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Date: 12月 30th, 2008
Cate: 4343, JBL

4343と国産4ウェイ・スピーカー(その20)

4343でコヒーレントフェイズを実現するのは相当に困難なことだが、
4ウェイ・スピーカーでコヒーレンスフェイズに近づける、ということになれば、
ホーン型ユニットを使わずに、
ダイレクトラジエーター(ドーム型、コーン型、リボン型など)のユニットで構成すれば、
それぞれのユニットの音源の位置関係のズレは、かなり小さいものとなる。

4343を意識した4ウェイ・スピーカーが、国産ブランドからいくつも登場した。
それらのスピーカーを見ていくことは、それぞれのブランドのスピーカー技術者が、
4343をどう捉えていたのか──長所はどこで、そして欠点はどこなのか、を間接的に知ることといえよう。

1976年、高効率Aクラス・アンプを謳い、
Aクラスで100Wの出力を可能としたスレッショルドのパワーアンプ、800Aが登場した。
当時のAクラス・アンプといえば、パイオニア/エクスクルーシヴのM4が代表的製品で、
出力は50W+50Wだった。空冷ファンを備えていたが、発熱量はかなりのものだった。

それが同じステレオ機で、出力が4倍の200W+200W。800Aもファンによる冷却だが、
発熱量はM4の4倍の出力をもつアンプとは思えないほど少なく、
筐体がカチンカチンに熱くなるということはなかった。

800Aは、二段構えの電源スイッチで、通常はスタンバイスイッチを入れっぱなしにしておき、
使用時にオペレートスイッチをいれるという仕組みで、
冷却ファンも風量を2段階で切り換え可能にするなど、家庭で使うことを配慮した、
アメリカのハイパワーアンプとは思えない面ももっていた。

800Aはそれほど日本には入荷していないそうだが、
私がよく通っていた熊本のオーディオ店には、800Aがなぜか置いてあり、音を聴く機会にもめぐまれた。

800AかSAEのMark2500か──、LNP2Lに組み合せるパワーアンプはどちらかよいか、
買えもしないのに、そんなことを迷っていたりした。

800Aはいいアンプだと思っていた。
おそらく、いま聴いてもなかなかのアンプのように思う。
当時のアメリカのアンプとは思えないような、清楚な印象の音は新鮮だったし、
しかも秘めた底力も持ち合わせている、どこか、そんな凄みがあった。

「800A、いいなぁ」、と思っていたところに、
五味先生が、ステレオサウンドで再開されたオーディオ巡礼の一回目に、
「スレッショールド800がトランジスターアンプにはめずらしく、
オートグラフと相性のいいことは以前拙宅で試みて知っていた」と書かれていたので、
ますます800Aの印象は、私の中でふくらんでいった時期がある。

Date: 12月 30th, 2008
Cate: 4343, JBL

4343と国産4ウェイ・スピーカー(その19)

JBLの4343と同時代のスピーカーのなかには、ユニットの位置合わせにはじまり、
ネットワークの位相特性にまで配慮した、いわゆるリニアフェイズ、
KEFの言葉を借りればコヒーレントフェイズ指向のスピーカーが登場している。

KEFの#105がそうだし、UREIの813は、特許取得のタイムアライメント・ネットワークで、
同軸型ユニットのメリットを最大限に引き出そうとしていた。

それらのスピーカーと見比べると、4343のユニット配置は、コヒーレントフェイズの観点からは、
考慮されているようには思えない。

瀬川先生の4ウェイ・スピーカー構想をあれこれ妄想・空想していた私は、
4343でコヒーレンとフェイズを実現するには、どういうユニット配置にしたらいいのか、
そんなことも考えていた。

高校生が考えつくことは、やはり限られていて、
思いついたものといえば、ウーファーとミッドバスの前面にフロントショートホーンを設けることだった。

UREIの813のネットワークに関する技術的な資料が、当時あれば、
ネットワークによる補正も考えられるのだが、インターネットなどない時代だから、無理である。

となると、フロントショートホーンということになるのだが、
これを4343のスタイルを崩さずにうまくまとめることは、不可能といってもいいだろう。

スケッチという名の落書きを何枚も描いてみたけど、4343のようにカッコよくは、どうしてもならない。
それに、ホーンがついた分、どうしてもサイズが大きくなる。
4343のスマートさとは、正反対のモノになってしまう。

1976年発表の4343を、21世紀のいま、メインスピーカーとして使うために、どうしたらいいのか。
そのためには、4343というスピーカーについて、とことん知る必要がある。
それが、4343を4343足らしめている要素をいっさい損なうことなく、につながる。

