Archive for 7月, 2011

Date: 7月 5th, 2011
Cate: 「介在」

オーディオの「介在」こそ(ヘッドフォンで聴くこと・続々余談)

教えてもらったは、恵比寿にもう1店舗、新宿に3店舗をもち、
そのいずれもがタンノイのレクタンギュラー・ヨークやB&Wのスピーカーシステム、
ガラードの301、マッキントッシュのアンプなど置いている。
どんな人がやっているのかはまったく知らない。
どんな雰囲気の店なのかも、ウェブサイトを見たぐらいで、それ以上のことは知らない。
どういう音が鳴っているのかも知らない。

他の店舗がどうなのかは知らないが、喫茶茶会記の常連の人に教えてもらった恵比寿の1店舗は、
若い人でにぎわっている、ときいた。
恵比寿、新宿、あわせて5店舗経営しているということは、どの店も繁盛していると思っていいだろう。

他の店舗がどうなのかは聞かなかったけれど、恵比寿の店は、音楽を聴くことを楽しむための店だ、と聞いている。
酒を飲んで騒ぐ店ではなく、私語が他の客の迷惑になるようだと注意を受けることもあるらしい。

こんな店があることは、うれしい。
でもどうにも理解できないのは、
昨日も書いたようにときには行列ができ、入店するのは待つこともある、ということ。
30代の若い人が、
いい音楽をいい装置(いい音、と書きたいところだが、行ったことがないので、あえて、装置と書く)で聴くことに、
そのために足を運び、そのためにお金を使う──、
そういう人がそんなに大勢いることに驚いた。

いま若い人に、オーディオが売れない、という話をよく聞いていたからだ。

Date: 7月 4th, 2011
Cate: 「ネットワーク」

オーディオと「ネットワーク」(facebook)

2月にアカウントをつくったまま、ほとんどほったらかしにしていたfacebook
思うことあって、使い始めました。
まだどう使っていくかを探っているところで、あれこれやっていくつもりです。

今日は、瀬川先生が描かれたアンプのデザイン画を数点公開しました。

Date: 7月 4th, 2011
Cate: 「介在」

オーディオの「介在」こそ(ヘッドフォンで聴くこと・続余談)

誕生日を迎えてひとつ歳をとれば、友人・知人も同じように毎年ひとつずつ歳をとっていく。
いちばん若い友人も今年40歳になったということで、20代・30代の友人・知人がいなくなったから、
大和田氏の指摘を読むまで、そんなことになっていようとは思いもしなかった。

もちろん20代・30代でも年配世代よりもマニアックな聴き方をしている人もいるだろうから、
大和田氏の指摘は、大まかにみて、ということだろうが、
野々村氏からのツイートにも、「けっこうそういうところ、あります」と書いてある。
野々村氏は大学で教える方だから、同じようなことを実感として感じておられたのだろう。

野々村氏からもう1通ツイートをもらっており、
そちらには携帯電話の着うた、iPod、iPhone向けの配信によって、
アルバム単位ではなく曲単位で楽曲を聴くことができるようになったことが大きい」とあった。

川崎先生の「機能性・性能性・効能性」に刺戟をうけて、
オーディオにおける「機能性・性能性・効能性」について考えはいるし、
オーディオ機器を紹介するにあたっても、
この「機能性・性能性・効能性」をベースにしていくべきと考えはいたけれど、
機能「的」な音楽の聴き方、ということにはまったく考えが至らなかった。

大和田氏、野々村氏の指摘を読んでいて、思い出したことがある。
先月の公開対談で、四谷三丁目の喫茶茶会記にいったときのことである。
すこし早めに着き、何度か会ったことのある常連の方と話していた。

その彼が最近気になっている店が、恵比寿にあり、そこにはタンノイのオートグラフがあり、
マッキントッシュの古いアンプで鳴らしていて、壁には一面アナログディスク、
さらにステレオサウンドのバックナンバーもある、という話。

その店の客層は30代が中心で、ときには入りきれず並んで待っている、という。

Date: 7月 4th, 2011
Cate: アナログディスク再生

私にとってアナログディスク再生とは(その16)

