Archive for category 瀬川冬樹

Date: 6月 9th, 2014
Cate: D44000 Paragon, JBL, 瀬川冬樹

瀬川冬樹氏とスピーカーのこと(その24)

そして「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」の巻頭「いま、いい音のアンプがほしい」だ。
     *
 二ヶ月ほど前から、都内のある高層マンションの10階に部屋を借りて住んでいる。すぐ下には公園があって、テニスコートやプールがある。いまはまだ水の季節ではないが、桜の花が満開の暖い日には、テニスコートは若い人たちでいっぱいになる。10階から見下したのでは、人の顔はマッチ棒の頭よりも小さくみえて、表情などはとてもわからないが、思い思いのテニスウェアに身を包んだ若い女性が集まったりしていると、つい、覗き趣味が頭をもたげて、ニコンの8×24の双眼鏡を持出して、美人かな? などと眺めてみたりする。
 公園の向うの河の水は澱んでいて、暖かさの急に増したこのところ、そばを歩くとぷうんと溝泥の匂いが鼻をつくが、10階まではさすがに上ってこない。河の向うはビル街になり、車の往来の音は四六時中にぎやかだ。
 そうした街のあちこちに、双眼鏡を向けていると、そのたびに、あんな建物があったのだろうか。見馴れたビルのあんなところに、あんな看板がついていたのだっけ……。仕事の手を休めた折に、何となく街を眺め、眺めるたびに何か発見して、私は少しも飽きない。
 高いところから街を眺めるのは昔から好きだった。そして私は都会のゴミゴミした街並みを眺めるのが好きだ。ビルとビルの谷間を歩いてくる人の姿。立話をしている人と人。あんなところを犬が歩いてゆく。とんかつ屋の看板を双眼鏡で拡大してみると電話番号が読める。あの電話にかけたら、出前をしてくれるのだろうか、などと考える。考えながら、このゴミゴミした街が、それを全体としてみればどことなくやはりこの街自体のひとつの色に統一されて、いわば不協和音で作られた交響曲のような魅力をさえ感じる。そうした全体を感じながら、再び私の双眼鏡は、目についた何かを拡大し、ディテールを発見しにゆく。
 高いところから風景を眺望する楽しさは、なにも私ひとりの趣味ではないと思うが、しかし、全体を見通しながらそれと同じ比重で、あるいはときとして全体以上に、部分の、ディテールの一層細かく鮮明に見えることを求めるのは、もしかすると私個人の特性のひとつであるかもしれない。
     *
いま、ここに思い至ったとき、
これまで読んできた瀬川先生の書かれたものとそれに関する記憶が、
D44000 Paragonとそのイメージとにしっかりと結びついていく。

Date: 6月 9th, 2014
Cate: D44000 Paragon, JBL, 瀬川冬樹

瀬川冬樹氏とスピーカーのこと(その23)

「コンポーネントステレオの世界 ’75」の鼎談は、かなり長い。そして読みごたえがある。
ただ長いだけではないからだ。

もう30年以上前の別冊だから持っていない人も少なくない。
私も、ステレオサウンド 61号の岡先生の書かれたものを読むまでは、この鼎談のことをくわしくは知らなかった。

いまは約一年前にでた「良い音とは、良いスピーカーとは?」で読める。

今回引用したいのは、鼎談の最後のほう、
瀬川先生の発言だ。
《荒唐無稽なたとえですが、自分がガリバーになって、小人の国のオーケストラの演奏を聴いているというようにはお考えになりませんか。》

これに対し、岡先生は「そういうことは夢にも思わなかった」と答えられ、
そこから岡先生との議論が続く。

瀬川先生はステレオサウンド 51号で、このことに少し触れられている。
前号から始まった連載「ひろがり溶けあう響きを求めて」の中に出てくる。
     *
 かつて岡俊雄、黒田恭一両氏とわたくしとの鼎談「オーディオシステムにおける音の音楽的意味あいをさぐる」(本誌別冊〝コンポーネントの世界〟’75)の中で、自分がガリバーになって小人の国のオーケストラを聴く感じが音の再生の方法の中にある、というわたくしの発言に対して、岡、黒田両氏が、そんな発想は思いもよらなかった、と驚かれるシーンがある(同誌P106~107)。ここでの発言の真意はその前後の話の筋道を知って頂かないと誤解を招きやすいが、少なくともわたくし自身、たとえば夜更けて音量を落して聴くときのオーケストラの音楽を、小人の演奏を聴くガリバーの心境で、あるいは精密な箱庭を眺める気持で受けとめていたことは確かだった。
     *
できればこの鼎談は全部読んでほしい。

