Archive for category 真空管アンプ

Date: 7月 29th, 2018
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(ふたつのEL34プッシュプル・その4)

キットを出していたということでは、
ダイナコとラックスの対比ではないか、と思われるかもしれない。

私にもそういう気持はないわけではないのだが、
ラックスのEL34プッシュプルアンプというのは印象がとても薄い。

私がオーディオに興味を持ち始めたころのラックスの真空管アンプといえば、
プリメインアンプのSQ38FD/IIであり、登場したばかりの薄型のコントロールアンプのCL32、
パワーアンプではMB3045だった。

そのころキットでA3500がEL34プッシュプルで、出力はUL接続で40W、三極管接続で30Wだった。
1978年にはMQ70も登場した。
出力は45Wだった。
MQ70はA3500の完成品ではなく、レイアウトも違っていた。

どちらも私には印象が薄い、というか、存在が稀薄だった。

日本では真空管アンプを、
トランジスターアンプ全盛時代になっても造りつづけているメーカーとして、
ラックスは知られていた。

ラックス以外にも真空管アンプメーカーはあったが、
トランジスターアンプと真空管アンプの両方、それに会社の規模ということで、
ラックスが日本における真空管アンプの最後の砦的であった。

それでもラックスのEL34プッシュプルは、印象がなさすぎる。

Date: 7月 27th, 2018
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(ふたつのEL34プッシュプル・その3)

ダイナコとマランツの真空管アンプでは、
Mark IVとModel 5の対比も好き、というコメントがfacebookにあった。

Mark IVとModel 5の対比もありだな、と思っていたが、
実はMark IVは実機を見たことがない。
Model 5に関しても、みたことはあるけれど音は聴いたことはない。

とはいえ回路図、外観、内部を含めてインターネット上にはけっこうな数あるから、
特に音について書くわけではないから、
Mark IVとModel 5の対比でもなんら問題ないけれど、
Stereo 70とModel 8Bのほうが、私には身近な存在だけに、選んでいる。

ついでに書いておくと、ダイナコにはMark VIというモノーラルアンプもある。
ステレオサウンド 42号(1977年)の新製品紹介で登場している。

出力管に8417を四本使ったパラレルプッシュプルで、出力は120W。
ダイナコの真空管アンプとして初めての19インチラックサイズのフロントパネルをもち、
バイアスチェックをかねたパワーメーター、ラックハンドルがついている。

マランツのModel 9のプロ用機器版9Rを強く意識したような造りのアンプである。
Model 9は1960年に登場しているから、約20年経っての新製品Mark VIである。

ダイナコは真空管アンプにおいては、マランツの真空管アンプを、
どこか意識していたように感じる。

Date: 7月 27th, 2018
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(ふたつのEL34プッシュプル・その2)

その1)で、EL34のプッシュプルアンプとして、
マランツのアンプを真っ先に思い出す人は多い、とした。

マランツのアンプは、どれもEL34のプッシュプルだ(Model 9はパラレルプッシュプル)。
Model 2、5、8(B)、9。
ここで取り上げるのは唯一のステレオモデルであるModel 8(B)。

出力35W+35W。
アメリカには、もう一機種、出力35W+35WのEL34のプッシュプルのステレオアンプがある。
ダイナコのStereo 70である。

外形寸法はModel 8がW34.3×H18.4×D26.7cm、Stereo 70がW33.0×H16.5×D24.0cm、
そう大きくは違わない。

全体のレイアウトもシャーシー後方に三つのトランス、前方に真空管。
その真空管のレイアウトも、電圧増幅管を左右に二本ずつ配置した出力管で取り囲む。

とはいえ、細部を比較していくと、Model 8とStereo 70はずいぶん違うアンプだ。
まずStereo 70はキットでも販売していた。

Model 8もマランツのラインナップでは普及クラスとはいえなくもないが、
市場全体からみれば、そうではないのに対し、Stereo 70はダイナコの製品である以上、
はっきりと普及クラスのEL34のプッシュプルアンプである。

キットも出ていたStereo 70は、高価な測定器を必要としなくても、
ハンダ付けがきちんとなされていて、テスターが一台あれば完成できなければならない。
ちなみに1977年当時の完成品のStereo 70は89,000円、
キットのStereo 70は69,000円だった。

