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Date: 11月 29th, 2017
Cate: 瀬川冬樹

確信していること(その24)

ピラミッド型の音のバランス。

昔からいわれ続けている。
でも、いまはどうなんだろう……。

10年ほど前だったか、
ピラミッド型の音のバランスは、低音のいちばん低いところがピークで、
高域にいくに従ってダラ下がりのレスポンスのことだ──、
そんな理解をしている人がいるのを知って、愕然としたことがある。

フラットレスポンスが理想であって、
それはピラミッド型ではなく、上(高域)にいくに従ってとがっていく形ではなく、
低域から高域まで幅が一定の形でなければならない──、
そんな主張があった。

個人サイトだったし、どんな人が書いているのかははっきりとはわからなかったが、
どうも私よりも少し上の世代の人のようだった。

世代的にピラミッド型の音のバランスは、いわば常識として理解されているものだと、
私などは勝手に思っていたけれど、どうもそうではないようだ。

ピラミッド型の音のバランスを、そんなふうに理解する(される)のか、
表現の難しさを感じる──、とは思っていない。

ピラミッド型の音のバランスがどういうことなのか、わからない人はそのままで、もういい。

瀬川先生の音を考えるうえで、忘れてはならないのは、
絶対に忘れてはならないのが、ピラミッド型の音のバランスである。

この大事なことを、
「瀬川先生の音を彷彿させる音が出せた」と、私にヌケヌケといってきた知人は、
忘れていたのか、それとも気づいてすらいなかったのか。

もしかするとピラミッド型の音のバランスがどういうことなのかを、
誤解した人であったのか。

Date: 11月 27th, 2017
Cate: 瀬川冬樹

確信していること(その23)

「’81世界のセパレートアンプ総テスト」は、
ステレオサウンド 59号の少し前に発売になっている別冊だ。

59号の新製品紹介で、瀬川先生はルボックスのカセットデッキB710について書かれている。
     *
 たとえば、カートリッジを比較の例にあげてみると、一方にオルトフォンMC30又はMC20MKII、他方にデンオンDL303又はテクニクス100CMK3を対比させてみると、オルトフォンをしばらく聴いたあとで国産に切換えると、肉食が菜食になったような、油絵が水彩になったような、そういう何か根元的な違いを誰もが感じる。もう少し具体的にいえば、同じ一枚のレコードの音が、オルトフォンではこってりと肉付きあるいは厚みを感じさせる。色彩があざやかになる。音が立体的になる。あるいは西欧人の身体つきのように、起伏がはっきりしていて、一見やせているようにみえても厚みがある、というような。
 反面、西欧人の肌が日本人のキメ細かい肌にかなわないように、滑らかな肌ざわり、キメの細かさ、という点では絶対に国産が強い。日本人の細やかな神経を反映して、音がどこまでも細かく分解されてゆく。歪が少ない。一旦それを聴くと、オルトフォンはいかにも大掴みに聴こえる。しかし大掴みに全体のバランスを整える。国産品は、概して部分の細やかさに気をとられて、全体としてみると、どうも細い。弱々しい。本当のエネルギーが弱い。
     *
ここでも西欧人と日本人の身体つき、肌ざわりについて触れられている。
《そういう何か根元的な違いを誰もが感じる》と書かれている。

この根源的な違いを理解しないままに、細身の音を自分勝手に描いていったのが、
知人の「瀬川先生の音を彷彿させる音が出せた」だった。

オーディオに興味を持ち始めたころ、
オーディオ雑誌を読みはじめたころは、
そこに登場するオーディオ評論家の中から、自分と合いそうな人を探そうとするものだ。

時として、というより、読み手によっては、
そのオーディオ評論家は憧れとなったり、目標となったりすることもある。

知人にとっては、それは瀬川先生だった。
私もそうだった。

知人や私と同じ、という人は、この時代のオーディオを体験してきた人の中には多いはずだ。
それでも、瀬川先生とまったく同じという人は、おそらく一人もいない。

瀬川先生の指向される音と基本的に同じであっても、
重なり合うところはあっても、それでも一人ひとりみな違う。

読み手はそのことに気づく。
同じところ、似ているところもあれば、違うところもある。

同じになりたい、と仮に願っても決してそうはなれない。
けれど、知人はそこが違っていたように思う。

知人は、自分自身に瀬川先生を重ね合わせていたのではないだろうか。
多くの読み手は、瀬川先生に、自分自身を重ね合わせていたはずだ。

Date: 11月 26th, 2017
Cate: 瀬川冬樹

確信していること(その22)

