Archive for category テーマ

Date: 11月 17th, 2019
Cate: 快感か幸福か

快感か幸福か(白黒つけたがる人たち・その1)

日本人は、特にそうなのかもしれない。
何事にも白黒つけたがる人たちがいる。

こっちがいいに決っている、
あれはダメに決っているだろう、
そんなことにとらわれている人たちである。

最近ではMQAはダメ、と全否定する人がいる。
ここでも白黒つけたがっている、というか、白黒つけている。

なぜ、こうまでも白黒つけたがるのか。
白黒つけることに、快感をおぼえるからではないのか。

自分の下した白黒に賛同してくれる人がいれば、それも快感につながっていく。
賛同者が多いほど、快感は増していくことだろう。

でも、それはどこまでいっても快感でしかない。
快感は慣れてしまうのかもしれない。

だから、より強い快感を求めることになる。
そのために、より過激な白黒をつけていく──。

Date: 11月 17th, 2019
Cate: 1年の終りに……

2019年をふりかえって(その8)

(その7)へのfacebookでコメントを読んで気づいたことがあった。
シスコン(システムコンポーネントの略)で、音楽を聴いていない、ということだ。

いまではシスコンという呼称も、どれだけ通用するのだろうか。
私が中学生のころは、システムコンポーネントの全盛時代といえる。

テレビでもシステムコンポーネントのコマーシャルが流れていたくらいだ。
親戚の家、友人の家に、確かにシステムコンポーネントはあった。

あったけれど、それで音楽を聴いた、という記憶はほとんどない。
一度くらいは聴いているだろうが、
少なくともオーディオに興味をもってからは、
つまり中学二年の秋以降は、システムコンポーネントで音楽を聴いた記憶はない。

システムコンポーネントではなく、ラジカセで音楽を聴いていた。

ステレオサウンドでは、
いわゆる高級システムコンポーネントといえるシステムは聴いている。

例えばB&Oが、その代表といえるし、
マッキントッシュ、メリディアン、QUADなど、他にもいくつもあるが、
そういう高級システムコンポーネントは聴いていても、
いわゆるシスコンで、多くの人がイメージするシステムコンポーネントは聴いていない。

私が特別だとは思っていない。
同世代のオーディオマニアでも、シスコンの経験がない人は多いのではないのか。

シスコンで聴いていた、という人も、多いように思う。
半々ぐらいなのか。

そのへんのことははっきりとはいえないが、
シスコンは流行っていた。
流行っていたけれど……、ということに、今日、コメントによって気づかされた。

Date: 11月 17th, 2019
Cate: 1年の終りに……

2019年をふりかえって(その7)

40年前、
ここまで遡られなくとも30年前ぐらいでもいい。
そのころ評価の高かったオーディオ機器は、いま聴くとどうなのだろうか。

20年前、30年前、さらにもっと以前のオーディオ機器でも、
当時最高級だったアンプやスピーカーではなく、
普及クラスや中級クラスのオーディオ機器はどうなのか、とういことに関心がある。

今回303は、15,000円で入手できた。
かなり安く手に入れられた、と思っている。

ヤフオク!は、いますぐ欲しい、ということでなければ、
じっくり待てば、タイミングもあるけれど、こんなに安く、と思う価格で落札できる。

その価格で、いま新品で購入できるスピーカーやアンプには、どういった製品があるのかといえば、
魅力的に感じられるモノは、ほとんどないのが実情だ。

ならば10代の若者がオーディオに興味をもってスタートしようとすれば、
新品にこだわる気持がなければ、ヤフオク!に限らず中古も、
選択肢に入ってくるはずだと思う。

ここが私が10代のころと大きく違っている。
昔も中古市場はあったけれど、いまとは比較にならない。

とはいえ中古まで選択肢になってくると、選ぶ基準をどうするのか。
興味をもったばかりの10代には、大いに迷うところのはずだ。

当時買えなかったから、いま──、という世代には一応の基準はある。
それによって選択肢は絞られていくが、10代にはそれはない。

インターネットで検索すれば、製品情報は得られるが、バラツキもある。
数多くのヒットする製品もあれば、そうでない製品もある。
ヒット数が多い製品がよい製品であるならば苦労はしないし、
よい製品であったとしても、その人に向いているかどうかは、また違ってくる。

Date: 11月 16th, 2019
Cate: 1年の終りに……

2019年をふりかえって(その6)

今年は、KEFのModel 303をヤフオク!で手に入れた。
40年ほど前のスピーカーシステムを、
それも中級クラスのスピーカーシステムを、いまごろになって自分のモノとした。

303というスピーカーについては、これまでにも何度か書いている。
1980年ごろ、見た目は地味ながらも、その音は高く評価されていた。
価格的には、日本の598スピーカーと同じといえる。

