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Date: 3月 29th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その36)

ステレオサウンド 47号の「続・五味オーディオ巡礼」の扉の写真は、
五味先生の後にタンノイのオートグラフがある。
ということは、この部屋の持主のメインスピーカーは、別にあるということを、
扉の写真は暗に語っているし、五味先生はそのスピーカーに対峙しての表情だともいえる。

そのスピーカーが何であるのかは本文を読んでいけばわかる。
JBLの4350Aである。
4ウェイ5スピーカーのバイアンプ駆動のスピーカーシステムである。

「続・五味オーディオ巡礼」の冒頭に、
4ウェイ・スピーカーシステム、マルチアンプシステムを頑なに却ける理由が述べられている。
にも関わらず、4350Aの部屋に訪問されている。

五味先生のJBL嫌いは「五味オーディオ教室」を読んで知っていた。
つまり4350Aをよくいわれるはずがない、わけだ。

訪問先の南口重治氏のリスニングルームは、
当時、田舎の高校生には想像がつかないものだった。
写真の説明には「奈良東大寺の庭に隣接する南口邸の裏庭に建てられたリスニングルーム全景」とある。
奈良東大寺の庭に隣接する……、いったいどういうところなのだろうか、
想像しても想像できなかったのを憶えている。

オートグラフと4350Aがおさまっている部屋は約24畳とある。
天井も高そうである。
床もコンクリートはで固められ、と書いてある。
そうとうにしっかりとした造りの部屋であることはわかる。

アンプはマークレビンソンのLNP2に、
低域にスレッショルドの800A、中高域にSAEのMark 2600。

そういう南口氏の4350Aの音を、こう書かれている。
     *
「ひどすぎますね」私は南口さんに言った。4350は芸術を鑑賞するスピーカーとは思えない。何という、それに無機的な音だろう、と。「こんなものは叩き返しておしまいなさい」
 南口さんは失笑して、
「たしかにこれでいいとは私も思いませんが、まだ良くなる余地はあるように思います」
     *
ここまで読んで、やっぱりそうなのか……、と思ってしまった。
けれど「続・五味オーディオ巡礼」は、ここで終っているわけではない。

Date: 3月 27th, 2016
Cate: 名器

ヴィンテージとなっていくモノ(老化と劣化)

初期のマークレビンソンのコントロールアンプ(LNP2やJC2)の中古相場が高騰している──、
そんなことを耳にする。

中古相場は変動がある。
高くなるときもあれば反対にそうでなくなるときもある。

マークレビンソンにしても約40年が経っている。
完動品とすくなくともいえる個体の数は減っていっている。
マークレビンソンのアンプに限らない。
マランツ、マッキントッシュの真空管アンプなどもそうだ。

いい状態のモノが減っていっているのだから、
価格は高くなるのも不思議ではない、といえるのだが、
それでも……、という想いはある。

たとえばマークレビンソンのLNP2やJC2はモジュールが密閉されているため、
通常のアンプよりも修理が困難である。

いい状態のLNP2を見つけ出してきて、高額な代金を払って自分のモノとする。
出て来た音は、期待したとおりの、予想した以上の音だったとしても、
それがいつまで聴けるのか、その保証はまったくない、といえる。

今日は素晴らしい音を聴かせてくれた。
けれど翌日には故障してしまい……、ということだってありえる。
そういうリスクがあることは承知のうえで購入すべきものであり、
どんなオーディオ機器であっても、どんなに丁寧に使ってきても、
もしくはずっと箱に入ったまま未使用で保管されていようと、
すべてのオーディオ機器は劣化する。

ここまでは改めて書くまでのことではない。
オーディオ機器に劣化は不可避である。
けれどオーディオ機器の老化という現象はあるのだろうか。

オーディオ機器の老化はあるのか、あるとしたらどういうことなのか。

Date: 3月 27th, 2016
Cate: 「スピーカー」論

トーキー用スピーカーとは(その16)

