Archive for 11月, 2019

Date: 11月 25th, 2019
Cate: ユニバーサルウーファー

電子制御の夢(ウーファーの場合・その2)

MFBに関心をもった時期が、10代のころあった。
でもMFBについて知るほどに、大変な技術だと思うようになって、
こういう技術がほんとうにうまくいくのだろうか、という疑問もわいてきた。

そのころの私にはMFBがどういう技術なのかはおおまかにはわかっても、
MFB制御のシステムを自作することは技術的に無理だった、ということ、
それから実際にMFB採用のスピーカーを聴いたことがなかった、ということも、
MFBに関心をもたなくなった理由といえる。

それでもステレオサウンドでインフィニティのスピーカーにおいて、
MFBによる低音再生のすごさを一度でも体験すると、やはりMFBか、と思ったりもした。

それにヤマハからASTが登場した。
MFBとはいえないが、スピーカーのアース側に電流検出用の抵抗をもうけ、
そこからNFBをかけることでアンプの出力インピーダンスを、
ウーファーのボイスコイルの直流抵抗を打ち消すために負性抵抗にする技術と、
バスレフ動作との組合せによる低音再生の拡大には、
どこか挑発されているような気すらした。

低音再生は難しい。
オーディオの歴史は、低音再生の歴史ともいえるところがある。

難しいから避けて通るのか。
それも一つの手ではある。

実際に、オーディオマニアのなかには、低音なんていらない、
と極論をいう人もいる。

そこまでではなくても、低音を出すことによるデメリットよりも、
低音を出さないことのメリットをとる、という人もいる。

低音再生に消極的な人がいる。
私も、10代のほんの一時期、そんなふうに考えていたこともあるから、
その言い分もわからなくはない。

でも、そんな時期はとっくに過ぎ去った。
過ぎ去ったうえで、ユニバーサルウーファーについて考え、
MFBにこだわらなくとも、電子制御による低音再生は、
新しいアプローチが可能になってきたように感じている。

Date: 11月 25th, 2019
Cate: ディスク/ブック

音楽を研究する愉しみ

風響社から「音楽を研究する愉しみ」が出ている。

さきほど知ったばかりの本だ。
リンク先には目次と内容説明がある。

これだけで面白そうだな、と思えてきた。
南米、タイ、韓国、中国、ミャンマーの音楽についての研究の本のようだ。
南米音楽は聴くけれど、タイ、韓国、中国、ミャンマーの音楽にはさほど興味がない、
韓国の音楽は好きだけれど……、
そういう人は私も含めて少なくはないように思う。

南米、タイ、韓国、中国、ミャンマーの音楽すべてをかなり聴きこんでいる人は、
どれぐらいいるのだろうか。

だからといって、この本には関心がない、といってしまうのは勿体ないように思う。
まだ読んでいない、手にとってすらいない本なのだが、
「音楽の愉しみ」ではなく、「音楽を研究する愉しみ」であり、著者は五人、
学問分野や方法論の違いが当然あるはずだ。

そのうえでの「音楽を研究する愉しみ」である。

Date: 11月 24th, 2019
Cate: デザイン

オーディオ・システムのデザインの中心(その25)

ステレオサウンド 43号に、これが載っていた。
     *
 はじめて見たとき、この外観は試作品かと思ったほどで、デザインに関しては評価以前の論外といいたいが、その内容と音質は本格的な高級プリアンプで、ことに鳴らし込むにつれて音のデリカシーにいっそうの艶を加えながらダイナミックにステレオのプレゼンスを展開する音質の良さは特筆ものだ。それだけに、このデザインは一日も早く何とかしてもらいたい。いくら音が抜群でも、この形では目の前に置くだけで不愉快だ。
     *
トリオのコントロールアンプL07Cについての瀬川先生の文章である。
この文章からは、瀬川先生の怒りが感じとれた。