4343を現代スピーカーとして甦らせることについては、いずれまとめて書きたいと思っている。

Date: 12月 30th, 2008
Cate: 4343, JBL

4343と国産4ウェイ・スピーカー(その18)

JBLの4343に憧れていて、瀬川先生の4ウェイ・スピーカー構想をあれこれ空想・妄想していた時期に、
ダイヤトーンのDS505は登場したから、個人的な衝撃は、意外なほどあった。

38cm口径のウーファーをベースとするならば、4ウェイ・スピーカーはかなり大型となるが、
30cm口径ならば、ミッドバスも大きくて16cm、10cm口径のフルレンジ一発でもいける、
うまくすれば、ブックシェルフ型の4ウェイもできるんじゃないか、そんなことも考えたことがあっただけに、
DS505は、アラミドハニカム振動板の特有の色とともに、
当時、高校生だった私には、現実的な4ウェイ・スピーカーであった。

クロスオーバー周波数の、500、1500、5000Hzからも、
3ウェイ・プラス・スーパートゥイーターという構成ではなく、
本格的な4ウェイ・スピーカーとして開発されていることがうかがえる。
ウーファーとミッドバスが小口径になった分、クロスオーバー周波数も高くなり、コイルの値も小さくなる。
このことも、当時、現実的と受けとめたことのひとつでもある。

ステレオサウンドの新製品の記事は、井上先生が書かれていた。
カラーページだった、その記事を何度もくり返し読んだ。

Date: 12月 30th, 2008
Cate: 4343, JBL, 瀬川冬樹

4343と国産4ウェイ・スピーカー(その17)

瀬川先生の4ウェイ・スピーカー構想は、フルレンジから始めるか、
2ウェイから、なのかによって、ユニットの選択肢が変わってくる。

2ウェイからはじめるのであれば、タンノイやアルテックの同軸型ユニットも候補となる。
タンノイだと25cm口径のモノ、当時だとHPD295Aだ。
アルテックだと……、残念ながら30cm口径の605Bもラインナップから消えていたし、
25cm口径の同軸型は最初から存在しない。

もっとも6041の例があるから、システム全体は大型化するものの、604-8G (8H)からのスタートもあり、だろう。

もっとも、この場合、タンノイにしてもアルテックにしても、
同軸型のトゥイーターは最終的には、ミッドハイとなる。

こんなふうに、当時はHiFi Setero Guide を眺めながら、いろんなプランを、私なりに考えていた、
というよりも妄想していた。

スピーカーシステムというように、ひとつのパーツから成り立っているわけでなく、
いくつかのユニットとエンクロージュア、ネットワークなどの、「組合せ」である。

アナログディスク、CDのプレーヤー、アンプ、
スピーカーシステムの組合せからオーディオが成り立っているのと同じように、
スピーカーシステムもアンプそれぞれも、すべて組合せである。

アンプは、増幅素子(真空管やトランジスター、ICなど)、コンデンサー、抵抗などの組合せから成り立っているし、
回路構成にしても、ひとつの組合せである。

さらに言うならば、スピーカーユニットにしても、振動板、エッジやダンパー、
マグネットを含む磁気回路、フレームなどからの組合せである。

オーディオに求められるセンスのひとつは、この「組合せ」に対するものではないだろうか。

Date: 12月 30th, 2008
Cate: 4343, JBL, 瀬川冬樹

4343と国産4ウェイ・スピーカー(その16)

瀬川先生の4ウェイ・スピーカーの構想で、ウーファーを加えた時点でマルチアンプ駆動にするのは、
ウーファーに直列に入るコイルの悪影響を嫌ってのことである。

同時に、同じブランドのユニットでシステムを構成するのではなく、
ブランドもインピーダンスも能率も大きく異る点も含まれる混成システムでは、
マルチアンプにしたほうが、ネットワークの設計・組立てよりも、ある面、労力が少なくてすむ。
もちろん多少出費は、どうしても増えてしまうけれども。

出発点だったフルレンジ用にミッドバス用のキャビネットを用意すれば、エンクロージュアの無駄も出ない。

最後に、ミッドハイを加えて、4ウェイ・システムが組み上がる。

もちろんステップを踏まずに一気に4ウェイに取り組んでもいいし、
最初は2ウェイで始めてもいいだろう。

とはいえ、最初にフルレンジだけの、つまりネットワークを通さない音を聴いておくことが、
この瀬川先生の4ウェイ構想の大事なところだと、記事を読んで10年後くらいに気がついた。

Date: 12月 30th, 2008
Cate: 4343, JBL

4343と国産4ウェイ・スピーカー(その15)

