Archive for category アナログディスク再生

Date: 2月 12th, 2012
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(RIAAカーヴについて・その1)

中学生のとき、カッターヘッドの裸特性を見て、驚いた記憶がある。
カッターヘッドにはMFB(Motional Feedback)がかけられていることは知っていた。
アンプにおけるNFBと同じようなもので、
カッターヘッドの裸特性もアンプの裸特性と似たようなものだろう、と考えていただけに、
よけいにカッターヘッドの裸特性のカーヴには驚かされた。

もっとも知名度の高いノイマンのSX74にしても、その裸特性はどこもフラットな帯域が存在しない。
周波数特性は1kHzを中心とした山の形をしている。
ウェストレックスの3DIIAにしても同じで、やはり1kHzにピークがあり、
SX74同様フラットな帯域はどこにもない。

つまりどちらのカッターヘッドも1kHzにピークをもつ共振特性をもっている。
それをMFBをかけることで共振を抑えフラットな周波数特性にするわけで、
カッターヘッドにはドライブ用のコイル(スピーカーユニットのボイスコイルに相当するもの)とは別に、
フィードバック用のコイルが同じ軸上に巻かれていて、
このコイルからの信号をカッターヘッドのドライブアンプに戻している。

アンプのNFBがアンプの周波数特性だけを改善するのではないのと同じで、
MFBはカッターヘッドの周波数特性を改善するだけでなく、カッターヘッドの機械的歪も減少させ、
クロストークも改善している。
そして、MFBの量がカッターヘッドのダンピングに関係している。

SX74のMFB(5kHzで12dBのMFB量)をかけたあとの周波数特性は、
可聴帯域内はほぼフラットになっている。
ノイマン発表のSX74の規格にもMFBのことが載っている。

Frequency range:7-25000Hz
Frequency response (approx.9dB feedback at 5kHz):15-16000Hz ±0.5dB, 10-20000Hz ±1dB, 7-25000Hz ±3dB
Active feedback range:7-14000Hz
Feedback capability at 5kHz:≧12dB, typically 14dB

ノイマン発表の周波数特性は15Hzから16kHzまでがほぼフラットになっているが、
実際の周波数特性のカーヴでは、低域はもう少し高い数10Hzからゆるやかに減衰しているが、
これがそのままSX74の録音特性(カッティング特性)とイコールというわけではない。

それはレコードの録音特性、つまりRIAAカーヴが関係してくるからである。

Date: 12月 19th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その45)

もう少し五味先生の文章を引用する。
     *
ノイマンのカッティング・ヘッドは、ステレオ・プレザンスの良否を決定するクロストークが、従来のものでは百ヘルツ〜一万ヘルツで20dB(デシベル)であったのに競べ、四十〜一万六千ヘルツ全域にわたって、35dB以上と、群を抜いているそうで、某社の技術者も、今までは高音域の音はコワくてゲインをあげてはカッティングできなかったが、ノイマンの新製品(SX68)では、安心して出せると、その優秀性を強調していた。ソニーさんが絶賛するのは当然なのである。それでいて、音が悪いのには、私の場合は理由があるらしい。
 じつはそのマスター・テープをカッティングするときに、技術者は「ハイを落とさせてくれ」と言った。一万五千ヘルツ以上はカットし、低いほうも四十ヘルツ以下は、切り捨てる。そのかわり七、八千ヘルツあたりを3dBあげる、そのほうが耳あたりがよくなる、と言うのである。
 私は、SX68の機能を全幅に信頼するなら、そういう小細工は意味がないだろうし、ご免だと断った。高低音域とも、マスター・テープのままにカッティングしたい、そのほうがさぞよかろう、とシロウト考えで思ったわけだ。結果は、見事、裏切られた。専門家は職人気質で、どの音域をどの程度もち上げ、あるいは落とせば、どのようにレコードとして快く鳴るかを知っているわけだ。最新式のカッターをもってしても、レコードの《いい音》は、まだ、現場で働く人の、長年の体験による〝音作り〟をまたねばならない。手前勝手な想像だが、ソニーさんには最新式のカッターはあっても、それを扱う現場人——体験者に人を得ないから、シロウトの私に似たあんな過信で、音のよくないレコードを作ったのではなかろうか、そう思ったくらいである。
 念のため、同じマスター・テープをスカーリーのカッターでもカッティングしてみた。ノイマンでもう一度、現場の人の任意にカッティングされるのと聴き比べてみた。明らかにノイマンとスカーリーでは音が違う。同じマスター・テープで作られるレコードが、カッターによって、あるいはカッティングする技術者の腕によって、優れた周波数特性を刻んだからかならずしもいい音に鳴るとは限らないし、またカッターが変わればマスター・テープそのものまで別物に思えるほど音は違ってくることを、かくて、この耳で私は知ったのである。つまり優秀なカッティング・マシンを使ってさえ、音色を左右するのはマシンではなく、まだ人間の耳──音楽的教養のある耳なのである。
     *
これを読んで、カッティング時にカッティング・エンジニアが音をいじっていることを、
意外に思われる方もおられるかもしれない。
私は、オーディオをはじめるときに、この文章を読んでいたから、
カッティング時にイコライジングされるのは、あたりまえのこととして、ずっと受けとめていた。

