Archive for category 日本のオーディオ

Date: 8月 25th, 2020
Cate: 日本のオーディオ

リモート試聴の可能性(その6)

なんらかの再生音を録音して、もう一度再生して聴くということは、
昔から行われていることでもある。

アクースティック蓄音器の音を録音してレコードにする、という企画は以前からあった。
いまもある。

この企画に否定的な人もいる。
SP盤の復刻ならば、そんなことをせずにダイレクトに電気信号に変換すべき、という意見である。

SP盤の復刻であっても、一つの手法に縛られる必要は、どこにもない。
アクースティック蓄音器で再生して、その音を録音する、というのも、
復刻の一つの方法である。

どちらが好ましいかは、きいた人が判断すればいい。
とにかく、再生音をマイクロフォンで捉えて、スピーカーを通して聴く、ということは、
なにもいまに始まったことではない。

ただ、そのことについてこれまでは、論議されることはなかったように思う。
それがここにきて、コロナ禍によるオーディオショウの中止が続き、
オンラインでのオーディオショウの開催も試みられている。

春のヘッドフォン祭も中止になったが、オンラインでは行われたし、
秋のヘッドフォン祭も中止なのだが、オンラインでの開催はある。

さらにAudio Renaissance Onlineという、
オンラインのオーディオショウが11月14日、15日に開催される。

Date: 8月 22nd, 2020
Cate: 日本のオーディオ

日本のオーディオ、これから(オーディオ店にて)

ホームシアターも扱っているオーディオ店、二店舗に行ってきた。
どちらも店も、スピーカーの展示コーナーには、
各社のスピーカーシステムが所狭しと並べてある。

昔のオーディオ店もそうだったのだが、
いまごろ気づいたのか、遅いな、といわれそうなのだが、
まず感じたのはスピーカーのサイズが全体的に小さくなっている、ということ。

小型スピーカーの数が増え、
日本のオーディオの特徴的といえるサイズのブックシェルフ型は、ほとんどない感じだ。

それだけでなく、日本のスピーカーも少ない。
まったくないわけではないが、それでも、棚の大半をしめているのは、
海外製、それもヨーロッパのブランドの、小型スピーカーばかり、といっていいくらいだ。

プリメインアンプのコーナーは、日本製が大半だったのは、昔と同じなのに、
スピーカーに関しては、ここまで様変りしていたのか──、
その現状をそのまま受け止めるしかない。

たまたま寄ったところがそうだった可能性も考えられるが、
どちらも、名前をいえば誰もが知っている店舗である。

ペアで30〜40万円あたりまでのスピーカーシステムということになれば、
どこもこんな感じの展示になっているのではないのか。

だからといって、さびしいという感じは、特にない。
それにあと5年から10年先には、中国のオーディオ・ブランドのスピーカーが、
棚の大半を占めている可能性も高い、と考えられる。

Date: 8月 9th, 2020
Cate: 日本のオーディオ

リモート試聴の可能性(その5)

ステレオサウンド 59号の特集ベストバイの巻頭鼎談で、
瀬川先生がこんなことを発言されている。
     *
瀬川 そうすると三人のうちでチューナーにあたたかいのはぼくだけだね。ときどき聴きたい番組があって録音してみると、チューナーのグレードの差が露骨に出る。いまは確かにチューナーはどんどんよくなっていますから、昔ほど高いお金を出さなくてもいいチューナーは出てきたけれども、あまり安いチューナーというのは、録音してみると、オャッということになる。つまり、電波としてその場、その場で聴いているときというのは、クォリティの差がよくわからないんですね。
     *
FM放送をカセットテープに録音したことは、
カセットテープに、どちらかといえばあまり関心のなかった私でも、もちろんある。
それでもチューナーの違いを、カセットテープに録音してみたことはない。

その3)でふれたコメントにあった、
自分のシステムの音を録音すると、癖が二倍に強調される、ということ。

瀬川先生のチューナーの違いが、録音することで露骨に出る、ということも、
同じことなのだろう、とも考えられる。

録音することによって、チューナーのグレードの差が縮まって聴こえる、
同じように聴こえるのであれば、
自分のシステムの音を録音して、音の癖が半分くらいになってしまうのであれば、
リモート試聴の可能性はしぼんでいってしまう。

