Archive for 2月, 2023

Date: 2月 15th, 2023
Cate: ジャーナリズム, 測定

測定についての雑感(その5)

一年前からの疑問なのだが、
いいかえるとマジコのM9の重量が発表になったときからの疑問なのだが、
M9は無響室で測定できるのだろうか、という疑問である。

無響室に入ったことのある人、
入ったことはなくても無響室がどうなっているのか知っている人ならば、
あの床(床といっていい構造ではなくフレーム)は、
どこまでの重量に耐えられるのだろうか、と思うことだろう。

454kgと発表されているM9の重量。
無響室は、これだけの重量に耐えられるのか。

耐えられる無響室とそうでない無響室があるだろう。
グランドピアノが無響室に入っている写真を、どこかでみた記憶がある。

グランドピアノよりも重いけれど、ものすごく重いわけでもないから、M9も測定可能なのか。

Date: 2月 12th, 2023
Cate: 所有と存在

所有と存在(とディスクラック・その1)

ADK(朝日木材加工)のCDラックがある。
SD-CD1BDXという製品である。

このSD-CD1BDX(八段重ね)が、もうじきやって来る。
SD-CD1BDX一段に、約73枚のCDが収納できる、とある。
73枚の八段だから、584枚ほどのCDを収納できることになる。

600枚弱のCD。いまでは多くない数字どころか、少ない数字といえる。
学生だったころ、壁いっぱいのディスクのある生活に憧れたこともある。

ステレオサウンドで働くようになり、六本木にWAVEができてからというもの、
頻繁にCD、LPを買っていた。
そんなふうにして買っていると、千枚ぐらいはすぐに集まる。

千枚ほどでは壁いっぱいには、まだまだである。
世の中には、千枚の一桁上、二桁上の枚数のコレクションの人も少なくない。

なのに600枚弱しかおさめられないCDラックについて書いているのは、
このくらいの枚数が、ちょうどいいのかもしれない、と思うからだ。

ほんとうに大切で、くたばるまで聴き続けたい音楽(ディスク)というのは、
そう多いものではない。

壁いっぱいのディスクといっても、狭い部屋と広い部屋とでは、
壁いっぱいのディスクといっても、その枚数は多く違ってくる。

壁いっぱいということに、もう憧れはない。
TIDALがあるから、ということも関係している。
TIDALがなかったとしても、心から愛聴盤とすなおにいえるディスクは、
どんなにながく音楽を聴いてきていても、このくらいなのではないのか。

Date: 2月 12th, 2023
Cate: ディスク/ブック

ルネ・レイボヴィッツ

René Leibowitz(ルネ・レイボヴィッツ)。
1913年3月17日生れのポーランドの指揮者である。

つい先日まで、ルネ・レイボヴィッツの名前すら記憶になかった。
どこかで目にしたり耳にしたりはしていたのかもしれないが、
記憶にはない。

先日、「手塚治虫 その愛した音楽」というCDを手にとっていた。
ライナーノートに、ルネ・レイボヴィッツの名前が出ているし、
このCDにもルネ・レイボヴィッツのベートーヴェンが収められている。

このCDは聴いてはいないが、ルネ・レイボヴィッツの名前はその場でTIDALで検索した。
それほど数は多くないが、ベートーヴェンもあるし、他の作曲家の演奏もある。

リーダーズ・ダイジェスト・レコーディングスに録音していた指揮者とのこと。
必聴の指揮者、とまではいわないけれど、
ルネ・レイボヴィッツのベートーヴェンは一度聴いておこうよ、というふうに呼びかけたい。

最初は地味と思えた演奏は、聴いていっていると、なかなかいい感じというふうに変っていく。

菅野先生は、
イヴ・ナットに師事していたフランスのピアニスト、ジャン=ベルナール・ポミエの全集について、
ステレオサウンド別冊「音の世紀」で書かれている。
     *
ドイツ系の演奏も嫌いではないが、ベートーヴェンの音楽に共感するフランス系の演奏家とのケミカライズが好きなのだ。ベートーヴェンの音楽に内在する美しさが浮き彫りになり、重厚な構成感に、流麗さと爽快さが加わる魅力とでも言えばよいか?
     *
ルネ・レイボヴィッツはフランス系の指揮者ではないが、
ルネ・レイボヴィッツのベートーヴェンにも、なんらかのケミカライズがあるように感じる。