こう書かれている。
     *
 どこまでも細かく切れ込んでゆく解像力の高さ、いわばピントの鋭さ。澄み切った秋空のような一点の曇りもない透明感。そして、一音一音をゆるがせにしない厳格さ。それでありながら、音のひと粒ひと粒が、生き生きと躍動するような,血の通った生命感……。そうした音が、かつてのJBLの持っていた魅力であり、個性でもあった。一聴すると細い感じの音でありながら、低音の音域は十分に低いところまで──当時の管球の高級機の鳴らす低音よりもさらに1オクターヴも低い音まで鳴らし切るかのように──聴こえる。そのためか、音の支えがいかにも確としてゆるぎがない。細いかと思っていると案外に肉づきがしっかりしている。それは恰も、欧米人の女性が、一見細いようなのに、意外に肉づきが豊かでびっくりさせられるというのに似ている。要するにJBLの音は、欧米人の体格という枠の中で比較的に細い、のである。
     *
日本人の女性でも、スタイルのいい人はいる。
けれど、欧米人の女性のスタイルのいい人と違うのは、体の厚みである。

正面から見るとウエストが細く見えても、欧米人の女性は厚みがある。
日本人の女性は、正面からは同じように細くて、横からみると薄い。

ウエストのサイズを測れば、当然欧米人の女性の方が数値としては大きくなる。
何もウエストまわりのことだけではない。

全体として日本人の体格は薄い。
同じように細身であっても、ここが違う。

JBLのアンプの音。
SA600、SG520、SE400Sの音は、細身の音である。
けれど、その細身の音は《欧米人の体格という枠の中で比較的に細い》のであって、
それはボディの厚みをもった細さである。

この大事なことを知人の頭からはまるごと抜け落ちていた。
知人は、細身の女性が好きだった。

その細身の女性とは《欧米人の体格という枠の中》での細いではなく、
日本人の体格という枠の中での細いであった。

知人の好みだから、それでいいのだが、
それをそのまま瀬川先生の音に当てはめてしまっていた。

Date: 11月 26th, 2017
Cate: 瀬川冬樹

確信していること(その21)

その20)を書いたのが、2011年11月。
さすがに間を空けすぎた。

(その20)の続きとして書こうと思ったが、
別項「音を表現するということ(間違っている音)」で、
そこで、「瀬川先生の音を彷彿させる音が出せた」といった知人のことを書いているから、
瀬川先生の音について、書きたい。

私も瀬川先生のリスニングルームでの音は聴いていない。
熊本のオーディオ店に来られたときに鳴らされていた音を、何度か聴いているだけである。
あとは、ほとんどの人と同じで、瀬川先生の書かれた文章を読んでの想像である。

よく瀬川先生音は、細身で柳腰、
そんなふうに語られることがある。

「瀬川先生の音を彷彿させる音が出せた」といって、間違った音を出していた知人も、
そう思っていた。

けれど、彼の場合、瀬川先生の文章をほんとうに読んでいたのか、
甚だ疑問である。

知人は「読んでいた」という。
けれど、彼の頭の中には、何が残っていたのか。

たとえば細身の音にしても、知人の認識は、
ただ一般的な意味での細身の音でしかない。

瀬川先生の書かれたものを丹念に読んでいれば、そうでないことはわかっているはすである。
何も瀬川先生が、ずっと以前に書かれていたことを持ち出そうとするわけではない。

知人も、何度も読み返した、といっていて、
その原稿のコピーを、彼はリスニングルームに飾っていた。

そこに書かれていることですら、彼の頭の中にはなかった。

ステレオサウンド別冊「’81世界のセパレートアンプ総テスト」の巻頭、
「いま、いい音のアンプがほしい」に書いてあることだ。

Date: 11月 25th, 2017
Cate: 川崎和男

KK適塾 2017

今年度のKK適塾が12月22日から始まる。
参加申し込み受付が始まっている。

Date: 11月 19th, 2017
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(UREI Model 813の登場・その9)

UREIのModel 813に搭載されてるアルテックの604のように、
中高域のダイアフラムが、ウーファーよりも奥にある場合には、
ウーファー側のフィルター(ハイカットフィルター)にベッセル型を採用することで、
通過帯域内では一定の群遅延(Group Delay)がかかる。