けれど、現実にはそうではないことが起っている。

リモート試聴ということをいえば、
たとえそうであっても、その場で聴こえるこまかな音の違いまでは聴き分けられないだろう、
そんなことで反論する人が、きっといる。

でもきちんとした試聴室、もしくは自分のリスニングルームで、じっくりと聴ける環境ならば、
確かにそうである、と返事をするが、
オーディオショウのブースで聴ける音で、ほんとうに微妙な音の違いまで、
正しく聴き分けている、と自信をもっていえる人は、
音の怖さというものを、理解していないどころか、
体験すらしていない人といっていいだろう。

オーディオショウで聴ける音は、あくまでも参考程度でしかない。
だから、リモート試聴ということを、これから先考えていかなければならないし、
そこで重要となるのは、リファレンスをどうするかということだ。

Date: 7月 30th, 2020
Cate: 日本のオーディオ

S氏とタンノイと日本人(その13)

朝日新聞社が、1970年代後半、オーディオのムックを出していた、というと、
いまでは懐かしがる人よりも驚く人のほうがずっと多いんだろうな……。

あのころ、朝日新聞社は「世界のステレオ」という、
LPジャケット・サイズのムックを数冊出していた。

1977年夏発行のNo.2に、「オーディオ・コンポーネントを創る」という記事がある。
そこで瀬川先生は、タンノイのアーデンとQUADのアンプとの組合せをつくられている。
     *
 最近の新しいオーディオ装置の鳴らすレコードの音にどうしても馴染めない、という方は、たいてい、SP時代あるいは機械蓄音器の時代から、レコードに親しんできた人たちだ。その意味では、このタンノイの〝ARDEN〟というスピーカーと、クォードのアンプの鳴らすレコードの世界は、むろん現代のトランジスター時代の音でありながら、古い時代のあの密度の濃い、上質の蓄音器の鳴らした音色をその底流に内包している。
 〝古き酒を新しき革袋に〟という諺があるが、この組合せはそういうニュアンスを大切にしている。
 ピックアップに、あえて新製品でないオルトフォン(デンマーク)のSPU−GT/Eを選んだのも、そういう意図からである。
 こういう装置で最も真価を発揮するレコードは、室内楽や宗教音楽を中心とした、いわゆるクラシックの奥義のような種類の音楽である。見せかけのきらびやかさや、表面的に人を驚かせる音響効果などを嫌った、しみじみと語りかけるような音楽の世界の表現には、この組合せは最適だ。
 むろんだからといって、音楽をクラシックに限定することはなく、例えばしっとりと唱い込むジャズのバラードやフォークや歌謡曲にでも、この装置の味わいの濃い音質は生かされるだろう。
 しかしARDENというスピーカーは、もしもアンプやピックアップ(カートリッジ)に、もっと現代の先端をゆく製品を組合せると、鮮鋭なダイナミズムをも表現できるだけの能力を併せもった名作だ。カートリッジにオルトフォンの新型MC20、プリアンプにマーク・レヴィンソンLNP2Lを、そしてパワーアンプにスチューダーのA68を、という組合せを、あるところで実験してたいへん好結果が得られたこともつけ加えておこう。
     *
《あるところで実験》というのは、
1976年12月に出たステレオサウンド別冊「コンポーネントステレオの世界 ’77」での組合せだ。

「世界のステレオ」のなかにも、酒というたとえがある。
ステレオサウンド 41号のなかにも、
《媚のないすっきりした、しかし手応えのある味わいは、本ものの辛口の酒の口あたりに似ている》
と書かれている。

瀬川先生にとって、タンノイの音(スピーカー)というのは、「酒」なのか。

Date: 7月 30th, 2020
Cate: 日本のオーディオ

S氏とタンノイと日本人(その12)

