Date: 7月 7th, 2019
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「音楽への礼状」より

 誰もが、あなたのようにゴーイング・マイ・ウェイでやっていけたらいいな、と思っています。ところが、願望は願望のままでとどまることが多く、なかなか思いどおりにはいきません。
 思ってはいても、なかなか思いどおりにいかない理由は、周囲の事情とかあれこれ、おそらく、いろいろあるでしょう。しかし、思いどおりにいかないもっとも大きな理由は、自分自身のなかで凛とした気性が欠如しているためのようです。あれやこれや、思いきってスパッと捨てられさえすれば、おのずとフットワークは軽くなる。にもかかわらず、望んでも、それがなかなかできない。そうとわかってはいても、実行がともなわないからです。
 仕事をすれば、その仕事を、一応はまわりのひとたちにも評価されたい、と思ったりします。他人に、たとえ表面的にであっても、うやまわれたりすれば、それなりに悪い気持はしません。多くのひとたちは、ともかく課長になりたいとか、あるいは、庭のある家に住みたいとか、さまざまな願望を胸にたたんで、毎日を生きることになります。そのようなことをあれこれ思いはかりながら人生をやっていれば、まるでバーゲンセールで不必要なものを買いこみすぎたときのように、階段をおりる足もともふらつきがちで、行動の自由をうばわれます。
 生活臭などというものには、不精髭ほどの愛矯もありません。しかし、そのことに無頓着なためでしょうか、髭は毎日しっかり剃るにもかかわらず、住宅ローンにやつれた顔を恥じようともしないひとがいます。ほんとうに大切なものはなんなのか、そのみきわめを怠れば、思いきりよくなにかを捨てられるはずもありません。あれもこれもと欲張るから、生活臭などという悪臭を周囲にふりまくことになります。生活臭という悪臭は、困ったことに、口臭に似て、当人はその臭いに気づかない。
(中略)
 あなたの、こだわりといったものがまったく感じられない仕事ぶりは、世俗の名声とか名誉とか、あるいは財産とかあれこれ、いずれにしても一服するときに飲むコーヒーほどの意味もないものを、いさぎよく無視したところでなされているように思われます。そのようにあなたによってうたわれた歌であるがゆえに、どの歌も、静かにほんとうのことをうたいます。
 残念なことに、ぼくらは、日々の生活をしていくうえで、小さな頭で姑息な計算をしつづけるウジウジした男やイジイジした女に会うことが多く、その結果、気分も、さっぱりせず、萎えがちです。そういうとき、北ヨーロッパのひとたちが輝く太陽をみたくて南に旅するときのような気持で、ぼくは、あなたのディスクをプレイヤーにセツトします。あなたのうたう、さらりと歌でありつづけている歌がスピーカーからきこえてくると、それをきくぼくは、自分のなかにも巣くっているウジウジやイジイジに気づき、これはいかん、と大いに反省したりします。
 過度に男を主張することもなく、楽しみつつさらりと男をやっているあなたの歌は、ぼくにとって、いつでもすがすがしく感じられます。
     *
黒田先生の「音楽への礼状」からの書き写してある。
ここでの「あなた」とは、ジョアン・ジルベルトである。

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