二度目の「20年」(戻っていく感覚)
「五味オーディオ教室」と出逢ってから40年。
遠くに来た、という感覚がある。
年齢的にも遠くに来た。
他の意味でも遠くに来た。
遠くに来たからこそ、戻っていく感覚が強くなっている。
そのくらい「五味オーディオ教室」は40年前の私にとって遠くにあった。
「五味オーディオ教室」と出逢ってから40年。
遠くに来た、という感覚がある。
年齢的にも遠くに来た。
他の意味でも遠くに来た。
遠くに来たからこそ、戻っていく感覚が強くなっている。
そのくらい「五味オーディオ教室」は40年前の私にとって遠くにあった。
二度目の「20年」が今年だ。
NHKで「3月のライオン」というアニメが放映されている。
毎週楽しみにしている。
先日の11話もよかった。
二回見た。
昭和の大晦日、昭和の正月が描かれている。
今年は一週間もない。
年末にも関わらず、あまり、そんな感じがしてこない。
「3月のライオン」11話を見て、
あっ、そうだ、もう今年も終りだ、
そんなあたりまえすぎることを感じていた。
毎回見ている。
だからオープニングとエンディングは、毎回見る必要はない。
そういえないことはない。
でも、毎回見ている。
エンディングの最後のシーンが見たいからかもしれない。
詳しいことは書かない。
二人の少年が描かれている。
私にもいる、と思う。毎回見ていて思っている。
「五味オーディオ教室」で出逢った13歳の少年だった私だ。
このときからオーディオ少年だった。
いまはオーディオマニアと口では言っているが、
心の中ではオーディオ少年だ。
一ヵ月ほど前、ラジオから山下達郎の「アトムの子」が流れた。
CDは持っていない。
ラジオから、偶然流れてくるのを何度か聴いている。
聴くたびに、思うことがある。
「アトムの子」という曲そのもののことではない。
ここでのアトムとはいうまでもなく、手塚治虫によるキャラクターであるアトムである。
だからこそおもうことがある。
「アトムの子」よりも「ブラック・ジャックの子」といえるだろうか、と。
「ブラック・ジャック」は連載開始の1973年から読んできた。
まだ小学生だった。
ブラック・ジャックに憧れて医者になろうとは思わなかったけれど、
ブラック・ジャックの生き方に、どこか憧れていた。
アトムのように生きていきたいと思う人もいれば、
私のようにブラック・ジャックのように……、とおもう人もいるだろう。
2008年9月から、このブログを書き始めて、数回「アトムの子」を聴いている。
そのたびに「ブラック・ジャックの子」といえるだけのことを書いているだろうか、と思う。
黒田先生がフルトヴェングラーについて書かれている。
*
今ではもう誰も、「英雄」交響曲の冒頭の変ホ長調の主和音を、あなたのように堂々と威厳をもってひびかせるようなことはしなくなりました。クラシック音楽は、あなたがご存命の頃と較べると、よくもわるくも、スマートになりました。だからといって、あなたの演奏が、押し入れの奥からでてきた祖父の背広のような古さを感じさせるか、というと、そうではありません。あなたの残された演奏をきくひとはすべて、単に過ぎた時代をふりかえるだけではなく、時代の忘れ物に気づき、同時に、この頃ではあまり目にすることも耳にすることもなくなった、尊厳とか、あるいは志とかいったことを考えます。
(「音楽への礼状」より)
*
クラシックの演奏家は、フルトヴェングラーの時代からすればスマートになっている。
テクニックも向上している。
私はクラシックを主に聴いているからクラシックのことで書いているが、
同じことはジャズの世界でもいえるだろうし、他の音楽の世界も同じだと思う。
《あなたの残された演奏をきくひとはすべて、単に過ぎた時代をふりかえるだけではなく、時代の忘れ物に気づき》
と黒田先生は書かれている。
フルトヴェングラーと同じ時代の演奏家の残した録音すべてがそうであるわけではない。
単に過ぎた時代をふりかえるだけの演奏もある。
時代の忘れ物に気づかさせてくれる演奏──、
私がしつこいくらいに五味先生、岩崎先生、瀬川先生のことを書いている理由は、ここにもある。
私自身が時代の忘れ物に気づきたいからである。
オーディオの世界は、いったいどれだけの時代の忘れ物をしてきただろうか。
オーディオ雑誌は、時代の忘れ物を、読み手に気づかせるのも役目のはずだ。
私にとっての「戻っていく感覚」とは、そういうことでもある。
オーディオ、音について書かれる文章は、
瀬川先生の時代よりもいまの方が多い、と感じている。
オーディオ雑誌の数は昔の方が多かった。
けれどいまはインターネットがあるからだ。
量は増えているが、
その多くはパッと流し読みして得られる内容(情報)と、
ゆっくりじっくり読んで得られる内容(情報)とに差がなくなっている。