これまで私がふれてきたベルトドライヴのアナログプレーヤーについてふりかえってみて、
低トルクのモーターによるものが、音が良かった、といえる。
ただし、音が良かったベルトドライヴのプレーヤーは低トルクのモーターばかりだったが、
低トルクのモーターを使っていたら、いい音のするアナログプレーヤーというわけではない。

そして、ここでいう音の良さは、リムドライヴのアナログプレーヤーとベルトドライヴのアナログプレーヤーでは、
性質的に正反対のところにある──、そんな印象も持っている。

そのことが駆動方式の構造の、どういったところに関係していて、そういう差が出るのかは、
正直掴みきれていない。理論的にも、だが、直感的にも、こうじゃないだろうか、ということすらない。
ただ、これまでの経験から、リムドライヴではモーターのトルクはあったほうが、
ベルトドライヴではモーターのトルクはできるだけ小さいほうが、
それぞれの駆動方式ならではの音の特質を発揮してくれるように、私の耳は捉えている。

だから「20世紀の恐竜」として捉えたとき、EMTの927Dstを最後のプレーヤーとして選びたいし、
21世紀にアナログディスク再生を積極的に楽しむためのプレーヤーとしては、
ノッティンガムアナログスタジオのAnna Logを選びたい。

Date: 7月 4th, 2011
Cate: 40万の法則

40万の法則が導くスピーカーの在り方(その4)

クレデンザにウェスターン・エレクトリックの555レシーバーがそのまま取りつけられることは、
意外に知られていないようで、このことを話すと、少し驚かれることがある。

じつはこのことも池田圭氏の「盤塵集」に書いてあることで、
知識だけではあったが、10代のころに知ってはいた。
ただ実際にその音を聴くことができたのは、かなりあとのことになるが、
クレデンザ+555の音は、555にことさら関心をもっていなかった私なのに、
できれば手に入れたい、と思ってしまった。

555が優れたドライバーだということは、オーディオに関心をもち始めたころから知ってはいたし、
何度か音を聴く機会もあった。その音のすべてが十全に鳴らされていたわけではないが、
少なからぬ数の人を魅了するだけの「何か」はあると感じたものの、
だからといって池田圭氏のように、組み合わせるホーンは15Aというのは無理なこと。
ホーンとの組合せを考えると、購入できるだけの資金があるとかないとかよりも、そのことがネックに思えてくる。
家庭で使うにふさわしい、つまり劇場用ではないホーンがなければ、欲しい、という衝動までにはいたらない。

同じ劇場用のスピーカーでも、シーメンスのオイロダインは欲しい、と思うから、
ホーンがどうのというのは、後付けの理由に近いもので、
なぜか555には、モノとしての魅力もそれほど感じていなかった。

そんな私でも、クレデンザと組み合わされた555の音は、何かを変えてくれるほどの魅力があった。
クレデンザ+555の音は、いずれもモノーラルでしか聴いていない。
聴いているときは、いい音だ、と感じ、
モノーラル専用というよりもSPから復刻されたCD専用のスピーカーシステムと使ってみたい、と思っていても、
その音から離れひとりになってみると、ステレオで聴いてみたい、と思っている。

Date: 7月 4th, 2011
Cate: audio wednesday

第6回公開対談のお知らせ

今週水曜日(6日)に、2月から行なっていますイルンゴ・オーディオ楠本さんとの公開対談の6回目を行ないます。

時間は夜7時から、です。
いつものとおり四谷三丁目の喫茶茶会記のスペースをお借りして行ないますので、
1000円、喫茶茶会記にお支払いいただくことになります。ワンドリンク付きです。

Date: 7月 3rd, 2011
Cate: 「介在」

オーディオの「介在」こそ(ヘッドフォンで聴くこと・余談)

週刊文春は毎号買っている。1ヵ月分たまったところでまとめて資源回収日に出すことにしている。
で、その前にパラパラとページをめくり、読み落としているところがないか、軽くチェックする。

