Archive for category 戻っていく感覚

Date: 8月 3rd, 2026
Cate: 戻っていく感覚

DBシステムズ DB1+DB2がやって来る(その4)

瀬川先生のオーディオ・ティーチインでは、試聴が終ったら、リクエストに応じてくれていた。

この時、パワーアンプの一台がパイオニアのExclusive M4だった。パイオニア純正の組合せ、Exclusive C3との音も良かったけれど、
Exclusive C3よりも繊細でもっと切れこみの鋭いコントロールアンプとだったら、どういう音になるのか──、それを聴きたかったから、DB1+DB2とExclusive M4の組合せを希望した。

瀬川先生も、いい組合せだと言ってくれた。アピアランス的にはアンバランスといえる組合せでも、鳴ってくる音は良かった。

ステレオサウンドの試聴室で聴いたDBR15Bの音よりも、私の耳には、この時の音のほうが、記憶として鮮明に残っている。

DBシステムズのアンプが、現在、どの程度の評価を得られるのか──、といえば、なかなか難しいところがある。
古いDB1+DB2だと五十年ほど、製造されてから経っている。

使用状況によって、経年劣化は違ってくる。修理がなされているのかどうかでも違ってくる。シリアルナンバーが近い個体であっても、同じ音を聴かせてくれる保証はほとんどない。

だから誰かに薦める気はない。

それでも落札したのは、当時の定価の十分の一以下だったことも大きいが、オーディオに興味を持って、この世界に入って今年で五十年。

さまざまな影響を受けてきた。その全てをふり返って確認していくことは無理でも、いくつかはやっていけるし、やっていきたい。

Date: 8月 3rd, 2026
Cate: 戻っていく感覚

DBシステムズ DB1+DB2がやって来た(その1)

昨日、出かける少し前に、届いた。
アンプ本体と電源部、二筐体ではあってもどちらもこがただから、梱包された状態でも、こんなものかと思うくらいでしかない。

帰宅後、梱包をとく。DB1+DB2を見るのは、どのくらいぶりだろうか。
ステレオサウンドにいたころ、DB1BとトーンコントロールユニットDB5を一枚のフロントパネルで結合させたDBR15Bは聴いている。

それ以前は、朝沼予史宏氏のリスニングルームで見ている(聴いている)から、ほぼ四十年ぶりぐらいとなる。

DBシステムズのDB1+DB2が、ステレオサウンドの新製品紹介に登場したのは42号(1977年3月発売)。その後、DB1A、DB1Bと改良モデルが出ている。

今回、私のところにやって来たのはDB1+DB2で、シリアルナンバーで判断すると、初期のモデルのようだ。
だとすると製造されてからほぼ五十年。

ウッドケースに一箇所、硬いものを落としてついたと思われる傷(へこみ)があるが、コンディションはいい方だ。

DB1の入出力端子は金メッキが施されていないこともあって、黒ずんでいることが割とあるが、端子は割ときれい。

個人出品ではなくストア出品だから、どんな人が使っていたのかは何の情報もないが、大事に使われていたように感じられる。

Date: 8月 2nd, 2026
Cate: 戻っていく感覚

DBシステムズ DB1+DB2がやって来る(その3)

瀬川先生のオーディオ・ティーチインで、その回の時聴いたのは、マークレビンソンのLNP2、AGIの511、マッキントッシュのC32、パイオニアのExclusive C3などが用意されていた。

他にもあったような気がするするけれど、確実に聴いたと記憶にあるのは上に挙げた機種で、いま思うと、どの機種もはっきりとした個性を持っていた。

LNP2が一番いいと感じたけれど、好印象だったのは、511とDB1+DB2だった。
511はRFエンタープライゼスが輸入していた正規品ではなく、並行輸入のブラックモデルだったことは別項に書いているとおりで、この511の音は、聴いていて気持いいものだった。

DB1+DB2の音は、マークレビンソンと一緒に聴けたことも良かったと思っている。当時高校生だったから、二十万円以上するコントロールアンプは、欲しくてもすぐに手が届くわけでもなく、それでもマークレビンソンのコントロールアンプに通じる良さを持つアンプが、数分の一の価格で手に入る。