その15)で、「フロリダ」というダンスホールのことを書いた。
時代が違うとはいえ、すごいことだと思いながらも、
これはウェスターン・エレクトリックだからできたことなのか、とも考える。

トーキー用システムとしてアメリカにウェスターン・エレクトリックがあり、
ドイツにはシーメンス(クラングフィルム)があった時代だ。

「フロリダ」の経営者は、なぜウェスターン・エレクトリックの装置を選んだのだろうか。
前回引用した会話からわかるように、ウェスターン・エレクトリックのレンタル代金は高価だ。

昭和四年ごろでは、ウェスターン・エレクトリックしか選択肢がなかったのか。
シーメンスのトーキーはどうだったのだろうか。

仮にシーメンスのトーキーが日本にあったとして、
「フロリダ」の経営者はどちらを選んだのだろうか。

どちらのトーキーがいい音なのか、優れたシステムなのかではなく、
シーメンスのトーキーだったら、ダンスホールに大勢の人を呼べただろうか。

15銭の入場料で、毎月3000円のレンタル料をウェスターン・エレクトリックに払う。
それだけの人が「フロリダ」に集まって来ていたわけだ。
あくまでも想像でしかないのだが、シーメンスのトーキーだったら、
そこまでの人は集まらなかったようにも思う。

どちらも同じ目的で開発されたスピーカーであり、システムである。
スピーカーの構成も大きくは違わない。
けれど、出てくる音は、はっきりと違い、
その違いはトーキーとして映画館で鳴らされるよりも、
それ以外の場所、ダンスホールで鳴らされる時に、よりはっきりと出てくるのではないのか。

Date: 3月 26th, 2016
Cate: アナログディスク再生

DAM45

DAM45の文字を見て、なんのことかすぐに思い出せる人は、私と同世代か上の世代の方たち。
DAMとは、第一家庭電器オーディオメンバーズクラブの頭文字であり、
DAM45とは、DAM頒布会用LPのことであり、45という数字があらわしているように45回転のLPである。

第一家庭電器はおもにFM誌に積極的に広告を出していた。
ステレオサウンドでは見なかったはずだ。
1970年代後半はFM誌全盛の時代だった。

週刊FM、FMfan、FMレコパルが出ていた。
私は主にFMfanを買っていた。
そこにも第一家庭電器の広告は、ほぼ毎号載っていた(と記憶している)。
そのくらいよく見ていた。

広告には必ず「マニアを追い越せ!大作戦」のキャッチフレーズがあった。
広告に掲載されていたのは、カートリッジ、トーンアーム、アクセサリーなど、
アナログプレーヤーに関係するモノがメインだった。

カートリッジに関していえば、ディスカウント店の先駆けのような感じだった。
カートリッジをひとつ買ってもそうだが、二個三個とまとめ買いをすればさらに安くなる。
だからといって単なるディスカウント店ではなかった。
だからこそのDAM45の制作がある。

第一家庭電器の広告を見るたびに、東京および周辺に住んでいる方をうらやましくも思った。
しかも年二回のキャンペーン期間中にカートリッジを購入すれば、非売品のDAM45がもらえる。

そのDAM45の中に、グラシェラ・スサーナのLPもあったのを憶えている。
ほんとうにうらやましかった。

グラシェラ・スサーナだけでなく、カラヤンのDAM45もあった。
そのことからわかるのは東芝EMIがDAM45の制作に協力していることだ。

いま第一家庭電器も東芝EMIもない。
私のところには グラシェラ・スサーナのDAM45があるだけだ。

私と同世代、上の世代のオーディオマニアのレコード棚にはDAM45が何枚かあるのではないだろうか。
DAM45を手にして何をおもわれるだろうか。

懐しいなぁ……、最初に来るであろう。
それから、どちらの会社ともなくなったぁ……、がくるだろう。

これまではそこまでだった人が多かったように思う。
でも、いまはインターネットで、DAM45の制作に携われてきた人たちが、
公式といえるウェブサイトを公開されている。
当時の広告も公開されている。

