Archive for category テーマ

Date: 3月 15th, 2012
Cate: 表現する

音を表現するということ(続×五・聴く、ということ)

音は、どこをいじったとしても必ず変化する。
その変化量や変化のベクトルは同じでないにしても、
音が変化しないということは──これは断言しておくが──、絶対にない。

こんなことでも音は変るのか……、と、ときには、その「発見」に喜ぶこともあるし、
またときには、こんなことで音は変ってほしくない、と思うこともある。
ちょっとやそっとのことでは音が変らない、そんなオーディオが欲しい気持はどこかにある。
それでも、音は変る。

にも関わらず、世の中にはオーディオを趣味としているといいながらも、
ケーブルを変えても音は変らない(この程度ならまだいいほうなのかもしれない)、
中にはアンプを変えても音は変らない、という人もいる。

実は、そういう人の音のきき方は、音の違いのみに意識を集中しているのではないか、と感じる。
音の変化を聴き分けるのだから、それでいいんじゃないか、といわれそうだが、
音を聴くということは、音の良さを聴きとろうとする行為であって、
それぞれのオーディオ機器の音の良さを感じとろう、聴きとろうという意識であれば、
音の違いは自然とわかってくるもの。

Date: 3月 14th, 2012
Cate: ジャーナリズム

あったもの、なくなったもの(その2)

いろいろなことがらで、あったもの、なくなったものについて考えることが少しずつ増えてきたように感じている。
オーディオは13歳のときからだから、この秋で36年になるわけで、
この36年のあいだに、あったもの、なくなったものがある。

なにがなくなったものなのか、を見つめ直すだけでなく、なかったものはなんだったのかを手探りしている。

Date: 3月 14th, 2012
Cate: iPod

「ラジカセのデザイン!」(続々・余談)

スピーカーシステムについているレベルコントロールには、
ほとんどの機種で周波数特性がフラットになるポジションがはっきりしている。
そのポジションを0と表記しているものもあれば、FLATとしているものもある。

JBL・4411のレベルコントロールは連続可変式で、
目盛りは0から10までふってある。
この目盛りには2つの印がつけられている。
短い直線と白い点が、スコーカー用のレベルコントロールでは5と8のところに、
トゥイーター用レベルコントロールでは7と10のところについている。

4411のレベルコントロールに、ふたつの印があるのは、
軸上周波数特性がフラットなポジション(短い直線)と
エネルギーレスポンスがフラットなポジション(白い点)を明示しているからである。

4400シリーズは、JBLのスタジオモニターシリーズではありながらも、
4300シリーズとは設計コンセプトが異る。
そのことを形の上ではっきりと提示したのが、4430と4435であった。
4300シリーズが4350から始まった4ウェイが、4341(4340)、4343、4345、4344と続き、
日本では4300シリーズ・イコール・4ウェイというイメージすら定着しつつあったところに、
2ウェイであることを特徴とした4400シリーズの登場は、正直驚きであった。

古典的な(ともいえる)モニタースピーカーは、
音像定位の確かさを重視して同軸型2ウェイが主流であった。
アルテックの604やタンノイのデュアルコンセントリックがその代表であるわけだが、
その古典的スタジオモニターを、最新の技術でJBLがリファインしたといえるのが4400シリーズである。

4400シリーズは、特異な形状のバイラジラルホーンの採用により、
水平方向、上下方向の指向特性を広帯域にわたって乱れを少なくし、そのパターンを一定化・安定化している。
そしてクロスオーバー周波数(1kHz)付近でウーファーとの指向特性と近似させている。

こんな説明もいらないくらい、4430、4435は4300シリーズとははっきりと違うスタイルをもっていたのに対し、
4411は横置きのブックシェルフ型ということ以外に、外観的にこのスピーカーシステムが4300シリーズではなく
4400シリーズのひとつであることを特徴づけているのは、実のところレベルコントロールといえよう。
それに、このレベルコントロールも、
本棚に収めるスピーカーシステムとして4411を選択した理由の、大きなひとつである。

Date: 3月 14th, 2012
Cate: 「空間」

この空間から……(その1)

