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Date: 1月 25th, 2018
Cate: 快感か幸福か
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快感か幸福か(秋葉原で感じたこと・その2)

その1)に、facebookにコメントがあった。

そのコメントにも、固有名詞はなかった。
私も(その1)でも固有名詞は出してないから、
コメントにあった人と私が書いた人とが同一人物なのか──。

いま秋葉原にオーディオ店はそれほど多くないし、
それほど高額なシステムを売っているところとなると、限定されてしまう。
同じ人であろう。

コメントには、
「功成り名遂げた人に相応しいオーディオ」といういいかたを、
非常に高額なシステムを売る人はしていたそうだ。

やっぱりそうだろうな、と思った。
そういう在り方のオーディオもありなんだなぁ……、と思う。

けれど「五味オーディオ教室」から始まった私のオーディオ、
そしてオーディオ観とはまったく別のことだ。

コメントには続きがある。
その高額なシステムを聴いていた人は幸せそうだった、と。
客を幸せにできるのだから、男冥利につきる仕事なんだろうと、思う、とあった。

聴いていた人は幸せそうだった、ようだ。
今回鳴っていた一億円近いステムまでいかなくとも、
数千万円のシステムであっても、その店の客として聴いている人にとっては、
トロフィーのようなものであり、
もっといえばトロフィーオーディオであり、
それはほんとうに幸せなのか、それとも快感をそう思っているだけなのか。

Date: 1月 25th, 2018
Cate: オーディオマニア

オーディオは男の趣味であるからこそ(その14)

エンクロージュアが鏡面仕上げになっているスピーカーシステムが、
正直苦手である。

鏡面仕上げが゛そのスピーカーシステムから出てくる音に寄与していることはわかっていても、
それでも苦手と感じてしまうのは、
そのスピーカーシステムを自分のモノとしたときのことを考えるからだ。

ひとりきりで音楽を聴ける空間(聖域)に、そのスピーカーを置く。
音は素晴らしい。
けれど、目をあけた瞬間に、エンクロージュアに惚けて聴いている自分の顔が映る。
こんな顔をして聴いていたのか、と思ってしまうからだ。

ひとりきりで音楽を聴くのは、
瀬川先生と同じで「音楽に感動して涙をながしているところを家族にみられてたまるか」である。

瀬川先生がどうだったのかはわからないが、
私はその姿を自分でもみたくないからである。

余韻に浸るためにも、みたくない。

もっとも人それぞれだから、音楽を聴いているときですら、ポーズをつけている人を知っている。
こういう人は、ひとりきりで聴くときもそうなのだろうか。
そうだとしたら、こういう人は鏡面仕上げのスピーカーに映る自分の顔にうっとりできる人なのだろう。

Date: 1月 24th, 2018
Cate: 快感か幸福か

快感か幸福か(秋葉原で感じたこと・その1)

先週末秋葉原に行っていた。
せっかく来たのだから、ということで、とあるオーディオ店に行った。

そのオーディオ店の上の階は、そうとうに高価なオーディオ機器ばかりが置いてある。
その時、鳴っていたシステムの総額は、ケーブルも含めて9,800万円を超えていた。

ほぼ一億円である。
スピーカーシステムだけで、四千万円を超えていた。

店主とおぼしき人が、ソファの中央でひとり聴いていた。
他に客はいなかった。

私など客とは思われていない。
それはそれでかまわない。
そんなシステムを買えるだけの財力はないのだから、
店主とおぼしき人の、こちらのふところ具合を見る目は、確かな商売人といえよう。

鳴っていた音について書くのは控える。
書きたいのは、一億円近いシステムの音ではなく、
その音を聴いていた店主とおぼしき人の表情である。

鳴っていたディスクは、店主とおぼしき人の愛聴盤なのか。
それもはっきりしない。
その人がどういう人なのかも、はっきりと知らない。

ただ、その人の表情をみていて、彼が感じていたのは快感だったのか。
そんなことを考えていた。

よく知らない人だから、その人が幸福そうに音楽を聴いている表情がどんなものかも知らない。
知らないけれど、そうは見えなかった。

Date: 1月 23rd, 2018
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(つくる・その19)