ネットワークにおけるコイルの、音質に与える影響は、
クロスオーバー周波数が下がれば下がるほどコイルの値も大きくなり、それに比例していく。
直流抵抗値も増えていく。

コイルの値は、スピーカーのインピーダンスと関係し、インピーダンスが低くなれば、
同じクロスオーバー周波数でも、小さい値ですむ。

いまでこそパワーアンプの安定度が高くなったため、4Ωのスピーカーがかなり増えているが、
4343の時代(1976年から80年にかけて)は、スピーカーのインピーダンスといえば8Ωであったし、
4Ωのものは、極端に少なかった。

現代の4343といえる4348のウーファーとミッドバスのクロスオーバー周波数は、
4343と同じ300Hzだが、インピーダンスは6Ωと、すこし低くなっている。

4348の弟機にあたり、4348と同じウーファー1500FEを搭載している4338は、
ミッドレンジとのクロスオーバー周波数が700Hzと高めになっているため、
システムとしてのインピーダンスは8Ωだ。

4343が6Ωだとしたら、コイルの値も小さくなり、
4343の評価もかなり違ったものになっていた可能性もあるように思う。

4343登場と相前後して、アメリカのパワーアンプは、SAEのMark2500、GASのAmpzilla、
マランツのModel 510M、マークレビンソンのML2Lなどが登場しているから、
6Ωとして設計されていたとしても、アンプの選択に困ることはなかっただろう。

Date: 12月 30th, 2008
Cate: 挑発

挑発するディスク(その5)

ノイマンのDSTとDST62の違いは、おもにコンプライアンスで、
1962年に出たDST62のほうが多少ハイコンプライアンスとなっている。

DSTでカザルスのベートーヴェンを終わりまで聴いて、そのまま間髪を入れずにDST62で、
もう一度カザルスを聴く。

DST62だけを聴いていればよかったのだが、DSTを聴いた後では、
やや普通のカートリッジ寄りになっていることに、不満を感じていた。

ひとりで聴くには、なんとももったいない音で、当時サウンドボーイの編集長Oさんともいっしょに聴いたし、
後日、Oさんの友人で、サウンドボーイの読者訪問に登場されたことのある、
タンノイ・オートグラフを使われている方とも、やはりカザルスのベートーヴェンを聴いた。

年齢が、それぞれ10歳ほど違う三人とも、DSTの音に「白旗をあげるしかないね」ということで同じだった。

DSTとDST62は、自宅でも数週間にわたって聴いた。

Date: 12月 29th, 2008
Cate: 4343, JBL

4343と国産4ウェイ・スピーカー(その14)

コイルの性質には、いくつかある。

まず挙げたいのがレンツの法則と呼ばれているもので、コイルは、電流の変化を安定化する働きをもつ。
それまで無信号状態のところに信号が流れようとすると、それを流させまいと働くし、
反対に信号が流れていて、信号がなくなる、もしくは減ろうとすると、流しつづけようとする。
この現象は、中学か高校の授業で習っているはず。

このとき何が起こっているかというと、コイルからパルスが発生している。
このパルスは、ある種のノイズでもあり、他のパーツに影響をあたえる。

2つ目の性質は、相互誘導作用。
2つ以上のコイルが近距離にある場合、ひとつのコイルに流れる電力が他のコイルにも伝わる。
この性質を利用したものが、トランスだ。

3つ目は、共振。
コンデンサーと組み合せることで、電気的な共振がおこり、
ある周波数でインピーダンスが下がったり上がったりして、
電流が流れやすくなったり流れにくくなったりする。

コイルの性質とは言えないが、共振には機械的な共振もある。
音声信号が流れれば、少なからず振動する。

真空管アンプ全盛時代はそうでもなかったが、トランジスターアンプに移行してからは、
コイルの使用は、アンプでは敬遠されがちである。

やっかいな性質をもっているのは確かだが、コンデンサー型やリボン型などをのぞくと、
ほとんどのスピーカーの動作はコイルによって成り立っているのも忘れてはならない。

Date: 12月 28th, 2008
Cate: 挑発

挑発するディスク(その4)

DSTを取りつけて、まずは、ひとりで聴いた。

カザルス/マールボロ音楽祭管弦楽団のベートーヴェンのディスクは国内盤で、
宇野功芳氏が解説を書かれている。

触れれば手から血が出る、こんな表現を使われていた。

DSTが鳴らしたカザルスは、まさしく触れれば手から血が出る音。
それも他のプレーヤー、他のカートリッジではカミソリの刃ぐらいだったのが、
DSTでは、おそろしく切れ味の良い刃物になる。質量のある切れ味だ。

若さもあってか、この音には惹き込まれた。

Date: 12月 27th, 2008
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(その21)

