Archive for category ブランド/オーディオ機器

Date: 4月 17th, 2013
Cate: 50E, QUAD, 電源

電源に関する疑問(QUAD 50E・その5)

位相反転にオートバランス回路を採用しているのは、
伊藤先生による349Aプッシュプルアンプもそうである(つまりウェストレックスのA10、A11も、である)。

伊藤先生の349AではここにE82CC(A11では6SN7)を使われている。
E82CC、6SN7、どちらも三極管である。
QUAD IIにはEF86、五極管で、回路を比較していくと、
単に三極管と五極管の違いだけとはいえない違いがあるのに気がつく。

2本のEF86のスクリーングリッドがコンデンサー(0.1μF)で結ばれている。
いうまでもなく三極管にはスクリーングリッドはないわけで、
伊藤先生の349Aアンプには、この0.1μFに相当するコンデンサーは存在しない。

オートバランスの位相反転回路の動作からいって、このコンデンサーの必要性はない。
にもかかわらずQUAD IIには使われている。

オートバランスという位相反転回路は、プッシュプル回路の上下(+側と−側)において、
信号が通る真空管の段数に違いが生じる。

通常回路図は左端が入力で横方向に信号が流れるように描かれることが多い。
プッシュプル回路の場合、上下に真空管が配置されることになる。
それで上の球、下の球という表現がなされるわけで、
ここでも上の球、下の球という表現を使って説明していく。

QUAD IIでは入力信号はまず上側のEF86で増幅される。
この出力は上側のKT66に接続される一方で、抵抗ネットワークによって分割・減衰された信号が、
下側のEF86に入力される。
つまり上側のEF86での増幅された分を抵抗ネットワークで減衰させ、
上側のEF86に入力された信号レベルと同じにするわけだ。

下側のEF86で増幅された信号は下側のKT66へと行く。
つまり上側のKT66にいく信号はEF86を一段のみ通っているのに対し、
下側のKT66への信号はEF86を二段(プラス抵抗)を通っていることになる。

Date: 4月 17th, 2013
Cate: D130, JBL

D130とアンプのこと(その40)

いまごろ思っても仕方のないことなのだが、
スタントン、ピカリングのローインピーンダンスのMM型カートリッジを、
輸入元推奨の条件以外でも積極的に試聴条件を変えて聴いておけばよかった、と思っている。

1985年のステレオサウンド 75号のカートリッジの特集の記事で、スタントンのLZ9Sも聴いている。
この記事は井上先生単独による前半の試聴記事、
それからいくつかのカートリッジをピックアップして、
井上先生による使いこなしを含めた試聴記と読者による試聴記が載っている。

75号のこの記事に登場している読者の名前は大村さんである。
この大村さんとは、私である。
井上先生との短い対談の形で試聴記を載せているため、
フルネームを考える必要はなく、どうしようかと少し考え、
瀬川先生の本名である大村を借りたわけである。

この記事の担当者も、当然私で、
スタントンのLZ9Sもこのとき聴いている。
にも関わらず、音の印象を思い出せない。
かろうじて井上先生の試聴記を読んで、そういう音だったかも……、といった程度である。
やはり、このときも音の印象を薄く感じたのだと、いまはおもう。

このときもLZ9Sの試聴に昇圧トランスは使用していない。
試聴用アンプのアキュフェーズのC200L内蔵のヘッドアンプで試聴している。

記事の後半で、試聴した30のカートリッジから12機種の大半を選んだのも、私である。
スタントンのLZ9Sは選ばなかった。
選んでいれば、昇圧トランスとの組合せも試した可能性はある。
ローインピーンダンスのMM型カートリッジの可能性を、音として実感できていたかもしれない。

Date: 4月 16th, 2013
Cate: D130, JBL

D130とアンプのこと(その39)

