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Date: 11月 17th, 2018
Cate: Jazz Spirit

喫茶茶会記のこと(その7)

喫茶茶会記のことが、ARBANというサイトで紹介されている。
ARBANは、ジャズを中心としたカルチャーメディア、とのこと。

ジャズ喫茶として紹介されている。

Date: 11月 16th, 2018
Cate: ショウ雑感

2018年ショウ雑感(その17)

十日ほど前に話していた人がいった。
「インターナショナルオーディオショウは、今年は菅野先生追悼という感じになるんですかね?」と。
そんなふうにはならないよ、たぶん、と答えた。

二時間半だけしかいなかったけれど、そういう雰囲気は微塵もなかった。
そうだろう、と思う。
菅野先生はここ十年ほどインターナショナルオーディオショウに来られていない。

菅野先生はいつも、その日の最後はタイムロードのブースで講演されていた。
いつごろからそうだったのかは知らないが、
少なくとも私がインターナショナルオーディオショウに行きはじめたころはすでにそうだった。

今日の最後はタイムロードのブースにいた。
入ったとき、ベルリオーズの幻想交響曲が鳴っていた。

私には、どこか寂しげに鳴っているように感じられた。

Date: 11月 16th, 2018
Cate: ショウ雑感

2018年ショウ雑感(その16)

ノアのブースでは、ちょうどソナス・ファベールのAida IIが鳴っていた。
私が入ったときは、ちょうど曲の終りだった。

スタッフが次にかけようとしたディスクは、なぜだがCDプレーヤーが読み込まない。
それでその次の予定のディスクになった。

デ・ワールトのペール・ギュントだった。
フィリップスから出ていた。
ずいぶん前に聴いている。

ペール・ギュントを聴くのも、ほんとうに久しぶりだ。
はっきりではないが、このデ・ワールトのペール・ギュントを聴いて以来かもしれない。

かけられたのはソルヴェイグの歌。アメリンクが歌っている。
やや控えめな音量だった。

歌詞の意味もおぼろけだった。
どんなことを歌っていたのか、ほとんど思い出せなく聴いていた。

こういう録音だっけ?
アメリンクって、こんなにいい歌手だっけ?
そんなことを感じていた。

聴いていて、なぜだか、菅野先生は、もうおられないんだな、とおもっていた。
すくなくとも、私にはそういう音に鳴ってくれていた。

Date: 11月 16th, 2018
Cate: ショウ雑感

2018年ショウ雑感(その15)

今日(11月16日)からインターナショナルオーディオショウ。
会場に着いたのは16時半過ぎ。
ショウは19時までだから、すべてのブースをまわることはもちろんできないし、
実際にまわった(入って音を聴いた)ブースは五つだけだった。

毎年来ていると、それぞれのブース(出展社)の音といえそうなものを感じる。
新製品が毎年登場して、一年前と同じシステムで鳴らしているブースはない、といっていい。
器材もセッティングも違ってくる。

それでもブース(出展社)の音といえそうなものはある。
けれど、毎年ほとんど変らないブースもあれば、
いい方向へと変っていくブースもある。

TADのブースには、今日は入るつもりはなかった。
インターナショナルオーディオショウに行ったことのある人ならおわかりのように、
TADのブースはいちばん奥まったところにある。
その隣がトイレである。

トイレに用があった。
けれどTADのブースのドアが開いて漏れきこえてくる音が、いい感じである。
つい入ってしまう。

昨年あたりから感じていたのだが、
TADのブースの音は変ってきている。
もちろんスピーカーも違うわけだから、音も違って当然なのだが、
そういう音の変化(違い)ではなく、
鳴らし方そのものが変化してきているような音の変化に感じる。

いい感じで鳴っている、そういいたくなる音(雰囲気)があった。
来年のTADの音がいまから楽しみである。

Date: 11月 15th, 2018
Cate: 楷書/草書

楷書か草書か(その9)

