Archive for 1月, 2026

Date: 1月 6th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(チューナー篇・その3)

マランツのModel 10Bに続くのは、やはりセクエラのModel 1である。
Model 10Bが管球式チューナーにおける通信機レベルのモノ、ソリッドステートのチューナーではModel 1である。

Model 10Bの開発者であったリチャード・セクエラが自身の名をブランドとし、チューナーだけを会社を興した。

これまでに、さまざまなオーディオのブランドが誕生してきたけれど、チューナーだけで勝負というのはセクエラだけだろう。

セクエラのModel 1は高かった。
マークレビンソンのLNP2が1,080,000円だった時に、1,280,000円していた。それから1,480,000円になった。

Model 10Bは前回書いているように、聴く機会はあったが、Model 1の音は聴いたことがない。
何度か見てはいるものの、音は聴けず、である。

セクエラの音を聴いたことがある人は、どのくらいいるのだろうか。
おそらくなのだが、Model 10Bを聴いたことのある人よりも少ないのではないのか。

聴いたことがある、という人が、私の周りにはいない。

これだけ高価なチューナーなのだから、きちんとアンテナを建てることができる人のみが買うのだろう。
お金があってもマンション住まいで、FM用のアンテナを用意できなければ、宝の持ち腐れでしかない。

それはModel 10Bだってそうだ。
アンテナは、アナログプレーヤーシステムにおけるカートリッジ的存在だ。
どんなに優れたトーンアーム、ターンテーブルであっても、カートリッジがそれらに見合ったモノでなければ──、と同じことだ。

もちろん安価なカートリッジでも、価格的にも性能的にも音質的にも釣り合わないプレーヤーシステムに取り付ければ、
このカートリッジは、こんな音で鳴ってくれるのか、という驚きはあるだろうが、そこまで留まりでしかない。

そんなことはわかっている。
いまコンディションのいいModel 10Bと Model 1があったら、そして買えるだけの余裕があれば、欲しい。

どちらも欲しい、が本音だ。
何を聴くのか。なんだろうなぁ……、と自分でも思う。

いまコンサートのライヴ中継は、どのくらいあるのか。いま手元に二台のチューナーがあるのに、そんなことも調べていない。
期待できない、と思い込んでいるからだ。

もしかするとNHKのアナウンサーの話を聴くようになるのかもしれない。
生々しい声だな、と思いながら。

Date: 1月 5th, 2026
Cate: アナログディスク再生

Wilson Benesch Circle(その6)

早瀬文雄(舘 一男)さんは、黒色を嫌っていた。
ヤマハのGTR1を使っていた時も、黒が嫌だからと塗り替えていた。

なのでGYRODECのブラック仕上げを選ぶことはなかったはず。
Wilson BeneschのCircleは石臼みたいなアピアランスで、
ターンテーブルプラッターは半透明の白っぽい感じだが、ベース部は黒。

舘さんがCircleを使っていた時、これがメインのアナログプレーヤーだった。
なのに私に「使いませんか」と譲ってくれたのは、黒だったことも理由の一つのように思っている。

音は気に入っている、いいプレーヤーだ、と彼はCircleを高く評価していたから、黒だったからだろう。

ターンテーブルプラッターがまわっているのを、ぼんやり眺める。
GYRODECには、そういう視覚的な楽しさがある。Circleにはない。

こうやって書きながらも、どうして舘さんがGYRODECに、あそこまで惚れ込んでいたのか、その理由ははっきりとはわからない。

考えるだけ無駄といえばそうなのだけれど、目の前にCircleがあって、たまにLPをかけると、とりとめもなく考えてしまったりする。

Date: 1月 4th, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(チューナー篇・その2)

あるエンジニアの方いわく、
マランツのModel 10Bは通信機の造りだが、マッキントッシュはラジオだ、と。

Model 10Bと同時代のマッキントッシュの管球式チューナーを比較すると、確かにそうだと頷きたくなる。
マッキントッシュだけではなかった。
この時代のすべてのチューナーは、いわゆるラジオだった。

チューナーなのだからラジオでいいだろう、
そのラジオの中で普及機、高級機があって、マッキントッシュは高級ラジオ(チューナー)だった。

けれどModel 10Bは、そこにはいなくて通信機レベルのチューナーだった。

今の中古相場しか知らない人は信じられないだろうが、1970年代、’80年代はModel 7よりもModel 10Bの方が、明らかに高価だった。

それに当時のオーディオ誌では、マランツがスーパースコープに身売りするきっかけとなったのが、
Model 10の開発に予算と時間をかけすぎたため、というのが載っていた。

そういうすごいチューナーだが、Model 10Bの音を聴いているのといえば、聴いていない、というしかない。

まったく聴いたことがないわけではない。Model 10Bが受信したFMの音は、一回だけ聴いている。
とはいえ同じ条件で、他のチューナーと比較試聴したわけではない。

もっともチューナーの比較試聴は、まず無理である。チューナーの音について語るには、一ヵ月ほど自宅で使用して、次の月には別のチューナーにしてみる。
そんなふうにじっくり時間かけて使ってみないことには、チューナーの音を語ることはできない。

それでもModel 10Bは、いまでも欲しいのは「五味オーディオ教室」から、私のオーディオは始まっているからだ。

瀬川冬樹氏のこと(ロジャース PM510・その11)