でも、当時中学三年だった私は、瀬川先生の怒りを、完全に理解していたわけでもなかった。
確かにL07Cのデザインは、お世辞にも優れているとは思えなかった。

それでも、ここまでの怒りの理由が、どうしても理解できなかった。
わかろうとはした。

49号でも、L07CIIのところで、こう書かれていた。
     *
 しかし07シリーズは、音質ばかりでなくデザイン、ことにコントロールアンプのそれが、どうにも野暮で薄汚かった。音質ばかりでなく、と書いたがその音質の方は、デザインにくらべてはるかに良かったし、そのために私個人も多くの愛好家に奨めたくらいだが、ユーザーの答えは、いくら音が良くてもあの顔じゃねえ……ときまっていた。そのことを本誌にも書いたのがトリオのある重役の目にとまって、音質について褒めてくれたのは嬉しいが、デザインのことをああもくそみそに露骨に書かれては、あなたを殴りたいほど口惜しいよ。それほどあのデザインはひどいか、と問いつめられた。私は、ひどいと思う、と答えた。
     *
《デザインに関しては評価以前の論外》、
《この形では目の前に置くだけで不愉快だ》、
《どうにも野暮で薄汚かった》、
L07Cのデザインを知らない人が読んだら、どれだけひどいデザインを想像するだろうか。

実を言うと、ごく短いあいだだったがL07Cを持っていたことがある。
友人が秋葉原のジャンクパーツ店で、数千円を売られていたのを買ってきて、
使わないからあげるよ、といってくれたモノだった。

L07Cが出て十年以上経っていた。
それでも瀬川先生の怒りの半分程度しか理解できていなかった、といまではいえる。

Date: 11月 24th, 2019
Cate: デザイン

オーディオ・システムのデザインの中心(その24)

オーディオを特集としたSWITCH 12月号が、いま書店に並んでいる。

「アキュフェーズのデザイン そのプロダクトデザインは誰のため? オーディオにおけるスタンダートなデザインとは」という記事が載っている。

このタイトルを、そのままアキュフェーズのデザイン陣に投げ返したい。
《そのプロダクトデザインは誰のため?》、
誰のためと考えているのか、思っているのか。

《オーディオにおけるスタンダードなデザインとは》、
デザインとはプロポーションは関係なくなってくるのか。

アキュフェーズだけでなく、この記事にもいいたいことはまだまだある。
SWITCH 12月号を買わなかったのは、「アキュフェーズのデザイン」が提灯記事と思えたからだ。

E800の写真を見た時から、
二十年ほど前のBOSEのPLSシリーズのプロポーションに近い、と感じていた。

PLSシリーズはCDプレーヤー搭載のアンプで、ツマミ配置もアキュフェーズのアンプに近い。
ただしPLSシリーズは、BOSEの家庭用アンプらしい小型であったからこそ、
あのプロポーションがいい感じでまとまっている。

その点がE800はまるで違う。
E800は大型のプリメインアンプであるからこそ、
ずんぐりむっくりの、その筐体に愛矯は存在しない。
ただただずんぐりむっくりでしかない。

これで音が悪かったら、木偶の坊でしかない。

もう二十年以上、アキュフェーズのデザインを素晴らしいとは感じていなかった。
それでもアキュフェーズのデザインは、節度といえるようなところが、まだあった。
なので、特にアキュフェーズのデザインについては触れてこなかった。

Date: 11月 24th, 2019
Cate: デザイン

オーディオ・システムのデザインの中心(その23)

アキュフェーズのプリメインアンプの新製品E800。
写真を見て、アキュフェーズもか、と思ってしまった。

それでも何かいうのは、
一応インターナショナルオーディオショウで実物を見てからにしよう、と決めていた。
見てきた。

プリメインアンプとしてやりたいこと、できることをやった結果としての、あのサイズ。
それは理解できないわけではないが、
それにしてもプロポーションはひどすぎる。

以前ラックスのアンプのプロポーションがずんぐりむっくりしたことに対し、
否定的なことを書いた。

ラックスのプロポーションについて触れて、
アキュフェーズのE800のプロポーションに触れないわけにはいかない。
ずんぐりむっくり度は、E800が上をいく。

E800のサイズならば、いっそのことセパレート化したほうがいいのではないか。
そういう意見はありそうだし、アキュフェーズもそのことはわかっていると思う。

それでもプリメインアンプのいいモノが欲しい、という人たちがいる。
セパレートアンプの方が音のいいのはわかっているが、
そこまで大袈裟なシステムにしたくない、プリメインアンプという形態が望ましい、
そういう人の要望に応えてE800であるはずだし、
技術者として、そしてアンプ専門メーカーとしても、
プリメインアンプの最高といえるモノを送り出したい、という意気込みもあったのだと思っている。