Model 8Bにもキットはあった。
1978年にModel 7とModel 9のキットが、日本マランツから出て好評だったため、
翌年にModel 8BKが出ている。

同じキットとはいえ、ダイナコとマランツとでは、意味あいが違う。

Date: 7月 23rd, 2018
Cate: 真空管アンプ

五極管シングルアンプ製作は初心者向きなのか(その22)

EL34はポピュラーな球だ。
マランツのパワーアンプに使われてきたことでも知られているし、
無線と実験、ラジオ技術でも自作アンプによく使われていた球だ。

とにかく扱いにくくない球だ、といえる。
ポピュラーな球だけあって、既製の電源トランスがそのまま使える。
電源トランス選び(外観を含めるとそれなりに苦労するけれど)に苦労することはほとんどない。

出力トランスにしても、同じだ。
特註しなければならないパーツを使う必要はない。

ソケットもそうだ。
市場に出廻っている球の中には、ソケットで苦労する場合がある。
珍しくてもそれほど高価でない球もあるが、そういう球の場合、
ソケットの方が球よりも高価だったりする。

EL34はオクタルソケットだから、そんな苦労はない。

こんなEL34を、不思議なことにマッキントッシュは一度も採用していない。
15W1は6V6、50W1と50W2は6L6G、20W2は6V6G、A116は6BG6、MC30は1614、MC60は6550、
MC240(MC40)は6L6GC、MC225は7591、MC275(MC75)はKT88/6550、
MC3500は6LQ6/6JE6Bである。

これだけの種類の出力管を使ってきていながら、EL34は一度も使っていないのは、
先にマランツが採用したからなのだろうか。

これには、マランツとマッキントッシュのあいだで暗黙の了解があったのだろうか。

マッキントッシュは三極管接続を採用していない。
EL34は三極管接続時のリニアリティの良さが知られている球でもある。
このへんにも、その理由があるのだろうか。

Date: 7月 22nd, 2018
Cate: 真空管アンプ

五極管シングルアンプ製作は初心者向きなのか(その21)

その19)で、
《他人(ヒト)とは違うのボク。》
と書いた。

スピーカーにしろアンプにしろ、自作の理由、大義名分は、
他人とは違うのボクを求めて、であって、これを否定できる人はいるのだろうか。

私だってそれはある。
その一方で伊藤先生のアンプそっくりのモノを作りたい、という気持があるのは、
まったく矛盾していない、と感じることもある。

伊藤アンプをそっくりに作れるようになったとして、
それのどこが「他人と違うのボク」ということになろうが、
伊藤アンプと呼べるアンプを作れるようになることこそが、
「他人とは違うのボク」といえるレベルになるということである。

真空管アンプを自作する人の中には、珍しい真空管、
手に入りにくい真空管、誰も使ってなさそうな真空管で、
アンプを構成することを楽しみにしている人がいる。

確かにこれも「他人と違うのボク」であり、もっともわかりやすい「他人と違うのボク」である。
そういう人にとっては、EL34のような球はポピュラーすぎて、
使う気にもならないのかもしれない。

真空管アンプで鳴らしています。
出力管は何ですか。
EL34です。
……。

こんな会話がなされているかもしれない。
EL34が出力管ということで、話が止ってしまうことだってある。
そのくらいEL34のアンプは多い。

EL34でも、マランツのModel 2、Model 9を使っている、といえば、
会話も別の方向に弾んでいくだろうが、
自作アンプとなると、そうでもなかったりしよう。

「他人と違うのボク」をEL34では満たさない──。
300Bの刻印ならば満たされるのか、Edならばいいのか。

Date: 6月 24th, 2018
Cate: 真空管アンプ

真空管バッファーという附録(その7)

ラックスは、D38u搭載の真空管のカソードフォロワーを、
バッファーとは考えていないようである。

D38uのウェブページには、
《真空管ECC82(12AU7)を使用したカソードフォロア回路によって適度な倍音成分を付加した艶やかな真空管出力》
とある。

バッファーとは、バッファーの後段に接続される負荷による影響を、
前段のアンプに与えないことであり、
そのための物理特性としては、高入力インピーダンス、
低出力インピーダンス、低歪、ローノイズなどであり、
バッファーを信号が経由することでの音質変化もできるだけ小さくする、
などである。

