Archive for 11月, 2016

Date: 11月 15th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その102)

ステレオサウンド 58号の新製品紹介のページも、くり返し読んだものだ。
JBLの4345とSMEの3012-R Specialのページを、それこそ何度読んだろうか。

どちらも瀬川先生が書かれている。
4345のページを先に読み、わくわくしていた。

4343と比較するとプロポーション、そしてデザインにおいて見劣りする4345なのだが、
その音は、瀬川先生の文章からJBLが新しい時代を迎えつつあるように感じた。

4345の記事最後に、こうある。
     *
 一応のバランスのとれたところで、プレーヤーを、P3から、別項のマイクロSX8000とSMEの新型3012Rの組合せに代えてみた。これで、アッと驚くような音が得られた。が、そのことはSMEの報告記のほうを併せてご参照頂くことにしよう。
     *
《アッと驚くような音》とは、いったいどういう音なのか。
4345の記事と3012-R Specialの記事とのあいだには、
いくつかの新製品の記事があった。それらをすべてとばして、3012-R Specialの記事を読みはじめる。
     *
 音が鳴った瞬間の我々一同の顔つきといったらなかった。この欄担当のS君、野次馬として覗きにきていたM君、それに私、三人が、ものをいわずにまず唖然として互いの顔を見合わせた。あまりにも良い音が鳴ってきたからである。
 えもいわれぬ良い雰囲気が漂いはじめる。テストしている、という気分は、あっという間に忘れ去ってゆく。音のひと粒ひと粒が、生きて、聴き手をグンととらえる。といっても、よくある鮮度鮮度したような、いかにも音の粒立ちがいいぞ、とこけおどかすような、あるいは、いかにも音がたくさん、そして前に出てくるぞ、式のきょうび流行りのおしつけがましい下品な音は正反対。キャラキャラと安っぽい音ではなく、しっとり落ちついて、音の支えがしっかりしていて、十分に腰の坐った、案外太い感じの、といって決して図太いのではなく音の実在感の豊かな、混然と溶け合いながら音のひとつひとつの姿が確かに、悠然と姿を現わしてくる、という印象の音がする。しかも、国産のアーム一般のイメージに対して、出てくる音が何となくバタくさいというのは、アンプやスピーカーならわからないでもないが、アームでそういう差が出るのは、どういう理由なのだろうか。むろん、ステンレスまがいの音など少しもしないし、弦楽器の木質の音が確かに聴こえる。ボウイングが手にとるように、ありありと見えてくるようだ。ヴァイオリンの音が、JBLでもこんなに良く鳴るのか、と驚かされる。ということきは、JBLにそういう可能性があったということにもなる。
 S君の提案で、カートリッジを代えてみる。デンオンDL303。あの音が細くなりすぎずほどよい肉付きで鳴ってくる。それならと、こんどはオルトフォンSPUをとりつける。MC30とDL303は、オーディオクラフトのAS4PLヘッドシェルにとりつけてあった。SPUは、オリジナルのGシェルだ。我々一同は、もう十分に楽しくなって、すっかり興に乗っている。次から次と、ほとんど無差別に、誰かがレコードを探し出しては私に渡す。クラシック、ジャズ、フュージョン、録音の新旧にかかわりなく……。
 どのレコードも、実にうまいこと鳴ってくれる。嬉しくなってくる。酒の出てこないのが口惜しいくらい、テストという雰囲気ではなくなっている。ペギー・リーとジョージ・シアリングの1959年のライヴ(ビューティ・アンド・ザ・ビート)が、こんなにたっぷりと、豊かに鳴るのがふしぎに思われてくる。レコードの途中で思わず私が「おい、これがレヴィンソンのアンプの音だと思えるか!」と叫ぶ。レヴィンソンといい、JBLといい、こんなに暖かく豊かでリッチな面を持っていたことを、SMEとマイクロの組合せが教えてくれたことになる。
     *
これを読んで、3012-R Specialだけはとにかく借ってお粉ければ思ったものだ。
58号のハーマン・インターナショナルの広告には、その文字はなかったけれど、
57号の広告には、大きな赤い文字で限定発売とあったからだ。