ヴァイオリンの内部は、これまでにも写真や図で知っていた。
ただ、それらはすべて製作途中で撮ったものだったり、内部を撮るために一部解体されたものであって、
ヴァイオリンという楽器の内部とは必ずしもいえないところがあった。
だから、気がつかなかった……、という言い訳ができるわけではないが、
ほんとうのヴァイオリンの内部がこんなにも美しい空間であることを、つい2日前に知った。

ここでの内部は、完全な楽器としてのヴァイオリンの内部である。

月曜日にtwitterを見ていて、知った。
ベルリンフィルハーモニー室内楽オーケストラのキャンペーンのポスターである。
リンク先に表示される写真を見たら、誰しも、息をのむはず。
f字孔からの差し込む光が神秘的にも思えて、なにか、この空間は祈りを捧げる場のような気さえしてくる。

ここがリスニングルームだったら、と思ってしまう。
そして、音楽となる音は、この空間だから生れてくるものだとも思える。

オーディオマニアとして、やはり思ってしまう。
スピーカーシステムの内部は、空間と呼べるものだろうか、
そこに美があるだろうか、と。

スピーカーから発せられる音は、音楽となっていく音でなければならない。
ただ単に音でしかない音を発するものであってはならないはずだ。

スピーカー・エンクロージュアの内部をこういうふうにしただけで、
音楽となる音が即出てくるわけではないことは充分すぎるほど承知している。

それでも、あえて、いくつか言いたいこと、書きたいことがいくつも出てくる。

Date: 3月 13th, 2012
Cate: iPod

「ラジカセのデザイン!」(続・余談)

JBLに4411というブックシェルフ型があった。
1982年に登場した4411は、
前年に登場したバイラジアルホーンを採用した4430、4435からなる4400シリーズの第3弾であるが、
初のブックシェルフ型であり、4400シリーズ初の3ウェイでもあり、
中高域にコーン型とドーム型を採用している点も、4430、4435とは異る点ももつ。

4411が登場したときには気がつかなかったし、まったく考えもしなかったことだが、
いまになってみると、この4411ほど本棚に収めて使うに最適のスピーカーシステムは、他に思い浮ばない。
重量が24kgがやや重たい気もするけれど、
ブックシェルフ型スピーカーの元祖ARを代表するAR3aの重量もまた24kgだから、
やわな本棚では無理であっても、丈夫な造りの本棚であれば重量の問題はないだろう。

そして4411は横置きのブックシェルフ型である。
AR3aもやはり横置きで使うことを前提としている。

横置きのブックシェルフ型は、ある面使いにくい。
4411はステレオサウンド 64号の新製品のページに登場している。
1982年ごろのブックシェルフ型スピーカーのスタンドは、いくつか出ていたものの、
大半は角形の鉄パイプを使ったもので、しかもキャスター付きで、
いまのように音質的配慮のなされたものはまったくなかった、といえる。
いまでこそ小型スピーカー用、ブックシェルフ型スピーカー用に各社からさまざまなスタンドが出ているし、
スタンド専門メーカーまで存在しているけれど、
スタンドによる音質への影響が頻繁に語られるようになり、そういうスタンドが登場してくるようになったのは、
4411の登場の数年後のことである。

もっともスタンドが豊富にあるいまでも、
4411のようなサイズの横置きのスピーカーシステムのセッティングに向くものは少ない。
1982年に、4411の試聴を担当された井上先生がどうセッティングされたかは64号を見ていただくとして、
この4411の、一般的なセッティングでの使いにくさが、本棚に収めてしまうと反転してしまう。
それに本棚に収め、空いているスペースに本を隙間なく収めてしまうと、
それに本棚は大抵の場合壁に付けられているから、スピーカーを囲う空間としては2π空間となる。

実際にこういう条件で鳴らしたことがないのではっきりしたことはいえないけれど、
4411のレベルコントロールが、面白さを加えてくれるはずだ。

Date: 3月 12th, 2012
Cate: iPod

「ラジカセのデザイン!」(余談)

