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Date: 9月 23rd, 2018
Cate: ディスク/ブック

A CAPELLA(とMojo・その3)

CDの登場は1982年10月。
翌年にはヤマハから10万円を切るCD-X1が出た。

第一世代のCDプレーヤーは、各社どれも15万円ほどか、それ以上していた。
ソニーのCDP101が168,000円だった。

そこにヤマハが99,800円でCD-X1を出してきた。
ヤマハの最初のCDプレーヤーCD1は250,000円していた。

CD-X1は10万円を切った、ということで話題になった。
ヤマハは、CDプレーヤー関連においては、価格的に挑戦していたところがある。
セパレート型が登場後、D/AコンバーターDX-U1を69,800円で出してきていた。

CDプレーヤーの価格に関しては、第一世代とそれ以降の製品を同列には比較し難い。
明らかに国産メーカーの第一世代のCDプレーヤーは、戦略的に価格を抑えていた。

CDP101の168,000円を、いまの若い世代の人たちがどう思うのかはなんともいえないが、
中を見れば、同価格の他のオーディオ機器(アンプ)と比較しても、
儲けが出るのだろうか、と思った。

事実、信頼できるところから聞いているが、
ヤマハのCD1は本来ならば40万円くらいの価格になる中身である。
CD1のことだけ具体的に書いているが、これは他のメーカーも同じだったはずだ。

とにかくCDとCDプレーヤーを普及させたい、というメーカーの意図(思惑)が、
第一世代のCDプレーヤーの価格である。

いま考えると、第一世代のCDプレーヤーは、製品ではあったけれど商品と呼べたのか、と思う。
儲けは出なかった、けれど、ここで普及への突破口となれば、
第二世代、第三世代……で利益をあげることができる、その意味では商品といえるのかもしれないが、
製品と商品について考えるうえで、第一世代のCDプレーヤーは興味深い。

ヤマハのCD-X1を見て触ったとき、
はっきりと第一世代には感じられなかったコストということが、そこにはあった。
CD-X1は利益の出る製品だった。つまり商品といえる最初のCDプレーヤーだったのかもしれない。

CD-X1もDX-U1も、そのころはステレオサウンドにいたから、じっくりと聴いている。
そこでは、音を聴いての驚き、
つまり今回のMojoを聴いての驚きはなかった。

だから、Mojoの音には、その音を聴いたときに驚き、
こうやって書きながら、もう一度驚いているわけだ。

Date: 9月 22nd, 2018
Cate: ディスク/ブック
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A CAPELLA(とMojo・その2)

数日前に、写真家の野上眞宏さんから「Mojoで遊びましょう」という誘いがあった。
それで昨晩は、野上さんのところに行っていた。

MojoはWindowsパソコンとUSBで接続されていた。
ヘッドフォン端子からの出力をRCAに変換するアダプターがつけられていた。

記憶にある(といっても三ヵ月半ほど前のこと)以前のD/Aコンバーターの音とは、
あきらかに違うけれど、良さもあればそうでないと感じるところもあった。

途中で以前のD/Aコンバーターも試しに鳴らしてみる。
もう一度Mojoに戻して、少しセッティングを変える。
ちょっと面白い置き方も試した。

その音は良くても、実用性には欠ける。
そんなことをやっていると、音も変っていく。
といっても、何か特別なアクセサリーを使ったわけではない。
細かなことは書かないが、なんだぁ〜、と思われるようなことをいくつかやっただけ。

いくつかのアルバムを聴いてカンターテ・ドミノ(DSD)を聴くころには、
いい感じで鳴るようになってきた。
その次に、シンガーズ・アンリミテッドの“A CAPELLA”。