一度読んだだけで得られる内容(情報)と、
くり返し、それも時間を経てのくり返し読んで得られる内容(情報)とにも差がなくなっている──、
そんなふうに感じている。
そういうものをくり返し読むだろうか。
私は読まない。
残念なことに、いまの時代、そういうものだけが溢れ返っている。
だからよけいに「戻っていく感覚」を強く意識するようになっているのかもしれない。
私が書いているものには、瀬川先生、岩崎先生、五味先生の名前がかなり登場している。
これから先書いていくことにも登場していく。
そのためであろう、
私が瀬川先生、岩崎先生、五味先生を絶対視していると思われる人もいる。
絶対視はしていないが、そう思われてもそれでいい、と思っている。
私としては、以前書いていることのくり返しになるが、
松尾芭蕉の《古人の跡を求めず、古人の求めたる所を求めよ》と
ゲーテの《古人が既に持っていた不充分な真理を探し出して、
それをより以上に進めることは、学問において、極めて功多いものである》、
このふたつの考えが根底にあってのことである。
そのためには検証していかなければならない、と思っている。
それが他人の目にどう映ろうと、ここでのことには関係のないことである。
これも何度も書いているが、
私のオーディオは「五味オーディオ教室」から始まっている。
もう40年経つ。
それでもいまだに新たに気づくことがある。
五味先生の書かれたものだけではない、
岩崎先生、瀬川先生の書かれたものからも、いまでも気づきがある。
いや、むしろいまだからこその気づきなのかもしれない。
それがあるから書いている。
それは、時として私にとっては発見なのである。
1991年、初めてMacを手にした。
Classic IIだった。メモリーは8MB、ハードディスクは40MBで、
ディスプレイは9インチのモノクロ。
キーボードは当時アスキーが発売していた親指シフトキーボードを使った。
日本語入力プログラムは、キーボード指定のMacVJE。
その後Macは、SE/30に買い換え、アクセラレーターを載せ、
ビデオボードも装着した。
キーボードは親指シフトキーボードのままで、MacVJEも使い続けていた。
1996年、MacVJEがAI変換搭載ということで、MacVJE-Deltaにヴァージョンアップした。
AI変換がどれだけ賢いのか試してみようと思って、
たまたま取り出していた本の一節を入力してみた。
変換効率は明らかに向上していた。
面白いように変換してくれるので、ついつい次の文節も、その次の文節も、と入力していた。
この時の本が、五味先生の「西方の音」だった。
一ページほど入力し終えて、ついでだから、一冊丸ごと入力してみよう、と思った。
毎日帰宅したら入力という日が続いた。
当時インターネットのことは知っていたけれど、やってはいなかった。
自分でウェブサイトをつくって公開することも考えていなかった。
何か目的があって入力を初めて続けていたわけでもなかった。
ただ電子書籍(VoyagerのExpand Book)にしようかな、ぐらいだった。
入力作業を続けていたのは、「五味オーディオ教室」と出逢って20年、ということに気づいたからだった。
20年という節目だから、とにかく五味先生のオーディオと音楽の本を入力していこう、
ただそれだけで続けていた。
「西方の音」のあとに、
「天の聲」「オーディオ巡礼」「五味オーディオ教室」「いい音いい音楽」と入力していった。
Expand Bookにもした。
SE/30では非常に重たい作業だった。
Expand Bookにしたからといって、誰かに渡したわけではなかった。
そのままにしていた。
しばらくして、ステレオサウンドの原田勲氏に「オーディオ巡礼」をフロッピーにコピーして送った。
それきりだった。
今年2016年は武満徹 没後20年、
東京オペラシティの20年の他に、
手塚治虫文化賞も「20年」を迎える。
朝日新聞出版から20周年記念ムックとして「マンガのDNA」が出ている。
表紙には「マンガの神様の意思を継ぐ者たち」とある。
マンガの神様とはいうまでなく手塚治虫のことである。
「マンガのDNA」には22本の短篇マンガが載っている。
手塚治虫文化賞を受賞したマンガ家の描き下しである。
手塚治虫のマンガを読んで、マンガ家になりたい、とおもったことが私にもあった。
あっただけで終ってしまったけれど……、
終ってしまったから、いくつかの短篇はそのことを強く憶い出せてくれる。
そのひとつ、森下裕美の「背中」を読んで、気づいたことがある。
私にとってのオーディオの「原点」は、「五味オーディオ教室」以前に、
マンガによって培われていたのかもしれない、と。
毎日書いている。
六千本以上書いている。