6月2日号の書評(文春図書館)のページ「筆者は語る」に、
「アメリカ音楽史 ミンストレル・ショウ、ブルースからヒップポップまで」の大和田俊之氏が登場されている。

そこには、世界的にみて珍しいこととして、
日本の年配世代はマニアックに自分の好きなジャンルの音楽を聴いてきた人が多く、
一方で、今の学生は、「泣きたいから」「躍りたいから」といった機能的な理由で、音楽を聴いている、とあった。

年配世代ははっきりと好きな音楽のジャンルがあり、今の学生はジャンルにとらわれず、
音楽を楽しんでいるということ、だそうだ。

大和田氏は1970年生れ、とあるから、年配世代と今の学生のあいだにいる世代ということになるのか。

「アメリカ音楽史」は、今日知ったばかりだから未読だが、
今の学生の機能的な音楽の聴き方、という指摘には、あれこれ考えさせられる。

私の周りに、「今の学生」はいないから自分で確かめようはないが、
大和田氏の指摘通りと仮定すれば、今の学生は機能的な理由で音楽を聴くわけだから、
聴く手段も機能的で、選択しているのかに、興味がわいてくる。

「躍りたいから」躍れる音楽を、躍れる場所(クラブ)で聴く、
「泣きたいから」泣ける音楽を、ひとりでひっそりとヘッドフォン(イヤフォン)・オーディオで聴く、
ということになるのだろうか。

こんなことを、今日Twitterに書いたら、野々村文宏氏からのツイートがあった。

Date: 7月 3rd, 2011
Cate: PM510, Rogers, 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ロジャース PM510・続補足)

アルテックの620Bの組合せの中に、そのことは出てくる。

620Bの組合せをつくるにあたって、
机上プランとしてアルテックの音を生かすには新しいマッキントッシュのアンプだろう、と考えられた。
このころの、新しいマッキントッシュとはC29とMC2205のことだ。
ツマミが、C26、C28、MC2105のころから変っている。
C29+MC2205の組合せは、ステレオサウンドの試聴室でも、瀬川先生のリスニングルームでも、
「ある時期のマッキントッシュがもっていた音の粗さと、身ぶりの大きさとでもいったもが、
ほとんど気にならないところまで抑えこまれて」いて、
マッキントッシュの良さを失うことなく「今日的なフレッシュな音」で4343を鳴らしていた。

なのに実際に620Bと組み合わせてみると、うまく鳴らない。
「きわめてローレベルの、ふつうのスピーカーでは出てこないようなローレベルの歪み、
あるいは音の汚れのようなもの」が、620Bでさらけ出されうまくいかない。

瀬川先生も、4343では、C29+MC2205の
「ローレベルのそうした音を、♯4343では聴き落して」おられたわけだ。

620Bの出力音圧レべは、カタログ上は103dB。4343は93dB(どちらも新JIS)。
聴感上は10dBの差はないように感じるものの、620Bは4343よりも高能率のスピーカーである。
ロジャースのPM510は、4343と同じ93dBである。

つまり4343では聴き落しがちなC29+MC2205のローレベルの音の粗さの露呈は、
スピーカーシステムの出力音圧レベルとだけ直接関係しているのではない、ということになる。

これはスピーカーシステムの不感応領域の話になってくる。
表現をかえれば、ローレベルの再現能力ということになる。

PM510は4343ほど、いわゆるワイドレンジではない。
イギリスのスピーカーシステムとしてはリニアリティはいいけれど、
4343のように音がどこまでも、どこまでも音圧をあげていけるスピーカーでもない。
どちらが、より万能的であるかということになると4343となるが、
4343よりも優れた良さをいくつか、PM510は確かに持っている。

このあたりのことが、927Dst、A68、A740の再評価につながっているはずだ。

Date: 7月 3rd, 2011
Cate: PM510, Rogers, 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ロジャース PM510・補足)

レコード芸術では、4343をスチューダーA68やルボックスのA740で鳴らすと、
4343の表現する世界が、マーレレビンソンの純正組合せで鳴らしたときも狭くなる、と発言されている。

このことだけをとりあげると、ロジャースのPM510の表現する世界も、4343と較べると狭く、
だから同じ傾向のA68、A740とうまく寄り添った結果、うまく鳴っただけのことであり、
スピーカーシステムとしての性能は、4343の方が優れている、と解釈される方もいるかもしれない。