もちろんそれぞれのレコードについての詳細なデータもある。
当時よりも、いまのほうがDAM45について詳しく知ることができるようになった。

Super Analogue DAM45

Date: 3月 24th, 2016
Cate: 老い

老いとオーディオ(老化と劣化)

今秋、「五味オーディオ教室」とであって40年になる。
そんなに経ったのか、と正直おもっている。
それは、「五味オーディオ教室」とであったときのことをいまでもはっきりと思い出せるからでもある。

とはいえ、40年も経つと齢をとる。
まわりの人も同じだけ齢をとっていく。

まわりをふとみる。
この人は、どうしたんだろう……、とおもうことがある。

そして、老化と劣化は同じではないことを感じている。
才能の老化と才能の劣化の違いを。

Date: 3月 23rd, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その35)

ステレオサウンド 47号の特集、ベストバイ・コンポーネントの構成には疑問を感じながらも、
すべてが43号と比較して不満というわけではない。

43号では選考者がひとりだけの機種に関しては、
「その他、1票を得たベストバイ・コンポーネント」として表になっているだけで、
なんのコメントもなかった。

でもその1票しか得られなかったコンポーネントの中に、
もっと票を得ているコンポーネントよりも、興味をもっていたモノがいくつかあったし、
この人が、どう評価しているのかを読みたかった。

47号では43号よりもコメントの文字数が減っている。
ほぼ一行といえる文量しかない。
けれどそのおかげとでもいおうか、1票だけのコンポーネントでもコメントがついている。

とはいえ、やはり読み応えということでは47号はもの足りなかった。
けれど、その47号でさえ一年後の51号でのベストバイ・コンポーネントよりは、ずっとましだったのだ。
この点に関しては、51号、55号についてふれるときに書くことにする。

そんな47号ではあったのだが、
私にとって47号は、嬉しい一冊だった。
それは巻頭に、「続・五味オーディオ巡礼」のタイトルとともに、
ソファにあぐらをかいて坐っている五味先生の写真があったからだ。

五味先生が以前ステレオサウンドに書かれていたことは、
「五味オーディオ教室」を読んで知っていた。
だが41号から買いはじめた私にとって、
五味先生不在のステレオサウンドが続いていた。

もうステレオサウンドには書かれないのか……、と少しずつ思いはじめていたころに、
「続・五味オーディオ巡礼」が始まった。
この嬉しさが、いかほどであったかは想像していただくしかない。

47号当時のステレオサウンドは1600円だった。
「続・五味オーディオ巡礼」だけで、あとはつまらない記事ばかりだとしても、
私はためらうことなくステレオサウンド 47号を購入したであろう。

何度も何度も、文字通り買って暫くは毎日読み返していた。
読み返すことで、そこでの「音」を想像していた。

Date: 3月 22nd, 2016
Cate: 「ネットワーク」

オーディオと「ネットワーク」(編集について・その18)

別項で、ステレオサウンドの幕の内弁当化は47号からはじまった、と書いた。
このことについては追々書いていくが、
雑誌は弁当に喩えられるのだろうか、このことを考えてみる必要はある。

雑誌を弁当に喩えたのは私ではなく、ステレオサウンドの原田勲氏である。
いまから30年ほど前に聞いている。

30年という時間が経っているから、
いまも原田勲氏が自社の雑誌を弁当として考えられているのかはなんともいえない。
いまもそうかもしれないし、まったく別の捉え方をされているかもしれない。

けれど現在のステレオサウンドを見ると、確実に幕の内弁当であることは事実である。

今週の金曜日(25日)は、KK塾の七回目である。
講師は松岡正剛氏。
編集工学研究所所長である。

編集工学という表現。
このことばを目にすると、オーディオにおける編輯について考える。
実際の本の編集だけではなく、オーディオそのものにも編集工学といえる面があるようも感じる。

