Archive for category ヘッドフォン

Date: 2月 17th, 2015
Cate: ヘッドフォン

ヘッドフォン考(バイノーラルはどうなるのか)

瀬川先生はステレオサウンド別冊「Hi-Fiヘッドフォンのすべて」で、
テスト方法として、次のことを書かれている。
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 プレーヤーやレコードは、日頃テスト用に使い馴れたものをそのまま使った。私の場合、ヘッドフォンの用途はすでに書いたようにごく普通のレコードの鑑賞用であるのだから、バイノーラルディスクを使うことはしなかった。もともとスピーカーで聴くことを前提に録音されたレコードをヘッドフォンで聴くのだから、音像定位や音場感には無理のあることは当然なのだが、だからといってヘッドフォンでレコードを聴くことをやめるわけにはゆかないのだから、そういう無理を承知の上で、どこまで満足のゆく再生ができるのか、を知りたかったわけだ。
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いまヘッドフォン、イヤフォンがこれだけ普及しているけれど、
そこで聴かれているのは、「スピーカーで聴くことを前提に録音された」ものである。
バイノーラル録音のものを聴いている人は、ごくわずかであろう。

私が知る(聴いた)バイノーラル録音で新しいのは、
グレン・グールドの1955年のゴールドベルグ変奏曲を、ヤマハの自動演奏ピアノを使って録音したSACDだ。
このディスクには通常のステレオフォニックの録音とはバイノーラル録音のふたつが収録されている。
2007年に出ている。

その後にバイノーラル録音はディスクはあるのだろうか。
ハイサンプリング、ハイビット(いわゆるハイレゾ)は、
ヘッドフォン、イヤフォンでも、対応を謳うモノが多くなってきているし、話題になっている。

けれどバイノーラル録音・再生のことは、まったく話題になっていないようだ。
ヘッドフォンでステレオフォニックの録音を聴くのが間違っているわけではないが、
一度はバイノーラル録音されたものをヘッドフォンで聴いてみてほしい、とも思う。

これからはパッケージメディアと並行してインターネット配信も進んでいく。
ならばグールドの自動演奏ピアノの録音と同じように、
同時にステレオフォニックとバイノーラルの、ふたつの録音を行い、
インターネット配信でバイノーラル録音を販売する、というやり方もあっていいのではないか。

Date: 2月 11th, 2015
Cate: ヘッドフォン

ヘッドフォン考(その3)

カートリッジにはトーンアームという相棒がいる。
ゼロバランスさえとれれば、どんなトーンアームとどんなカートリッジの組合せでも、音は出る。
とはいっても、そのカートリッジの本来の性能をできるだけ発揮したければ、
トーンアームの選択も重要になってくる。

軽針圧カートリッジに最適なトーンアームは、重針圧カートリッジには向かないし、
重針圧のトーンアームで、軽針圧カートリッジは使いたくない。
それぞれのカートリッジに適したトーンアームをできるだけ使いたい。

ステレオサウンドがヘッドフォンの別冊を出した1978年と現在の違いは、
ヘッドフォンアンプがいくつも登場してきていることである。

ヘッドフォンアンプはカートリッジにとってのトーンアームのような存在である。
カートリッジとトーンアームの関係のように適さない、ということはほとんどないけれど、
ヘッドフォンにとってヘッドフォンアンプの登場は、良き相棒の登場ともいえよう。

瀬川先生は「Hi-Fiヘッドフォンのすべて」での試聴で、
トリオのプリメインアンプKA7300Dを使われている。
その理由を書かれている。
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 ヘッドフォンのテストというのは初体験であるだけに、テストの方法や使用機材をどうするか、最初のうちはかなり迷って、時間をかけてあれこれ試してみた。アンプその他の性能の限界でヘッドフォンそのものの能力を制限してはいけないと考えて、はじめはプリアンプにマーク・レヴィンソンのLNP2Lを、そしてパワーアンプには国産の100Wクラスでパネル面にヘッドフォン端子のついたのを用意してみたが、このパワーアンプのヘッドフォン端子というのがレヴェルを落しすぎで、もう少し音量を上げたいと思っても音がつぶれてしまう。そんなことから、改めて、ヘッドフォンの鳴らす音というもの、あるいはそのあり方について、メーカー側も相当に不勉強であることを思った。
 結局のところ、なまじの〝高級〟アンプを使うよりも、ごく標準的なプリメインアンプがよさそうだということになり、数機種を比較試聴してみたところ、トリオのKA7300Dのヘッドフォン端子が、最も出力がとり出せて音質も良いことがわかった。ヘッドフォン端子での出力と音質というは、どうやらいま盲点といえそうだ。改めてそうした観点からアンプテストをしてみたいくらいの心境だ。
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このころの瀬川先生は、いまのヘッドフォンとヘッドフォンアンプの状況は歓迎されたように思う。
1978年当時はヘッドフォンのみだった。
いまは優秀なイヤフォンもある。
メーカーの数も増えた。
そこにヘッドフォンアンプが加わるわけだから、きっとハマられたのではないだろうか。

Date: 2月 10th, 2015
Cate: ヘッドフォン

ヘッドフォン考(その2)

