Archive for category 新製品

Date: 1月 18th, 2022
Cate: 新製品

新製品(その22)

パチモン的新製品を否定することばかり書いている。
けれど、それらパチモン的新製品の音は、どれも聴いていない。

音が、とても良かった、としよう。
ならば、パチモン的新製品を欲しい、と思うだろうか。

思う人もいるし、思わない人もいる。
どのくらいの割合になるのかは、まったくわからないが、
パチモン的新製品で、どんなスピーカーを鳴らすのだろうか、と考えてみた。

さきほど「4350の組合せ(その13)」を書いて公開したのは、
パチモン的新製品で、たとえば4350を鳴らす人はいるだろうか、
と想像してみたからでもある。

私の感覚では、絶対に鳴らさない。
どんなにいい音がえられようと、パチモン的新製品で4350を鳴らしたいとは思わないし、
考えもしない。

パチモン的新製品で鳴らすのもいいや──、
そんなふうに思うのは、パチモン的新製品のスピーカーである。

パチモン的新製品のスピーカーシステムを、
パチモン的新製品のアンプで鳴らす。
CDプレーヤーも、ついでにパチモン的新製品である。

こうなってしまう怖れが、いまのところないとはいえない。
可能性として、十分ある、と思っている。

Date: 1月 15th, 2022
Cate: 新製品

新製品(その21)

メーカー(ブランド)の論理とオーディオマニアの論理は同じではないわけだが、
そもそも、この二つの論理は違うものなのか、
両者のあいだに溝があるのか、もしくはズレているだけなのか。

ケース・バイ・ケースなのだろう。
とにかく同じであることは稀なのだろう、というか、
同じであることはないのだろう。

それはそれでいい、と思っている。
この両者の論理のあいだを埋めていく、
もしくは橋をかけていくのが、オーディオ評論家の仕事のはずだ。

それができてこそオーディオ評論家(職能家)だと思っている。

マークレビンソンのML50、マッキントッシュのいくつかのモデル。
これらに共通するパチモン的新製品について考えていると、
こんなことを思うとともに、これらのパチモン的新製品が登場してくるのは、
上書きしかできない人が増えて来つつあるのかもしれない、
上書きしかできない人が開発に携わっているからかも、とも思えてくる。

別項「2021年をふりかえって(その19)」で、
ゲスな人に共通しているのは、上書きしかできないことなのだろう、と書いている。

そうなのかどうかはいまのところなんともいえないが、
ふとそんな気がした。

同時に上書きだけしかできない人が作る新製品も、
上書きだけの製品にしかすぎず、それは新製品とは呼べない何かともいいたくなる。

Date: 1月 13th, 2022
Cate: 新製品

新製品(その20)

私には、マークレビンソンやマッキントッシュが、
自社製品のパチモン的新製品を出す理由が理解できない、というか、納得できない。

マッキントッシュは立て続けにパチモン的新製品を出してくる。
ということは、売れるからなのだろう。

売れるモノを作らなければならない──、
そのことはわかっている。

どんなにいいモノを作っても、売れなければ、それで終りである。
事業を継続するためにも売れるモノが必要となる。

それがパチモン的新製品だとしたら──。

これからもマッキントッシュからはパチモン的新製品が出てくる、と思っている。
マークレビンソンからも、ML50がすぐに完売でもしたら、
同じように続けて出してくる可能性もある。

ブランド(メーカー)の論理とオーディオマニアの論理は同じではない。
そのことはわかっていたつもりだった。

けれど、パチモン的新製品が続いていること、
拡がっていく気配があること、
そんな空気を感じとっているいまは、
それぞれの論理の違いをわかっていなかったと思い知らされている。

Date: 1月 12th, 2022
Cate: 新製品

新製品(その19)

マークレビンソンもマッキントッシュも、創業者の名前がつけられたブランドである。
この二社だけでなく、他にも創業者の名前がそのままブランドになった会社はいくつもある。