では反対にウーファーがコーン型で、中高域がドーム型であれば、
中高域のダイアフラムがウーファーよりも前に位置する。
その場合、中高域側のハイパスフィルターにベッセル型を使えばいいのかというと、
必ずしもハイカットフィルターのようにうまくいくわけではない。

群遅延がローカット(ハイパス)とハイカット(ローパス)では、ベッセル型は違ってくる。
ローカットフィルターの群遅延は、ベッセル型よりもバターワース型のほうが良好である。

UREIはトゥイーターのローカットフィルターにはベッセル型を採用していない。
Model 813のネットワークの解説がここでのテーマではないので、
あまり細かいことは省くが、Model 813のネットワークは、
昔のスピーカーの教科書に出てくような設計ではない。

カットオフ周波数も、フィルターの種類も次数も、
ハイカットとローカットでは違うところばかりである。

同軸型という物理的な制約の多いユニットに対して、
昔の教科書的なネットワークをもってきても、
それまで多くの人が知らなかった可能性を抽き出すことはできない。

別項でも書いているように、スピーカーシステムはほんとうにコンポーネント(組合せ)だと、
Model 813について詳細を知るほどに、強く感じる。

組合せだけに、それをまとめる人のセンスが如実に、
音だけでなくアピアランスを含めてのスタイルにあらわれている。

Date: 11月 15th, 2017
Cate: 瀬川冬樹

文行一致(その4)

サプリーム 144号、
池田圭氏の「写真の不思議」に、こうある。
     *
 昭和56年になって彼は僕の住いから歩いて5分とかからないマンションへ引越してきた。「家内とも3人の子達」とも別れ、リスニングルームを主体とした新築の家をも捨ててであった。その内情の委しいことを僕は知らないが、珍しく移転を知らせて呉れたので僕は電話をし、僕も行くから君も気軽に来て呉れよと誘った。
 トリオから出版している「サプリーム」誌が、僕を中心として中野雄氏が司会役で、オーディオ愛好家を招待して鼎談を連載する企画を飯室種夫氏がたてた。その最初の人が彼で内容は皆様ご存知の通りである。彼は無口で僕一人の饒舌が多かったが、時々彼は鋭い言葉を発して僕の心胆を寒からしめた。そういう癖は、彼の文章、談話に縷々現われる。唐突に思い切ったことをいう人であった。
 彼の晩年は語るも哀れであった。僕は鼎談会の後日彼をマンションに訪れた。それは一九三二年に録音されたベル研究所のステレオの復刻盤とそれを僕がWestrex 10Aで再生し録音した38cmトラックのテープを聞かせるためであった。彼は演奏することを避けた。部屋にはベル研のレコードを演奏するにふさわしいプレヤーも、またテレコも見当たらなかった。しかし彼が好んで音作りをしたというJBLの4343形スピーカーは揃っていた。そして愛用したライカが小さいテーブルに数台置いてあって、仏壇には燈明が灯してあった。元気のない上に軽い咳をつき鼎談会のときとは打って変って衰えが見えていた。にもかかわらず「西武デパート」の相談室へは注射を打って通っている由であった。「そうしないと日銭に困るんですよ」それは半ば怒りをこめた含み声であった。
 その形相は僕がこれまで何人かの癌によって死亡した人に現われるものが感じられた。ステレオサウンド社の原田勲氏もしきりに入院をすすめられたが彼は承知しなかったようである。
 もう駄目だと思った。彼は体の具合のいいときにベル研のステレオ・レコードの音を僕のスタジオで聞きたいと洩らしたりした。やがて夕食頃ともなったので別れを告げた。
 その年の9月26日に僕は北海道に行くことになっていた。その前日どうしても彼を見舞いたいと思った。僕は何時も旅に出るとなると身に危険を感じるからである。
 病室に入ると彼は何故か腰かけていた。暗い影は更に深くなっていた。「北海道から帰ったら、また来るから、もし急用のときは電話して呉れ」と言って改めて名刺を枕元に置いて別れた。
 僕の生き永らえている愉しみは、いい音でいい音楽を聞くにある。人はよくいう「人生の幸福は一家の団欒にあり」と。そのような倖せがどのようなものであるか僕には見当がつかない。オーディオの実験研究に安眠さえとれないくらいである。なすべきことが山積しているのである。