ロジャースのLS3/5Aは、私にとってどういう存在、位置づけかというと、
非常に私的なスピーカーシステムということだ。

オーディオを介して音楽を聴くという行為は、私にとってはひとりで音楽を聴く行為である。

ひとりで好きな音楽を聴く。
それは、その姿を誰かに見られたら気恥ずかしいと思える音楽を、その音楽にふさわしい音で聴く、ともいえる。

LS3/5Aで、好きな女性ヴォーカル、それも歌い上げる歌手ではなく、
そっとささやくように歌う歌手を聴いているところを想像してみてほしい。

私は、その時の姿を誰かに見られたくないと思うし、
そんなこと一度も想像したことがない、という人の鳴らすLS3/5Aの音は、
私が思い描いているLS3/5Aの音とは、まったく別ものでしかない。

何人かのオーディオマニアのお宅で鳴っていたLS3/5Aは、そうではなかった。
オーディオショウで聴いた、いくつかのLS3/5Aの音もそうではなかった。
だからといって、ひどい音で鳴っていた、というつもりではない。

LS3/5Aというスピーカーの捉え方がまるで違うだけのことだ。

Date: 1月 3rd, 2026
Cate: audio wednesday

audio wednesday (next decade) –今後の予定

1月のaudio wednesdayは14日です。
2月と3月は4日です。

開催場所の関係で人数制限があります。参加希望の方は、私宛にメールで連絡ください。無料です。

Date: 1月 3rd, 2026
Cate: 戻っていく感覚

My Favorite Things(チューナー篇・その1)

出逢ったのは秋なのでもう少し先になるのだが、今年は「五味オーディオ教室」から始まった私のオーディオ歴は五十年になる。

一つの節目なので、私が欲しい、欲しかったと思ったオーディオ機器について書いていく。

チューナーからにしたのは、たまたま。すぐ目につくところにあったステレオサウンド別冊の表紙が、セクエラだったからだ。

TIDALやQobuzがなかった時代、チューナーの存在は大きかった。
18まで住んでいた熊本は、その頃は民放のFM局はなく、NHKのみ。
それでもケイト・ブッシュの歌と出逢えたのは、夕方の番組だった。
ケイト・ブッシュと出逢えたことだけでも、チューナーを持っていてよかった、
エアチェックしておいてよかった、といまでも思っているくらいだ。

五味先生は、FMのエアチェックに熱心だったことは「五味オーディオ教室」からも伝わってきた。

年末に放送されるバイロイト音楽祭、それから日本で行われるコンサートの生中継のエアチェックのために、
マランツのModel 10Bを使われていた。

当然、最初に憧れたチューナーはModel 10Bだ。

Date: 1月 2nd, 2026
Cate: ハイエンドオーディオ

ハイエンドオーディオ考(その25)

1988年に登場したビクターのSX1000は、ダイアモンド振動板を採用した。
いまではハイエンドオーディオのスピーカーシステムにも、ダイアモンド振動板は使われている。

ダイアモンド振動板だから、ということで驚くことはとうの昔になくなった。

ハイエンドオーディオの世界は、2024年に一億円を超えるスピーカーシステムが登場した。
2025年は、さらに上まわる二億円のスピーカーシステムも現れた。
こうなると、今年はもっと高価なスピーカーシステムが登場するのかもしれない。

もしかするとダイアモンドエンクロージュアのスピーカーシステムが、そう遠くないうちに現れるかもしれない。

最初は中高域のエンクロージュアのダイアモンド化であっても、それが受け入れられたとしたら、
ウーファーのエンクロージュアまでダイアモンド化──、そんな時代がいつくるのか。

私が生きているうちに登場したとして、はたして“Wow”というだろうか。

(その24)で、
デザイナーのミルトン・グレイザーの言葉を引用している。

“There are three responses to a piece of design—yes, no, and WOW! Wow is the one to aim for.”

言わないような予感だけがある。

Date: 1月 1st, 2026
Cate: オリジナル

オリジナルとは(想いとの関係性)

1981年、ステレオサウンド編集部宛に手紙を何度も書いては送っていた。
やってほしい企画を、思いつくかぎり書いては送っていた。

この手紙を、面白いやつがいる、と思ってくれた人がいたから、ステレオサウンド編集部で働くようになった。

1981年のことだから、紙に手書き。それを送っていたのだから、私の手元には何も残っていない。
それが手紙というものだ。

1997年からインターネットをやるようになって、友人と電子メールでやりとりするようになった。
最初は気づかなかった、というよりも意識していなかったのだが、
電子メールは送信したメールも、パソコンの中に残っている。

そのことを当たり前のように受け止めていたのだが、ふと、私のところに残っている、この送信メールはオリジナルなのか。
そんな疑問がわいてきた。

理屈では残っているメールがオリジナルで、送信したのは、そのコピーである。

けれど、ここに、なんらかの想いが絡んでくると、本当にそうなのか、とも思えてくる。
なんらかの想いを込めて送信したメールこそがオリジナルであって、
パソコンなりスマートフォンの中に記録されている送信済メールは、
コピーでしかない(事務的なメールを、そんなふうに感じたことはない)。

いつのころからか、あっ、送ったメールのコピーが残っている──、そんなふうに思うようになった。