4343とPM510では価格も違うし、ユニット構成をふくめ、投入されている物量にもはっきりとした違いがある。
PM510はイギリスのスピーカーシステムとしては久々の本格的なモノであったけれど、
4343やアメリカのスピーカーシステムを見慣れた目で見れば、
あくまでもイギリスのスピーカーにしては、ということわりがつくことになる。

だがスピーカーシステムとしての性能は……、という話になるとすこし異ってくる。

BBCモニター考」の最初に書いたことだが、
私の経験として、4343では聴きとれなかった、あるパワーアンプの音の粗さをPM510で気がついたことがあった。

「BBCモニター考」ではそのパワーアンプについてはっきりと書かなかったが、
このアンプはマッキントッシュのMC2205だった。
MC2205以前のマッキントッシュのパワーアンプならまだしも、MC2205ではそういうことはないはず、
と思われるかもしれない。私もMC2205にそういう粗さが残っていたとは思っていなかった。

しかもそのローレベルでの音の粗さが4343では聴きとれなかったから、
PM510にしたとき、MC2205の意外な程の音の粗さに驚き戸惑ってしまった。

そのときは、だれも気がついていないことを発見したような気分になっていた。
でもいま手もとにある、ステレオサウンド別冊「コンポーネントステレオの世界 ’80」の中で、
瀬川先生がすでに、MC2205のローレベルの音の粗さは、すでに指摘されていた。

Date: 7月 3rd, 2011
Cate: 40万の法則

40万の法則が導くスピーカーの在り方(その3)

B&Oのラジオは、私も見たことないし存在としてはマイナーである。
もうすこし名が知られているものとなると、クレデンザがある。

クレデンザなんて見たことないという人はおられるだろう。
けれど「クレデンザ」という固有名詞をこれまでいちども聞いたことがないという人はおられないと思う。

クレデンザは、アメリカのヴィクターが1925年11月2日にニューヨークで発表した
アクースティック蓄音器のことだ。
アクースティック蓄音器にはスピーカーはない、とうぜんアンプもない。
ピックアップが拾った振動がそのまま音になる。
だから、より大きな音量を得るためにはホーンが必要になってくる。

クレデンザは蓄音器としてもっとも大きな部類である。
つまりクレデンザの大きさはほほすべてはホーンを収めるためのものである。
より大きな音で、より低い音まで、を追求した分割折曲げホーンが収められている。

このクレデンザの周波数特性のグラフが、
ステレオサウンドから1979年に発行された池田圭氏の「音の夕映え」に載っている。
これが見事に40万の法則そのままの特性といえる。
低域はほぼ100Hzまでで、ここから下は急激に音圧が下っている。
高域も2kHzあたりとくらべるとすこし音圧は低下しているものの、ほぼ4kHzまで延びていてる。
100×4000で40万となる。

クレデンザの40万の法則は偶然なのか、それとも意図的なのか。
はっきりとしないところがあるが、クレデンザの折曲げ分割ホーンを開発したのはウェスターン・エレクトリックで、
クレデンザの登場と同じ年に特許をとっている。
つまり設計はウェスターンエレクトリック、製作がヴィクターとなる。
だからなのか、クレデンザのサウンドボックスのかわりにウェスターン・エレクトリックの555を、
何の加工もせずに、じつに簡単に取りつけられる。

Date: 7月 3rd, 2011
Cate: Bösendorfer/Brodmann Acoustics, VC7

Bösendorfer VC7というスピーカー(その20)

ひところ自転車のフレームの材質として、アルミニウムが流行ったことがあった。
それまでは、ただぼんやりとアルミは鉄よりも軽くて非磁性体だけど、強度は鉄の方が上、と思っていた。

自転車の雑誌には、各メーカーからのアルミ・フレームの新製品がほぼ毎月のように掲載されていた。
そしてアルミの種類についての記述があった。

アルミニウム、といっているけど、実際に自転車のフレームに使われるのはアルミニウム合金であって、
銅、マンガン、硅素、マグネシウム、亜鉛、ニッケルなどが加えられ、
1000番、2000番、3000番、4000番、5000番、6000番、7000番と大まかに分類され、
それぞれに、いくつかの種類が存在していることを知った。

