Archive for category ブランド/オーディオ機器

Date: 7月 21st, 2015
Cate: 4350, JBL, 組合せ

4350の組合せ(その8)

もう少し水にこだわって書けば、
マークレビンソンのML6とマッキントッシュのC29の違いには、のどごしの違いもあるように思う。
のどごしにも好みがあろう。

1995年ごろだったか、
日本にもフランスのミネラルウォーターの中で最も硬水といわれるコントレックスが輸入されるようになった。
いまではどのスーパーマーケットにも置いてあるし、
ディスカウントストアにいけば1.5ℓのペットボトルが150円を切っている。

いまから20年ほど前は扱っているところも少なかった。
そのころ祐天寺に住んでいたけれど、まわりの店にはどこにもなく、
隣の駅の学芸大学の酒屋で偶然見つけたことがある。
価格は1.5ℓで400円ほどしていた。

水の味といってもたいていは微妙な違いであるが、
コントレックスは誰が飲んでも、味がついているとわかるくらいだった。
しかもたまたま遊びに来ていた友人に出したところ、硬くてのみ込みにくい、といわれた。

コントレックスののどごしが私は好きだったけれど、友人は苦手としていた。
音にも、水ののどごしに似た違いがある。

耳あたりのいい音とは、違う。
耳(外耳)を口だとすれば、鼓膜が舌にあたるのか。
耳は、音によって振動する鼓膜の動きを耳小骨を用いて蝸牛の中へと伝えるわけだから、
咽喉にあたるのは蝸牛か。
となると喉越しではなく蝸牛越しとでもいうべきなのか。

とにかく音ののどごしは、人によって気持ちよく感じられるものに差はあるだろう。
ある人にすんなりと受け容れられる音ののどごしを、別の人はものたりないと感じることだってあろう。
コントレックスのように、気持いいのどごしと感じる人もいれば、重すぎるのどごしと感じる人もいる。

こうやって書いていると、アンプの音とは水のようなものぬたと思えてくる。
オーディオではアンプの音だけを聴くことはできない。
スピーカーが必要だし、プログラムソースも必要となって音を聴けるわけだから、
水そのものの味を聴いているわけではないが、
水の味はコーヒー、紅茶を淹れるときにも関係してくるし、
ご飯を炊くのであっても水の味は間接的に味わっている。
料理もそうだ。

水そのものを直接口にしなくとも、
口にいれるコーヒー、や紅茶、料理を通して、われわれは水の味の違いを感じとれる。
アンプの音とは、そういうものだと思う。

そして、1981年夏、レコード芸術で始まった瀬川先生の連載、
「MyAngle 良い音とは何か?」を思い出す。

この連載は一回限りだった。
一回目の副題は「蒸留水と岩清水の味わいから……」だったのを思い出していた。

Date: 7月 19th, 2015
Cate: 4350, JBL, 組合せ

4350の組合せ(その7)

井上先生が4350Aの組合せをつくられている「コンポーネントステレオの世界 ’80」、
その前年の’79年版で、瀬川先生はこう語られている。
     *
ぼく自身がレコード再生に望んでいることは、もう少しシビアなものです。それをうまく説明できるか自信はあまりないんだけれども、つまり、レコード音楽を再生するには、まず音が美しくなければならない。これがぼくきゼタ以上件なんですね。
 音が美しいというと、ちょっと誤解をまねくかしれませんが、もちろん音楽のなかには、不協和音をもつもの、あるいはもっと極端にノイズ的な音を出すもの、また一部のロックやクロスオーバーのように音源側ですでに音が歪んでいるもの、そういうものがあるわけだけれど、それを再生した場合に、音楽のイメージをそこなわない範囲で、しかし美しく再生したい、ということです。このことは、よくしゃべったり書いたりしているんだけど、ぼくは再生というものは虚構のなかの美学だという意識をもっています。だから、出てくる音をより美しく磨き上げて出すということが、ぼくにとっては絶対の条件なんですね。
 それを第一とすると、第二の条件としては、虚構であるからこそ、本物よりもっと本物らしくあってほしい、本物らしさを意識したい、という気持がぼくにはある。つまり作りものだから、いっそう本物らしくあってほしい、ということですね。このことについて、かつて菅野沖彦さんがうまいたとえを使われたから、それを借用すると、プラモデルの正確な縮尺モデルというものは、ビスの頭ひとつとっても正確な縮尺で作られているべきなのかもしれないが、現実にそう作ったらビスなどは見えなくなる。だから、実物らしくみせるには、ときには正確さをゆがめることも必要なんだ、ということですね。
 オーディオ再生というのは、それと同じで、縮尺の作業だと思う。つまり6畳とか8畳の空間に百人をこすオーケストラが、入りこめるはずはないんです。そのオーケストラを縮小して、ぼくらは聴いているわけでしょう。そしてそういう狭い空間でも、コンサートホールで聴いているような雰囲気を再現することができるのは、縮尺しているからです。しかし、たとえば25分の1とか50分の1といった形で、物理的に正確な縮尺をとったら、さっきのビスの頭と同じで、聴こえなくなる音がいっぱい出てきます。そこでそれを、部分的に強調してやる。強調するという言葉に抵抗があるんだったら、レトリックといってもいいてしょう。レトリックの作業を行うわけです。いいかえると、オーディオ再生には、より生々しく感じさせるための最少限のレトリックが必要なんだ、と思う。そしてそれを十全に表現してくれるスピーカーが、ぼくにとって望ましいんです。
 したがって、いわゆる〈生〉と、物理的にイコールかどうかと測定の数値ばかりを追いかけたり、物理的に比較したりすることだけが、製作の最良の方法だと考えて作られたスピーカーは、ぼくには不満がのこります。音の美学といいたいところのものを、十分に理解したうえで作られたスピーカーでないと、ぼくは共感がもてないんです。
 そのことをさらに押しすすめていうと、これもぼくが口ぐせみたいにいっていることですが、音が鳴り出すと同時に、演奏している場と自分の部屋とか直結したような感じ、それがあるかどうかということです。それを臨場感とか音場感といった言葉でいっているわけだけれど、要するに、そこに楽器の音があるだけではなく、音の周辺にひろがっている空間までもが、自分の部屋で感じられるかどうか、それからより濃密に感じられるかどうか、ということですね。
     *
井上先生と瀬川先生がレコード音楽再生において望まれているものは、基本的には同じでありながらも、
細部において違いがある。