 彼の通夜、そして次の通夜、11月20日の葬儀と引き続き、僕のスタジオで撮影した彼の47歳とは思われぬ若さと、不思議に明るいポートレートを見ながら、苦悩を隠し果せる(おおせる)撮影の不思議を思った。と同時にあのような幼児性は何処からくるかを考えていた。
 特に彼の晩年は悲しいことの連続だった。にもかかわらずあのような表情を見せたのは、あの撮影の瞬間、瀬川冬樹の脳裏に浮かんだ彼の愛好した音楽の旋律がそうさせたのかも知れない。その心に浮かんだのはバッハのであったか、モーツァルトであったか。それは判らない。
     *
貝山知弘氏は、文行一致だった、と書かれているわけではない。
指向した世界が、文行一致である、と書かれている。

Date: 11月 12th, 2017
Cate: 岩崎千明

537-500と岩崎千明氏(その3)

537-500といえば、
1970年代当時、オリンパスの上に乗っているホーンというイメージが強い。

Olympus S8Rは、ウーファーLE15AにパッシヴラジエーターPR15、
スコーカーは375とスラントプレートの音響レンズのHL93、
トゥイーターは075という3ウェイ・システム。

375をエンクロージュアから取り出し、
ホーンをHL93から537-500にしている人は、当時どのくらいいたのだろうか。

オリンパスの組格子のグリルと537-500のパンチングメタル。
材質は木と金属、色も違う。
孔の形状も違う。

そのコントラストが、うまくいっていたように感じる。
写真をみても、そう思うのだから、
実際にその姿を見て、しかもオリンパスを鳴らしている人だったら、
いつかはオレも537-500……、と決意するのではないのか。

これは誰がやりはじめたことなのだろうか。
おそらく375の強烈なエネルギーが、家庭用としては、
そして鳴らしはじめのころは、中高域のどぎつさ、刺々しさとして聴こえてしまうことを、
やわらげるためなのだろう。

JBLにホーンはいくつもあった。
プロフェッショナル用も含めると、けっこうな数になるが、
オリンパスの上に2397をもってきたら、音はともかくとして見た目はまったく似合わない。

ゴールドウィングの537-509にしても、
ハーツフィールドに収まっている状態では、見事に決っているけれど、
それでは、と……、オリンパスの上にのせてしまったら、どうなるか。

オリンパスの上にのせて似合う(様になる)ホーンは、結局537-500だけかもしれない。

Date: 10月 29th, 2017
Cate: 岩崎千明

537-500と岩崎千明氏(その2)

ステレオサウンド 35号の特集は、ベストバイ。
この35号がいまも続いているベストバイの第一回である。

35号のベストバイの選者は、
井上卓也、岩崎千明、上杉佳郎、大塚晋二、岡俊雄、菅野沖彦、瀬川冬樹、
三井啓、山中敬三の九氏(大塚、三井の両氏はテープデッキのみ)。

選者もがらっと変ってしまったが、
ベストバイ・コンポーネントのジャンルにも変更がある。
35号ではスピーカーユニットのベストバイも選ばれている。

第二回の43号では、スピーカーユニットはなくなっているから、
35号だけのベストバイ・コンポーネントであった。

スピーカーユニットは、
フルレンジ、ウーファー、スコーカー、ドライバー、ホーン、トゥイーターは細分化されている。

スピーカーユニットのベストバイは、43号でもやってほしかった、と思う。
いまの時代、スピーカーユニットのベストバイはやれていことはないだろうが、
無理が出てくるであろう。

スピーカーユニットのベストバイは、
スピーカーシステムのベストバイと併せて読むことで、おもしろさは増す。

35号は1975年に出ている。
このころ、537-500はJBLのホーンのラインナップからなくなっていた時期のはずだ。
HL88の登場は、少し後になるため、
537-500(HL88)は35号には登場していない。

ホーンのところでは、1217-1290と2305が、
スコーカーのところではLE175DLHが選ばれている。

1217-1290といっても、いまではどんなホーンなの? という人の方が多い。
1217-1290はLE175DLHのホーン/レンズのことである。

2305は1217-1290のプロフェッショナル版で、ホーン長が2.6cmほど長くなっている。
当時の価格は、1217-1290が19,300円、2305が24,300円(いずれも一本の価格)。