けれどウーファーの口径も小さいし、ユニット構成も3ウェイではなく2ウェイだし、
なによりも軽い。
アンバランスな要素は、まったくない、といえる設計である。

とはいえ40年前のスピーカーである。
送料無料で、かなり安く落札できたからといって、
いまさら……、という気持がまったくなかったわけでもない。

中古のスピーカーは、見た目だけでは判断しにくい。
自分の手で鳴らしてみないことには、コンディションについての判断はできない。

それでも303を入手したのは、単に欲しかった以外にも理由があって、
その理由も強かったからでもある。

いまヤフオク!で、20年、30年以上前のオーディオ機器を落札している人たちは、
おそらく私と同じ世代か上の世代がメインなのかもしれない。

若かった時、買えなかった──、それをいま手に入れている感がある。

でも、その一方で、オーディオに興味をもった10代の人たちはどうなのか、と思う。
私のころは、ほぼすべての価格帯に万遍なく製品があった、といえる時代だ。

いまはそうではない。
いまの10代は、どこからオーディオをスタートするのだろうか。
この疑問がある。

そして、どこからスタートしたらいいのだろうか、とも考える。

Date: 11月 16th, 2019
Cate: High Resolution, James Bongiorno

MQAのこと、James Bongiornoのこと(その1)

ジェームズ・ボンジョルノは2013年に亡くなっているから、
MQAの音は聴いていない。

昨年秋からMQAの音をいろんな機会で聴くたびに、
いい方式が登場してくれた、と思う。

それだけに、ここでMQAやメリディアンのことについて書くことが多くなっている。

書いていて、ふと思った。
ボンジョルノはMQAをどう評価するのだろうか、と。

Date: 11月 16th, 2019
Cate: デザイン, 川崎和男

WAVELET RESPECT Carbon Fiber(その2)

9月12日から二ヵ月。
あの日感じたことで、ひとつ書かなかったことがある。

大きく的外れな解釈のように思えたからだった。
二ヵ月経っても、そう感じている。

WAVELET RESPECTは、一輪挿しである。
WAVELET RESPECTという一輪挿しの「花」は、人である。

Date: 11月 15th, 2019
Cate: ショウ雑感

2019年ショウ雑感(その16)

OTOTEN、ヘッドフォン祭、インターナショナルオーディオショウ、
これらの催しに行って毎回思うのは、
ネットの記事にしても、オーディオ雑誌の記事にしても、
そこで行われているイベントの内容を伝えていることは、ほとんどない──、
そのことにいつも不満がある。

ここのブースには、こういう製品がありました──、
そんな記事は、インターネットの記事で十分だ、と思う。
むしろオーディオ雑誌は写真の点数も少なかったり、モノクロだったりするのに、
インターネットの記事だとカラーで点数も多かったりする。

それにこういう製品がありました──、
それらの製品は遅かれ早かれ新製品紹介のページに登場してくる。

会場に来られなかった人に向けての記事であってほしい、といつも思う。
来られなかった人は、どういうことう知りたいのか、
そこへの想像力がほとんど感じられない記事ばかり、
毎年、どのオーディオ雑誌でもそうだ。

今回のヘッドフォン祭でいえば、
roonのイベントは、来られなかった人にきちんと伝えたい、と思うだけの内容だった。
とはいえ、計八時間のイベントだっただけに、
すべてを伝えるのは文章だけでは無理なところもある。

会場となったブースにはビデオカメラがあった。
記録しているのはわかっていた。
でも公開してくれるとはまったく思っていなかった。

主催のフジヤエービックのブログに、YouTubeで公開した、とある。

やっとこういうことをやってくれる主催者が現れてくれた。

Date: 11月 15th, 2019
Cate: plus / unplus

plus(その18)

瀬川先生は、
かなり以前からフルレンジからスタートする4ウェイ構成のシステム構築について、
何度か書かれている。

私が読んだのは、ステレオサウンド別冊HIGH-TECHNIC SERIES 1での記事だった。
当時高校生だった私は、JBLの4343、4350に憧れていた。

とはいえ、手の届く存在ではなかったからこそ、
瀬川先生の4ウェイのスピーカー構築の記事は、嬉しかったし、夢中で読んだ。

4343(正確には4341)を鳴らされている瀬川先生の記事だからこそ、
何度も読み返し、記憶している。

フルレンジからスタートして、トゥイーターをつけて2ウェイ、
その後、ウーファーを足して3ウェイ、
最後にミッドハイを追加しての4ウェイの実現である。

フルレンジからスタートするからこそのフルレンジ。
何を書いているのか、と思われそうだが、
瀬川先生は、その記事で、一度に4ウェイにしてもかまわない、とも書かれていた。

ならばミッドバス帯域を受け持つのはフルレンジでなくとも、
JBLでなら、2121や2202というユニットを使う手もある。

あのころは、この点が、理解に苦しむところだった。
でも、いまなら、やはりフルレンジからのスタートがいい、と結論に達することができる。

(その17)で引用したことである。
フルレンジ一発の音に、いつでも戻せるからだ。
フルレンジ一発の音を、すぐに聴けるからである。

いつでもスタート時の音を再確認できる。

Date: 11月 15th, 2019
Cate: High Resolution

MQAで聴けるピーター・ガブリエル

この一年、e-onkyoのサイトを訪れては、
ピーター・ガブリエルを月一回くらい検索していた。

SACDが登場した時、ピーター・ガブリエルはアルバムのすべてをSACDで出した。
e-onkyoでDSD音源で配信されないのか、と期待して、であった。
けれど、ない。

