バターのサンドイッチ(瀬川冬樹氏のこと)
瀬川先生の三十三回忌法要のあとの雑談のときに、
黛健司さんから、バターのサンドイッチの話をきいた。
岩崎先生には、岩崎門下生といえる細谷信二氏、朝沼予史宏氏がいた。
瀬川先生に、黛さんがいる。
私は勝手に黛さんのことを、瀬川先生の一番弟子と呼んでいる。
黛さんは私がステレオサウンドで働くようになったころの編集次長だった人だ。
編集長は、現会長の原田勲氏だった。
いま黛さんはステレオサウンドに書かれている。
黛さんが瀬川先生の追っかけだったことは、誰からかきいて知っていた。
私より10年上で東京住い、瀬川先生の追っかけをやるには理想的だと、
すこしうらやましくなる。
そういう黛さんだけにステレオサウンドでは自然と瀬川番。
ずっと瀬川先生にはりついて原稿が書き上がるのを待つ仕事。
瀬川先生は夜中に書かれる、らしい。
書き始めると、ほんとうにすごい速さで書き上げられる。
それでも書き上がるのは朝になってしまう。
黛さんはでき上がった原稿をもってそのままステレオサウンドに向うわけだが、
その前に、瀬川先生が朝食をつくってくれたそうだ。
それがバターのサンドイッチである。
バターのサンドイッチ?
私も、最初そう思った。
バターを使ったサンドイッチではなく、
バターを薄くスライスして、バターだけをパンではさむ。
他は何も使わない。
バターは塗るものだ、という思い込みがある。
バターを塗ったパンと、どう違うのか。
塗るとはさむ。
材料はパンとバターだけ。
どこの家にでもたいていはあるものだし、どこにでも売っているもの。
そんなありふれたもの同士を組み合わせて、おいしいサンドイッチをつくる。
塗るのではなく薄くスライスしてはさむことで。
この話を黛さんからきいていて、
瀬川先生のオーディオの使いこなし、鳴らしこみの秘密・秘訣のようなものが、
ここにもあるように感じていた。
だから、バターのサンドイッチのことだけは、どうしても書いておきたかった。