1217-1290は井上卓也、岩崎千明、上杉佳郎の三氏、
2305は岩崎千明、菅野沖彦、瀬川冬樹の三氏、
LE175DLHは井上卓也、上杉佳郎、菅野沖彦、山中敬三の四氏によって選ばれている。

このことからわかるのは、蜂の巣と呼ばれる音響レンズを、
岩崎先生は認めてられている、ということであり、
実際175DLHはD130と組み合わせて、Harknessにおさめられていたのだから。

ステレオサウンド 38号の95ページの写真にも、1217-1290が写っている。

Date: 10月 24th, 2017
Cate: 岩崎千明

537-500と岩崎千明氏(その1)

ステレオサウンド 38号「オーディオ評論家──そのサウンドとサウンドロジィ」、
何度も見て読んでいるにもかかわらず、
またひっぱりだしてきたのは確認したいことがあったから。

JBLのホーン537-500といえば、
菅野先生が長年愛用されていることはよく知られているし、
菅野先生よりも早く瀬川先生が導入されていたことも知られている。

けれど岩崎先生は?
あれだけ多くのオーディオ機器があった岩崎先生のリスニングルームに、
537-500はなかったのか──、それを確かめるために38号を開いている。

少なくとも38号に掲載されているカラー写真、モノクロ写真のどこにも写っていない。
「岩崎氏の再生装置」というリストにも、537-500、もしくはHL88の型番はない。

37号もひっぱりだしてきた。
「ベストサウンドを求めて」という記事で、
岩崎先生はJBLのユニット群によるマルチアンプシステムを実験されている。
プロローグとして、JBLのホーンについて書かれている。

そこには537-500(HL88)のことは出てくる。
     *
 そりゃあ、そうだろう。蜂の巣にしたって黄金の翼にしたって、JBLファンなら一度は手にして、そばに置きたい魅力のかたまりだ。HL88として復活したが、前の型番537−500といってもぴんとこないファンがいたとしても175DLHのホーンの兄貴分といえば判るだろう。つまり蜂の巣音響レンズをホーン開口部にそなえた強力無比な中音用ホーンなのだ。鉄製の強固なる丸形(コニカル)ホーンは、デッドニングなどはしていないが、どう叩いても、とうていホーン鳴りなどしそうにない。パンチングメタルを17枚重ねた音響レンズは、単なる拡散器というより、ホーン開口部につけた音響的バッファーの作用もして家庭用として適切なるエネルギーにするため、積極的な音響損失をも、もたせてあるといえる。
     *
けれど本文といえるユニット組合せの試聴には、
2350、2355、2397、HL89、HL900、HL92は登場するが、
537-500(HL88)は、そこにはいない。

《JBLファンなら一度は手にして、そばに置きたい魅力のかたまり》と書かれているのに、
岩崎先生のリスニングルームに、537-500があった写真をみたことがない。
写真に写っていないから、ない、とは断言できないが、
あれだけの大きさと存在感をもつ537-500を、どこかにしまわれていたとは考えにくい。

Date: 10月 19th, 2017
Cate: 井上卓也

井上卓也氏のこと(ボザークとXRT20・その2)

ボザークの音は聴いていない。
熊本にいたころは実物をみる機会もなかった。

東京で暮らすようになって、秋葉原のオーディオ店で展示されているのを見たことはある。
それは長いこと売れていないようで、展示品とはいえ、くすんだ印象を受けた。

いまなら聴かせてほしい、と店員にいえるが、
18、19ぐらいのころ、買えもしないオーディオ機器を聴かせてほしい、とは、とてもいえなかった。
いつか聴く機会はあるだろう、と当時は、そうも思っていた。

結局聴く機会は訪れなかった。
そういうものなのかもしれない。

ステレオサウンドのバックナンバーをみても、
ボザークについて書かれているのは、当然とはいえ井上先生が圧倒的に多い。
つぎに菅野先生が少し書かれているくらいだ。

ボザークのスピーカーも、そんなには登場していない。
新製品を次々と出してくるメーカーではなかったし、
ユニットも四種類のコーン型が用意されていて、その組合せでシステム構成がなされていた。

そういうメーカーであり、そういうスピーカーシステムなだけに、
目立つこと、スポットライトが当てられることは、
私がステレオサウンドを読みはじめてからは、なかった。