ラックスの場合、《適度な倍音成分を付加した》とあるから、
一般的なバッファーと捉えるべきではないし、
おそらく真空管ハーモナイザーという名称も、ラックスによるものだろう。

真空管を使った回路を信号が経由することで、
なんらかの色づけがなされる。
無色透明な回路というのは、真空管であろうとトランジスターであろうと、存在しない。

必ず何かが失われ、何かが加わる。
真空管ハーモナイザーは、何が加わることを積極的に活かそう、という意図のはずだ。

だが、そううまく《適度な倍音成分》が付加されるだろうか。
喫茶茶会記で、D38uの真空管出力の音は幾度となく聴いている。

audio wednesdayでは、毎月、少しずつセッティングもチューニングも変えている。
そこで、今回ならば、真空管出力の音は──、と思い実際に聴いてみても、
《適度な倍音成分を付加した艶やかな》音が得られるという感触はなかった。

前のめりではなく、ときにゆったりした気持と姿勢で音楽を聴きたいときであっても、
真空管出力の音は、もどかしさが加わり、むしろトランジスター出力のほうが、
そういう気分になれたりする。

Date: 6月 22nd, 2018
Cate: 真空管アンプ

真空管バッファーという附録(その6)

私がオーディオに興味を持ち始めた1970年代後半は、
バッファーアンプを搭載するプリメインアンプやコントロールアンプ登場の時期と重なっている。

普及クラスのアンプではバッファー搭載例はなかったと記憶しているが、
価格帯が上になればなるほど、国産アンプに関しては、バッファーをREC OUTに入れている。

REC OUT端子といっても、現在のアンプからはほぼなくなっているから、
若い人の中には知らない人もいる時代なのだろう。

REC OUT端子に接続されるのはテープデッキの入力である。
つまりテープデッキの入力インピーダンスが、REC OUTの負荷となる。

例えばアナログディスクをテープ録音する場合、
フォノイコライザーの負荷となるのは、テープデッキとラインアンプの入力インピーダンスの合成である。

フォノイコライザーの出力段が余裕をもって設計されていて、
十分に低い出力インピーダンスであれば、バッファーを特に必要とはしない。

けれど、そのころのフォノイコライザーの出力インピーダンスはそれほと低いわけでもない。
となると入力インピーダンスの低いテープデッキが接続されていると、
フォノイコライザーの負荷は重くなり、音質は劣化する方向へと動く。

端的な例を、五味先生がステレオサウンド 50号掲載の「五味オーディオ巡礼」で書かれている。
     *
もうひとつ業務用パーツとホーム用パーツをつなぐときこわいのは、インピーダンスの合わぬことで、以前、ノイマンの業務用パワーアンプを拙宅でつないだときもそうだった。最近プロ機のスチューダーC37を入手して、欣喜雀躍、こころを躍らせ継いでみたら、まったく高域にのびのない、鼻づまりの弦音で呆っ気にとられたことがある。理由は、C37は業務用だからマイクロホンの接続コードをどれ程長くしてもINPUTの音質に支障のないよう、インピーダンスをかなり低くとってあるため、ホームユースの拙宅のマランツ#7とではマッチしないと知ったのだ。かんじなことなので言っておきたいが、プリアンプとのインピーダンスが合わないと、単にテープの再生音がわるいのではなく、C37に接続したというだけでレコードやFMの音まで鼻づまりの歪んだ感じになってしまった。愕いてC37を譲られた録音スタジオから技術者にきてもらい、ようやくルボックスA700やテレフンケンM28Aで到底味わえぬC37の美音に聴き惚れている。
     *
C37は業務用テープデッキだから、入力はコンシューマー用とは比較にならぬほど低い。
そういう低い入力インピーダンスの機器が接続されては、
フォノイコライザーの負荷としては、そうとうに重くなる。

その結果が五味先生の場合では《まったく高域にのびのない、鼻づまりの弦音》である。

コンシューマー機器ばかりの時には、ここまでひどくなることはないといっていいが、
それでもREC OUTにテープデッキを接続するということは、大なり小なりそういうことである。