聴感上のS/N比の向上が、聴感上のfレンジの向上に結びついているということは、
つまりは聴感上のS/N比の劣化が聴感上のfレンジを狭くしている、ということである。

このことは以前も書いているが、大事なことであるだけに忘れないでほしい。

どうせトゥイーターをつけるんだから、聴感上のfレンジが狭くなっていても、
別にかまわない、と考えないでほしい。

聴感上のfレンジがどの程度なのかによって、
トゥイーターの追加も、どのあたりクロスさせるか、そのへんのパラメーターも変ってくる。
当然だが、トータルのパフォーマンスも違ってくる。

聴感上のS/N比を劣化させないための方法は、
なにもCR方法だけではない。他にもいくつもある。

ひとつひとつは地味なこと、といっていい。
具体的なことは、あえて書かない。
聴感上のS/N比ということが、どういうことなのかがはっきりとわかってくれば、
どういうことをやればいいのかはおのずとはっきりしてくる。

CR方法をやる前は、トゥイーターをつけるにしても、
クロスオーバー周波数は3.5kHzあたりかな、
もし少し上まで使ったとしても6kHzが上限かな……、そんなふうに感じていた。

けれどCR方法で聴感上のfレンジがのびたSICAの音を聴いていると、
いわゆるトゥイーターをコンデンサーひとつだけで接ぐ、もっとも簡単なやり方で、
しかもトゥイーターのカットオフ周波数はぐんと上に持ってきても、
うまくいきそうというか、こっちの方がよさそうに思えてきた。

先週末、秋葉原に行き、コンデンサーを購入。
トゥイーターも先方にすでに届いている。
来週あたりには、トゥイーターをつけることになる。

土曜日には、ウーファーもつけたら……、という話が出た。
そうなるかもしれない……、と思いながら、
瀬川先生が4ウェイの自作システムを、フルレンジからスタートさせる、のは、
そういう意図があったのか、と気づいたことがある。

マルチアンプシステムで、4ウェイのシステムともなれば、
しかもユニットも混成ということになると、ひどくバランスを逸した音になることがある。
バランスを見失ってしまうことがある。

そんなとき、フルレンジからスタートしているわけだから、
いつでもフルレンジ単体の音を確認できる。

Date: 1月 22nd, 2018
Cate: ディスク/ブック

「かくかくしかじか」

かくかくしかじか」というマンガがある。
東村アキコの作品だ。

「かくかくしかじか」」の二話目の最後のページ、
     *
今の私には
分かります。

今さらもう
遅いよね

怒らないでね
先生
     *
というセリフ(独白)がある。
ここで直感した。

「先生」はもう亡くなっているんだ、と。

恩師と呼べる人をもち、
返事がないのはわかっていても、問いかけている人ならば、
すぐに気づくことだ。

三話目の最後のページにも、ある。
     *
そうだよ

最初から
お人好しだったんだよ
先生は

そうじゃなきゃ
バカなんだよ

大バカだよ

ねえ
先生
    *
作者の東村アキコ氏の気持がわかる人は、
恩師がいた人だ。

Date: 1月 22nd, 2018
Cate: 菅野沖彦

「菅野録音の神髄」(その7)

そこでの音はともかくとして、江崎友淑氏の話はほんとうにおもしろかった。
そのひとつを、別項「オーディオの楽しみ方(つくる・その17)」で書いた。

江崎友淑氏は菅野録音のことを「かっこいい録音」と表現されていた。
菅野録音はかっこいい音である。
そうである。

バランスがとれていて、洗練されていて──、
その「かっこいい音」を具体的に説明していくとなると、意外に難しい。

私が思うに菅野録音のかっこいいは、野性味にあるように感じている。
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」で、
スレッショルドのStasis 3の音について《もうちょっと野性味みたいなものがほしい》といわれている。
「THE DIALOGUE」を鳴らしての発言である。