これが驚くほどの音だった。
Mojoの筐体についている三つのインジケーターの一つは、
色で入力されているデジタル信号の状態を示す。

“A CAPELLA”では44.1kHzを示す色になっている。
CDをリッピングしたものだから、とうぜん44.1kHzである。

なのに聴いている印象は、ハイレゾ音源? とMojoのインジケーターを確かめるほどに、
うまいぐあいに鳴っている。

CHORDのD/Aコンバーターは、Mojoの上にQUTESTはがあり、
その上にはHUGO 2、HUGO TT、DAVEがある。

MojoよりQUTEST、QUTESTよりHUGO 2……、
そんなふうに音そのものは良くなっていくはずだ。

MojoとDAVEを直接比較すれば、きっと大きな差に驚くとは思う。
でも、それは当り前のことであり、そうでなければ困る。

MojoとDAVEを直接比較しての驚きと、
Mojoを聴いての、特に昨晩の“A CAPELLA”の音での驚きは、
同列には比較できない性質の違いがある。

Mojoでの“A CAPELLA”の音には、野上さんも驚かれていた。
目の前にあるのは掌サイズのD/Aコンバーターであり、
価格も50,000円前後である。

ソニーが最初に出したポータブルCDプレーヤーのD50も、同じような価格だった。
1984年に発売されている。
D50の音はイヤフォンでも、スピーカーでも聴いている。

その後も、いくつかのポータブルCDプレーヤーは聴いている。
イヤフォンで主に聴いたし、中にはスピーカーで聴いたモノもある。

単体のCDプレーヤーとD/AコンバーターとしてのMojoを比較するのは、少し無理があろう。
それでもどちらも掌サイズで、
価格も近い(といっても年代的な差を考慮すればMojoの価格もスゴい)。

Date: 9月 22nd, 2018
Cate: ディスク/ブック

A CAPELLA(とMojo・その1)

昨日(9月21日)は、新しいiPhoneの発売日だった。
最初のiPhoneから11年。

ハードウェアの進歩は、デジタルとはそういうものだ、と頭ではわかっていても、
やはりスゴいと思うほどである。

処理速度も速くなっているけれど、それ以上に搭載されているカメラの進歩は、
直接ヴィジュアルであるだけに、その進歩ぶりはよりはっきりと実感できる。

私がデジタルカメラに初めて触れたのは、カシオのQV10だった。
1994年発表、1995年3月発売。
知人が買ったのを触らせてもらった。

私がデジタルカメラを買ったのは、キヤノンのPoweShot A40で、2002年だった。
いまは単体のデジタルカメラは持っていない。
iPhoneのカメラを使っているだけだ。

直接、QV10、PoweShot A40の画質と比較したわけではないが、
ここまでコンパクトになって,ここまで簡単に、ここまでキレイに撮れるようになったのは、
競争の激しい世界だからこその進歩なのとはわかっていても、驚異的に近い。

それに較べるとオーディオは……、とつい言いがちになってしまうけれど、
昨晩、聴いたCHORDのMojoには驚いた。

MojoはD/Aコンバーター搭載のヘッドフォンアンプとなるのか。
出力はヘッドフォン端子のみである。

掌にのるサイズ、重量も180gしかない。
価格も安い。
それでもPCMは768kHz/32ビット、DSDは11.2MHzまで対応している。

これまでヘッドフォンアンプとして聴いたことがある。
けれど、スピーカーを通してMojoは聴いたことはなかった。

Date: 9月 21st, 2018
Cate: ディスク/ブック

FAIRYTALES(その3)

MQA-CDは、CDと互換があるからこそD/Aコンバーターが対応していれば、
ピックアップ部分、トランスポートは従来のCDのそれでいいわけだ。

ということはハイブリッドSACDのCDレイヤーをMQA-CDとすることも可能なはずだ。
何の問題もない。

そういうハイブリッドSACDが出ているのかどうか、知らなかった。
今回メリディアンのULTRA DACを聴いてからというもの、
MQAについての勉強をしているところである。
不勉強であった。それゆえにどんなディスクがあるのかをほとんど知らない。

いましがた帰宅した。
郵便受けに届いていた。
先日、注文したラドカ・トネフのFAIRYTALESである。

封を切ってみると、MQA-CDのマークとともにSACDのマークも入っている。
Hybrid SACDとも表記してある。

やっぱりあるんだ、と思ったし、
技術的にはなんら問題はないことの確認でもある。

項を改めて書く予定でいるが、世の中にはMQAを誤解している人が少なからずいる。
今回MQAで検索してみて、初めて知った。

MQAは非可逆圧縮だからダメ、と書いている人もいたし、
ハイレゾではない、とまで書いている人もいた。

MQAに非可逆圧縮の領域があるのは確かである。
けれど、あくまでも、その領域があるということであって、
全領域が非可逆圧縮なわけではない。

他にも書いておきたいことはいくつもあるが、
ここで書くことではないので、このへんにしておくが、
MQAがどういう技術か、そのことを知る前に、
まずULTRA DACでMQA-CDの音を聴いてほしい、とおもう。