でも、この話をすると、えっ、という表情をされる方がいる。
レコーディング・エンジニアがマスタリングを終えたテープ、
つまりカッティングに使うマスターテープは神聖にして侵すべからずもので、
レコーディング・エンジニアがいじるのならともかく、
録音に携わっていないカッティング・エンジニアが音をつくる(いじる)のは認められない、と思われる方もいよう。

でも、現実にはカッティング時にも、カッティング・エンジニアならではの音づくりがなされているのが現実である。

ならば、なぜレコーディング・エンジニアはカッティング時のカッティング・エンジニアの音づくりをみこんだ上で、
マスターテープを仕上げないのか。
そうしていればカッティング・エンジニアはそのまま忠実にカッティングすればいいことになる。
けれど、現実にこれを行っているレコーディング・エンジニアはいないのではないだろうか。

Date: 12月 18th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その43・余談)

輸入盤よりも音がよいと感じた国内盤LPは、私にもあった。
挑発するディスク」でとりあげたカザルスのベートーヴェンの交響曲第七番がそうだ。

カザルスのベートーヴェンを最初に聴いたのは、ステレオサウンドの試聴室。
そのLPはCBSソニーのもので、日本でのカッティング、日本でのプレスである。
ジャケット裏には、ノイマンのカッターヘッドSX74でカッティングしたことが書かれてあったように記憶している。
カザルスの演奏についての解説は宇野功芳氏だった。

そこにはこんなふうなことが書いてあった。
カザルスの演奏によるベートーヴェンは触れれば切れる、と。

宇野功芳氏の書かれるものについては意見がわかれよう。
私はどちらかというとあまり読まないようにしている。
けれど、このカザルスのベートーヴェンの演奏については、素直に同意する。
まさに、触れれば切れる、そういう印象なのだったから。

カザルスのベートーヴェンのレコードは、当時日本盤しか入手できなかった。
数年後、西ドイツ盤が入手できた。
いわゆるオリジナル盤はアメリカ盤なのだろうが、とにかく輸入盤で聴ける、と、
西ドイツ盤を手に入れたときはうれしかった。
さっそく聴いてみた。

たしかに鳴ってきた音は五味先生の言われるとおり、
「高音域のつや、かがやき、気品、低音部の自然なやわらかさ」においてCBSソニー盤よりも優っていた。
けれど、私がカザルスのベートーヴェンを最初に聴いたときに打ちのめされたものが、かわりに稀薄になっていた。
宇野氏のいう、触れれば切れてしまう感じが薄い。

音色の美しさは西ドイツ盤に軍配をあげる。そのくらいの差異があった。
けれど聴きたいのはカザルスのベートーヴェンだ。
ほかの指揮者のほかのオーケストラのベートーヴェンであれば、西ドイツ盤の音をすなおによころんで選択した。

おそらくCBSソニーのカザルスのLPは、送られてきたマスターテープのコピーをそのまま、
いわゆる音づくりなどいっせいせずにカッティングした、そんな印象を抱かせるような音である。
とにかくマスターテープのコピーにできるだけ忠実であろうとしたことが、
カザルスのベートーヴェンに関しては、ある部分とはいえ、うまい具合に働いていたのではないだろうか。