スタントン、ピカリングにしろ、
推奨負荷インピーダンスが100Ωとなっているものの、
内部インピーダンスの値については、どのくらいなのか調べてみると、
当時の輸入元であった三洋電機貿易の広告に、
スタントンの980LZSのスペックとして、インダクタンス:1mH、直流抵抗:3Ωと載っている。

直流抵抗=内部インピーダンスとはならないものの、
スタントン、ピカリングのローインピーダンスMM型カートリッジは、
そうとうにローインピーンダンス化されている。
つまりスタントン、ピカリングのローインピーンダンス型にはヘッドアンプのみでなく、
昇圧トランスの使用も充分考えられるし、
スタントン、ピカリングのローインピーンダンス型と同じ時代の昇圧トランスの中には、
従来のトランスのバンドパスフィルター的な特質を破るような広帯域のトランスもいくつか出ていた。

そういったトランスと組み合わせた時、
負荷インピーダンスが下ればそれだけ電流値は高くなるわけで、
電磁変換効率の面からいえばトランスに分がある、といえることになる。

こうなってくると、ローインピーンダンスのMM型カートリッジにも技術的なメリットがある、といえる。
スタントン、ピカリングのローインピーンダンス型よりも、
たしかにオルトフォンのSPUのほうがまだ電磁変換効率は高い。
けれどSPUではまず無理といえるくらい、
ピカリングとスタントンのローインピーダンス型は軽針圧を実現している。

980LZSの針圧範囲は0.5〜1.5gである。
MC型カートリッジの軽針圧の代表といえば、当時はデンオンのDL305だった。
それでも1.2g ±0.2gである。

980LZSの適性針圧が1gとして、DL305の最低針圧と同じになるが、
980LZSではさらに1gを切ることも可能である。
もっともそのためにはトーンアームの選択、入念な調整も要求されるし、
レコードを大切にする意味でも軽針圧が必ずしも優れているとは考えていないけれど、
それでもMC型とMM型の、うまい具合にいいところどりを実現している、ともいえよう。

980LZSではライズタイムも発表されている。10μsecとなっている。
ほかのカートリッジでライズタイムを発表しているものを知らないから比較しようにもできないのだが、
三洋電機貿易の広告には、通常のMC型の約2倍と書いてある。

そしてMM型ならではの針交換も簡単さも、大きな特徴である。

Date: 4月 15th, 2013
Cate: 50E, QUAD, 電源

電源に関する疑問(QUAD 50E・その4)

QUADの真空管アンプの回路のユニークさについての解説は、
ステレオサウンド別冊「往年の真空管アンプ大研究」に掲載されている石井伸一郎、上杉佳郎、是枝重治、三氏による
「QUADII+22の回路の先見性・魅力の源泉を探る」をお読みいただきたい。
(すでに絶版になっているが現在は電子書籍で入手できる)

これまでQUADの真空管アンプの回路について解説は、いくつか読んだことがある。
それでもはっきりとしないことがいくつもあって、それらがほとんどはっきりしたのが、この本のこの記事である。

QUADの真空管アンプの回路のユニークさについてこまかく解説していこうとすると、
それだけでけっこうな文量になるし、その多くを「往年の真空管アンプ大研究」から引用することになる。
なのでQAUDのアンプの詳細について知りたい方は「往年の真空管アンプ大研究」を参考にしてほしい。

「往年の真空管アンプ大研究」のQUADを記事を読んで、改めて思ったのは、
ピーター・ウォーカー氏は、五極管を使いこなしに長けていた人ともいえることだ。

コントロールアンプの22のフォノイコライザーは五極管EF86を1本だけで構成している。
しかも長年22のフォノイコライザーに関しては、CR型なのかNF型なのか、議論されてきていた。
それでも納得のいく答を出せていた人はいなかった(少なくとも私が読んだ記事の範囲においては)。

フォノイコライザーを真空管1本だけ(1段)だけで構成するのは、
三極管では増幅率が低く、まず無理であり、五極管を使うしかない。
三極管の2段構成すればもちろん可能になるわけだが、ピーター・ウォーカーはあえてそうしていない。

