ドン・ジョヴァンニとマントヴァ侯爵(その2)
ドン・ジョヴァンニとマントヴァ侯爵。
真にドン・ジョヴァンニといえる人を、私は知らない。
マントヴァ侯爵といえる人ならば、よく知っている。
その人は、女性との出逢いは受動的ではなく、つねに能動的でありたい、といっていた。
自分の好みにぴったりとあう人を見つけるために、その人はさまざまな努力をしていた。
その人は、自慢気にその努力について、その成果について話してくれた。
つい「成果」と書いてしまったが、
その人の口調は「成果」と思わせるものだったからでもある。
その人の好みは、こまかい。
うるさ型である。
好みがはっきりしすぎているし、
ダメなタイプも、またそうである。
その人はけっこうモテていた。
けれど、その人はけっしてドン・ジョヴァンニではなかった。
だから地獄に堕ちることはなかった。
何度目かの奥さんとシアワセに暮らしているようである。
黒田先生はステレオサウンド 47号掲載の「さらに聴きとるものとの対話を」、
ここでは「腹ぺこ」というタイトルがついている文章で、
マントヴァ侯爵の方法は、
《条件さえととのえば、そんなにむずかしいことではない》とされている。
その人をみていると、たしかにそうだな、と思う。
ドン・ジョヴァンニの方法は、
《この場合、生き方というべきだろう》とされたうえで、容易ではない、と。
ドン・ジョヴァンニは空腹でありえたのだろう、
マントヴァ侯爵は、空腹だったことはないのだろう、
その人もそうなのかもしれない。