いまカザルスのベートーヴェンはCDで入手できる。
七番だけでなく八番もおさめられている。
この八番も私は、カザルスの演奏で聴くのが好きである。

だがCDには不満がある。それは七番の第三楽章と第四楽章のあいだにわずかな時間とはいえ空白がある。
スタジオ録音であればまったく気にならない、この空白が、
ライヴ録音のカザルスのベートーヴェンでは致命的に近いまずさではないか、といいたくなる。
第三楽章と第四楽章はつづけて演奏するように指示されているはず。
それにライヴ録音だから演奏会場のバックグラウンドノイズも収録されていて、
そのノイズがいったん途切れてしまう。これでは感興がそがれてしまう。

この点でも、CBSソニーのLPは、カザルスの熱気、オーケストラの熱気、それに聴衆の熱気を伝えてくれる。

Date: 12月 18th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その44)

これについては、少し長くなるけれど五味先生の文章を引用しよう。
     *
たとえば、ソニーが最近さかんに宣伝しているレコードがある。ノイマン社の最新型カッティング・マシンとカッティング・ヘッド、およびこれらを駆動かつ制御するトランジスター・アンプのトータルシステムによるもので、これによって「カッティング時の“音作り”を不要とし、マスター・テープそのままの音をディスクに忠実に再現する」と言っている。私のところにもそんなレコードが宣伝用に送られてきたが、さて鳴らしてみると、さっぱり音はよくないのだ。ソニーともあろうものが、こんなアホウなレコードをなぜ宣伝につかうのか、ふしぎでならなかった。
 そこで、同じノイマンのカッティング・マシンを購入している某社へ行って、私自身、レコードを録音してみたことがある。私はシロウトである。しかしシロウトでも技術者に介添えしてもらえば、カッティングぐらいはできる。ソニーの宣伝文句ではないが、〝音作り〟は今や不要なのだから。そしてカッティングと同時に刻々その音を再生し、モニター・スピーカーで聴けるようにマシンはできているが、これで聴くと「マスター・テープそのままの音」では断じてなかった。こんなものを「そのまま」とはよほどソニーの技術者の耳は鈍感なのか、と思ったくらいだ。
 さてそうしてカッティングしたレコード(私の場合はラッカー盤)をわが家へ持ち帰って聴いてみたが、おどろいた。さっぱりよくない。ソニーの宣伝用レコードと等質の、いやらしい音だった。念のために知人のジム・ランシングのパラゴンで聴いてみたが、やはりよくない。別の知人のアルテックA7でも鳴らしたが、よくない。
 ことわるまでもなく、市販のレコードは、カッターで直接カットしたラッカー盤を原盤とし、これをメッキし、再度プレスしたものである。私のラッカー盤は、これらの二工程を経ていないから、理論的には、よりマスター・テープに忠実といえるだろう。それがどうして悪い音なのか?
     *
頭の中だけで考えるならば、
マスターテープに記録されている信号をできるだけいじらずそのままにストレートに音溝として刻むことが、
いい音を得ることの唯一の方法のように思えなくもない。
だが、現実にはどうもそうではないことを、
私はオーディオをはじめると同時に、「五味オーディオ教室」で読んでいた。

実は、五味先生のいわれていることを同じことを菅野先生からなんどか聞いたことがある。
ステレオサウンドにいたころの話だから、1980年代のころだ。
マスターテープで聴くよりもレコードにして聴いた方が音はいいんだよ、と言われていた。
このことは1980年代のステレオサウンドの「ベストオーディオファイル」の中でも語られていたと記憶している。

俄には信じられない人もいよう。
あらためて言うまでもなく菅野先生は長年レコードの現場におられた。
その菅野先生の言葉だからこその重みがある。

Date: 12月 18th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その43)

ハーフ・スピード・カッティングのほうが通常スピードのカッティングよりも、
マスターテープにより忠実に音溝を刻んでいけるように、頭の中ではそう思える。
おそらく間違っていないはず。
それでも……、という気持がつねにあるのは、「五味オーディオ教室」を読んできたこと、
そのことが私のオーディオの出発点になっているからでもある。

