Archive for category テーマ

Date: 8月 14th, 2020
Cate: ジャーナリズム, ステレオサウンド

編集者の悪意とは(その23)

編集者も人の子であるから、好き嫌いはあって当然。
しかもオーディオという趣味の世界の編集者なのだから、
すべてのブランド、すべてのモデルに公平な意識をもっていられる人は、いるのだろうか。

もちろん試聴においては、公平に扱う。
これはオーディオ雑誌の編集者として、絶対なことだ。

たとえばアンプの試聴で、
好きなブランド、好きなモデルの場合は、ACの極性を合せ、接点もきちんとクリーニングする。
嫌いなブランド、モデルの場合には、ACの極性をわざと反対にする、接点もクリーニングしない。
そんなことは、絶対にしない。

どちらであっても、ACの極性は合せ、接点もクリーニングしておく。
試聴条件は公平でなければならない。

ステレオサウンド 87号のスピーカーシステムの総テストは、
その意味で公平であったのだろうか。

マッキントッシュのXRT18のヴォイシングのことはすでに書いている。
ここでのヴォイシングは、編集見習いのKHさん立会いのもと、
エレクトリのスタッフの方に来てもらい、午前中じっくりと時間をかけてやってもらった。

このヴォイシング、そのことを公平でない、と考えない。
XRTシリーズのスピーカーの形態上、必要なことである。
けれど、もう少し突っ込んで考えると、
KHさんは、マッキントッシュへの思い入れが、そうとうに強い。

それは別にかまわないのだが、
KHさんの心の中には、XRT18だけが特別にうまく鳴ってくれればいい──、
という気持があったのかもしれない。

それは、ほかのスピーカーシステムに対しての間接的な悪意といえる。
そう考えることもできるし、そうでないとしても、
その時点で、KHさんの心の中では公平のバランスが大きく崩れてしまったようにも思う。

ほかのスピーカーシステムを悪く鳴らそうとは、KHさんも考えていなかったはずだ。
けれど、XRT18だけが特別に鳴ってくれれば、という気持は多少なりともあった、と私はみている。

Date: 8月 14th, 2020
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(KT88プッシュプルとタンノイ・その7)

その1)を書いたのは、二年前。
そのころはタンノイを買うことになるとは、ほとんど思っていなかった。

なので、ここでのサブタイトル、「KT88プッシュプルとタンノイ」は、
タンノイの特定のモデルではなく、あくまでもタンノイの同軸型スピーカー全般のことだった。

それが今年6月にコーネッタを手に入れた。
そうなってくると、「KT88プッシュプルとタンノイ」のタンノイとは、
コーネッタということに、意識しなくてもそうなりつつある。

最初のころのKT88プッシュプルとは、KT88のプッシュプルのパワーアンプのことを想定していた。
それがコーネッタ以降、プリメインアンプも含めてのことになってきている。

KT88プッシュプルのパワーアンプということならば、
コントロールアンプは別個に考えればいいわけで、
トーンコントロールのことは考えていなかった。

コーネッタとの組合せを、この項でも意識する。
そうなるとプリメインアンプ、それもトーンコントロール付きかどうかが気になる。

コーネッタを鳴らしてみたいプリメインアンプとして、イギリスのCHORDのモデルがある。
ソリッドステートアンプなので、この項とは直接関係ないわけだが、
それでもコーネッタとの組合せは、かなりいいように想像している。

そのCHORDのプリメインアンプは、
輸入元タイムロードでは、現在プリメインアンプは取り扱っていない。

CHORDのサイトをみると、製造中止になったわけではなく、
現行製品であることがわかる。

CHORDのプリメインアンプは日本ではあまり人気がないようだが、
私はけっこう気に入っているが、トーンコントロールに関しては、不満がある。

トーンコントロールがついていないだけでなく、
テープ入出力端子をもたないから、そのへんの拡張性はまったくない。

このことはCHORDのプリメインアンプに限ったことではなく、
ほかのブランドのプリメインアンプでもそうなのだ。

Date: 8月 13th, 2020
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(KT88プッシュプルとタンノイ・その6)