MQAについて勉強するのは、その方がずっといい。

ULTRA DACの音を聴いて、それでもMQAに対して否定的であるのならば、それはそれだ。
少なくとも、私は、そういう人と音楽、音、オーディオについて語ろうとは思わないし、
そんな人と酒をのみながら、あれこれ話すことは絶対にないだろうから、
つまり完全に無関係な人だから、好きにやってくれ、というしかない。

FAIRYTALESが、MQA-CDとSACDのハイブリッド盤であるということは、
自信のあらわれであろう。

Date: 9月 20th, 2018
Cate: ちいさな結論

ちいさな結論(「音は人なり」とは)

毒をもって毒を制す。

オーディオ機器ひとつひとつに、それぞれの毒がある。
聴き手にも、その人なりの毒がある。

それ以外の毒もある。
いくつもの毒がある。

それらから目を背けるのもいい。
けれど、毒をもって毒を制す、
そうやって得られる美こそが、音は人なり、である。

Date: 9月 20th, 2018
Cate: ディスク/ブック

FAIRYTALES(その2)

ラドカ・トネフのFAIRYTALESを聴いた時から思っていたのは、
山中先生はどうやって、このCDに出逢われたのだろうか、だった。

黒田先生は、ステレオサウンド 56号に「異相の木」を書かれていた。
ヴァンゲリスの音楽について書かれた文章だった。

「異相の木」の書き出しはこうだった。
     *
 庭がある。ほどほどの広さの庭である。庭ともなれば、木の一本や二本うわっていても、おかしくはない。なるほど、それらしい木が、それらしくうわっている。春には、花も咲いたのかもしれないが、いまはみあたらない。
 庭には、おのずと、主がいる。それらしい木をそれらしくうえた人間である。木は、松であったり、杉であったり、檜であったり、桐であったりする。つまり、木であれば、なんでもかまわない。いずれにしろ木である。その木が、そしてその木のうえられ方、ひいてはそだち方が庭の主を語る。
 ひどく手入れのいい、そのために人工的な気配さえただよう庭が、一方にある。むろんそういう庭には、雑草などはえているはずもない。「見事な庭ですね」と、そこをおとずれた人は、きまっていう。そういわれるのが、その庭の主は好きである。庭の主は、そういわれたいばかりに、しばしば、そこに人をまねく。まねかれる人は、庭の見事さを理解する、いわゆる通にかぎられる。「この木はなんですか、松ですか杉ですか」などととんちんかんなことを口走る人間は、その庭の主の客とはなりえない。
     *
「異相の木」での庭とは、レコードコレクションを指している。
その上での、ヴァンゲリスの音楽が、黒田先生の「庭」にとっては異相の木である。

ラドカ・トネフのFAIRYTALESは、
どこか山中先生にとっての異相の木のようにも感じていた。

そのことについて訊くことはしなかった。
ハイレス・ミュージックのサイト内のMQA-C Dソフト情報のところには、
ボブ・スチュアートの名前がある。

山中先生は、ボブ・スチュアートからFAIRYTALESをすすめられたのだろう。
ハイレス・ミュージックの鈴木秀一郎さんは、
ボブ・スチュアートに頼まれて、
ステレオサウンドから出ている山中先生の著作集をイギリスに送られた、とのこと。

きっと深い交流があったのだろう。
こういうことをきくと、山中先生が試聴室で鳴らされたメリディアンの音のことを思い出す。
ラドカ・トネフのFAIRYTALESによって、いくつかのことがつながっていくようだ。

山中先生にとってFAIRYTALESが異相の木だったのかどうかは、わからない。
私が勝手にそうおもっているだけである。

私にとっては、どうだったのか。
遠ざけてきたわけだから、異相の木なのかもしれないし、そうでないのかもしれない。

Date: 9月 19th, 2018
Cate: ディスク/ブック

ADORO, LA REINE DE SABA

ADORO, LA REINE DE SABA、
こう表記すると、どのディスクのこと? と思われるだろうが、
日本語表記では「アドロ・サバの女王」である。

今日(9月19日)は、ユニバーサルミュージックのハイレゾCD名盤シリーズ
邦楽シリーズの発売日である。
MQA-CDでの発売である。

すでに何度か書いているように、今日発売の30タイトルの中に、
グラシェラ・スサーナの「アドロ・サバの女王」がある。
MQA-CDだから、いまのところ聴く環境を持っていないが、
ディスクだけは買ってきた。

