アンプにNFBをかけることで、特性は改善される。
周波数特性はのび、各種の歪も減る。ゲインも安定化される。
メリットはかなりある。
けれどデメリットもあることはずっと以前からいわれてきている。
NFBをかけすぎたアンプの音は死んでいる。
はっきりとした理由はわからない時代から、そういわれてきた。
1970年代がそろそろ終ろうとしているころに、TIMという、
新しい歪のことが、日本の技術誌の誌面にも登場するようになってきた。
TIMとはTransient Intermodulationの略語である。
フィンランドの物理学者マッティ・オタラ(Matti Otala)が、1963年に発見した歪である。
1968年からTIM歪の理論づけをはじめ、1970年にほぼ終了。
1972年にTIM歪抽出の論文を発表、1974年アンプのTIM歪測定法を発表。
1975年に、TIM理論を発表。
その後、1976年にIIM (Interface Intermodulation)を、
1979年にはPIM (Phase Intermodulation)を発見している。
このころマッティ・オタラの時の人だった。
ちなみにマッティ・オタラは、もともとの本名ではなかったそうだ。
ステレオサウンド 57号でのインタヴュー記事(ききて:長島達夫氏)によると、
国によって発音が違ってこないように、
コンピューターの順列組合せでつくった名前から絞りに絞って決めた名前だそうだ。
結婚を機に改名しているため、マッティ・オタラが本名となっている。
マッティ・オタラは1939年生れ、2015年に亡くなっている。
57号のインタヴュー記事には、TIM発見のきっかけのエピソードが載っている。
放送局に勤めるマッティ・オタラの友人が80dBものNFBをかけたパワーアンプを作って、
彼の家に持ち込んだ。
それは非常に硬い音のするアンプだったそうだ。
友人は、音が硬いのはNFBに原因があるのではなく、他のところにあるはずだから、
一緒に探してほしい、ということだったが、何の問題も発見できなかった。
数日後、今度は友人宅に行って、ふたたびそのアンプの音を聴いている。
はるかにいい音になっていたそうだ。
ただし、友人は50W出力のアンプとして設計したのに、30Wの出力しかとれていない、と。
友人は、トランジスターのエミッターとコレクターを逆に接続していたため、
出力が設計よりも小さな値になっていたわけだ。
つまりアンプのNFBをかける前のゲインは設計値よりも低く、
当然その分NFB量も減っていたわけだ。
そこでエミッターとコレクターを正しく接続しなおしたら、また音は硬くなった、とある。
1963年のころの話だから、マッティン・オタラが
「80dBもNFBもかけたら音は良くならないよ」と言っても、友人は信じなかったそうだ。
この時点では、なぜNFBをかけすぎると音にとって有害なのか、
そのシステムを解明していたわけではなかったけれど、経験上感じていたようだ。
マッティン・オタラのTIMについての論文は、検索すれば見つかると思う。
英文で見つかるはずだ。
TIM歪と従来の歪との大きな違いは、
TIM歪はいわは動的歪であり、従来の混変調歪、高調波歪は静的歪といえ、
NFBは静的歪に対しては非常に有効であっても、
適切に扱わなければ動的歪の発生原因となる。
マッティ・オタラはNFBをアスピリンにも例えている。
軽い頭痛であればわずかなアスピリンでおさまる。
けれど10kgのものもアスピリンを摂取したら非とは死んでしまう、と。
ちなみに57号(1980年時点)で、最適なNFB量は、
アンプの回路、使用するパーツによって変ってくるため一概にいえないとことわったうえで、
1970年の時点では22dB、1980年では12dB程度だといっている。
57号の表紙はハーマンカードンのパワーアンプ、
Citation XX(サイテーション・ダブルエックス)であり、
このアンプの回路設計はマッティ・オタラであり、NFB量は9dBとかなり低く抑えられていた。
57号の記事で、興味深いのはウィリアムソン・アンプについてである。
管球式アンプとしては、多量のNFBをかけて話題になったが、NFBは20dBである。
マッティ・オタラによると、ウィリアムソンの1933年の論文には、
NFBについては24dBを選択した、とある。
30dBをこすNFBをかけると、当時の測定器では測定できないほど静特性は改善される。
けれどウィリアムソンが24dBに抑えたのは、
ウィリアムソンは感覚的にTIMを発見していたのではないか、ということ。