Archive for 5月, 2015

Date: 5月 27th, 2015
Cate: 真空管アンプ

五極管シングルアンプ製作は初心者向きなのか(その5)

三極管と五極管の電気特性の違いは、はっきりとある。
五極管を三極管接続にすることで、その電気特性の違いをまったくなくすことはできないにしても、
ある程度は近づけられる。

けれど三極管と五極管の違いは、電気特性だけではない。
三極管、五極管という言葉が表わしているように、真空管の内部構造の違いがある。
三極管よりも五極管の方がエレメント(電極)の数が少なく、構造もその分シンプルといえる。
このことは電気特性に関係するだけでなく、機械的共振の違いにも関係してくる。

真空管パワーアンプの初段管を指で弾くと、
入力信号はゼロであってもスピーカーから音は出る。
初段管のすぐ近くで、あっ、とか、わっ、といった大きな声を出せばそれを拾ってしまう。

真空管は構造上、この性質をなくすことはできない。
ならば内部構造がシンプル、つまりエレメントの数が少ない方が、
その影響は少なくなるという考え方もできる。

この機械的共振の影響は、三極管接続にしてもなくすことはできないし、
この機械的共振を含めて五極管の特質として捉えるのであれば、
五極管は三極管接続にせず、五極管接続、もしくはUL接続としたほうが、
わたしにとってはすっきりした使い方ということになる。

くり返すが三極管接続を否定はしない。
お好きな人はやればいい。
けれど、私は三極管接続は選ばないだけである。

Date: 5月 27th, 2015
Cate: 老い

老いとオーディオ(音がわかるということ・その5)

その4)で引用した瀬川先生のカートリッジについての文章を読んで気づいたのは、
「人は大事なことから忘れていく」が意味することだった。

なぜ「人は大事なことから忘れていく」のか、と考えていた。
大事なことなのに忘れてしまうメカニズムはなんなのか。

確かに「人は大事なことから忘れていく」。
けれど人は案外、大事なことに気づいていない、ともいえる。

大事なことに気づいていないからこそ、
《そういう音だけのカートリッジが、世間では案外、良いカートリッジ、みたいに言われている》のだろう。

Date: 5月 27th, 2015
Cate: マルチアンプ

マルチアンプのすすめ(その35)

スピーカーシステムのLCネットワークにおける直列型と並列型。
それぞれのメリット、デメリットについて書くためには、
自分で直列型ネットワークと並列型ネットワークを、同じ部品でつくり、比較試聴するしかない。

その経験は私にはない。
だから想像でいうわけだが、
直列型ネットワークのほうが、システム全体のまとまりという点では並列型よりも優れているのではないのか。

確証があるわけではない。
けれど、いくつかの直列型ネットワークを採用したシステムを聴いて感じること、
そして並列型ネットワークでバイワイアリングにして感じること、
このふたつを考え合わせると、
互いのユニットが干渉し影響しあうことは、
設計が適切であればそれぞれのユニットが有機的に結合するということにもなっていく。

このことは(その30)に書いた長島先生の意見と、
つまりは同じことである。

有機的に結合した状態。
マルチウェイのスピーカーシステムで、それぞれのユニットがバラバラに鳴るのではなく、
すべてのユニットがまるでひとつのユニットであるかのように鳴るに欠かせない条件といえる。

並列型ネットワークでは、マルチアンプ・システムほどではないにしても、
2ウェイならばバイワイアリング、3ウェイならばトライワイアリングとすることで、
パワーアンプの出力端子にまでは独立させることで干渉を軽減化できる。

それによる音の変化は大きい。
けれどすべての方式にはメリット・デメリットがあるわけだから、
必ずしもすべての面で良くなるとは、どんな方式であってもいえない。

何を重視するのかによって、LCネットワークの設計も、直列型と並列型、
どちらを選択するのかが決ってくるところもあるはずだ。

Date: 5月 27th, 2015
Cate: デザイン
1 msg

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(その10・もうすこし余談)

フィデリティ・リサーチのトーンアームFR64Sは、型番末尾のSが示すようにステンレスが使われている。
SのつかないFR64はアルミ製である。

瀬川先生はFR64SよりもFR64のほうを高く評価されていた。
ステレオサウンド 43号のベストバイの中で、
《ステンレス製の64Sは、私の試聴したものは多少カン高い傾向の音だった。その後改良されて音のニュアンスが変っているという話を聞いたが、現時点では64の方を推す次第。》
と書かれている。