にしてもプロポーションがひどすぎる。
サイズがある程度大きくなるのは仕方ないとしても、
なぜ、あのプロポーションのまま製品化してしまったのか。

しかもずんぐりむっくりを恥とは思っていない、
そんなふうにも見えてしまう。

Date: 11月 24th, 2019
Cate: 「オーディオ」考

「ゴドーを待ちながら」再読(その4)

インターナショナルオーディオショウで、それぞれのブースで待っている人たち、
またオーディオマニアの人たちの姿が、
「ゴドーを待ちながら」のウラディミールとエストラゴンと重なってきた。

われわれオーディオマニアは、ウラディミールとエストラゴンではないのか。
この二人が待つゴドーは、オーディオマニアにとっては原音ということになのか。

そう仮定すると、
ウラディミールとエストラゴンがゴドーを待ちながらやっていることは、
オーディオマニアがやっていることなのか。

そしてポッツォとラッキーという主従関係にある二人が、そんな二人の前に現れる。
ポッツォとラッキーは、オーディオマニアにとって何なのか。

これはいろんな解釈ができる、と再読せずに思っている。

ポッツォとラッキーは、ウラディミールとエストラゴンの前から去る。
するとゴドーの使者と思われる少年がやってくる。
今日は無理だが、明日は来る、というゴドーの伝言を伝える。

そして第一幕が終る。

第二幕でも登場人物に変りはない。
ポッツォとラッキーが再び現れるが、第一幕のままのポッツォとラッキーではない。
少年もまた現れる。

ゴドーは現れない。

こうやって書いていっていると、
書く前以上に「ゴドーを待ちながら」はオーディオという世界、
そしてオーディオマニアを当てはめることができる、と感じるようになった。

Date: 11月 24th, 2019
Cate: 「オーディオ」考

「ゴドーを待ちながら」再読(その3)

「ゴドーを待ちながら」は学生のときに、図書館から借りて読んだだけだ。
なので手元にはない。
再読としているが、まだ再読していない。

学生のときだから、もう四十年近く前になる。
あらすじは憶えている。いまではその程度でしかない。

「ゴトーを待ちながら」の舞台は見ていない。
それでも、今回、ふと「ゴドーを待ちながら」が浮んできた。

あらすじはGoogleで検索すればすぐに出てくるので、そちらを参照してほしい。

「ゴドーを待ちながら」には、ウラディミールとエストラゴンという二人の浮浪者がいる。
この二人の浮浪者が、ゴドーを待ちつづけている。

しかも、この二人はゴドーに会ったことはない。
それなのに待ちつづけている。

ゴドーはGodotなので、英語の神(God)を意味しているともいわれているが、
そうなのかしれないし、他の解釈もできよう。

「ゴドーを待ちながら」をずっと以前に読んだ時、どう思ったのか、もう薄れてしまっている。

私にとって「ゴドーを待ちながら」はそういう存在でしかないのに、
今回思い出したのは、「ゴドーを待ちながら」がとても好きな知人がいるからかもしれない。

その知人は、Macのパスワードを、「ゴドーを待ちながら」につながる言葉にしている。
その知人と会ったわけでもない。
ここ数年会っていない。

知人の苗字はよくある。たまたま、同じ苗字を目にしたからなのか、
知人のこと、インターナショナルオーディオショウでのこと、
普段ならつながるはずのないことがつながっての「ゴドーを待ちながら」を思い出した。

Date: 11月 24th, 2019
Cate: 「オーディオ」考

「ゴドーを待ちながら」再読(その2)

最初テクニクスのスタッフの方によるSL-G700の説明があった。
長いのか、と思っていたら、来場者の気持がわかっている実に簡単な説明だった。

その後にUSBメモリーをフロントパネルにある端子に挿してのDSD再生、
それからSACDの再生、そしてMQAへ移っていくわけだが、
ここでMQAジャパンの方にバトンタッチ。