昨年11月7日の瀬川先生の27回忌に集まってくださった方みんなが知りたかったこと、
けれども誰ひとり知らなかったこと──、瀬川先生のお墓のことだった。

それから1カ月半、12月も終ろうとしていたある日、わかった。
なんとか年内のうちに墓参に行きたかったが、暮ということもあり、
どうしても都合がつかない人のほうが多く、年明けに行くことになった。

みなさんの都合から、今年の2月2日になった。
瀬川先生の妹・櫻井さんも来てくださった。

櫻井さんは、瀬川先生の著書「オーディオABC(共同通信社刊)」のイラストを描かれている方だ。

ステレオサウンドの原田勲会長も来られた。私も含めて7人。
寒い日だったが、晴天だった。東京は、翌日、朝から雪が降りはじめ、積もっていった。

ひとりひとり墓前で手を合わせ、心のなかで瀬川先生に語りかけられている。
みなさんのうしろ姿を見ていた。

私は、他の方たちとは違い、瀬川先生と仕事をしたわけでもないし、長いつきあいがあるわけでもなし、
熊本のオーディオ店で、何度かお会いしただけ(顔は憶えてくださっていた)だから、
語りかけることがあろうはずがない。

だから、瀬川先生の墓前で、私はあることをひとつ誓ってきた。

Date: 12月 27th, 2008
Cate: 挑発

挑発するディスク(その3)

カザルスのベートーヴェンのディスクを聴いた数ヶ月後に、
EMTの930st(正確にはトーレンスの101 Limited)を購入した。衝動買いである。

ただすぐに持って帰れずに、撮影するためにステレオサウンドの試聴室に置いていた。
ちょうどそのころ、ある人が、ノイマンのカートリッジ、DSTとDST62を貸してくれた。

101 Limitedにとりつけて、内蔵のイコライザーアンプ155stをそのまま使い、
最初にかけたレコードは、当然、カザルスのベートーヴェンの第七番である。

凄い音とは、まさにこのことだと思った。

Date: 12月 27th, 2008
Cate: 挑発

挑発するディスク(その2)

カザルスがベートーヴェンの交響曲第七番を振ったとき、92歳のはず。
にもかかわらず、この演奏をつらぬいている強い緊張感の、驚異的な持続、
そのためだろう、音楽の生命力が、一瞬たりとも失われないどころか、
第3楽章、4楽章では、さらに燃えあがっている。

いわゆる、うまい演奏ではない。表現技巧においては、カザルス/マールボロ音楽祭管弦楽団よりも、
数段優れている指揮者/オーケストラはいくらでもあるだろう。

けれど、ベートーヴェンの音楽、とくに交響曲に、私が強く感じている、
いま鳴っている音が次の音を生み出す、そういう感じをこれほど聴かせてくれたものは、そうそうない。
ベートーヴェンの音楽は、そして音の構築物でもある。

カザルス/マールボロ音楽祭管弦楽団による演奏は、
1976年、アメリカのHigh Fidelity誌創刊25周年号に掲載された、歴史的名盤のなかで、
ベートーヴェンの交響曲第七番のベストに選ばれている。

Date: 12月 26th, 2008
Cate: ベートーヴェン

ベートーヴェンの「第九」(その7)

ベートーヴェンの「第九」をコンサートで聴いたのは、小沢征爾/ボストン交響楽団によるもので、
1982年か83年のどちらか、人見記念講堂におけるものが最初である。
実は、このときが、生のオーケストラを聴いた、はじめてのことだった。

それもあってだろう、第4楽章には涙した。
ベートーヴェンの巨きさに、感動してのことだった。いまでも、その感動だけははっきりと残っている。

あれから20数年。ふり返って見ると、「第九」をコンサートで聴いたのは、これ一度きりである。

バーンスタインもジュリーニも、いまは、もういない。
この人の演奏ならば、聴きたい、ホールに足を運んで聴きたい、
そう思える指揮者が、いまはすぐに頭に浮かんでこない。
それもさびしいものだなぁ、と思っていたら、数日前、ある名前を目にした。

グスターボ・ドゥダメルとシモン・ボリバル・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラ。

今日も、この名前を目にした。
彼らが、この先、日本で、「第九」をやってくれるかなんて、わからない。
でも、もし聴けるのであれば、ぜひとも行きたい。

Date: 12月 25th, 2008
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(その20)