Date: 6月 8th, 2014
Cate: D44000 Paragon, JBL, 瀬川冬樹

瀬川冬樹氏とスピーカーのこと(その22)

「コンポーネントステレオの世界 ’75」の鼎談とは、
岡俊雄、黒田恭一、瀬川冬樹の三氏で、
「オーディオシステムにおける音の音楽的意味あいをさぐる」というテーマで語られたもの。

岡、黒田、瀬川の三氏はクラシックに関して、で、
同じテーマでジャズについての鼎談も載っている。
こちらは岩崎千明、黒田恭一、油井正一の三氏。

この鼎談について、岡先生が後年書かれている。
ステレオサウンド 61号に、それは載っている。
     *
 白状すると、瀬川さんとぼくとは音楽の好みも音の好みも全くちがっている。お互いにそれを承知しながら相手を理解しあっていたといえる。だから、あえて、挑発的な発言をすると、瀬川さんはにやりと笑って、「お言葉をかえすようですが……」と反論をはじめる。それで、ひと頃、〝お言葉をかえす〟が大はやりしたことがあった。
 瀬川さんとそういう議論をはじめると、平行線をたどって、いつまでたってもケリがつかない。しかし、喧嘩と論争はちがうということを読みとっていただけない読者の方には、二人はまったく仲が悪い、と思われてしまうようだ。
 とくに一九七五年の「コンポーネントステレオの世界」で黒田恭一さんを交えた座談会では、徹底的に意見が合わなかった。近来あんなおもしろい座談会はなかったといってくれた人が何人かいたけれど、そういうのは、瀬川冬樹と岡俊雄をよく知っているひとたちだった。
     *
この文章を引用するためにステレオサウンド 61号をひっぱりだしてきた。
引用する前に、読みなおしていた……。

Date: 6月 8th, 2014
Cate: D44000 Paragon, JBL, 瀬川冬樹

瀬川冬樹氏とスピーカーのこと(その21)

パラゴンは背の高いスピーカーシステムではなく、
独特のユニット配置からしてもいえるのは、むしろ背の低いスピーカーシステムであるということだ。

ウーファー、スコーカー、トゥイーター、これらのうち二つのユニットの中心は同じ高さに位置していて、
トゥイーターのみがやや高いところに取り付けてある。
このことから連想するのは、LS3/5Aのことであり、
瀬川先生のLS3/5Aの聴き方のことである。

ステレオサウンド 43号で、
《左右のスピーカーと自分の関係が正三角形を形造る、いわゆるステレオのスピーカーセッティングを正しく守らないと、このスピーカーの鳴らす世界の価値は半減するかもしれない。そうして聴くと、眼前に広々としたステレオの空間が現出し、その中で楽器や歌手の位置が薄気味悪いほどシャープに定位する。》
と書かれている。

この「薄気味悪いほどシャープに定位する」のは、ミニチュアライズされたものである。
《あたかも眼前に精巧なミニチュアのステージが展開するかのように、音の定位やひろがりや奥行きが、すばらしく自然に正確に、しかも美しい響きをともなって聴こえる》(ステレオサウンド 45号)
《このスピーカーの特徴は、総体にミニチュアライズされた音の響きの美しさにある》(ステレオサウンド 46号)

瀬川先生がLS3/5Aについて書かれたことと、
ステレオサウンド別冊「コンポーネントステレオの世界 ’75」に掲載されている鼎談で述べられていること、
このふたつは切り離せないことであり、
それらのこととパラゴンを瀬川先生が59号で「欲しいなあ」と結ばれていること、
さらにステレオサウンド別冊「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」の巻頭
「いま、いい音のアンプがほしい」の書き出し、
私の中では、すべてつながっている。

Date: 6月 8th, 2014
Cate: D44000 Paragon, JBL, 瀬川冬樹

瀬川冬樹氏とスピーカーのこと(その20)