簡単に説明します、という前置きがだったけれど、意外に長い。
手元にはMQAのパンフレットもあるのに……、と思いつつも黙って聞くしかない。

結局18時5分くらいまでテクニクスのブースにいたけれど、
MQAの音をSL-G700では聴けずじまいだった。

こういう段取りは、今回のテクニクスだけではない。
延々と製品や技術の説明をするブースは、いまでも多い。

まず音を聴かせてほしい、とその度に思う。
一曲でいい。まず音を鳴らす、そして説明に入ればいいのに、と思う。

そんな来場者の気持を、テクニクスの人はわかっていたのだろう。
MQAの人はそうではなかった。

別に怒りがそこに対してあるわけではないが、
こういうことを毎年体験していると、そのことへの考えにも変化が生じてくる。

テクニクスのブースを足早に出て、東京駅の地下街まで歯の治療に向う途中、
何を待っていたんだろうか、と考えていた。

SL-G700によるMQAの音が鳴ってくるのを待っていた。
これははっきりしている。
でも、これだけなのだろうか……、と、
開始時間を待っている大勢の人たちの姿が重なってきて、
オーディオマニアは待っているのか、
待っているのだとしたら、何を待っているのか、
そんなことを連想していた。

Date: 11月 24th, 2019
Cate: 「オーディオ」考

「ゴドーを待ちながら」再読(その1)

二日前にインターナショナルオーディオショウに行った。
それぞれのブースは、人が大勢入っているところもあれば、そうでないところもある。

日に何度かオーディオ評論家によるイベントを行うところもある。
人気のあるオーディオ評論家の回だと、開始時間のかなり前から、大勢の人が待っている。
毎年、そういうのを眺めてきた。今年もそうだった。

今年は、少し違った。
待っている人を見て、この人たちは何を待っているのか、とふと思った。
開始時間を待っているわけなのに、
お目当てのオーディオ評論家が登場するのを待っているのはわかっているのに、
なぜかそう思った。

何を待っているのか。
待っている人一人ひとりに、「何を待っていますか」と訊いてまわっても、
答は「始まるのを待っている」、
「○○さん(オーディオ評論家)が登場するのを待っている」、
そんなところのはずだ。

きっと、何をわかりきったことを訊くんだ、と思われることだろう。
それでも、何を待っているのか、はっきりとわかっている人はいるのだろうか。

初日にインターナショナルオーディオショウに行った。
この日の最後に訪れたのはテクニクスのブースだった。

テクニクスのブースは、他のブースから離れたところにある。
この日は歯の治療に行かなければならなかったので、
最後にテクニクスのブースに寄って、18時には会場を出る予定だった。

17時半ごろに行くと、SL-G700のデモが始まるところだった。
椅子に座って待っていると、スタッフの方がパンフレットを配られている。

SL-G700のパンフレットか、と思っていたら、MQAのパンフレットだった。
MQAジャパンの人もいて、MQAのデモも行う雰囲気があった。

Date: 11月 23rd, 2019
Cate: 「本」

オーディオの「本」(近所の書店にて・その6)

別項「菅野沖彦のレコード演奏家訪問〈選集〉」へのfacebookでのコメントに、
県内最大の書店で、やっと見つけた、とあった。
別の方は、あてになりそうな書店がないとのことで、amazonに注文した、ともあった。

東京でも、規模がそれほど大きくない書店だと、
オーディオ関係の雑誌は置かれていないところが確実に増えてきている。

東京以外でも同じようである。
おそらく、私の実家がある熊本の田舎町も同じであろう。

「五味オーディオ教室」でオーディオの世界に出逢った私にとっては、
これから先、オーディオはどうなるんだろう……、と心配にダイレクトに結びついていく。

いまちょうどインターナショナルオーディオショウがやっている。
今年はどれだけの入場者があるのか、
例年と同じくらいてのか、増えているのか減っているのか。

いまのところなんともいえないが、増えたからといって喜べる状況だろうか。

本は、見知らぬ世界への入口となってくれる。
こんなことを書くと、amazonがあるだろう、と返ってくるかもしれない。

ここでは無線と実験が、近所の書店が置かれなくなった、ということから書き始めている。
書店になければ、amazonから買えばいいだろう、
わざわざ書くほどのことじゃない──、
ほんとうにそうだろうか。