それはプラモデルの正確な縮尺モデルで、どの部分の正確さを歪めるかの違いではないだろうか。
最少限のレトリックが必要ではある。
その最少限のレトリックを、どの部分にもってくるのか──、
これによってコントロールアンプの選択がマークレビンソンのML6かマッキントッシュのC29か、
わかれてしまうのではないだろうか。

井上先生の組合せには400万円という予算の制約があり、
瀬川先生の組合せには予算の制約がないということも忘れてはならないことにしてもだ。

Date: 7月 15th, 2015
Cate: 4350, JBL, 組合せ

4350の組合せ(その6)

ステレオサウンド 52号で瀬川先生は、マークレビンソンのML6のことを書かれている。
     *
 新型のプリアンプML6Lは、ことしの3月、レビンソンが発表のため来日した際、わたくしの家に持ってきて三日ほど借りて聴くことができたが、LNP2Lの最新型と比較してもなお、歴然と差の聴きとれるいっそう透明な音質に魅了された。ついさっき、LNP(初期の製品)を聴いてはじめてJBLの音が曇っていると感じたことを書いたが、このあいだまで比較の対象のなかったLNPの音の透明感さえ、ML6のあとで聴くと曇って聴こえるのだから、アンプの音というものはおそろしい。もうこれ以上透明な音などありえないのではないかと思っているのに、それ以上の音を聴いてみると、いままで信じていた音にまだ上のあることがわかる。それ以上の音を聴いてみてはじめて、いままで聴いていた音の性格がもうひとつよく理解できた気持になる。これがアンプの音のおもしろいところだと思う。
 ともかくML6の音は、いままで聴きえたどのプリアンプよりも自然な感じで、それだけに一聴したときの第一印象は、プログラムソースによってはどこか頼りないほど柔らかく聴こえることさえある。ML6からLNPに戻すと、LNPの音にはけっこう硬さのあったことがわかる。よく言えば輪郭鮮明。しかしそれだけに音の中味よりも輪郭のほうが目立ってしまうような傾向もいくらか持っている。
     *
また《ML6がML2Lの内包している音の硬さを適度にやわらげてくれる》とも書かれている。

瀬川先生と井上先生は、同じことをML6に関して言われている。
同時にふたりの違いもまた読み取れる。

4350Aではないが、4343の組合せを「続コンポーネントステレオのすすめ」でいくつかつくられている。
そのなかに4350Aの組合せとほぼ同じ例があり、
そこには「あくまでも生々しい、一種の凄みを感じさせる音をどこまで抽き出せるか」とある。

ここでの組合せはEMTのアナログプレーヤー950に、
アンプはマークレビンソンのML6とML2のペアである。

井上先生はリアリティのある音で聴きたいということでML6からマッキントッシュのC29に、
コントロールアンプを換えられた。
瀬川先生は、あくまでもパワーアンプにML2を使うことが前提ではあるものの、ML6を選択される。