4345もマークレビンソンのアンプはすぐに買えないけれど、
当時88,000円のトーンアームならば、学生の身であっても無理をすれば買える。

上京して、すぐに3012-R Specialを買った。
88,000円のトーンアームを12回の分割払いで買った。

実家で鳴らしていたシステムは置いてきたから、
東京では音を出すシステムはななかった。

取りつけるターンテーブルのことを想像したり、
58号の瀬川先生の文章を読み返しては、3012-R Specialを飽きずに眺めていた。

Date: 11月 15th, 2016
Cate: Jazz Spirit

喫茶茶会記のこと(その3)

毎月第一水曜日のaudio sharing例会に場所を提供してくださっている喫茶茶会記を、
私はジャズ喫茶と認識している。
なので、ここでも四谷三丁目のジャズ喫茶、喫茶茶会記と書くようにしている。

ジャズ喫茶全盛の時代は、1970年代だろう。
私はその全盛時代のジャズ喫茶を知らない。
私が上京したのは1981年春。

そのころならば、まだ全盛時代のジャズ喫茶の雰囲気を感じとれたであろうが、
ひとりでジャズ喫茶に入っていく度胸みたいなものがなかった。

最近、ふと思うのは全盛時代のジャズ喫茶は、
ジャズとオーディオの最先端の場であったはずだ、ということ。

ここのところが名曲喫茶とは違う、と思う。
名曲喫茶、いわゆるクラシック喫茶も東京には、そのころいくつもあった。
名曲喫茶の全盛時代は、ジャズ喫茶のそれよりも以前のことだろう。

名曲喫茶は、クラシックとオーディオの最先端の場であったことはあるのだろうか。

最先端の場であることが絶対的なことだとはいわないが、
この点が、ジャズ喫茶と名曲喫茶の決定的な違いであったように感じている。

もっともどちらの全盛時代も肌で知っているわけではないから、
あくまでも想像で書いているにすぎないのだが、間違ってはいないと思う。

いまも東京にはいくつものジャズ喫茶がある。
古くからやっているジャズ喫茶も、比較的新しいジャズ喫茶もある。

でも、いまのジャズ喫茶が、ジャズとオーディオの最先端の場とは感じない。
1970年代とは、時代が違う、といってしまえば、そのとおりだ。
40年も経っているのだから、最先端の場でなくなっても……、ということになるかもしれない。

何をもってして、ジャズとオーディオの最先端の場というのか。
それは言葉で語ることではなく、肌で感じるものだとも思う。

Date: 11月 15th, 2016
Cate: 欲する

資本主義という背景(その2)

CDプレーヤーが1982年に登場してから、そんなに経っていないころから、
CDプレーヤーの市場への投入は早すぎた、という意見が出てきはじめた。

初期のCDプレーヤーの音は、良さもあったけれど、
そういわれてもしかたない面も多分に含んでいた。

早すぎた、という人たちは、
もっとメーカー内で研究を重ねて、その上で出すべきで、
そうすればネガティヴな意見はあまりでなかったであろう、と。

頷きそうになるが、果してそうだろうか。
市場に出たからこそ、CDプレーヤーの急速な進歩があった、と考えるからだ。

メーカーの研究室・試聴室という閉じられた空間(環境)では競争がない。
市場に製品を投入するからこそ、そして資本主義の市場だからこそ競争があり、進歩がある。

市場に投入すれば、さまざまなフィードバックも得られるし、普及もする。
普及することでの恩恵も、メーカーにはある。

だから、私は早すぎた、とはまったく思っていない。
いい時期に登場した、とさえ思っている。

1982年10月だったからこそ、グレン・グールドのゴールドベルグ変奏曲を、
われわれはCDで聴くことができた。

Date: 11月 14th, 2016
Cate: 再生音

実写映画を望む気持と再生音(その1)

攻殻機動隊の映画が2017年公開される。
これまでのアニメーションではなく、ハリウッド制作の実写版である。

今日、予告編が公開された。
楽しみにしている、期待している映画だけにさっそく予告編を見た。
見ながら、ふと思ったことがある。
なぜ、実写版をみたいと思うのだろうか。

1991年、「ターミネーター2」が公開された。
初日に観に行った。
いまでは驚きもしないのだが、「ターミネーター2」の映像は衝撃だった。

観終ったあと、連れと「これで寄生獣が映画されるね」と話していて。
「寄生獣」は、そのころ月刊アフタヌーンに連載されていたマンガだった。
2014年に実写映画が公開されている。

