井上卓也氏のこと(ボザークとXRT20・その2)
ボザークの音は聴いていない。
熊本にいたころは実物をみる機会もなかった。
東京で暮らすようになって、秋葉原のオーディオ店で展示されているのを見たことはある。
それは長いこと売れていないようで、展示品とはいえ、くすんだ印象を受けた。
いまなら聴かせてほしい、と店員にいえるが、
18、19ぐらいのころ、買えもしないオーディオ機器を聴かせてほしい、とは、とてもいえなかった。
いつか聴く機会はあるだろう、と当時は、そうも思っていた。
結局聴く機会は訪れなかった。
そういうものなのかもしれない。
ステレオサウンドのバックナンバーをみても、
ボザークについて書かれているのは、当然とはいえ井上先生が圧倒的に多い。
つぎに菅野先生が少し書かれているくらいだ。
ボザークのスピーカーも、そんなには登場していない。
新製品を次々と出してくるメーカーではなかったし、
ユニットも四種類のコーン型が用意されていて、その組合せでシステム構成がなされていた。
そういうメーカーであり、そういうスピーカーシステムなだけに、
目立つこと、スポットライトが当てられることは、
私がステレオサウンドを読みはじめてからは、なかった。
ボザークの音とは、どんな音だったのか。
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また、「理想の音は」との問にたいしてのR・T・ボザークは、ベルリンフィルのニューヨーク公演の音(たしか、リンカーンセンター)と断言した。あの小気味よさはいまも耳に残る貴重な経験である。
ボザークのサウンド傾向は、重厚で、密度の高い音で、穏やかな、いわば、大人の風格を感じさせる米国東海岸、それも、ニューイングランドと呼ばれるボストン産ならではの音が特徴であった。このサウンドは、同じアメリカでもかつて日本で「カリフォルニアの青い空」と形容された、JBLやアルテックなどの、明るく、小気味よく、シャープで反応の速い音のウェスタン・エレクトリック系の音とは対照的なものであった。
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井上先生が、「音[オーディオ]の世紀」(ステレオサウンド別冊)に、そう書かれている。
「コンポーネントの世界」の巻頭鼎談では、瀬川先生が語られている。
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瀬川 このスピーカーを作ったボザークという男が来日した折り、ぼくはいろいろ話し合ったんですが、そのときに貴方の好きな音楽はなんですかと聞いてみた。そうしたら、シンフォニー、それもとくにマーラーとブルックナーとブラームスのだ、というんです。しかもそうした曲を、アメリカ人だけど、ドイツ・グラモフォンがカッティングとプレスした盤で聴くのが好きなんだ、といってた。
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理想の音、好きな音楽という問いに対してのボザークの答は明快だ。