ずっとオーディオをやってきて、無線と実験という雑誌があること、
これまで読んできた人ならば、それでいい。
でも、世の中には、無線と実験というオーディオ雑誌を知らない人の方が圧倒的に多い。

無線と実験の名をたまたま挙げているが、
ステレオサウンドに置き換えても同じだ。

ステレオサウンドで働きはじめたばかりのころ、いわれたことがある。
ステレオサウンドはオーディオの世界では有名だけど、
雑誌全体の世界から見れば無名に近い存在なんだ、と。

Date: 11月 23rd, 2019
Cate: ショウ雑感

2019年ショウ雑感(その21)

電車に乗ると、非常に混んでいてもバックパック(リュック)を背負ったままの人がいる。
アナウンスでは前に抱えてください、とくり返していても、
背負ったままの人は、必ずいる。

今年のインターナショナルオーディオショウで初めて感じたのは、
大きなバックパックを背負ったままの人が少なからずいて、
混んでいるブースでも、周りの人をまったく気にせずに体の向きを変えたり、
後ずさりしている人が目についただけでなく、ぶつかりそうになった。

ほんとうに、こういう人たちは、
体の厚みがバックパックの分だけ後に増していることをまったく意識していないようである。

誰かにあたれば気づきそうなのに、まったく気にする様子もうかがえない。
来年、再来年……とこういう人たちが増えてくるようになると、
インターナショナルオーディオショウの会場でも、
バックパックは前に抱えてください、とアナウンスされるようになるのかもしれない。

Date: 11月 22nd, 2019
Cate: ショウ雑感

2019年ショウ雑感(その20)

FMアコースティックスについて続きを書いていくと、
それだけで終ってしまいそうなので、ここまでとするが、
それでも明日明後日、インターナショナルオーディオショウに行かれる方は、
FMアコースティックスで鳴らされるファインオーディオのF1-12の音を聴いてほしい。

今年聴く機会のない人は、来年がある。
来年もアクシスのブースでは、FMアコースティックスはあるはずだし、
ファインオーディオもあるはずだから、来年も聴けるはずだ。

とにかくFMアコースティックスほど、低音の表現力に秀でたアンプは、
いまのところ存在しないのかもしれない。

あと意外だったのが、タイムロードのブースだった。
別項「オーディオ・システムのデザインの中心」で、
タイムロードのオリジナルブランドのスピーカー、Alinaのデザインについて書いている。

デザインは酷評したが、音に関しては何も書いていない。
聴いていないのだから。

今日、タイムロードのブースに入ったら、ちょうどAlinaが鳴っていた。
デザインとは対照的に、音には好印象を持つことができた。

青色のAlinaが鳴っていた。
別項で、ドラゴンクエストのスライムだ、と書いた青色のAlinaであるだけに、
ジョーダン・ワッツのflagonへのオマージュとリスペクト、
デザインや機能に意味合いを持った製品開発、
そういったことを謳っていなければ、愛嬌ある製品(形)に見えてくる。

タイムロードの部費酢に入ったときから、
既に椅子に座って聴いている人たちの雰囲気が、聴き入っているという感じがあった。

Date: 11月 22nd, 2019
Cate: ショウ雑感

2019年ショウ雑感(その19)

会場の国際フォーラムに着いたのは12時30分ごろだった。
19時までいられればよかったのだが、
歯の治療の予約をしていたので、18時までしかいられず、
今回も素通りせざるをえなかったブースがある。
すべてのブースをまわったわけではない。

なので、あくまでも私が入ったブースということになるが、
今年聴いたなかで、印象深かったのは、アクシスで鳴っていたファインオーディオのF1-12だ。

昨年もファインオーディオのスピーカーには好印象を持っていた。
昨年鳴っていたのは、F1-10で、今年のモデルはユニット口径が12インチにアップしている。

しかも今年は、FMアコースティックスでの音を聴けた。
他のアンプで鳴らされた音もいいのだが、FMアコースティックスの音を聴いた後では、
色褪てしまうほどに、魅力的に鳴っていた。