《あくまでも生々しい、一種の凄みを感じさせる音》も、
リアリティのある音であり、それは《もはやナマの楽器の実体感を越えさえする》音でもある。

井上先生は「コンポーネントステレオの世界 ’80」で、C29とML6を水に例えられてもいる。
     *
たとえていうと、マークレビンソンの音が、きわめて純度の高い蒸留水だとすれば、マッキントッシュC29+MC2205の音は、鉱泉水、つまりミネラルウォーターのような、そんな味わいをもっています。自然の豊かさの魅力、とでもいったらいいでしょうか。
     *
アンプの音を水に例えるのは、瀬川先生も52号の「最新セパレートアンプの魅力をたずねて」の最後でやられている。
     *
 アンプの音に、明らかに固有のクセのあることには、わたくしも反対だ。広い意味では、アンプというものは、入力にできるだけ正直な増幅を目ざすべきだ。それはとうぜんで、アンプがプログラムに含まれない勝手な音を創作することは、少なくとも再生音の分野では避けるべきことだ。
 しかし、アンプの音が、いやアンプに限らずスピーカーやその他のオーディオ機器一切の音が、蒸留水をめざすことは、わたくしは正しくないと思う。むろん色がついていてはいけない。混ぜものがあっても、ゴミが入っていても論外だ。けれど、蒸留水は少しもうまくない。本当にうまい、最高にうまい水は、たとえば谷間から湧き出たばかりの、おそろしく透明で、不純物が少なくて、純水に近い水であるけれど、そこに、水の味を微妙に引き立てるミネラル類が、ごく微量混じっているからこそ、谷あいの湧き水が最高にうまい。わたくしは、水の純度を上げるのはここまでが限度だ、と思う。蒸留水にしてはいけない。また、アンプの音が、理想の上では別として現実に蒸留水に、つまり少しの不純物もない水のように、なるわけがない。要は不純物をどこまで少なくできるかの闘いなのだが、しかし、谷間の湧き水のたとえのように、うまさを感じさせる最少限必要なミネラルを、そしてその成分と混合の割合を、微妙にコントロールしえたときに、アンプの音が魅力と説得力をもちうる。そういうアンプが欲しいと思う。そして水の味にも、その水の湧く場所の違いによって豊かさが、艶が、甘味が、えもいわれない微妙さで味わい分けられると同じように、アンプの音の差にもそれが永久に聴き分けられるはずだ。アンプがどんなに進歩しても、そういう差がなくならないはずだ。そこにこそ、音楽を、アンプやスピーカーを通じて聴くことの微妙な楽しみがある。
     *
私はC29もML6、どちらもミネラルウォーターだと思う。
ただ《その水の湧く場所の違い》があり、そのことによる含有されるミネラル類の量、割合に違いがある。
ML6は軟水のミネラルウォーターで、C29はML6よりは硬水という、そんな違いだと感じている。

Date: 7月 13th, 2015
Cate: 4350, JBL, 組合せ

4350の組合せ(その5)

ステレオサウンド別冊「コンポーネントステレオの世界 ’80」での、
井上先生の4350Aの組合せは、
マークレビンソンのML6のキャラクターとのミスマッチングかもしれないということで、
マッキントッシュのC29に変更されている。

記事では、ここで井上先生にML6に対する感想をきかせてください、とある。
     *
井上 ご承知のように、マークレビンソンにはLNP2Lというコントロールアンプがあります。ML6よりひとつ前の製品、ということになりますが、このLNP2Lはかなり明快な音で、輪郭をくっきりと出すアンプです。ただ音の作り方からいうと、やや古典的な感じがある。表情の豊かさとなめらかさ、それから音場感的な広がりという聴き方をしたときには、いまとなるとちょっと古典的かなという音になっているんですね。
 それに対してML6は、音の粒立ちもさらにこまかくなったし、帯域も広く感じるようになったし、いかにも現代的な音になっています。極端にいえば、アナログ録音に対するデジタル録音、といった感じがあるのです。
 しかし、JBL♯4350Aと組み合わせてみると、ややものたりなさがあります。音としてはたいへんきれいなんだけど、もうひとつ力感が不足なのですね。これだけの大型スピーカーを使うことの、大きな理由のひとつは、通常の音量でも力強く、リアリティのある音で聴きたい、ということでしょう。たんにきれいな音というだけでは、万全ではないと思うんですよ。それはむしろ、かつての古い聴き方で要求されたことです。つまり、レコードによごれた、きたない音が入っていても、それをいわば濾過してきれいに鳴らす、そういう要素がかつては重要視させていたのです。
 しかし、現代はそうではない。レコード側もずいぶん進歩して、録音もきわめてよくなってきていますから、最近では、再生音楽のなかのリアリティの追求ということが、大きくクローズアップされていると思います。そういう要素を追求する聴き手が、しだいに増加してきているわけです。
     *
この井上先生の発言を、
ステレオサウンド 52号の特集の巻頭、瀬川先生の「最新セパレートアンプの魅力をたずねて」、
この中に登場してくるML6についての文章と対比させて読んでいくと、ひじょうに興味深い。

Date: 7月 11th, 2015
Cate: 4350, JBL, 組合せ

4350の組合せ(その4)

井上先生の4350Aの組合せはどうだろうか。
ステレオサウンド別冊「コンポーネントステレオの世界 ’80」での組合せは次のとおり。

●スピーカーシステム:JBL 4350AWX(¥850.000×2)
●コントロールアンプ:マッキントッシュ C29(¥438.000)
●パワーアンプ:マッキントッシュ MC2300(低域用・¥798.000)/MC2205(中高域用・¥668,000)
●エレクトロニッククロスオーバー:JBL 5234(¥120.000)+52-5121(¥5,000×2)
●カートリッジ:オルトフォン MC20MKII(¥53.000)
●プレーヤーシステム:パイオニア Exclusive P10(¥300.000)
●昇圧トランス:コッター MK2 Type L(¥240.000)
組合せ合計 ¥4.227.000(価格は1979年当時)