野性味があからさまに出てきてしまっては、それはもうかっこいい音とはいえない。
けれど野性味の感じられない音で鳴ってしまった菅野録音からは、かっこいいは感じとりにくくなる。

この野性味も、結局はバランスなのだろう。
バランスではあっても、野性味は本質に関ってくることである。

そういう本質を持っていない人が鳴らせば、菅野録音からは野性味は消えてしまう。
そういう本質を持っていない人が、オーディオラボの菅野録音をマスタリングしていたら、
つまらない音のディスクになっていたはずだ。

現在オクタヴィアレコードから発売されているCD/SACDは、そうではない。

「菅野録音の神髄」が開場する前に、
菅野先生が江崎友淑氏の手をとって、
「君と出逢えてほんとうによかった」といわれたときいている。

Date: 1月 21st, 2018
Cate: 菅野沖彦

「菅野録音の神髄」(その6)

その4)、(その5)で引用したMC2500、Stasis 1での「THE DIALOGUE」の音の印象は、
ポジティヴな評価であり、「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」にはそうではない音の印象もある。

100機種ほどのアンプの総テストだけに、そうではない音の印象のほうが多い。
それらをここで引用はしないが、よく鳴ったときの音の印象、そうでないときの音のい印象、
自分「THE DIALOGUE」を真剣に鳴らしてみると、
どちらの意見も「たしかにそうだ」と感じられる。

それは「THE DIALOGUE」のCD/SACDのハイブリッド盤でも、まったく変らない。
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」ではアナログディスク。
つまりは江崎友淑氏によるマスタリングは、
オーディオラボ時代の音の印象そのままが継承されている、ということでもある。

菅野録音の本質を理解されているからこその、出来であることは、
「THE DIALOGUE」の一枚を聴いただけでもはっきりとわかることだ。

今回の「菅野録音の神髄」での音は、その意味で江崎友淑氏の音ではない、といえる。
アキュフェーズのプレーヤーとコントロールアンプとクリーン電源、
B&Oのスピーカーシステム、
それにそれぞれのスタッフ。
杉並区の中央図書館のスタッフ。

今回の音は、誰による音なのか、とおもう。
そういえばステレオサウンドの編集長の染谷氏も来られていた。

染谷氏による今回の音だったのか。
そのへんははっきりとしないが、「THE DIALOGUE」にかぎらず、
他のディスクでも、音に関してはあきらかに足りないものがあった。

曲と曲とのあいだの江崎友淑氏の話は、来てよかった、といえる内容だっただけに、
足りないものが、はっきりとしてくる感じでもあった。

江崎友淑氏は、菅野先生のことばを引用されて、こういわれた。
「録音は、再生に始まり再生に終る」

そうである。
けれど、このことばが、より重みを増すために必要な音、
つまり再生がなされていたとはいえなかった。

Date: 1月 21st, 2018
Cate: 「オーディオ」考

指先オーディオ(その1)

アナログでもっぽら信号処理をしていた時代から、
ツマミを動かすことで、さまざまなことができるようになってきた。

そこにデジタルが登場して、さらに範囲は拡がり、より細かな調整が可能になってきている。

なんらかのプロセッサーが目の前に一台あれば、
以前では簡単に変更できなかったパラメータをもいとも簡単にいじれるようになっている。

技術の進歩が、ツマミを動かすだけでなんでもできるようにしてくれる。
けっこうなことである。

けれど懸念もある。
その懸念が、指先オーディオである。

指先だけでかなりのことが可能になってきた。
便利な時代になってきた、とは思っている。

なのに指先オーディオなんて、ついいいたくなるのは、
何かを見失ってしまった人を知っているからだ。

彼は昔からパラメトリックイコライザー、グラフィックイコライザーが好きだった。
そのころは彼もまだ若かった。
それらのイコライザーに積極的であっても、指先オーディオではなかった。