別項「最後の晩餐に選ぶモノの意味(その9)」で、
私にとってドイツの響きといえば、二人の指揮者である。
フルトヴェングラーとエーリヒ・クライバーである、と書いている。

まさにそのとおりなのだが、ルネ・レイボヴィッツのベートーヴェンは、
そういうベートーヴェンとは違う。

違うからダメとかいいとかではなく、
違うことの魅力が《ベートーヴェンの音楽に内在する美しさが浮き彫り》してくれるのだろう。

Date: 2月 12th, 2023
Cate: JBL, Studio Monitor

JBL 4320(その16)

世代によって、はじめてきいたJBLのスタジオモニターは違ってくる。

いま七十代か、上の世代になると、
JBLのスタジオモニターとして最初に、その音を聴いたのは4320で、
その次に4331や4333、そして4341、4350、4343という順序だろう。

いま六十前後の世代だと、4343が最初だったりする人も多いだろう。

4343を最初に聴いている。
それから4350、4341、4333Aなどを聴いて、4320を聴く機会が訪れたのは、
4343を聴いた日からけっこう経っていた。

この項で、4320を自分の手で鳴らしてみたい、と書いている。
そんなことを書いてきたおかげなのかどうかはなんともいえないけれど、
年内には4320を聴くことができそうである。

その時が来てみないことには、どんなかたちで4320の音を聴けるのかはっきりしないけれど、
自分の手で鳴らすことができるかもしれない。

4320を、現在高い評価を得ているスピーカーシステムよりも優れている、とはいわない。
物理特性を比較しても、4320は古い世代のスピーカーといえる。

だから懐古趣味で聴きたい(鳴らしてみたい)わけではない。
別項で書いているように、オーディオマニアには、
スピーカーの音が好きな人とスピーカーの音が嫌いな人がいる。

4320の音は、スピーカーの音が好きな人にアピールするところがあるのかもしれない。

以前聴いた4320は、じっくりとはとても言い難かった。
聴くことができた、という感じでしかなかった。

それでも4320の音を、また聴きたいといま思い出させるほどに、
記憶のどこかにはっきりと刻まれているのだろう。

4320を、いま聴きたい(鳴らしてみたい)と思う理由を、はっきりと探るための機会。
そうなったら嬉しいし、何を見つけられるだろうか。

Date: 2月 9th, 2023
Cate: ジャーナリズム

オーディオにおけるジャーナリズム(リーダーとマネージャー、それに組織・その8)

Kindle Unlimitedで、ステレオサウンド 225号を読んでいて思ったことは、まだある。
224号の染谷 一編集長の編集後記は、なんだったのか、というおもいである。

別項でもすでに引用しているが、
《自分の好みをただ押し付けただけの感想の羅列を試聴記として読まされると、いったい何の目的を持って誰のために書かれた文章なのかと理解に苦しむ》
《プロ意識が欠けたまま書かれた試聴記には何の価値もないと思う。自戒の念を強く込めて。》
とある。

ほんとうに、この編集後記はなんだったのだろう……

Date: 2月 9th, 2023
Cate: オーディオ評論, ジャーナリズム

オーディオ評論家は読者の代表なのか(その22)

別項で、「老いとオーディオ(とステレオサウンド)」というテーマで書いている。
ステレオサウンドそのものが老いていっている、と感じているわけなのだが、
誌面に登場する人たちも老いていっている一方だ。

特に試聴テストを行っている人たちは60より下の人はいない。
このことについては、「老いとオーディオ(とステレオサウンド)」の項で書こうかな──、
と最初は思っていたけれど、ここにしたのは「オーディオ評論家は読者の代表なのか」、
このテーマこそが試聴テストのメンバーの若返りをはからない編集部の意図がある、
そんなふうに考えることもできるからだ。

別項で取り上げているstereosound_mediaguideというPDFがある。
ステレオサウンドの媒体資料である。

それによるとステレオサウンドの読者の年齢構成(2020年時点)は、
 19才未満 2%
 20〜29才 3%
 30 〜39才 11%
 40〜49才 21%
 50〜59 才 26%
 60 〜61才 28%
 70〜79 才 7%
 80 才以上 2%
となっている。

読者も高齢化しているわけで、
それだからこそオーディオ評論家も高齢化のままでいい、ということなのかもしれない。
そんなことないと信じたいのだが、でもそんなことがありそうなくらいに、
そして心配になるくらいに試聴メンバーの高齢化は放っておかれている。