「五味オーディオ教室」のなかに、国内盤と輸入盤の音の異なることについての章がある。
輸入盤と日本プレスのLPとでは
「高音域のつや、かがやき、気品、低音部の自然なやわらかさ」に歴然たる差異がある、と書かれている。
瀬川先生も「虚構世界の狩人」のなかの「ふりかえってみると、ぼくは輸入盤ばかり買ってきた」に、
まったく同じことを書かれている。

だから極力輸入盤ばかりを買うようにしていた。
どうしても入手できない盤にかぎり、国内盤を買うことはあったが、それでも輸入盤をあきらずにさがしていて、
見つけたら購入するようにしていた。

それでも、五味先生は輸入盤と国内盤の音の差異について語られているところで、
まれに「国内プレスのほうがあちら盤より、聴いて音のよい場合が現実にある」とも書かれている。

マスターテープは本来1本しか存在しない。
国内録音の場合は日本にマスターテープがあるけれど、
海外のレコード会社による録音の場合、
イギリス、ドイツ、フランス、アメリカなどのレコード会社にマスターテープは保管されていて、
日本のレコード会社に送られてくるのは、そのマスターテープのコピーであるのは周知の事実である。
そうやって送られてくるマスターテープのコピーには、ずさんなものもあるらしい。

それでも国内盤のほうが音のよいことがあることについて、
五味先生は書かれている──、
「マスター・テープのもつ周波数特性の秀逸性などだけでは、私たちの再生装置はつねにいい音を出すとは限らぬ」と。

なぜそういうことが起りうるのかは、「五味オーディオ教室」のなかに、やはり書かれている。

Date: 11月 6th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その42)

このブログの個々の投稿へのリンクを、facebookで私が管理人をやっている非公開のページからはっていて、
そこでも、私の個々の投稿へのコメントができるようになっている。

非公開ということもあってか、ブログへのコメントはfacebookにていただくことが多い。
昨夜の、この項の(その41)に関しても、コメントをいただいた。
私が見逃していたことである。

ハーフ・スピード・カッティングにおいて、
カッティング時にカッター針からラッカー盤に伝わった熱が冷める時間は稼げる、と書いた。
コメントには、逆に通過時間が半分になるため局所的に加わる熱量は多くなるのでは? ということだった。

ゆっくりカッティングされるということはカッター針がゆっくり通ることであり、
それだけラッカー盤に加わる熱量は増すことになるだろう。
ただ実際にはどうなのか、とも思う。

レコード会社のカッティングエンジニアもそのことに気がついていて、
ハーフ・スピード・カッティングにおいてカッター針がゆっくり通るのであれば、
もしかするとカッター針に取りつけてあるヒーターの温度設定を低くしている可能性が考えられるからだ。

実際のカッティングの現場ではどうだったのだろう。

Date: 11月 5th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その41)

レコードのカッティングの経験は、当然のことだけど一度もない。
だから、カッティングに関する音のこととなると、断片的なことからもうほとんどすべて想像するしかない。
だからどうも堂々巡りのようになってきているな、と自分でも感じつつ、
それでもハーフ・スピード・カッティングについては優れた方式であるんだろうけども……、という思いが拭えない。

ハーフ・スピード・カッティングではなく、通常のスピードでのカッティングのほうがいいのではないか。
どうしてもそう思ってしまうのは、なぜなのか。

速度はエネルギーである。速度が増せばエネルギーは増すことになる。
アナログディスクの場合、再生の速度は毎分33 1/3回転だから、
カッティング時にハーフ・スピード・カッティングであろうと、33 1/3回転でのカッティングであろうと、
再生条件が同じならば、そのディスクから得られるエネルギー量は同じであるはず。
ならば、より正確にカッティングできるであろうハーフ・スピード・カッティングが理屈としてはいい。

ダイレクトカッティング盤でもプリエコーが生じるのは、後からカッティングされる音溝によって、
前にカッティングされている音溝をわずかとはいえ変形させるからであり、
これはゆっくりカッティングしていけば、変形の度合いは少ないはずだ。