ステレオサウンド 41号の特集「世界の一流品」で、
瀬川先生は、タンノイのアーデンについて、つぎのように書かれている。
     *
 ARDENを、レクタンギュラー・ヨークとくらべてタンノイの堕落と見る人があるが、私はその説をとらない。エンクロージュアの木質や仕上げが劣るというのなら、初期のオートグラフからIIILZに至る一連の製品のあの艶のある飴色のニスの光沢──その色と艶は使い込むにつれて深みを増したあの仕上げ──にくらべれば、チークをオイル仕上げして日本で広く普及しはじめてからのレクタンギュラー・ヨークの時代から、堕落はすでに始まっていた。そういう見方をするなら、JBLも〝ハーツフィールド〟以前の高級機では、木部のフィニッシュに四通りないし五通りの種類と、それに合わせてグリルクロスが指定できた。いまはそういう時代ではない。残念なことには違いないが、しかしそれはスピーカーに限った話ではなく、もっと大局的にものを眺めなくては本質を見あやまる。
 すでにヨークの後期から、タンノイはユニットの改良に手をつけている。最大の変化はウーファーのコーン背面の補強リブの新設。それにともなって全体が少しずつ改良され、呼び方も〝デュアル・コンセントリック・モニター〟から、単にHPD385A……というように変ってきている。が、そこに流れる音の本質──あくまでも品位を失わない、繊密でしっとりした味わい──には、むしろいっそうの磨きがかけられ、現代のワイドレインジ・スピーカーの中に混っても少しも聴き劣りしないどころか、ブックシェルフのお手軽スピーカーから聴くことのできない音の密度の高い、味わいの濃い、求心的な音楽の表現で我々に改めてタンノイの良さを再認識させる。
 新シリーズはニックネームの頭文字をAからEまで揃えたことに現れるように、明確なひとつの個性で統一されて、旧作のような出来不出来が少ない。そのことは結局、このシリーズを企画しプロデュースした人間の耳と腕の確かさを思わせる。媚のないすっきりした、しかし手応えのある味わいは、本ものの辛口の酒の口あたりに似ている。
     *
冒頭に《レクタンギュラー・ヨークとくらべてタンノイの堕落と見る人があるが、私はその説をとらない》
とある。
1980年のGRFメモリーの登場以降、ハーマン傘下時代のタンノイを堕落と見る意見が、
オーディオ雑誌に載っていた。
いまも載っている、といってもいいだろう。

瀬川先生は43号のベストバイでは、
《ホーン型の鳴らす中〜高域域の確かな手ごたえは、手をかけた料理あるいは本ものの良酒を味わったような充実感で聴き手を満足させる》と書かれていたし、
45号の「フロアー型中心の最新スピーカーシステム」では、
《たとえばKEFの105のあとでこれを鳴らすと、全域での音の自然さで105に一歩譲る反面、中低域の腰の強い、音像のしっかりした表現は、タンノイの音を「実」とすればKEFは「虚」とでも口走りたくなるような味の濃さで満足させる》という評価である。

その瀬川先生の、59号のベストバイでの、タンノイに対しての、いわば無視ともいえる評価。
54号の「いまいちばんいいスピーカーを選ぶ・最新の45機種テスト」のあとで、
スーパー・レッド・モニターにふれられているのは、56号である。
     *
 日本の、ということになると、歌謡曲や演歌・艶歌を、よく聴かせるスピーカーを探しておかなくてはならない。ここではやはりアルテック系が第一に浮かんでくる。620Bモニター。もう少しこってりした音のA7X……。タンノイのスーパーレッド・モニターは、三つのレベルコントロールをうまく合わせこむと、案外、艶歌をよく鳴らしてくれる。
(「スピーカーを中心とした最新コンポーネントによる組合せベスト17」より)
     *
59号ベストバイでの評価のあとでは、つけ足しのような感じがしないでもない。

Date: 7月 29th, 2020
Cate: 日本のオーディオ

S氏とタンノイと日本人(その11)

瀬川先生は、GRFメモリーを聴かれていないはず、である。

ステレオサウンド 61号に岡先生が書かれている。
     *
 八月七日、本誌第六十号のアメリカ・スピーカー特集のヒアリングの二日目、その日の夕刻から急にくたびれた様子が目立っていた彼の夕食も満足にできないという痛痛しい様子に、早く寝た方がいいよと思わずいってしまった。翌朝、彼は必死の気力をふりしぼって病院にかけつけ、そのまま入院した。それから、一進一退の病状が次第に悪化して、ちょうど三ヵ月目に亡くなった。
     *
それからは退院されることなく、11月7日に亡くなられた。
瀬川先生はGRFメモリーを聴かれていない──、と断言してもいい。

だから、あのころ、とても気になっていた。
瀬川先生は、GRFメモリーをどう評価されたのか、が。

ほかの方と同じに高く評価されたのか、
それとも59号のベストバイでの評価のようだったのか。

私は、後者ではなかったのか、と思っている。
それほど高く評価されなかったのではないだろうか。

いや、高く評価されたに違いない、と考える人もいていい。
私と同じように考える人もいていい。
誰にもどちらが答なのかは、わからない。

だから、瀬川先生がGRFメモリーを高く評価されているところも想像してみたことがある。
そうでない瀬川先生も想像してみていた。

考えては、また考える。
そうやって考えのあとに私のなかに残ったのは、GRFメモリーを高く評価されない瀬川先生である。
酷評されることはなかった、はずだ。

59号の次のベストバイ、63号まで生きておられたどうだったか。
おそらく59号の結果と同じだったのではないのか。

59号では、ヴァイタヴォックスのCN191、セレッションのDedham、
エレクトロボイスのパトリシアン800、JBLのパラゴンといったスピーカーに点を入れられている。
なのにタンノイに関しては、オートグラフにも点を入れられていない。