アクシスのスタッフの方がいわれていたけれど、
FMアコースティックスの製品は、毎年値上げされる。十年でほぼ二倍になる。

確かにそうである。
このあいだ、ひさしぶりにFMアコースティックスの価格を確認してみたら、
ここまで高くなっていたのか、と驚いた。
ほんとうに高い。あえて価格は書かないでおく。

音は空気の振動である。
空気にも質量はあるというものの、我々は空気の重さを感じることはほとんどない。

けれど音楽という空気は、重量ある楽器から生み出されたものである。
その楽器を弾く人には体重がある。

そういうところから音は出てくる、ということを感じる音なのだ。
ピアノの音は、それが300kgほどの重量をもつグランドピアノから発せられていることを感じる。
演奏者にも体重があることを感じさせる。

かといって、音そのものが重々しいわけではない。
FMアコースティックスの音を聴いたあと、
アクシスのブースのほかのアンプ、
ほかのブースでの音を聴くと、そこに肉体の不在を感じてしまうほどに、
FMアコースティックスの音には、肉体がある、ボディがある。

Date: 11月 22nd, 2019
Cate: ショウ雑感

2019年ショウ雑感(その18)

今日から三日間、インターナショナルオーディオショウの開催。
東京は冷たい雨。土日で天気が回復するなら今日はやめようかな、と思っていたけれど、
天気の回復は遅くなるようなので、初日の今日、行ってきた。

今年は、初の試み(のはず)として、
ニュ状パスカードの裏にスクラッチクジがついている。
当選すれば、各ブースでノベルティグッズがもらえる。
600名に当る、とのこと。

こういうクジ運はまったくない私なのに、
アブサートロンのB賞が当った。
とはいっても、ノベルティグッズの類なのか、とほとんど期待はしていなかった。
アブサートロンのブースで手渡されたのは、小さな袋に入ったモノだった。

パッと見て、何が入っているのかはわからなかった。
会場出る時になって、そうだ、と中身を確認すると、
アブサートロンが輸入しているストレートワイヤーのY字ラグGLS-Y8だった。
定価5,800円である。

これでB賞なのか、と思った。意外にいいモノをいただけた、と思っている。
A賞はなんだったのか、と想像もした。
実用的なモノを貰えて、こういう企画は、来年以降も続けてほしい、と思うと同時に、
当選した人は、できるだけ、SNSなどで、何が貰えたのか公開したらいいのではないか。

そんなモノを目当てに……、とか、そんなこと書かなくても……、
なんていう人もいるけれど、
これが少しでも入場者アップにつながっていき、盛り上ってくれればいいことである。

Date: 11月 21st, 2019
Cate: 「本」

オーディオの「本」(近所の書店にて・その5)

SWITCHは、12月号はオーディオを特集するのが三年続いている。
12月号は、「いい音と暮らす QUALITY of SOUND LIFE」である。

今日書店に寄ったのは、SWITCHが目的でもあった。
ション手について、まずオーディオアクセサリーの最新号を、
それから「菅野沖彦著作集」、「菅野沖彦のレコード演奏家訪問〈選集〉」を手にした。

この数分のあいだに、これからの本を手にした人は誰もいなかった。
でも、SWITCH 12月号は三人が手にしていた。
三人とも買いはしなかったが、それでも迷わずSWITCHに手を伸ばしていたのだから、
12月号の特集の内容に興味を持ってのことなのだろう。

この人たちが、オーディオに関心があるのか、それとも村上春樹への興味からなのか、
それとも両方に関心があるのか──、私にはわからない。

それでも手にする人がこれだけいるのか、と思った。
わずか三人じゃないか、といわれそうだが、
上記のように、オーディオ雑誌を手にした人はいないのだから。

今日に限らない。
オーディオ雑誌に手を伸ばす人を見かけるのは、一年の間に二回あるかないかである。