ステレオサウンド 55号と59号の中間、57号の特集はプリメインアンプだった。
ケンウッドのL01Aも取り上げられている。

瀬川先生の、57号での評価は高いものだった。
音の躍動感に、やや不足するものがあるのは読みとれるが、
《音の質の高さは相当なものだと思った》とある。

しかも、瀬川先生が熊本のオーディオ店に来られたときに、
サンスイのAU-D907 Limitedを買ったことを話した。
瀬川先生は、L01Aのほうがあなたの好みだよ、といわれた。

L01Aは聴いたことがなかった。
それでも気になっているプリメインアンプだった。

それでもAU-D907 Limitedは175,000円、
L01Aは270,000円だった。

当時高校生だった私に、この価格差はそうとうに大きく、手の届かない製品であった。
でも、その時の口ぶりからもL01Aを高く評価されていることは伝わってきた。

なのに59号での結果である。
当時も、なぜだろう? とおもったものだ。
答はわからなかった。

いま、その理由を考えると、L01Aにはラウドネスコントロールはついていても、
トーンコントロールはなかった。

しかも57号に、
《ファンクションにはややトリオ独自の部分があり、例えば、テープ端子のアウト/イン間にイコライザーその他のアダプター類を接続できない回路構成》
とある。

瀬川先生は、59号でサンスイのAU-X11には1点をいれられている。
AU-X11にもトーンコントロールはついていない。
けれどテープ入出力端子に、トーンコントロール、イコライザーなどの周辺機器を接続できる。

このあたりに、L01Aへの0点の理由が隠れているような気がしてならないし、
AU-X11にトーンコントロールがついていたら、2点以上になっていたであろう。

Date: 8月 13th, 2020
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(KT88プッシュプルとタンノイ・その5)

聴いてみたかったKT88のプッシュプルアンプといえば、
ユニゾンリサーチのプリメインアンプP70である。

でもエレクトリはユニゾンリサーチの取り扱いをやめてしまっている。
しかもユニゾンリサーチも、P70、P40(EL34のプッシュプル)の製造をやめている。

P70を聴く機会はなかった。
エレクトリがとりあつかいをやめた理由も、ウワサではきいている。

どんな音だったのか。
周りに聴いている人もいない。

でも、P70のアピアランスは、気に入っている。
優れたデザインとは言い難い。
それでも、コーネッタを接いで鳴らすには、いい感じじゃないだろうか。

そう思いながらも、P70にはトーンコントロールがなかったなぁ……、となる。
1970年代後半ごろから、トーンコントロールをパスするスイッチが、
プリメインアンプにつくようになってきた。

さらにはトーンコントロールを省く製品も出てくるようになった。
いまではトーンコントロールがついている製品のほうが、
高額な価格帯になるほどに少数となってくる。

プリメインアンプにはトーンコントロールは要らないのか。

ステレオサウンド 55号の特集ベストバイで、
瀬川先生はケンウッドのL01Aを、プリメインアンプのMy Best 3の一つにされている。

55号のベストバイでは、誰がどの機種にどれだけ点数を入れたのかまったくわからない。
51号もそうだったのを反省してなのか、55号では各製品ジャンルのMy Best 3が載っている。

瀬川先生のプリメインアンプのMy Best 3は、L01Aの他に、
サンスイのAU-D607とラックスのL58Aである。

ところが59号のベストバイで、瀬川先生はL01Aには一点も入れられていない。

Date: 8月 12th, 2020
Cate: 新製品

新製品(JBL 4349)

“JBL’s Next Great Studio Monitor is Here”

JBL SYNTHESISのウェブサイトに、いまアクセスすると、
このフレーズとともに、新製品4349が表示される。

昨年からウワサになっていたJBLのスタジオモニターの新製品である。
4349という型番から、4343に憧れてきた人ならば、
4343の後継機4348のニューヴァージョンか? と思うかもしれない。

