Date: 4月 2nd, 2018
Cate: audio wednesday

第87回audio wednesdayのお知らせ(YUME DE AETARA)

喫茶茶会記が入っているビルは、あまり断熱性が高くないようだ。
寒い時期は、エアコンとガスファンヒーターを使うこともある。
暑い時期になればエアコンはかかせない。

無音のエアコンがあればいいのだが、そんなものはないわけで、
曲によってエアコンを一時的に止めることもある。

けれど冬だとみるみる温度は下がっていくことがある。
もう少し長い時間、エアコンを止めていられれば……、と何度思ったことか。

4月になった。
ここ数日暖かい。
第一水曜日の4日も、かなり暖かいようだ。
ようやく暖房を使わずに音を出せる時期になった。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。
19時開始です。

Date: 4月 2nd, 2018
Cate: 複雑な幼稚性

SNSが顕にする「複雑な幼稚性」(その2)

学生だとそうそう外食はできなかったが、
働くようになると外食の機会は圧倒的に増える。

積極的に外食をするようになった1980年代。
東京の飲食店で行列が出来ていたのは、荻窪のラーメン店ぐらいしか思い浮ばない。

オフィス街のランチタイムでは行列ができるところもあったけれど、
行列といってもそんなに大勢が待っていたわけではない。

けっこう待つな、と感じるくらいの行列は、
やはり荻窪のラーメン店ぐらいだった。

ところがいまはどうだろう。
いたるところに行列ができている。
しかも、その行列が長い。

この30年のあいだに驚く変化である。

誰だって美味しいものを食べたい。
それはいまも昔も変らないはずだ。
なのに、いま東京ではいたるところに行列ができている。

ステレオサウンドにいたときは、隣のサウンドボーイ編集部のOさんに、
都内の美味しい店を教えてもらった。

ステレオサウンドの原稿用紙の裏に、モンブランの万年筆で地図を描いてくれた。
けっこうな枚数になっていた。

描きながらOさんは、簡単に人に教えるんじゃないぞ、とクギを刺す。
美味しいと評判になり、どっと人が押し寄せるようになると、
ほとんどが堕落してしまうからだ、と。

同じことは瀬川先生も書かれている。
     *
 ここ数ヵ月、我家を訪ねる客のあいだで、私の家のごく小さなレストランの、ウインナー・シュニッツェルが評判になっている。散歩の途中で何気なく発見したのだが、そう、ちょうどLP一枚ぶんぐらいの皿を思い浮かべて頂く。この皿いっぱいに、ときにはハミ出るほどに、大型の、仔牛の薄切りカツレツが載って出てくるのをみると、連れて行った人の誰もが、ウワァ! と感嘆の声をあげる。あらかじめ、大きいよ、と説明して行ってなお、である。それで価格は七百円。最初にこれが目の前に出てきたとき、何か間違いじゃないかと思った。行くたびに、これで損をしないのだろうか? と心配になるくらいだ。こういうものを出し続けて、そのたびに客をびっくりさせ、しかもびっくりさせるだけではない、食べてみて十分に美味しいことで満足させる。これはもう、明らかに店の側の勝ちだ。電車賃を払ってでも、こいつを食べに来たいよ、と友人たちも言う。これがベストバイの本ものの見本といえるだろう。おおぜいの人たちが押しかけるようになるとこのての店はたいていダメになるから、悪いけれど場所も店の名も教えられない。編集部に電話があっても、編集の諸君、教えちゃダメだぞ!
(ステレオサウンド 51号「’79ベストバイ・コンポーネントを選ぶにあたって」より)
     *
伊藤先生も同じことを書かれていた。
だから美味しい店、それも大事したい店は、そう簡単には人には教えないものだった。
少なくとも私はステレオサウンドを読んで、そういうものだと思ったし、
ステレオサウンドで働いているうちに、より強くそう思うようになった。

