Archive for category 真空管アンプ

Date: 11月 22nd, 2010
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(その74)

定電流点火を否定していたサイトでは、定電圧点火よりも交流点火を勧めていたような気がする。
ただし通常の交流点火ではなく、たしか400Hzくらいの周波数による交流点火である。

ヒーターが常に一定温度で保たれていればいいということで、
ヒーターの熱慣性を考慮すれば400Hzかそれ以上の周波数による交流点火であれば、十分だということだった。

これも面白い方法だと思ったのはほんの少しの間。
定電流回路を実際に組むのもめんどうだけれど、400Hzの交流点火用の回路を組むのも、かなり面倒というか、
こちらのほうが大変なような気がしてきたからだ。

いまはどうなのかわからないが、以前、フランスのジャディスのコントロールアンプは、
航空機用の電源トランス(400Hz用)を採用し、
発振器で400Hzをつくり増幅し、トランスの一次側に供給していた。

屋上屋を重ねる的なところはあるものの、これならば、真空管のヒーターを400Hzの交流で点火できる。
とはいうものの、肝心の音がどうなるのかはわからない。
意外にいい点火方法かもしれないし、面倒な割には……、ということにもなるかもしれない。

誰かが400Hzの交流点火用の回路を作ってくれれば、いちどは聴いてみたいけれど、
自分で実際に試してみるか、となると、たぶんやらない。

私は、TL431を使った定電流回路をとる。

Date: 11月 2nd, 2010
Cate: 瀬川冬樹, 真空管アンプ

真空管アンプの存在(番外)

瀬川先生とグッドマンのAXIOM80について、いつか書きたいと思っているが、
今日、ステレオサウンド 62号をめくっていて気がついたことがある。

瀬川先生がAXIOM80のためにUX45のシングルアンプをつくられたことは知られている。
     *
暗中模索が続き、アンプは次第に姿を変えて、ついにUX45のシングルになって落着いた。NF(負饋還)アンプ全盛の時代に、電源には定電圧放電管という古めかしいアンプを作ったのだから、やれ時代錯誤だの懐古趣味だのと、おせっかいな人たちからはさんざんにけなされたが、あんなに柔らかで繊細で、ふっくらと澄明なAXIOM80の音を、わたしは他に知らない。この頃の音はいまでも友人達の語り草になっている。あれがAXIOM80のほんとうの音だと、私は信じている。
     *
ステレオサウンド 62号には、上杉佳郎氏が「プロが明かす音づくりの秘訣」の3回目に登場されている。
そのなかで、こう語られている。

「試みに裸特性のいい45をつかってシングルアンプを作って鳴らしてみたら、予想外の結果なんです。
AXIOM80が生れ変ったように美しく鳴るんです。」

45のシングルアンプが、ここにも登場してくる。

瀬川先生の先の文章につづけて書かれている。
     *
誤解しないで頂きたいが、AXIOM80はUX45のシングルで鳴らすのが最高だなどと言おうとしているのではない。偶然持っていた古い真空管を使って組み立てたアンプが、たまたまよい音で鳴ったというだけの話である。
     *
出力管に UX45を使えば、それでシングルアンプを組めさえすれば、
AXIOM80に最適のアンプができ上がるわけでないことはわかっている。
どんな回路にするのか、どういうコンストラクションにするのか、配線技術は……、
そういったことがらも有機的に絡んできてアンプの音は構成されている。

それでも45のシングルアンプ、いちど組んでみたい気にさせてくれる。

Date: 10月 20th, 2010
Cate: 真空管アンプ
1 msg

真空管アンプの存在(その73)

人それぞれの考え方がある。
だから真空管のヒーターの点火についても、定電流方式はよくない、という人もいる。

ただ、不思議な理由づけで、定電流点火を否定されているのを、数年前、みかけた。
オーディオ関係の会社のサイトに掲載されていたもので、現在は削除されている。
だから、そこがどの会社なのか、そういったことの詳細についてはふれないが、
そこに定電流点火は真空管の寿命を短くする、とあり、そのことが否定の大きな理由だった、と記憶している。

真空管のヒーターの定格は、6.3V / 300mA、といったぐあいに規格表に載っている。
この規格の真空管だとヒーターの抵抗値は、オームの法則から6.3(V)÷0.3(A)=21(Ω) だ。