私も、一瞬そう思った。
4349が発表されたのは7月末だった。
日本で正式に発表されるのを待つつもりだったが、まだである。

いまのJBLの開発ポリシーからいえば、4ウェイのシステムを出してくる可能性は低い。
それでも4349という型番に期待してしまった。

結果は、というと、2ウェイの中型システムである。
別項でJBL PROFESSIONALのM2について書いている。

この製品からいえるのは、JBLのスタジオモニターがこれから目指す方向である。
M2の4300シリーズ版といえるのが、4367だが、4349は、さらにM2に近くなっている。

外観的には、M2のウーファーより下の部分を取り払ったかのようなプロポーションである。
けれどウーファーの口径は15インチから12インチになっている。

M2の完全なるコンシューマー用を期待している者にとって、
いささか期待外れの感はあるものの、聴いてみたいスピーカーではある。

でもこれ以上に興味のわくスピーカーも、
JBL SYNTHESISのサイトをみているとあった。
SCL4である。
壁埋めこみ型の2ウェイである。

ウーファーは7インチ、トゥイーターはホーン型の2ウェイ。
音がどうなのかはなんともいえないが、見た目がシーメンスのオイロダインっぽいのだ。
もうこれだけで、おもしろそうに思えてくる。

Date: 8月 12th, 2020
Cate:

オーディオと青の関係(その24)

twitterで、(その23)へのコメントがあった。
マランツの1970年代前半のスピーカーユニットのコーン紙も青色だった、というものだった。

マランツのスピーカーシステムといえば、
エド・メイが手がけた一連のシリーズが、私の場合、すぐに浮ぶが、
それ以前にもスピーカーシステムを出していたのは知っていた。

マッキントッシュ、ボザークといった東海岸のメーカーらしく、
ユニットを多数使うところは同じだった。
とはいえ実物を見たことはないし、写真もモノクロのものばかりだった。

いまの時代、便利だな、と感心するのは、
インターネットですぐに検索できるだけでなく、
当時はモノクロ写真しか見ることのできなかったモノ、
内部を見たことのない製品、
それらがカラー写真で見れたり、内部の写真があったりする。

確かにマランツのスピーカーのコーン紙は青色だった。
しかも、写真で見る限り、BOSEのコーン紙の青色とよく似ている。

BOSEも東海岸のメーカーである。
もしかするとコーン紙の製造メーカーは、マランツとBOSEは、そのころ同じだったのか。
そうだとすれば、他にも青色のコーン紙のスピーカーはあった可能性がある。

Date: 8月 11th, 2020
Cate:

オーディオと青の関係(その23)

アメリカのオーディオは青を好むのだろうか。
「青なんだ」と最初に思ったオーディオ機器の最初は、BOSEの901IIIだった。

901搭載のユニットのコーン紙は青色だった。
901も最初モデルは違っていたはずだ。
II型からなのか、III型からなのかは知らないが、
少なくともIII型は、すでに青色のコーン紙だった。

同口径で、見た目は似ているユニットであっても、
101MMのそれは黒色だった。
BOSEの他のスピーカーで青色のコーン紙のモデルは、301MMIIぐらいしか思い浮ばない。

901IIIのころ(1976年ごろ)、
スピーカーのコーン紙といえば、黒色がほとんどだった。
黒色といっても、真黒なわけではなく、濃淡の違いはあったし、
それ以外の違いもあったけれど、おおまかに黒だった。

黒以外の場合は、白色はあった。
よく知られるところではヤマハのNS10Mのウーファーがそうだったし、
はっきり白色でなくとも、乳白色のコーン紙のユニットは、いくつかあった。
JBLのLE8T、ローサーのユニット、フォステクス、コーラルにもあった。

振動板の材質が紙ではなく金属の場合も黒ではなかった。
紙の振動板で、黒、白色以外で、
はっきりと色をつけたユニットとなると、901IIIの青が最初ではないだろうか。

他にもあったのかもしれないが、
ちょうどオーディオに興味を持ち始めたころの901IIIの青色のコーン紙は、
私にとっては鮮烈な印象であった。

とはいえ、当時は、なぜ青色なのか、ということについては考えもしなかった。
ただ青色ということだけが、記憶にはっきりと残っている。

Date: 8月 10th, 2020
Cate: 正しいもの

正しい音と正しい聴き方(その3)