Date: 6月 18th, 2018
Cate: 真空管アンプ

真空管アンプの存在(ふたつのEL34プッシュプル・その1)

EL34といえば、ポピュラーな出力管である。
EL34のプッシュプルといえば、
マランツの一連のパワーアンプを真っ先に思い出す人も多い。

私は、伊藤先生のEL34のプッシュプルアンプが、真っ先に浮ぶ。
それからマランツのModel 2、Model 9、Model 8という順番がずっと続いていたけれど、
ある時から、デッカ・デコラのアンプのことが気になりはじめていた。

きっかけは管球王国 Vol.41(2006年夏号)で、
是枝重治氏発表のEL34プッシュプルのKSM41の製作記事である。

KSM41は、デコラのアンプの再現である。
記事最後の音の印象に、
《あでやかで彫りが深く解像度が高い》とあった。

個人的に多極管の三極管接続は好まない。
デコラのパワーアンプはEL34の三極管接続である。
そのことは以前から知っていた。

それでも記事を読んでいて、
そのへんのところが少しだけ変った。

管球王国 Vol.41は買おう、と思ったが、
この記事のためだけに、この値段……、という気持が強くて、買わずにいた。

先日、友人のKさんが記事をコピーしてくれた。
管球王国 Vol.41の記事だけでなく、
その前にラジオ技術(2005年9月号)で発表された記事も一緒に、だった。

EF86が初段、ECC83のムラード型位相反転回路で電圧増幅段は構成されている。
あれっ? この構成、そういえば……と思い出したのが、
ウェストレックス・ロンドンの2192Fである。

サウンドボーイ(1981年8月号〜10月号)で伊藤先生が発表されたEL34のアンプの、
範となっているのが2192Fである。

このアンプもデコラのアンプと同じ構成である。
そればかりか、EF86、ECC83周りの抵抗とコンデンサーの値も同じである。
回路も同じだ。

出力段が2192FはUL接続、デコラは三極管接続という違いと、
電源の違いくらいである。
NFBの抵抗値も違うが、そのくらいの違いしかない。

設計者は同じなのか。

Date: 6月 3rd, 2018
Cate: 真空管アンプ

真空管バッファーという附録(その5)

「快音!真空管サウンドに癒される」の附録の真空管ハーモナイザーも、
間違いなくカソードフォロワーのはず。
写真からもわかるように、双三極管一本を左右チャンネルに振り分けて使用している。

つまりは増幅度1の真空管バッファーである。
それを音楽之友社は真空管ハーモナイザーと謳っている。

この真空管ハーモナイザーという名称は、音楽之友社によるものなのか、
それともラックスによるものなのか、
そこのところは「快音!真空管サウンドに癒される」を買っていないのではっきりしないが、
とにかく真空管バッファーではなく、今回のキットは真空管ハーモナイザーである。

ハーモナイザー(harmonizer)は、大辞林には載っていない。
ハーモナイゼーション(harmonization)は、調和、調整、協調、とある。
ということは、ハーモナイザーは調和、調整、協調させるもの、となる。

調和にしても協調しても、
あるモノもしくは人と別モノもしくは人とを結びつかせるわけだから、
ハーモナイザーは仲介者でもあるわけだ。

そういう意味での真空管ハーモナイザーなのかどうかは、
くり返すが「快音!真空管サウンドに癒される」は買っていないので確認しようはない。
「快音」ともあるし、「癒される」ともあるから、あたらずとも遠からずか。

バッファー(buffer)とは、緩衝器である。
緩衝とは、二つの物の間に起る衝突や衝撃をやわらげること、もしくはその物、と辞書にはある。

二つの物・人の間にはいるのはハーモナイザーもバッファーも同じだが、
そこでの役割は同じなわけではない。

Date: 5月 31st, 2018
Cate: 真空管アンプ

真空管バッファーという附録(その4)

この時期に、こういうタイトルで新たに書き始めたのは、
察しのよい方ならば気づかれているように、
音楽之友社からムック「快音!真空管サウンドに癒される」が書店に並んでいるからだ。
このムックには、附録としてラックスマン製真空管ハーモナイザー・キットがつく。