導線の直流抵抗は、その温度によって変化する。温度が増せば抵抗値も増える。
だから、定電流点火に否定的な人は、21Ωの抵抗値が、ヒーターがあたたまってくると抵抗値が増す。
21Ωよりも高くなる。そこに定電流点火で300mAの電流を流し込んだら、仮に25Ωになっているなら、
25(Ω)×0.3(A)=7.5(V)で、ヒーターにかかる電圧が7.5Vになってしまい、
定格を超えてしまうから絶対に定電流点火を行なってはいけない、とあった。

だから、この人は、真空管の寿命のためにも定電圧点火がいいということだった。
定電圧点火なら、ヒーターにかかる電圧はつねに6.3V。ヒーターの抵抗値が増してもそれは変らない。
ヒーターに流れる電流が減るだけ、だから、という。

真空管を扱い馴れている人には不要な説明だろうが、真空管の規格表に載っている定格値は、
ヒーターが十分に暖まった状態でのものだ、ということ。

少なくとも真空管の全盛時代に製造されていたモノに関しては、そうだ。
暖まってヒーターの抵抗値が増した状態において、6.3V / 300mAとなる。
言いかえれば、暖まったヒーターの抵抗値が、上記の規格の真空管であれば21Ωということだ。

冷たい状態ならば21Ωよりも低い値になっている。

仮に19Ωになっているとしよう。
定電流点火ならば、ヒーターの抵抗値に関係なく300mAの電流を流す。
つまりこのときヒーター電圧は、19(Ω)×0.3(A)=5.7(V)。
定電圧点火ならば、ヒーターの抵抗値に関係なく6.3Vの電圧をかける。
つまりこのときヒーター電流は、6.3(V)÷19(Ω)=0.33157…(A)。

ヒーター電力でみると、定電流点火は5.7(V)×0.3(A)=1.71(W)。定電圧点火は6.3(V)×0.33(A)=2.079(W)。
定格値で計算すると、6.3(V)×0.3(A)=1.89(W)。

定電圧点火では、ヒーターが冷たい状態では定格値を超える電流(パワー)が加わることになる。
定電流点火では、定格値よりも小さな電力(パワー)だ。

どちらが真空管のヒーターが長持ちするかは、すぐにわかることだ。

Date: 10月 15th, 2010
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(その72)

TL431を使った定電流回路よりも、さらに部品点数を減らしたものに三端子レギュレーターを使ったものがある。
定電圧回路の三端子レギュレーターだが、配線をかえることで定電流回路としても使える。
ラジオ技術での製作例としては新忠篤氏が以前発表されていたことがある。
すこしあいまない記憶だが、たしか三端子レギュレーターによる定電圧回路よりは、
ずっと音がよい、と書かれていたはず。

ステレオサウンドに、以前倉持公一氏がエッセイの連載を書かれていた。
そのなかで自作の300Bのシングルアンプについて書かれた文章の中に、
この三端子レギュレーターによる定電流回路と思われることが出てくる。
新氏の名前も一緒に出ていたから、ほぼ間違いないだろう。

そこには、新氏から定電圧回路より定電流回路のほうがいいという連絡があった。
けれど、その後、やっぱり交流点火のほうがいい、という連絡がはいった、ということだった。

三端子レギュレーターによる定電流回路は、試していなけれども、私は懐疑的だ。
三端子レギュレーターの性能からして、ノイズ対策をほどこさずにそのまま定電流回路にしてしまったら、
いい結果は期待できないはず。なぜ新氏は、定電流点火を試みるであれば、
同じラジオ技術に筆者である石塚氏のアイデアを採用されなかったのだろうか。

安易な方法に頼ることで、定電流点火の良さが発揮されなかった印象が、残ってしまう。残念なことだ。

Date: 10月 14th, 2010
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(その71)

TL431は、テキサス・インスツルメンツで製造している部品で、
“ADJUSTABLE PRECISION SHUNT REGULATORS” とデータシートには表記してある。
回路図上の記号は、3本足のツェナーダイオードといったもので、
ANODE、CATHODEのほかにREFという端子がある。

