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Date: 8月 4th, 2011
Cate: 表現する

音を表現するということ(続々続・聴く、ということ)

活字には幾つもの書体があって、
たとえばゴシック体と呼ばれるものの中にもさまざまな種類のゴシック体があり、それぞれに特徴がある。
けれどゴシック体のそれらの中からいくつかの書体を選びだして、たった1文字だけを表示して比較してみても、
その違いははっきりとしないことがある。
とくに画数の少ない文字であれば、たとえば「一」(漢字の1)などは特にそうだろう。
けれど文字数が増えてきて、あるまとまった文章になると、
ゴシック体の中でもそれらの違いが誰の目にもはっきりと浮び上ってくる。

つまり違いを認識するには、ある一定量が必要になり、
この量というものは、人によって異ってくるということ。
フォントをデザインしている専門家であれば、素人が同じ書体に見えているものでも、
はっきりとどの書体かを指摘できるように、である。

このことを認識せずに音を聴いている人がいる。
そういう人たちに共通しているのは、音は変らない、である。
ケーブルを変えても音は変化しない、もっと極端になるとアンプを変えても音なんては変りはしない、
という人までいることを、インターネットが浮き彫りにしてきている。

おそらくこういう人たちは音を細分化・分断化して音を比較しようとしているのではないだろうか。
こういう音の聴き方が正確なようにおもえても、実のところ、そうではない。
音の比較にもある時間の幅(つまり書体における文字数と同じ意味で)が必要である、ということ。

瀬川先生がステレオサウンド別冊 HIGH-TECHNIC SERIES-1の中に、こんな話を書かれている。
     *
もう何年も前の話になるが、ある大きなメーカーの研究所を訪問したときの話をさせて頂く。そこの所長から、音質の判断の方法についての説明を我々は聞いていた。専門の学術用語で「官能評価法」というが、ヒアリングテストの方法として、訓練された耳を持つ何人かの音質評価のクルーを養成して、その耳で機器のテストをくり返し、音質の向上と物理データとの関連を掴もうという話であった。その中で、彼(所長)がおどろくべき発言をした。
「いま、たとえばベートーヴェンの『運命』を鳴らしているとします。曲を突然とめて、クルーの一人に、いまの曲は何か? と質問する。彼がもし曲名を答えられたらそれは失格です。なぜかといえば、音質の変化を判断している最中には、音楽そのものを聴いてはいけない。音そのものを聴き分けているあいだは、それが何の曲かなど気づかないのが本ものです。曲を突然とめて、いまの曲は? と質問されてキョトンとする、そういうクルーが本ものなんですナ」
 なるほど、と感心する人もあったが、私はあまりのショックでしばしぼう然としていた。音を判断するということは、その音楽がどういう鳴り方をするかを判断することだ。その音楽が、心にどう響き、どう訴えかけてくるかを判断することだ、と信じているわたくしにとっては、その話はまるで宇宙人の言葉のように遠く冷たく響いた。
     *
私がここで言いたいことも、同じことである。
こんな音の聴き方をしているからこそ、音の違いを掴めなくなる、
というオーディオの罠にはまってしまい、科学的だ、とかいう屁理屈をつけて自分の正当化してしまう。

Date: 8月 3rd, 2011
Cate: 40万の法則, D130, JBL, 岩崎千明

40万の法則が導くスピーカーの在り方(D130と岩崎千明氏・その4)

一方のJBL(そしてランシング)はどうだろうか。

ランシングは1902年1月14日にイリノイ州に生れている。
1925年、彼はユタ州ソルトレーク・シティに移っている。西へ向ったわけだ。
ここでコーン型スピーカーの実験・自作をおこない、この年の秋、ケネス・デッカーと出逢っている。
1927年、さらに西、ロサンジェルスにデッカーとともに移り、サンタバーバラに仕事場を借り、
3月9日、Lansing Manufacturing Company はカリフォルニア州法人として登録される。
この直前に彼は、ジェームズ・マーティニから、ジェームズ・バロー・ランシングへと法的にも改名している。

このあとのことについて詳しくしりたい方は、
2006年秋にステレオサウンドから発行された「JBL 60th Anniversary」を参照していただきたい。
この本の価値は、ドナルド・マクリッチーとスティーヴ・シェル、ふたりによる「JBLの歴史と遺産」、
それに年表にこそある、といってもいい。
それに較べると、前半のアーノルド・ウォルフ氏へのインタヴュー記事は、
読みごたえということで(とくに期待していただけに)がっかりした。
同じ本の中でカラーページを使った前半と、
そうではない後半でこれほど密度の違っているのもめずらしい、といえよう。