Date: 4月 1st, 2018
Cate: アナログディスク再生

アナログディスク再生の行き着く先

お気に入りのLP、
いまふうにいえばヘビーローテーションのLPを何度も何度もくり返してきていたら、
ある日、いままで聴こえなかった音が聴こえていることに気がついた。

聴きすぎて音溝がすり切れてきてノイズが発生してきたのだと、最初は思った。
それからノイズはかけるたびに大きく、そしてはっきりとしてきた。
なんとB面の音が聴こえてくるようになってきたのだ。

聴きすぎて、A面の溝が深くなりB面にまで達してしまったのだ。
(20年以上前にどこかで読んだエイプリルフール・ネタ)

Date: 4月 1st, 2018
Cate: High Resolution

Hi-Resについて(その12)

岡先生の文章を書き写していて、
ここに関しては、いまはどうなんだろう……、と思うところがある。
《中・低域がのびていると、高域はおとなしくきこえるし、低域が貧弱だと高域が目立つということはだれもが体験しているはずである》

1981年の時点でも、
プリメインアンプ、コントロールアンプからトーンコントロールが省略されつつあった。
いまはそれ以上といっていい。

それにそのころは、スピーカーを自作する人がまだまだいたし、
市販のスピーカーシステムにもレベルコントロールがついているのが多かった。

トーンコントロール、レベルコントロールなどを積極的にいじってきた人ならば、
帯域バランスに起因することは体験しているであろう。

けれどスピーカーシステムからレベルコントロールもなくなってきている。
スピーカーを自作する人も減ってきている。

そうなると帯域バランスの変化による音の違いを、
もう共通体験として語れなくなってきているのかもしれない──、
そんなことを思いながら書き写していた。

Date: 4月 1st, 2018
Cate: High Resolution

Hi-Resについて(その11)

デジタル録音のサンプリング周波数を高くしていくことの弊害について、
直接的ではないものの、早い時期から指摘されていたのは岡先生である。

ステレオサウンド 58号(1981年)で、こんなことを書かれている。
     *
 デジタル・マスターのレコードがふえるにしたがって、アナログ録音にくらべてものをいうひとがふえてきた。いちばんよくきかれる声は、高域の帯域制限によって生ずる情報量のすくなさ、ということを指摘する声である。音楽再生における情報量の大小をいう場合、その物理量をとっきり測定した、という例はほとんどなく、大体が聴感でこうかわったという表現を情報量という言葉におきかえられている。線材やパーツをかえると音がかわるということがさかんにいわれていたことがあったとき、この問題を好んで論ずるひとの合言葉みたいに情報量がつかわれていた。つまり、帯域の広さと情報量の多さが相関をもち、それがよりハイ・フィデリティであるという表現である。
 しかし、はたして実際にそのとおりかということになると、客観的データはすこぶるあいまいである。むしろ、録音・再生系の帯域を可聴帯域外までひろげることによって生ずる、超高域の近接IMがビートとなって可聴帯域の音にかかわりあうとか、TIMによる信号の欠落、あるいは非直線性の変調歪などが、聴感上情報量がふえるような感覚できこえるのではないかと考えたくなる。
 一昨年、ビクターの音響研究所がおもしろいデータを発表したことがある。プログラムをさまざまな帯域制限を行ったソースを用いて、数多くのブラインドのヒアリング・テストをした場合では、信号系の上限が15kHz以上の変化はほとんど検知されなかったという。音楽再生でハイ・エンドがよくきこえたとか欠落したとかをいう場合、むしろ帯域バランスに起因することが多い。中・低域がのびていると、高域はおとなしくきこえるし、低域が貧弱だと高域が目立つということはだれもが体験しているはずである。性能のよいグラフィック・イコライザーをつかって実験してみると、部分的なバランスを2dBぐらいかえてもがらっと音のイメージがかわることがある。デジタル・システムはアナログ(テープ)にくらべて、低域の利得とリニアリティが断然よく、かつ変調歪によって生ずる高域のキャラクターがより自然であるという点で、聴感上、ハイ・エンドがおとなしくなる、といったことになるのではないかと考えられる。高域の利得が目立っておちていると思えないことは、シンバル、トライアングルなとばの高音打楽器が、アナログより解像力がよく、しかも自然にきこえる例でも明らかである。
     *
CD登場の約一年前に書かれたことだから、
デジタル録音もアナログディスクで再生してのことである。