「正しい音なんて、ない」と断言する人が、
若い人にも老いた人にもいる。

「正しい音なんて、ない」という人は、
「好きな音と嫌いな音があるだけ」ということが多い。

さらには「好きな音を正しい音と思っているだけだ」ともいう。

「正しい音なんて、ない」を真理とはまったく私は思っていない。
思っていないから、こんなふうに言い切ってしまえたら、
どんなにラクだろうな、と思う。

「正しい音なんて、ない」。
そう言い切ってしまうことは、
オーディオについての根底からの理解を諦めてしまっていることにほかならない。
考えることを放棄してしまっただけでしかない。

Date: 8月 10th, 2020
Cate: ディスク/ブック

J.S. Bach: Six Suites for Viola Solo

コーネッタは、弦の鳴り方がいい。
ヴァイオリンもいいけれど、個人的にはチェロの鳴り方が特に気に入っている。

7月のaudio wednesdayではフルニエをかけた。
8月のaudio wedneadayではデュ=プレのドヴォルザークの協奏曲をかけた。

どちらもチェロらしい響きを聴かせてくれる。
重くならなず、軽やかに鳴ってくれる。

特にデュ=プレのチェロを聴いていると、
イギリス同士で相性がいいのだろうか、と思ってしまうほどだが、
過去にステレオサウンドの試聴室で聴いたいくつものタンノイ、
知人宅で聴いたタンノイでは、特にそういう印象はなかったから、
これはフロントショートホーン付きのタンノイならではの特長のようにも感じている。

こんなふうに鳴ってくれると、今度はヴィオラのソロを聴いてみたくなる。

キム・カシュカシャンがいる。
ECMから“J.S. Bach: Six Suites for Viola Solo”が出ている。

バッハの無伴奏チェロ組曲のヴィオラ版である。
CDで出ているが、やはりここはMQAで聴きたい。

Date: 8月 9th, 2020
Cate:

中島みゆきの「帰省」

中島みゆきの「短篇集」。

この「短篇集」で、「帰省」という歌を、はじめて聴いた。

歌詞の前半は、大都市の殺伐とした風景を描写している。
後半からは、変る。
     *
けれど年に2回 8月と1月
人ははにかんで道を譲る 故郷(ふるさと)からの帰り
束の間 人を信じたら
もう半年がんばれる
     *
8月と1月。
盆と正月である。

人は、年に二回、帰省することで忘れかけていたことを自然と思い出す。
けれど、今年は違う。

コロナ禍で、帰省をあきらめている人も多くいる。
妹夫婦も、今夏は帰省しない、といっていた。

ニュースでは、東京から帰ってきた人の家に、
心無い貼紙がしてあった、といっている。

「帰省」で描かれた風景は、今年の盆からはずっと減ることだろう。
正月もどうなることか、わからない。
来年のことも、だ。

このままずっと続いていけば、帰省ということが、世の中から消えてしまうのかもしれない。
コロナ禍がますますひどくなっていった、としよう。

そんな近い将来、たとえば50年後あたりになると、
「帰省」を聴いても、その風景を思い浮べられない人のほうが圧倒的に多いのかもしれない。

そうはならないであろう、と思いつつも、
変らないことは、この世にはない、という現実が、目の前にあるだけだ。

Date: 8月 9th, 2020
Cate: 日本のオーディオ

リモート試聴の可能性(その5)

ステレオサウンド 59号の特集ベストバイの巻頭鼎談で、
瀬川先生がこんなことを発言されている。
     *
瀬川 そうすると三人のうちでチューナーにあたたかいのはぼくだけだね。ときどき聴きたい番組があって録音してみると、チューナーのグレードの差が露骨に出る。いまは確かにチューナーはどんどんよくなっていますから、昔ほど高いお金を出さなくてもいいチューナーは出てきたけれども、あまり安いチューナーというのは、録音してみると、オャッということになる。つまり、電波としてその場、その場で聴いているときというのは、クォリティの差がよくわからないんですね。
     *
FM放送をカセットテープに録音したことは、
カセットテープに、どちらかといえばあまり関心のなかった私でも、もちろんある。
それでもチューナーの違いを、カセットテープに録音してみたことはない。