ハイレゾCD名盤シリーズは、邦楽だけでなく、洋楽、ジャズ、クラシックも既に発売されているが、
生産限定盤であるから、無くなってしまったら買えなくなる。

メリディアンのULTRA DACでのMQAの音を聴いて二週間。
あの音は、いまも、そしてこれからも耳に残っていることだろう。

いま買っておかないと、いずれ後悔する。
それに一枚でも多く売れれば、次回があるかもしれない。
グラシェラ・スサーナの他のアルバムも、MQA-CDとして登場してくる可能性が芽生えるかもしれない。
そうなってほしいと、思っている。

Date: 9月 19th, 2018
Cate: ディスク/ブック

FAIRYTALES(その1)

Radka Toneffの名前を久しぶりに目にした。
ラドカ・トネフ、ノルウェーの女性歌手だった。

ラドカ・トネフのFAIRYTALESを聴いたのは、もう30年ほど前のこと。
ステレオサウンドの試聴室で、山中先生がもってこられたCDの一枚が、FAIRYTALESだった。

何の試聴だったのかを、なぜか憶えていない。
どのオーディオ機器で聴いたのかも、不思議と憶えていない。
そのくらい、ラドカ・トネフの歌の衝撃が大きすぎた。

山中先生は、「これ」といってディスクを渡された。
ジャケットのイラストを見ても、どんな音楽が鳴ってくるのかはわからなかった。

ディスクをCDプレーヤーにセットして再生する。
私だけでなく、その時、試聴室に他の編集者も衝撃を受けたようだった。

山中先生は、我らの表情を見て、そうだろ、というような顔をされていた。
ラドカ・トネフのFAIRYTALESは、私も買ったし、他の編集者も買った。

FAIRYTALESには、いいようのない雰囲気があった。
たじろぐようなところもあった。

それゆえ、愛聴盤とはいえないところもある。

ラドカ・トネフについて詳しいことは知らない。
FAIRYTALESの録音後に自殺していることだけは、聴き終ったときに山中先生から聞いている。

歌い手の自殺(自殺でなくても、事故死、病死であっても)と、
その歌とを、結びつけようとは思わない。
世の中には、自分だけの物語をつくって、深く(勝手に)結びつける人もいるけれど、
私は、そういうことには興味がない。

そんな私でも、FAIRYTALESは何かが違う、と感じた。
物語をつくったりはしないが、遠ざけてきた一枚である。

そのFAIRYTALESが、MQA-CDになっている。
メリディアンの輸入元ハイレス・ミュージックのサイトを見ていて、見つけた。
MQA-C Dソフト情報のページの中ほどに、ラドカ・トネフのFAIRYTALESのことが載っている。

手に入れなければ! と昨晩思っていた。

FAIRYTALESは、限定盤である。
枚数もごくわずかである。
注文方法も、ハイレス・ミュージックのサイトに書いてある。

Date: 9月 18th, 2018
Cate: オーディオマニア

オーディオマニアと取り扱い説明書(その6)

その2)で、MA7900のUSB端子によるデジタル入力を使うには、
入力セレクターをまわしていけばいいというものではないことを書いた。
バランス入力に関しても同じある。

入力セレクターどれだけまわしても、バランス入力になるわけではない。
ここでまた取り扱い説明書が必要になる。

しかもMA7900の取り扱い説明書は印刷物を綴じているわけではない。
一枚一枚バラバラの状態である。
こうなると、さらに面倒に感じてしまう。

それでもわかりやすい取り扱い説明書ならば、ここにこんなことを書きはしない。
いまではオーディオ機器がどんどん高価になっていっている。
そんな状況では、マッキントッシュのMA7900は、さほど高価とはいえなくなっているのかもしれない。
それでも現実には、数十万円の出費を要する。

そういうオーディオ機器の取り扱い説明書が、これなのか、と少々がっかりもする。
MA7900は、その機能の割にフロントパネルのツマミが少ないのは、
その3)でも書いているように、整理と省略を意図して、のはずだ。