そのうちのかなりの数、これまでのことを振り返ってのことである。
だから、あいつは過去のことしか書かない、過去にとらわれ過ぎている、
そんなふうに感じている(読んでいる)方がいるのも知っている。
そう思いたい人はそう思ってくれていい。
つい先日の瀬川先生のことを書いた。
これまでにかなりの数、書いてきている。
まだまだこれから先も書いていくし、書きたいことはまだまだある。
瀬川先生のことだけではない。
そうやって書いていくのは、私にとって大切なことをきちんとしまっていく行為のような気がする。
誰にでも大切なことはある。
長く生きていれば、それだけ増えていくはずである。
けれど、その大切なことを、
もう使わないから、とか、古くなったから、
でも捨てるのはしのびない、と理由でダンボールに詰め込んでしまう。
そういうことをいつのまにしてはないないだろうか。
しまうにしても、きちんとしまっておく。
そのために書いている。
そう感じることがある。
毎日書くことで、何かが目覚めていくような感覚がある。
これまで読んできたこと、みてきたこと、きいてきたこと、
それらを脳のどこかに記憶されているのだろうけど、思い出せないことは無数にある、ともいえる。
思い出せないことは、つまりは眠っているのかもしれない。
そういった眠っている部分が、書くことによって目覚めていく、
そんな感じがある(つねにとは限らないけれど)。
そして書いたことにコメントをいただくこともある。
ブログではあまりコメントをいただくことはないけれど、
facebookのaudio sharingでは、コメントがある。
コメントを読んで、また別の、眠っていた一部が目覚める。
昨夜もそうだった。
ふたつのコメントを読んで、そうだった、そうだったのか、と思いながら、
何かが目覚めているような感覚があった。
目覚めている感覚とは、つまりは「戻っていく感覚」でもある。
「戻っていく感覚」というテーマで書いている。
昨年の10月から書き始めた。
今年は、もっと書いていこうと考えている。
昨晩書いた「オーディオ機器を選ぶということ(再会という選択)」も、
やはり戻っていく感覚なのだろうか、といま思っている。
旅人がトランクにつめこんだレコードは、いうまでもなく「ききたいレコード」であった。
ききたいレコードが一枚ではなく、何枚もあったから車掌は、
いきたいところがわからなかった旅人の行き先を察することができた。
ききたいレコードは、ききたくないレコードの裏返しでもある。
ならば旅人がトランクにききたくないレコードばかりをいれていたら、
それを見た車掌は、旅人がいこうとしている目的地を察することができただろうか。
38年前には考えなかった、こんなことをいまは考えている。
単純接触効果というのが、すでに実証されている。
くり返し何度も対象と接することで、好意度が高まり印象が良くなる、というものである。
音に関しても、単純接触効果はあるのだろう。
だとすれば……、と思う。
オワゾリール、アルヒーフの録音が好きだったききては、
ほんとうにこれらのレーベルの音が好きだったのか、である。
人の好みは、どうやって形成されていくのか、くわしいことは知らない。
ただ思うのは、嫌いなものを排除することの好みの形成であるはずで、
好きな音がまだつかめていない段階でも、嫌いな音、ききたくない音ははっきりしているのではないだろうか。
人によって、それも異っているのかもしれないが、
とにかく嫌いな音を徹底的に排除することから、
オーディオをスタートさせたききては十分考えられる存在だ。
嫌いな音を徹底排除することによって、ある独特な音が形成される。
その音で、彼はさまざまな音楽をきいてきた。
音楽をきいてきた回数だけ、その音に接している。
そして、いつしか、その音を好きになっている──。
これも単純接触効果といえるだろう。
カラヤンは、古楽器について、ひからびた、しなびたといった表現をしている。
これはカラヤンが古楽器を全否定しているから、こういった表現になっているのであり、
古楽器には古楽器ならではの音のよさがあり、古楽器によるすべての演奏がそんな響きだとは思っていない。
それにそんな響きであっても、
人によっては、ストイックな響き、と受けとめる。
一方の、古楽器ではない響きを、堕落した響きと受けとめる人もいても不思議ではない。
古楽器の響きをストイックと受けとめる人は、
古楽器の響きが好きということであり、
オワゾリールやアルヒーフ、このふたつのレーベルの音が好んでいたききても、そうであるといえる。
けれど好きな音と嫌いな音も、また呼応していることを忘れてならない。
オワゾリール、アルヒーフの音を好んでいたききてには、苦手な音・嫌いな音があった。
苦手な音・嫌いな音は、誰にだってある。