菅野先生、瀬川先生の組合せでは予算の制約は設けられてなかったが、
井上先生の組合せでは400万円という予算の制約があってのものだ。

予算がもう少し上に設定されていれば、
アナログプレーヤーは上級機のExclusive P3になっていたと思う。

とはいえ、井上先生の意図は伝わってくる。

菅野先生、瀬川先生の組合せでは、アンプは最初から決っていたといえるのに対し、
井上先生の組合せではアンプ選びから始まっている。

最終的にはマッキントッシュのコントロールアンプとパワーアンプに決っているが、
最初はコントロールアンプを、瀬川先生と同じマークレビンソンのML6を使い、
低域に、当時ステレオサウンド試聴室のリファレンス的パワーアンプであったマランツのModel 510M。
このふたつを固定して中高域用のアンプとして、
ヤマハのB5、ビクターのM7050、デンオンのPOA3000を試されている。

この中ではPOA3000が粒立ちが滑らかですっきりとした音を聴かせてくれて、
組合せとしてはいいかな、ということになったけれど、
聴きつづけていると、4350Aの音を十全に鳴らしていないような感じがしてきた、ということで、
アンプの選択をコントロールアンプから再検討されている。

Date: 7月 11th, 2015
Cate: 4350, JBL, 組合せ

4350の組合せ(その3)

スイングジャーナルでの瀬川先生の組合せは次の通り。
この記事がいつだったのか正確には記憶していないが、1979年のものであることは確かだ。

ステレオサウンド 53号で4343を、
オール・マークレビンソン(しかもモノーラル仕様)のバイアンプで鳴らされた記事に、
このスイングジャーナルの4350の組合せ記事について触れられているのだから。

●スピーカーシステム:JBL 4350WXA(¥850,000×2)
●コントロールアンプ:マークレビンソン ML6L(¥980,000)
●パワーアンプ:マークレビンソン ML2L(¥800.000×6)
●エレクトロニッククロスオーバー:マークレビンソン LNC2L(¥630,000)
●カートリッジ:オルトフォン MC30(¥99,000)
●トーンアーム:オーディオクラフト AC4000MC(¥67,000)
●ターンテーブル:マイクロ RX5000+RY5500(¥430,000)
●ヘッドアンプ:マークレビンソン JC1AC(¥145,000×2)
組合せ合計 ¥8,996,000(価格は1979年当時)

LNC2はステレオサウンド 53号ではモノーラルで使われていたが、
スイングジャーナルでの試聴では都合がつかなかったのか、通常の使い方である。

1979年の瀬川先生は、ステレオサウンド 53号の「4343研究」で書かれている。
     *
サンスイオーディオセンターでの「チャレンジオーディオ」またはそれに類する全国各地での愛好家の集い、などで、いままでに何度か、♯4343あるいは♯4350のバイアンプ・ドライブを実験させて頂いた。そして、バイアンプ化することによって♯4343が一層高度な音で鳴ることを、そのたびごとに確認させられた。中でも白眉は、マーク・レビンソンのモノーラル・パワーアンプ6台を使っての二度の実験で、ひとつは「スイングジャーナル」誌別冊での企画、もうひとつは前記サンスイ「チャレンジオーディオ」で、数十名の愛好家の前での公開実験で、いずれの場合も、そのあとしばらくのあいだはほかの音を聴くのが嫌になってしまうなどの、おそるべき音を体験した。
 その音を、一度ぐらい私の部屋で鳴らしてみたい。そんなことを口走ったのがきっかけになって、本誌およびマーク・レビンソンの輸入元RFエンタープライゼスの好意ある協力によって、今回の実験記が誕生した次第である。以下にその詳細を御報告する。
     *
このころの瀬川先生は世田谷に建てられた新居でのリスニングルームで、
4343をマークレビンソンのML6とML2の組合せで鳴らされていた。バイアンプではなくシングルアンプで。

つまり4350の組合せは、瀬川先生のシステムを、
4343を4350Aにし、4350の仕様から必然的にバイアンプになり、
パワーアンプは同じML2でも、低域に関してはブリッジ接続へとなっていったものといえる。

このころの瀬川先生が1979年の時点で、
ご自身のシステムをゼロから、それも予算の制約がなく組まれたのであれば、
この4350Aの組合せそのままになっていたであろう。

このスイングジャーナルでの組合せでは、こんなことも書かれている。
     *
いうまでもなく4350は、最初からバイ・アンプ・オンリーの設計になっている。だが、この下手をすると手ひどい音を出すジャジャ馬は、いいかげんなアンプで鳴らしたのでは、とうていその真価を発揮しない。250Hzを境にして、それ以下の低音は、ともすれば量感ばかりオーバーで、ダブダブの締りのない音になりがちだ。また中〜高音域は、えてしてキンキンと不自然に金属的なやかましい音がする。菅野沖彦氏は、かってこの中〜高音用にはExclusiveのM−4(旧型)が良いと主張され、実際、彼がM−4で鳴らした4350の中高域は絶妙な音がした。
     *
そういえば岩崎先生もパラゴンをExclusive M4で鳴らされていた。
パラゴンには375、4350には375のプロフェッショナル仕様の2440が使われている。
この時代、JBLの2インチ・スロートのコンプレッションドライバーにはExclusive M4が合っていたようだ。