私はMA7900に触れるのはaudio wednesdayで、月一回だけである。
そのくらいの頻度だから、バランス入力に切替えるにしても、
取り扱い説明書が必要になるし、その取り扱い説明書のどこに書いてあるのかをまず探す。
それから取り扱い説明書を見ながら、いじるわけだ。

一回やれば、難しいことではない、のはわかる。
ければ、月一回しか触らない私には、
次に同じようなことをやろうとしたときには、また忘れたりする可能性もある。

さすがに、今回のことで、入力セレクターに関しては、忘れないだろうが、
こんな感じで触っていると、ちょっといらいらする。
いらいらしながら、これはマッキントッシュの製品なのだろうか、と悪態をつきたくなる。

以前のマッキントッシュならば、こんなことを思いはしなかったはずだ。
そういえば、そのころのマッキントッシュの取り扱い説明書は、どんなふうだったのだろうか。
いまごろになって気になっている。

Date: 9月 18th, 2018
Cate: 新製品

新製品(QUADのヘッドフォン)

コンデンサー型スピーカーといえば、
イギリスのQUAD、日本のスタックスという時代があった。

そういう時代にオーディオに関心をもった私にとって、
スタックスはコンデンサー型ヘッドフォンに積極的であるのに、
QUADは……、と思ったことがあった。

QUADの創業は1935年、スタックスは1938年。
スタックスはSTAXで、アルファベット四文字、QUADもそうだ。

イギリスと日本、
どちらも島国である。

創業した年が近く、いくつかの共通点があり、どちらもコンデンサー型スピーカーを作ってきた。
けれどQUADには、これまでヘッドフォンはなかった。

QUADの創業者のピーター・ウォーカーの方針だったのだろう。
それでもオーディオマニアとして、QUADのESLを鳴らしてきた者として、
それに修理が必要とはいえESL63 Proをいまも所有している私としては、
出てこないだろう、とわかっていても、どこかでQUADのヘッドフォンの登場、
もちろんコンデンサー型ヘッドフォンの登場を待ち望んでいた。

いまのQUADにピーター・ウォーカーは当然いない。
息子のロス・ウォーカーもいない(はずだ)。

いまのQUADは、昔のQUADではない──、
そんな言い方は確かにできる。
それでもQUADはQUADだ、ということを、
今回のQUAD初のヘッドフォンERA1の記事を読んで、そう感じた。

心が騒ぐからだ。

ここまで書いて、もう一度当該記事を読み返した。
コンデンサー型ではない。
コンデンサー型の技術を活かしたダイナミック型である。

わずか15分くらいのワクワクだった。
それでも、このワクワクは楽しかった。
「QUADがコンデンサー型ヘッドフォンを開発」は、いつか実現するのかもしれない。

その時は、ほんとうのワクワクがあるのだろうか。

Date: 9月 17th, 2018
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その24)

そういう違いのある、MCD350の音とULTRA DACの音で「Moanin’」を聴いている。
MCD350によるSACDの音を基準とすれば、
ULTRA DACによるMQAディスクの音は、やや暗いと受けとられるし、
後者の音を基準とすれば、MCD350での音は明るすぎる、ともなる。

どちらの鳴り方が「Moanin’」なのか。
「Moanin’」はmoanから来ている、とある。

moanには、 (苦痛·悲しみの)うめき(声) 、
〈不幸などを〉嘆く、悲しむ、〈死者を〉いたみ悲しむの意味がある。

そんなmoanの意味を知れば、ULTRA DACでの「Moanin’」なのかとも思う。
クラシックを主に聴いてきた私は、
「Moanin’」の鳴り方はこうでなくては、というのがまだ形成されていない。

「Moanin’」の意味を考えずに、能天気に聴いているのであれば、
MCD350の音も気に入っている。
それでも、一度「Moanin’」の意味を知ろうと思ったのであれば、
聴き方も自ずと変ってくるというものだ。

ULTRA DACでの「Moanin’」も、やはり静かだ。
静かであっても、いわゆる鉛などを使った鈍重な静けさの音が、
角を矯めて牛を殺す的に陥りがちであるのとは違う。

