会って話すと云うこと(その18)
10日ほど前、「黒田恭一氏のこと(「黒恭の感動道場」より)」を書いた。
最後、こう書かれている。
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自己の全人格を賭けてなどと、大袈裟なことをいうつもりはないが、少なくとも、これはと思った情報を伝える時には親しい友だちに伝えるときの真剣さを忘れべきではないと思う。
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いまから11年前に書かれている。
iPhone登場前であり、
SNSもmixiがあったくらいである。
黒田先生は、この文章を書かれた後の世の中の変化を、もうご存知ない。
いまなら、なんと書かれるだろうか、とおもうことがある。
《親しい友だちに伝えるときの真剣さ》とある。
けれど、いまはどうだろうか。
iPhoneに代表されるスマートフォンが、一人一台といえるくらいに普及していると、
そのディスプレイに表示されている情報を、
それこそコピペ(こうした略語は極力使わないようにしているが、ここではコピペがふさわしい)して、
親しい友だちに送信する。
手軽である。それだけにスピーディでもある。
わざわざ会って話して伝えるのにくらべて、ずっと楽である。
でも、そこで口コミは、もう口コミではなくなっていることが多いのではないか。
真剣さは、ここでも稀薄になりつつある。