この2年ほど、ときどき妄想しているのが、ブックシェルフ型スピーカーシステムをどう使うか、だ。
いまではブックシェルフ型といっても、
スタンドの上に設置して、スピーカーの後の壁、横の壁からも十分離して、というように、
ブックシェルフ(本棚)という言葉本来の意味からは外れてしまった大きさと重量になっている。

これが悪いわけではないし、スピーカーシステムの能力をできるだけ発揮するには、
いくら小型で軽量で本棚に収まるモノでも、そうしないほうが音質的には好ましいことが圧倒的に多い。
むしろ本棚に設置することで、音が好ましくなることは滅多にないことなのかもしれない。

それでも本棚にブックシェルフ型スピーカーシステムを押し込んで、
プレーヤー(アナログ、CDの両方)、アンプ、できればチューナーやカセットデッキも本棚に収納したい、
そういう使い方をしてみたい、と強く思うようになってきている。

そのためにはまずしっかりした造りの本棚がいる。
材質にそれほどこだわることもないとは思うが、
とにかくしっかりしたものであってほしい。
そこに本なりLPを収め、スピーカーやアンプなどもうまくレイアウトしていく。
だから本棚のサイズもそれなりに大きいものであってほしいし、
そういう本棚がすんなり収まる部屋もいるわけだ。

スピーカーシステムはそれほど重いモノはダメ。
どんなに重くても30kgを切っていないときついだろう。20kg前後であってほしい。
サイズも奥行は30cmを超えるものは本棚からはみだしてしまうだろうから、奥に長いものは困る。
といって小型スピーカーシステムにしたいとは不思議だが、思わない。
いわゆるブックシェルフ型と呼ばれるサイズのモノであってほしい。
それから、これが重要なことなのだが、横置きでもうまく鳴ってくれるスピーカーであってほしい。

アンプは、これも本棚に収めたいのでアンプのまわりにそれほど余裕のある空間を確保できるはずもないから、
発熱の大きいアンプでは困る。
ここでは本棚がいわばラックであり、ひとつのラックにアナログプレーヤーからスピーカーまで収めるのだから、
アナログプレーヤーはハウリングに強いものでなければ困る。それにあまり大きいものではやはり困る。

これらの条件に合致して、さらに自分で使いたいと思うモノとなると、
過去の製品を含めてもそう多くはない。

もうひとつのブログ、the Review (in the past)の入力作業をやっていると、
ときどき、このスピーカーシステムなら、とか、このプリメインアンプならいけそう、だとか、
プレーヤーはやっぱりこれしかない、などと声にこそ出さないが、そんなことを思っている。

こんなことを思わせる感覚も、もしかするとラジカセから来ているのかもしれない。

Date: 3月 11th, 2012
Cate: ジャーナリズム

1年経ち……

今日で1年が経った。
1日前の昨日、ステレオサウンドの春号が書店に並んでいる。
まだ読んでいない。ステレオサウンドのサイトで公開されている記事のタイトルを見ただけである。

ステレオサウンドはオーディオの本である。
オーディオは趣味のことだから、趣味の雑誌であるステレオサウンドに、
1年が経ったことは関係ないということなのだろうか。
記事のタイトルを見て、予測していたこととはいえ、どうしてもそうおもってしまう。

そういうステレオサウンドの編集方針を、否定はしない。
いまのステレオサウンドの編集方針は、そうなのだから。

だがステレオサウンドは、敗戦後の焼け野原にたたずんだ男の心の裡で鳴ったベートーヴェンが、
大事な根っこになって誕生したものである。

世の中は変化する。
ステレオサウンドも変化する、ステレオサウンドを取り囲む状況も変化している、──その編集方針も変化する。
その変化の中で、ステレオサウンドは大事な根っこのひとつを喪くしてしまった。

Date: 3月 9th, 2012
Cate: ナロウレンジ

ナロウレンジ考(その8)