最初はドアの上の方だけだったのが、
いまでは、最新の山手線の車輌は、かなりの数の液晶ディスプレイがついている。

手にはスマートフォンという液晶ディスプレイ、
スマートフォンから視線を外すと、今度は車輌内の液晶ディスプレイ、という、
液晶ディスプレイに囲まれつつあるわけで、
電車に乗っていると、どうしても目に入ってくる。

数年前になるが、あるスーパーのコマーシャルが頻繁に液晶ディスプレイに映し出されていた。
中学生か、もしかすると小学高学年なのか、
そのくらいの年ごろの少年少女が踊っているコマーシャルだった。

このコマーシャルをみるたびに感じていたのは、
これは踊りなのだろうか、だった。
たしかに若くて体も柔らかくて軽いだろうから、よく動く。

ヘタなわけではない。
けれど、みているとうんざりしてくる。

踊りに、どうしても見えないからだ。
液晶ディスプレイに映し出されているのは、
振付師によって考え出された振り付けを、そのままトレースしているだけにしか見えないからだ。

振付師の考えた振り付けをみたわけではない。
それが踊りなのか、それとも振り付けでしかかないのかまでは、
コマーシャルだけを見ているのだからわからない。

けれど単なる振り付けであっても、それを踊りにするのがダンサーであり、
ダンサーである以上、年齢は関係ない。

どんなにテクニックがあっても、手本となる動きをただ単にトレースしているだけのレベルでは、
踊りに限らず、書であっても絵画であっても、オーディオであっても、
摸作ともならないし、まして贋作とはとうてい呼べない。

Date: 11月 14th, 2018
Cate: 真空管アンプ

現代真空管アンプ考(最大出力)

マイケルソン&オースチンのTVA1は、KT88のプッシュプルで出力は70W+70Wだった。
TVA1に続いて登場したEL34プッシュプルのTVA10は、50W+50Wだった。

TVA1の70Wの出力は理解できた。
けれどTVA10の50Wという出力は、EL34のプッシュプルにしては大きい。
EL34のプッシュプルで、AB1級ならば出力は35W程度である。

TVA10に続いて登場したM200は、EL34の4パラレルプッシュプルで200Wの出力。
出力管の本数がTVA10の四倍に増え、出力も四倍になっている。

TVA1は何度か聴いている。
TVA10も一度か二度聴いているけど、M200は聴く機会がなかった。

TVA1とTVA10は、出力管が違うとはいえ、ずいぶん音が違うな、と感じたものだった。
TVA1の音には魅力を感じたが、TVA10には、まったくといっていいほど魅力を感じなかった。

M200までになると、印象は変ってくるかもしれないが、
TVA1とTVA10は、同じ人が設計しているとは思えなかった。

そのことがはっきりしたのは聴いてから数年経ったころで、
TVA10とM200の設計者はティム・デ・パラヴィチーニであることがわかった。

パラヴィチーニはラックスに在籍していたこともある。
コントロールアンプのC1000とパワーアンプのM6000は、彼の設計といわれているし、
管球式モノーラルパワーアンプのMB3045もそうである。

ならば、パラヴィチーニは、ラックス時代に上原晋氏と一緒に仕事をしていた可能性もある。

上原晋氏は、ラジオ技術の1958年8月号で、EL34のプッシュプルアンプを発表されている。
このアンプの出力は60Wと、一般的なEL34のプッシュプルよりもかなり大きい。

だからといって、EL34の定格ぎりぎりまで使っての、やや無理のある設計ではない。
記事の冒頭に、こう書かれている。
     *
このアンプでは、定格いっぱいの用法は敬遠し、できるだけ球に余裕を持たせ、とくにSgの損失を軽くすることによって寿命を延ばすようにしました。結果からいいますとSgの損失を定格の半分くらいに押えましたので、いちおうこの点での不安は解消しましたが、これでも球によってはグリッドのピッチの不揃いからか、2〜3本の線が焼けるものに当る時もありますが、この程度ならたいして実害はないようで、かなり長く使っていてなんともありませんから、まず大丈夫だと思っていいでしょう。
     *
パラヴィチーニは、この上原晋氏のEL34のプッシュプルアンプの動作点を参考にしての、
TVA10とM200の出力の実現なのかもしれない。