カッター針にヒーターが取りつけられているため針が温められ、
その熱はラッカー盤にもうつる。そしてしばらく冷えるのに時間がかかるはず。
まだ熱が残っているとき、つまりラッカー盤が多少なりとも柔らかくなっているときに
隣接する溝に大振幅の信号が刻まれたら変形するであろうことは、容易に想像できる。

ハーフ・スピード・カッティングでは通常の半分の速度で回転しているわけだから、
ラッカー盤の温度が下るまでの時間的余裕が、通常よりも倍ある。
これだけでも変形の度合いは減ると思われる。

とするとハーフ・スピード・カッティングがよいはずなのに、
マーク・レヴィンソンは、ステレオサウンド 45号のインタヴューで、
ハーフ・スピード・カッティングの方が優れた面があるとしながらも、
その時点ではハーフ・スピード・カッティングを行っていてない、と語っている。

この記事からは、その理由は読みとれない。
なぜレヴィンソンはハーフ・スピード・カッティングを行わなかったのか。

Date: 10月 31st, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その40)

927Dstでかける12インチ・シングルの音は、凄さを増すのか、といえば、たしかに増す。
けれど930stで聴いたときの33 1/3回転のLPと12インチ・シングルの音の差が拡大されるわけではない。
同じくらいの差というよりも、どちらかといえばその差がすこし縮まっているようにも感じた。

12インチ・シングルを十全に鳴らしきれなかったのではなく、
33 1/3回転の通常のLPの音がこちらの予想以上に凄みを増す鳴り方のものだから、
927Dstでかける12インチ・シングルの音はやはり凄いけれども、
音に対する感覚は決して直線的ではないためなのか、なんとなく縮まって聴こえた、そんな印象だった。

ケイト・ブッシュの12インチ・シングルは、確認したわけではないけれど、
ハーフ・スピード・カッティングではないはず。
45回転でのカッティングだと思う。

音のエネルギーには、勢いが関係していると、感覚的には捉えてしまう。
勢いこそがエネルギーだ、といいたくなるわけだが、勢いはときに正確さを損なうこともある。

レコードの製作には、まずラッカー盤がカッターヘッドによってカッティングされる。
ラッカー盤を削って音溝を刻んでいくわけだが、
刻み込む際に勢いよく刻んでいくのか、それともじっくり慎重に刻んでいくのか。

勢いよく刻んでいくのが、再生時の回転数と同じ回転数でのカッティングであり、
じっくり慎重に刻んでいくのが、再生時の回転数の半分の回転数(ハーフ・スピード)でのカッティングである。

ラッカー盤に音溝を刻んでいくカッター針にはヒーターがとりつけられている。
ヒーターによって針を温めることでスムーズに溝を刻んでいくためである。
つまりそれなりの抵抗が生じているわけである。

カッティング時の、この抵抗に対して、勢いで刻んでいくのか、ゆっくり刻んでいくのか。
このふたつは、ずいぶん違う結果を生むように感じている。

カッターヘッドに送りこまれる信号が同じなのだから、
カッティング時の回転数には関係なく同じに音溝が刻まれているはずなのだろうが、
この項で以前書いているように、カッティング時に生じるプリエコー、アフターエコーの問題があるということは、
カッティング時の回転数の違いは、音溝の形に微妙な違いを生じさせていても不思議ではない。

Date: 10月 5th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その39)

ケイト・ブッシュの12インチ・シングルがもつ音のよさは、聴くたびに魅了されていくところがあった。
これは人によって異ることなのかもしれない。
私が12インチ・シングルに感じていた良さを、
とくにアナログディスク再生において重要視されない方もいて不思議ではない。

アナログディスクは、こう再生されなければならない、というものではない。
それは私というひとりの中にも、EMT・927Dst的世界でのアナログディスクの再生と、
ノッティンガムアナログスタジオのAnna Logで求めたい世界とが、両極としてあるのだから。