井上先生もHIGH-TECHNIC SERIES-1でのパラゴンの組合せに、
《ここではかつて故岩崎千明氏が愛用され、
とかくホーン型のキャラクターが出がちなパラゴンを見事にコントロールし、
素晴らしい低音として響かせていた実例をベースとして》Exclusive M4を、やはり選ばれている。

Date: 7月 9th, 2015
Cate: 4350, JBL, 組合せ

4350の組合せ(その2)

「コンポーネントステレオの世界 ’78」での菅野先生の組合せは次の通り。

●スピーカーシステム:JBL 4350A(¥940,000×2)
●コントロールアンプ:アキュフェーズ C220(¥220,000)
●パワーアンプ:低域用・アキュフェーズ M60(¥280,000×2)/中高域用・パイオニア Exclusive M4(¥350,000)
●エレクトロニッククロスオーバー:アキュフェーズ F5(¥130,000)
●グラフィックイコライザー:ビクター SEA7070(¥135,000)
●ターンテーブル:テクニクス SP10MK2(¥150,000)
●トーンアーム:フィデリティ・リサーチ FR64S(¥69,000)
●カートリッジ:オルトフォン MC20(¥33,000)
●プレーヤーキャビネット:テクニクス SH10B3(¥70,000)
組合せ合計 ¥3,614,000(価格は1977年当時)

「コンポーネントステレオの世界 ’78」とほぼ同じ頃ステレオサウンドから出たHIGH-TECHNIC SERIES-1、
この本の「マルチスピーカー マルチアンプの魅力を語る」で、菅野先生は書かれている。
     *
ウーファーが決まってみると、今度はそれをドライブするためのパワーアンプ遍歴が始まった。そして一応落着いた現在のラインアップはというと、エレクトロニック・クロスオーバーはアキュフェーズのF5でクロスオーバー周波数は500Hzと7kHz。パワーアンプは、ウーファー用にアキュフェーズのM60を二台、スコーカーはパイオニアM4、トゥイーターにサンスイAU607のパワーアンプ部を使っている。
     *
菅野先生の、このときのウーファーとはJBLの2205である。
「マルチスピーカー マルチアンプの魅力を語る」では2220と書かれているが、
これは菅野先生の勘違いでこの時点で2205を使われていた。
スコーカーはJBLの375+537-500、トゥイーターは075である。

4350Aを鳴らすアンプは、菅野先生が1977年当時自宅で使われていたラインナップと重なる。
もし菅野先生、1977年の時点でご自身のシステムをゼロから組まれたとしたら、
それもメーカー製のスピーカーシステムの中から選ばれるのであれば、
ほぼ間違いなくJBLの4350Aであっただろうし、
「コンポーネントステレオの世界 ’78」での組合せとかなり近いシステムとなったはずだ。

菅野先生の4350Aの組合せの取材に立ち会われていた瀬川先生は、こう発言されている。
     *
瀬川 じつは菅野さんならこんな組合せになるんたろうと予想していたことが、ほとんど的中しましてね。内心ニヤニヤしながら聴いていたんですよ(笑い)。
     *
そうであろう。

Date: 7月 7th, 2015
Cate: 930st, EMT

EMT 930stのこと(ガラード301との比較・その8)

たまたま松田聖子のディスクで、EMTの930stとガラードの301+オルトフォンSPUとを聴き比べたから、
松田聖子について書いてきたわけだが、
これが私自身が熱心な聴き手であるグラシェラ・スサーナだったら、
930stと301+SPUのどちらを選ぶかとなると、これもためらうことなく930stを選ぶ。

前回、親密感について書いた。
私は熱心な松田聖子の聴き手ではないから、そこでは親密感を求めない、とした。
だから930stをとる、と。

グラシェラ・スサーナに関しては熱心な聴き手だ。
彼女の歌い方からすれば、そこに親密感はあってほしいとは思う。
けれど、親密感というよりも、もっと求めるのは、私ひとりのために歌ってほしい。

このことは女性ヴォーカル、それも気に入っている女性ヴォーカルのレコードを鳴らす場合に、
多くの聴き手(男ならば)が求めていることだろう。

ならば親密に鳴ってほしいのかといえば、私はそうではない。
グラシェラ・スサーナにしても松田聖子にしてもプロの歌い手である。

私が望むのは、あくまでもプロの歌い手が私ひとりのために歌っている、
そういう感じで鳴ってきてくれたらうれしいのであって、
プロの歌手が聴き手に媚びているような親密感で歌ってほしいとは思っていない。

親密より濃密に歌ってほしい。
そしてなによりも930stと301+SPUの聴き較べてあらためておもったのは、
930stの音のデッサン力の確かさである。

Date: 7月 7th, 2015
Cate: 4350, JBL, 組合せ

4350の組合せ(その1)

