF TRIMである。

これらが一般的なレベルコントロールと違う点は、
マキシマムの位置で周波数特性がフラットになっていることである。
つまり絞ることはできても、レベルを上昇させることはできない。
さらに絞りきることもできない。
あくまでも微妙な調整を行うためのレベルコントロールといえる。

回路図をみればわかることだが、
813のMID RANGEは604-8Gの中高域を調整しているわけではない。
HF DRIVE、HF TRIMはトゥイーター側のローカットフィルターで行っているが、
MID RANGEはウーファーのハイカットフィルターで行っている。

これも47号の測定結果をみれば、どういうことをUREIが行っているかは、
回路図を見なくともある程度推測がつく。

47号の測定結果のなかには、近接周波数特性という項目がある。
これはウーファー、バスレフポートなどにマイクロフォンを非常に近づけての周波数特性であり、
ウーファーのネットワーク込みの周波数特性がわかる。

813のウーファーの特性は800Hzあたりから急激に減衰している。
けれど一度減衰した周波数特性は1kHz以上の帯域でレベルが上昇している。
そして2.5kHz以上で、ふたたび急激に減衰するというものだ。

813のMID RANGEは、この1kHzから2.5kHzまでの帯域のレベルをコントロールしている。
813のカタログに載っている周波数特性でもMID RANGEを絞ると、この帯域が減衰するのがわかる。

アルテックの604-8Gのクロスオーバー周波数は1.5kHzと発表されている。
ウーファーのハイカットは12dB/oct、トゥイーターのローカットは18db/octのスロープ特性。

UREIの813のネットワークは、アルテックのオリジナルとは大きく違っているとはいえ、
MID RANGEのレベルコントロールはウーファー側なのか。
これは、UREIの特許ともなっているTIME ALIGN NETWORKと関係してくる。

Date: 12月 1st, 2015
Cate: 菅野沖彦

菅野沖彦氏のスピーカーのこと(その14)

NTXシステムの振動板の様子を捉えた写真を見て、
ゴードン・ガウがXRT20のトゥイーターコラムで実現しようとしていたことは、
こういうことなのか、と思った。

XRT20は日本では1981年から販売されている。
けれどアメリカでは1980年から市場に出ていたし、
実のところ日本にもそのころ輸入されていたにも関わらず、そのころの輸入元の判断で、
日本市場では売れない、ということでずっと保管されたままだった。

ステレオサウンドにXRT20が登場したのは59号。
新製品紹介のページで菅野先生が書かれている。
     *
ここに御紹介するXRT20という製品は、同社の最新最高のシステムであるが、すでに昨1980年1月には商品として発売さていたものなのだ。したがって、いまさら新製品というには1年以上経た旧聞に属することになるのだが、不思議なことに日本には今まで紹介されていなかったのである。1年以上も日本の輸入元で寝かされていたというのだから驚き呆れる。
     *
この記事はカラーページだった。
59号を持っている方は、もう一度写真を見直してほしい。
XRT20のウーファーセクションのエンクロージュアの下部が、どうみても新品とは思えない状態になっている。

輸入元で保管といっても、あまりいい状態での保管ではなかったようだ。
空調のきいたところで保管されていたのであれば、エンクロージュアの下部はこんなにはならない。

XRT20はヴォイシングを必要とするスピーカーシステムだったし、
トゥイーターコラムもウーファーセクションのエンクロージュアも壁につけて使うことが前提となる。
いわば制約の多い製品といえる。

こういうモノは売りにくい、売れない、と当時の輸入元が判断したのは、
XRT20というスピーカーシステムを正しく理解していなかったともいえる。

でも、どれだけの人がXRT20を正しく理解していたといえるだろうか。
XRT20を購入した人だから、XRT20を正しく理解しているとはいえない。
それがいい音で鳴っていたとしても、XRT20の理解とは別のところで鳴っているわけである。

オーディオで仕事をしていない人ならば、私はそれでいいと思っている。
正しく理解したからといって、いい音で鳴らせるとは限らないからだ。

ただオーディオの仕事をしている人は、それでは困る。
私は、一度XRT20を一般的なスピーカーと同じようにフリースタンディングで鳴らして、
こう鳴らす方がいい音でしょう、と誇らしげに語った人を知っている。
ここにも、おさなオーディオがある。

この人のスピーカーの理解はこんなものか、と思ってしまった。
とはいうものの、そのころの私も、この人よりはXRT20を理解していたとはいえるが、
ほんとうに正しく理解していたとはいえない。

なぜゴードン・ガウは、トゥイーターコラムを試作品段階で試したコンデンサー型としなかったのか、
なぜハードドーム型ではなくソフトドーム型にしたのか、
24個のトゥイーターを、なぜ、あんなふうに配線しているのか……。