少し前から告知されていたから、かなりの人が知ってはいたと思う。
私も出ることは知っていた。

先日書店に行ったら、平積みされていた。
写真で、キットの内部は見ていた。
だから、このくらいの価格かな、と想い、
手にとり値段を確認したら、高い、と思ってしまった。

税込みで一万四千円ほどだ。
内部写真から、私は一万円を切るくらいのモノだと思っていたからだ。

キットといっても、ハンダ付けの必要はまったくない。
ネジを締めるだけで完成する、いわば半完成品なだけに、
キットの感覚で値段を判断してはいけないことだとはわかっていても、やってしまう。

私が、どのくらいと思っていたのかは、
人様の商売の邪魔をしたくはないからふせておくが、
この価格だったら、自作しようと思う。

世の中にはハンダ付けが苦手な人もいるし、
このキットの価格を高いとは思わない人もいる。
それに、私は買っていない、つまり聴いていない。

高いか安いかは、聴いたうえで判断すべきなのはわかっていても、
D38uのラックスならば、今回のキットもラックスである。
おそらくD38uのバッファーとほぼ同じ(電源は違うようだが)であろう。

Date: 5月 30th, 2018
Cate: 真空管アンプ

真空管バッファーという附録(その3)

トータルの位相を正相にしたところで、
真空管のカソードからとプレートからとでは、取り出す信号のレベルが違う。

プレートから取り出せば増幅された信号になる。
それに出力インピーダンスも、カソードフォロワーよりもかなり高くなる。

ならば真空管で一段増幅したあとに、抵抗を直列に挿入する。
たとえばコントロールアンプの入力インピーダンスが10kΩだとしたら、
直列に挿入する抵抗を10kΩにすれば、信号レベルは-6dBになる。

そして真空管から見た負荷は、
コントロールアンプの入力インピーダンスの10kΩ+挿入抵抗の10kΩで、20kΩとなる。

そんな乱暴な……、と思われるかもしれないが、
真空管バッファーをわざわざ挿入するぐらいであれば、
このくらいやってもいいではないか、と割り切ることも必要ではないのか。

もちろんどんな抵抗でもいいというわけではない。
良質な抵抗にかぎる。

真空管バッファーを通ることで、何かが失われ何かが足される。
その結果が、聴き手にとって心地よければそれでいい、という世界なのだから、
抵抗を挿入して、それで心地よい結果が得られれば、私はそれでいいと思う人間だ。

真空管バッファーを一種のトーンコントロールと書いたが、
現実のトーンコントロールでは、バイパスした音と経由した音の差がないのが理想である。
まったく同じにはならないわけだが、それでも極力差は小さい方が、
挿入されるトーンコントロールの性能は優秀ということにもなる。

けれど真空管バッファーは一種のトーンコントロールではあっても、
実際のトーンコントロールなわけではない。
周波数特性を変化させるものではない。
挿入することで帯域バランスは変化することもあるが、
それは周波数特性を変化させての結果ではない。

そういうものであるならば、はっきりとした音の変化があったほうが、
それが好ましい方向に、常にではなくとも、
あるディスク(曲)に関してはそう働くのであれば、切替えスイッチを積極的に使うことになろう。

その意味では、ラックスのD38uのvacuum tubeポジションは、
消極的すぎないか、と思ったりするわけだ。

Date: 5月 29th, 2018
Cate: 真空管アンプ

真空管バッファーという附録(その2)

D38uは、audio wednesdayを行っている喫茶茶会記で使っているCDプレーヤーでもある。
真空管バッファー経由の音も何度も聴いている。
けれどaudio wednesdayでは、鳴らす音量との関係もあって、
パスした状態(solid stateポジション)で鳴らすことが多かった。

時々思い出したようにvacuum tubeポジションにすることもあったし、
搭載されている真空管を、店主の福地さんが別途購入した真空管に交換したこともある。

solid stateポジションとvacuum tubeポジション、
どちらの音がいいのかを判断するよりも、一種のトーンコントロールとして楽しんだ方がいい。

vacuum tubeポジションにすれば、ECC82のカソードフォロワーを一段よけいに、
信号が経由することになる。

余分なものは極力排除すべし、という考えの人からすれば、
そんなよけいなものを挿入するなんて……、ということになろうが、
目くじらをたてることだろうか、と思う。

使う人がいいと感じる方を選べばいいし、
かける曲、かける音量によっては、同じ人でも判断が逆になることだって往々にしてある。
レバースイッチひとつで簡単に切り替えられるものは、楽しんだ方がいい。