録音側で行われている編集とは違う意味合いでの「編集」が、
再生側のオーディオにもある。

編集はもともと編輯と書いていた、と辞書にはある。

Date: 3月 21st, 2016
Cate:

オーディオと青の関係(その9)

オルトフォンのMC20と同時代に、青のモノが登場している。
ヴェリオン(のちのコッター)の昇圧トランスMark Iがそうだ。

一次インピーダンスが2.5ΩのType P、25ΩのType PP、40ΩのType S、
注文に応じて一次インピーダンスを設定してくれるType Xが用意されていた。

ヴェリオンのトランスは高価だった。
輸入品ということもあっただが、一台15万円していた。
同時期マークレビンソンのヘッドアンプJC1ACが13万5千円だった。

ヴェリオンのトランスはステレオサウンド 46号の新製品紹介のページに出ている。
ここではモノクロだからボディの色はわからないが、
このトランスは第二特集の「最新MC型カートリッジ 昇圧トランス/ヘッドアンプ総テスト」にも登場している。

この記事もモノクロだが、記事の頭に三つ折りのカラーがついている。
テスト機種のカートリッジ、昇圧トランス、ヘッドアンプの集合写真がある。

ヴェリオンのトランスは、濃い鮮かな青で、集合写真の中でも目立っている。
ヴェリオンのトランス(三つ並んでいる)の後方には、ジュエルトーンのヘッドアンプRA1がいる。

RA1が赤ということもあって、この一角がより目立つ。
ヴェリオンのトランスの四つ右隣にはグレースの昇圧トランスGS10がある。

このGS10もフロントパネルが青であるけれど、印象としてはどうしても薄くなってしまっている。
記憶の中でも薄れがちになってしまっている。

Date: 3月 21st, 2016
Cate:

オーディオと青の関係(その8)

ソニーの初代ウォークマンよりも、もっと小さな青のモノといえば、カートリッジがある。
オルトフォンのMC20がそうである。

オルトフォンを代表するカートリッジといえば、いまもつくられ続けているSPUがある。
このSPUの改良モデルとしてS15が出た。その後SL15なり、SL20も登場した。

けれどSPUの後に登場したこれらのモデルは、成功した、とは思えない。
オルトフォンがやっとSPUと並ぶモデルを開発できたのはMC20といってもいい。

MC20の成功がMC30を生み、MC30の成果がMC20にフィードバックされMC20MKIIになり、
この後もMCシリーズは展開し続けていく。

MC20のボディはSL15、SL20と同じであるが、色が違う。
MC20のボディは青だった。

MC30は上級機ということ、そして当時としては10万円ちかい、
かなり高価なカートリッジということもあってだろう、ボディの色は金だった。

MC20MKIIはMC20の改良モデルでもありながら、
MC30の普及クラスモデルとして位置づけだからだろう、
ボディの色はMC30系統であることを思わせる銀だった。

当時MC30は高すぎて手が届かなかった。
それ以外にも出力電圧が低すぎた。
まだ高校生だった私は、仮にMC30を手に入れたとしても使いこなせる自信も、
そのための環境を用意することもできないとわかっていたことも理由としてあった。

MC20MKIIは、私にとってはじめてのMC型カートリッジである。
音も気に入っていた。
MC20よりも、音の魅力もあった。
どことなく素っ気なく聴こえがちのMC20よりも、音楽をずっと魅力的に響かせてくれた、と感じていた。

あの時点で選ぶとしたらMC20よりもMC20MKIIではあったが、
いまとなると青ということでMC20を選ぶかもしれない。

MC20は青がふさわしいカートリッジなのかもしれない。

Date: 3月 21st, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その34)

41号からステレオサウンドを読みはじめた。
ほぼ二年間、夢中になってステレオサウンドを読んでいた。

私にとっての七冊目にあたる47号。
これが私にとって、はじめて疑問を感じたステレオサウンドである。

47号の特集は、ステレオサウンド三度目のベストバイ・コンポーネントである。
この他の記事として、新連載の「ロングラン・コンポーネントの秘密をさぐる」がはじまり、
連載対談として、菅野沖彦、保柳健、二氏の「体験的に話そう──録音と再生のあいだ」もはじまった。