JBLのD4400 Paragonは、実に堂々とした美しさにをもつ。
重量は316kg。
(時期によっては318.4kgと記載されている。それにJBLのスピーカーユニットと同じように、
コンシューマー用スピーカーだから梱包時の重量のはずである。)

通常のスピーカーシステムが左右チャンネルで独立したエンクロージュアを持つのに対し、
パラゴンは一体化されたエンクロージュアにしても、約300kgの重量は、
このスピーカーの「スケール」を十分に伝えてくれる。

パラゴンの横幅は263cm。かなりの大きさではあるが、
通常のスピーカーシステムを十分な間隔をあけて設置すれば、このくらいの幅は必要となる。

パラゴンの奥行きは74cm。低音部のホーン構造を考えるとこの奥行きは奥に長い、とはいえない。
74cmほどの奥行きのスピーカーシステムは、他にもある。

小さいとはいわないけれど、パラゴンは六畳間におさめようと思えば収まらないサイズではない。

しかもパラゴンの高さは、脚を含めて90cmと、わりと低い。
つまり椅子に坐って聴けば、パラゴンは聴き手の耳よりも低い。

パラゴンの湾曲したウッドパネルを聴き手の真正面にもってくるには、
パラゴンをぐっと持ち上げるか、聴き手が床に直に坐って聴くことになる。

Date: 3月 31st, 2014
Cate: 瀬川冬樹

瀬川冬樹という変奏曲(その5)

ステレオサウンド 3号の瀬川先生のアンプの試聴記は、すべてthe Review (in the past)で公開している。
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」の「いま、いい音のアンプがほしい」も公開しているし、
2010年11月7日に公開したePUBにも収めている。

ひとつは試聴記という短い文章の集合体、
もうひとつはエッセイというかたちのながい文章。

この違いも、こじつけといわれようと、
グールドの最初のゴールドベルグ変奏曲と1981年再録のゴールドベルグ変奏曲との違いに近いものを感じる。

ステレオサウンド 3号の試聴記を読んでわかること、
「いま、いい音のアンプがほしい」を読んでわかること、
それは瀬川先生がどういう音のアンプを理想のアンプとして求められているかであり、
実のところ、ここに関しては、
ステレオサウンド 3号の1967年と「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」の1981年、
ここには14年の歳月があるけれど、なにも変っていないことがわかる。

変ったのは、1967年の瀬川先生は「私はぜひ自分の手で作ってみたい気がする」と書かれているのが、
1981年の瀬川先生は「そんな音のアンプを、果して今後、いつになったら聴くことができるのだろうか」
と書かれていることだ。

Date: 3月 25th, 2014
Cate: 瀬川冬樹

瀬川冬樹という変奏曲(その4)

グレン・グールドはゴールドベルグ変奏曲の録音でデビューしている。
テンポのはやい、反復を省略したゴールドベルグ変奏曲だった。

グールドはゴールドベルグ変奏曲を1981年にふたたび録音している。
テンポはゆったりとなっている。

1981年のゴールドベルグ変奏曲が、グールドの最後の録音ではないけれど、
最晩年の録音のひとつである。

つまりはグールドの録音は、ゴールドベルグ変奏曲のアリアからはじまり、
1981年のゴールドベルグ変奏曲のアリアが終りをつげている、といえなくもない。

ゴールドベルグ変奏曲のアリアは、録音では始まりのアリアの録音をそのまま終りのアリアに使うこともできる。
こんなことは演奏会ではできない、録音だけが可能にしていることであるわけだが、
聴けばすぐにわかることだが、グールドはそういうことはしていない。

最初のアリアは最後のアリアは、まったく同じではない。
これは1981年の録音でもそうである。

グールドの最初のゴールドベルグ変奏曲のはじまりのアリアと、
1981年録音のゴールドベルグ変奏曲の終りのアリアが、瀬川先生の書かれたものと重なってくる。

ステレオサウンド 3号でのアンプの試聴記が最初のゴールドベルグ変奏曲のアリアと、
「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」での「いま、いい音のアンプがほしい」が、
1981年録音のゴールドベルグ変奏曲の終りのアリアと。

Date: 3月 20th, 2014
Cate: 瀬川冬樹

瀬川冬樹という変奏曲(その3)