PD121AとFR64Sの組合せを見ていて感じていたのは、このことでもあった。
音は聴いていないのでなんともいえないのだが、
PD121のアルミの質感とFR64Sのステンレスの質感とがうまく合っていない印象を感じていた。

ささいなことといえばささいなことである。
モノクロの写真で見ていたときには感じにくかったことを、
実物を前にすると、はっきりと感じとれる。

ラックスはPD121、PD131の前にP22というアナログプレーヤーを、1966年に出している。
ベルトドライヴ方式のこのプレーヤーには、グレース製のトーンアームが付属していた。

PD121にはトーンアームが付属してこない。
原稿製品のPD171には、PD171ALとPD171Aとがあり、ALモデルはトーンアームなしだ。
PD171にはトーンアームなしのモデルはなかった。

PD121とPD171の大きな違いは、ここに関係しいてる点にもある。
PD121を使ったことのある人ならば、
トーンアームベースがバヨネット方式になっていることを知っている。

カメラのレンズ交換のそれと同じで、簡単にトーンアームベースを取り替えられるようになっている。
トーンアームを開発する、もしくは専門メーカーに依託することで、
PD121のプレーヤーシステムとしての完成度は高くなったであろうが、
それをあえてせずにアームレス仕様として送り出したのは、
このバヨネット方式のトーンアームベースにこだわってのことではないのか。

そういうこだわりが、PD171には感じられない。

Date: 5月 26th, 2015
Cate: デザイン

オーディオのデザイン、オーディオとデザイン(その10・余談)

ラックスのターンテーブルPD121は1975年に出ている。
デザイナーは、現在47研究所を主催されている木村準二氏。

いまのラックスにもアナログプレーヤーはある。
PD171がある。

私は、PD121はいまも欲しい、と思っている。
つい一ヵ月ほど前、あるオーディオ店にPD121Aとフィデリティ・リサーチのFR64Sの組合せが、
中古で店頭に並んでいた。
けっこうきれいな感じだった。つけられていた価格も妥当なものだった。

しばらく眺めていた。
こういうスタイルのアナログプレーヤーの良さというものを思い出していた。

PD171をオーディオショウ、オーディオ店でみかけても欲しいとは思ったことはない。
どちらが音がいいのかというと、PD171は聴いていないのでなんともいえないが、
PD171の方かもしれない。

それでも欲しいのはPD121である。
デザイナーが違うのだから、このふたつのアナログプレーヤーの印象が違うのは当然だと思っていた。
けれど、それだけではないようにも思うようになった。

PD121のころ、ラックスは本社が大阪にあった。
1984年に本社を東京都(大田区)に移す。
1987年には品川区へ移転。
1994年同じ品川区内でまた移転している。
いまは神奈川県横浜市に本社がある。

本社が関東に移ってから30年以上が経っている。

PD121とPD171のデザインの違いは、
本社がどこかにあったのかも関係しているのではないだろうか。

Date: 5月 26th, 2015
Cate: 五味康祐

続・長生きする才能(その4)

嫌われ愛想をつかされてしまう。
これしかないのではないないか、と思った。

最初のうちは周りの人も、たいへんな病に、それも不治の病なのだからと、
どんなわがままもイヤな顏ひとつせずにきいてくれるだろう。

けれどそれが一週間や一ヵ月ではなく、何年も何年も続いていくとしたら、
見放す人がひとりひとり増えていくのではないだろうか。

どんなに有名人であっても、素晴らしい音楽を奏でてきた人であっても、
いつ終るともしれぬわがままが、それも感謝の気持が示されることなく続いていくのであれば、
周りから人は去っていく……。

そんなことをおもっていた。
そうすれば自殺できるかもしれない。
時間はかかる。

ほんとうは感謝の気持をもっているのに、
それを抑え込んでわがままを押し通す。
健康な人であっても、こんなことをずっと続けていたらそうとうにしんどいはずである。

それをベッドの上から自力では起き上がれない人がやり続ける。

これは私の勝手な想像でしかない。
けれどジャクリーヌ・デュ=プレのような人が自殺を考えたとしたら、
これ以外の方法が私には思い浮ばなかった。

Date: 5月 26th, 2015
Cate: 老い

老いとオーディオ(音がわかるということ・その4)