けれどデジタル信号処理による、プロ用機器ではさまざまなプロセッサーが出てくるようになった。
それらを手にしたころから、彼は指先オーディオへと突き進んでいった。

歳をとったということもあるのだろう。
体を動かすよりも、指先だけで済むのだから(必ずしもそうではないが)、
そういうプロセッサーへの依存は強くなっていくのか。

高度なことをやっていると思い込んでしまっている彼は、
何も生み出せなくなってしまった──、
私はそう感じている。

彼ひとりではない、とも感じている。
指先オーディオは拡がりつつある、と感じている。

Date: 1月 20th, 2018
Cate: 菅野沖彦

「菅野録音の神髄」(その5)

「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」では、
スレッショルドのパワーアンプは三機種取り上げられている。
Stasis 3、Stasis 2、Stasis 1である。

Stasis 3では、菅野先生はこういわれている。
     *
それから「ダイアローグ」も、全体に落ち着いた、力がないということではないんてずが、おとなしい雰囲気で鳴らしてくれます。
     *
この発言のあとに柳沢、上杉両氏の発言があり、最後のほうでは、こうもいわれている。
     *
 いや、ぼくももうちょっと野性味みたいなものがほしいと思います。「ダイアローグ」でちょっと不満をいったのは、実はその点なんですね。決して物足りないとか、弱々しいというんではないんですが、やはり音の鳴り方が端正なんでしょうね。
     *
Stasis 3は760,000円だった。その上のStasis 2(1,138,000円)となると、
「ダイアローグ」の鳴り方は
《明らかにステイシス3よりも力強くたくましく鳴ってくれました。スリリングという店ではこちらの方がグーッときましたね》
と変化している。

Stasis 1は、モノーラル仕様で3,580,000円していた。
Stasis 2の三倍である。
しかも出力はどちらも200Wである。

けれど菅野先生の「ダイアローグ」について印象は、
Stasis 3、Stasis 2とは別格であることを感じさせてくれた。
     *
「ダイアローグ」はソリッドな音で、ドラムスの音なんていうのはものすごく詰っていて、何かそこから飛び出してくるんではないかと思えるほど緻密な音が聴けました。ブラシでタンバリンを叩いた音が空間にサーッと抜ける情景などは、音が見えるような感じです。
     *
これを読んだときは《何かそこから飛び出してくるんではないかと思えるほど》の音で、
「THE DIALOGUE」を聴いていたわけではなかった。

その感じは、アナログディスクからCD、SACDとなっても、確実に残っている。
うまく鳴ったときは、何かが飛び出してくるような、
それゆえにスリリングな感じがいっそう増してくるところがある。

他にも「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」からは、
「THE DIALOGUE」についてまだまだ引用したいところはあるが、
このくらいにしておこう。

Date: 1月 19th, 2018
Cate: 菅野沖彦

「菅野録音の神髄」(その4)

「THE DIALOGUE」を、菅野先生のリスニングルームで聴いた経験は、ない。
いちど聴きたい、と思ってきた。
でも聴くチャンスはなかった。

「THE DIALOGUE」を聴かせてほしい、とお願いしてれば聴かせてくれた、と思うけれど、
なんとなく言い出せなかった。

そんな私にとっての「THE DIALOGUE」の鳴り方のひとつのリファレンスは、
熊本のオーディオ店で瀬川先生が4343で鳴らされた音である。
「THE DIALOGUE」を初めて聴いたのが、そのままリファレンスとなっている。