まさにプアマンズ・レビンソンであった。

固有名詞の前にプアマンズとつけることは、昔からよく使われていた。それでも受け取り側の意識は時代と伴い変化していき、私がステレオサウンドにいたころも、読者からプアマンズ◯◯という表現は、貧乏人のための、というひょうげんだから不快だという苦情があった。

高校生だった私は、アルバイトといえば新聞配達ぐらいしかなくて、社会人と比較すればプアマンだ。マークレビンソンのアンプが欲しくてもすぐには手が届かない。そんな私にとって、DB1+DB2は、マークレビンソンへの道の途中にしっかりと存在している音のアンプだった。

それだけの魅力だったら、いまこうしてヤフオク!で落札することはしなかった。確かにプアマンズ・レビンソンといえても、DB1+DB2はDBシステムズのアンプであり、
マークレビンソンのアンプを手に入れたとしても、そのまま使い続けたいという想いも抱かせた。

Date: 8月 1st, 2026
Cate: 戻っていく感覚

DBシステムズ DB1+DB2がやって来る(その2)

DBシステムズのDB1+DB2の、アメリカでの当時の価格はDB1が397ドル、DB2が78ドル、ウッドキャビネットが34.95ドルだった。1977年は、1ドル260円ほどだから、単純計算だと132,000円ほどとなり、ヤマハのC2と同価格帯のコントロールアンプとなる。

アメリカからの輸入品なのだから、関税や輸送代、輸入元の利益などを含めると、日本での212,500円という値付けは、当時の感覚では、このくらいだろう、というところに収まっている。

いまの感覚からすると、輸入品とはいえ高い、と感じるかもしれない。それでも音を聴くと、そのへんの感覚は違ってくることもある。

DBシステムズと同じアメリカのコントロールアンプには、AEAのAnalogue 520(298,000円)、AGIの511(260,000円)、マッキントッシュのC26(248,000円)など、同価格帯には選択肢が他にもあり、けっこう充実していた価格帯でもあった。

ヤマハのC2ともずいぶん対照的だし、マッキントッシュのC26とも対照的でもあるDB1+DB2を、どう受け止め評価するのか。

人によって違ってくるのは当然であり、それはDB1+DB2の音を聴いているかによって、相当に違ってくる。

私は瀬川先生が熊本のオーディオ店に定期的に来られて行われていたオーディオ・ティーチインで、DB1+DB2を聴くことができた。

この時、聴いていなければ、今回、落札することはなかったと思う。

Date: 7月 31st, 2026
Cate: 戻っていく感覚

DBシステムズ DB1+DB2がやって来る(その1)

今年になってパワーアンプが増えたことは、すでに書いている。パワーアンプの数が増えたらコントロールアンプの数も増やしたくなる。

とはいっても、パワーアンプほどコントロールアンプの傑作はそれほど多くない。個人的にも魅力を感じるモノとしてのコントロールアンプは、それほどない。

先ほど、ヤフオク!で、DBシステムズのDB1+DB2を落札した。
DB1+DB2は別項で触れているように、徹底的にローコスト化をはかった造りをしている。
プリント基板にRCAジャックを取り付け、そのままリアパネルとしている。なのでリアパネルとしての強度は低い。

DB1+DB2は、1977年ごろに登場しているから、当時のラインケーブルには太くて重たいモノはなかった。細く軽いケーブルだから、DB1+DB2のようなリアパネルでも使えた。

今どきの太く重たいケーブルだと、DB1+DB2のリアパネルにはかなりの負荷となる。全ての端子に、そんなケーブルを接ぐことは、故障の原因となる。

リアパネルがそうであるように、フロントパネルも素っ気ない。化粧っ気がない。

DB1がアンプ本体の型番で、DB2が電源の型番。アンプ本体がそうなのだから、電源部も、これ以上コストは削れない感じの造りだ。

DB1+DB2は、当時DB1が171,500円、DB2が41,000円で合計212,500円していた。ヤマハのC2が150,000円だった。何も知らなければ、DB1+DB2が高いとは思えない、そんなアンプである。