ステレオサウンド 3号でのJBLのSG520とSE400Sの瀬川先生の試聴記には、こう書いてある。
     *
マッキントッシュにJBLの透明な分解能が加われば、あるいはJBLにマッキントッシュの豊潤さがあれば申し分ないアンプになる。JBLのすばらしい低域特性は、スピーカーの低域が1オクターブも伸びたような錯覚を起させる。JBLとマッキントッシュの両方の良さを兼ね備えたアンプを、私はぜひ自分の手で作ってみたい気がする。
     *
この試聴記はステレオサウンドで働きはじめたころに読んでいた、はずだった。
読んだ記憶はたしかにある。
けれど、その時には気づかなかったことを、いま気づいている。

《JBLとマッキントッシュの両方の良さを兼ね備えたアンプを、私はぜひ自分の手で作ってみたい気がする。》
とある。

当時、この箇所は読んでいた。
瀬川先生は、このころまではアンプの自作をまだやられるつもりだったのか……、
そのくらいのことしか読みとれなかった。

いまは、この《私はぜひ自分の手で作ってみたい気がする》が、
一気に「いま、いい音のアンプがほしい」にまで飛び、そこと結びつく。

そしておもったのが、私は瀬川冬樹という変奏曲を読んできたのだ、ということだった。
さらにおもったのが、私にとって変奏曲といえば、まず浮ぶのはグールドのゴールドベルグ変奏曲であり、
ゴールドベルグ変奏曲はアリアではじまり、30の変奏曲をはさみ、最後もまたアリアである。

瀬川先生の残されたものを読んでいくと、
アリアではじまりアリアで終るながい変奏曲のようにみえてくる。

こじつけといわれようが、いまの私には、そうみえている。

Date: 3月 16th, 2014
Cate: 瀬川冬樹

瀬川冬樹という変奏曲(その2)

ステレオサウンド 3号の特集「内外アンプ65機種─総試聴記と選び方 使い方」に登場するアンプには、
いまではメーカーが存在していないモノもある。

こんなメーカーがあったのか、と思うメーカー製のアンプも載っていれば、
いまも名器として評価されているマッキントッシュのC22とMC275、JBLのSG520とSE400S、SA600、
QUADの22とIIなども載っていて、時代の流れによって何が淘汰され、何が語り継がれていくのかを、
時代を遡って実感できた。

マッキントッシュのC22とMC275の瀬川先生の試聴記には、こうある。
     *
こういう音になると、もはや表現の言葉につまってしまう。たとえば、池田圭氏がよく使われる「その音は澄んでいて柔らかく、迫力があって深い」という表現は、一旦このアンプの音を聴いたあとでは至言ともいえるが、しかしまだ言い足りないもどかしさがある。充実して緻密。豊潤かつ精緻である。この豊かで深い味わいは、他の63機種からは得られなかった。
     *
瀬川先生はしばしば透明を澄明と書かれることがある。
ステレオサウンド 3号の、この試聴記を読むと、マッキントッシュの、このペアの音を聴かれたからこそ、
あえて澄明と書かれるのか、と私などはおもってしまう。

池田圭氏の「その音は澄んでいて柔らかく、迫力があって深い」という表現と、
マッキントッシュのC22とMC275の音がもしなかったなら、透明感と書かれていったのかもしれない。

Date: 3月 10th, 2014
Cate: 瀬川冬樹

瀬川冬樹という変奏曲(その1)

1981年夏にでたステレオサウンド別冊「’81世界の最新セパレートアンプ総テスト」は、
瀬川先生の「いま、いい音のアンプがほしい」ではじまる。

「いま、いい音のアンプがほしい」の最後は、こう結ばれている。
《レヴィンソンのいまの音を、もう少し色っぽく艶っぽく、そしてほんのわずか豊かにしたような、そんな音のアンプを、果して今後いつになったら聴くことができるのだろうか。》

この文章を読んだ時は、ステレオサウンドの古いバックナンバーを読んだことはなかった。
41号から買いはじめた私にとって、創刊号から10号あたりまでのバックナンバーは、
いつの日か読む機会が訪れるかもしれないけれど、いったいそれはいつになるのだろうか、と思っていた。