周波数特性を拡げていくことは、単純に考えれば情報量が増していくことになるわけだが、
情報量が増していくことによって、本来ならば音楽の微妙な表情や、その変化をより明瞭に鳴らし分けてくれる──、
そのはずにもかかわらず、いま市販されているスピーカーシステムの中には、
しかもそれらのいくつかは世評の高いスピーカーシステムも含まれているにもかかわらず、
例えば比較的新しい録音の、ソプラノ歌手を数人聴かされた時、
誰が歌っているのか、まったく判別がつかなくなるモノがある。

耳馴染んでいる歌手の歌を聴いても、誰なのかがわからない。
わからないだけだったらまだいいのだが、ときには違いすら判然としなくなる。
誇張していえば、似たような声に聞こえてしまうスピーカーシステムがある。

そういうスピーカーシステムは、いわゆるワイドレンジ型で音場型とも呼ばれているスピーカーだったりする。
しかも高価だったりする。

私がそういうスピーカーシステムでソプラノ歌手が誰だかわからなくなってしまうのは、
私の方に原因があるともいえるだろうし、スピーカーシステム側に何か問題点があるともいえるだろうし、
私とそういったスピーカーシステムとの相性が決定的に悪い、ともいえるだろう。

この歳になって、いくつものスピーカーシステムを聴いてきたうえでいえば、
はっきりと誰が歌っているのか容易に聴き分けられるスピーカーシステムが存在しているわけだから、
スピーカーシステム側に問題点がある、はずだ。

それにしても、なぜこういうことになってしまうのか。
高域の周波数レスポンスをよくしていけば、ソプラノ歌手の声の再現性は良くなる、
良くなれば、それだけ声の聴き分けは容易になる。
言葉を変えれば、ソプラノ歌手一人一人の特徴をより精確に描き出してくれるはずなのに、
そういうスピーカーシステムとそうではないスピーカーシステムに分れてしまう。

しかも不思議なことに(というよりも面白いことに)、
良く出来たフルレンジスピーカーを鳴らした時のほうが、
実のところ、ソプラノ歌手の声の聴き分けは容易かったりする。

いうまでもなく周波数特性はフルレンジの方が狭い(高域はあまり伸びていないナロウレンジだ)。

Date: 3月 8th, 2012
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(その81)

マランツのふたつのコントロールアンプ、Model 1とModel 7はモノーラルとステレオという違いだけでなく、
回路自体も異る面をいくつか持つ。

Model 1もModel 7もECC83を片チャンネルあたり3本使っている点は同じだが、
まずフォノイコライザー回路はModel 1は2段構成のNF型で、
つまり1本のECC83でフォノイコライザーは構成されているわけだ。
その後に1段増幅、CR型トーンコントロール、1段増幅、ラウドネスコンペンセーターときて、
1段増幅、ボリュウム(モノーラルだが2連タイプでフォノイコライザーのすぐ後にも入っている)、
最終段のみがカソードフォロアーとなっている。

ECC83(12AX7)は双三極管なので1本に2ユニットはいっていて、
それぞれのユニットをA、Bとすると、
Model 1ではモノーラルということもあり、信号はV1A、V1B、V2A、V2B、V3A、V3Bの順でいく。
カソードフォロアーはV3Bのみである。

Model 7になるとまずフォノイコライザーが2段増幅+カソードフォロアーという、3段構成になっている。
いわゆる3段K-K帰還型である。
トーンコントロールもModel 1のCR型からNF型へとなり、
この部分がラインアンプにあたり最終段はやはりカソードフォロアーである。
Model 1では1箇所だけだったカソードフォロアーがModel 7では2箇所になっているわけだ。
そして、いうまでもなくModel 7はステレオということもあって、信号の流れはModel 1のような順番通りではない。

Model 7では左チャンネルがCHANNEL A、右チャンネルがCHANNEL Bと表記されている。
左チャンネルの信号の流れを回路図で追っていくと、
V2A、V2B、V3A、V5A、V5B、V6Aとなっている。
右チャンネルはV1A、V1B、V3B、V4A、V4B、V6Bである。

まず気がつくのはV3とV6は内部の2ユニットをそれぞれ左右チャンネルに振り分けていることであり、
このV3とV6の2本のECC83がカソードフォロアーに使われている。