マンガを原作とする映画は、いくつも制作され公開されてきている。
予告編をみただけで観に行く気がうせてしまうのもけっこう多い。

日本制作だから……、が必ずしも失敗作の理由ではなく、
ハリウッド制作であってもひどい例がある。

いくつもの失望を味わいながらも、実写版をみたいという気持は常にある。

今回の攻殻機動隊の実写版は、
アニメーションのGHOST IN THE SHELL(1995年公開の映画)がベースである。
予告編では、アニメーションのGHOST IN THE SHELLを、
そのままトレースしたかのような実写映画のように思えた。

だからこそ、よけいに再生音のことを考えていた。

Date: 11月 14th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(瀬川冬樹氏の原稿のこと)

この項で、瀬川先生の未発表原稿(書きかけの原稿)の一部を公開した。
続きを読みたい、という要望があれば、全文公開するつもりだったが、
誰一人、そういう人はいなかった。

そういうものか……、と思っている。

Date: 11月 14th, 2016
Cate: 欲する

資本主義という背景(その1)

世の中は動いている。
資本主義の世界は、つねに動いている。
こんな当り前のことをすごく実感したのが、今日のニュースである。

サムスンがハーマン・インターナショナルを買収することで合意した、というニュースには、
ほんとうに驚いた。

ハーマン・インターナショナルが買収されることに驚いたわけではない。
ご記憶の方も多いと思うが、十年ほど前にも、ハーマン・インターナショナルの買収はニュースになっている。
その時は流れてしまった。

今回のサムスンによる買収は80億ドル。
流れてしまった買収騒ぎのときも、確か80億ドルと発表されていた。
同じ金額なのか、と思いながら、買収するのがサムスンであることに驚いた。

このニュースは、いろんなことを考えさせる。

2010年8月13日に、twitterに下記のことを投稿した。
     *
オーディオ業界もマネーゲームに翻弄されている、ときく。それによって復活するブランドもあれば、没落していくブランドもある。なのに、オーディオ誌は、そのことに無関心を装っているのか、関係記事が出ることもない。オーディオは文化だ、というのであれば、きちんと取材し報道すべきだろう。
     *
これに対して、あるオーディオ評論家から反論があった。
そんなことに読者は関心をもっていない、有意義な記事にはならない、と。

ほんとうにそうだろうか。
アルテックが没落していった最大の理由もそこだ。
アルテックもハーマン・インターナショナルに買収されて傘下に入っていれば、
ずいぶん違っていたはずだ。

アルテックのようなメーカーもあれば、
買収先の会社によって、製造上の無駄が省かれ、
買収前と同じ製品でありながら、価格が安くなった、という例もある。
あるブランドが買収され輸入元がかわり、修理体制がひどくなったこともある。

ハーマン・インターナショナルも、これまでにさまざまなブランドを傘下におさめ、
ブランドのいくつかは離れてもいっている。
そのことについて思うところはある。

私に反論されたオーディオ評論家は、
「オーディオは文化だ」とは一度もいっていない、とのことだった。
それはそれでいい。人それぞれである。

人それぞれであるのだから、そのオーディオ評論家が有意義な記事にはならないと考えても、
すべての読者がそうなのではないはずだ。

Date: 11月 14th, 2016
Cate: 真空管アンプ

五極管シングルアンプ製作は初心者向きなのか(その12)

真空管アンプは、いま世に溢れている、といっていい。
そうとうに高額で大掛かりな真空管アンプもあれば、
よくこの値段でできるな、
感心するというかあきれるほどの低価格のアンプ(おもに中国製)もある。

自作アンプもある。
技術系雑誌に掲載されているアンプもあれば、
インターネットで検索してヒットするアンプもある。

それこそアンプの数だけのレベルの違いが、見てとれる、ともいえる。

真空管アンプは、半導体アンプよりもトランス類の数が多くなる。
電源トランスはどちらにも共通しているが、
真空管アンプでは出力トランスが、ここでテーマにしている五極管シングルアンプでは不可欠である。

チョークコイルも不可欠とまではいえないものの、あったほうがいい。
それにしてもオーディオ雑誌は、なぜチョークトランスと表記するのだろうか。

少なくともこれだけのトランス類は必要で、
例えば単段アンプならば入力トランスも必要となる。

入力トランスを使わなくとも、
ステレオアンプならば、出力トランスが二つ、電源トランスが一つ、チョークコイルが一つとなる。
鉄芯のコアをもつものが、シャーシー上に四つ乗っている。