瀬川先生は「続コンポーネントステレオのすすめ」に、こうも書かれている。
     *
 さて、カートリッジに望む第二条件は、そうしてあらゆる音楽(レコード)をきちんと鳴らしてくれるばかりでなく、そこに、そのカートリッジでなくては聴けない音の魅力がなくてはならない。そうでなくて、どうして、そのカートリッジをあえて選ぶ理由があるのだろう。
 この音の魅力というのを、カートリッジの音のクセと混同して頂きたくない。あらゆる音楽に、その音楽固有の音色の魅力がある。それぞれに異なる音楽の魅力をうまく抽き出しながら、しかもつい聴き惚れてしまうほどの美しい音楽的なバランスの良さが必要だ。どことなく無機的な、いわゆる蒸留水のような音は私は最も嫌う。だいいち、もとの音楽には演奏家の心をこめた気迫もあれば、色や艶もあり、そこにかもし出されるえもいわれぬ深い味わいがある。そういう音楽の魅力を、まるで鳴らしてくれないカートリッジがある。低音から高音までフラットでバランスが良い。ひずみもきわめて少なく、トレースは全く安定していて、どんなレコードも心配なく鳴らしてくれるのに、その音に味わいも艶も余韻の微妙な美しさもなくて、ただ白痴のような美しさだけ聴かせる。そんなカートリッジはどこか間違っていると私は思う。いや、正しいか間違いかなどはこの際問題ではない。そういうカートリッジではレコードの世界の深さを聴き手に伝えてくれないから、思わず時のたつのを忘れてあとからあとからレコードを聴き耽るというような気持にさせてくれない。結構な音でございます、では音楽の魅力は伝わってこない。だが、そういう音だけのカートリッジが、世間では案外、良いカートリッジ、みたいに言われている。
     *
これはカートリッジについて書かれているけれど、
同じトランスデューサーであるスピーカーにも、まったく同じことがあてはまる。
スピーカーだけではない、アンプやその他のオーディオ機器についても同じといえる。

さらにいえば、ここに書かれていることはオーディオ全体についていえることである。

「続コンポーネントステレオのすすめ」は1979年に出ている。
36年前に書かれたことである。
なのに、いまもそっくりそのまま、とまでは言わないけれど、
かなりの部分あてはまるのではないか。

このことは別項「つきあいの長い音」にも深く関係してくる。
それだけでなく、別のことにも関係しているように思えてならない。

Date: 5月 25th, 2015
Cate: 老い

老いとオーディオ(音がわかるということ・その3)

瀬川先生が書かれている。
     *
 と、さんざんうるさいことを書いておいて、最後にちょっと補足しておくが、違う違うといってもその音の差はきわめて微妙。その微妙な差を大きな問題に感じるが音のマニアなのであれば、反面、ヘッドシェルを交換して聴いてもその差がわからずにキョトンとする人も決して少なくない。ヘッドシェルといいリード線といい、それらを変えてその音の差を聴き分けるのが高級な耳だなどとは誤解しないほうがいい。そういう差をよく聴き分ける人が、装置全体の音楽的なバランスをひどくくずして、平気で聴いている例もまた少なくない。ヘッドシェルの類いといい、またシールド線やスピーカーコードの違いといい、それらの細かな音を比較してよりよい方向を探すことも大切だが、装置全体を、総合的に良い音に調整するには、もっと全体を大きく見とおすような、全体的な感覚が必要で、それは細かな音の差を聴き分ける能力とはまた別の感覚だという点は、忘れないでおきたい。(「続コンポーネントステレオのすすめ」より)
     *
ほんとうにそうである。
書かれているとおりだ。

Date: 5月 25th, 2015
Cate: オーディオマニア

つきあいの長い音(その4)

つきあいの長い音とは、自分の感覚に馴染んでいるということ。

Date: 5月 25th, 2015
Cate: 素材

素材考(発電ゴムという素材・その3)

リコーの発電ゴムがどれだけの性能なのかは、はっきりとしたことはなにもわかっていない。
リコーの発表資料にあるとおりの性能であるならば、センサーとしての性能も期待できる。

別項の「電子制御という夢」、ここでもセンサーとして期待している。
発電効率が高いのであれば、細かくしてトーンアームの各部に装着できる。
ゴムという素材なのだから、いままでのセンサーでは拾えなかった情報もピックアップできるように思える。