しかも熱処理をするかしないか、するとしたら、どの程度の温度でどの程度の時間、行うかによって、
強度がまた変化することも知った。

つまり一般的な鉄よりも、ずっと硬いアルミニウム合金がある、ということだ。
その一方で、ナイフで切れるほどやわらかいアルミニウムもある、ときいている。

鉄と同等、それ以上の強度を実現しているアルミニウム合金ならば、
ピアノのフレームに使っても、強度的な問題はないはず。
アルミニウム合金でフレームをつくれば、ピアノの重量は軽くなり、運搬もすこしは楽になる。
けれどアルミニウム合金フレームのピアノは、ない。
(念のため検索してみたら、1938年にドイツのブリュートナーが、
飛行船に乗せるためにアルミ・フレームのグランドピアノを作って話題になった、とある。)

なぜアルミ・フレームのピアノは登場しないのか。
もしかすると各社、研究はしている、もしくはしていたのかもしれない。
いまの技術があれば、1938年のアルミ・フレームよりも優れたものが作れるはずなのに、
出てこないのは、やはり「音」が関係しているからだろう。

Date: 7月 2nd, 2011
Cate: 40万の法則

40万の法則が導くスピーカーの在り方(その2)

40万の法則が、人間の可聴帯域の下限と上限の積からきているとしたら、
低域に関してはそれほど個人差はないだろうけど、高域に関しては個人差があるし、
同じ人でも年齢とともに聴こえる高域の上限は低くなってくる。

若くて健康であれば40万の法則だろうが、歳をとり高域が仮に12kHzまでしか聴こえなくなっていたら、
下限の20Hzとの積で、24万の法則なってしまうのか、という反論があろう。

BBCのニクソンが、どうやってこの40万の法則を唱えるようになったのかは、
「盤塵集」を読むだけではわからない。
だからはっきりしたことは言えないのだが、
単純に下限の20と上限の20000をかけ合わせただけではないように思う。

B&Oの古い製品に、ラジオがある。
ポータブルラジオで、どんな音がするのか聴いたことはない。
このB&Oのラジオの音は、西新宿にあったサンスイのショールームで実際に聴いた人による、
ひじょうに素晴らしい音のバランスだった、ときいている。
瀬川先生が毎月行われていたチャレンジオーディオで、
このB&Oのラジオを鳴らされ、40万の法則について語られた、そうだ。

B&Oのラジオの周波数帯域は、ほぼぴったり40万の法則にそうものだったらしい。
ということはポータブルラジオで、おそらくスピーカーユニットはフルレンジ1発だろうから、
低域はせいぜい100Hz、とすると高域は4kHzということになる。
日本のメーカーだったら、同じ規模のラジオでももっと高域を延ばすことだろう。
8kHz、10kHzまで延ばすことは造作ないことだから。
もちろんB&Oも、4kHz以上まで高域を延ばすことはなんでもないことだったはず。
なのに、あえて4kHzなのである。

B&Oの、そのラジオは、ほんとうに美しい音がした──、
この話を数人の方から聞いている。

Date: 7月 2nd, 2011
Cate: 40万の法則

40万の法則が導くスピーカーの在り方(その1)

40万の法則が、ある。
といって、も若い世代の方には、なんのことかわからない方のほうが多いのではないだろうか。
私と同じ世代でも知らない方がいても不思議はない。

私はラジオ技術に、当時(1977年ごろ)連載されていた池田圭氏の「盤塵集」を読んでいたから、
オーディオに関心をもって、わりとすぐに40万の法則について知っていた。

人間の可聴範囲は20Hzから20000Hzとされている。
下限の20Hzと上限の20000Hzをかけ合せると400000(40万)になるところから、きている。

つまり理想的にはオーディオのシステム全体の周波数特性は20Hzから20000Hzまで平坦であること。
だだ実際に、とくにこの40万の法則についてあれこれ語られていた時代は、
低域も高域に関しても、そこまで帯域を延ばすことは困難なことだった。

となると音のバランスについて論じられるようになってくる。
そのあたりから40万の法則は生れてきたようで、「盤塵集」によれば、
40万の法則を最初に主張したのはBBCのニクソンという人、とのことだ。