ボザークの音とは、どんな音だったのか。
     *
また、「理想の音は」との問にたいしてのR・T・ボザークは、ベルリンフィルのニューヨーク公演の音(たしか、リンカーンセンター)と断言した。あの小気味よさはいまも耳に残る貴重な経験である。
 ボザークのサウンド傾向は、重厚で、密度の高い音で、穏やかな、いわば、大人の風格を感じさせる米国東海岸、それも、ニューイングランドと呼ばれるボストン産ならではの音が特徴であった。このサウンドは、同じアメリカでもかつて日本で「カリフォルニアの青い空」と形容された、JBLやアルテックなどの、明るく、小気味よく、シャープで反応の速い音のウェスタン・エレクトリック系の音とは対照的なものであった。
     *
井上先生が、「音[オーディオ]の世紀」(ステレオサウンド別冊)に、そう書かれている。
「コンポーネントの世界」の巻頭鼎談では、瀬川先生が語られている。
     *
瀬川 このスピーカーを作ったボザークという男が来日した折り、ぼくはいろいろ話し合ったんですが、そのときに貴方の好きな音楽はなんですかと聞いてみた。そうしたら、シンフォニー、それもとくにマーラーとブルックナーとブラームスのだ、というんです。しかもそうした曲を、アメリカ人だけど、ドイツ・グラモフォンがカッティングとプレスした盤で聴くのが好きなんだ、といってた。
     *
理想の音、好きな音楽という問いに対してのボザークの答は明快だ。