私にも、それはある。
どんな音かというと、磁石を砂鉄の中にいれると磁石に砂鉄がけば立つようについていく。
こういう感じの音が、どうしても苦手である。
一部では、こういう音をエッジがはっきりしている音と評価しているようだが、決していい音ではない。
ただ、こういう音は悪い音であるわけだから、苦手・嫌い、というよりも、
こういう音を出してはいけないともいえる。
とすると、いまの私は、はっきりと苦手な音・嫌いな音は、他に思い浮ばないから、ないのかもしれない。
嫌いな音は好きな音と呼応しているのだから、
好きな音がはっきりとしている(そのため狭くなりがちでもある)からこそ、
嫌いな音も、またはっきりと存在している──、のではないだろうか。
オワゾリール、アルヒーフの音を好むききてをみていて感じていたのは、このことである。
彼は好きな音を追い求めていたのだろうか、
それとも嫌いな音を徹底的に排除していたのだろうか。
なにもカラヤンをきく人は、古楽器による演奏をきいてはいけない──、
などといいたいわけではない。
ある人は、レーベルでいえばオワゾリールやアルヒーフの音を好んでいた。
このふたつのレーベルのLPやCDを買っては鳴らしていた(きいていた)。
彼自身の音の好みも、このふたつのレーベルに共通したところのあるものだった。
彼が、だからふたつのレーベルを好むのは自然なことだったのかもしれないし、
そういう音に自分のシステムの音を仕上げるのも、また彼にとっては自然な行為だったのであろう。
だが彼は、そういうシステム・音できいて、カラヤンは素晴らしい、という。
彼の音の好みは変ることはなかった。
彼の音も大きく舵を切ることはなかった。
そういう音で彼はきいて、カラヤンのブルックナーは素晴らしい、とまた言う。
カラヤンのブルックナーでの響きと、彼が好む響きは、いわば相容れないようにしか、私には感じられない。
そういえば、おそらく彼は「音楽をきいている」というだろう。
けれどくり返すが、音楽と音は呼応している。
豊かさを拒絶した響き(それを響きといっていいものだろうか……)で、カラヤンのブルックナーをきく。
ジャズでいえば、ルディ・ヴァン・ゲルターの録音したブルーノートのアルバムを、
ECM的な音できいて、素晴らしい、といっているようなところがある。
ここにちぐはぐさがある。
「風見鶏の示す道を」のなかに、こう書いてある。
*
残念ながら、その点でちぐはぐな例も、なくはない。最新鋭の装置をつかいながら、今となってはあきらかに古いレコードを、これがぼくの好きなレコードです──といってきいている人がいる。それはそれでかまわないが、その人はおそらく、どこかで正直さがたりないのだろう。
*
私にも同じことがあった。
好きなレコード(演奏)と好きな音に、どこかちぐはぐなところがあった。
ききたいレコードはわかっていても、目的地がわからなかった旅人には、車掌という存在が必要だったといえる。
聴きたいレコードはわかっている、目的地もわかっている、
だから車掌という存在は必要ない、という人もいる。
彼は旅人といえるのだろうか。
ききたいレコードと目的地は本来は呼応している。
いいかえれば、ききたい音楽と、その音楽をきくための音とは呼応している。
だから黒田先生は書かれている。
*
あなたはどういうサウンドが好きですか──という質問は、あなたはどういう音楽が好きですか──という質問と、実は、そんなにかわらない。ここでいう音楽とは、あらためていうまでもないが、演奏を含めての音楽である。青い音が好きで、同時に紅い音楽が好きだということは、本来、ありえない。音と音楽とは、もともと、呼応していてしかるべきだろう。そのことは、なにごとによらずいえるのだろうが、音に対しての好みと音楽に対しての好きがちぐはぐだとしら、それは多分、その人の音に対しての感じ方と音楽のきき方のあいまいさを示すにちがいない。
それは、多分、演奏家の楽器のえらび方と、似ている。すぐれた演奏家なら誰だって、彼がきかせる演奏にかなった楽器をえらぶ。なるほどこういう演奏をするのだから、こういう楽器をつかうんだなと、思える。それと同じようなことが、ききてと、そのききてがつかう装置についても、いえるにちがいない。
*
カラヤンがいた。
カラヤンは指揮者だから、直接楽器を選ぶことはない。
彼にとっての楽器は、彼が指揮するオーケストラといえる。
カラヤンは古楽器に対して、全否定といえた。
正確な引用ではないが、
古楽器特有の響きを、ひからびた響き、そういった表現をしていたと記憶している。
カラヤンの演奏をきいてきた者であれば、カラヤンが古楽器を選ぶとは思わない。
けれど、青い音が好きで、紅い音楽が好きだという、
本来ありえないこと(ききて)がいた。