詳細についてはデータシートをダウンロードしていただくとして、
ラジオ技術に発表された石塚氏の定電流回路はTL431とダーリントン接続のトランジスター、それに抵抗2本、
これだけの部品点数で定電流回路を構成している。

電流値を決めるのは、トランジスターのエミッターとTL431のREF端子に接続されている抵抗(1本)だけである。
しかもREFの電圧を抵抗値で割った値が、電流値である。
つまり抵抗の精度と温度係数の良さによって、安定度はほぼ決定される。

この回路だったら、実用的である。
それでも実際にアンプに組み込もうとしたら、いくつか解決しなければならないことはあるけれど、
やろうと思えば、出力管のヒーターも定電流点火が現実的なものとしてくれる。

石塚氏の発表された回路は、たびたびラジオ技術に掲載されているし、
’80年代のおわりごろには、山岡という別のペンネームで、無線と実験でも発表されている。

TL431のデータシートに、石塚氏の発表されたものと同じ定電流回路が載っている。
ただし、こちらは制御トランジスターをがダーリントン接続ではない。

Date: 10月 13th, 2010
Cate: 真空管アンプ
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真空管アンプの存在(その70)

スタックスのCA-Xのスーパーシャント電源のことがすでに頭になかにあったので、
スーパーマニアの小川氏の話を読んですぐに、スタックスのスーパーシャント電源に使われた定電流回路を、
真空管それぞれに用意すればいいわけだ、そう、かなり短絡的に思った。

だが、実際にやろうと考えてすこし真剣に検討すればわかることだが、かなり大変なことだとわかる。

たとえばマランツの#7、マッキントッシュのC22に使われているECC83(12AX7)のヒーターの定格は、
6.3V / 300mA、12.6V / 150mAである。
#7もC22もECC83を6本使っている。これらを定電流点火しようとしたら、
真空管一本したりに専用の定電流回路を用意しなければならず、
12.6Vで点火したとしても6つの定電流回路が、6.3Vならば12個の定電流回路が必要になる。

スタックスのCA-Xの定電流回路は、トランジスター数石を必要とする。発熱もそれなりにある。
放熱対策をしっかりしながら、シャーシー内に組み込もうとすれば、意外にたいへんな作業となる。

やってやれないことはないだろうが、相当に困難なことだとわかった。

定電流回路は他にもある。
たとえばDCアンプの初段は、ほぼすべてアンプで差動回路になっていて、そこには定電流回路が使われている。
こちらは電流値が小さいこともあって、FET一石というものもあったし、
さらには定電流ダイオードというものも登場してきた。10mAくらいまでなら、こんなに簡単なのに、
真空管のヒーター、それも出力管ではなく電圧増幅管になっただけで、難しさは極端に増していく。

1980年代なかばごろ、ラジオ技術誌に真空管のヒーター用の定電流回路が掲載された。
発表されたのは石塚峻氏(いっておくが石原俊氏ではない)。

こんなに簡単にできる? と拍子抜けするくらい、シンプルな回路図が載っていた。
それをみて、TL431なる部品が存在していることも知った。

Date: 10月 10th, 2010
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(その69)

ヒーターを定電流回路で点火することが、じつはいちばんいいのかもしれない。
そんなふうに考えはじめる1年半ほど前に、スタックスからCA-Xというプリアンプが登場している。

国産のプリアンプには、当時としては珍しく外部電源方式を採用。しかもその電源の規模が、とにかく大きい。
数10W程度の出力のパワーアンプ程度のシャーシーに、
スーパーシャント電源と名づけられた定電圧回路がおさめられていた。

CA-Xの特徴は、なにもスーパーシャント電源だけでなく、銅をけずり出して作った空気コンデンサー、
徹底した左右独立シャーシー構造──ボリュウムも左右独立していて、
メカニカルクラッチで左右同時に調整することも、別個に調整も可能──など、
スタックスの意地を見せつけてくれる内容のプリアンプだった。

スーパーシャント電源は、特にラジオ技術誌で話題になっていた記憶がある。
このスーパーシャント電源を、パワーアンプに採用した自作記事も掲載されていたくらいだ。
いったいどれだけの発熱量だったのだろうか。