ラックスのアームレスプレーヤーのPD121をデザインされたのは瀬川先生だと、
一時期(4、5年ぐらい)、そう勘違いしていたことがある。

なにかの時に、「PD121は瀬川先生のデザインだ」という話が出て、それを信じていた。
瀬川先生のデザインと言われて、何の疑いも持たなかった。素直にそう思えた。
いまでも、そう信じてられる方もおられるが、
PD121のデザイナーは、47研究所の主宰者の木村準二さんである。

木村さんは、瀬川先生といっしょにユニクリエイツというデザイン事務所を興されている。
このときおふたりのもとで働いておられたのが、瀬川先生のデザインのお弟子さんのKさんだ。

木村さんから直接、Kさんからも、PD121は木村さんのデザインだと聞いている。

PD121のモーターは、テクニクスのSP10(最初のモデルの方)と同等品である。
同じモーターを使いながら、SP10の素っ気無く、暖かみを欠いている外観と較べると、
PD121の簡潔で大胆なデザインは、手もとに置いておきたくなる、愛着のわく雰囲気と仕上がりだ。

ステレオサウンド 38号を見ると、EMIの930stの他に、
瀬川先生は、PD121とオーディオクラフトのAC-300の組合せを使われていたのがわかる。
写真には、EMTのXSD15がついているのが写っている。

930stには、当然、TSD15がついてる。
なにも同じカートリッジを使われることはないのに、と思うとともに、
EMTに、そこまで惚れ込んでおられたのか、とEMTに惚れ込んだ一人として嬉しくなる。

エクスクルーシヴのP3とオーディオクラフトのAC-3000MCにつけられていたカートリッジは、
オルトフォンのMC30だったのかもしれないし、MC20MKIIだったのだろうか。
それとも、やはりEMTだったのか。

Date: 12月 24th, 2008
Cate: 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(その19)

瀬川先生が、終の住み処となった中目黒のマンションで使われていたアナログプレーヤーは、
パイオニア/エクスクルーシヴのP3だ。

ステレオサウンド 55号のアナログプレーヤーの試聴記事において、P3について、
ひとつひとつの音にほどよい肉づきが感じられる、と書かれていたのを思い出す。
同時に試聴されたマイクロの糸ドライブ(RX5000 + RY5500)とEMTの930stと同じくらい高い評価をされていた。

だから瀬川先生にとっての最後のアナログプレーヤーがP3であることは、自然と納得できる。
ひとつ知りたいのは、トーンアームについてだ。

P3オリジナルのダイナミックバランス型で、オイルダンプ方式を採用している。
アームパイプは、ストレートとS字の2種類が付属している。
パイプの根元で締め付け固定するようになっている。
同様の機構をもったトーンアーム(針圧印加はスタティック型の違いはある)が、
オーディオクラフトのAC-4000MCだ。アームパイプは5種類用意されていた。

4端子のヘッドシェルが使えるS字型パイプの他に、
ストレートパイプのMC-S、テーパードストレートパイプのMC-S/T、
オルトフォンのSPU-Aシリーズ専用のS字パイプのMC-A、EMTのTSD15専用のS字パイプのMC-Eだ。
アームパイプはいずれも真鍮製だ。

この他にも、あらゆるカートリッジにきめ細かく対応するために、軽量カートリッジ用のウェイトAW-6、
リンやトーレンスのフローティングプレーヤーだと、
標準のロックナットスタビライザーではフローティングベースが傾くため、軽量のAL-6も用意されていた。

出力ケーブルも、標準はMCカートリッジ用に低抵抗のARR-T/Gで、
MM/MI型カートリッジ用に低容量のARC-T/Gがあった。

AC-3000MC専用というわけではないが、
SPUシリーズをストレートアームや通常のヘッドシェルにとりつけるための真鍮製スペーサーOF-1、
やはりオルトフォンのカートリッジMC20、30のプラスチックボディの弱さを補強するための
真鍮製の鉢巻きOF-2などもあり、実に心憎いラインナップだった。

AC-4000MC(AC-3000MC)の前身AC-300Cについて、
「調整が正しく行なわれれば、レコードの音溝に針先が吸いつくようなトレーシングで、
スクラッチノイズさえ減少し、共振のよくおさえられた滑らかな音質を楽しめる(中略)
私自身が最も信頼し愛用している主力アームの一本である」と、
ステレオサウンド 43号に、瀬川先生は書かれている。

AC-3000MC(AC-4000MC)になり、完成度はぐっと高まり、見た目も洗練された。
レコード愛好家のためのトーンアームといえる仕上がりだ。

お気づきだろう、AC-3000MC(AC-4000MC)のデサインは、瀬川先生が手がけられている。

オーディオクラフトからは、P3にAC-4000MCを取りつけるためのベースが出ていた。
おそらく瀬川先生はP3にAC-4000MCを組み合わされていたのだろう。