Date: 4月 23rd, 2018
Cate: 菅野沖彦
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「菅野録音の神髄」(その17)

ステレオサウンド 17号(1970年12月)に、
「ディレクター論 ロイ・デュナンを語る」がある。
菅野先生と岩崎先生の対談による記事だ。
     *
岩崎 「ウェイ・アウト・ウェスト」は、じつに素晴らしいレコードですね。ロリンズの最大傑作といってもいい。
菅野 シェリー・マンのドラムもよくとらえらているしね。あれはやはり、ロリンズ
のもっている音にロイ・デュナンのキャラクターがプラスされて、ああいう音になったのでしょうね。
 それでね、この間、油井さんがいっていられたんだけど、日本のジャズ愛好家というのは、ほとんどロイ・デュナンとかルディ・ヴァン・ゲルダーといった人たちの耳をとおしてジャズを聴いてきたようなものだ、と。
 ぼくも、そう思うんだ。やっぱりこういった人たちの感覚のふるいを通して聴いてきた。だから、じっさいにむこうのジャズ・メンが来たときに、その演奏にふれて、あれっとおもったりしてね(笑)。
岩崎 ほんとうに違うんだな。アート・ブレイキーが来たときに、どんなに凄い音なのかと思ったら、意外に爽やかな音でこんな調子じゃなかったと(笑)。圧倒されるような音を期待してたんですね。ほんとうにレコードとは違うんだと思いましたね。ぼくらはヴァン・ゲルダーのとったブレイキーの音に慣れ親しんでいたわけですよね。
菅野 ロイ・デュナンが、最初からブレイキーをとっていたら、はっきりととって、もっと実際に近かったてしょうね。
岩崎 そこが大切なことでしょう。もしブレイキーの音を、ロイ・デュナンが録音したものを聴いていたら、本物を聴いて、なるほどなと思ったに違いない。
 ところが、それまではブルーノートのブレイキーの迫力ある音ばかり聴いていたでしょう。だから、すっかり面喰らってしまったわけ。前から三番目辺で聴いていたのだけれど、タッチは軽やかだし、スカッとした音ですね。
菅野 それはよかったからまだいいんだけれど、逆につまらない場合もあってね。ああ、これならレコードの方がいいやって(笑い)。
 だいたいルディ・ヴァン・ゲルダーが手をかけたミュージッシャンというのは、迫力のあるミュージッシャンだと感じるものね。そして、ロイ・デュナンが手をかけたひとは、みんなハイ・センスで、クールな音をもっていると感じてしまうでしょう。不思議なことですよ。
岩崎 だから音楽をとらえるということは、大変なことなんだな。
     *
こまかな説明は省いていいだろう。
同じことが、ここでも語られているのだから。

1 Comment

  1. 4月 23rd, 2018
    REPLY))

  2. 「ジャズの録音をする人はジャズを好きでなければ本当によい音に仕上げることは出来ないといつても過言ではありますまい。」
    -菅野沖彦「Hi-Fiの二つの方向」(『スイング・ジャーナル』1957年2月号より)

    喫茶茶会記でのaudio wendsdayにも持っていったCD、『スイング・ジャーナル・オールスター・バンド』(1956年10月27日録音)のコンサート写真を見つけた時に、同時に読んだ記事です。

    「ディレクター論 ロイ・デュナンを語る」の引用記事を読みながら、日本なら、キングレコードの髙和元彦さんの尽力で、1950年代・”ジャズ・コン(ジャズ・コンサート)”時代の、原信夫とシャープス・アンド・フラッツ、江利チエミ、ビッグ・フォア(ジョージ川口、上田剛、中村八大、松本英彦)、といった人びとの録音が残った。この人びとへの信頼・尊敬があってこそ、今に録音が残って、CDから聴ける・・・髙和元彦さんの「感覚のふるい」、信頼と尊敬を通った音で、聴いている・・・そのことを考えていました。

    1F

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