出ない、とは思っていなかった。
いつかは出るんだろうけど、まだなのか、と思っていた。

9月に“Flotsam and Jetsam”が発表になった。
CDも発売になるのか、とあれこれ探しても、非可逆圧縮音源のみの配信しか見当たらなかった。

この件があったから、よけいに期待は遠のいていった。
今日、SNSを眺めていたら、TIDALで、ピーター・ガブリエルのMQAでの配信が始まった、とある。
ということは、e-onkyoでも始まっているはず。

今日の期待は、もう確信である。
始まっていた。
しかもflacだけでなく、MQAでも配信されている。

Flotsam and Jetsam”もある。
48kHz、24ビットではあるけれど、MQAである。

それに“Passion”もある。
こちらは96kHz、24ビットで、もちろんMQAもある。

“Passion”、いったいどんなふうに鳴ってくれるのだろう。

Date: 11月 14th, 2019
Cate: audio wednesday

第107回audio wednesdayのお知らせ(バーンスタインによる「第九」)

今年はベルリンの壁が崩壊して30年。
30年前の12月25日に、
バーンスタインがベルリンの壁崩壊を記念しての、ベートーヴェンの第九を振っている。

すぐさまCDになった。
ベルリンの壁のカケラが付属していた限定版も出ていた。

今年9月に、同じジャケットで再発売になった。
CDとDVDがセットになっている。
さらにLPでも発売になっている。

12月4日のaudio wednesdayの最後にかける曲は、
バーンスタインのこの「第九」にしたい。

場所はいつものとおり四谷三丁目のジャズ喫茶・喫茶茶会記のスペースをお借りして行いますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 11月 14th, 2019
Cate: 1年の終りに……

2019年をふりかえって(その5)

今年は、電源コードを自作した。
計七本作った。

気に入って使い続けてくれる人たちがいるから、
自己満足で終っているわけではない。

喫茶茶会記のメリディアンの218にも、私自作の電源コードが使われている。

電源コードとはいえ、自作は面倒と思うところも少しはある。
秋葉原に材料を買いに、何度も行く。

行くのは楽しいから、その都度行くようにしている。
帰宅して、ケーブルの先端を剥いて加工する。

夜、一人でこんなことをやっていると、何が楽しいんだろうか、
という疑問みたいなことも思ったりする。

最初の一本は楽しい。
それは、どういう音がするのかという未知の楽しみがあるからだ。

二本目以降は、基本的にそれはないから、黙々と自作する。
それでも続けているのは、使い続けてくれる人がいるからである。

Date: 11月 14th, 2019
Cate: 1年の終りに……

2019年をふりかえって(その4)

今年は、菅野先生が亡くなられて一年であり、
黒田先生が亡くなられて十年である。

オーディオ界に、先生と呼べる人がいなくなっての月日がある。
この月日が、これからながくなっていくばかりである。

Date: 11月 14th, 2019
Cate: 香・薫・馨

陰翳なき音色(その3)

「明瞭さとは明暗の適当な配置である。」ハーマン。傾聴!
(ハーマンは「北方の魔術師」と言われた思想家。)

ゲーテ格言集に、こう書いてある。
これが真理であるならば、
暗のない明瞭さは存在しないわけで、
いまハイエンドオーディオと呼ばれるスピーカーのなかには、
暗のない世界を進んでいるモノがあるように感じる。

それらのスピーカーは、精度の高い音とか精確な音という評価を得ているようだが、
明瞭な音と、ほんとうに評価できる音なのだろうか。

そして、もうひとつ思うことは、暗のところにこそ、
香り立つ何かがひそんでいるような、ということだ。

(その1)と(その2)で、
カルロ・マリア・ジュリーニの「展覧会の絵」とブラームスの第二交響曲について触れた。
どちらの曲も、アメリカのオーケストラとヨーロッパのオーケストラを指揮した録音がある。

昨晩、別項「素朴な音、素朴な組合せ(その26)」で、
アルカイックスマイルと四六時中口角をあげた表情の意識的につくっている人のことを書いた。

このことも、ここで書いたことに関係してくるように感じてもいる。

口角をつねに上げっ放しの表情こそ、陰翳なき音色といえる。

Date: 11月 14th, 2019
Cate: ディスク/ブック

宿題としての一枚(その2)

宿題としての一枚。
気づくといえば、若かった自分からの宿題といえる一枚もあるといえる。

あのころは、あんなふうに鳴らせていたのに……、
なぜか、いまはさほど魅力的に鳴らせないディスクがあるといえばある。

若かった自分からの宿題なのだろう。

Date: 11月 14th, 2019
Cate: きく

試聴と視聴と……(その2)

その1)の最後に、
試聴は、為聴なのか、と書いた。

最近では、(しちょう)は思聴でもある、と思うようになってきた。