その理由を、私はどうしても考えてしまう。

Date: 7月 29th, 2020
Cate: 日本のオーディオ

S氏とタンノイと日本人(その10)

ステレオサウンドのベストバイは、その後も続いているが、
瀬川先生は59号まで、である。

60号「ザ・ビッグ・サウンド」にタンノイのGRFメモリーが登場した。
菅野先生が書かれている。

さらに55号から始まったタンノイ研究の五回目も、GRFメモリーであり、
10ページが割かれている。こちらも菅野先生が書かれている。

一つの機種が、一冊のステレオサウンドのなかで、
これだけのページで取り上げられているのそうそうない。

しかも菅野先生一人で、二つの記事で、ということは初めて、といっていい。
それだけにGRFメモリーの評価は高かった。

GRFメモリーは、タンノイがハーマン傘下から離れた最初の製品である。
タンノイと輸入元ティアックが協力して株を買い戻している。

GRFメモリーに搭載されているユニットは、3839/Mである。
このユニットは、クラシック・モニター搭載のK3838のスペシャルヴァージョンということだった。

このことからも想像できるし、
ステレオサウンド 60号のタンノイ研究では、クラシック・モニターとの比較表があることからも、
ベースモデルとしてクラシック・モニターがあった、といえるだろう。

エンクロージュアの形状は、この二つは違いがあるが、
内容積はクラシック・モニターが230リットル、GRFメモリーが220リットルと近い。
重量はクラシック・モニターが65kg、GRFメモリーが62kgである。

型番の違い、クラシック・モニターやスーパー・レッド・モニター、
それからSRMシリーズは、モニターの名がついている。
GRFメモリーには、モニターの文字はない。

アピアランスも、
クラシック・モニターやスーパー・レッド・モニターはスタジオモニター用に対し、
GRFメモリーは家庭用スピーカーとしてのそれである。

クラシック・モニター、スーパー・レッド・モニターにはバイアンプ駆動端子があったが、
GRFメモリーにはない。

そのネットワークも、K3838と同じではない。新設計ということだったし、
クラシック・モニター、スーパー・レッド・モニターが、
プレゼンス・エナジー、トレブル・ロールオフ、トレブルエナジーの3コントロールに対し、
GRFメモリーは従来と同じトレブル・ロールオフとトレブル・エナジーの2コントロールに戻っている。

クラシック・モニター、スーパー・レッド・モニターなどは、
日本市場でJBLのスタジオモニターが好評であることから出てきた製品なのかもしれない。

どちらもハーマン傘下のスピーカーメーカーであったわけだから、
タンノイのスタジオモニターを出せば……、
ということを親会社のハーマンが考えていたとするのは、私の妄想だろうか。

でも、タンノイがつくりたかったスピーカーは、
モニタースピーカーではなかった、というわけだ。

そんな背景があって、GRFメモリーの評価は高かった、ともいえる。
けれど、瀬川先生はどうだっただろうか、とどうしても考えてしまう。

Date: 7月 28th, 2020
Cate: 日本のオーディオ

S氏とタンノイと日本人(その8・補足)

facebookでのコメントによると、
SRM 15Xも搭載ユニットはスーパー・レッド・モニターと同じK3808である、と。

私も記憶では確かそうだった、と思っていたけれど、
ステレオサウンドのHI-FI STEREO GUIDEだと、3828となっている。

HI-FI STEREO GUIDEは、編集部による校正だけでなく、
メーカー、輸入元に、その会社の取扱い製品に関してはお願いしていた。

それでも誤植やミスが完全になくなるわけではないことは承知しているが、
それでも輸入元のティアックがチェックしたうえでの、3828である。

K3808と指摘された方は、SRM 15Xを使われているから、K3808で間違いはない。
なのに3828となっているということは、
おそらくどこかでK3808から3828へ変更された可能性が考えられる。