巻末には「物理特性面から世界のモニタースピーカーの実力をさぐる」もある。
この記事は、三菱電機郡山製作所/三菱電機商品研究所の協力を得て、
46号に登場したモニタースピーカーのいくつかと4343を加えた10機種の測定が載っている。

44、45、46号での測定協力は日本ビクター音響研究所だった。
それが三菱電機にかわり、測定項目も違っている。

音楽関係の記事では、
黒田恭一、坂清也、河合秀朋(キングレコード第二制作室プロデューサー)三氏の座談会、
「イタリア音楽の魅力」もあった。
私はこの記事で、オルネラ・ヴァノーニを知り、聴きはじめた。

一冊のステレオサウンドとして読むと面白かった、といえる。
けれど肝心の特集に、私は疑問を感じたのだった。

読み手の勝手な期待なのだが、
同じ企画ならば前回よりも今回のほうがより面白くなる、
そういうものだと思い込んでいた。

47号のベストバイ・コンポーネントは43号のベストバイ・コンポーネントよりも面白くなっているはず、
より充実して読み応えのある特集となっているはず……、
そう思い込んでいた、というより信じ込んでいた。

その期待が裏切られたから、疑問を感じたということもあるのだが、
もっと違うところでの疑問を感じていたのだが、その疑問がどこに起因してのものなのかがはっきりするのは、
もっと後のことだ。
ステレオサウンドで丸七年働き、辞めて数年経ったころだった。

47号は、現在のステレオサウンドがそうであるし、さらに色濃く(ある意味巧みに)なっているのだが、
誌面の幕の内弁当化のはじまりの号といえる。

Date: 3月 21st, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その33)

ステレオサウンド 46号の奥付のところにあるアンケートハガキは、
1978読者の選ぶベストバイ・コンポーネントの投票用紙だった。

46号を買った時点で、47号の特集はベストバイ・コンポーネントだとわかる。
また43号のようなベストバイ・コンポーネントが読めるのか、と思っていた。

投票用紙への記入も、一年前とは少し違う意味でずいぶんと考えた。
一年前には「ベストバイ」の意味を深く考えずに記入したけれど、
高校一年生にとってのベストバイとして記入すべきなのか、
それともそういった年齢的なことを考慮せずにベストバイ・コンポーネントと思うモノを記入すべきか、
そのことについても考えていた。

47号への関心は、46号の特集を読み返すたびに多くなっていった。
間違いなく瀬川先生はスピーカーのベストバイとして、
UREIのModel 813、K+HのOL10を選ばれるはず。

ここに疑問はなかった。
どう書かれるのか、そのことに強い関心があった。

それに45号に登場したKEFのModel 105も同じだ。
間違いなくベストバイ・コンポーネントして選ばれる……。

こんなふうに43号の時点では登場していなかったオーディオ機器のどれを選ばれ、
それらについてどう評価されるのかを、一方的に予測しながら発売をまった三ヵ月だった。

そしてSMEの3009/SeriesIIIにシュアーのV15 TypeIVを組み合わせた表紙の47号が出た。

Date: 3月 21st, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その32)

ステレオサウンド 46号の特集は、もうひとつある。
井上先生による「最新MC型カートリッジ 昇圧トランス/ヘッドアンプ総テスト」だ。

スピーカーの特集が三号続いたからこその、音の入口にあたるカートリッジの特集だったのか。
カートリッジの記事はこれだけではない。
「オーディオの名器にみるクラフツマンシップの粋」でも、カートリッジが取り上げられている。