Date: 3月 7th, 2012
Cate: 音楽の理解

音楽の理解(その1)

音楽がわかった、とか、音楽を理解した、などとよく言われるけれど、
音楽は聴いて感じるものであって、わかるとか理解するというものでは本来ないはず、
という意見に同意できるものの、
反面、やはりわかった、理解できた、と感じられる瞬間が、
音楽を聴いているときに不意に訪れる、というか、襲われることがある、と確かにいえる。

音楽を理解する、とは一体どういうことを指しているのか、
それはどういうものなのか、ずっと頭から離れることはなかった。
もう30年以上、そうだった。

最近、やっと語れそうな気がしている。
ただ、その「理解」とは、
実のところ、そこから音楽の聴き方が始まるスタート点だと気がついた、といえるのかもしれない。

Date: 3月 6th, 2012
Cate: iPod

「ラジカセのデザイン!」(その7)

モジュールユニットを鳴らすパワーアンプは、いまではIC化されたものから選べる。
出力はそれほど必要ないといえばたしかにそうなのだが余裕があれば、それにこしたことはない。
ただ出力を増すことは発熱と電源の余裕も要求されることではあるけれど、
いまではDクラスのパワーアンプもいくつも出ている。
これならば発熱の心配は、まったく(といっていいだろう)する必要はない。
それに電源もスイッチング方式ということになれば、1970年代のラジカセにくらべてスペースの余裕は出てくる。

DクラスのアンプならばICEPowerモジュールにしたい、などとあれこれ思い巡らせるのは楽しくて飽きない。

こんなふうにやりたいことを思っていると、
スピーカーは小口径のフルレンジだけで十分と言っておきながら、
頭のどこかでは、もしトゥイーターをつけ加えるならレンジの拡大が目的ではなくて、
ある種の音の広がりを求めて、角度をつけて取りつけるという手もあるかな、と考えたりする。

こんなことを昨夜の(その6)を書いた後の入浴中に思っていた。
そしてトゥイーターのことを考えていたところで、
このままラジカセに求めていることをグンとスケールアップしたら、
それはデッカのデコラに行き着くことに気がついた。

あくまでもこれは私の中で完結する話であるのだが、
デコラが頭に突然浮んだときに、ラジカセに求めているのは、
だからこそモジュールユニットを使いたい、とも思ったのは、
デコラをうんと小さくしたモノであり、デコラに感じている良さの要素に通じていくものが欲しかったから、
そのことに、こうやって書いていくことで気づいた、というよりも気づかされた。

そしてデコラを、なぜあれほどいいと感じるのか、その理由のひとつにも気づかされたことになる。

Date: 3月 6th, 2012
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(その80)

往年の真空管アンプ・メーカーとしてマランツとマッキントッシュがある。
マランツの管球式コントロールアンプは2機種、モノーラル時代のModel 1とステレオ時代のModel 7。
マッキントッシュはAE2、C104、C108、C4/C4P、C8/C8P/C8S、ここまでがモノーラル機で、
C20、C11、C22、これらがステレオ機。
マッキントッシュはパワーアンプの機種数もマランツより多いけれど、コントロールアンプの数もまた多い。

これらのコントロールアンプのヒーター用の電源回路の回路図を比較していこう。
マランツのModel 1とModel 7は基本的に同じ考えによって作られている。
Model 1はモノーラルでModel 7はステレオ仕様で、真空管の数とそのユニットの振分けによって、
少し異る点もあるが、3本のECC83をひとまとめにした上でヒーター回路を形成している。

マッキントッシュはというと、
モノーラル時代の機種はすべてのヒーターを並列接続している(C4以降は直流点火になっている)。
真空管はマランツと同じECC83(12AX7)を使っている。
ステレオ時代になると、C20はモノーラル時代と同じように並列接続(ただしモノーラル機とは少し違う)だが、
C11とC22ではマランツと同じように3本のECC83をひとまとめにする方式へと変更している。
これはマッキントッシュがマランツに倣ったのだろうか。