フェライト化されてII型になったアーデンとバークレーは、
当初DC386が搭載されていたが、途中から3828に変更になっている事実がある。

なのでSRM 15Xもそうだったのかもしれない。

Date: 7月 27th, 2020
Cate: 日本のオーディオ

S氏とタンノイと日本人(その9)

スーパー・レッド・モニターは、
ステレオサウンド 54号「いまいちばんいいスピーカーを選ぶ・最新の45機種テスト」に登場している。

瀬川先生の試聴記だ。
     *
 タンノイであれば、何よりも弦が美しく鳴ってくれなくては困る。そういう期待は、誰もが持つ。しかしなかなか気難しく、ヴァイオリンのキイキイ鳴く感じがうまくおさえにくい。もともと、エージングをていねいにしないとうまく鳴りにくいのがタンノイだから、たかだか試聴に与えられた時間の枠の中では無理は承知にしても、何かゾクッと身ぶるいするような音の片鱗でも聴きとりたいと、欲を出した。三つ並んだ中央のツマミはそのままにして、両わきを一段ずつ絞るのがまた妥当かと思った。しかし、何となくまだ音がチグハグで、弦と胴の響きとがもっと自然にブレンドしてくれないかと思う。エンクロージュア自体の音の質が、ユニットの鳴り方とうまく溶け合ってくれないようだ。もっと時間をかけて鳴らし込んだものを聴いてみないと、本当の評価は下せないと思った。ただ、総体的にさすがに素性のいい音がする。あとは惚れ込みかた、可愛がりかた次第なのかもしれない。
     *
なんだろう、微妙な評価だなぁ……、とまず感じた。
タンノイのスピーカーは、44号、45号の総テストにも登場している。
その時の試聴記とは、何か違う、とも感じていた。

54号にはクラシック・モニターは登場していない。
スーパー・レッド・モニターの、ステレオサウンドでの評価は高かった。

53号での、ステート・オブ・ジ・アート賞にも選ばれている。
55号のベストバイでも高い得票だった。
59号のベストバイでもそうだった。

読者の選ぶベストバイ・コンポーネントでも、55号、59号で4位である。
注目度は高かった。
私もけっこう注目していたからこそ、59号のベストバイを結果をみて、
54号での微妙な感じは、やっぱりそうだったのか、に変っていった。

59号でもスーパー・レッド・モニターの評価は高い。
ペアで60〜120万円未満のベストバイ・スピーカーで、
JBLの4333Bの18点に次ぐ14点で、2位に位置している。

それでも瀬川先生は、というと、SRMシリーズのタンノイだけでなく、
アーデンII、バークレーIIにも、一点も入れられていない。

51号と55号のベストバイは、
誰がどの機種に点を入れたのかはまったくわからないようになっていた。
瀬川先生がスーパー・レッド・モニターに点を入れられていたのかは、はっきりしない。
けれど、入れられていなかったはずだ。

Date: 7月 27th, 2020
Cate: 日本のオーディオ

S氏とタンノイと日本人(その8)

アーデンがW66.0×H99.0×D37.0cmに対し、
スーパー・レッド・モニターとクラシック・モニターはW72.2×H109.5×D43.6cmとなっている。

重量はアーデンが43.0kg、スーパー・レッド・モニターらは65.0kgとかなり重くなっている。
スーパー・レッド・モニターは聴いている。
けれどエンクロージュアを叩いて見たことはない。
それでも、この重量からも、そしてオーディオ雑誌の記事でも、
アーデンよりもエンクロージュアがしっかりとしたつくりになっている、とのことだった。

スーパー・レッド・モニターとクラシック・モニターから少し遅れて、
SRM 15Xも発売になっている。
型番のSRMは、Super Red Monitorから来ている。

このSRM 15Xの外形寸法は、W65.0×H102.0×D42.0cmとアーデンと近い。
重量は51.0kgとアーデンよりも8kg重くなっている。

SRM 15Xはバスレフボートの数は三つ、スーパー・レッド・モニターらは四つ。
このことからもSRM 15Xはアーデンのエンクロージュアをよりしっかりとしたつくりにしたモノといえる。

だからといって、アーデン(正確にはこの時期にはアーデンIIである)との違いは、
エンクロージュアだけではなく、ユニットも違っている。

SRMの名が示すように、タンノイがスーパー・レッド・モニターと呼ぶK3808が搭載されている。
アルニコ磁石時代のタンノイの同軸型ユニットは、口径の違いだけだったが、
フェライト磁石の同軸型ユニットは、口径が同じでもいくつかのユニットがあった。