オーディオ評論家は読者の代表なのだから、若い読者が少ないステレオサウンドにおいては、
オーディオ評論家は読者と同じように高齢化していく方がいい──、
そういうことなのか。

Date: 2月 9th, 2023
Cate: 「本」

オーディオの「本」(古賀書店の閉店・その3)

その2)で、書店のない市町村が全国で、26.2%というニュースのことを書いた。

いま日本では一日に一店舗ほどの書店が閉店していっている、という。
一年で三百店以上書店が閉店していくのか……、と思っていたのではなく、
そうか、それだけ書店があったんだな、ということを思っていた。

書店こそ身近にあってほしい。
どんな小さな町であっても、書店がある、というのが、昔の、というか、
昭和の風景だった、と感じている。

閉店していく書店もあるが、新しく開店していく書店もある。
いま住んでいるところでも、3月に書店ができる。

でも、その書店でオーディオの雑誌や書籍が並べられるだろうか。

Date: 2月 9th, 2023
Cate: 電源

スイッチング電源のこと(その13)

FPGA(Field Programable Gate Array)が、
オーディオ雑誌の誌面にも登場するようになって数年くらいか。

FPGAを搭載するオーディオ機器の数は、これから増えていくことだろう。
その利用はますます拡大していくのだろうが、
数日前、FPGAのなかには、最大50Aもの電流を瞬時に必要とするモノがあることを知った。

5Aではなく50Aである。
FPGAの電源電圧が5Vだとしても、50Aだと瞬間的にとはいえ250Wの電力となる。

50Aといった大電流を必要とするFPGAがオーディオ機器に使われているわけではないだろうが、
より高度な信号処理を行おうとすると、より高性能・高速度のFPGAとなり、
瞬間的な消費電流の大きさは、大きくなるはずだ。

そうなっていった場合、瞬間的な電流供給能力に関しては、
動作周波数の高いスイッチング電源のほうが、いわゆるリニア電源よりも有利なのではないだろうか。

Date: 2月 9th, 2023
Cate: 新製品

Meridian 210 Streamer(その13)

2022年発行のステレオサウンドで、メリディアンの210は取り上げられていない。
2022年夏に日本への輸入が再開されたとはいえ、
210自体は何度も書いているように2019年に発表・発売になっている。

日本での発売は2022年からなのだが、他国では発売になって三年経つ製品となる。
その4)で、オーディオ雑誌は、210を新製品として取り扱うのだろうか、と書いた。

224号、225号の新製品紹介記事に210は登場していない。
来月発売の226号で取り上げられている可能性は、まずないといっていいだろう。
210は、ステレオサウンドでは新製品として扱われない。

2019年発売の製品だから──、と扱わない理由としてステレオサウンド編集部は挙げるだろう。
けれど、それではなぜジャーマン・フィジックスのHRS130は、新製品として取り上げているのか。

ジャーマン・フィジックスも日本への輸入は十年ほど途絶えていた。
輸入が再開したのはメリディアンと同じころ、昨夏だ。

HRS130は2022年に登場した製品ではない。
日本以外の国では数年前から売っている。
メリディアンの210と事情は同じ製品なのだ。

なのに一方は取り上げ、もう一方は取り上げない。

Date: 2月 7th, 2023
Cate: ジャーナリズム

オーディオにおけるジャーナリズム(リーダーとマネージャー、それに組織・その7)

話題になっているChatGPTで、オーディオのことをチャットしてみると、
意外にも、まともな答が返ってくる。

オーディオについて考えることは無駄ですか、ときいてみると、
ChatGPTは、こう答えてくれた。

オーディオについて考えることは無駄ではありません。音楽やオーディオは、多くの人々の日常生活に大きな役割を果たしています。良い音質を享受することは、リラックスした気分やエンターテイメントを楽しむことができます。また、音楽やオーディオに対する理解を深めることは、自分自身の音楽的な好みや音響知識を向上させることにもつながります。しかしながら、音楽やオーディオ以外の活動も大切ですので、バランスよく考えて楽しんでください。

最後の《音楽やオーディオ以外の活動も大切ですので、バランスよく考えて楽しんでください》、
なかなか優秀な答といえる。

ステレオサウンドで働いていたころ、あるオーディオ評論家がいっていたことを思い出す。
試聴は楽しいけれど、そのあとの原稿書きは大変。
試聴メモを入力すると、コンピューターが自動的に文章を書いてくれるようにならないだろうか、
そんなことだった。