1939年,飛行機事故で共同経営者のデッカーを失ったこともあって、
1941年、ランシング・マニファクチェアリングは、アルテック・サーヴィスに買収され、
Altec Lansing(アルテック・ランシング)社が誕生することとなる。
ランシングは技術担当副社長に就任。
そして契約の5年間をおえたランシングは、1946年にアルテック・ランシング社からはなれ、
ふたたびロサンジェルスにもどり、サウススプリングに会社を設立する。
これが、JBLの始まり、となるわけだ。
(ひとつ前に書いているように、1943年にはアルテックもハリウッドに移転している。)

とにかく、ランシングは、つねに西に向っていることがわかる。

Date: 8月 2nd, 2011
Cate: 素朴

素朴な音、素朴な組合せ(タイムレスということば)

素朴な音、素朴な組合せについて書いていて、
ふと素朴な音、素朴な組合せ、これらを英語で表現するとしたら、どうなるのか。

素朴を和英辞典でひくと、simplicity, nativeとなる。
でも、私がここで書いていきたいと感じている「素朴な音」と、
このふたつの英単語が表しきっているといえない何か(もどかしさ)を感じる。
もっとぴったりくる言葉があるはず、と、この項を書きはじめたころから思っていた。

先日、やっと、その言葉にあえた。
タイムレスだ。

素朴な音はタイムレス・サウンドと、
素朴な組合せはタイムレス・オーディオと、呼ぶことで、書きたいことが明確になってきた。

Date: 8月 2nd, 2011
Cate: 使いこなし

使いこなしのこと(四季を通じて・その5)

使いこなしの名手といわれていた井上先生が、
季節によって聴きたい音楽、聴きたい音が変ってくることについて、よく口にされていたのは、
ステレオサウンドにいた当時は気がつかなかったけれども、無関係ではないどころか、
密接に関係していることだ、といまははっきりといえる。

この項のふたつ前に「日常を発見していく行為」が、音をよくしていく行為だと書いた。
つまりどういうことなのか、これと井上先生のことがどう関係してくるのかについて書けば、
こういうことだと私は受けとめている。

つまり、いま目の前で、身の回りで起っている現象をしっかりと観察しろ、ということだと確信している。

よく自分の意見を持て、自分の意見を言え、ということがいわれている。
これは全面否定するつもりはないが、そんなことよりも、オーディオに関していえば、
現象を、誰かが見落している(聴き落している)ようなことまでしっかりと確実につかむことが大事ではないだろうか。

意見を持たなければ、意見を言わなければ、という気持が心のどこかにあれば、
目の前で、まわりで何が起っているのを、その現象がなんであるのかをつかんだつもりにはなれても、
それは単なる思い込みでしかなくて、私は思い込みによる意見をききたい、とは思っていない。

意見は、音をしっかり聴いていっていれば自然とついてくるはずだ。
井上先生は、日常という現象をしっかりと、そしてしなやかに観察されていた、
いま、そう思っているところだ。

Date: 8月 1st, 2011
Cate: 40万の法則, D130, JBL, 岩崎千明

40万の法則が導くスピーカーの在り方(D130と岩崎千明氏・その3)

D101とD130の違いは、写真をみるだけでもまだいくつかある。
もし実物を比較できたら、もっといくつもの違いに気がつくことだろう。
何も知らず、D101とD130を見せられたら、同じ会社がつくったスピーカーユニットとは思えないかもしれない。

D101が正相ユニットだとしたら、D130とはずいぶん異る音を表現していた、と推察できる。
アルテックとJBLは、アメリカ西海岸を代表する音といわれてきた。
けれど、この表現は正しいのだろうか、と思う。
たしかに東海岸のスピーカーメーカーの共通する音の傾向と、アルテックとJBLとでは、
このふたつのブランドのあいだの違いは存在するものの、西海岸の音とひとくくりにしたくなるところはある。
けれど……、といいたい。
アルテックは、もともとウェスターン・エレクトリックの流れをくむ会社であることは知られている。
アルテックの源流となったウェスターンエレクトリックは、ニューヨークに本社を置いていた。
アルテックの本社も最初のうちはニューヨークだった。
あえて述べることでもないけれど、ニューヨークは東海岸に位置する。