38cm口径ではK3808のほかに、クラシック・モニター搭載のK3838、
それからSRM 15X、アーデンII、バークレーII搭載の3828があった。

単売されていたユニットはK3808とDC386で、K3838は単売されなかった。
DC386が、HPD385Aの後継機(フェライト仕様)にあたるわけだが、
このユニットと3828が同じなのか、違うとすればどの程度なのかははっきりとしない。

アーデンIIとバークレーIIの初期の頃はDC386が搭載されていたはずだ。

この時代のタンノイのラインナップから、チェビオット、デボン、イートンは消え、
SRM 10B、SRM 12B、SRM 12Xがかわりに登場した。

さらにはSuper Red Cable 1というスピーカーケーブルも出ていたし、
さらに輸入元のティアックは、タンノイ用を謳ったセパレートアンプPA7とMA7が、
タンノイからはエレクトリッククロスオーバーのXO5000も登場した。

スーパー・レッド・モニターとクラシック・モニターには、
バイアンプ駆動用の端子も用意されていた。

この時代のタンノイは、じっくり聴いてみたかったけれど、それはかなわなかった。
タンノイをXO5000でバイアンプ駆動した音も、ひじょうに興味があった。
いつかステレオサウンドで記事になるはず、と期待していた。
けれど読める日はこなかった。

Date: 7月 26th, 2020
Cate: 日本のオーディオ

S氏とタンノイと日本人(その7)

ステレオサウンド別冊「世界のオーディオ」のタンノイ号に、
タンノイのリビングストンと瀬川先生の、こんなやりとりが載っている。
     *
瀬川 実はウインザーとバッキンガムについては、申しわけないのですが、われわれ少し認識不足だったんです。というのは、1年前に発表されたにもかかわらず、品物がほとんどなくて、テスト用のサンプルを借り出すことも不可能だったものですから、われわれとしても勉強不足の点が多々あります。
リビングストン タンノイとしても、まさにバッキンガムがロールスロイス、ウインザーがジャガーのつもりなんです。イギリスでもロールスロイスは18ヵ月、ジャガーは9ヵ月待たなければいけないという状態です(笑)。タンノイとしても、その点は申しわけないと思っております。
     *
積層構造のリジッドなつくりのエンクロージュアの製造がたいへんだったのだろう。
リビングストンによれば、バッキンガムとウインザーは、
イギリスではスタジオモニターとして、カナダではカナダ放送局が採用。

タンノイとしては、当初世界市場で売れても月12台くらいという予測だったそうだ。
それが実際には月40台くらいのペースで注文がくるため、
バックオーダーがたまっていく、ということだった。

以前、「ワイドレンジ考」でキングダムについてふれたさいに指摘しているように、
このバッキンガムの設計思想をより徹底したところでの、1996年に登場したKingdomである。
ことわっておくが、現行製品のKingdom Royalのことではない。

そんな存在であったバッキンガムは、51号の読者の選ぶベストバイで、
わずか9票(0.3%)で37位でしかない。
51号では、アーデンは3位、オートグラフは5位に入っている。

バッキンガムはスピーカーの総テストにも登場していない。
ステレオサウンドでも、取り上げられることはゼロだったわけではないが、
タンノイのフラッグシップモデルにしては極端に少なかった。

聴く機会がなかっただけに、バッキンガムの評価が気になっていたのだが、
1979年ごろには製造中止になって、横型のモデルだけになってしまったし、
さらにSuper Red Monitor、Classic Monitorというモデルが登場した。
どちらも465,000円(一本)。アーデンの約二倍の価格での登場である。

Date: 7月 26th, 2020
Cate: 日本のオーディオ

S氏とタンノイと日本人(その6)

バッキンガム、ウインザーといっても、
タンノイにそんなスピーカー、あったっけ? という人は多いかもしれない。

私はすごく注目していたけれど、
だからといって音を聴いているわけではない。
実物をみたこともない。中古でもみたことはない。

バッキンガムは25cm口径の同軸型ユニットに、
30cm口径のウーファーを二発加えた、かなり大型の3ウェイモデルである。

最初、三つのユニットは縦一列に並んでいた。
その後、ウーファー二発が横に並べられたモデルも登場してきた。
縦型と横型のバッキンガムがあったわけだが、そのどちらもみたことはない。

バッキンガムのことは別項で以前ふれている。
ある意味ハーマン時代だからといえるところも見受けられる。
同軸型ユニットに、スラントプレートの音響レンズが設けられているところがそうだ。