別項でダブルウーファーのことを書いていると、
頭の中にJBLの4350のことが何度も浮んでくる。

私にとって、最初の、そしてもっとも強烈だったダブルウーファーのスピーカーは4350Aだった。
4350Aで聴いた菅野先生録音のザ・ダイアローグの音はすごかった。

調整に十分な時間がかけられていたわけでもないだろうし、
完全な鳴り方でもなかったのだけれど、それでも凄い音が鳴ってきた。

ステレオサウンド別冊「コンポーネントステレオの世界 ’79」で、
菅野サウンドのジャズ・レコードを製作者の意図したイメージで聴きたい、
という読者から手紙に応えて、菅野先生がつくられた組合せのスピーカーは4350だった。

《私としては自分がこのシリーズを録音したときの意図というものを、理想的に再生するシステムとしては、
JBLのスピーカーしか、現在のスピーカー・システムの中では見当たらないわけです》
と菅野先生は4350を選択した理由を語られている。

ステレオサウンド、別冊をみても、4350の組合せは意外と少ない。
バイアンプ駆動ということ、
組合せにはたいてい予算の制約が設けられているから、4350はその点で不利になる。
そんな理由であまり組合せ記事に登場してこなかったのか。

私が記憶している4350の組合せは上に書いた菅野先生の例と、
「コンポーネントステレオの世界 ’80」での井上先生の組合せ、
それからスイングジャーナルでの瀬川先生の組合せだけである。

スピーカーが同じでも組合せをつくる人が違うと、
そこで選ばれるアンプ、プレーヤーはずいぶん違ってくる。

三つの記事を並べて読むと、実に興味深い。

Date: 6月 24th, 2015
Cate: JBL, Studio Monitor

JBL 4315(その4)

JBLの4315は、ステレオサウンドに登場したという記憶はない。
けれど別冊には登場というほどの扱いではないが、瀬川先生がコメントを残されている。

「コンポーネントステレオの世界 ’80」で、予算200万円の組合せをつくられている。
選ばれたスピーカーはアルテックの620Bだが、
候補は他にもあって、ひとつはUREIの813、もうひとつがJBLの4315である。

813は耳の高さに604のユニットの位置がくるようにするためには、
かなり高い台に乗せる必要があり、ここが一般家庭ではちょっと使いにくくなるということで、
候補から外されている。

4315は、ちょっと捨てがたい感じはあるけれど、アルテックの620Bに決められている。

「コンポーネントステレオの世界 ’80」の瀬川先生の発言でわかるのは、
4315を開発したのはゲイリー・マルゴリスということ。
マルゴリスは、彼が手がけたモニタースピーカーの中でいちばん好きで自宅でも使っているのが、
どちらかといえば地味な存在の4315とのこと。

この話をマルゴリス本人から聞いて、
《いっそう興味がでて、最近の新しい♯4315を聴きなおして見よう》と思われたそうだ。

つまりそれ以前の4315は、瀬川先生にとってそれほどいい音のスピーカーシステムであったわけではない。
こんなことを話されている。
     *
この♯4315は4ウェイですが、ウーファー、ミドルバス、ミドルハイ、トゥイーターという構成のなかの、ミドルは医に5インチつまり13cmのコーン型が使われていることです。JBLの13cmのコーン型のミドルレンジ・スピーカーというのは、JBLのなかでいちばん駄作だという印象を、ぼくはもっています。事実、これがついているシステムは、どれを聴いてもこの音域に不満がのこるんですね。
ところが、詳しいことはわかりませんけれど、この1年ほどのあいだに、JBLではこのユニットに改良を加えたらしいのです。
     *
「コンポーネントステレオの世界 ’80」は1979年暮に出ているから、
1978年ごろからの4315の音は音が良くなっている可能性が高い。

新しい4315の音はどうだったのか。
     *
かつての製品は、ミドルハイに粗さがあって、それが全体の音の印象をそこなっていたわけですが、最近のものはなめらかさがでてきているのです。ごく大ざっぱにいえば、♯4343の弟分とでもいった印象で、スペースファクターのよさもあって、なかなか魅力的なスピーカーになったと思います。
     *
瀬川先生は予算400万円の組合せで4343を選ばれている。
4343を400万円の組合せで使われていなければ、200万円の組合せのスピーカーは4315になっていたかもしれない。

Date: 6月 21st, 2015
Cate: BBCモニター

BBCモニター、復権か(音の品位について書いていて)

音の品位について書いている。
音の品位を言葉で表していくことは確かに難しい。

例えば試聴記に「品位」がどの程度出てきて、
どういう意味で使われているのかを探ろうとしても、
さまざまな試聴記を読めば読むほど、わからなくなってしまうという人がいても不思議ではないし、
実のところ、よくわからないという人の方が多いのかも知れない、とも思えてくる。

私のもうひとつのブログ、the re:View (in the past)で、「品位」で検索してみると、
かなりの数が表示される。

文字だけで音の品位について理解しようと思っても、それはそうとうに困難というか無理なことではないのか、
そう思えてくる。

Date: 6月 21st, 2015
Cate: BBCモニター

BBCモニター、復権か(音の品位・その4)

ステレオサウンド60号で瀬川先生が発言された「何か」については、
菅野先生なりに、JBLの4345とマッキントッシュのXRT20の違いについて語られている。
長くなるので引用は控えておくが、ひとことで言えば、音の輪郭のシャープさである。
ただそれもはっきりとわかる違いとしてではなく、
《ほんの紙一重の違いの輪郭の鮮かさの部分》としてである。

