Date: 3月 10th, 2025
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いい音、よい音(通過点)

音は残らない。
どんなにいい音を出しても、それが残るわけではない。

だから、いいと思う。
私がいま鳴らしている音も、私が死ねばそれで終り。

システムはそのまま残ったとしても、
そうだからいって、私が鳴らしていた音が出てくるわけではない。

しばらくはなんとなく、そんな感じの音は出ていても、
それは遅かれ早かれ消えてしまう。

音とは、オーディオとはそういうものだということは、以前から感じていた。

audio wednesdayで音を鳴らすようになって、よけいに感じている。
毎月第一水曜日に鳴らす音は、その場かぎりの音である。
どんなにいい音で鳴っても、システムそのものもその日かぎりだったりするから、
儚さを感じるかといえば、そうでもない。

音は、オーディオはどこまで行っても通過点である。
いい音が鳴ってきた日の音は、はっきりと通過点となる。

そうしていくつもの通過点がある。
それらの通過点を、そのまま通過点として点在させているだけなのか、
それとも通過点を結んでいけるのか。
「音は人なり」とは、こういうことでもあるはずだ。

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