これらのトランス類は干渉し合う。
漏れ磁束がある、それに振動も発している。
重量もある。

トランスの影響はトランスだけが受けているわけではなく、
他のパーツも受けている。

メーカー製のアンプでも、雑誌に載っているアンプの中にも、
これらトランス類の配置に無頓着としか思えないモノがある。

トランス自体がシールドされていると、すぐにはコアの向きはわからないが、
シールドなしのトランスであれば、どの向きに配置しているのか、すぐにわかる。

なぜ、こんな配置に? というモノが少なくない。
なにも真空管アンプだけの話ではない。
スピーカーのネットワークのコイルの配置にも同じことがいえる。

高音質パーツを使いました、と謳っていながらも、その配置には無頓着。
そういうモノが少なからずある。

Date: 11月 14th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その101)

ステレオサウンド 58号の、927Dst vs Referenceの文章は、
次の書き出しではじまる。
     *
 すでに56号386ページ「話題の新製品」欄で詳細をご報告したトーレンスのプレーヤー「リファレンス」。EMT930と、同一のTSD15型カートリッジをつけかえながらの比較試聴では、明らかに930を引離した素晴らしい音を聴かせてくれた。こうなると、価格的にも同格の927Dstとの一騎打ちだけが、残されることになった。「リファレンス」358万円、「927Dst」350万円。これが、いま日本で、一般の愛好家に入手できる最高のプレーヤーシステムということになる。
     *
別の書き出しも、実はある。
書き出しだけの短い原稿が残っている。
     *
 すでに本誌56号(386ページ「話題の新製品」欄)で、スイス・トーレンス社の驚異的なプレイヤー「リファレンス」システムについて、詳細をお報せした。その折の試聴では、参考比較用に、エクスクルーシヴP3、マイクロ5000(2連)+オーディオクラフトAC3000MC、それにEMT♯930stの三機種を用意したことはすでに書いた。
 そして、これら三機種のどれよりもいっそう、「リファレンス」の音のズバ抜けて凄いこともすでに書いた。
 一式358万円という「リファレンス」に、その1/3ないし1/7と価格に違いはあるにしてもP3のよくこなれた形とDDモーター、マイクロの2連糸ドライブ、EMTのスタジオ仕様のアイドラードライヴ……と、三者三様ながらそれぞれのコンセプトの中でのベストを選んでいるのだから、ここまできてもなお、プレイヤーシステムを変えるだけで、全く同一のカートリッジとレコードの、音質や音のニュアンスないし味わいがびっくりするほど変化するという事実は、非常に考えさせられる。
     *
同じようなところもあるが、そうでないところもある。
この書き出しで始まったとなると、続く内容は58号掲載のもと違ってくるはずだ。

それにしても、なぜ、この書き出しの原稿は残っているのだろうか。

さらに瀬川先生はもう一本、書かれている。
こちらも途中までであるが、けっこう長い。
     *
 すでに本誌56号(386ページ、話題の新製品)で、スイス・トーレンス社の特製プレイヤー「リファレンス」については、詳細をお知らせしたが、その折の試聴では、エクスクルーシヴP3、マイクロ5000(二連)、それにEMTの930stを比較用として用意した。だが、文中でもふれたように、「リファレンス」の桁外れの物凄い音を聴くにつけて、これはどうしても、EMTの927Dstを同一条件での比較試聴をしてみなくてはなるまい、との感を深めた。
     *
この書き出しも同じといっていいが、このあとに続くのは、
927Dstと930stの音の違いが、どこから生じるのかについて書かれている。

58号の文章には、
《 それぐらい、927Dstと930stは違う。そのことが殆ど知られていないし、その違いがどこから生じるのかについても、実は詳しく書きたいのだが、ここでのテーマは「リファレンス」と927Dstの比較であって、与えられた枚数が非常に少なく、残念乍ら927Dstそのものについては、これ以上説明するスペースがない。》
とある。

私の手元にある瀬川先生の原稿は、そこのところを書かれたものだ。
書きたかったけれども、原稿枚数が足りなくて書けなかったのか──、
と58号を読んだ時には思ったが、実際は書かれていたのだ。
書いた上で、枚数が足りなくなってしまい削除されている。

Date: 11月 13th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その100)

瀬川先生が担当されていたのは、一本だけだった。
927Dst vs Referenceである。

「The Match いま気になるライバル製品誌上対決!」は、
タイトルはともかくとして、企画そのものは間違っていない。
事実、瀬川先生の担当分はおもしろかった。