アルテックが西海岸のハリウッドに移転したのは、1943年のことだ。
1950年にカリフォルニア州ビヴァリーヒルズにまた移転、
アナハイムへの工場建設が1956年、移転が1957年となっている。
1974年にはオクラホマにエンクロージュア工場を建設している。

アルテックの歴史の大半は西海岸にあったとはいうものの、もともとは東海岸のメーカーである。
つまりわれわれがアメリカ西海岸の音と呼んでいる音は、アメリカ東海岸のトーキーから派生した音であり、
アメリカ東海岸の音は、最初から家庭用として生れてきた音なのだ。

Date: 8月 1st, 2011
Cate: 40万の法則, D130, JBL, 岩崎千明

40万の法則が導くスピーカーの在り方(D130と岩崎千明氏・その2)

タイムマシーンが世の中に存在するのであれば、
オーディオに関することで幾つか、その時代に遡って確かめたいことがいくつもある。
そのひとつが、JBLのD101とD130の音を聴いてみることである。

D101はすでに書いてように、アルテックの同口径のウーファーをフルレンジにつくり直したように見える。
古ぼけた写真でみるかぎり、センターのアルミドーム以外にはっきりとした違いは見つけられない。

だから、アルテックからのクレームがきたのではないだろうか。
このへんのことはいまとなっては正確なことは誰も知りようがないことだろうが、
ただランシングに対する、いわば嫌がらせだけでクレームをつけてきたようには思えない。
ここまで自社のウーファーとそっくりな──それがフルレンジ型とはいえ──ユニットをつくられ売られたら、
まして自社で、そのユニットの開発に携わった者がやっているとなると、
なおさらの、アルテック側の感情、それに行動として当然のことといえよう。
しかもランシングは、ICONIC(アイコニック)というアルテックの商標も使っている。

だからランシングは、D130では、D101と実に正反対をやってユニットをつくりあげた。
まずコーンの頂角が異る。アルテック515の頂角は深い。D101も写真で見ると同じように深い。
それにストレート・コーンである。
D130の頂角は、この時代のユニットのしては驚くほど浅い。

コーンの性質上、まったく同じ紙を使用していたら、頂角を深くした方が剛性的には有利だ。
D130ほど頂角が浅くなってしまうと、コーン紙そのものを新たにつくらなければならない。
それにD130のコーン紙はわずかにカーヴしている。
このことと関係しているのか、ボイスコイル径も3インチから4インチにアップしている。
フレームも変更されている。
アルテック515とD101では、フレームの脚と呼ぶ、コーン紙に沿って延びる部分が4本に対し、
D130では8本に増え、この部分に補強のためにいれている凸型のリブも、
アルテック515、JBLのD101ではコーンの反対側、つまりユニットの裏側から目で確かめられるのに対し、
D130ではコーン側、つまり裏側を覗き込まないと視覚的には確認できない。

これは写真では確認できないことだし、なぜかD101をとりあげている雑誌でも触れられていないので、
断言はできないけれど、おそらくD101は正相ユニットではないだろうか。
JBLのユニットが逆相なのはよく知られていることだが、
それはD101からではなくD130から始まったことではないのだろうか。

Date: 8月 1st, 2011
Cate: 中点

中点(その11)

音に関するあらゆる表現の、その反対語を考えていくことで、
己の中点が浮び上ってくるのではないか、と前回書いた。

音を表現するものの数だけ、中点の数もあって、
そうやって浮び上ってくる中点は重なり合うものもあるだろうし、そうでないものもあるはず。
そしてそれらの中点を俯瞰し、ときに結んでいくことで、
無意識のうちに求めている音が浮び上ってくる、のかもしれない。

Date: 7月 31st, 2011
Cate: audio wednesday

第7回公開対談のお知らせ

8月3日(水曜日)に、イルンゴ・オーディオの楠本さんとの公開対談を行います。

時間は夜7時から、です。
いつものとおり四谷三丁目の喫茶茶会記のスペースをお借りして行ないますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

今回のテーマは先月告知しましたように、JBLの4343について、です。

Date: 7月 31st, 2011
Cate: 40万の法則, D130, JBL, 岩崎千明

40万の法則が導くスピーカーの在り方(D130と岩崎千明氏・その1)