12インチ・シングルのように、33 1/3回転の通常のLPを鳴らしたい、
そういうふうに鳴らしてくれるアナログプレーヤーはなると、これはもう927Dstにしか、私にはなかった。
それまで使ってきた930st(トーレンス101 Limited)に、大きな不満があったわけではないし、
むしろ非常に満足して使っていた。
それでも930stで聴いた12インチ・シングルの音は、
それだけの魅力をもっていた──、927Dstを購入させるほどの魅力と力を。

927Dstの音は、930stと比較してもなお底力の凄さを感じさせる。
この底力を土台として音が構築されているから、フォルティッシモで音が伸びていくとき、
通常のアナログプレーヤーよりも、グンという感じで、その先に音が伸びる。
それは伸びきる、といいたくなるほど、ひとまわりもふたまわりもの違いがある。

一枚のアナログディスクから得られるエネルギーの総量が、
927Dstではあきらかに増大している、そんな印象を聴くたびに受ける。
再生するアナログプレーヤーが変っても、レコード(アナログディスク)そのものは変化するわけではない。
だから、927Dstで、明らかにエネルギーとして感じとれる、聴こえてくる要素は、
実のところ927Dstがつくり出している要素、といえないこともない。

そう考えることもできるし、他のアナログプレーヤーが十全にディスクから拾い出していない、ともいえなくもない。

Date: 9月 15th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(続々続45回転のこと)

ハーフ・スピード・カッティングにやや懐疑的な私だが、
それでもハーフ・スピード・カッティングにはこの方式のよさはあるはず、とは思っている。

たとえばプリエコー(ゴーストともいうこともある)の問題がある。
アナログ録音の時代には、録音されたマスターテープは巻いた状態で保存されるわけだが、
テープが重なっている状態では、転写という現象が起こることがある。
重なり合ったテープ同士が干渉し、
ごく低いレベルではあるがテープに記録されている磁気変化が積み重なっている部分にコピーされてしまう。

つまり無音であるところに、続いてはじまる曲が小さな音でコピーされ、それが音として聴こえる。
これから再生しようとするところの音が鳴ってくるところから、プリエコーと呼ばれる。
実際にはプリエコーだけでなくアフターエコーも生じている。

このプリエコーの主な原因はテープ録音に起因するものだから、
ダイレクトカッティングには生じないものと思われている人かもしれない。
だがテープ録音を介在しないダイレクトカッティング盤でも、わずかだがプリエコーが生じているディスクがある。

なぜ、こういう現象が生じるかといえば、
ラッカー盤に音を記録していくとき(カッティングしていくとき)、
振幅の激しい溝がたまたま無音溝と隣接していた場合、
カッティング時の振動によって無音溝をほんのわずかとはいえ変形させてしまうからである。
ラッカー盤がひじょうに硬質な材質であったならば、こういうプリエコーは発生しないだろうが、
実際にはラッカー盤はそうではなく、場合によっては隣接する音溝の影響による変形が生じている。

これはなにも無音溝に対してのみ発生しているわけではなく、
すべての音溝に対しても同じことがいえる。
ただプリエコー(アフターエコー)のレベルが低いため、無音溝でははっきりと聴きとれるが、
通常の音溝のところでは、そこに刻まれている音にマスキングされているだけの可能性もあるわけだ。

カッティング時のプリエコー発生は、あたりまえだがダイレクトカッティング盤だけの問題ではない。
通常のテープ録音をマスターとするレコードでも同じことは起る可能性はある。

そこで思うのは、このカッティング時の隣接する溝の変形は、
ハーフ・スピード・カッティングと通常のスピードでのカッティングではまったく同じなのだろうか。
感覚的にはハーフ・スピード・カッティングのほうが影響の度合いが少ないように思えるのだ。

Date: 9月 10th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(続々45回転のこと)

もうひとつ、倍速で回転させたアナログディスク再生の音を、76cm/secで録音して38cm/secで再生した音がある。
一度実験してみたいけれど、いまとなってはなかなか器材を揃えるのが大変。
試す機会は、これから先もないだろう。
どういう結果が得られるのか、想像するしかない。