瀬川先生も、このことにはほぼ同意されている。
     *
瀬川 ぼくが口に出すとオーバーになりかねないと言ったところは、ほぼ菅野さんのいうところと似ていますね。確かに輪郭のシャープさ、そこでしょう。
 ぼくに言わせれば、そのシャープさから生まれてくる一種の輝き──同じことかもしれないんですが──それがJBLをキラッと魅力的に鳴らす部分なんですね。それがあった方がいいとかない方がいいとかいう問題じゃない。JBLはあくまでもそういう音なんだし、マッキントッシュはあくまでもあの音なんで、そこがとにかく違いだと。
     *
「何か」のひとつは、音の輪郭のシャープさで間違いない。
けれど、あくまでも「何か」のひとつであって、すべてではない。
他の「何か」とはについて、瀬川先生の発言を拾ってみよう。
     *
瀬川 それから、菅野さんが指摘された弦、木管、これは、4345のところでも言ったように、弦のウッドの音が4345まで良くなって、やはりそれ以上のスピーカーがあるということを思い知らされた。ただ、ぼくにとって、特に弦といっても室内楽の、比較的インティメイトな弦の鳴り方、あるいは木管でもそこに管が加わったりクラリネットの五重奏とか、要するにオーケストラまでいったってそれは構わない、とにかく弦なり木管のインティメートな温かい感じね──なめらかな奥行きを伴った──それは、ぼくはマッキントッシュじゃ不満なんですよ。どっちみちぼくはアメリカのスピーカーじゃその辺が鳴らないという偏見──偏見とはっきり言っておきますが──を持っていますので。ぼくのイメージの中ではそれはイギリス(ないしはヨーロッパ)のスピーカーでなくては鳴らせない音なのです。どうせJBLで鳴らせない音なら、マッキントッシュへいくよりは海を渡っちゃおうという気がする。
     *
この弦の音。
ここにマッキントッシュのXRT20に対する菅野先生と瀬川先生の評価の違いがある。
後少しステレオサウンド 60号から世が和戦瀬戸菅野先生の発言を引用しておく。
     *
瀬川 あなたの家で「これ、弦がいいんだ」とヴァイオリンを聴かせてくれましたね。ところが、ぼくはやっぱりあのヴァイオリンの音はだめなんだ。
菅野 ぼくがいままで、ぼくの装置だけじゃない、常にずうっとJBLを好きでいろいろなところで聴いてきているでしょう。しかし、どうしてもJBLではあそこへはいかないわけ。
瀬川 JBLじゃ絶対いかない。だから、ぼくはそれがJBLで出ると言っているのじゃなくて、いっそのことヨーロッパへいってしまおうと思う。
菅野 確かにヨーロッパにはマッキントッシュに近いものがあるね(笑い)。それと同時に、ヨーロッパのスピーカーで不満なのは、ぼくは絶対的にジャズ、ロック、フュージョンが十全に鳴らせないことなんだ。ところが、マッキントッシュは、一台でその両方が出せる。これが、総合的にマッキントッシュに点数がたくさんついちゃう原因なんですね。
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菅野先生と瀬川先生の、音の品位に関して違っているところが、まさにここである。

Date: 6月 20th, 2015
Cate: JBL, Studio Monitor

JBL 4315(その3)

4315の概要がわかっても、なぜ型番が4315なのかと疑問だった。
価格的には4331よりわずかに安いだけにも関わらず、型番は4315という、
4311と同じブックシェルフを思わせる型番であるのは、なぜだろう、と。

4315のミッドハイの2105は、LE5のプロフェッショナル版であることに気づけば、答は簡単だった。
LE5は、4311のミッドレンジに採用されているユニットである。

4311もウーファーは4315と同じ12インチ口径。
つまりは4311にミッドバスを加えて4ウェイ化したモデルが4315なのではないか。
そう考えると、4315という、やや中途半端な印象の型番に納得がいく。

3ウェイの4333にミッドバスを加えたのが4341であり、その改良版が4343という捉え方もできる。
ならば4315は4311が、その開発の出発点であったと仮定してもいいのではないか。

ステレオサウンド 60号の特集の座談会で菅野先生が、JBLの4ウェイについて発言されている。
     *
 4ウェイ・システムは、確かに非常にむずかしいと思う。瀬川さんが以前「3ウェイで必ずどこか抜けてしまうところを、JBLはさすがにミッドバスで補った」という発言をされたことがあるように記憶しているんですが、卓見ですな。
     *
4315も3ウェイでどこか抜けてしまうところをミッドバスで補ったということになるのか。
そうだとしたら、この場合の3ウェイとは、4311ということになる。

抜けてしまうところを補ったからこそ、トゥイーターが2405に変更されたのではないのか。
4311のトゥイーターはコーン型のLE25。
そのままではエネルギーバランス的に不足があったのかもしれない。

とはいえ設計コンセプトは4311と4315は異る。
ネットワークをの回路図を比べてみれば、すぐにわかる。
4315のネットワークは基本的に12dB/oct減衰である。
2405のみ18dB/octとなっている。