創業者はいつかは、そのブランドからいなくなる。
会社から去っていくこともあるし、この世から去っていくこともある。

創業者がいなくなれば、そのブランドも変っていく。
そういうものであり、その変化は嘆くことではない。

そうとわかっていても、今回のマークレビンソンのML50、
マッキントッシュのいくつかの製品を見ると、そういうこととは何か違うような気がしてならない。

創業者が去ったことだけによる変化なのだろうか──、と思ってしまう。
投資会社に買収されたことによる変化だけなのだろうか、とも思う。

陳腐なことをいうんだな、と笑われそうだが、
愛の不在だ、としか、いいようがない。

ルコントを再建したベイクウェルには、愛があった。
だからこそ、といえる。

いまマッキントッシュ、マークレビンソンに残っている人たちに、
同じ意味での愛はあるのだろうか。

愛ゆえのパチモン的新製品だとしたら、もうほんとうに終りでしかない。

同時に、ルコントは洋菓子のブランドである。
洋菓子は嗜好品である。

ではオーディオは?
そのあたりのことも考えているわけだが、
ここから先は、ここでのテーマとは大きく離れてきそうなので、割愛する。

Date: 1月 11th, 2022
Cate: 新製品

新製品(その18)

マークレビンソンのML50が、つい最近発表になったばかりだから、
ついML50だけを取り上げてしまったけれど、
ML50だけではない、自らのブランドのパチモンを出してくるのは。

ここ数年のマッキントッシュの一部のモデルは、
マッキントッシュのパチモンとしか思えないかっこうをしている。

「マークレビンソンがマークレビンソンでなくなるとき」よりも早く、
「マッキントッシュがマッキントッシュでなくなるとき」がおとずれていた。

ただ、こちらも、現行のラインナップのすべてがパチモン的なわけではない。
マッキントッシュらしいアンプもある。
けれど、パチモン的新製品が、あまりにもパチモン的すぎる。

今回のマークレビンソンのML50が、いまのところ、これ一機種だけである。
ML50があっさり限定台数が売り切れてしまったりしたら、
この路線が今後続いていくことだって考えられる。

でも、いまのところML50だけである。

マッキントッシュは、もうそうではなくなっている。
一つ一つ機種名をあげたりは、もうしない。
別項で、これまで書いてきているからだ。

こういうパチモン的新製品を見るのは、つらい。
特に、昔憧れていたブランドの製品だと、よけいにそうである。

オーディオ・ブランドも、いまや投資対象であり、
一つのブランドがある会社が買収し、また別の会社に買収され──、
そんなことがけっこう続いている。

買収されることが、すべて悪とは考えていないけれど、
時にはそう口走りたくなることがある。

別項「オーディオと偏愛(その4)」で、ルコントのことを書いている。
だからよけいにML50の写真を見ていると、愚痴ってしまいたくなる。

Date: 1月 9th, 2022
Cate: 新製品

新製品(その17)

別項で「オーディオがオーディオでなくなるとき」を書いている。
そこで、「ステレオサウンドがステレオサウンドでなくなるとき」についても、
考えて書いていきたい、としている。

今回マークレビンソンのML50の写真を見て、まず思ったのは、
「マークレビンソンがマークレビンソンでなくなるとき」が、
いよいよ来たな、だった。

個人的には、マーク・レヴィンソンが離れた時点で、
「マークレビンソンがマークレビンソンでなくなるとき」だったわけだが、
それでもNo.20は、新体制の意気込みを感じさせるに足る製品で、
あえて、そんなことを言葉として発することはしなかった。

mark levinsonのロゴも少し変更になってから、
ずいぶん変ってしまったなぁ……、とは感じていた。

でも今回のML50を見ていると、
「マークレビンソンがマークレビンソンでなくなるとき」が来たな、と感じたのは、
マークレビンソンがマークレビンソンのパチモンを作ってどうするんだ!──、
そういう想いが根底にあるからだ。

しかも創立五十周年記念モデルである。
どういう発想から、こんな製品を出すことになったのだろうか。
ここが、ほんとうに知りたい。

私がオーディオに興味をもった1976年において、
マークレビンソンのLNP2とJC2は、すでに高い知名度と評価を得ていた。

その約一年後にML2が登場した。
ほんとうにわくわくして、その登場を待っていたし、
実際のML2の音を聴いた時は、衝撃でもあったから、
LNP2の登場に、当時、衝撃を受けた人たちの気持はわからないわけではない。