井上卓也、長島達夫、山中敬三の三氏による鼎談で、
製造中止になっているカートリッジが紹介されている。

「フォノカートリッジの名門」と題された、この記事の最初に登場するのは、
ウェストレックスの10Aである。
10Aが紹介されているページの右側のカラー口絵では、ノイマンのDST、DST62、PA2aがある。

ウェストレックスの10A、ノイマンのDST、
どちらもカッターヘッドを開発・製造していたメーカーのカートリッジであり、
ラッカー盤のモニター用として開発されたモノだ。

当時の編集部がどれだけ意図してのものだったのかはわからないが、
音での出口であるスピーカーシステム、
その中でもモニタースピーカーは、プログラムソースをつくるための音の出口であり、
その音の出口によって確認されたモノを、再生側ではカートリッジでトレースする。

つまりモニタースピーカーが、通常のスピーカーとは違うのは、
カートリッジの前段階のスピーカーというところにある。

そして10A、DSTも通常のカートリッジの前段階にあるモノであり、
モニターカートリッジとも呼べるモノでもある。

カートリッジとスピーカーという対照的なモノでありながらも、
プロフェッショナル用として、モニター用としての共通点ももつスピーカーとカートリッジが、
同じ号で取り上げられているいたわけだ。

Date: 3月 21st, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その31)

瀬川先生の「モニタースピーカーと私」の終りちかくに、こう書かれている。
     *
 リファレンス・スピーカーとしてJBL♯4343を参考にしたが、それは、このスピーカーがベストという意味ではなく、よく聴き馴れているためにこれと比較することによって試聴スピーカーの音の性格やバランスを容易に掴みやすいからだ。そして興味深いことには、従来のコンシュマー用のスピーカーテストの場合には、大半を通じてシャープ4343の音がつねに最良に聴こえることが多かったのに、今回のように水準以上の製品が数多く並んだ中に混ぜて長時間比較してみると、いままで見落していた♯4343の音の性格のくせや、エネルギーバランス上での凹凸などが、これまでになくはっきりと感じられた。少なくとも部分的には♯4343を凌駕するスピーカーがいくつかあったことはたいへん興味深い。
     *
JBL・4343のもつ《音の性格のくせ》、《エネルギーバランス上の凹凸》が、
これまでになくはっきりと感じられた、つまり感じさせたスピーカーがあったということで、
その筆頭はK+HのOL10のことだと、(はっきりとは書かれていないけれど)そう受け取った。

44号、45号、この46号とスピーカーの特集が三号続いて、
なぜ、こうもスピーカーシステムというモノは、これほどまでにすべて違うのか──、
それを知ることができた、といっていい。

スピーカー特集の三号に登場したスピーカーシステムをすべて聴いたことのある人は、
ステレオサウンド関係者を含めても、そう多くはないはずだ。

これとあれは聴いているけれど……、
聴いていない機種の方が多いという人が大半だと思う。

私もそのひとりであり、聴いたことのあるスピーカーの数は少ないほうだった。
音は活字で、どこまで表現できるのか。
そのことを考えれば、スピーカーシステムというモノを、ほんとうのところはわかっていないともいえるのだが、
そうであっても、違いの多様さは確実に知ることができた。

46号の特集のおわりには、岡先生による「その他の世界のモニタースピーカー紹介」がある。
デンオンのDS103、ガウス・オプトニカのCP3830、KEFのModel 5/1AC、フォノゲンのPhonogen 1、
シーメンスのEurophon、ウェストレークのTM2が紹介されている。

ガウス・オプトニカ、フォノゲン、KEF、シーメンス、ウェストレークが、
特集の本編で取り上げられていないのは少し残念だった。

瀬川先生も《そして試聴できなくて残念だったスピーカーはウェストレーク、ガウス、シーメンスなどであった》
と書かれている。

瀬川先生が、これらのモニタースピーカーをどう評価されたのか、
それが読めなかったのはほんとうに残念である。

Date: 3月 20th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その30)

ステレオサウンド 46号、瀬川先生のK+HのOL10の試聴記を読んでいて、
まず感じたのは、このスピーカーのバランスは、瀬川先生にとってかなり理想に近いものだということ。