躍動している。
バド・パウエルの「Cleopatra’s Dream」も聴いた。
このディスクは、こうあってほしい、というイメージが私にもある。

もう少しセッティングを詰めていったら──、と感じもしていたが、
それでもベクトルは一致している。
ならば「Moanin’」も、ULTRA DACでの音こそ、となるのか。

「Moanin’」のDSDファイルをULTRA DACで鳴らした音も、
だから無性に聴きたい。

Date: 9月 17th, 2018
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その23)

audio wednesdayで、D/Aコンバーターをつけ加えたことは三度ほどある。
一度はオーディオアルケミーの安価なモノ、
それからマイテックデジタルのManhattanにしたことが二回あった。

ラックスのD38uを使っていたころである。
オーディオアルケミーだと、D38uのままで聴いた方が好結果だった。
Manhattanでは、D38uに感じていた不満なところがほぼなくなる。
それでもホーン鳴きが明らかに減った、という印象はなかった。

マッキントッシュのMCD350の筐体は、お世辞にもがっしりしているわけではない。
指で叩けば、そこそこ雑共振といえる音がする。

D38uは外装のウッドケースを外すと、内部が見える構造である。
MCD350よりは雑共振も少ない。

ホーン鳴きが気になるのは、このへんのことも関係している。
どんなオーディオ機器でも、実際に自分の手で持ってみた時の感触は、
わりあいそのままと音として出てくるところがある。

雑共振のかたまりのようなつくりのオーディオ機器から、澄んだ音が聴けたためしは一度もない。

MCD350のシャーシーの共振点と811Bのホーン鳴きは、近いところにあるのかもしれない。
MCD350にしてから、特にSACDを聴いていると、ホーン鳴きを以前よりも意識することが多くなった。

SACDの情報量の多さが、
MCD350のシャーシーの共振と相俟って811Bのホーン鳴きと浮び上らせているようだ。

ULTRA DACでは、そこが違った。
Manhattanでは、そうは鳴らなかった。
けれどULTRA DACでは、ホーン鳴きが抑えられているように感じる。
情報量は多いにも関らずだ。

ULTRA DACのシャーシーは雑共振がするような造りではない。
そのことだけでホーン鳴きが耳につかないわけでもないようだ。

ULTRA DACの帯域バランスというか、
エネルギーバランスも関係してのことのようにも感じている。

とはいえ、9月5日の試聴だけでは、そこまで断言できないものの、
しっかりとしたエネルギーバランスがあってこそのホーン鳴きの少なさではないのか。

Date: 9月 17th, 2018
Cate: 日本のオーディオ

日本のオーディオ、これまで(メタルテープ)

カセットテープ、カセットデッキに強い関心をもてなかった私だけれど、
メタルテープの登場には、やはり目を奪われた。
スゴいテープが出てきた、と思った。

自分でも使ってみたい、と思ったけれど、
そのころ私が使っていたカセットデッキはメタルテープ対応ではなかった。
それでも、メタルテープの実力は何度か聴いている。

結局、何を録音するのかを冷静に考えれば、
カセットデッキにメタルテープというのは、もったいないのかも……、とおもいもあった。

だからオープンリールテープがいつメタル化するのだろうか、とも思っていた。
オープンリールデッキにメタルテープ、それも2トラック38cm/sec。
どういう音がするのだろうか、と想像力をたくましくしていた時期があった。

価格もいったいどれだけ高価になるのだろうか、とも想像していた。
10号リールのメタルテープ、相当に高価になったはずだ。

結局、オープンリールのメタルテープはあらわれなかった。
どこも開発しようとしなかったのか。
そうとは思えない。

どこかはやっていたはずだ。
その音を聴いた人もいるはずだ。
どんな音がしたのだろうか。

Date: 9月 17th, 2018
Cate: MERIDIAN, ULTRA DAC

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その22)

それから忘れてはならないのが、
アルテックのホーン鳴きが、いままでほど気にならなかったことだ。

806Aドライバーは811Bホーンに取り付けられている。
811Bはホーン自体にデッドニングを一切施していない。

ホーン鳴きに対して、喫茶茶会記の811Bに何もしていないわけではないが、
積極的にやっているわけでもない。デッドニングはしていない。

ホーン鳴きは、確かに気になる。
けれどかける音楽よっては、いい方向に作用してくれることだってある。
それは、やはり金管楽器の鳴り方には、うまく作用することがある。