他のものにしても、機種の選定は、いま見ても間違っていない。
にも関わらず、読んでいても、わくわくしてこない。

手抜きされているわけではない。
伝わってくるものが、瀬川先生のにくらべると明らかに少なく感じる。
こちらの読み方が悪いのか、と当時は思って、何度か読み返した。
それでも同じだった。

このライバル対決は、その後のステレオサウンドでも、何度か行われている。
けれど、それほどおもしろいとは感じなかった。

結局、この企画は書き手にとってかなり難しいものだといえる。
瀬川先生のがおもしろいのは、瀬川先生の文章が優れているからではなく、
瀬川先生自身、927Dst、Reference、そのどちらも惚れ込まれたモノだからである。

この点が、他の方の、他のライバル機種とで、決定的に違っている。
瀬川先生以外は、みな冷静に比較されている。
それでいいといえるのかもしれない。

だがこの企画の最初にあるのは、
瀬川先生の927Dst vs Referenceである。
まず最初に、これを読んでいる、ということを忘れてはならない。

いま、同じライバル対決を行うのであれば、
どうやればいいのかは自ずとはっきりしてくる。

そう難しいことではない。
ステレオサウンド編集部が気づいているかどうかは、私は知らない。

Date: 11月 13th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その99)

《STATE OF THE ART》賞だけでは特集としてのボリュウムが少ないため、
58号には特集2がある。
「The Match いま気になるライバル製品誌上対決!」である。

どういったライバル機種が取り上げられているか、というと……。
 EMT:927Dst vs トーレンス:Reference
 スペンドール:BCII vs ハーベス:Monitor HL
 パイオニア:S955 vs ダイヤトーン:DS505
 エスプリ:APM8 vs パイオニア:S-F1
 ビクターA-X7D vs サンスイ:AU-D707F
 ラックス:PD300 vs ビクター:TT801+TS1+CL-P10
 パイオニア:Exclusive P3 vs マイクロ:RX5000+RY5500
 フィデリティ・リサーチ:FR7 vs テクニクス:EPC1000CMK3

これらのライバル機種を、
上杉佳郎、岡俊雄、瀬川冬樹、柳沢功力の四氏が担当されている。

この企画は、それまでのステレオサウンドにはなかった。
新しい試みであり、扉ページをめくると、927DstとReferenceの写真が出てくる。
瀬川先生の担当である。6ページある。

おもしろかった。
927Dstは3,500,000円、Referenceは3,580,000円。
学生にはとても手の届かないアナログプレーヤーではあっても、
それまで瀬川先生の書かれてきたものを熱心に読んできた者にとっては、
このふたつの比較記事は、なによりも読みたかった、といえる。

期待外れではまったくなく、期待以上におもしろかった。
だから、この新企画はおもしろい、とも感じた。

そうなると、続くライバル機種のページへの期待も高まるのだが……。

Date: 11月 13th, 2016
Cate: ステレオサウンド

ステレオサウンドについて(その98)

ステレオサウンド 58号の表紙はスレッショルドのSTASIS 1だった。
57号の表紙と同じで天板をはずしての撮影で、アングルも近い。

57号表紙のハーマンカードンのCitation XXもいいアンプのひとつなのだが、
STASIS 1が次号の表紙となると、フロントパネルに色気(のようなもの)が足りないことに気づく。

58号の特集は《STATE OF THE ART》賞である。
三回目の《STATE OF THE ART》賞ということもあって、
一回目の49号とは特集自体のボリュウムも違う。

12機種が選ばれている。
一回目が49機種、二回目が17機種である。
一回目は現役の製品すべてが対象だったため、選ばれた機種が多いのは当然で、
二回目以降はいわゆる年度賞的に変っているのだから、機種数が減って当然である。

何が選ばれたのかについて、ひとつだけ書いておく。
オーディオクラフトのトーンアームAC3000MCのことである。

AC3000MCは1980年に登場した新製品ではない。
二回目の《STATE OF THE ART》賞選定で洩れてしまっている。
     *
 実をいえば、前回(昨年)のSOTAの選定の際にも、私個人は強く推したにもかかわらず選に洩れて、その無念を前書きのところで書いてしまったほどだったが、その後、付属パーツが次第に完備しはじめ、完成度の高いシステムとして、広く認められるに至ったことは、初期の時代からの愛用者のひとりとして欣快に耐えない。
     *
と瀬川先生は書かれている。
これを読んで、なんだか嬉しくなったのを憶えている。