いったい、どの音が、どんなふうに鳴るのだろうか。

じつは私がいちばん聴いてみたいのはアナログディスクを倍速で回転させた音である。
回転数が増せば、トレースの困難になることが顕在化してくる。
倍速で回転させてもトレースの安定したものを使うことになるし、各部の調整はしっかりと行なうことになるが、
トレースの問題をクリアーできれば、アナログディスク倍速を録った音が、いちばんいい音、
というよりも、私がアナログディスク再生に求めている音の良さを、もっとも色濃く持ってそうな気がしてならない。

これは考えての予測ではなくて、感覚的な直感による予感でしかない。
もし私の予感があっていたら、ハーフ・スピード・カッティングに対しての疑問がその分大きくなる。

とはいってもカッティングとトレースは、まったく別の運動であるから、
片方での結果が、もう片方の結果を予測するためのものとして有効かどうかは、正直わからない。
それにカッティングの経験も、当然ない。

だからどれだけ考えても……、というところがある。
ただそれでも直感的には、カッティングもトレースも「勢い」という要素を無視できない、と感じている。
これが、私のハーフ・スピード・カッティングに対する疑問につながっている。

Date: 9月 9th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(続45回転のこと)

たとえばこんなことを考えてみた。

ハーフ・スピード・カッティングが本質的に優れた方法であるならば、
アナログディスクの再生において、その逆、つまりハーフ・スピード・トレースもいいのか、ということである。

もちろんアナログディスクの回転数を半分に落してしまっては音楽にならない。
だからテープに録音して、その音を比較してみる。
ここで使用するテープデッキはテープスピードが変えられるものということでオープンリールデッキとなる。

通常回転で再生した信号を38cm/secで録音する。
ハーフ・スピードで再生したものを19cm/secで録音する。
再生時には、どちらも38cm/secでまわす。
ハーフ・スピード・カッティングと反対の手順を踏むわけである。

こうやって録音した音は、いったいどういう結果になるのだろうか。
ほとんど差がわからないほど、つまり同じ音になるのか、
それともハーフ・スピード・トレースしたほうが、より音溝を正確に信号に変換したと思わせる音になるのだろうか、
意外にも通常の回転数で再生したときの音が、いちばんよかったりするのだろうか。

Date: 9月 8th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(45回転のこと)

ステレオサウンド 45号に、マーク・レヴィンソンのインタビュー記事が載っている。
そのなかで、レコードのカッティングについて語っているところがある。
     *
音質という点から見ると、ディスクに直接カッティングするのに比べて、テープに録ったものをハーフ・スピードでカッティングする方が、実際に優れた面があると云えます。レコードのカッティングに関しての根本的な制約のひとつは、カッティング・ヘッドそのもののスルーレイトです。マーク・レビンソン・アクースティック・レコーディング社では現在のところまだハーフ・スピード・カッティングを行なってはいません。いま私たちはハーフ・スピード・コレクターを開発中で、これはちょっと考えるよりずっと難しい仕事なのです。
     *
マーク・レヴィンソンが語る、カッティング・ヘッドのスルーレイトが問題になるというのは、
彼が制作していた45回転のLPについての問題なのか、それとも通常の33 1/3回転のLPに対しても、
カッティング・ヘッドのスルーレイトが不足している、といいたいのかは、この記事でははっきりしない。

このカッティング・ヘッドのスルーレイトは、
33 1/3回転よりも45回転のLPをカッティングするほうがより問題になるし、
さらにオーディオラボの「ザ・ダイアログ」の78回転盤では、さらに大きな問題になってくる。

音のよいLPをつくるために回転数をあげると、再生側ではレコードのわずかな反りも、
33 1/3回転では問題にならなくても、
使用機材や調整の不備があれば45回転では顕在化してくることもあると同じように、
制作・製作側でも、回転数があがることのメリットを最大限に発揮するためには、
ただ単にいままでのやり方のまま回転数をあげれば済む、ということではないことが、
マーク・レヴィンソンのインタビュー記事を読むとわかってくる。

だが、それでもその問題の解決法としてハーフ・スピード・カッティングが、
はたして本質的な解決法だろうか、とは思っている。
たしかにカッティングの回転数を半分にする。
45回転ならば22 1/2回転、33 1/3回転ならば16 2/3回転にして、
テープデッキのテープスピードも、
38cm/secならば19cm/secに、76cm/secならば38cm/secにおとして再生することになる。