ブランド名としてのJBLときいて、思い浮べるモノは人によって異る。
現在のフラッグシップのDD66000をあげる人もいるだろうし、
1970年代のスタジオモニター、そのなかでも4343をあげる人、
オリンパス、ハークネス、パラゴン、ハーツフィールドといった、
コンシューマー用スピーカーシステムを代表するこれらをあげる人、
最初に手にしたJBLのスピーカー、ブックシェルフ型の4311だったり、20cm口径のLE8Tだったり、
ほかにもランサー101、075、375、537-500など、いくつもあるはず。

けれどJBLといっても、ブランドのJBLではなく、James Bullough Lansing ということになると、
多くの人が共通してあげるモノは、やはりD130ではないだろうか。
私だって、そうだ。James Bullough Lansing = D130 のイメージがある。
D130を自分で鳴らしたことはない。実のところ欲しい、と思ったこともなかった。
そんな私でも、James Bullough Lansing = D130 なのである。

D130は、James Bullough Lansing がJBLを興したときの最初のユニットではない。
最初に彼がつくったのは、
アルテックの515のセンターキャップをアルミドームにした、といえるD101フルレンジユニットである。
このユニットに対してのアルテックからのクレームにより、
James Bullough Lansing はD101と、細部に至るまで正反対ともいえるD130をつくりあげる。
そしてここからJBLの歴史がはじまっていく。

D130はJBLの原点ではあっても、いまこのユニットを鳴らすとなると、意外に使いにくい面もある。
まず15インチ口径という大きさがある。
D130は高能率ユニットとしてつくられている。JBLはその高感度ぶりを、0.00008Wで動作する、とうたっていた。
カタログに発表されている値は、103dB/W/mとなっている。
これだけ高能率だと、マルチウェイにしようとすれば、中高域には必然的にホーン型ユニットを持ってくるしかない。
もっともLCネットワークでなく、マルチアンプドライヴであれば、低能率のトゥイーターも使えるが……。
当然、このようなユニットは口径は大きくても低域を広くカヴァーすることはできない。
さらに振動板中央のアルミドームの存在も、いまとなっては、ときとしてやっかいな存在となることもある。

これ以上、細かいことをあれこれ書きはしないが、D130をベースにしてマルチウェイにしていくというのは、
思っている以上に大変なこととなるはずだ。
D130の音を活かしながら、ということになれば、D130のウーファー販である130Aを使った方がうまくいくだろう。

Date: 7月 30th, 2011
Cate: 組合せ

妄想組合せの楽しみ(その44・続余談)

実のところ、バックロードホーンのスピーカーシステムの鳴らしにくさは、
エンクロージュアにその理由があるということよりも、そのユニット構成に理由があるという視点からみていきたい。

たとえばタンノイのバックロードホーンを採用したシステム、
GRFやRHRのユニットはいうまでもなく同軸ユニットで、中高域はホーン型が受け持つ。
タンノイだけにかぎらず、バックロードホーンのスピーカーシステムの多くは、
中高域にホーン型をもってくるものが大半だといえよう。
そうすると、そこにはホーンの受持ち帯域の不連続が生じることになる。

つまりウーファーはたいていの場合、30cm、38cm口径のコーン型ユニット。
設計によって変化するものの、バックロードホーンが受持つ帯域は数百Hz以下の低音域。
タンノイが発表している値では、ウェストミンスターで200Hz以下となっている。
この値に関してはバックロードホーンの構造、大きさによって多少は変動するとはいえ、
それほど大きくは変化しない。

たとえば、もしウェストミンスターにフロントショートホーンがついていなかったら、どうなるか。
200Hz以下はバックロードホーンで、1kHz以上は中高域のホーンによって、
ホーンロードがかかっている帯域となり、中間の200Hzから1kHzの帯域に関してどうかといえば、
フロントショートホーンがなければホーンロードはかからない。

ホーンロードがかからない帯域が存在していることが問題なのではなく、
ホーンロードがかからない帯域が、ホーンロードがかかっている低域と高域のあいだにある、ということが、
バックロードホーンのスピーカーシステムの鳴らしにくさにつながっているのではないだろうか。

タンノイを例にとったけれど、同じことは他社のバックロードホーンのスピーカーシステムにいえることだ。
ホーンロードがかかっていない中間の帯域を、どう鳴らすかが、
実はバックロードホーンと中高域にホーン型を採用したスピーカーシステムの鳴らすうえでのコツではないだろうか。