さらにこれまではアームパイプ内部の状態を知ることは難しかったように思う。
発電ゴムならば、パイプ内部にも簡単に装着できるし、トーンアームの実効質量にもほとんど影響を与えないだろう。

さらにさらにカートリッジ内部のセンサーとしても使える。
ダンパーの一部としての利用、そしてカンチレバーのセンサーとしても使えるのではないだろうか。

電子制御トーンアーム。
おそらくどこも新たに開発しようというところはないだろう。
新しい電子制御トーンアーム開発の環境は、その昔よりもずっと整っているけれど……。

Date: 5月 24th, 2015
Cate: 598のスピーカー

598というスピーカーの存在(その31)

ステレオサウンド 52号にJBL#4343研究の第二回が載っている。
瀬川先生による、プリメインアンプで4343はどこまで実力を発揮できる、という内容だ。

52号は1979年9月に出ているから、
598のスピーカー・ブームの数年前である。

この記事では、八機種のプリメインアンプが用意されている。
もっとも高価なモデルはマランツのPm8で250000円、
いちばん安いモデルはテクニクスのSU-V6で59800円。
1979年当時、4343WXは一本58万円だった。

598のスピーカーの約10倍であるから、
ここでのスピーカー対プリメインアンプの価格比をそのまま598のスピーカーにあてはめれば、
6000円から25000円ほどのプリメインアンプということになる。
現実には、2万円台のプリメインアンプはいくつかあったが、1万円を切るモデルは存在しなかったし、
価格比をすべての価格帯にあてはめることには無理がある。

ステレオサウンド 52号の記事中に瀬川先生は、こう書かれている。
     *
 これだけ日本国中にひろがった♯4343ではあるが、いろいろな場所で聴いてみて、それぞれに少なくとも最低水準の音は鳴っている。従来のこのタイプのスピーカーからみると、よほど間違った鳴らし方さえしなければ、それほどひどい音は出さない。これは後述することだが、アンプその他のパーツがかなりローコストのものでも、それらのクォリティの低さをスピーカーの方でカバーしてくれる包容力が大きいからだろう。
     *
4343には包容力がある。
ここがブームになった598のスピーカーシステムと大きく違うところである。

価格が違う、ユニット構成が違う、大きさが違う、国が違う……、
そういった違い以上に、包容力の違いは、組合せ(特にアンプの選択)において重要なこととなる。

Date: 5月 24th, 2015
Cate: 598のスピーカー

598というスピーカーの存在(その30)

いまはどうなのかは知らないが、
昔は価格的にバランスのとれた組合せということは、次のようなものだった。

スピーカーシステムの価格が一本59800円だとする。
約60000円だとして、アンプ(ここではプリメインアンプ)にもほぼ同額、
アナログプレーヤーにもほぼ同額ということだった。

つまりスピーカーは二本必要だから、60000×4=240000円が、
価格的にバランスのとれたといえる、ひとつの基準であった。

これがセパレートアンプを使うようなスピーカーシステムのグレードになってくると、すこし違ってくる。
スピーカーシステムの価格が一本50万円であれば、
コントロールアンプに50万円、パワーアンプに50万円、
アナログプレーヤー(カートリッジも含めて)に50万円、
つまりトータルで250万円くらいまでは、価格的にバランスがとれているとみなされていた。

もちろんここでもアンプにかける費用をスピーカーシステムと同額、
つまりコントロールアンプ、パワーアンプの合計が50万円というのもあった。

実際にはあくまでも目安であり、
予算的にはつねに制限があるものだから、
スピーカーに比重がおかれたり、
アナログプレーヤーが少し犠牲になったり、
予算内でのやりくりはもちろんあるわけだが、
59800円のスピーカーシステムを鳴らすのに、ペアで数十万円のセパレートアンプをもってくるのは、
あきらかに価格的にアンバランスな組合せとなる。

スピーカーシステムよりもアンプ、アナログプレーヤーのクォリティが高ければ、
それだけスピーカーはよく鳴ってくれる。
それでも59800円のスピーカーに対しては、
59800円から10万円くらいまでのプリメインアンプが選択肢となる。