そのうえで、1981年夏に出た「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」を読んだ。
この総テストで使われている試聴ディスクは、
シェリングとヘブラーによるベートーヴェンのヴァイオリンソナタ、
シルビア・シャシュのドラマティックオペラアリア集からベルリーニの「ノルマ」、
そして「THE DIALOGUE」の三枚である。

試聴メンバーは上杉佳郎、菅野沖彦、柳沢功力の三氏で、
試聴記は鼎談形式である。

試聴ディスクが三枚ということもあって、
具体的なことがけっこう述べられている。
「THE DIALOGUE」についても、特にそうだといえる。
菅野先生は、「THE DIALOGUE」の鳴り方について、ほとんどのアンプで語られている。

読みながら、こんなにもアンプによって鳴り方が変化するのか、と、
当時興味深く読むとともに、
「THE DIALOGUE」はどういう鳴り方をするものなのかを、
くり返し読むことで頭のなかで構築していった。

たとえばマッキントッシュのMC2500のところでは、こう語られている。
     *
 確かにいわれたように、コントロールアンプのボリュウム設定、つまりコンスタントなレベル設定をした場合に、パワーに余裕があるために他のアンプと桁違いにダイナミックレンジは広いですから、ピークが悠然と出てくるわけで、音楽の躍動感の次元が違ってきてしまうわけです。特に「ダイアローグ」を聴いたときの躍動感は、他のアンプと比べて1桁も2桁も違うという感じですね。
     *
これはどういうことかというと、柳沢氏が冒頭で語られている。
     *
 全体的な印象としては、まず圧倒的な音量感を特徴として挙げます。もちろんアンプはデカイ音を出せばデカイ音が出て、小さい音を出せば小さい音が出るのですけども、たとえば最初の「ヴァイオリン・ソナタ」で、ある音量を設定しておいて、それに見合う音量にして「ダイアローグ」をかけるわけです。ところが、その音量感が他のアンプと全然違うんですね。「ダイアローグ」のときは、今まで他のアンプで聴いていた「ヴァイオリン・ソナタ」との比率が比べものにならないくらい音量感が増してきて、ボリュウムを間違って上げすぎたかなという感じがするくらい、ダイナミックレンジの大きさを出してくれたんです。
     *
これは喫茶茶会記でのaudio wednesdayで鳴らしても感じていることだ。
audio wednesdayではアンプは固定だが、
チューニングをしていくと、あきらかにそう感じる。
音量感が増して聴こえるのだ。

Date: 1月 18th, 2018
Cate: 菅野沖彦

「菅野録音の神髄」(その3)

「5 Saxophones」、「SIDE by SIDE 2.」、「THE DIALOGUE」、
この三枚のディスクがかけられるであろうことは、
オーディオラボの録音を全部とはいわないまでも、
けっこうな枚数を聴いてきた人ならば、予想できていたはずだ。

「THE DIALOGUE」、
何が残念だったのかといえば、その音以前に、ボリュウム操作だった。
SACDプレーヤーのPLAYボタンを押してからの操作であった。

もう音が鳴り始めてからボリュウムを上げていては、
このディスクの一曲目の「ベースとの対話」においては、なおさらである。

なぜ、この曲だけ、そんな鳴らし方だったのか、といまも残念に思う。

今回の講演は「菅野録音の神髄」であって、
「菅野録音の神髄を聴く」ではない。
だから、それほど音に期待していたわけではない。

ただ、こうして書いているのは、音量設定も、その操作も含めての音であるからだ。

優に百回以上は聴いている「ベースとの対話」。
どういう音が鳴ってくるのか、熟知しているといえるにも関らず、
この「ベースとの対話」がうまく鳴った時の出だしの音のインパクトの強烈さ。

その音が鳴ってくるとわかっているにもかかわらず、ドキッとする。スリリングである。
なのに音が鳴り始めてからボリュウムを上げていては、
「THE DIALOGUE」を聴いていないのか、と問いたくなる。
(ボリュウムを含めての操作は江崎友淑氏がやられていたわけではない。)