岡先生もハイサンプリング、ハイビットのデジタル録音・再生の音を、
それもうまくいっているものを聴かれれば、否定されることはないし、
歓迎されるであろう。

それでも安易なハイサンプリング化には、ひとことあったような気がする。

ハイビット、ハイサンプリングは可聴帯域内の音の解像度を向上させることであって、
可聴帯域外の高域再生において、弊害も生じる可能性が高いと心していた方がいい。

Date: 4月 1st, 2018
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(ダストカバーのこと・その14)

ダストカバーはダストカバーとしてのみ機能しているわけではない。
ハウリングマージンとの関係がある。

ダストカバーを閉じている状態、開いている状態、取り外した状態で、
ハウリングマージンは変化してくる。

1976年に無線と実験別冊として出た「プレーヤー・システムとその活きた使い方」に、
ハウリングの実測データが載っている。

八機種のアナログプレーヤーにおけるダストカバーの状態での測定、
九種類のターンテーブルシートの違いの測定、
置き台、インシュレーター、プレーヤーキャビネットによる違いの測定が載っている。

ダストカバーの状態(開いている、閉じている、取り外している)での違いは、
一概にどの状態がいい結果が得られるとはいえない。

ダストカバーが開いていると、前面からみた面積が閉じている状態よりも大きくなるし、
ダストカバーはヒンジでのみ支えられているため、いわゆる片持ち状態である。

きちんと閉じていれば片持ちは解消されるし、
スピーカーからの直接の音圧を、ある程度はダストカバーが防いでくれる。

大きくみれば、ダストカバーを閉じていたほうがハウリングマージンは改善できる。
それでもこまかく測定データを見ればわかるように、全帯域で改善されるわけではない。

アナログプレーヤーのキャビネットの構造、重量などによって、
部分的な変化には違いが生じている。

ハウリングマージンだけでみればダストカバーは閉じていた方がいいが、
音の面では必ずしもそうとはいえないところもある。

Date: 4月 1st, 2018
Cate: Jazz Spirit

喫茶茶会記のこと(その6)

マガジンハウスの雑誌のHanakoのウェブサイトで、喫茶茶会記が取り上げられている。

そこでも、ジャズ喫茶として紹介されている。

Date: 3月 31st, 2018
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(ダストカバーのこと・その13)

テクニクスのSL1000Rは、別売のトーンアームベースを装着することで、
トーンアームを三本まで増やせる。
以前からあるアイディアである。

トーンアームを一本から二本、二本から三本へと増やしたとき、
ダストカバーはどうなるのか。
おそらく一本用のままであろう。

増設したトーンアームを覆うカバーはない(はず)。
となるとダストカバーはダストカバーとして数割しか機能していないことになる。

もしかするとテクニクスは、二本用、三本用のダストカバーを出してくるのかもしれない。
にしても、最初から三本にしてしまう人ならば、三本用ダストカバーを最初に買えばいいが、
一本から増やしていく人に、その度にダストカバーの買い替えをテクニクスはさせるのか。

それとも一本用のダストカバーを下取りしてくれて、差額分で二本用、三本用を提供してくれるのか。

SL1000Rにはダストカバー用のヒンジがない。
トーンアームを増設することを考えての、ヒンジ無しなのだろう。

それにダストカバーを必要としない人にとっては、
ヒンジの存在は、わずかとはいえ音質を損う要因ともなる。

けれどダストカバーは、アナログプレーヤーをホコリから守るためだけのものではない。
そのことをテクニクスは、
テクニクス・ブランドをなくしてしまっているあいだに忘れてしまったのか。