そのDB1+DB2を、今回、動作未確認品ということで、かなり安価で落札できた。

Date: 7月 26th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(番外・ステレオサウンドの表紙)

9月発売の号で、ステレオサウンドは創刊60周年となり、240号。
その数だけの表紙がある。

どれがベストなのかは人それぞれだろうから、あえて書かないが、私が好きな表紙は42号と43号だ。

42号の表紙は、ヤマハのプリメインアンプCA2000とラックスのターンテーブルPD121、43号の表紙は、セレッションのスピーカーシステムUL6とAGIのコントロールアンプ511である。

43号の表紙を見て、いい組合せかも、と思ったことを、いまも憶えている。
組合せといってもコントロールアンプとスピーカーシステムだけだが、43号の半年前に出たコンポーネントステレオの世界’77で、AGIの511とQUADのパワーアンプ405の組合せが、いい結果を生んでいることを知っている。

だから自然と、表紙に写ってこそないが、パワーアンプはQUADの405と想像する。

511、405、UL6。いい組合せだ。UL6に対してアンプを奢りすぎている感はあるが、一度は聴いてみたい組合せだ。

アナログプレーヤーは、511、405、UL6、どれも大きくないから、デュアルのプレーヤーが似合う。

42号の表紙は、アナログプレーヤーとプリメインアンプだから、スピーカーシステムを想像した。日本製でまとめるならば、あれかな、これもいいな、と。国産ということにこだわらなければ──、そんなことを想いながら見ていた。

Date: 7月 21st, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(オープルリールデッキ篇・その13)

テレフンケンのMagnetophon10の再生アンプは、V87という。録音アンプがV86で、どちらもモノーラル構成。

V87が、郵便でスウェーデンから届いた。梱包された状態を見て、こんなに大きいのか、とまず思った。V87のことは、その時までほとんど知らなかったこともあって、ここで最初の驚き。

梱包をとく。ここでモノーラル構成だということを知る。もちろん二台入っていた。

大きさはW52×H10×D27cmくらいで、重量は約10kg。もちろん一台のサイズだ。

この規模と造りならば、EMTの927Dstのイコライザーアンプとしてふさわしい、と納得した。

私が手に入れた頃は、こういうモノはあまり注目されていなかったのか、数万円ぐらいだった。

大きくて邪魔になるから、捨てるよりも誰かが欲しいというのなら──、そんな感覚の処分だったのだろう。

Date: 7月 20th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(オープルリールデッキ篇・その12)

往年のEMTのアナログプレーヤーは、カートリッジ、トーンアーム、ターンテーブル、そしてイコライザーアンプを含めてのプレーヤーシステムだった。

管球時代は、モノーラルの139、ステレオの139st、トランジスター時代になって155st、OPアンプの153stが搭載されていた。

930stも927Dstもイコライザーアンプは同じである。
高さこそあるものの、業務用のプレーヤーシステムとして比較的コンパクトにまとめられている930stも、はるか大きな927Dstも、155stであることに特に不満はなかったものの、それでも──、というおもいは、時として頭をもたげる。

155stを含めての927Dstであり、その音はすごい。それでも927Dstに見合った規模のイコライザーアンプだったら、いったいどんな音がするのか──。

927Dstを手に入れてからは、それを想像してしまう。そんな時に、テレフンケンのMagnetophon10の再生アンプがある、という話が来た。どんなモノなのかは詳細は、その時点ではほとんど知らなかった。管球式で、けっこう大きいぐらい程度の知識しかなかったが、価格は安い。

これならば買ってみよう、と決めた。
これを買って、927Dst用の再生イコライザーアンプにしよう、と決めたからだ。

Date: 7月 19th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(自転車篇)