40万の法則に則れば、低域の再生限界が仮に50Hzだとすれば、これで音のバランスがとれる高域の範囲は、
400000÷50=8000(Hz)、つまり50Hzから8kHzということになる。
低域が40Hzになると高域は10kHz、30Hzで13.33kHz、25Hzで16kHz。
こうやってみていくと高域のレンジが狭いと感じられるだろう。
それで40万の法則ではなく、50万の法則、60万の法則、というのも出てきた。

たしかに40万の法則では、いまの感覚では高域の値が低すぎると感じるけれど、
40万の法則が音のバランスついて論じられたところから生れてきたことを思い出せば、
必ずしも低い値とはいえないともいえる。

Date: 7月 2nd, 2011
Cate: PM510, Rogers, 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ロジャースPM510・その5)

ロジャースのPM510も、スペンドールのBCII、KEFのLS5/1A、105、セレッションのDitton66、
これらは大まかにいってしまえば、同じバックボーンをもつ。
開発時期の違いはあっても、スピーカーシステムとしての規模もそれほどの違いはない。

なのにBCII、Ditton66、それにLS5/1Aだけでは……、
PM510が登場するまではEMTの927Dstを手放そう、と思われたのはなぜなのか。
スチューダーのA68にしてもそうだ。
PM510が登場してきて、A68の存在を再評価されている。
なぜ、LS5/1A、BCII、Ditton66といったスピーカーシステムでは、
そこまで(再評価まで)のことを瀬川先生に思わせられなかったのか。

一時は手放そうと思われた927Dst、
アメリカのアンプばかりメインとして使ってこられた瀬川先生にとってのA68、
このふたつのヨーロッパ製のオーディオ機器の再評価に必要な存在だったのがPM510であり、
実はこのことが、瀬川先生に「PM510を『欲しい!!』と思わせるもの」の正体につながっているはずだ。

そして、このことは、このころから求められている音の変化にもつながっている、と思っている。

Date: 7月 2nd, 2011
Cate: PM510, Rogers, 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(ロジャース PM510・その4)

瀬川先生はスピーカーに関しては、システム、ユニットどちらもヨーロッパのモノを高く評価されている。
それに実際に購入されている。

音の入口となるアナログプレーヤーもEMTの930stを導入される前は、
トーレンスのTD125を使われているし、カートリッジに関してもオルトフォン、EMT、エラックなど、
こちらもヨーロッパ製のモノへの評価は高い。

けれどアンプとなると、すこし様相は違ってくる。
アンプは自作するもの、という考えでそれまでこられていた瀬川先生が最初に購入された既製品・完成品のアンプは、
マランツのModel 7であり、その#7の音を聴いたときの驚きは、何度となく書かれている。
このとき同時に購入されたパワーアンプはQUADのIIだが、こちらに対しては、わりとそっけない書き方で、
自作のパワーアンプと驚くような違いはなかった、とされている。

そして次は、JBLのプリメインアンプSA600の音の凄さに驚かれている。
SA600を聴かれたの、ステレオサウンドが創刊したばかりのことだから、1966年。
このとき1週間ほど借りることのできたSA600を、
「三日三晩というもの、仕事を放り出し、寝食を切りつめて、思いつくレコードを片端から聴き耽った」とある。

このSA600のあとにマッキントッシュのMC275で、アルテックの604Eを鳴らした音で、
お好きだったエリカ・ケートのモーツァルトの歌曲を聴いて、
この1曲のために、MC275を欲しい、と思われている。

それからはしばらくあいだがあり、1974年にマークレビンソンのLNP2と出合われた。
そしてLNP2とSAEのMark2500の組合せ、LNP2とML2の組合せ、ML6とML2Lの組合せ、となっていく。
SAEが出るまでは、パイオニアのExclusive M4を使われた時期もある。

瀬川先生のアンプの遍歴のなかに、ヨーロッパ製のアンプが登場することはない。
KEFのLS5/1Aの音に惚れ込みながらも、
ことアンプに関しては、惚れ込む対象となるヨーロッパ製のアンプはなかったとしか思えない。