スーパーシャント電源は、一般的に使われることの多いシリーズ電源が、
制御トランジスターが電源ラインに直列におかれているのにたいし、並列におかれている。

これより前に私が読んでいた「安定化電源回路の設計」(著者:清水和男 CQ出版)には、
損失の大きさを理由は、わずか2ページほど、シリーズ型との比較があるだけで、
「以後の回路ではすべて直列制御式について述べることにします」とあった。

その並列制御式(シャント型)を、定電流回路と組み合わせて、ほぼ理想に近い電源と謳ったのが、
スタックスのCA-Xだった。

Date: 10月 10th, 2010
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(その68)

真空管のヒーターの点火は、まず交流点火と直流点火にわけられる。
直流点火は、非安定化電源による点火か安定化電源による点火にわけられる。
安定化電源も、またふたつに分けられる。

電圧の安定化をはかるのか、それとも電流の安定化をはかるのか、に分けられる。

電圧と電流──。

ステレオサウンド 56号の「スーパーマニア」に登場されている小川辰之氏が語られている。
     *
固定バイアスにしていても、そんなにゲインを上げなければ、過大振幅にならなくて、あまり寿命を心配しなくてもいいと思ってね、やっている。ただ今の人はね、セルフバイアスをやる人はそうなのかもしれないが、やたらバイアス電圧ばかり気にしているけれど、本来は電流値であわせるべきなんですよ。昔からやっている者にとっては、常識的なことですけどね。
     *
このときは、まだ真空管アンプをつくった経験はなかったけれど、
この小川氏のことばの、重要なことは直感的に受けとれた。

「電流値であわせるべき」──、ならばヒーターも同じであろう。

Date: 10月 10th, 2010
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(その67)

いちどでもヒーターの点火方法の違いによる音の差を聴いてしまうと、
三端子レギュレーターなんて、と全面否定したくなるところだが、
それでも安易な使用の三端子レギュレーターとしたのは、もうひとつ別の体験があるからだ。

もうずいぶん前のことだから書いてもいいだろう。
ステレオサウンドでEMTの管球式イコライザーアンプの製作記事を掲載していたときの話だ。
この記事を読まれた方は、カウンターポイントの協力によって、この企画は実現したことを知っておられるだろう。
このときプロトタイプのSA139stのヒーターは、いわゆる安易な三端子レギュレーターの使用だった。
それを長島先生が、カウンターポイントの主宰者マイケル・エリオットに電源に関しても、
じつに細かいアドヴァイスをされて、いくつかのノイズ対策処理をがおこなわれた電源でを聴くことができた。
三端子レギュレーターの使用をやめたわけでなく、小容量のコンデンサーをいくつか後付けを中心とした改良だった。

そこにかかった費用も手間もそれほどのものではない。でも、出てきた音は大きく変化していた。

もちろん長島先生による電源部の改良はヒーター回路だけでなく、高圧のB電源に対しても行なわれていたから、
その音の違いはヒーター回路の違いだけではない。それでも、ヒーター回路への改良がもたらした面も大きいはずだ。

SA139stの製品版の外付け電源の内部を見る機会はなかった。
だから、私が聴いたのと同じことが施されているはずだが、はっきりとしたことはわからない。

Date: 10月 9th, 2010
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(その66)

ついつい非安定化電源よりも定電圧電源(安定化電源)のほうが、性能(安定度)の高さだけでなく、
使用部品点数も格段に多くなり、音質的にもメリットがあると思いたくなる。

増幅回路のヴァリエーションがじつに多彩なのと同じように、定電圧電源の回路にもいろいろある。
だから、すべての定電圧電源が非安定化電源よりも勝っているわけではないし、
十分に練り上げられた定電圧電源でも、音質面で非安定化電源よりも優れているとは、必ずしもいえない。
それこそじつにさまざまな要素が絡み合ってのことだから、
いまもって結論は出ていない……、私はそう受けとっている。

三端子レギュレーターは、もっとも手軽に定電圧電源がつくれる。
実験用としては便利な部品のひとつである。
けれど、便利だからといって、ただそのまま何の工夫もせずに使ってしまっては、
よりよい音を求めようとしたときには、いくつか問題がある。

要は使い方が大事なのだが、ヒーターなんて直流点火さえしておけば十分、
さらに定電圧化しておけば、もうなにも問題はない、
そんな発想からヒーターの点火回路に三端子レギュレーターを使っているアンプは、
ずいぶんと、真空管アンプの音の特質を損なっている、と私の試聴した経験からいえることだ。