それから、バッキンガムが登場した時点では、まだタンノイはアルニコ磁石が主流だった。
HPDシリーズが現行ユニットだった。

なのにバッキンガム、ウィンザーはフェライト磁石を採用しているだけでなく、
25cm口径の同軸型ユニットでは、フェライト磁石を低域・高域で独立している。

デュアルコンセントリックと呼ばれているタンノイの同軸型ユニットは、
アルテックの同軸型(デュプレックス)とは違い、磁石を一つにしていることのメリットを、
謳っていたにも、関らずである。

それは置くとして、バッキンガムは物量投入のスピーカーシステムだった。
たとえばLCネットワーク。
バッキンガムでは、大小七つの空芯コイルが使われている。

6mH、4mH(2つ)、2mH、0.8mH(2つ)、0.7mHという内訳だ。
バッキンガムの同軸型ユニットとウーファーのクロスオーバー周波数は350Hzだから、
コイルの値は大きなものとなる。

通常ならば鉄芯入りコイルである。
JBLの4343も鉄芯入りである。

それからエンクロージュア積層構造で、
それまでのタンノイのイメージからは想像できないほどにリジッドなつくりとなっている。

アーデンが43.0kgなのに対し、バッキンガムは95kgである。
4343が79kg、4350が110kgである。

アーデンとバッキンガムの外形寸法を比較してみると、
W66.0×H99.0×D37.0cm(アーデン)とW60.0×H117.5×D45.4cm(バッキンガム)。
このことからも、エンクロージュアのつくりが、アーデンとバッキンガムはそうとうに、
というよりも、根本的に設計思想が違っている。

Date: 7月 26th, 2020
Cate: 日本のオーディオ

S氏とタンノイと日本人(その5)

1970年代後半、JBL(proを含めて)のラインナップは充実していた。
タンノイはどうだろうか。

オートグラフ、GRFのエンクロージュアは国産になり販売は続いていたとはいえ、
どちらも設計は古い。

オートグラフは1953年のニューヨークのオーディオショウに出品されているし、
GRFは1955年に発表されている。
どちらもモノーラル時代のスピーカーシステムである。

なので当時のタンノイの主力モデルといえば、
現在Legacyシリーズとして復活しているアーデンを筆頭とする一連のモデルだった。

アーデンは220,000円(一本)だった。
1978年ごろには円高で200,000円になっていた。

同時期の4343は739,000円、その後、560,000円(どちらもグレイ仕上げ)。
タンノイのアーデンは、安価だった。

日本では4343の人気、それも異常といえるほどの人気が語られることは多いが、
アーデンもよく売れていたスピーカーだった。

タンノイ、アーデンの話になると、
昔鳴らしていた、とか、父が鳴らしていた、という話を数人の人から聞いている。

私の周りの話だけでいえば、4343よりもアーデンを鳴らしていた人の方が多い。
価格が大きく違うのだから、それも当然なのだろうが、
ステレオサウンドのベストバイでの読者が鳴らしているスピーカーの順位では、
アーデンは4343を超えたことはない。

59号での集計では、4343を使っている人は355人、アーデンは101人と、
差は、かなり大きくなっている。

私がオーディオに興味をもったころには、
タンノイのラインナップからはランカスター、ヨーク、IIILZは消えていた。

アーデンは良心的なモデルといっていいだろう。
それでもオーディオに興味をもち始めたばかりの私とって、
アーデンは憧れの存在とはならなかった。

とはいえオートグラフもオリジナルのエンクロージュアではなくなっていたから、
憧れではなかった。

そこのところで、なんとなくタンノイにもの足りなさに近いものをおぼえていた。
だからバッキンガムへは、その反動みたいなものからか、
強い関心をもっていた。

Date: 7月 24th, 2020
Cate: 日本のオーディオ

S氏とタンノイと日本人(その4)

ステレオサウンドのベストバイの企画は、35号が一回目で、二回目は43号である。
43号からは、読者の選ぶベストバイ・コンポーネントも始まっている。

43号ではタイトル通りの内容(集計)だったが、
三回目の47号からは、読者の現在使用中の装置の集計も載っている。

47号は1978年の夏号。
この時のステレオサウンド読者が鳴らしているスピーカーの一位は、
ヤマハのNS1000(M)である。
二位はヤマハのNS690(II)、三位はタンノイのレクタンギュラーヨーク、
四位はテクニクスのSB7000とJBLの4343、六位はタンノイのアーデン、
七位はダイヤトーンのDS28B、八位はタンノイのIIILZ、九位はJBLのL26(A)、十位はKEFのModel 104(aB)。