オーディオクラフトのトーンアームは、そのころは触ったこともなかった。
58号の《STATE OF THE ART》賞では、SMEの3012-R Specialも選ばれている。
特集の巻頭にカラーのグラビアページがある。

そこではAC3000MCと3012-R Specialが並んで写っている。
レギュラー長のトーンアームとロングアーム。
違いはそれだけではない。

単体のトーンアームとして見たときに、SMEはなんと美しいのだろう、と思う。
一方AC3000MCは単体で見た時以上に、洗練されていないことを感じてしまった。

ここにメーカーとしての歴史の違いが出てくるというのか、
それ……、いくつかのことを考えながらも、
AC3000MCは、いかにも日本のトーンアームだと思っていた。

オーディオクラフトのトーンアームは、アームパイプ、ウェイト、ヘッドシェルなどのパーツが、
豊富に用意されている。
これらをうまく組み合わせることで、
使用カートリッジに対して最適な調整ができるように配慮されている。

もっともパーツ選びと調整を間違えてしまっては、元も子もないわけで、
そのことについては瀬川先生が58号で、
メーカー側にパンフレットのようなカタチで明示してほしい、と要望を出されている。

SMEとは違うアプローチで、それは日本的ともいえるアプローチで、
ユニヴァーサルアームの実現を、オーディオクラフトは目指していた。

3012-R Specialは、ナイフエッジ採用のトーンアームとしての完成形ともいっていい。
AC3000MCは、その意味では完成形とはいえない。
まだまだ発展することで、完成形へと近づいていくモノである。

SMEとオーディオクラフトは、
受動的といえるトーンアームにおいて、実に対照的でもある。

瀬川先生が、こう書かれている。
やはりこういうキャリアの永い人の作る製品の《音》は信用していいと思う、と。

瀬川先生の文章を、いま読み返すと、
賞に対して、何をおもうか、を考えてしまう。

Date: 11月 13th, 2016
Cate: 世代

世代とオーディオ(JBL 4301・その15)

別項でヴィンテージをテーマにして書いている。
これから先、どう書いていくのかほとんど決めていないが、
それでもヴィンテージをテーマにして、JBLの4301について書くことはない。

4301が登場してそろそろ40年になる。
かなり古いスピーカーではある。
けれど、4301はヴィンテージスピーカーと考えたことは、これまで一度もなかった。

なのにこんなことを書いているのは、
ネットオークションに4301が出品されていて、
そこにはヴィンテージの文字があったからだ。

オークションだから、売り手はできるだけ高く売りたい。
売り文句としてヴィンテージなのかもしれない。

それとも売り手は、本気で4301をヴィンテージスピーカーと思ってるのだろうか。
そして、それを見た人の中にも、4301をヴィンテージスピーカーと捉えてしまう人がいるのか。

4301をヴィンテージと呼ぶ人が、どういう世代なのかはわからない。
私と同じ、もしくは上の世代であれば、4301をヴィンテージとは呼ばないだろう。

4301が製造中止になって十年以上経ってからのオーディオマニアなのだろうか。
だとしても、だ。
私がオーディオに興味を持つ以前の、4301よりもずっと古いスピーカーで、
4301的位置づけのスピーカーを、ヴィンテージとは捉えない。

売らんかなだけの商売。
そこで使われる「ヴィンテージ」。
それがつけられてしまう4301(オーディオ機器)。
時代の軽量化を感じてしまう。

Date: 11月 12th, 2016
Cate: 再生音, 快感か幸福か

必要とされる音(その3)

アルテックのイギリス版といえるヴァイタヴォックス。
CN191、Bitone Majorがよく知られていた。

1970年代では、アルテックのA5、A7の音と同じで、
いくぶん古めかしいが、響きの豊かで暖かい音だ。

Bitone Majorは、システム構成からしてアルテックのMagnificentと同じといえる。

ヴァイタヴォックスの名も、1980年代以降あまりきかなくなった。
そしてカタログからも消えていった。

ヴァイタヴォックスという会社は、
軍需用を含めた業務用スピーカーメーカーとしてもいまも健在だが、
いわゆるトーキー用、コンシューマー用といわれる部門からは撤退していた。