そのマークレビンソンが五十年を迎える。
その記念モデルがML50とは、なんとも寂しい、という気持以上に、
落ちぶれてしまった感が強い。

しかも現行のラインナップもそうであるならば仕方ない、とあきらめるしかないのだが、
そうではないのだから、よけいに理解に苦しむ。

Date: 1月 8th, 2022
Cate: 新製品

新製品(その16)

コロナ禍のためCESがオンラインで開催されていて、
そこでの新製品の発表のニュースが、いくつか続いている。

別項で触れたJBLの4305Pがそうだし、
JBLと同じハーマン・グループのマークレビンソンからは、
初のヘッドフォンが登場し、さらにマークレビンソン創立五十年を記念しての、
ML50も発表になっている。

Mark Levinsonの頭文字MLを型番につけていたのが、
マーク・レヴィンソンが会社を離れ、新体制になったことで、
型番の頭にはNo.とつけられるようになり、最初の製品がNo.20だった。

ML2の出力を25Wから100Wに増したNo.20は、やはりA動作のパワーアンプだった。
ML50もモノーラル・パワーアンプである。

型番はML2風、フロントパネルのラックハンドルはNo.20風、
フロントパネルの意匠は、いまのマークレビンソンのアンプ風である。

これがなんともちぐはぐな印象でしかない。
音はどうなのかはわからない。
マークレビンソンのパワーアンプなのだから、それなりのクォリティであることは確かだろう。

それはいいのだが、このML50(限定モデルでもある)を欲しがる人は、
いったいどういう人なのだろうか。

限定というキャッチフレーズ、
創立五十周年記念というキャッチフレーズ、
そういったことに心がグラッとくる人向けなのだろうか。

その15)で、
新製品の登場は、新性能の登場である。
たまには旧性能の登場といえるモノもないわけではないが、
基本的には、新製品は新性能の登場である、と書いている。

ML50のベースモデルは、No.536とのこと。
当然、そのままというわけではなく、細部のブラッシュアップが図られていることだろうし、
音もNo.536そのままというわけではないはずだ。

その意味では、No.536の音を高く評価している人にとっては、
安心して購入できるアンプということになる。

ハズレ、ということはないアンプである。
けれど、そのことは、わくわくしない、ということにもつながっていく。

Date: 1月 5th, 2022
Cate: 新製品

新製品(JBL 4305P)

別項「2021年をふりかえって(その15)」で書いてるように、
JBLの4309は、聴いてみたいスピーカーの一つである。

その4309をアクティヴモニターとして仕上げた4305Pが発表になっている。

価格は2,200ドルだから、4309と比較してもそれほど高いわけではない。
アンプは当然マルチアンプ仕様で、いまどきのアクティヴ型だけにD/Aコンバーターを搭載している。

ここで嬉しいのが、MQA対応であること。
楽しい製品なような気がする。

Date: 11月 17th, 2021
Cate: 新製品

新製品(マッキントッシュ MC3500・その6)

マッキントッシュからMC3500が新たに登場するということを知って、
まず確認したのはMC2301が製造中止になったのかどうか、である。

2008年に登場したMC2301のスペックはMC3500に、かなり近い。
どちらも管球式モノーラルパワーアンプで、
MC2301が出力が300Wに対して、MC3500は350Wである。

アピアランスはずいぶん違うが、価格的にも近いところになるであろう。
そうなると発表されて十年以上経っているMC2301は製造中止になってもおかしくない。

いまのところMC2301は現行製品扱いである。
別項で書いているように、MC2301は、いまでも聴いてみたいアンプである。
マッキントッシュのパワーアンプのなかで、MC2301にいちばん興味がある。

その理由も別項で書いているので、ここではさらっと触れておくが、
管球式であってもソリッドステートであっても、
これまでのマッキントッシュのアンプにはなかったコンストラクションを採用しているからだ。

重量バランスがとれているコンストラクションである。
だからこそ、いまでも聴いてみたいし、
できればマッキントッシュの他のアンプとの比較試聴もやってみたい。

けれどインターナショナルオーディオショウで実物を見たことはあるが、
音を聴くことはできなかった。

MC2301とMC3500、
その違いをオーディオ雑誌に期待しても、まぁ無理であろう。

Date: 11月 17th, 2021
Cate: 新製品

新製品(マッキントッシュ MC3500・その5)