7月は、ツール・ド・フランス。
一週間後が最終ステージとなるが、今年の総合優勝(マイヨ・ジョーヌ)は、もう決まったといえる。

私がツール・ド・フランスのテレビ放送を見たのは、1993年が初めてだった。フジテレビが深夜にダイジェスト版をやっていた。

自転車雑誌を買うようになったのは、1994年夏からだった。ツール・ド・フランスの特集号だった。

初めて手にする雑誌は、知らないことの方が多い。記事だけでなく広告も隅々まで読んでいた。

いまも憶えているのは、フランスのメーカー、LOOKの広告だった。KG196という、カーボンモノコックのフレームのカラー広告で、そのカッコよさの衝撃は大きすぎた。

いまでもKG196のことを思い出しては検索して、このくらいで買えるのか(もちろん中古)とあれこれ妄想するほど大きかった。

KG196はその後、KG296、KG396と改良されていったけれど、私にとってはやはりKG196が、いまでも一番カッコよく見えてしまう。

自転車としての性能は、いまのカーボンフレームの方がずっと軽量だし、乗って速いはず。
KG196は、完成車重量はフレームのサイズにもよるが、9kg台後半で、今どきの軽量ロードバイクよりも3kgほど重い。

それにカーボンのグレードも違うのだから、競技用のフレームとしては、三十年前のモノということになってしまうのはわかった上で、やっぱりKG196はいいなぁ、と思う。

Date: 7月 16th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(番外・何を録音していたのか)

facebookに、1970年代の生録ブーム、その時の熱狂ぶりを伝える写真が公開されていた。

無線と実験編集部による投稿で、ティアック主催の生録会のようだ。ステージ上には数えるのが面倒なほどのマイクロフォンとスタンドがあり、客席側には、こちらも数えるのがイヤになるほどのオープンリールデッキが並んでいる。

モノクロの不鮮明な写真であっても、東京や大阪といった大都市では、こういう生録の機会があって、そこには多くのオーディオマニアが参加していたことの熱気というか、熱狂ぶり(といいたくなる)があった、と感じる。

オープンリールデッキで録音するのは、こういった生録、それからライヴ録音、もしくはライヴの生中継のFM放送のエアチェックがそうなのだろうが、あえて番外として書いているのは、ルボックスのA700のことがあるからだ。

HI-FI STEREO GUIDE(1977年度版)を見ていて当時気づいて、少しばかり驚いたのは、A700にはフォノ入力端子があることだった。

A700は、A77(315,000円)、HS77(365,000円)の上級機であり、1981年登場のPR99(650,000円)まではフラッグシップモデルでもあった。

そのA700には、マイクロフォン入力、ライン入力だけでなく、A77やHS77にはないフォノ入力がある。

普及クラスのオープンリールデッキにフォノ入力があるのはわからないでもないが、なぜA700にあるのか。
いまHI-FI STEREO GUIDE(1977年度版)を読み返しても、フォノ入力を持つオープンリールデッキはなさそうだ(見落としがあるかもしれない)。

A700を持っている人ならば、同等クラスのコントロールアンプかプリメインアンプは持っているはず。だからフォノ入力は要らないと思う。

A700に直接アナログプレーヤーを接続してダビングする人がいたのか、それをルボックスは考慮して付けているのか。

A700の回路図を見ると、フォノイコライザーアンプ部には、再生アンプ、録音アンプと同じOPアンプが使われている。

A700に使われているのは、TBA931という14ピンのデュアルOPアンプで、すでに製造中止でかなり入手困難なモノ。

Date: 7月 15th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(オープルリールデッキ篇・その11)

1970年代後半、スチューダーのオープンリールデッキのフラッグシップモデルは、A80MK II(3,300,000円)になっていた(2トラック2チャンネルモデルに絞ってのこと)。

A80と同等の他社のフラッグシップモデルは、アンペックスのAG440CS-2C(2,560,000円)、ATR102(4,000,000円)、スカリーの280B(2,430,000円)、テレフンケンのMagnetophon15Aなどがあった。

A80MK IIが3,300,000円だったころ、Magnetophon15Aは輸入されたばかりで価格未定だった。A80MK IIが3,990,000円になったころ、Magnetophon15Aは5,990,000円に、さらに約二年後には6,240,000円になっていた。