ヴァイタヴォックスの製品ラインナップは、アルテックよりも少なかった。
ユニットの数も少ないし、スピーカーシステムの数はさらに少ない。
新製品はずっと登場していなかった。

しかもイギリスのオーディオ関係者からも存在を忘れられている──、
そんなことを瀬川先生が、ステレオサウンド 49号に書かれている。

そんなヴァイタヴォックスのスピーカーが消えてしまったのは、
会社がなくなったわけではなく、収支があわなくなった故の、その分野からの撤退なのだろう。

そうなっていったのは、新製品が発表されないから、でもあろうし、
時代にそぐわないから、なのかもしれない。

時代にそぐわない音、といえば、そうかもしれない。
だが必要とされない音ではないと思う。

Date: 11月 12th, 2016
Cate: 再生音, 快感か幸福か

必要とされる音(その2)

1980年前後は、スピーカーのマグネットが、
アルニコからフェライトへと全面的と移行せざるをえなかった時期と重なる。

アルテックもユニットをフェライト化していった。
同軸型ユニットの604-8Hは604-8KSになっていった。
ウーファー、ドライバーもフェライトになった。

タンノイもそうだが、同軸型ユニットはアルニコとフェライトの違いは、
ユニットの設計を全体でやり直すことが必要となる。

マグネットの磁気特性の違いから、アルニコとフェライトでは最適な形状が異り、
そのためフェライトにすることでユニットの奥行きはアルニコよりも短くなる。
そうなると同軸型ユニットの場合、中高域のホーン長が短くなるということに直結する。

604シリーズ中、フェライトになった604-8KSを傑作と評価する人がいるのは知っている。
その人が、アルテックに精通している人であることも知っている。

その評価を疑うわけではないが、アルテック全体として見た場合、
JBLがフェライト化に成功したのに、アルテックはお世辞にもそうとはいえない。
むしろ失敗したように映った。

アルテックは没落していく。

アルテックもJBLも元を辿ればウェスターン・エレクトリックに行き着く。
このふたつのスピーカーメーカーは浅からぬ縁もある。
JBLは生き残り、アルテックは消失した(といっていいだろう)。

アルテックが没落した理由について書きたいわけではない。
その理由は、ステレオサウンド別冊「JBL 60th Anniversary」を読めばわかる。

アルテックという会社が消失したことで、アルテック・サウンドと呼べる音も消えつつある。

Date: 11月 12th, 2016
Cate: 再生音, 快感か幸福か

必要とされる音(その1)

1970年代後半くらいまではアルテックは健在だった、といえる。
私がオーディオに興味をもちはじめてステレオサウンドを読みはじめたころ、
A7、A5といった古典的なモデルの他に、Model 15、Model 19といった、
コンシューマー用モデルも登場したばかりで、Model 19の評価は高かった。

Model 15は写真で見ても、いい恰好とはいえず興味をもてなかったが、
Model 19はずんぐりむっくりしたプロポーションが、
安定感を感じさせるとともに、そのことがアルテックの音を表しているようにも思えた。

数年前、中古を扱うオーディオ店にModel 19があった。
ひさしぶりに見たな、と思いながら、
やっぱり、このカタチは好きだな、と思い出していた。

Model 19のころ、アルテックは2ウェイでありながら、高域のレンジを延ばそうとしていた。
専用トゥイーターに比べればまだまだといえても、
従来のアルテックよりはワイドレンジになって、成功している、といわれていた。

実は私が最初に聴いたアルテックはModel 19だった。
A5、A7も現役モデルだったし、より有名ではあっても、
オーディオ店に置いてあるかどうかによって、
歴史の長いブランドにおいては、最初に聴いたモデルは、
世代によっても、どこに住んでいるのかによっても、違ってくる。

私はModel 19であり、好感をその時からもっていた。
その後、604-8Gが604-8Hになる。
620Aも620Bとなる。
そして604-8Hを中心に4ウェイ・モデル6041が登場した。

JBLの新製品の数からすればアルテックは少なかったが、
アルテック健在と思わせてくれた。

けれど1980年代にはいると、あやしくなってくる。
9861、9862のころからである。

それ以前にもA7にスーパートゥイーターを加えて3ウェイ化したA7XSを出していた。
音は聴いたことがないけれど、成功作とは決していえない。
すこし迷走しはじめた感じもあったけれど、6041の登場がそれを吹き消していた。

私は9861、9862にA7XSと同じにおいを感じていた。