Date: 11月 24th, 2019
Cate: 「オーディオ」考
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「ゴドーを待ちながら」再読(その4)

インターナショナルオーディオショウで、それぞれのブースで待っている人たち、
またオーディオマニアの人たちの姿が、
「ゴドーを待ちながら」のウラディミールとエストラゴンと重なってきた。

われわれオーディオマニアは、ウラディミールとエストラゴンではないのか。
この二人が待つゴドーは、オーディオマニアにとっては原音ということになのか。

そう仮定すると、
ウラディミールとエストラゴンがゴドーを待ちながらやっていることは、
オーディオマニアがやっていることなのか。

そしてポッツォとラッキーという主従関係にある二人が、そんな二人の前に現れる。
ポッツォとラッキーは、オーディオマニアにとって何なのか。

これはいろんな解釈ができる、と再読せずに思っている。

ポッツォとラッキーは、ウラディミールとエストラゴンの前から去る。
するとゴドーの使者と思われる少年がやってくる。
今日は無理だが、明日は来る、というゴドーの伝言を伝える。

そして第一幕が終る。

第二幕でも登場人物に変りはない。
ポッツォとラッキーが再び現れるが、第一幕のままのポッツォとラッキーではない。
少年もまた現れる。

ゴドーは現れない。

こうやって書いていっていると、
書く前以上に「ゴドーを待ちながら」はオーディオという世界、
そしてオーディオマニアを当てはめることができる、と感じるようになった。

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