だが1980年代半ば以降ブームとなった598のスピーカーシステムは、
同価格帯のプリメインアンプでうまく鳴ったという記憶がない。

Date: 5月 24th, 2015
Cate: オーディオの「美」

美しい「花」がある、「花」の美しさといふ様なものはない、を考える(その1)

美しい「花」がある、「花」の美しさといふ様なものはない。

別項「正しい音とはなにか?」の(その8)でもとりあげた。
小林秀雄の有名すぎる一節であり、これまでにいろいろな解釈がなされている。

私はオーディオマニアだから、まず「花」を「音」に置き換えて考えてみる。
それでもわかったようなわからないような……。

だが「花」を別のものに置き換えてみたら、どうだろうか。
「月」である。

美しい「月」がある、「月」の美しさといふ様なものはない。
こうなるわけだが、月そのものは、ほんとうに美しいのか、と思う。

夜空に浮ぶ月は、美しいな、と思うことはある。
けれどわれわれは実際の月を写真で見て知っている。
月の表面がどうなっているのかを知っている。

私は月そのものを美しいとは思えない。
けれど遠く離れたここ(地球)にいて、夜空の月を眺めれば美しい、と思う。

となると、美しい「月」がある、「月」の美しさといふ様なものはない、といえるのか。

Date: 5月 24th, 2015
Cate: 素材

素材考(発電ゴムという素材・その2)

発電ゴムということは、その逆もまたできるはずである。
つまり音声信号を発電ゴムに流せば、振動するはず。
発音ゴムでもあるはずだ。

ゴムなのだから、叩いても共振はしないはずだ。
それに動作だか一手もピストニックモーションでの振動による変換ではないから、
振動板としての剛性の高さは必要としないはず。
つまりベンディングウェーヴ型のスピーカーの素材として使えるはずだ。

オーディオではカートリッジとスピーカーに使えるはずだと多くの人が考える。
他に使えるところはないのだろうか。

これは私の直感なのだが、トランスに応用できるのではないかと考えている。
トランスは鉄芯(コア)にコイルを巻いている。
一次側(入力側)のコイルに信号が流れると、コアに磁束の流れが生じる。
この磁束の流れは二次側(出力側)のコイルに電流を発生させる。

電気→磁気→電気という変換がトランスの中で発生している。
発電ゴムは、この磁気のところを振動に置き換えられるのではないか。
電気→振動→電気というトランスが可能になるのではないか。

トランスは一次側と二次側のコイルの巻線比を変えることで、昇圧(降圧)ができる。
発電ゴムの柔軟性が、コイルの巻線に相当するのであれば、
柔軟性の異る発電ゴムが登場したら、コアを必要としないトランスが可能になるような気がする。

Date: 5月 24th, 2015
Cate: 素材

素材考(発電ゴムという素材・その1)

5月18日にリコーが発電ゴムを発表している。
いわゆる圧電素子のひとつとなる。

これまでの圧電素子といえば、リンク先にもあるようにセラミックと高分子樹脂があり、
それぞれに長所と短所がある。
今回の発電ゴムがリコーの発表通りのモノならば、それぞれの長所を併せ持つ圧電素子となる。

圧電といえば、昔のローコストのカーリトッジは圧電型があった。
セラミック型、クリスタル型と呼ばれていたカートリッジである。

MM型、MC型、MI型が速度比例型なのに対し、
圧電型カートリッジは振幅(変位)比例型であるため、
イコライザーアンプは原則として不要になる。
しかも出力電圧も大きいため、
ポータブル型のスピーカー内蔵のプレーヤーには、圧電型カートリッジが搭載され、
アンプは小出力のパワーアンプのみという簡単な構成になっていた。

そのせいか、これまで圧電型カートリッジはローコスト向きのように受けとめられてきたところがある。
けれど、一部のあいだでは、圧電型の可能性を評価する声もあった。

とはいえ圧電素子そのものが改良されることが必須であり、
リコーの発電ゴム以前にも、圧電素子はいくつも登場してきている。

それでもオーディオの世界で圧電素子が採用される事はなかったが、
今回の発電ゴムは可能性があるように思える。

当然カートリッジへの採用がまず考えられる。
しかもゴムだから、この圧電素子自体がダンパーを兼ねることになる。
コイルも磁気回路もいらない。
設計の自由度は高くなる。

これまでのカートリッジとは違う音を開いてくれる可能性もある。