スチューダーかテレフンケンか。どちらもすごいのだろうが、モノクロのさほど大きくない写真で見比べると、Magnetophon15Aは、スチューダーのC37とは少し違う武骨さを感じる。

A80もMagnetophon15Aも、時代的にソリッドステートだ。1970年代後半、アンプでは管球式が少ないながらも残っていたが、テープデッキに管球式はなかった。

このころは、まだオープンリールデッキの、以前のモデルの知識はあまりなかった。それでも数年経つと、いろいろと知ってくるようになる。
テレフンケンの管球式オープンリールデッキとして、Magnetophon10があったことを知る。
この時点で、C37のライバルモデルとしてMagnetophon10が、私の中では浮上してきた。

C37もすごいのだろうが、きっと同じくらいにMagnetophon10もすごいはず。写真と断片的なことしか知らなかったけれど、そう思うようになっていった。

だからといってMagnetophon10を、五味先生がC37を手に入れられたように、憧れとか欲しいという気持は湧いてこなかった。

それから数年、EMTの927Dstを手に入れてすぐくらいに、Magnetophon10の再生アンプを手に入れた。

なんのためというと、927Dst用のイコライザーアンプとして、である。

Date: 7月 14th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(オープルリールデッキ篇・その10)

スチューダーのC37はすごい、どんなオープンリールデッキなのだろか、と、その写真をすぐにでも見たかったけれど、当時はインターネットという便利なものはなかったし、ステレオサウンド 55号まで待つしかなかった。

55号のスーパーマニアは、それまでとは違い、五味先生の追悼記事でもあった。五味先生のリスニングルーム、そして愛用のオーディオ機器。そこにC37が、当然のことながらあった。

大きいだろうことは、なんとなく想像していた。同じスチューダーの現行モデルのA80のことは写真とスペックは知っていたから、管球式のC37はA80のようにスマートにまとめられてはいないだろう、ぐらいの想像はしていた。

その想像よりも大きかった。武骨な感じすら受けた。これがC37なのか。EMTでいえば927Dstだな、とも感じていた。

C37の音は聴いたことがない。それでもC37で録音されたものは、知らず知らずのうちに聴いている。そのくらい、C37が現行機種だったころは、多くの録音スタジオで使われていた。

一度は、C37で録音したテープをC37で再生した音は聴いてみたい。そんな機会はもうやってこないだろうが、C37の存在の大きさは、20代のころの私にとって、アナログディスク再生への非常に大きな刺戟となっていった。

Date: 7月 13th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(オープルリールデッキ篇・その9)

五味先生がステレオサウンド 50号掲載の「五味オーディオ巡礼」で書かれている。
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もうひとつ業務用パーツとホーム用パーツをつなぐときこわいのは、インピーダンスの合わぬことで、以前、ノイマンの業務用パワーアンプを拙宅でつないだときもそうだった。最近プロ機のスチューダーC37を入手して、欣喜雀躍、こころを躍らせ継いでみたら、まったく高域にのびのない、鼻づまりの弦音で呆っ気にとられたことがある。理由は、C37は業務用だからマイクロホンの接続コードをどれ程長くしてもINPUTの音質に支障のないよう、インピーダンスをかなり低くとってあるため、ホームユースの拙宅のマランツ#7とではマッチしないと知ったのだ。かんじなことなので言っておきたいが、プリアンプとのインピーダンスが合わないと、単にテープの再生音がわるいのではなく、C37に接続したというだけでレコードやFMの音まで鼻づまりの歪んだ感じになってしまった。愕いてC37を譲られた録音スタジオから技術者にきてもらい、ようやくルボックスA700やテレフンケンM28Aで到底味わえぬC37の美音に聴き惚れている。
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ルボックスのA700は1977年において688,000円、テレフンケンのM28はM28Cになっていて、こちらは1,3000,000円だった。

どちらも当時のオープンリールデッキとしては高級機である。けれどスチューダーのC37の前では、《ようやくルボックスA700やテレフンケンM28Aで到底味わえぬC37の美音に聴き惚れている》ということになってしまっている。