ブランド別では、一位は、やはりヤマハで13.4%、二位タンノイ(11.1%)、
三位JBL(9.0%)、四位ダイヤトーン(8.6%)、五位JBL Pro(7.1%)となっている。

このころはJBL(コンシューマー)とJBL pro(プロフェッショナル)に分れていて、
4300シリーズのスタジオモニターはJBL proである。

二つのJBLをあわせると16.1%となり、ヤマハを抜いて一位となる。

43号、47号での読者が選ぶベストバイ・コンポーネントのスピーカーの一位は、4343で、
51号でも4343が一位、55号、59号もそうである。
五年連続4343が、読者が選ぶベストバイ・コンポーネントのスピーカー部門の一位である。

人気だけではなく、47号では四位(2.4%)だったのが、
51号では二位(5.0%)、55号では現用機種の発表はなく、
59号では一位(12.6%)と着実に順位を上げていっていた。

読者の選ぶベストバイ・コンポーネントでも、
55号では得票数1059(42.1%)でダントツだった。

1970年代後半の4343の人気と実績は、こういうところにもあらわれていた。
この時代のタンノイはどうだったかというと、
4343の勢いにおされていっていた。

Date: 7月 23rd, 2020
Cate: 日本のオーディオ

S氏とタンノイと日本人(その3)

ステレオサウンドに執筆されていたオーディオ評論家で、
タンノイを鳴らされていた、といえるのは、上杉先生だけといっていい。

上杉先生は最初にGRF、その次にオートグラフを購入されている。
それからウェストミンスター、RHR、たしかオートグラフ・ミレニアムも買われていた。

長島先生も、一時期GRFを鳴らされていた。

そのGRFについて、ステレオサウンド 61号で、
タンノイのやさしさがもの足りなかった、といわれている。。
タンノイは、だから演奏会場のずうっと後の席で聴く音で、
長島先生は、前の方で聴きたいから、ジェンセンのG610Bにされている。

瀬川先生も一時期タンノイを鳴らされていた。
最初はユニットだけを購入されて、そのあとで、レクタンギュラーGRFを鳴らされている。

「私とタンノイ」の最後のほうで、こう書かれている。
     *
 お断りしておくが、オートグラフを、少なくともG・R・Fを、最良のコンディションに整えたときのタンノイが、どれほど素晴らしい世界を展いてくれるか、については、何度も引き合いに出した「西方の音」その他の五味氏の名文がつぶさに物語っている。私もその片鱗を、何度か耳にして、タンノイの真価を、多少は理解しているつもりでいる。
 だが、デッカの「デコラ」の素晴らしさを知りながら、それがS氏の愛蔵であるが故に、「今さら同じものを取り寄せることは(中略)私の気持がゆるさない」(「西方の音」より)五味氏が未知のオートグラフに挑んだと同じ意味で、すでにこれほど周知の名器になってしまったオートグラフを、いまさら、手許に置くことは、私として何ともおもしろくない。つまらない意地の張り合いかもしれないが、これもまた、オーディオ・マニアに共通の心理だろう。
     *
結局、瀬川先生のリスニングルームにタンノイが落ち着くことはなしに、
ある愛好家の方に譲られている。

井上先生は、タンノイを所有されていた。
「私のタンノイ観」では、こう書かれている。
     *
 つねづね、何らかのかたちで、タンノイのユニットやシステムと私は、かかわりあいをもってはいるのだが、不思議なことにメインスピーカーの座にタンノイを置いたことはない。タンノイのアコースティック蓄音器を想わせる音は幼い頃の郷愁をくすぐり、しっとりと艶やかに鳴る弦の息づかいに魅せられはするのだが、もう少し枯れた年代になってからの楽しみに残して置きたい心情である。暫くの間、貸出し中のコーナー・ヨークや、仕事部犀でコードもつないでないIIILZのオリジナルシステムも、いずれは、その本来の音を聴かしてくれるだろうと考えるこの頃である。
     *
タンノイとのかかわりあいはけっこうあっても、
なぜか、ここでもメインのスピーカーの座にタンノイはない。

菅野先生は、(その1)で引用した文章にあるように、
《一度もタンノイを自分のリスニングルームに持ち込まず、しかし、終始、畏敬の念を持ち続けてきたという私とタンノイの関係》である。