OL10の価格は80万円(一本)。
エンクロージュアに三台のパワーアンプ(低域120W、中域60W、高域30W)が内蔵されているとはいえ、
JBLの4343よりも高い。

ユニットはウーファーが25cm口径のメタルコーン型を二発、
スコーカーもメタルコーン使用の13cm口径、トゥイーターがホーン型で、
ユニット単体の写真はないけれど、
おそらくというか、ほぼ間違いなくJBLのユニットと比較すると、
物量の投入のされ方などに、モノとしての凄みは感じられないはずだ。

オーディオマニア心をくすぐるユニット群ではない、といえる。
見た目もそっけない。
同じプロフェッショナル機器(モニタースピーカー)であっても、
JBLの4343に代表される4300シリーズとは洗練のされ方が違う。

写真だけを見ていてはそれほど魅力的なスピーカーとは思えてこなかったのが、
瀬川先生の試聴記を読むにつれて、
これ(OL10)はホンモノのモニタースピーカーだ、ということが伝わってきた。

《ブラームスのベルリン・フィル、ドヴォルザークNo.8のチェロ・フィル、ラヴェルのコンセルヴァトワル、バッハのザルツブルク……これらのオーケストラの固有のハーモニィと音色と特徴を、それぞれにほどよく鳴らし分ける。この意味では今回聴いた17機種中の白眉といえるかしれない。》
《いわばアトモスフィアを大切にしたレコード場合に、OL10では、とても暖い雰囲気がかもし出される。》
《またバッハのヴァイオリン協奏曲の場合にも、独奏ヴァイオリンの音色の良さはもちろんだが、バックの室内オーケストラとの対比もきわめてバランスがよく、オーケストラがとても自然に展開してディテールがよく聴き分けられる。》

このあたりを読みながら、その音を想像していた。
そして試聴記の最後に、もう一度引用するが、
《私がもしいま急に録音をとるはめになったら、このOL10を、信頼のおけるモニターとして選ぶかもしれない。》
が来る。

瀬川先生がオーディオのプロフェッショナルとして、
OL10というモニタースピーカーを信頼されていることが、強く伝わってきた。

Date: 3月 19th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その29)

ステレオサウンド 46号の特集は、
44号、45号から三号続いてのスピーカーであり、
既に書いているようにモニタースピーカーという枠をもうけている。

モニタースピーカーと、簡単に口にしてしまうが、
モニタースピーカーの正確な定義となると、いまも非常に難しいところがある。

46号の特集は、
 モニタースピーカー私観(岡俊雄)
 レコーディング・ミキサー側からみたモニタースピーカー(菅野沖彦)
 モニタースピーカーと私(瀬川冬樹)
という三つの文章からはじまる。

じっくり読んでも、読み返しても、モニタースピーカーの正確な定義を簡潔に述べることは、
いまも難しいと感じる。

46号に登場するモニタースピーカーでもっとも小型なのはロジャースのLS3/5Aであり、
大きいモノではダイヤトーンの4S4002Pがある。
前者は5.3kg、後者は135kgと、カタログには載っている。
価格ではJBLの4301がもっとも安価(65000円)で、ダイヤトーンの4S4002Pがもっとも高価(100万円)だ。

日本、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツのモニタースピーカー17機種が載っている。
その中でもっとも聴いてみたい、と思ったのはK+HのOL10である。

UREIのModel 813も聴いてみたい、と思った。
キャバスのBrigantinにも興味をもっていた。

それでもOL10の、瀬川先生の試聴記を読むと、聴いてみたい、というよりも、
聴かなければ……、という気持のほうが強くなってくる。

OL10の試聴記の最後にこう書かれている。
《私がもしいま急に録音をとるはめになったら、このOL10を、信頼のおけるモニターとして選ぶかもしれない。》

残念ながら、聴く機会にめぐまれずいまにいたっている。