マランツのヒーターについて、もう少しだけ書いておこう。
Model 1はモノーラルだからECC83を3本使っている。
3本のECC83をフォノ入力からV1、V2、V3と回路図では表記されている。
Model 1のヒーターはV1のヒーターの両端にそれぞれV2、V3のヒーターを接続し、
V1のヒーターのセンターを設置している。
V2、V3のヒーターの片方は接続され、ここにヒーター電圧がかけられている。
V1、V2、V3のヒーターは三角形を描く形になっている(回路図上では三角形にはなっていないけれど)。

Model 7も同じである。
だだしModel 7はステレオ仕様で、双三極管であるECC83のユニットの振分けが必要となるところが、
モノーラルのModel 1とは大きく異る点で、そのことがヒーター回路のステレオ機としての工夫となっている。

Date: 3月 5th, 2012
Cate: iPod

「ラジカセのデザイン!」(その6)

結局所、私がラジカセに無意識のうちに求めているのは、親密感もしくは親密感ある聴き方なのかもしれない。
中学・高校時代に親に聞こえないように深夜ラジオを、
音量を絞ってひとり聞くような、そんな感じに通じるものと言えるのかもしれないが、
実のところ、学生時代、深夜ラジオを聞いたことは一度もない。

なのに、なぜ、そういうものを求めているのか、われながら不思議でならないのだが、
とにかくラジカセには、親密感ある聴き方ができるモノであってほしい。
デザインもいいモノであってほしい。

デザインといえば、まずB&Oが候補となる。
B&Oのラジオが、ナロウレンジなのだが実に品のいい音を聴かせていたことはずっと以前に、
そういう話を何度か聞いている。
瀬川先生もサンスイのショールームで鳴らされたことがあった、とも聞いている。
残念ながら、そのB&Oのラジオは写真でしか見たことがない。
それでもなんとなく、その音は想像がつく。
私が求めているものに近い印象を勝手に抱いている。
となるとB&Oのラジカセということになるのだが、B&Oにもラジカセは存在していた。
1980年代の終りごろにB&0のラジカセが登場した。
価格は10万円を超えていたぐらいだったと記憶している。
でも実物を見て最初に思ったのは、意外に大きい、だった。
見た感じで、半分くらいに感じられる大きさであってほしかった、と思っていた。

私の聴き方には大きなラジカセは要らない。
スピーカーユニットは10cm口径か大きくても16cm口径まででいい。
20cm口径のフルレンジがつくとなると、全体としてかなり大きなラジカセになってしまうからだし、
音量的にもそれほど大きなものを求めているわけではない。

親密な聴き方にぴったりの音量と品の良さ、音量を絞ったときの明瞭度の高さを、まず求めたい。
たとえばジョーダン・ワッツのモジュール・ユニットを使ったラジカセがあったらいいな、といまも思う。
それにトーンコントロールが欲しくなる。できれば低・高音の2バンドではなく中音域も加えた3バンド。
もしくはQUADの44のようなコントロール機能もいい。

Date: 3月 5th, 2012
Cate: audio wednesday

第14回 audio sharing 例会の変更と第16回・例会のお知らせ

昨夜、3月7日のaudio sharing例会のテーマは「岩崎千明氏について語る」と書きましたが、
「岩崎千明氏について語る」は5月2日(水曜日)に行う第16回の例会のテーマとします。

変更の理由は、facebookに書いています。
4月末に第16回 audio sharing 例会の詳細は書きます。
テーマは変更しますが、明後日(7日)、夜7時から四谷三丁目の喫茶茶会記で第14の例会は行います。

Date: 3月 4th, 2012
Cate: 十牛図

十牛図とマーラー

十牛図についての川崎先生の話を聴き終ったあと、
東京への新幹線の中で思いついたことが、マーラーは十牛図のことを知っていたのかどうか、だった。
マーラーによる交響曲は9曲に「大地の歌」を加えると、10曲になる。
強引にこじつけることができるような気もするけれど、かなり無理のあることだとも思っている。

それでも、マーラーは十牛図を知っていたのか──、
このことが頭から離れないままになっている。