1980年代は、こんなことは夢物語だったからこそ、
そのオーディオ評論家も、そんなことを言ったのだろうが、
それから四十年近く経った現在、夢物語ではなくなりつつあるといえるほどに、
おそろしい速度で進歩している。

それこそ試聴メモをスキャンしさえすれば、自動的に試聴記を書き出してくれるようになる。
そんな時代は、意外に近いように感じる。

昨年12月に、韓国の出版グループ・韓国電子図書出版という会社が、
人工知能技術を活用した雑誌を創刊している。

SINGULARiTY(シンギュラリティ)という雑誌で、
編集者、デザイナーが一人、もしくは全く必要としない雑誌づくり(編集)を目指す、とのこと。

最終的には人間の編集者不要の雑誌ということになる。

Date: 2月 5th, 2023
Cate: High Resolution, 日本のオーディオ

日本のオーディオ、これから(MQAのこと・その7)

どうもステレオサウンドは、MQAについては無視か、
冷たい扱いの方針のようだ。

その1)で、
ベストバイの特集で、CDプレーヤーの写真には、CD、SACD、といった対応メディアの記載があるが、
MQAは、ないと書いているが、このことは一年経っても同じである。

225号のベストバイでも、MQA対応機種のところに、MQAの文字はない。

新製品紹介記事で、テクニクスのSL-G700M2が取り上げられている。
山之内 正氏が担当されている。

2ページの記事なのだが、山之内 正氏の文章中だけでなく、
スペックのところにも、写真の説明文のところにも、MQAの文字はまったくない。

MQAに対し、ステレオサウンドは否定的な立場なのだろうか。
それはそれでかまわないのだが、
ならばMQAを認めない理由をきちんと説明したらいいのではないのか。

Date: 2月 5th, 2023
Cate: German Physiks

ジャーマン・フィジックス Troubadour 40のこと(その12)

ステレオサウンド 225号で、
小野寺弘滋氏は、《無指向性であっても曖昧さや茫洋なところのない、それでいて無指向性システムならではのリラックスした雰囲気をかもし出す無二の存在。》
とジャーマン・フィジックスのHRS130のところで書かれている。

ここで、小野寺弘滋氏がいうところの無指向性とは、
この項で書いてきている無指向性スピーカーのこととは思えない。

ビクターのGB1の代表されるような複数のユニットを搭載した多指向性を含めてなのか、
それともコーン型ユニットを上向きにして取りつけ、
円錐状のディフューザーがコーン紙前面にある、いわゆる間接放射型の無指向性を含めてなのか。

そのことが曖昧なままでの《無指向性であっても曖昧さや茫洋なところのない》のように感じる。

小野寺弘滋氏は、菅野先生のリスニングルームでTroubadour 40(80)は聴いてるだろうし、
それだけでなくステレオサウンドの試聴室、輸入元のところでもそうであろう。

そのうえで《無指向性であっても曖昧さや茫洋なところのない》としたのか。
なんとも曖昧なままの印象しか残らない。

Date: 2月 5th, 2023
Cate: ジャーナリズム, 広告

「タイアップ記事なんて、なくなればいい」という記事(パラダイムのスピーカーについて・その5)

ステレオサウンドの読者は、
オーディオアクセサリーなんて、といって読まないのだろうか。
オーディオアクセサリーの読者も同じように、
ステレオサウンドなんて、といって読まないのだろうか。

二誌とも読む人のほうが多いように思っているけれど、実際のところはどうなのか。
こんなことを、いまさら書いたのは、
オーディオアクセサリーとステレオサウンドでのパラダイムのスピーカーの取り上げ方に、
かなりの温度差を感じたからである。

この項で書いているように、オーディオアクセサリー(いうよりも音元出版)は、
パラダイムのスピーカーを積極的に取り上げている。

パラダイムのスピーカーシステムを聴いていないので、
その音、実力については何も語れないのだが、
聴いた友人は、優秀なスピーカーだよ、といっていた。

そうなのだろう、とは思っている。
優秀なスピーカーなのだろうが、ステレオサウンド 225号を眺めていると、
ベストバイで写真つきで掲載されているのは、Persona Bだけである。
それも、小野寺弘滋、傅 信幸、三浦孝仁の三氏が星一つで、計星三つだけ。

