真珠の耳飾りの少女
大阪中之島美術館で、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」を観てきた。
昭和のころは、「青いターバンの少女」と呼ばれていた。いつの頃からか、「真珠の耳飾りの少女」が一般的となっていった。
私は「青いターバンの少女」で、この絵を想い浮かべるわけだが、今回本物を観ると、青いターバンとともに、真珠の耳飾りが、強く印象に残ることに気づく。
三百年以上前に描かれているのに、鮮度ということも考えていた。
音の鮮度ということに関しては、言いたいこと山ほどある。それを鮮度が高いというのか──、という例は少なくない。
録音されたものを再生しての音の鮮度とは、違うものではないのかという疑問は、常に持っていた。
「真珠の耳飾りの少女」を間近で観て、本当の音(録音され再生される音)の鮮度とは、こういうことなのだ、と心の中でくり返していた。
何を言っているんだろう……、と思われても、別にいい。