ECC82は双三極管だから、一本の真空管に二つのユニットが入っている。
カソードフォロワーのみという回路だから、
D38uではそれぞれのユニットを左右チャンネルに振り分けている。

ということは、セパレーション特性は若干劣化しているはずだ。
かといってECC82を二本使い、左右チャンネルで独立させれば、
ユニットひとつ分遊ばせることになる。

並列接続にするという方法もあるし、
一段増幅のカソードフォロワー出力という構成にする方法もある。
ただし後者では位相は反転することになる。

真空管がもう一本増えればコストはアップする。
どちらを選択するのか。
コストの制約のある実際の製品では、私も一本使用を選択するだろう。

ただ私は真空管のカソードフォロワーは好きではない。
やはりプレート側から出力をとりたい。
となると一段増幅では位相が反転する。
ならばvacuum tubeポジションにする際に、
デジタル信号処理で反転させておけば、トータルでは正相になる。

Date: 5月 29th, 2018
Cate: 真空管アンプ

真空管バッファーという附録(その1)

CDプレーヤーが登場してしばらくしたころ、
CDプレーヤーのアナログ出力段は貧弱なものだから、
一般的なライン入力よりも高インピーダンスで受けた方が、好結果が得られる──、
そんなことが一部でいわれるようになり、
実際の製品でもCD入力にバッファーを設け入力インピーダンスを高くしたモノもあった。

さらには高域の周波数特性を1dBか2dBほど下げているアンプも出てきたし、
アマチュアのあいだで流行り出し、メーカーも製品化したモノでは、ライントランスがある。

それらが落ち着いて数年後、ラジオ技術に新忠篤氏が、
おもしろい真空管アンプを発表された。
ウェスターン・エレクトリックの直熱三極管101シリーズを使った単段アンプである。
出力にはトランスがあり、101シリーズの増幅率からすると、
アンプ全体のゲインはあまりない。いわば真空管バッファー的なアンプである。

それ以前にも真空管の音で、CDの音を聴きやすくしようという試みはあった。
けれど新忠篤氏の、この単段アンプはより積極的に真空管、
それもウェスターン・エレクトリックの直熱三極管の持ち味を利用しているところが、
個人的にひじょうにおもしろい、と感じた。

フィラメントの点火方法などいくつか疑問に感じるところはあっても、
全体の構成として、小出力管といえる101シリーズをもってきた点は、
当時の私には思いつかなかったことである。

この新忠篤氏発表の単段アンプのころが、これら手法のひとつのピークだったように、
個人的には感じている。
もっとも個人的関心が強く影響しての、ひとつの感じ方にすぎないのはわかっている。

そんなふうに感じていたから、ラックスからD38uが登場したときは、
まだ続いていたんだ、と驚きと呆れが半分綯交ぜでもあった。

D38uのフロントパネルにはレバースイッチがあり、
これでvacuum tubeとsolid stateが切り替えられる。

vacuum tubeを選択すると、
通常のアナログ出力段のあとに真空管(ECC82)のバッファーが挿入された音を聴くことになる。

Date: 9月 2nd, 2017
Cate: 真空管アンプ

五極管シングルアンプ製作は初心者向きなのか(その20)