三端子レギュレーターの安易な使用より、
非安定化電源(つまり整流ダイオードと平滑コンデンサー、それに抵抗を組み合わせたπ型フィルター)が、
すっきりとした、清々しい音を聴かせる。
それは、頭の中で、傍熱管であってもヒーターの点火方法は重要なことだとわかっていても、
実際に耳にする音の差には、多くの人が驚くと思う。

そして、誰しもが、直熱管のフィラメントだったら、
もっとこの違いはより大きくはっきりとするのか、と思うはず。

Date: 10月 2nd, 2010
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(その65)

真空管アンプでS/N比を高くするためには、ヒーター、フィラメントの直流点火がもっとも手っとり早い方法である。

けれど、以前から、直流点火よりも交流点火のほうが、ノイズは多いけれど音は良い、という人が少なくなかった。
プッシュプルアンプではハムは打ち消されるものの、シングルアンプでは、交流点火はノイズの増加だけでなく、
ハム対策もめんどうになってくる。
それでも、交流点火にこだわる人たちはいなくならない。

この項の(その25)で使った「遅れてきたガレージメーカー」がつくる管球式コントロールアンプでは、
三端子レギュレーターを使って定電圧の直流点火している。

交流点火よりも非安定化(定電圧回路を使わない)の直流点火、それよりも定電圧電源による直流点火のほうが、
リップル除去率は高くなるし、一見、ノイズは減っているように受けとめられている。

だが昔からの真空管アンプのマニアになればなるほど、三端子レギュレーターによる直流点火は、最悪だという。
最悪なのは、もちろん音に関して、である。
それも直熱管におけるフィラメントの点火だけでなく、傍熱管のヒーターの点火に関しても、
三端子レギュレーターに対して、ひじょうに厳しい。

直熱管における点火方法の違いによる音の変化は実際に試聴したことはないが、
傍熱管(電圧増幅管)では、その機会があった。

たしかに三端子レギュレーターでの直流点火の音は、聴くとがっかりする。

Date: 9月 30th, 2010
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(その64)

真空管アンプは、ソリッドステート(半導体)アンプにくらべて、真空管そのものの構造から、
どうしても物理的なノイズに関しては不利な面がいくつかある。

その代表的なひとつが、ヒーターおよびフィラメントの存在であり、その点火方法であろう。

ときどき、こんな記述をみかける。
「EL34のフィラメントが赤く灯り……」
書いているご本人は、ヒーターと表記せずに、あえてフィラメントとすることで、
言葉の雰囲気に酔われているのかもしれないが、真空管においてヒーターとフィラメントは異る。

フィラメントとは熱電子源である。つまり直熱管においてのみ、フィラメントは存在する。
ヒーターは熱源ではあるが、熱電子源ではない。ヒーターで熱せられたカソードから熱電子が放出されるからだ。

EL34やKT88などは、傍熱管だからヒーターであって、フィラメントは持たない。
ECC82、ECC83といった電圧増幅管も傍熱管だから、フィラメントはない。

これもチョークコイルを、わざわざチョークトランスと呼ぶ人がいるのと同じことなのかもしれない。
トランスは “transformer” であり、”transformer” の意味を調べれば、
チョークはコイルであってトランスではないことはすぐにわかる。

ヒーターよりもフィラメントと、コイルよりもトランスと、とあえて誤記することが、
字面のうえでかっこいい、と思っているのだろうか。

意味さえ通じれば、そんなこまかなことはいいじゃないか、という反論もあろうが、
そういうこまかなことをきちんとせずに、おろそかに取り扱っていたら、それはその人の音に出てしまう。

Date: 5月 16th, 2010
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(その63)

高級なノイズストレッチャー回路を通したような、とてもよく磨かれた汚れのないクリアーなイメージがある。
一種人工的な美しさといったらいいだろうか。

つづけて瀬川先生は、こんなふうに書かれている。あるパワーアンプについての記述である。
こういう音は、清潔感のある音、と表現されることも少なくない。

あるレベル以下の微小レベルの音をなくしてしまっているけれど、
ノイズはそれ以上になくしているから、ノイズという汚れのない、きれいな音であることはまちがいない。
この手の音のアンプは、気配を感じとりにくい。気配の再現力が弱かったりする。
だから、ときに、音楽が、いきなり唐突に鳴ってくる。
それを、静寂の中に音楽のみが現れた、とも表現することはできる。