ステレオサウンド 52号特集の巻頭「最新セパレートアンプの魅力をたずねて」で、
瀬川先生がこう書かれている。
     *
 ずっと以前の本誌、たしか9号あたりであったか、読者の質問にこたえて、マッキントッシュとQUADについて、一方を百万語を費やして語り尽くそうという大河小説の手法に、他方をあるギリギリの枠の中で表現する短詩に例えて説明したことがあった。
 けれどこんにちのマッキントッシュは、決して大河小説のアンプではなくなっている。その点ではいまならむしろ、マーク・レビンソンであり、GASのゴジラであろう。そうした物量投入型のアンプにくらべると、マッキントッシュC29+MC2205は、これほどの機能と出力を持ったアンプとしては、なんとコンパクトに、凝縮したまとまりをみせていることだろう。決してマッキントッシュ自体が変ったのではなく、周囲の状況のほうがむしろ変化したのには違いないにしても、C29+MC2205は、その音もデザインも寸法その他も含めて、むしろQUADの作る簡潔、かつ完結した世界に近くなっているのではないか。というよりも、QUADをもしもアメリカ人が企画すれば、ちょうどイギリスという国の広さをそのまま、アメリカの広さにスケールを拡大したような形で、マッキントッシュのサイズと機能になってしまうのではないだろうか。そう思わせるほど近ごろ大がかりな大きなアンプに馴らされはじめた目に、新しいマッキントッシュは、近ごろのアメリカのしゃれたコンパクトカーのように小じんまりと映ってみえる。
     *
《決してマッキントッシュ自体が変ったのではなく、周囲の状況のほうがむしろ変化したのには違いないにしても》
とある。
「五味オーディオ教室」から始まった私のオーディオだけに、
この点は、確かにそうだな、と思いながら読んでいた。

といっても、この時点で、マッキントッシュのアンプの音を聴いていたわけではない。
五味先生、瀬川先生の書かれたものを信じて、思っていたわけだ。

その1)で引用した五味先生の文章。
そこには、《MC二七五は、必要な一つ二つは輪郭を鮮明に描くが、簇生する花は、簇生の美しさを出すためにぼかしてある》
とある。

これこそまさに大河小説のアンプではなく、短詩で表現するアンプである。
そのMC275に対してMC3500は、大河小説的なアンプであったわけで、
MC3500だけが、当時のマッキントッシュのアンプのなかで特別だった、ともいえる。

そこからさらに四十年ほどが経っているわけで、
昔のMC3500も、52号で瀬川先生が書かれたように感じてしまうのだろうか。

そして新しいMC3500は、どう感じるのか。

Date: 11月 16th, 2021
Cate: 新製品

新製品(マッキントッシュ MC3500・その4)

MC3500が業務用アンプであり、
今回のMC3500 Mk IIが家庭用アンプとして開発されたものであることは、
マッキントッシュのMC3500のサイトの写真からもはっきり伺える。

新旧二台のMC3500が並んで写っている。
MC3500は、当然古いわけだけど、ここでの写真では、
どこかで使っていたMC3500を持ってきてそのまま撮影している感じである。

冷却ファンをもつMC3500の内部はホコリがたまりがちである。
写真のMC3500は、まさにそのとおりであって、
写真撮影にあたって内部のクリーニングを行っていない。

そのとなりに新品のMC3500 Mk IIである。

この写真をみて、二台のMC3500は、
出力こそ、そしてアンプとしての規模こそ同じであっても、別物であることを、
マッキントッシュは提示している、と感じた。

だからこそ新型のMC3500は、
フロントパネルにもリアにも、型番の表記がMC3500 Mk IIではなく、MC3500なのだ。

MC3500 Mk IIとするのであれば、
業務用のMC3500の改良版でなければならない。

今回発表されたMC3500は家庭用アンプである。
いまのマッキントッシュは、MC3500を発表した時のマッキントッシュはとは違い、
業務用アンプメーカーではなく、家庭用アンプの専業メーカーである。