Date: 11月 14th, 2018
Cate: audio wednesday

第95回audio wednesdayのお知らせ(再びULTRA DAC)

メリディアン ULTRA DACを聴いた(その8)」で書いているように、
トランスポートを、たとえばスチューダーのA730にしてみたら……、と
ULTRA DACの音に惚れ惚れしながらも、そんなことを考えていた。

今回、A730は用意できないが、スチューダーのD731が用意できることになった。
(常連のKさんのおかげである)

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。
19時からです。

Date: 11月 13th, 2018
Cate: 菅野沖彦

としつき

今日(2018年11月13日)は、ロッシーニの没後150周年。
二日前の11日は、第一次世界大戦の終結から100年。

ロッシーニの生きた時代(音楽)と第一次世界大戦が、
私がなんとなく思っていた以上に近かったことに、少し驚いていた。

それぞれの年代を数字で示されて、並べてみるとすぐに気づくことなのに、
単独でみていると、気づかないことがあったりする。

そういえばステレオサウンドにいたころお世話になった編集顧問のKさんは、
音楽のことを含めて、さまざまなことがらをまとめた年表をつくられていた。
そうやって並べてみることで気づくことがあるのに、気づいておられたからなのだろう。

いまならインターネットで、そういったことがらを調べやすくなっているが、
Kさんが独自の年表をつくっていたのは1980年代である。

つくった者とつくらなかった者とが気づくことには、大きな隔たりがある。
そんなことをおもいながら、今日は菅野先生が亡くなられて一ヵ月が経ったのか、という、
その事実を、ただ感じている。

Date: 11月 12th, 2018
Cate: 楷書/草書

楷書か草書か(その8)

オーディオにおける臨書について考えていると、
摸作か贋作か、ということを考える。

臨書で、手本そっくりに書けたとしよう。
書いた本人にしか、どちらが手本なのかがわからぬほどの出来であっても、
それは摸作である。

その摸作を、何もいわずに、あたかも本物として誰かに売ってしまえば、
その時点で贋作となる──、
そんなことを考えていた。

書いた本人ではなく、誰かがこっそり売ってしまうこともあろう。
書いた本人にとっては摸作でも、
そうやって売られてしまえば贋作となるわけだ。

いま別項「日本のオーディオ、これから(韓国、中国は……)」で、
クレル、FMアコースティックス、ダールジール、QUADなどのクローンアンプのことについて書いている。

これらは摸作なのか、それとも贋作なのか。
1980年代に出回っていたクレルの偽物は、中身がスカスカで、
儲けだけを狙ったモノだけに、はっきりと贋作(しかも程度の悪い)である。

では、今回の暮れるのKSA50のクローン製品は、贋作なのか。
偽物は、本物と謳う。
けれど、今回のKSA50はそうではない。

それにオリジナルのKSA50は三十年以上も前に製造中止になっている。
そのことはオーディオマニアならば知っているわけで、
そうなると今回のKSA50は摸作のまま、商品となっているのか。

こんなことを考えていると、もう一度贋作について考えることになる。
1980年代の、誰でも偽物と見破れる程度ではなく、
オリジナルのKSA50の音を聴いたことのある人をも、
KSA50の音だ、と騙せてしまえるほどのKSA50そっくりのアンプがあったとしよう。

これは売る売らないに関係なく、贋作といえるのではないのか。

Date: 11月 11th, 2018
Cate: Noise Control/Noise Design

聴感上のS/N比と聴感上のfレンジ(アンプの脚・その6)

あのスプリングが、こんなにも音を悪くしているのを知ったのは、
井上先生の試聴のときだった。

井上先生が、スプリングのところに布製の粘着テープを巻いてみろ、といわれた。
やってみると、あきらかに良くなる。
音の見通しがよくなるのである。

布製の粘着テープを貼ることで変ったのは、
この部分の振動(共振)に関することである。

井上先生は、さらに取ってみろ、ともいわれた。
これはちょっとやっかいだった。

このスプリングは鉄製で、径も細いとはいえない。
ラジオペンチ(ロングノーズプライヤー)でスプリングの端を掴んで力を加えていく。
スプリングを伸ばしながら、ケーブルから外していくわけだ。

