Archive for category ステレオサウンド

Date: 6月 17th, 2014
Cate: ステレオサウンド

ガロ

テレビは持っていない。
テレビ無しの生活が、ありの生活よりもずっと長くなっているけれど、
テレビ嫌いなわけではなく、むしろテレビ好きであり、
思い出したように実家に帰省したとき、何をしているかといえば、こたつにもぐってずっとテレビばかり見ている。

いまでもときどき友人宅に遊びに行った時にテレビを見ることはあり、
本人はそれほど真剣に見ているつもりはないけれど、「何、そんなに真剣に見ているんだ」とよくいわれる。

だからテレビを持たない生活を送っている。

海外ドラマが好きなので、Huluに加入している。
先月、Huluで「ゲゲゲの女房」が公開された。
NHKの朝の連続テレビ小説で、数年前の話題作をいまやっとMacで見た。

ひとりのマンガ好きの男として見ていて、いろいろおもうことはかなりあった。
ドラマの中では「ゼタ」という名称だが、ガロについて語られている。

ガロがどういう雑誌であったのかは検索すれば、すぐにわかることだ。
オーディオに関係することでおもったのは、ステレオサウンドはガロではなかったな、ということだった。

Date: 6月 3rd, 2014
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドの表紙に感じること(その1)

書店にステレオサウンド 191号が並んでいる。
まだ読んでいないので、内容については書かない。

ここで書きたいのは、191号の表紙のこと。
191号の表紙の写真を見たのは、五月終りごろだった。
twitterに、191号の表紙をフォローしている人が添付していたからだ。

191号の表紙を、その時見て、私が最初に思ったことは、別冊を出したのか、だった。
写真だけでなくツイートされた文章も読んで、191号の表紙だと気づいた。

この十年くらいのステレオサウンドと別冊、
それを見てきた感じでいえば、191号の表紙はあきらかに別冊を思わせる印象がある。

これを書くためにステレオサウンドのサイトを見ているが、
やはり191号の表紙は、明らかに印象が違う。
どこがどうとはっきりと指摘できないけれど、いままでのステレオサウンドとは違う印象があることは感じられる。

Date: 4月 11th, 2014
Cate: ステレオサウンド

3.11とステレオサウンド(その2)

ステレオサウンドは二年後の2016年に創刊50周年を迎える。
オーディオ専門誌、それも三ヵ月に一度という季刊誌で、これだけ続いている。

創刊当時の苦労話のいくつかはステレオサウンドにいたころ、
その後、2008年2月、瀬川先生の墓参のときにも、原田勲氏から聞いている。

それだけでも、いかに大変だったかはわかる。

ステレオサウンドよりも長い歴史のオーディオ雑誌はある。
ラジオ技術、無線と実験がそうだが、
この二誌は誌名があらわしているように、最初は無線の雑誌であった。
最初からオーディオ専門誌であったわけではない。

ステレオサウンドは最初からオーディオ専門誌として、いまも続いている。
そういうステレオサウンドを、変えることは可能なのだろうか。

もう10年ほど前のことになるか。
ある時期、数人の人(それぞれに関係のない人たち)から、
「ステレオサウンドは、なぜ変らないんですか」ときかれたことがある。

変ってきているといえば、ステレオサウンドは変っている。
創刊号からいまにいたるまでには変化がある。

つまりここでの「変らないんですか」は、その時期のステレオサウンドに対して、である。
その時期といってもひどく曖昧で、ここでの「その時期」には創刊号からしばらくの号は含まれない。

私は話の流れから、「その時期」とは、60号以降のことだと感じていた。

Date: 3月 11th, 2014
Cate: ステレオサウンド

3.11とステレオサウンド(その1)

ここに書くことは、2011年6月に書こうと思ったこと。
たいてい、書きたいと思ったこと、書けると思ったことは、すぐに書き始めるようにしている。
なのにどうしていままで書かなかったかというと、書かない方がいいかも、という気持が強かったからだ。

2011年6月から約三年が経って、やはり書くことにしたのは、
その時感じたことを、より強く感じるようになってきたからだ。

2011年6月に出たステレオサウンドは、3.11のあとの最初のステレオサウンド(179号)である。
巻頭エッセイとして「今こそオーディオを、音楽を」が載っている。

2011年3月11日にステレオサウンド 178号は出ている。
それはたんなる偶然でしかないのかもしれないが、はたしてそうだろうか、ともおもう。

178号は編集長が、現在の染谷氏に変って最初のステレオサウンドである。

実はステレオサウンドの編集長が交代する、という噂はその二年前ごろから耳にしていた。
ほんとうかどうかは、部外者の私にはわからない。
一年前になると、こういう理由で交代する、というまことしやかな噂も入ってくるようになってきた。
それにステレオサウンドの奥付をみていると、交代の噂はほんとうなのかな、と思わせていた。

これらの噂が事実だったのかどうかは私にはどうでもいい。
とにかく2011年からステレオサウンドの編集長が変った、ということ。

それはおそらく急な交代ではなく、ある程度の準備期間があっての交代であったはずだと思っている。
ということは現在の染谷編集長は、
編集長になったら……、ということを、それだけの期間考えつづけてきたことだと思う。

そうやってつくられた、染谷編集長にとっての最初のステレオサウンドが2011年3月11日に出た。

それまで編集者として携わってきたステレオサウンドと、
編集長としてのはじめてのステレオサウンドとでは、それが書店に並んだときの感慨は同じではないはず。
そういう日が、3.11だった。

三ヵ月後の179号は、3.11を無視した号ではないことは、誰もが思っていたはず。
編集部もそういう気持でつくっていたことだとおもう。

「今こそオーディオを、音楽を」が載っていた。
この記事については特に書かない。
私が思ったのは、これだけなのか……、だった。