ステレオサウンド 43号の「真贋物語」、
「(三)貪欲」と見出しがついたところを引用したい。
     *
 これも料理店の主の話であるが、一流の店に奉公して四十歳で独立し、花柳界の中で仕出し専門の店を開業した。永年叩き上げた板前だから、この人の作るものは優れている。私はよくその人に誘われて旅に出たし、料亭を廻って食べ歩かされた。腹が減ると、どんな店へでも入って、この人の口にはとても合うまいと思うものでも全部残らず食べる。
 まずいものでもみんな食ってみないとわからないし、作った人に無礼である、といって、暫くして「まずかった」と笑ってみせる。納得して口に出す。最高の味作りのできる人がこれである。
 だし巻きと伽羅蕗だけの弁当を旅に出た車中で相伴に預ったが何とも美味であったのが忘れられない。前夜親方が店をしめてから独りで作ってくれた逸品である。
 この人も徹底的に吝(けち)であったから、その技まで弟子にも倅にも残さず死んでいってしまった。あれほどの名人であったのに私を連れて食い漁ったのは屹度自分の作ったものより旨いものがあったら、という恐怖と興味が錯綜していたのだろう。
 永年修業して確固として自分の味を既に持っているのだから、おいそれと変えられる筈もないし、またそうあっては困るのだが、若しやという不安にかられる処に私は惹かされる。自信と不安、名人になるほどそれは苛まれる。
 自惚の強いということは他人を蔑むことでは決してない。もっと自惚れたいから他人の仕事を見たいのである。欠点を指摘したいのではなく優れた点を採り入れたい一心である。しかし実行するには相当の努力を必要とする、というのは真似が赦されない立場にあるのが名人であり、自分で自分をその座につかせてしまっているからである。
 個性を喪失させたくないのと、自分の鼻についた個性への嫌悪との葛藤に苦しむことは、この道に限らず名人の業である。
     *
最初に読んだ時はわからなかったが、
ある程度経ってから読みなおしてみると、
伊藤先生自身のことだと気づく。

いまこうやって書き写していても、そう感じる。
だから、この人の作るアンプと同じモノを作れるようになりたいと思ったのだった。

Date: 8月 29th, 2017
Cate: 真空管アンプ

五極管シングルアンプ製作は初心者向きなのか(その19)

《他人(ヒト)とは違うのボク。》

岩崎先生が、ステレオサウンド 31号から始まったAUDIO MY HANDICRAFT、
「CWホーン・スピーカーをつくる」の中で二回くり返されているのが、
《他人とは違うのボク。》である。
     *
 オーディオに限ったことではないが、どんな趣味においても、自分の手で創るということでの喜びは大きい。しかし、もっと重要で意義あるのは、その喜びだけでなく、趣味そのものに対しての理解が深まり、非常に広く、深く、熱いものになる。それは物をみる眼、考えるところが深く、徹するところから出てくるものだ。創ろうとするところには、通り一辺の知識ですまなくなり、すみずみまで眼を光らせ、僅かも聴き逃さしと耳をそば立てる。つまり物に接するのに緊張度がまるで違う。
「オリジナルまたは原形」のすべてを知り尽しておこう、という意識が強く働くからだ。
 自作する側の内側には、少なからぬ経済的な理由が内在するのは常だ。良いものは高価だし、そんなに高くては買えない。しかし人並みに、あるいは人以上に良いものが欲しい。それが自作をうながす大きな力となる。
 だがもうひとつの理由、それこそ自作派の大義名分だ。
 他人(ヒト)とは違うのボク。
 これである。みんなと同じものを持つのは味気ない、というところからスタートする。実際にはどうかというと、昨日まで皆と同じものでないと気になって仕方なかったのに。いわく、全段直結OCLからはじまって、DD(ダイレクト・ドライブ)プレーヤー、ソフト・ドーム……。ひと通り判ったが、そのつもりになったときにある限界を感ずる。そしてそこに到達する。
 他人とは違うのボク。
 それからアンプは真空管になり、古典的なアンティック真空管を追いまわし、時代がかった古き良き時代の、といってもステレオ初期ぐらいの高級パーツ、超大型システムを目標と選ぶ。理由は他人の持っていない稀少価値。
 ここらあたりが、自作派と懐古趣味的収集派との分岐点になる。積極的で技術に強い、あるいは強くなりたいと願い、技術志向が強く、労をいとわず少々の冒険も辞さない。それが自作派だ。
     *
他人とは違うのボク。
確かにオーディオの自作の理由、大義名分はこれである。

これは私の裡にもある。
にも関わらず、伊藤アンプを前にすると、
それが写真であっても、そっくり同じもの、同じ佇まいのアンプを作りたい、と思う。

他人とは違うのボクではないわけだ。
伊藤先生のアンプと同じアンプを作れるようになりたい気持が、
そこをうわまわる。