力はけっこう要るし、時間もかかる。
四箇所外さなければならない。
もうやりたくない、と思った。

でも外した音を聴くと、また同じことをやるだろう。
そう思えるほどの音の変化だった。

音を聴けば、わかる。
スプリングは機械的共振で聴感上のS/N比を悪くしているし、
鉄という磁性体ということでも聴感上のS/N比を、二重に悪くしている。

トーンアームの出力ケーブルに流れる信号の微小ぐあいを考えれば、
この部分に鉄製のスプリングを使うのは論外ともいえる。
濁った音とはどういうものかは、こういう音のことである。

SMEもSeries Vに付属していたケーブルからはスプリングがなくなっていた。

Date: 11月 11th, 2018
Cate: 楽しみ方

オーディオの楽しみ方(つくる・その34)

今回のバッフルについては、以前から考えていた。
やれば好結果が得られる、という確信はあったし、
やってみたいとも思っていた。

それでもここまでずるずると延ばしてしまったのは、
実際の製作を面倒に感じていたからだ。

それほど難しい加工なわけではない。
けれど必要な工具が揃っていない、木工をあまり得意とはしない、
そんな理由があった。

ホーンにバッフルをつける。
そのためにドライバーの支持も考えなければならない。
予算、加工などに制約がまったくなければ、こうやりたい、というのが以前からあった。

けれど、そのためには木工を専門とするところ(人)に依頼する必要があるし、
材質に関してもよりいいもの、となると、
今回かかった費用ではまず無理で、おそらく十倍程度はかかることになる。

もっと簡単な作業で……、という方法もいくつか考えた。
けれど、せっかくなのだから、ということで、
実行したかったことにもっとも近い形になるようにした。

やりたいようにやれれば、今回の結果よりもよくなったはずだろうが、
費用の差ほどの違いはない、ともいえる。

今回の製作は、東急ハンズで合板を購入、
大きな加工はやってもらった。
合板自体の価格はそれほどでもなかったけれど、
加工賃は、そこそこかかった。

それでも、東急ハンズでの加工だけでは完成しないわけで、
喫茶茶会記で工作の時間である。

ちょっとしたミスがあって、予想以上に時間を必要とした。
都合三回、そのために喫茶茶会記に行き作業していた。
それだけ手を動かした、といえる。

それでも、結果として鳴ってきた音を聴けば、やって良かった、といえる。

Date: 11月 11th, 2018
Cate: audio wednesday

audio wednesdayのこと(その2)

(その1)にfacebookでコメントがあった。
遠いのを理由に参加しないのは、意識が高くないからなのか……、
そんなことが書いてあった。

意識の高い低いは関係ない、と思っている。
時間的に難しいだけのことだ、と思っている。

audio wednesdayは19時から始まる。
セッティングが終り、CDプレーヤー、アンプの電源をいれるのは、
18時か、遅いときは18時半を過ぎていることもある。

システムのウォームアップは、19時の時点では足りていない。
20時すこし前あたりで、ウォームアップは、まあ十分かな、というところになる。
それでも、調子が出てきたな、と感じられる音が鳴ってくるのは、22時近くになる。

音を鳴らしている者としては、22時からの音を聴いてほしい。
けれど、時間の都合で、その前に帰る人もいる。
しかたないとはいえ、来てくれた人が得るものがあるとすれば、
終りまぎわの一時間から一時間半の音である。

終りは23時過ぎになる。
私は、その後、セッティングをバラして、通常の喫茶茶会記のセッティングに戻すから、
さらに帰りは遅くなり、帰宅時間は1時近くになる。

私より遠いところからの人だと帰宅はもっと遅くなるだろうし、
電車もなくなることだってある。
しかも水曜日である。週の真ん中に夜おそくまでやっている。

参加したくても、ちょっと無理という人を、
意識が高くないなどとは、まったく思っていていないことだけは書いておく。

Date: 11月 11th, 2018
Cate: オーディオ入門

オーディオ入門・考(いつまでも初心者なのか・その4)