そう考えると、JBLのD130をバックロードホーンにいれてしまったら、
いっそのこといさぎよく中高域にユニットを追加することなくD130だけで鳴らすのが、
気持ちいい音が得られるようにも思えてくる。
もしくはコーン型もしくはドーム型といったダイレクトラジエーター型のトゥイーターをもってきて、
ひっそり隠し味的に使うという手も考えられる。
もちろんフロントショートホーンを足すことができれば、鳴らし方も広がってくるであろうが……。

Date: 7月 30th, 2011
Cate: 組合せ

妄想組合せの楽しみ(その44・余談)

タンノイのスピーカーシステムでフロントショートホーンがつくものは、わずかだ。
バックロードホーンを採用しているものは、いくつもある。

バックロードホーンの設計は難しい、と以前からいわれてきている。
設計だけではなく、うまく鳴らすことも難しい、ともいわれて続けている。

オーディオにも流行はあって、
バックロードホーンのスピーカーシステムがいくつかのメーカーから発売されたこともあった。
その多くは、ごく短い期間だけの発売でしかなかった。
バックロードホーンのスピーカーシステムをつくり続けているメーカーは、
じつはタンノイだけ、といってもいいだろう。

オートグラフはフロントショートホーンとバックロードホーンの複合型、
これ以降GRFもバックロードホーン、1954年に設立されたアメリカ・タンノイのラインナップにも、
オートグラフとGRFは存在し、やはりバックロードホーン型となっている。
アメリカ・タンノイのオートグラフとGRFはイギリス本家のそれらとは外観も異り、
アメリカ・タンノイのオートグラフには2つの仕上げがあり、フロントショートホーンは省かれている。

1986年、創立60周年記念モデルとして登場したRHRもバックロードホーン。
いまも1982年に登場したウェストミンスターが現役モデルとして存在しており、
つねにタンノイのスピーカーシステムのラインナップにはバックロードホーンがあった、といえる。
これだけ長くバックロードホーンのエンクロージュアをつくり続けているメーカーはタンノイは、
同軸型ユニットをつくり続けていることとともに、そこにタンノイ独自のポリシーともいえるし、
ある種の頑固さともいえるものを感じとれる気もする。

それにして、なぜバックロードホーンはうまく鳴らすのが難しいのだろうか。
エンクロージュアの構造に起因する問題点は確かに存在するものの、理由はそれだけはないようも感じている。

Date: 7月 30th, 2011
Cate: 「ネットワーク」

オーディオと「ネットワーク」(続facebook・再掲)

2003年から数年間、audio sharingでメーリングリストをやっていた。
いまも、メーリングリスト、もしくはメーリングリスト的なことは始められないんですか、という声をいただく。

いま契約しているレンタルサーバー会社にメーリングリストのサービスはない。
仮にあったとしても、いまメーリングリストを、数年前のまま再開することに抵抗がまったくないわけではない。
今月にはいり放ったらかしにしていたfacebookを使いはじめたのは、
メーリングリストに代わるものとして使えそうだと思ったからである。

思いつくまま使ってみた。
facebookページに「オーディオ彷徨」と「聴こえるものの彼方へ」もつくった。
それで今日(7月24日)未明、「audio sharing」というグループをつくった。

いまのところ非公開にしている。
これから先に公開していくかどうかは決めていない。
ずっと非公開のまま運営していくかもしれない。

このfacebookグループを、メーリングリストに代わるものとしていく。
音楽、オーディオに関することであれば、どんなこともでも気軽に書き込め、
そして真剣な討論もできるような場にできればと考えている。
メーリングリストでは文字だけだったが、facebookなので写真、動画なども添付できる。

気軽に登録・参加していただければ、と思っている。
facebookのアカウントをお持ちの方は、私のfacebookアカウントまでメッセージをくだされば登録いたします。
ここをクリックしていただいても可能だと思います。
お待ちしております。

(多くの方に参加していただきたいので、24日に公開したものを再掲しました。)

Date: 7月 29th, 2011
Cate: 五味康祐

見えてきたもの

ステレオサウンドは、この9月に出る180号で創刊45周年となる。
ステレオサウンドは45歳なのか、と思い、ふと振り返ってみると、
私も今年の秋、「五味オーディオ教室」を読んだときから35年がたつ。

「五味オーディオ教室」を読んだとき、ステレオ再生出来る装置は持っていなかった。
音楽を聴くのは、モノーラルのラジカセだった。
だからこそ「五味オーディオ教室」に夢中になれた、ともいえる。