いくつかの疑問があって、その答を見出せずにいた。
1996年までそうだった。

Date: 11月 29th, 2015
Cate: 使いこなし, 瀬川冬樹

使いこなしのこと(瀬川冬樹氏の文章より・補足)

さきほど書いた「使いこなしのこと(瀬川冬樹氏の文章より)」は、続きを書くつもりはなかった。
けれどfacebookにもらったコメントを読んで、これだけは補足しておこうと思った。

最初に書こうと考えていたことは、別にあった。
数日前、知人からメールで問合せがあった。
「瀬川さんが、こんなことを書いているようだけど、どこに書いているのか」というものだった。

知人は、二三ヶ月前のラジオ技術の是枝重治氏の文章を読んで、私に訊ねてきた。
その号を私は読んでいないので正確な引用ではないが、
瀬川先生がある人に、昔はアンプを自作していたのに、
なぜいまはメーカー製のアンプを喜々として使っているのか。
それに対して、その時はうまく反論できなかったけど、いまはこういえる……、
そういう内容のことだったそうだ。

これはステレオサウンド 17号の「コンポーネントステレオの楽しみ」に出てくる。
     *
 しかし音を変えたり聴きくらべたりといった、そんな単調な遊びだけがオーディオの楽しみなのではない。そんな底の浅い遊戯に、わたくしたちの先輩や友人たちが、いい年令をしながら何年も何十年も打ち込むわけがない。
 大げさな言い方に聴こえるかもしれないが、オーディオのたのしさの中には、ものを創造する喜びがあるからだ、と言いたい。たとえば文筆家が言葉を選び構成してひとつの文体を創造するように、音楽家が音や音色を選びリズムやハーモニーを与えて作曲するように、わたくしたちは素材としてスピーカーやアンプやカートリッジを選ぶのではないだろうか。求める音に真剣であるほど、素材を探し求める態度も真摯なものになる。それは立派に創造行為といえるのだ。
 ずっと以前ある本の座談会で、そういう意味の発言をしたところが、同席したこの道の先輩にはそのことがわかってもらえないとみえて、その人は、創造、というからには、たとえばアンプを作ったりするのでなくては創造ではない、既製品を選び組み合せるだけで、どうしてものを創造できるのかと、反論された。そのときは自分の考えをうまく説明できなかったが、いまならこういえる。求める姿勢が真剣であれば、求める素材に対する要求もおのずからきびしくなる。その結果、既製のアンプに理想を見出せなければ、アンプを自作することになるのかもしれないが、そうしたところで真空管やトランジスターやコンデンサーから作るわけでなく、やはり既製パーツを組み合せるという点に於て、質的には何ら相違があるわけではなく、単に、素材をどこまで細かく求めるかという量の問題にすぎないのではないか、と。
     *
その知人に確認したことがある、是枝氏は「うまく反論できなかった」と書かれていたのか、と。
そうらしい。
でも、瀬川先生は「うまく説明できなかった」と書かれている。

反論と説明とでは、読む方の印象はずいぶんと違ってくることになる。
やはり瀬川先生ならば、反論ではなく説明のはずであり、
私はここが瀬川先生らしい、と思った。
そのことを書きたかっただけで、
引用するために「コンポーネントステレオの楽しみ」を開いていた。

読んでいくうちに、そんなことよりもフローベルの言葉について書かれたところにしよう、と思った。
だから、「使いこなしのこと(瀬川冬樹氏の文章より)」だけで済んでいた。

facebookへのコメントには「なかなか出会えない」とあったからだ。
その気持はわからないわけではないが、
瀬川先生も書かれている「オーディオのたのしさの中には、ものを創造する喜びがあるからだ」、
ここのところを読んでほしい、と思う。

素材を探し求める態度も真摯なものになる、と書かれている。
だから「なかなか出会えない」という気持はわかる。
でも、世の中にそうそう理想と思えるモノがあるわけではない。

真摯な態度で探し求め、そうやって手に入れたモノを組み合わせて、使いこなしていく、という行為、
この行為を創造する喜びがあるとして取り組んでいくしかない。

Date: 11月 29th, 2015
Cate: 使いこなし, 瀬川冬樹

使いこなしのこと(瀬川冬樹氏の文章より)