その3)でふれたコメントにあった、
自分のシステムの音を録音すると、癖が二倍に強調される、ということ。

瀬川先生のチューナーの違いが、録音することで露骨に出る、ということも、
同じことなのだろう、とも考えられる。

録音することによって、チューナーのグレードの差が縮まって聴こえる、
同じように聴こえるのであれば、
自分のシステムの音を録音して、音の癖が半分くらいになってしまうのであれば、
リモート試聴の可能性はしぼんでいってしまう。

けれど、現実にはそうではないことが起っている。

リモート試聴ということをいえば、
たとえそうであっても、その場で聴こえるこまかな音の違いまでは聴き分けられないだろう、
そんなことで反論する人が、きっといる。

でもきちんとした試聴室、もしくは自分のリスニングルームで、じっくりと聴ける環境ならば、
確かにそうである、と返事をするが、
オーディオショウのブースで聴ける音で、ほんとうに微妙な音の違いまで、
正しく聴き分けている、と自信をもっていえる人は、
音の怖さというものを、理解していないどころか、
体験すらしていない人といっていいだろう。

オーディオショウで聴ける音は、あくまでも参考程度でしかない。
だから、リモート試聴ということを、これから先考えていかなければならないし、
そこで重要となるのは、リファレンスをどうするかということだ。

Date: 8月 9th, 2020
Cate: 世代

世代とオーディオ(実際の購入・余談)

この一年くらいで、すごく気になっているのは、
「オーディオのプロが自腹で購入」といったいいまわしが増えてきたことだ。

記事の意図としては、オーディオのプロが購入するくらいだから、
この製品はほんとうにいいんですよ、ということなのだろうが、
それ以前に、私がひっかかるのは、「自腹で購入」のところだ。

オーディオのプロだろうが、そうでなかろうが、
オーディオ機器を買う、ということは、自分のお金で買う、ということ以外、
なにがあるのだろうか。

誰かに買ってもらった、としよう。
それは買う、とはいわない。買ってもらった、である。
オーディオメーカーから提供してもらって使っているのも、買う、とはいわない。

買う、ということ自体が、くり返すが自分のお金で、ということが前提としてあるわけだ。
にも関らず「自腹で購入」なんてことを見出し、タイトルに使う。

自腹で購入ではなく、自家用として購入、とかだったら、なにもいわない。
けれど「自腹で購入」なのだ。

「自腹で購入」で使われるのは、私が目にした範囲では、
ほぼすべてインターネットで公開されている記事だった。
これらの記事をつくっている人たちの正確な年齢はしらないけれど、
ほかの記事の内容(レベル)からいっても、私よりけっこう若い世代のように感じている。

その世代の人たちには「自腹で購入」といういいまわし、
違和感をおぼえないのだろうか。

Date: 8月 8th, 2020
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(KT88プッシュプルとタンノイ・その4)

真空管パワーアンプの音が、出力管だけで決るわけがないことは百も承知だ。
この項で挙げている四機種のKT88のパワーアンプは、どれも音が違う。

それでも、そこに何か共通項のようなものを、少なくとも私の耳は感じている。
もっと厳密にいえば、タンノイのスピーカーで聴いた時に、そう感じている。

「五味オーディオ教室」を読みすぎたせい──、とはまったく思っていない。
マッキントッシュのMC275がKT88のプッシュプルだから、ということではない。
私の場合、タンノイで聴いたKT88のプッシュプルアンプは、MC275が最初ではないからだ。

KT88のプッシュプルアンプは、他にもいくつもの機種がある。
それらでタンノイを鳴らしたことはない。
もしかすると、私が聴いたことのないKT88のプッシュプルアンプで、
タンノイを鳴らしてみると、KT88にこだわることはないな、と思うかもしれない。