Date: 11月 11th, 2021
Cate: 新製品

新製品(マッキントッシュ MC3500・その3)

ステレオサウンドで働くようになる数ヵ月前に、
ある会社で一ヵ月ほどアルバイトをしたことがある。

店舗の音響機器の面倒を請け負っている会社だった。
社長が一人、あとはアルバイトが数人。小さな規模の会社だった。

その仕事で赤坂見附にあるナイトクラブに行ったことがある。
仕事はすぐに終った。

そのクラブにはステージがあって、仕事はそこで行っていたのだが、
ふと横をみると、巨大なアンプがある。
マッキントッシュのMC3500だった。

MC3500の写真は見たことがあったが、実物を見たのは赤坂見附のクラブが最初だった。
いまでこそMC3500を超える規模のパワーアンプは珍しくないが、
当時はMC3500は最大規模のアンプであった。

業務用ということは知っていたけれど、
実際に使われている実例は、私はここだけしか知らない。

1981年のことだった。
MC3500は1971年まで製造されていたわけだから、
最低でも十年は使われ続けているMC3500である。

そのMC3500はラックに収められていたわけではなく、
床に無造作にごろんと置かれていた。

こういう使われ方が可能な管球式アンプが、MC3500である。

Date: 11月 10th, 2021
Cate: 新製品

新製品(マッキントッシュ MC3500・その2)

マッキントッシュはここ十年くらいか、
往時の管球式アンプの復刻を積極的に行っている。

C22とMC275が、その最初だった。
好評なのだろう。
何度も行っているし、MC275のスタイルを他の製品にまで広げている。

そこに、今回のMC3500 Mk IIである。

MC3500とMC3500 Mk II、違う点はいくつもあるが、
私がいちばん違うと感じているのは、冷却ファンの有無である。

オリジナルのMC3500には冷却ファンがリアパネルに取り付けられていた。
ブロックダイアグラムが印刷された天板が特徴であり、
MC3500をソリッドステート化したMC2300にも、これは受け継がれている。

ちなみにMC2300の後継機MC2500の初期のモデルには、
天板にブロックダイアグラムがなくなっていた。

そのことを残念がる声が日本ではあった。
しばらくするとMC2500でも、ブロックダイアグラムが復活した。

日本からの要望にマッキントッシュが応えたようなふうにみえるが、
事情通の人によると、初期のMC2500の天板にブロックダイアグラムがないのは、
単純にミスだった、とのこと。

オリジナルのMC3500は業務用アンプである。
だからこそMC275とは全面的に異る筐体構造を採用している。

真空管を物理的な破損から守るために、六面すべてパネルで蔽われている。
MC275のスタイルだと、上から何かモノが落ちてきたら、真空管が破損しやすい。
MC3500ではそういうことへの配慮がなされている。

けれど今回のMC3500 Mk IIは家庭用のアンプである。
真空管の上部と両サイドにはパネルはなく、金属のメッシュである。
なので冷却ファンはない。

Date: 11月 10th, 2021
Cate: 新製品

新製品(マッキントッシュ MC3500・その1)

マッキントッシュからMC3500が新製品として発表されている。

MC3500とは1968年に登場したモノーラルの管球式パワーアンプで、
出力は350Wという、当時としては最大パワーだったし、
パネルフェイスからもMC275やMC240といったラインナップではなく、
業務用として誕生した製品でもあった。

MC3500は1971年まで製造されていたから、
製造中止から50年後の2021年に、再び登場することになる。

マッキントッシュのサイトのMC3500のページの本文には、
MC3500 Mk IIと表記されているが、
新製品MC3500の写真をみる限りは、フロントパネルにもリアにも、
表記はMC3500となっている。
なので便宜上、新製品のMCC3500は、MC3500 Mk IIとする。

MC3500 Mk IIの出力は、オリジナルのMC3500と同じ350Wである。
外観は今風のアピアランスになっている。
とはいうものの、MC3500の型番ということを知らなくても、
MC3500を知っている人ならば、MC3500の新型か、と思うであろう。