Date: 9月 27th, 2017
Cate: 瀬川冬樹

あえて無題

 ラックスのオーディオ・サルーンという催しが、一部の愛好家のあいだで知られている。毎土曜日の午後と、それに毎月一回夜間に開催されるこのサルーンのメーカー色が全然無く、ラックスの悪口を平気で言え、またその悪口を平気で聞き入れてもらえる気安さがあるのでわたくしも楽しくつきあっているが、ここ二年あまり、ほとんど毎月一回ずつ担当している集まりで、いままで、自分のほんとうに気に入った音を鳴らした記憶が無い。催しのほとんどはアルテックのA5で鳴らすのだが、そしてわたくしの担当のときはスピーカーのバランスをいじり配置を変えトーンコントロールを大幅に調整して、係のT氏に言わせればふだんのA5とは似ても似つかない音に変えてしまうのだそうだが、そこまで調整してみても所詮アルテックはアルテック、わたしの出したい音とは別の音でしか、鳴ってくれない。しかもここで鳴らすことのできる音は、ほかの多くの、おもに地方で開催されるオーディオの集いで聴いて頂くことのできる音よりは、それでもまだ別格といいたいくらい良い方、なのである。しかし本質的に自分の鳴らしたい音とは違う音を、せっかく集まってくださる愛好家に聴いて頂くというのは、なんともつらく、もどかしく、歯がゆいものなのだ。
 で、ついに意を決して、9月のある夜の集いに、自宅のJBL375と、パワーアンプ二台(SE400S、460)と、特注マルチアンプ用チャンネル・フィルターを持ち出して、オールJBLによるマルチ・ドライブを試みることにした。ちょうどその日、ラックスの試聴室に、知友I氏のJBL520と460、それにオリムパスがあったためでもある。つまりオリムパスのウーファーだけ流用して、その上に375(537-500ホーン)と075を乗せ、JBLの三台のパワーアンプで3チャンネルのマルチ・アンプを構成しようという意図だ。自宅でもこれに似た試みはほぼ一年前からやっているものの、トゥイーターだけはほかのアンプだから、オールJBLというのはこれが最初で、また、ふだんの自宅でのクロスオーバーやレベルセットに対して、広いリスニングルームではどう対処したらよいか、それを実験したいし、音はどういうふうに変るのか、それを知りたいという興味もあった。
(中略)
 そこで白状すれば、わが家の375(537-500ホーン)は、ほぼ一年あまり前から、マルチ・アンプ・ドライブでのヒアリングの結果からクロスオーバーを700Hzに上げて、いちおう満足していた。500Hzではどうしてもホーン臭さを除ききれず、しかし700Hzより上げたのではウーファーの方が追従しきれないという、まあ妥協の結果ではあったが。
 ところでラックスのサルーンでの話に戻る。ふだん鳴らしている8畳にくらべると、広い試聴室だけにパワーも大きく入る。すると375が700Hz(12dBオクターブ)ではまだ苦しいことがわかり、クロスオーバーを1kHzまで上げた。しかしこうすると、ウーファー(LE15A)の中音域がどうしても物足りない。といってクロスオーバーを下げてホーン臭い音を少しでも感じるよりはまあましだ。075とのクロスオーバーは8kHz。これでどうやら、ホーン臭さの無い、耳を圧迫しない、やわらかくさわやかで繊細な、しかし底力のある迫力で鳴らすことに、一応は成功したと思う。まあ70点ぐらいは行ったつもりである。
 むろんこれは自宅で鳴っている音ともまた違う。けれど、わたくしがJBLの鳴らし方と指定とした音には近い鳴り方だし、言うまでもなくこれまでアルテックA5をなだめすかして鳴らした音とはバランスのとりかたから全然ちがう。ここ2年あまりのこの集まりの中で、いちばん楽しい夜だった。
 と、ここからやっと、ほんとうに言いたいことに話題を移すことができそうだ。
 このサルーンは人数も制限していて、ほとんどが常連。まあ気ごころしれた仲間うちのような人たちばかりが集まってきて、「例のあれ」で話が通じるような雰囲気ができ上っている。そうした人たちと二年顔を合わせていれば、わたくしの好みの音も、意図している音も、話の上で理解して頂いているつもりで、少なくともそう信じていた。ところが当夜JBLを鳴らした後で、常連のひとりの愛好家に、なるほどこの音を聴いてはじめてあなたの言いたいこと、出したい音がほんとうにわかった、と言われて、そこで改めて、その音を鳴らさないかぎり、いくら言葉を費やしても、結局話は通じないのだという事実に内心愕然としたのである。説明するときの言葉の足りなさ、口下手はこの際言ってもはじまらない。たとえばトゥイーター・レベルの3dBの変化、それにともなうトーン・コントロールの微調整、そして音量の設定、それらを、そのときのレコード、その場の雰囲気に合わせて微細に調整してゆくプロセスは、結局、その場で自分がコントロールし、その結果を聴いて頂けないかぎり、絶対に理解されない性質のものなのではないかという疑問が、それからあと、ずっと尾を引いて、しかもその後全国の各地で、その場で用意された装置で持参したレコードを鳴らしてみたときの、自分の解説と実際にその場で鳴る音との違和感との差は、ますます大きく感じられるのである。自分の部屋のいつも坐る場所でさえ、まだ理想の半分の音も出ていないのに、公開の場で鳴る音では、毎日自宅で聴くその音に似た音さえ出せないといういら立たしさ、いったいどうしたらいいのだろうか。音は結局聴かなくてはわからないし、しかしまた、どんな音でも聴かないよりはましなどとはとうてい思えない。むしろ鳴らない方がましだと思う音の方が多すぎる。
     *
瀬川先生が、ステレオサウンド 25号に書かれた「良い音とは、良いスピーカーとは?」からの引用だ。
今回、タイトルをあえてつけなかったのは、
この瀬川先生の文章は、「音を表現するということ(間違っている音)」に関係してくるだけでなく、
「ショウ雑感」にも私のなかではむすびついていく。
それにaudio wednesdayで、音を鳴らすようになったから、私自身にも関係してくるからだ。

Date: 9月 26th, 2017
Cate: 瀬川冬樹

文行一致(その3)

(その1)と(その2)でいいたいことは書いた。
これ以上書くのは蛇足だと、私は思っている。

けれど、(その1)と(その2)だけでは、
説明不足なのかはわかっている。

わかっているけれど、
あれだけでわかってくれる人もいるはずだ、と思っている。

それでも(その3)、(その4)と書いていかなければならないのが、
現在(いま)の世の中なのも、わかっているつもりだ。

Date: 9月 25th, 2017
Cate: 瀬川冬樹

375+537-500

375+537-500、
こんなふうに書いておくと、
若い人は、何のことだろう……、と首をかしげるかもしれない。

小学生の算数の問題ではない。
JBLのコンプレッションドライバーとホーンの組合せの型番である。

537-500は、のちのHL88である。
日本では蜂の巣とも呼ばれているホーンである。

HL88、蜂の巣ホーンといったほうがとおりがいいのは分っている。
それでも、この数式のような型番(375+537-500)が、
このドライバーとホーンの組合せにしっくりくると感じるのは、憧れからだろうか。