かけなおしてもいいじゃないか、と思っていた。
ボリュウムをあげてからPLAYボタンを押すようにして、もう一度かければいいのに……。

でも残念なことに、そのまま最後まで鳴っていた。

江崎友淑氏の話の中に、曲を最後まで聴くことの大切さがあった。
最後まで聴く、ということは最初から聴く、ということである。

そこが忘れられた「THE DIALOGUE」だった。

Date: 1月 18th, 2018
Cate: 菅野沖彦

「菅野録音の神髄」(その2)

菅野先生は挨拶をされて、すぐに楽屋にひっこまれた。

それからアキュフェーズと B&Oのスタッフによる器材の説明があって、
「菅野録音の神髄」が始まる。

最初にかけられたのは「5 Saxophones」だった。
この曲だろうな、と思っていた。
菅野先生のリスニングルームでも、「5 Saxophones」だったからだ。
もちろんSACDである。

それから「SIDE by SIDE 2.」、
そして「THE DIALOGUE」、
最後にアナログディスクで、宮沢明子によるモーツァルトのピアノ協奏曲だった。

四枚のディスクのあいだに江崎友淑氏の話があった。

「5 Saxophones」は菅野先生のところで 何度も聴いている。
その音が、私のなかではリファレンスとなっている。
なにも、菅野先生のリスニングルームで鳴っていた音のままで、
「5 Saxophones」が鳴るとは思っていない。

けれど、そうとうに違う。
録音の優秀さは伝わってきても、「5 Saxophones」の楽しさは、残念ながら伝わってこなかった。
音量も低めだな、と思っていた。

菅野先生は、けっこうな音量で鳴らされていた。
その音量も、私にとっては基準のひとつになっている。

「SIDE by SIDE 2.」のピアノはよかった。
いちばん残念だったのが「THE DIALOGUE」だった。

Date: 1月 17th, 2018
Cate: ユニバーサルウーファー

電子制御の夢(ウーファーの場合・その1)

MFB(Motional Feedback)なしにカッティングできないくらいに、
アナログディスクをつくるうえでは不可欠の技術である。

再生側においては、MFBはおもにスピーカーに使われる。
フィリップスの小型スピーカー、RH541、RH545のウーファーにはMFBがかけられていたし、
ドイツのBackes & Müller(B&M)は全帯域にかけている。
それからインフィニティのIRSのウーファータワーもそうだ。

日本では、無線と実験やラジオ技術では、
私がオーディオに興味をもちはじめる前の時代、
かなりMFBの記事が載っていた、ときいている。

スピーカーの場合のMFBは、
振動系の運動に比例した信号を、駆動するアンプの入力にフィードバックすることで、
振動系の制御を積極的に行う技術である。

MFBを適切にかけることで、スピーカーの特性を改善できるわけだが、
それだけに振動系の動きをどう検出するか、
振動系の速度なのか、振幅なのか、加速度なのかも重要となる。

以前はMFBをかけることを前提として、ボイスコイルをふたつもつユニットもあった。
ひとつは通常のボイスコイルで、追加されたボイスコイルは検出用である。
この方式だと、ボイスコイルの振幅速度に比例した電圧が得られる。

けれど、これでは振動系の制御とはいえない。
振動系の駆動部分の制御といえよう。

振動系の動きをどう正確に検出するか。
MFBという技術があると知った時に、あれこれ考えた。
考えれば考えるほど、いかに難しい、ということになる。

そんなこともあって、MFBそのものに関心をもたなくなった。

Date: 1月 17th, 2018
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(つくる・その18)