その機会は、1982年1月からステレオサウンドで働くようになったので、拍子抜けするほどあっさりと訪れた。

ステレオサウンドが3号において、国内外のアンプをそろえ、いわゆる総テストを行っていたことは、
ステレオサウンド 50号その他の号を読んで知っていた。
ここでの総テストが、その後のステレオサウンドの特集におけるスタンスの基になっていったことも知っていた。
それだけでなく、このアンプテストは瀬川先生の自宅で行われて、
そこでマッキントッシュのC22とMC275と出逢われている。

エリカ・ケートのモーツァルトの歌曲のために、このアンプを欲しい、とさえ思ったものだ、と、
「いま、いい音のアンプのほしい」の中で書かれている。

そういう3号だから、バックナンバーの中でもっとも読みたい一冊であった。

Date: 1月 8th, 2014
Cate: オーディオ評論, 瀬川冬樹

オーディオ評論家の「役割」、そして「役目」(300Bのこと・補足)

ステレオサウンド 8号に掲載されている瀬川先生のステレオギャラリーQの300B/Iの記事、
読みたいという希望をありましたので、the Review (in the past)で公開しました。

ステレオサウンド 8号には、池田圭氏による「300A物語」も掲載されている。

Date: 12月 31st, 2013
Cate: 1年の終りに……, 岩崎千明, 瀬川冬樹

2013年の最後に

今年は12月31日のブログに、
個人的なオーディオの10大ニュースを選んで書こう、と思っていたけれど、
結局、10も選ぶことができなかった。

ならば書くのをやめようかと思ったけれど、ひとつだけはどうしても書いておきたかった。

オーディオに関することで個人的なトップは、
ステレオサウンドから岩崎先生と瀬川先生の著作集が出たことだ。

ステレオサウンドが、なぜ30年以上も経ってから復刻・出版した、その理由はなんなのか。
私は部外者であるからはっきりとしたことはわからない。
私が考えている理由とはまったく違う理由によるのかもしれない。

理由は、でもどうでもいい。
本が出た、ということ。
出たことで生れてきた意味、
これをどう捉えるか、のほうが大事だからだ。

結果として、岩崎先生の「オーディオ彷徨」の復刻、瀬川先生の著作集は、
いまオーディオ評論家と呼ばれている人たちに、つきつけている。

つきつけられている──、
そう感じていない人のほうが、実のところ多いのかもしれない。

感じていない人は、何をつきつけられているのか、も、わからないままだ。

Date: 11月 21st, 2013
Cate: 岩崎千明, 瀬川冬樹

岩崎千明氏と瀬川冬樹氏のこと(その12・余談)

この項の(その11)と(その12)を読まれた方の中には、?と思われた方もいることだろう。

(その11)には、ジョーダン・ワッツのA12をメインのJBLの次いでよく聴くスピーカーとして、
全帯域で鳴らされている。
(その12)では2kHz以上ではジョーダン・ワッツのModule Unitの音の荒さ、にぎやかさが気になる、とある。

マルチウェイのスコーカーとして鳴らされているときModule Unitの2kHz以上の音の荒さやにぎやかさは、
フルレンジで鳴らす時には気にならないのか、と。

フルレンジで鳴らす時には、2kHz以上の信号も入力され音となって出てくる。
けれどフルレンジで鳴らしていると、さほと気にならないものである。

むしろフルレンジユニットをスコーカーとして使うときに、
フルレンジで鳴らしているときにあまり気にならなかった、
そういうこと(音の粗さやにぎやかさ)が耳につくようになることがある。

Module Unitをスコーカーとして、トゥイーターとウーファーを足している場合、
クロスオーバー周波数をどう設定するかにもよるが、
Module Unitの音の粗さが気になってくる周波数あたり、
もしくはそれよりも上にクロスオーバー周波数を設定した場合、
トゥイーターのクロスオーバー周波数付近の音は無理をさせていなければピストニックモーション領域であり、
クォリティの高いトゥイーターであるならば、音の粗さが気になるということはない。

もちろんトゥイーターもどの程度まで高域が素直に延びているかで、
ある周波数以上では音の粗さがきになりはするだろうが、
少なくともカットオフ周波数を低く設定しすぎないかぎり、そういうことはない。
結局Module Unit(に限らないことだが)のピストニックモーション領域から離れている帯域が、
Module Unitのピストニックモーション領域と
トゥイーターのピストニックモーション領域にはさまれてしまっているから、目立ってしまう。