1978年にステレオサウンドは別冊として「Hi-Fiヘッドフォンのすべて」を出している。
国内外47機種のヘッドフォンの試聴を行っている。

この別冊の筆者は岡原勝氏、菅野先生、瀬川先生。
この面子からして、ヘッドフォンの別冊だから……、といったところは微塵もない。

いま思えば、よくこの時機に、これだけの内容のヘッドフォンの別冊を出していたな、と感心する。

1978年当時のヘッドフォンの扱いは、ぞんざいだったといえなくもない。
ステレオサウンド本誌でヘッドフォンがきちんと取り上げられることはほとんどなかった。
そこにヘッドフォンだけの別冊、
しかもステレオサウンドのメイン筆者である菅野先生と瀬川先生が試聴に参加されている。

瀬川先生は、自ら立候補して試聴に参加されている。なぜか。
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 ヘッドフォンで聴くレコードの音というものを、私は必ずしも全面的に「好き」とはいえない。が、5年ほど前から住みついたいまの家が、発泡性のPCコンクリートによるいわゆる「マンション」の3階で、遮音さえ別にすれば住み心地は悪くないのだが、音屋にとって遮音が悪いというのは全く致命的でまして夜が更けるほど目が冴えてきて、真夜中に音楽を聴くのが好きな私のような人間にとっては、もう命を半分失ったみたいな気分。いまはもう、一日も早くここを逃げ出して、思う存分音を出せる部屋が欲しいという心境になっているが、そんな次第で、最近の私にとって、ヘッドフォンは、好むと好まざると、もはや必要不可欠の重要な存在になってきている。
 それでもはじめのうちは、何となく入手したいくつかのヘッドフォンを、決して満足できる音質ではなかったが、ヘッドフォンなんて、まあこんなものなのだろうと、なかばあきらめて、適当に取りかえながら聴いていた。そのうちどうにも我慢ができなくなってきて、友人の持っている国産のコンデンサー型を借りてみたりしたが、なまじ期待が大きかったせいか、よけい満足できない。
 だいたいヘッドフォンというは、ローコストの製品はおマケのような安ものだし、高級機になると販売店等でも実際の比較試聴がなかなかできない。そんな折に、ほとんど偶然のような形でAKGのK240を耳にして、ヘッドフォンでもこんなにみずみずしく、豊かでひろがりのある音が得られるのかとびっくりして、しばらくのあいだこればかり聴く日が続いた。これの少し前は、KOSSのHV/1LCをわりあい長く聴いていた。国産のヘッドフォンのいくつかを試してみても、音楽のバランスのおかしいものが多く、とうてい満足できなかった。とはいうものの、AKGやKOSSにも、十分に充たされていたわけではない。
(中略)
 試聴はかなり長時間にわたったが、テストをしている最中にも、いくつかの良いヘッドフォンを発見するたびに、私は早速、今回の編集担当のS君に頼んでは、気に入った製品をすぐに手配してもらった。こうして試聴の終ったいま、イエクリン・フロート、ゼンハイザーHD400、ベイヤーDT440を買いこんでしまった。AKGは140も240もすでに持っているし、KOSSは前述のようにHV/1LCと、それに私の目的ではめったに使わないがPRO/4AAを前から持っている。これだけあれば私は十分に満足だ。
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この文章から、瀬川先生は六本のヘッドフォンを、この時点で所有されていることがわかる。

Date: 2月 7th, 2015
Cate: ヘッドフォン

ヘッドフォン考(その1)

思いつくまま挙げていけば……、
EMTのTSD15、オルトフォンのSPU-A/E、デッカMark V/ee、エンパイアの4000D/III、エラックのSTS455E、
テクニクスのEPC100C、スタントン881S、ピカリング、XUV/4500Q、サテンのM18BX、デンオンDL103D、
AKGのP8ESなど。

これらのカートリッジを高校生だったころ、欲しいと思い眺めていた。
最初に、この中から手にしたのはエラックのSTS455Eだ。29900円だった。

いまの時代に、そのころの私がいたとしたら、同じように欲しいと思い眺めるのは、
カートリッジではなくヘッドフォンとイヤフォンかもしれない。

1970年代の終りからの数年間、カートリッジのヴァリエーションは実に豊富だった。
手軽に購入できる価格のモノから、そうとうに高価(20万円近い)モノまであった。
価格だけではない、発電方式もそうだし、針圧に関しても軽針圧から重針圧のモノまで揃っていた。
カンチレバーの素材に関しても、金属だけでなくサファイアやダイアモンドといったモノもあった。

もう、そういう時代はやってこないことだけは確かだ。
それだけにヘッドフォン、イヤフォンのヴァリエーションの豊富さは、
そのころのカートリッジとダブってみえる(みてしまう)。

あのころのオーディオマニアは、カートリッジは平均何本所有していたのか。
10本以上所有している人も珍しくなかったはずだ。

そのころのそういう人たちは、きっと奥さまから、
一度に聴けるレコードは一枚なのに、なぜこんなにカートリッジが必要なの?
とイヤミをいわれていたことと思う。

ヘッドフォン、イヤフォンも、そのころのカートリッジのように何本も持つ人も珍しくない。
きっと、耳は左右にひとつずつしかないのに……、といわれてしまうかもしれない。

ウラディミール・ホロヴィッツは、
「頭はコントロールしなければならないが、人には心が必要である。感情に自由を与えなさい」
といっている。

スピーカーに比べてヘッドフォン、イヤフォンは手軽に購入できるし、
置き場所に苦労することもない。
ならば、まわりからなんといわれようと、あれこれ買ってしまうのは、
自分自身の感情に自由を与えているんだ、と思えばいいではないか。

カートリッジは音の入口、ヘッドフォン、イヤフォンは音の出口という違いはあるが、
どちらも変換器(トランスデューサー)である。

このことが、アンプをいくつも所有するのとは意味合いが少し違ってくるところでもある。