他のモデルも星を獲得しているが、星の数が少なくて、
写真もコメントもなしの扱い。

オーディオアクセサリー、ステレオサウンド、
それぞれの編集方針の違いから、こういう違いが生じるのか──。

素晴らしいスピーカーシステムであれば、ここまでの違いは生じないのではないか。

オーディオアクセサリーの、というだけでなく、
輸入元のPDNの、ということも含めてあからさまなやり方が目立つだけではないのか。

あと二週間足らずで、オーディオアクセサリーの春号が発売になる。
そこでもパラダイムのスピーカーは、かなりのページを割いて取り上げられているのか。

Date: 2月 5th, 2023
Cate: ジャーナリズム

オーディオにおけるジャーナリズム(リーダーとマネージャー、それに組織・その6)

ステレオサウンド・グランプリは、ステレオサウンドのいわば看板記事のはずだ。
ステレオサウンド・グランプリをおもしろい、おもしろくない、
どう感じるかは別としても、看板記事であることには違いない。

なのに、どうしてなのだろうか、と、
Kindle Unlimitedで、ステレオサウンド 225号を読んでいて思った。

ピリウムのHerculesが選ばれている。
小野寺弘滋、三浦孝仁、山之内 正の三氏が書かれている。

三氏とも、書き始めはほぼ同じである。
ピリウムがギリシャの会社(ブランド)であること、
2014年に創業したことが書かれてある。

誰か一人が書けば済むことである。
というよりも、ピリウムは225号、つまり同じ号で紹介されているから、
そこでも同じことが書かれているわけで、
そういったことはステレオサウンド・グランプリでは省いても問題ない。

なのに三氏とも同じことを書くのは、どうしてなのか。
他に書くことがなかったのか。

ステレオサウンド・グランプリの担当編集者は、このことに気づいているのか。
気づいていて、そのまま誌面に載せたのか。
それともまったく気づいていないのか。

(その5)で、
ステレオサウンドの編集部の全員、照らし合せることをしないのか。
していないのであれば、編集者ではなく、編集捨になりつつある……、
そんなことを書いたが、看板記事でもそうなっているのか。

Date: 2月 2nd, 2023
Cate: German Physiks

ジャーマン・フィジックス HRS130(とベストバイ・その3)

Kindle Unlimitedで、ステレオサウンド 225号を読んでいる。
ステレオサウンド・グランプリで、ジャーマン・フィジックスのHRS130は選ばれている。

小野寺弘滋、傅 信幸、和田博巳の三氏がHRS130について書かれている。

小野寺弘滋氏は、《無指向性であっても曖昧さや茫洋なところのない、それでいて無指向性システムならではのリラックスした雰囲気をかもし出す無二の存在。》、
傅 信幸氏は、《本機の鳴りかたには特有のライヴ感がある。本機の位置にステージが出現するのには、ギョッとさせられてしまう。まるでトリックアートを観るかのようだ。》、
和田博巳氏は、《リビドーを喚起するDDDユニットの妖艶な音は、この音に魅せられたら最後、本モデルを買うしかない。個人的に困った存在だ。》、
というふうに評価されている。

三氏の本音はなんともわからないが、
高く評価されている、と受け止めていいだろう。

ジャーマン・フィジックスのDDD型ユニットの実力を高く評価している者としては、
それぞれにちょっとずついいたいことはあるけれど、ここでは控えておく。

ベストバイでもHRS130は選ばれている。
小野寺弘滋、傅 信幸、山之内 正の三氏が星(点)を入れていて、
三氏とも一つ星で、計三星で、ペアで320万円以上のスピーカーシステムとしては、七位。

ベストバイでは、小野寺弘滋氏がコメントを書かれている。
さらっとしているな、と読んでいてまず感じた。

和田博巳氏は今回はベストバイの選考委員ではない。
和田博巳氏が例年とおり選考委員の一人だとしたら、星いくつだったのか。

《個人的に困った存在だ》とまで書かれているのだから、
星一つということはないだろう。
星二つ、もしくは三つか。

そうなっていたら、小野寺弘滋氏ではなく、和田博巳氏が書かれていたかもしれない。
ステレオサウンド・グランプリとベストバイでの評価に温度差を感じることは、
今回のHRS130だけのことではない。

これまでにはあった。
ステレオサウンド・グランプリではけっこう高く評価していたはずなのに、
同じ号でのベストバイでは、意外に冷静な評価(冷たい評価)と感じたことは、ままある。

それはステレオサウンド・グランプリとベストバイとでは選考基準が違うから──、
そのことはわかっているうえで、これを書いている。