「五味オーディオ教室」を最初に読んだときに刻みつけられたことは、私にとってのオーディオの原点であり、
核であり、いまもそれは変ることはない。これから先も変らない、とこれは断言できる。

「無音はあらゆる華麗な音を内蔵している」
「素晴らしい人生にしか素晴らしい音は鳴らない」
このふたつは、刻みつけられたものの中でも、もっとも深いもので、
それからの35年間は、結局のところ、このことについて考え答えを求めていた、といえよう。

やっといま、答えといえるものが見えてきた、と感じている。
しかも、このふたつは実のところ、ほぼ同じことを、別の視点から捉え表現したものではないか、とも思っている。

そう考えることで、いままで体験してきたことの中で、
私の中で不思議な位置づけにいる事柄のいくつかが結びつく予感もある。

「五味オーディオ教室」から35年たち、やっと再出発できるところなのかもしれない。

Date: 7月 28th, 2011
Cate: チューナー・デザイン

チューナー・デザイン考(その5)

私のチューナーに対する関心度の低さを表していることが、
チューナーの中に、絵を描けるモノがひとつなかった、ということがあげられる。

スピーカーシステムにしろ、アンプにしろ、プレーヤーにしろ、
憧れのオーディオ機器は細部まで記憶しているし、絵のうまい下手は措いとくとして、記憶だけで細部まで描ける。
そういうふうに描けるオーディオ機器はいくつもあるのに、チューナーに関してはなかった。
使っていたMR71ですら、きちんと描くことはできない。
とはいっても大まかな構成については記憶しているので、なんとなくそれらしきものは描けても、
細部の記憶となると、まったくだめである。
つまりそれだけチューナーへの関心は低かったわけだ。

1980年代のおわりからFMの多局化がはじまった。
でもそのころにはすっかりチューナーは、私のオーディオのシステムにはもうなかった。
FMを聴くためにチューナーを購入しようという気もまったくなかった。
それがずっと続いてきていた。

もうひとつ、チューナーのデザインについても、なめていたところを持っていた。
所詮、チューナーは横に長い受信周波数の表示された表示とメーター、チューニングダイアル、
大ざっぱにいえばこれらからなり、これらによるデザイン上の制約が大きいし……、
愚かにもそう捉えていたことも、正直にいえば、あった。

チューナーのデザインは、実際にはそういうものではないということには気づくものの、
それでもチューナーへの関心が高まることはなく、ここまできたのが、私の中では反転してしまった。
なにかきっかけといえるものがあったわけでもない。

コントロールアンプについて考えていたときに、
これから先のコンピューターとの融合についてなんとなく思っていたときに、
チューナーの在り方について考えていくことが答えになるのではないか、と思いついたからだ。

Date: 7月 28th, 2011
Cate: 組合せ

妄想組合せの楽しみ(その45)

いまではティール・スモール・パラメーターによるエンクロージュアの最適化が、
パソコンの普及と高性能化のおかげで誰でもが手軽にできるようになった。

実際にシミュレーションしていくとわかることだが、
エンクロージュアの内容積をただ増やしていくだけでは低域のレスポンスに関しては、
必ずしも良好な特性とはならない。
使用するウーファーのティール・スモール・パラメーターによるけれども、
一般的にいって適正内容積のエンクロージュアではフラットな低域のレスポンスも、
最適値から外れて内容積を大きくしていくと低域のレスポンスはだら下りの傾向になる。
その下りはじめる周波数も、適正内容積のエンクロージュアにくらべて高くなりがちである。

だからエンクロージュアの内容積をむやみに大きくしても、それは自己満足であって意味がないどころか、
デメリットのほうが大きい、という意見がある。
たしかに低域のレスポンスを見る限りはそういえなくもないが、
その特性は無響室での特性のシミュレーションの結果でしかない、ともいえる。

そして実際のリスニングルームに置き音を出したときの聴感上、
自然な低音を聴かせてくれるのはどっちか、ということとシミュレーション結果は常に一致するものではない。

ヨークミンスターに採用されている同軸ユニットのティール・スモール・パラメーターがどうなのかはわからない。
だが25cmや38cm口径の同軸型ユニットと、
ヨークミンスターに搭載されている30cm口径のユニットだけが異る性格をもつものとは思えない。
にもかかわらずヨークミンスターだけユニットの口径に対して内容積が大きくとっている。
技術資料がないので憶測の粋をでないけれど、
ヨークミンスターはあえて内容積を大きくとることを選択したように思えてならない。