Date: 11月 21st, 2013
Cate: 岩崎千明, 瀬川冬樹

岩崎千明氏と瀬川冬樹氏のこと(その14)

1960年代中ごろの瀬川先生のスピーカーの移り変りをみていくと、
グッドマンAXIOM 80からJBLへの移行といえる。

こまかいことをいえばジョーダン・ワッツが途中にはさまっているけれども、
これもAXIOM 80と共通するものを求めての選択であるから、
AXIOM 80からJBLへ、とみていい。

実際にそのことに「私のスピーカー遍歴」でも書かれている。
     *
 そしていま、JBL-375がわたくしの部屋で鳴りはじめて一と月半になる。AXIOM-80がすきだといったわたくしとJBLの結びつきを、不思議だという人がたくさんあった。かってわたくしの部屋で鳴っていたAXIOM-80の音を、そしていま鳴っている375の音を知らぬ人たちである。わたくしにとってこの両者はすこしも異質でなく、AXIOM-80やJ・ワッツの延長線上に、375はごく自然に置かれている。誇張とかどこか不足といったものはまるで無く、品の良い節度を保ちながら限り無い底力を秘めている。
     *
AXIOM 80からJBLへ──。
岩崎先生もまたAXIOM 80からJBLへ、の人である。

瀬川先生よりも10年ほど早く、JBLはD130、それも一本。

Date: 11月 21st, 2013
Cate: 岩崎千明, 瀬川冬樹

岩崎千明氏と瀬川冬樹氏のこと(その13)

瀬川先生が期待されずに導入されたJBL・LE175DLHの音はどうだったのか。
     *
LE175DLHはホーン型のユニットである。ホーン型スピーカーというものはAXIOM−80以前のモノーラル時代にボール紙で自作した中音ホーン以後、ついぞわたくしの手許に居つづけたことがない。その先入観をLE175DLHは見事に打ち破ってしまった。そして米国系のスピーカーに抱いていた先入観をも。
     *
そしてLE175DLHが「これほどの音で鳴るのなら」と思われた瀬川先生は、
JBLの「最高のユニット375を、何が何でも聴きたい」と思い始められる。

このときのことは「私のスピーカー遍歴」よりも、
無線と実験の誠文堂新光社からでた「’67ステレオ・リスニング・テクニック」が詳しい。
1966年12月に出ている。
     *
 JBLのスピーカーについては、鋭いとか、パンチがきいたとか、鮮明とか、およそ柔らかさ繊細さとは縁の無いような形容詞が定評で、そのJBLの最大級のユニットを、6畳の和室に持ちこんだ例を他に知らないから、友人たちの意見を聞いたりもしてずいぶんためらったのだが、これより少し先に購入したLE175DLHの良さを信じて思い切って大枚を投じてみた。サンスイにオーダーしてからも暑いさ中を家に運んで鳴らすまでのいきさつはここではふれないが、ともかく小生にとって最大の買い物であり、失敗したら元も子もありはしない。音が出るまでの気持といったらなかった。
 荒い音になりはしないか、どぎつく、鋭い音だったらどうしようなどという心配も杞憂に過ぎて、豊麗で繊細で、しかも強靭な底力を感じさせて、音の形がえもいわれず見事である。弦がどうの声がどうのというような点はもはや全く問題でないが、一例をあげるなら、ピアノの激しい打鍵音でいくら音量を上げても、くっきりと何の雑音もともなわずに再現する。内外を通じて、いままでにこれほど満足したスピーカーは他に無い。……まあ惚れた人間のほうことだから話半分に聞いて頂きたいが、今日まで当家でお聴き頂いた友人知人諸氏がみな、JBLがこんなに柔らかで繊細に鳴るのをはじめて聴いたと、口を揃えて言われるところをみると、あながち小生のひとりよがりでもなさそうに思う。
 もっともこれは、ユニットのせいばかりでなく、537-500ホーンのよさでもあるらしい。特に、パンチングメタル15枚のエレメントからなる音響レンズの偉力は見事なもので、これまでは頭を少し動かしただけでも音の定位が変る点に悩んでいただけに、狭い部屋で指向特性を改善することがいかに重要かを思い知らされた。
     *
1966年夏、菅野先生よりも早く瀬川先生はJBL・375 + 537-500をリスニングルームに招き入れられている。