どれだけすごいんだろうか、C37は、と思ったし、同時に、五味先生がC37で聴かれたのは、A700やM28Aで録音したテープも多かったはず。
つまりテープ再生器としてもC37はとびきりの性能を持つ。ならば録音器として、C37で録音・再生する、その音はどんなだろうか、と、もうこのへんになると、当時高校生だった私にはなかなか想像できなかった。

Date: 7月 12th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(オープルリールデッキ篇・その8)

中学生のころ思い描いていた将来のままになっていたら、オープンリールデッキで何を録音していたか。
中学校の理科の先生ななりたいと思っていたから、学校の部活動の録音をやっていたかもしれない。

録音を何度もやることで上達して、前回よりも今回、今回よりも次回と、いい音で録れるようになるんだろうな、とやってもいないことをあれこれ想像していた中学生だった。

録音器としてテープデッキを捉えるのだから、そうなるのだが、スチューダーのC37は私にとっては、最初から別格の存在だった。

スチューダーのC37のことは、「五味オーディオ教室」もほんのわずかだが書かれていた。
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 いい音で聴くために、ずいぶん私は苦労した。回り道をした。もうやめた。現在でもスチューダーC37はほしい。ここまで来たのだから、いつか手に入れてみたい。しかし一時のように出版社に借金してでもという燃えるようなものは、消えた。齢相応に分別がついたのか。まあ、Aのアンプがいい、Bのスピーカーがいいと騒いだところで、ナマに比べればどんぐりの背比べで、市販されるあらゆる機種を聴いて私は言うのだが、しょせんは五十歩百歩。よほどたちの悪いメーカーのものでない限り、最低限のトーン・クォリティは今日では保証されている。SP時代には夢にも考えられなかった音質を保っている。
 家庭で名曲を楽しむのをレコード音楽本来のあり方とわきまえるなら、音キチになるほど愚の骨頂はない、と今では思っている。
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C37。どんなオープンリールデッキなのか。全く他の情報はなかった。すでに製造中止になっているようだとは、五味先生の文章から伝わってきた。

別項でも触れているが、C37について次に知ったのはステレオサウンド 50号での「オーディオ巡礼」であったし、C37がどんな姿をしているのか、写真を初めて見たのはステレオサウンド 55号の「スーパーマニア」だった。

Date: 7月 9th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(オープルリールデッキ篇・その7)

オーディオに興味を持ち始めたのは中学二年の秋だった。このころの私は、中学の先生になることを考えていた。
父が英語の教師だったことも関係しているし、長男だから家を継ぐことも考えてのことだった。

それに喘息持ちということも東京に出て行こうとは、全く考えていなかった。小学生のころに観た映画「ゴジラ対ヘドラ」は衝撃だったし、東京に住んだら喘息はひどくなるだけじゃないか──、そんなこともあって、ずっと熊本で暮らしていくんだろうな、とぼんやり思っていた。

そんな将来で、オープンリールデッキを持って、何を録音するのか、と考える。

マーク・レヴィンソンの考えは賛同できる。日本では高城重躬氏、金田明彦氏が同じ考え、近い考えをもっての実践者といえる。

金田明彦氏は、マイクロフォンアンプからテープデッキのアンプを含めて、再生系全てのアンプをDC化された。

高城重躬氏は、自身のリスニングルームにスタインウェイのグランドピアノを置かれ、そこでの演奏を録音して再生することでの原音再生の一つを試みられていた。
高城重躬氏の場合、そこで得られたことで、ゴトうんユニットの改良へとつながっていた。

高城重躬氏のやり方は、正しいように思う人も多いようだが、録音時にリスニングルームにスタインウェイのピアノがあることは、わかる。

けれど再生時にも、そこにあるということは、スピーカーからの音とスタインウェイのピアノとが常に共鳴しているわけで、同一空間での録音再生で、原音再生を追求していくのであれば、再生時にはスタインウェイのピアノはリスニングルーム外に出しての音で判断すべきである。