この視点から捉えれば、4315はコンシューマーモデルのL65をベースに4ウェイ化したともみれなくはない。
どこかで以前4343と4315が並んでいる写真を見たこともある。
となると4315は4343のスケールダウン版なのか、とも思える。

はっきりと正体の掴めないところのあるスピーカーシステムともいえる4315の音は、どんなだったのか。
できれば4311、L65と比較してみたい。

いまも不思議と気になるスピーカーシステムである。

Date: 6月 14th, 2015
Cate: BBCモニター

BBCモニター、復権か(音の品位・その3)

音の品位に関して、菅野先生と瀬川先生で違っているところは、どういうところで、どういうことなのか。
このことについての大きなヒントは、ステレオサウンド 60号の特集にある。

60号の特集は「サウンド・オブ・アメリカ」。
1920年代に建てられたという、90㎡の広さの旧宮邸を試聴室として、
当時のステレオサウンドの試聴室にはおさまっても、
サイズ的に大きすぎるスピーカーシステムを集めての試聴となっている。

この特集にはアルテックのA5、MANTARAY HORN SYSTEMのほかに、A4も含まれている。
他にはJBLのパラゴン、4345、4676-1、インフィニティのIRS、クリプシュのKLIPSCHHORN II K-B-WO、
ウェストレイクのTM3、ESSのTRANSAR III、エレクトロボイスのパトリシアン800などがあり、
マッキントッシュのXRT20もそうである。

このXRT20のページにおける菅野先生と瀬川先生のやりとりこそ、
ふたりの音の品位についての違っているところが、はっきりとあらわれている。

瀬川先生はXRT20の音について、こう語られている。
     *
 ただ、ぼくは今聴いているとちょっと不思議な感じを抱いたのだけれど、鳴っている音のディテールを論じたら違うんですが、全体的なエネルギーバランスでいうと、いまぼくがうちで鳴らしているJBL4345のバランスに近いんです。非常におもしろいことだと思う。もちろん細かいところは違います。けれども、トータルなごく大づかみな意味ではずいぶんバランス的に似通っている。ですから、やはり現在ぼくが鳴らしたい音の範疇に飛び込んできているわけです。飛び込んできているからこそ、あえて気になる点を言ってみると、菅野さんのところで鳴っている極上の音を聴いても、マッキントッシュのサウンドって、ぼくには、何かが足りないんですね。かなりよい音だから、そしてぼくの抱いている音のイメージの幅の中に入ってきているから、よけいに気になるのだけれども……。何が足りないのか? ぼくはマッキントッシュのアンプについてかなり具体的に自分にとって足りない部分を言えるつもりなんですけれども、スピーカーの音だとまだよくわからないです。
     *
瀬川先生が「何かが足りない」といわれているものとは、いったいなんなのか。

Date: 6月 14th, 2015
Cate: BBCモニター

BBCモニター、復権か(音の品位・その2)

「コンポーネントステレオの世界 ’82」の鼎談では、音の品位に関して、
岡先生が《菅野さんのいっている品位という意味と、瀬川さんのいっている品位というのは、また違うんでしょう》
と発言されている。

菅野先生もそのことは認められていていて、
《違う場合もありますし、同じ場合もあります》と答えられ、続けてこう語られている。
     *
だから品位ということがもし普遍的に理解される概念をもつとすれば、コンポーネントには品位があってしほいわけです。しかしこの言葉は普遍的な概念としてとらえるのはむつかしいですから、何となくクォリティというほうが多少はとらえやすいような気がするんで、クォリティというふうにいっているわけです。
     *
その1)で引用した菅野先生の発言からわかるように、
この鼎談が行われたのは瀬川先生が亡くなられた直後である。

ここに瀬川先生がおられたら、音の品位についてどう語られたであろうか。

音の品位。
最近のステレオサウンドにはどのくらい登場するであろうか。

「コンポーネントステレオの世界 ’82」のころ、音の品位がわからないと瀬川先生にたずねた若いファンは、
50をこえているであろう。
まだオーディオを趣味としている人なのか。
だとしたら、この若いファンは、音の品位を、その後どう捉え理解していったのだろうか。

たしかに音の品位について明快に語るのは非常に難しい。
もし私が若いオーディオマニアに、音の品位についてたずねられたらどうするか。
音を出して語れるのであれば、
音の品位を感じさせてくれるオーディオ機器(特にスピーカーシステム)を選んで聴いてもらう。

「コンポーネントステレオの世界 ’82」の当時であれば、私ならばBBCモニターを選んで鳴らす。
瀬川先生もそうされたのではないだろうか。
他のスピーカーも選ばれたであろうが、BBCモニターは間違いなく鳴らされたであろう。

だがいまは2015年。
どのスピーカーシステムを選んで鳴らすだろうか。
クォリティの高いスピーカーシステムはいくつも頭に浮ぶ。

でも、ここでは音の品位であって、
クォリティ(品質)とは微妙に、でもはっきりと違う音の性質についてである。

いったい何があるのかと考えると、音の品位については、
昔と今とでは、どちらが理解されていたであろうか、ということについて考えざるをえない。