ステレオサウンド 17号に「コンポーネントステレオの楽しみ」という瀬川先生の文章が載っている。
「虚構世界の狩人」にもおさめられている。
そこには、こう書いてある。
     *
「われわれの言おうとする事がたとえ何であっても、それを現わすためには一つの言葉しかない。それを生かすためには、一つの動詞しかない。それを形容するためには、一つの形容詞しかない。さればわれわれはその言葉を、その動詞を、その形容詞を見つけるまでは捜さなければならない。決して困難を避けるためにいい加減なもので満足したり、たとえ巧みに行ってもごまかしたり、言葉の手品を使ってすりかえたりしてはならぬ。」
 これはフローベルの有名な言葉だが、この中の「言葉」「動詞」「形容詞」という部分を、パーツ、組み合わせ、使いこなし、とあてはめてみれば、これは立派にオーディオの本質を言い現わす言葉になる。
     *
フローベルの言葉を置き換えてみると、
「われわれの言おうとする事がたとえ何であっても、それを現わすためには一つのパーツしかない。それを生かすためには、一つの組み合わせしかない。それを形容するためには、一つの使いこなししかない。さればわれわれはそのパーツを、その組み合わせを、その使いこなしを見つけるまでは捜さなければならない。決して困難を避けるためにいい加減なもので満足したり、たとえ巧みに行ってもごまかしたり、言葉の手品を使ってすりかえたりしてはならぬ。」
となる。

「言おうとする事」は、いうまでもなく「出そうとしている音」である。

Date: 11月 27th, 2015
Cate: 川崎和男

KK塾(二回目)

KK塾、二回目の講師は、生田幸士氏。

生田氏の高校生時代のエピソードに、スタートレックのことが出て来た。
スタートレックのテレビシリーズを見ていた人ならば説明はいらないだろうが、
艦長のカークと副長のスポックは、たびたび異星に降りたつ。

エンタープライズ号のトップのふたりが、艦を離れてしまうことがたびたびある。

いまHuluでザ・ラストシップが毎週火曜日に一本ずつ公開されている。
ザ・ラストシップは面白い。
毎週火曜日が楽しみなくらいである。

今週の火曜日に公開されたエピソードを見て気づいたのは、
ザ・ラストシップとスタートレックは似ている、ということ。

スタートレックは宇宙戦艦、ザ・ラストシップは駆逐艦、
スタートレックは宇宙、ザ・ラストシップは海が舞台である。

スタートレックでは異星に降りたつ、ザ・ラストシップでは陸上に降りたつシーンもあるが、
メインとなるのは艦内という、いわば閉じられた空間での出来事という共通性を感じる。

ただザ・ラストシップでは艦長と副長のふたりともが艦を離れることはない。
艦長が交渉のため止むを得ず艦を離れた時には、副長が艦に残っている。
艦長はよほどのことがないかぎり艦を離れるものではないし、
まして副長とともに離れることはあってはならないこと。

今週火曜日にそのことに気づいたばかりだったから、
生田氏のスタートレックの話を聞きながら、2011年3月11日のことを思い出していた。

この日、東京電力の会長は中国に、社長は関西方面に出かけていて、
東京電力のトップふたりは会社という艦から離れていた。
どちらかひとりは必ず残っているべきである。

生田氏は高校の文化祭のリーダーだったときに、
必要だったススキを刈りに学校を離れて戻ってきたら、先生に叱られてしまった。
その時に、スタートレックでは、カートとスポックのふたりが艦を離れてしまう、
と反論したところは、それはテレビの話であり、リーダーは現場を離れてはいけない、
何かあったときにリーダー不在ではあってはいけないからだ、と、
また先生に叱られたということだった。

あの時の東京電力の会長と社長が、
どんな学校を卒業してきたのか知らないし、調べようとも思わない。
偏差値の高い学校なのだろう、とは思う。
優秀な人たちなんだろうとも思う。

だから東京電力という会社のトップになれたのだろう。
けれど、このふたりには、
生田氏の高校時代の先生の存在がいなかったのだろう、とも強く思う。

数日前に、石積みのことを書いたばかりということもあって、
教育も石積みだと思っていた。
大きな石だけでは積んでいくことはできない。
小さな石も中くらいの石も必要になってくる。

文化祭でのエピソードは、いわば小さな石かもしれない。
でも、この小さな石がなければ石垣は、空積みの石垣は崩れてしまう。

Date: 10月 30th, 2015
Cate: 川崎和男

KK塾

KK塾に行ってきた。KKとはKazuo Kawasakiのことである。
これまで大阪で行われていたKK塾。大阪まで行けなかったから東京で行われるのを待っていた。

今日が東京での一回目である。
五反田にあるDNPホールに行ってきた。

一回目の講師は濱口秀司氏。13時30分に始まり終ったのは17時30分ごろだった。
途中休憩は10分程度。
なぜ無料で行われているのかと思うほどの内容だった。

濱口氏の話を聞いてグレン・グールドのことを考えていた。
なぜコンサート・ドロップアウトしたのか、
その理由はあれこれ語られているが、濱口氏の話を聞いていて、
そういうことだったのかと思うことがあった。

濱口氏の話に音楽のことは出なかった。
けれど、グールドのことを考えていた。

イノヴェーションの作法。
まさにグールドがコンサート・ドロップアウトして試みていたのはイノヴェーションの作法だった、と思っていた。