けれど、私はそういう音に満足できない。
私だけではない、長島先生もそうだった。瀬川先生もそうであろう。

とにかくノイズを聴くのが嫌という人もいる。
ごくごく微小レベルの音が失われても、それ以上にノイズが減って、
耳につかなくなればそのほうが好ましい、とする人。

一方で、ノイズが多少出ていても、できるかぎりどんな微小レベルの音であろうと再現してほしい。
とにかく鳴ってくれれば、ノイズの中に埋もれがちであろうと、
耳を澄ますことで聴きとることができるから、という人。

ノイズの中から音を拾っていく。それは慣れていないと、しんどい。
理想は、ノイズのみがない音である。いっさい微小レベルの、どんなこまかな音も失われない音。
かなり近づきつつあるものの、それでもまだ、一部の高S/N比のアンプと評価をもらっているアンプの中には、
微小レベルの音を、きれいさっぱりなくしてしまっているものがあるように感じている。
もちろん、瀬川先生が書かれた時代からすると、「あるレベル」はずっと低いところにまできているけれど……。

Date: 5月 16th, 2010
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(その62)

瀬川先生が、こんなことを書かれている。
     *
ドルビー(ただし一般的なBタイプでなくプロ用のAタイプ)をはじめとするノイズリダクションシステムを通すと、ヒスノイズを含めてそこにまつわりつく何かよごれっぽい雑音がきれいさっぱりと除かれると共に、極めてわずかながら音の余韻の最後のデリケートな響きをあるレベル以下できっぱり断ち切ってしまうようなところもある。
     *
長島先生も、表現は異るものの、同じことをよく言われていた。

アンプ内部には、ドルビーシステムのようなノイズリダクション回路は存在しないが、
トランジスターや真空管といった増幅素子の並列仕様によるノイズの打ち消しにも、こういう面がある。

真空管アンプの場合、S/N比を高めるために、安易にヒーターをDC点火する。
なかには三端子レギュレーターを使い、より低インピーダンス・低リップルの直流点火を行っているものがある。
たしかにハムやノイズは低下する。きれいさっぱりな音になり、S/N比は測定上も、一聴すると聴感上も、向上している。

なにもハムやノイズが盛大に出ているのがいい、と言いたい訳ではない。
もちろんハムは確実に、ノイズもできるかぎり減らしていくべきではある。
けれど安易にノイズを減らすことだけに集中してしまうと、なぜノイズを減らすのかを忘れてしまっている。
そんな印象を受けるアンプがある。

大事なのは微小レベルの音、
瀬川先生の言葉をかりると「音の余韻のデリケートな響き」のきわめてわずかなところを、
どこまでクリアーに聴きとれるようにするか、である。

Date: 3月 2nd, 2010
Cate: 真空管アンプ, 音楽性

真空管アンプの存在(その60・余談)

モーツァルトのレクィエムを、はじめて聴いたのは、
カール・リヒター/ミュンヘン・バッハ管弦楽団によるディスク。
それからは、ワルター/ウィーン・フィル(ライヴ録音のほう)、カラヤン/ウィーン・フィル、
クイケン、バーンスタイン、ジュリーニ、ブリュッヘン、クリップス、ヨッフム、
それにブリテンなどを、聴いてきた。
ここにあげた以外にも少なからず聴いてきた。

すべてのディスクが、いま手もとに残っているわけではない。
どれが残っていて、どれを手ばなしたか、は書かない。

残ったディスクを見て思うのは、この曲において、どのディスクを手もとに置いておくのか、
それで、その人となりが、わずかとはいえ、くっきりと現われているのではないか。

もちろん、ほかの曲のディスクでも同じことは言えるのだが、
クラシックを主として聴くひとの人となりを、
モーツァルトのレクィエム、それとバッハのマタイ受難曲は、ひときわ明確にする。

そういう怖さがあり、この2曲において、「なぜ?」と思う演奏を好んで聴いているひとを、
信用しろ、というのは土台無理なことだ。