Date: 3月 31st, 2018
Cate: 書く

毎日書くということ(答えではなく……・その3)

3月30日のKK適塾で、
最後に司会者の方が川崎先生と藤崎圭一郎氏に質問された。

司会者が質問してもいい。
けれど、その質問に対する川崎先生の発言に対するリアクションには、
えっ!? と思ってしまった。

デザイン(design)は日本語に訳されることなく、そのまま使われている。
そのことについての質問だった。
中国では、こう訳されている、と川崎先生がいわれた。

川崎先生のブログを読んでいる人ならば、そのことは知っていて当然のことだ。
なのに初めて聞いた(知った)といったリアクションでもあった。

この司会者は、川崎先生の書かれたものを、あまり読んでいない人なんだな、と感じた。
もちろんすべてを読んでいたとしても、すべてを記憶しているわけではない。
けれど、自らが質問することに関することは、しっかりと憶えているものだろう。

問いは怖い、とあらためて実感した。
問いは自らをさらけ出す。

Date: 3月 31st, 2018
Cate: Digital Integration

Digital Integration(ハードウェアシミュレーター・その1)

セータからDSP搭載のD/Aコンバーターが登場したのは、1980年代の終りごろだったか。
そのころ日本にはセータは正式に輸入されていなかった。

それでもちょっと話題になったのは、
DSPを使って、カートリッジを、いわばシミュレーションしていたからである。
実際に製品に触れることはなかったし、どの程度のレベルだったのかもわからないが、
アナログディスク再生の良さを、CD再生でも、ということで、
いくつかのカートリッジの音をシミュレーションしているようだった。
そのひとつに光悦も含まれていた、と記憶している。

イロモノ的な見方もされていた。
その実力はどの程度だったのだろうか。

少なくとも、セータのD/Aコンバーターが、
私の知るかぎりでは最初のハードウェアシミュレーターである。

再生の世界では、その後、この手のハードウェアシミュレーターは登場していないようだが、
録音の世界では、いくつものハードウェアシミュレーターが登場してきている。

イコライザーに関しては、ヴィンテージモデルと呼ばれるようになった昔の機器を、
ソフトウェアで再現しているのが、けっこうな数ある。

ニーヴの1073をモデルとした製品はいくつかあり、
私も、それほど詳しいわけではないが、 Googleで検索していくと、
こんなにもあるのか、と少々驚くし、
さらにはテープレコーダーシミュレーターもある。

マスターレコーダーとして知られるスチューダーのA800のシミュレーターがそうだ。

Date: 3月 30th, 2018
Cate: 川崎和男

KK適塾 2017が終って……

昨年度のKK適塾も、3月30日が最後だった。
今年度のKK適塾は終った。

昨年度の最後と違っていたのは、スクリーンに「最終回」という映ったことだ。
今年度のKK適塾が終っただけではない、ということだ。

多くの人がいうことがある。
「最後とわかっていれば行ったのに……」

こんなことを口にする人は、ずっと言い続けている、
「最後とわかっていれば行ったのに……」と。

Date: 3月 30th, 2018
Cate: 川崎和男

KK適塾 2017(五回目・その1)

KK適塾 2017五回目の講師は、藤崎圭一郎氏。

藤崎圭一郎氏は、二回目(2月2日)の講師だった。
二回目と三回目は中止になった。
藤崎圭一郎氏の話は聞けないのかと思っていたら、
今回の講師、濱口秀司氏の事情で無理ということで、藤崎圭一郎氏である。

濱口秀司氏の話も面白く、興味深い。
今回も聞いてみたいとおもっていたけれど、
まだ一度も聞いていない藤崎圭一郎氏の話を、できれば聞きたいと、
中止になった時から思っていただけに、今回のKK適塾は特に待ち遠しかった。