「初心者ですよ」という大人がいる。
ずっといい続けている大人がいる。

そういう人を大人と呼んでいいのかとも思うが、
中年と呼ばれる年代、その上の年代ということで大人としておくが、
「初心者ですよ」と、オーディオのキャリアが長いにも関らずいい続けている人が、
私ははっきりと嫌いだ。

きわめてずるい態度と感じてしまう。
「初心者ですよ」という言葉の裏には、自身の弱さを放置してしまているようにも感じる。
「初心者ですよ」といっておけば、なんでも許される、とでも思っているのだろうか。

そんな臭いがしてくるものだから、ずるい態度と、私はおもう。

つまりは、そんなことをいい続けするということは、
オーディオマニアとしての死を迎えている。

Date: 11月 11th, 2018
Cate: Noise Control/Noise Design

聴感上のS/N比と聴感上のfレンジ(アンプの脚・その5)

私が書いたのを読んで、
プラスチック製の脚の空洞に綿を詰めるマッキントッシュのユーザーは、
ほとんどいないように思っている。

やらない人のなかには、音は変るだろうけど、
ラックに収まっているマッキントッシュの重たいアンプをひっぱり出して、
また収める手間がめんどうだ、と感じてやらない人もいれば、
マッキントッシュの盲目的信者で、オリジナルに手を加えることはけしからん、という人もいよう。

それでも、音は変る。
聴感上のS/N比がよくなる。
よくなる、といういいかたよりも、
プラスチック製の脚で劣化していたのが、ある程度回復する、というべき。

もしかすると、やる人もいることだろう。
やった人のなかには、たしかに効果があった、という人もいれば、
変らないじゃないか、という人もいるはずだ。

変らないと感じたのであれば、セッティングが聴感上のS/N比を考慮していない、
雑共振を抑えられていない、そういう状況下で使っているわけだ。

ある程度のセッティングになっていれば、
脚の空洞に綿を詰めた効果は、はっきりと音に出る。

もっとも綿を詰めただけで、
プラスチック製の脚のもつイヤなところを完全になくせるわけでもない。
そこから先は、いろいろと試してみればいい。
ネジだけで取り付けられているのが脚なのだから。

こんなふうに聴感上のS/N比を劣化させているものには、
RCAケーブルの保護用の金属のスプリングがある。

よく知られているところでは、SMEの以前のケーブルがそうである。
RCAプラグの根元に鉄製のスプリングがついていた。

Date: 11月 10th, 2018
Cate: Noise Control/Noise Design

聴感上のS/N比と聴感上のfレンジ(アンプの脚・その4)

今回のプラスチック製の脚を見て思うことは、
マッキントッシュというメーカーに関することだけでなく、
マッキントッシュはアメリカのメーカーだから、当然のことながら、
日本には輸入元がある。エレクトリである。

エレクトリは、このプラスチック製の脚を、なんとも思っていないんだな、と、そう思う。
プラスチック製の脚が、聴感上のS/N比を確実に悪くすることをわかっている人が、
エレクトリにはいない(ようだ)。

それともわかっていても、そのまま流通させているのか。
どちらにしても、輸入商社とはいえず、輸入代理店にすぎない。

何号か前のステレオサウンドで、エレクトリが取り上げられている。
そこで、エレクトリは輸入代理店ではなく、輸入商社である──、
そんなことが載っていた。

別項で書いているように、輸入代理店と輸入商社は、はっきりと違う。
輸入商社であってほしいわけだが、それはこんな細かいところへの配慮にあらわれる。

輸入商社であるならば、エレクトリはマッキントッシュにいうべきである。
それをやったのかやらなかったのか。

やったのだけれども、マッキントッシュがプラスチック製の脚を変更しないのであれば、
日本でまともな脚に付け替えればいいだけのことだ。
簡単に交換できることなのだから。

それだけで製品の評価は上る。
輸入したモノを右から左に流しているだけでは、輸入代理店にすぎない。

こんなことを書きたくなるほど、プラスチック製の脚は聴感上のS/N比をひどく悪くしている。
もったいないことだ、と思う。