私がMC3500というアンプがあったことを知ったのは、「五味オーディオ教室」だ。
     *
 ところで、何年かまえ、そのマッキントッシュから、片チャンネルの出力三五〇ワットという、ばけ物みたいな真空管式メインアンプ〝MC三五〇〇〟が発売された。重さ六十キロ(ステレオにして百二十キロ──優に私の体重の二倍ある)、値段が邦貨で当時百五十六万円、アンプが加熱するため放熱用の小さな扇風機がついているが、周波数特性はなんと一ヘルツ(十ヘルツではない)から七万ヘルツまでプラス〇、マイナス三dB。三五〇ワットの出力時で、二十から二万ヘルツまでマイナス〇・五dB。SN比が、マイナス九五dBである。わが家で耳を聾する大きさで鳴らしても、VUメーターはピクリともしなかった。まず家庭で聴く限り、測定器なみの無歪のアンプといっていいように思う。
 すすめる人があって、これを私は聴いてみたのである。SN比がマイナス九五dB、七万ヘルツまで高音がのびるなら、悪いわけがないとシロウト考えで期待するのは当然だろう。当時、百五十万円の失費は私にはたいへんな負担だったが、よい音で鳴るなら仕方がない。
 さて、期待して私は聴いた。聴いているうち、腹が立ってきた。でかいアンプで鳴らせば音がよくなるだろうと欲張った自分の助平根性にである。
 理論的には、出力の大きいアンプを小出力で駆動するほど、音に無理がなく、歪も少ないことは私だって知っている。だが、音というのは、理屈通りに鳴ってくれないこともまた、私は知っていたはずなのである。ちょうどマスター・テープのハイやロウをいじらずカッティングしたほうが、音がのびのび鳴ると思い込んだ欲張り方と、同じあやまちを私はしていることに気がついた。
 MC三五〇〇は、たしかに、たっぷりと鳴る。音のすみずみまで容赦なく音を響かせている、そんな感じである。絵で言えば、簇生する花の、花弁の一つひとつを、くっきり描いている。もとのMC二七五は、必要な一つ二つは輪郭を鮮明に描くが、簇生する花は、簇生の美しさを出すためにぼかしてある、そんな具合だ。
     *
そのころは写真も見たことがなかった。
どんなアンプなんだろう、と想像するしかなかった。

Date: 11月 3rd, 2021
Cate: 新製品

JBL SA750(その22)

facebookのコメントに、山本浩司氏がHiVi 12月号で、
JBLのSA750とアーカムのSA30の比較記事を書かれるそうだ、とあった。

山本浩司氏がステレオサウンドに書くようになってしばらく経ったころ、
KEFのサブウーファーの紹介記事を書かれていた。

いま出ているモデルではなく、けっこう前のモデルである。
そつのない文章だった。
けれど、読んでいて、そのモデルを聴いてみたい、という気持にはなれなかった。

オーディオ評論家は編集者の経験があったほうがいい、と考えている。
いまはそうでもなくなっているが、
昔はかなりの人が編集経験を経たうえでの評論家活動だった。

とはいえ弊害もある、と考えている。

山本浩司氏のKEFのサブウーファーの記事を読みながら感じていたのは、
編集者として長すぎた経験の弊害であった。
それゆえのそつのない文章だった。

山本浩司氏は、私がステレオサウンドで働いていたころ、
サウンドボーイ、HiViの編集者だった。
それからHiViの編集長になり、評論家に転身されている。

KEFの記事を読んでいると、
これが、あの山本さんが書いた原稿? と思っていた。
そつのない文章と書いたが、つまらない文章を書くなぁ、と思っていた。

個人的なつきあいがあったわけではないが、
どういう人なのかはある程度は知っているわけで、
そのキャラクターとKEFの記事とが一致しなかった。

だから弊害と感じたわけだ。
でも、そのことは書いている本人がいちばん感じていたのではないのか。

山本浩司氏の書かれたものをすべてを読んでいるわけではないし、
熱心に読んでいるわけでもないが、ここ数年、ステレオサウンドでの文章は、
KEFの記事のころとは違って、弊害をうまく自分のなかで消化できたのではないか、
そんなふうに感じるようになってきた。

その山本浩司氏がSA750とSA30の記事を書くのであれば、楽しみだ。