「かっこいい音だな」というのは、
実のところは「かっこいい録音だな」である。

それはわかったうえで、「かっこいい音だな」を嬉しく受け止めていた。

そのディスクにおさめられているのがかっこいい録音であっても、
それが必ずしもかっこいい音で鳴ってくれるわけではない。

いい音で鳴ってくれたとしても、かっこいい音だな、と思わせるかどうかは、
微妙なところで違ってくることでもある。

かっこいい録音がかっこいい音で鳴ってくれるくれるための条件とは……、
なかなか難しく、いまのところ、これとこれとこの条件を満たせば……的なことはいえない。

とにかくSICAのフルレンジユニットは、CR方法と、もうひとつのことで、
文字通り見違えるほどよくなった。

振動板の質が良くなったようにも聴こえるし、
別項でも書いているように、聴感上のS/N比の向上が、
聴感上のfレンジの向上に結びついている。

今回やったことを施す前の音は、トゥイーターが欲しくなる感じだった。
今回の音はトゥイーターが不要とまではいわないが、これはこれでいいな、と思えるし、
この状態まで最低でももってきたうえで、トゥイーターを追加すべき、だとも思う。

高域がのびいていない、もう少し繊細な音が欲しい、とか、そういう理由で、
すぐにでもトゥイーターを付ける人はけっこう多い。

つい先日も、あるサイトで小口径フルレンジにトゥイーターを追加した記事があった。
個人サイトではない。
タイミングのいい記事というか、とにかく読んだ。

40年前に読んだ記事かと思うほどに、何ら進歩を感じない内容だった。
こんな記事は、これまで何本も見てきた。

その記事は初心者向けに書かれているのだろう。
編集者からの要望通りの内容なのだろう。

そのへんのことはわかったうえで、
その記事を読まされる初心者は恵まれていない、といおう。
あまりにも安易すぎるのだ。
昔のままの安易さが、そのまま残っている。

Date: 1月 17th, 2018
Cate: Noise Control/Noise Design

聴感上のS/N比と聴感上のfレンジ(その7)

喫茶茶会記のスピーカーで、トゥイーターだけはCR方法がこれまでは試せなかった。
グッドマンのトゥイーターはハウジング内にハイパスフィルターが内蔵されていて、
それをパスすることができないからだ。

10月のaudio wednesdayから、トゥイーターはJBLの075にしている。
だからトゥイーターにもCR方法を実践できようになったし、もちろんやっている。

その効果は、来ている人がみなつけたほうがいい、という。
もちろんスコーカーのアルテックのドライバーにも取り付けてある。
これですべてのユニットに対して施してある。

そして別項で書いているSICAの10cmのダブルコーンのフルレンジユニットにもやっている。
ここでの効果は、喫茶茶会記のスピーカーユニットにひとつずつ試した時よりも大きかった。

フルレンジということもあろう、
それからスピーカーユニットとアンプとのあいだにネットワークがないことも、
深く関係しているのかもしれない。

CR方法については、(その1)で書いている。
私がこれまで試したところでいえば、
抵抗はDALEの無誘導巻線抵抗にかぎる。
この抵抗は、秋葉原の海神無線で入手できる。

DALEの無誘導巻線抵抗は、カーボン抵抗や金属皮膜抵抗に比べると高価だ。
といっても一本数百円である。

それからコンデンサーのリード線をユニットのアース側にもってきたほうが結果はいい。

既製品のスピーカーでは試しにくいモノもあろうが、
自作スピーカーであれば、試してみることはそんなに面倒でもないはずだ。
フルレンジユニットであれば、もっと簡単に行える。

ただしいずれも場合も、スピーカーユニットの端子に直接最短距離で取り付けるべきだ。

聴感上のS/N比の向上というと、機械的な雑共振を抑えることと受け止められるし、
たしかに機械的雑共振をどう抑えるかは、ひじょうに重要なこきとであるが、
同時に電気的な共振を抑えることも、聴感上のS/N比の向上には効く。

CR方法が実際にどう作用しているのかはっきりとしたことはいまのところいえないが、
少なくとも聴感上のS/N比は向上するし、聴感上のfレンジも上のほうにのびていく。