今年になってよくかけているのが、アート・ブレイキーの「Moanin’」。
「Moanin’」では811Bのホーン鳴きがむしろ心地よい、というより快感でもある。
これぞブラス! といいたくなるほど、うまくはまる。

圧縮された空気が開口部から一気に放射される金管楽器ならではの鳴り方は、
単にエネルギー感がうまく再現できたり、立ち上りがはやいからといって、
それだけで満足のいく鳴り方をしてくれるとはかぎらない。

昔ながらのホーン型で聴くと、それは、いわばホーン型特有の毒とわかっていても、
その魅力は認めざるをえない。

MQAディスクにも、「Moanin’」はある。
ユニバーサルミュージックのカタログをみると、
「Moanin’」のSACDとMQAディスクのマスターは同じようである。

ULTRA DACでの「Moanin’」のMQAディスクは、
MCD350で再生したSACDとはずいぶん違う。

明るさでいえば、MCD350でのSACDである。
けれど、いつも聴いていて感じているのは、ホーン鳴きによる効果と、その悪さである。
金管楽器の金属の厚みが、少し薄いように感じなくもない。

ULTRA DACで再生したMQAディスクの「Moanin’」は、明るくはない。
けれど、楽器の金属の薄さは感じなかった。
それにホーン鳴きの悪さを、さほど感じない。

これは少々意外だった。
アンプも同じ、スピーカーも同じ。
実はホーンの置き方をわずかに変えていたけれど、
それは以前、何度か試していて、どういう音の変化なのかはわかっていた。

それを考慮しても、意外に感じるほど、ホーン鳴きに耳につきにくい。

Date: 9月 17th, 2018
Cate: Marantz, Model 7

マランツ Model 7はオープンソースなのか(その6)

四年前に、ある記事を読んだ。
それがきっかけで、マランツのModel 7はオープンソースなのか、ということを考えるようになった。

その『多くのファンを魅了しながら突然姿を消した謎の天才オーディオエンジニア「NwAvGuy」』で知ったのだが、アメリカにはNwAvGuyと名乗る匿名のエンジニアがいる。
2012年を最後に、なぜかぷっつり活動を止めてしまっているようだが、
彼が設計したヘッドフォンアンプとD/Aコンバーターは、かなり安価に製作できるにも関らず、
かなりの高音質で話題になった、とある。

NwAvGuyは、回路図をオープンソースとして公開している。
詳しいことは、上記リンク先の記事を読んでほしい。

オープンソースの規約に基づいて製品化もなされている。
いま現在も購入できる。

回路図だけでなくプリント基板のパターンも公開されている。
製品化されたモノを買わなくとも、腕に自信のある人ならば、完全なコピーを作ることも可能だ。

同じことは、無線と実験、ラジオ技術などの技術誌の自作記事でもいえる。
回路図は公開されている。
プリント基板のパターンも同じく公開されている。
シャーシーの加工図もある。
部品の指定もある。

同じといえば同じである。
けれど、それらの記事のアンプが、オープンソースを謳うことはなかった。
当り前といえば当り前のことなのだが、
オーディオ雑誌でのアンプの自作記事を数多く、それまで見てきた者にとっては、
NwAvGuyのオープンソース宣言は、そういう考え方もできるんだな、と多少の驚きがあった。

オープンソースという言葉が生れたのは1998年らしい。
もちろんコンピューターのソフトウェア関係から生れている。

それまでそういう言葉、そういう考え方は、オーディオの世界にはなかったといってもいいのだから、
雑誌記事の回路図、プリント基板のパターン、
それだけでなく、マランツやマッキントッシュQUADなど、
過去のアンプの回路図もまた公開されてきたけれど、
それらをオープンソースと呼ぶ人は誰もいなかった。

けれどいわれてみれば、オープンソースなのかもしれない、と思う。
マランツのModel 7にしても回路図、その他はさまざまなところで公開されている。
解説記事もいくつもある。

Model 7はプリント基板を使うわけではないから、自作の難度は低くはない。
それでもデッドコピーを作るのに不足している情報はない、といってもいい。

これがマッキントッシュの真空管パワーアンプだと、
回路図、コンストラクションはマネできても、出力トランスだけは無理である。

その点、Model 7はコントロールアンプだから、その厄介さはない。
だから、ここでのタイトルは、マランツのModel 7なのである。