KT88のプッシュプルアンプのなかにも不出来なアンプは少なからずある。
そのこともわかっている。
それでも、タンノイを、真空管アンプで鳴らすのであれば、
まずKT88のプッシュプルアンプということを、頭から消し去ることができないままだ。

真空管パワーアンプの音が、出力管だけで決るわけがないのだが、
だからといって、出力管の銘柄、型番が音に関係ないわけではない。
鳴ってくる音のどこかに、出力管に起因するなにかが存在しているのかもしれない。

それがタンノイのスピーカーと組み合わされた時に、
私の耳は無意識のうちに嗅ぎ分けているのかもしれない。

コーネッタを鳴らすのに、真空管アンプを作るのであれば、
デッカ・デコラのパワーアンプ、EL34のプッシュプルのコピーにしようか、と思っている。
いい感じに鳴ってくれるだろうな、と夢想しながらも、
それでもKT88のプッシュプルアンプ、と思ってしまう。

しかも、ここがわれながら不思議なのだが、
KT88のプッシュプルアンプを自作しようという気は、ほとんどない。
市販品のなかから、いいモノがないか、と思ってしまうのは、なぜなのか。

Date: 8月 8th, 2020
Cate: 「ネットワーク」

オーディオと「ネットワーク」(情報量・その9)

私にとってのオーディオの原点といえる「五味オーディオ教室」。
この本に、
《今日のような情報過多の時代には、情報を集めるより容赦なくそいつを捨てる方向にこそ教養というものが要る》
と書いてある。

「五味オーディオ教室」は1976年に出ている。
1976年より2020年のいまは、もっともっと情報過多の時代である。

情報を集めることは、1976年よりもずっと簡単、手軽になっている。
しかも1976年のころの情報といえば、おもに文字による情報だった。

いまも文字による情報がそうだといえるが、
インターネットは文字だけでなく写真も動画も音も、
電気信号に変換できるものであれば、
スマートフォンの画面とスピーカー、パソコンの画面とスピーカーで伝えることができる。

ということは、それらの厖大な情報を捨てる方向で要る教養は、
1976年のころよりも、ずっと求められることでもある。

では、その教養を身につけるためには、どうするのか。
インターネットに頼る──のか。

Date: 8月 6th, 2020
Cate: アンチテーゼ

アンチテーゼとしての「音」(iPhone+218・その12)

昨晩のaudio wednesdayに、
ある方がCDではなくポータブルオーディオプレーヤーをもってこられた。

SPDIF出力もつ機種なので、メリディアンの218との接続も簡単だ。
どのメーカーのどの機種とは書かないが、税込みで6万円くらいで買えるようだ。

ここで書いているようにiPhoneと218を接続しての音は、あなどれないと感じている。
とはいえ、他のポータブルオーディオプレーヤー、
つまり専用の機種と比較してみたら──、ということはもちろん思っていた。

いくつかの機種を比較検討したこともある。
興味はある。
けれど、いまは、ポータブルオーディオプレーヤーに使う金額は、
そのままMQA音源の購入にあてたい、と考えているので、
比較検討しただけでとまったままだ。

とはいえ、誰かポータブルオーディオプレーヤーを持ち込んでくれないかな、と思っていた。
単純に価格で比較すればiPhoneの方が高価だが、
iPhoneには、音楽再生以外の機能をもっている。

基本はスマートフォンなのだから、それは当然であって、
音楽再生以外の機能をすべてとりさってのモノ、
iPod touch(これでもまだたくさんの機能がついている)との価格と比較すれば、
iPhoneが高価とはいえなくなり、むしろ安価ともいえる。

しかもiPhoneはLightning-USBカメラアダプタとD/Dコンバーターが必要となる。
iPhoneが音質的に有利と思える要素は、ぱっと見、少なく感じられる。

まぁ、とにかく音である。
あいにく同じ曲で比較試聴することはできなかったが、
ポータブルオーディオプレーヤーで聴いた曲は、すべて聴いている。
しかも、かなりじっくり聴いている曲もあった。

そういう比較での結果であるとはことわっておく。
ポータブルオーディオプレーヤーを持ってこられた方も、
iPhoneの方が良かった、ということだった。