藤崎圭一郎氏は、評論について直接離されたわけではなかったが、
四つのキーワードをもつクロスの図を使って話は、
評論そのものが、どうあるべきなのか、でもあった。

いまオーディオ評論家と自称している人たちは、
なぜKK適塾に来ないのか。
少なくともオーディオ評論家としてプロフェッショナルであろうとするならば、
今回の藤崎圭一郎氏の話は、聞き逃してはならない内容だった。

こういうことを書いたところで、誰も来ないことはわかっている。
結局、彼らはオーディオ評論家(商売屋)であって、
オーディオ評論家(職能家)でありたい、とは思っていないのだ。

Date: 3月 29th, 2018
Cate: ディスク/ブック

Hotel California(その4)

“Hotel California”だけではない。
チャック・マンジョーネの“Children of Sanchez”もそうだ。

私にとって“Children of Sanchez”も“Hotel California”も、
JBLの4343で聴いた音こそが、リファレンス(基準)となっている。

“Hotel California”はステレオサウンドの試聴室で聴いた音、
“Children of Sanchez”は、熊本のオーディオ店で瀬川先生が鳴らされた音が、
そうである。

これまで聴いてきたすべてのディスクがそうなのではない。
それほど数は多くはないが、そのディスクを最初に聴いた音が圧倒的であったり、
強烈であったりしたら、どうしてもその音がリファレンスとして焼きつけられる。

特に10代のころの、そういう体験は、いまもはっきりと残っている。
バルバラの「孤独のスケッチ」も、そういう一枚だ。

これも瀬川先生がセッティングされたKEFのModel 105の音を、
ピンポイントの位置で聴いた音が、いまも耳に残っている。

コリン・デイヴィスの「火の鳥」は、トーレンスのReference、マークレビンソンのLNP2、
SUMOのThe Gold、JBLの4343という組合せで聴いた、
文字通りの凄まじい音が、私にとってリファレンスであり、
この音が、瀬川先生が熊本で鳴らされた最後の音であり、
瀬川先生と会えたのも、この日が最後だった。

最初に聴いた音がリファレンスとなっているのは、
私の場合、いずれも自分のシステム以外での音である。

Date: 3月 28th, 2018
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(ダストカバーのこと・その12)

テクニクスのSP10R、SL1000Rが正式に発表になり、5月25日に発売になる。
ターンテーブルとしての性能(動特性ではなく静特性)は、
さすがはテクニクスといえるレベルに仕上がっている(ようだ)。

デザインは……、
写真を見ただけで語るのは、いまのところ控えておこう。

それでもひとつだけいいたい。
SL1000Rのダストカバーについて、である。

ほんとうに、このダストカバーのままで出荷されるのか。
そこには何のセンスも感じられない。

発表されている写真をみるかぎり、ヒンジはない。
いわば蓋である。
けっこうな大きさの蓋である。

アナログディスク再生時にダストカバーをした状態とそうでない状態とでの音は、
どんなアナログプレーヤーであっても違うものである。

テクニクスは、ダストカバーをした状態の音を標準としているのか、
それともなしの状態の音を標準としているのか。

どちらであったとしても、ダストカバーをどうするのかは、
使う人次第でもある。

必ず再生時にはダストカバーをしている人もいる。
そういう使われ方の場合、SL1000Rのダストカバーにはヒンジがないのだとしたら、
ディスクのかけかえのたびに両手でダストカバーを外したり被せたりしなくてはならない。

再生時にはダストカバーをしない人の使い方では、
再生時には決して小さいとはいえないサイズのダストカバーを、
リスニングルームのどこかに置く場所を確保しなければならない。

何の配慮も感じられないSL1000Rのダストカバーである。

Date: 3月 28th, 2018
Cate:

音の種類(その1)

突き破れない音、
突き破れる音、
突き破ろうとあがいている音、
突き破りかけている音、
──それぞれがあると感じている。