カッティングの回転数が半分になれば、カッティング・ヘッドのスルーレイトは等価的に高くなる。
これで問題解決、いい音のレコードができるのか、という直感的な疑問がわいてくる。

Date: 9月 5th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その38)

12インチ・シングルでは、クラシックのディスクは出ない(まったく、というわけではないけれども)。
少なくとも私にとっては、12インチ・シングル = ケイト・ブッシュであり、
ロック・ポップスを堪能するためのメディアということである。

だから当時妄想していたのは、アナログプレーヤーを2台用意することだった。
1台はクラシックのディスクをうまく鳴らすために(つまり33 1/3回転用)、
もう1台は12インチ・シングル専用(45回転用)で、
プレーヤーについている回転数切替えを使うのではなく、
かけるディスクにおさめられている音楽の性格、傾向、鳴らし方がまるっきり違うのだから、
いっそのことそれぞれにうまくピントをあわせたプレーヤーを用意した方がいいのではないか、
そう考えて、リンのLP12を2台使いについて、妄想していたわけだ。

LP12は33 1/3回転専用のシングルスピード仕様だが、
モーターのプーリーを変えることで45回転のシングルスピード仕様にすることができた。

それぞれのLP12には、それぞれの目的(ディスク)に応じたカートリッジとトーンアームを組み合わせる。
33 1/3回転専用には、トーンアームはSMEの3009RかオーディオクラフトのAC3000MC。
ただオーディオクラフトにすると、ダストカバーが閉まらなくなる。

45回転専用には、12インチ・シングルの音楽によりぴったりとくるカートリッジを使いたい、
そうなるとEMTやエラック、オルトフォンといったヨーロッパ系のカートリッジではなく、
エンパイア、ピカリング、スタントンなどのアメリカのカートリッジをもってきたい。
これらは比較的軽針圧のものだから、トーンアームはSMEでも3009Rではなく、3009/SeriesIIIでまとめたい。
さらに贅沢が許されれば、それぞれにフォノイコライザーアンプも選びたくなる。

12インチ・シングルを楽しむためにできることは何があるのか。
こんなことをあれこれ妄想させるだけの「何か」が、
ケイト・ブッシュの12インチ・シングルから感じとれていたわけだ。

Date: 9月 2nd, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その37)

グラシェラ・スサーナの45回転盤はリマスターは行われていたようだが、リミックスが行われていたわけではない。
ケイト・ブッシュの12インチ・シングルにおさめられていたのはリミックスである。
アルバム”Hounds of Love”に収められている曲をそのまま12インチ・シングルにリカットしたものではなく、
12インチ・シングルの片面に1曲のみのカットだから、
曲の時間も12インチ・シングル用に長く、リミックスしたものだった。

そのこともあって、音の傾向もアルバムとはやや異るところもある。
それがリミックスだけによるのではなく、
12インチ・シングルというアナログディスクがもてる特質を活かしたものであったように思っている。

12インチ・シングルにリカットされた曲を聴いた後では、アルバムにおさめられている同じ曲が、
すこし稀薄といったらいいのだろうか、最初にアルバム(LP)で聴いたときの強烈な印象が、
12インチ・シングルのより強烈な印象の後では、どうしても色褪せて聴こえてしまうところを認めざるをえない。

なにが違っていたのか。
まずリズムの刻みが、より力強く深く感じられる。
そのことによってだと思うのだが、ふたつのスピーカーシステムの間にあらわれるケイト・ブッシュの存在感が、
33 1/3回転のLPで聴いたときよりも、CDで聴いたときよりも、
あきらかにケイト・ブッシュの体温が感じられるかのように生々しい。
当り前すぎることだが、ケイト・ブッシュは日本人ではない。
ケイト・ブッシュはそれほど大柄ではないようだが、それでも同じ身長の日本人女性と比較すれば、
横からみたときの体格の差がはっきりとするところが、音のうえにもあらわれる。

どちらかといえば薄っぺらな日本人の体格ではなく、厚みを感じさせる体格から声が出てくるという感じは、
12インチ・シングルの音から、誰の耳でもはっきりと感じられることだと思う。