私がオーディオに興味をもちはじめたころには、
537-500という型番は消えていた。HL88である。
Hはホーン(horn)、Lはレンズ(lens)をあらわしている。

無線と実験の1966年12月臨時増刊に、瀬川先生が書かれている。
     *
 中心をなすものはJ.B.Lansingの375ドライバー・ユニットに537-500ホーンに組み合わせたスコーカーで、中音に関しては目下のところ非常に満足している。375ユニットは、ボイスコイル径が4インチ(約10cm)、磁束密度20000ガウス以上という、漬物石の如き超大型のユニットで、ホーンをつけると一人では持ち上げるのに骨がおれる。
 JBLのスピーカーについては、鋭いとか、パンチがきいたとか、鮮明とか、およそ柔らかさ繊細さとは縁の無いような形容詞が定評で、そのJBLの最大級のユニットを、6畳の和室に持ちこんだ例を他に知らないから、友人たちの意見を聞いたりもしてずいぶんためらったのだが、これより少し先に購入したLE175DLHの良さを信じて思い切って大枚を投じてみた。サンスイにオーダーしてからも暑いさ中を家に運んで鳴らすまでのいきさつはここではふれないが、ともかく小生にとって最大の買い物であり、失敗したら元も子もありはしない。音が出るまでの気持といったらなかった。
 荒い音になりはしないか、どぎつく、鋭い音だったらどうしようなどという心配も杞憂に過ぎて、豊麗で繊細で、しかも強靭な底力を感じさせて、音の形がえもいわれず見事である。弦がどうの声がどうのというような点はもはや全く問題でないが、一例をあげるなら、ピアノの激しい打鍵音でいくら音量を上げても、くっきりと何の雑音もともなわずに再現する。内外を通じて、いままでにこれほど満足したスピーカーは他に無い。……まあ惚れた人間のほうことだから話半分に聞いて頂きたいが、今日まで当家でお聴き頂いた友人知人諸氏がみな、JBLがこんなに柔らかで繊細に鳴るのをはじめて聴いたと、口を揃えて言われるところをみると、あながち小生のひとりよがりでもなさそうに思う。
     *
1966年8月に、瀬川先生の六畳間のリスニングルームに、
375+537-500はおさまっている。

山水電気扱いで、日本で最初に375+537-500を購入されたのは、瀬川先生である。
六畳間に、このホーンとドライバーを置くと、2441+2397とは違う存在感がある。
実際に、いま目の前に375+537-500がある

私のモノではなく、預かりものなのだが、
ハークネスの上に置いて眺めている。

375+537-500の下には、175DLHがある。
375+537-500の横には、馬蹄型の金具がついた075がある(これも預かりもの)。
それからスロートアダプターの2329ものっけている。
LE85のダイアフラムが木箱に入っているのもある。
Ampex-Lansingの800Hzのネットワークも、
エレクトロボイスの1828Cも置いている。

ハークネスの手前には、2441+2397がある。

瀬川先生が1966年ごろ、毎日眺められていた光景に近くなってきた。

Date: 9月 25th, 2017
Cate: 瀬川冬樹

文行一致(その2)

ステレオサウンドは62号、63号で、
「音を描く詩人の死」を掲載している。

そのなかで、ずっとひっかかっていたことがある。
     *
 その先輩の一人、金井稔氏が追悼文のなかでいみじくも書かれたように
〝彼は自分の感性に当惑していたのであろう。〟
     *
金井稔氏による追悼文とは、おそらくラジオ技術に掲載されたものだろう。

《彼は自分の感性に当惑していたのであろう》
どこか大きな図書館に行けば、その追悼文全文が読めるのだが、
なぜかしていない。

前後にどういうことが書かれていたのか、はっきりしない。
はっきりしないから、よけいに《彼は自分の感性に当惑していたのであろう》が、
私の心に残り続けている。

ほんとうに瀬川先生は《自分の感性に当惑していた》のだろうか。
金井稔氏と瀬川先生のつきあいは長い。
瀬川先生が高校生だったころからのつきあいである。

だから、そうなのだろう……、と思いつつも、
一方で常にそうなのだろうか……、とも思っていた。

そこに、貝山知弘氏の「文行一致」があった。
貝山知弘氏の書かれたものを、あらためて読んで、
文行一致と《彼は自分の感性に当惑していたのであろう》が結びついた。

そうだったのか、とおもう。
いまになって、やっとそうおもう。