パワーアンプのQUAD IIもそう。
QUAD IIには三極管は使われていない(22はラインアンプはECC83の2段構成)。
初段は22のフォノイコライザーと同じEF86を2本使い、
基本的にはオートバランス型と呼ばれる位相反転回路となっている。

けれど、ここが22のフォノイコライザー同様、迷路的な回路となっていて、
なかなかその正体(動作)が把握しにくくなっている。

Date: 4月 14th, 2013
Cate: 50E, QUAD, 電源

電源に関する疑問(QUAD 50E・その3)

QUADの50Eの増幅部の回路構成は、
P-K分割の位相反転回路をもつ真空管のプッシュプルアンプの増幅素子をトランジスターに置き換えたもの、
ということで説明できるわけだが、
このことをQUADのアンプの変遷のなかでみていくと、
そこには創立者であるピーター・ウォーカーのしたたかさと柔軟さ、とでもいうべきなのか、
そういう面が浮び上ってくる。

QUADは1948年に最初のアンプQA12/P(インテグレーテッドアンプ)を出している。
KT66のプッシュプルアンプということ、それにモノクロの写真以外の資料はなく、
どんな回路構成だったのか、以前は不明だったのだが、
いまは便利なものでGoogleで検索すれば、QA12/Pの回路図は簡単に見つけ出せる。

その後1950年にQUAD Iを、1953年に今でも良く知られているQUAD IIを発表している。

この3つのアンプの回路図を比較すると、すでにQUAD IIに至る出発点としてQA12/Pが生れていたことがわかる。
なので、これからはQUADの真空管アンプ=QUAD IIとして話を進めていく。

50Eは真空管アンプのプッシュプル回路と基本的には同じである──、
実際にそうなのだが、だからといってQUAD IIの回路と同じかというと、まったく違う回路である。

真空管時代のQUADのアンプは、コントロールアンプの22にしても、パワーアンプのQUAD IIにしても、
細部をみていけばいくほど、「?」が浮んでくる、そういう回路構成となっている。

Date: 4月 14th, 2013
Cate: 50E, QUAD, 電源

電源に関する疑問(QUAD 50E・その2)

私がQUADの50Eの存在を知ったのは、ステレオサウンド 43号に載った記事である。
「クラフツマンシップの粋」という連載記事で、鼎談形式により過去の銘器について、
その時点の視点から捉え直そうというもの。

43号ではQUADの管球式アンプがとりあげられていて、
最後のところでQUAD初のソリッドステートアンプの50Eについても語られている。

山中先生の発言をひろってみる。
     *
この50Eというアンプは、いままでのパワーアンプと違って(註:QUADのそれまでの管球式アンプのこと)、完全に最初からソリッドステートということを意識したスタイリングをもっているわけで、これも大変シンプルで、しかもプロ的なイメージの強い製品として興味深いんですが、音の点でも大変ユニークな製品だったと思うんです。いわゆるソリッドステートアンプということではなく、球のアンプのもつスムーズさというか……。これはピーター・ウォーカー氏によれば、現時点ではもう特性的に魅力がないんだということですが、実際に聴いてみると、303とはやはり全然違った魅力というのはありましたね。
     *
ピーター・ウォーカーの発言がいつのことなのかは、これだけでははっきりとしないが、
ステレオサウンド 43号は1977年3月に出ている。
すでにカレントダンピングという新しい回路を搭載した405は世に登場していた。

405の登場の時の発言なのか、それとも303の時点での発言なのか。
どちらにしても50Eが「特性的に魅力がない」ということは、そのまま言葉通りに受けとめていい、と思う。

けれど音の魅力としては、山中先生の発言にもあるように「魅力がない」とはいえない。

私は43号を読んだ時点では、50Eをそういうアンプとして受けとめていた。

50Eは1965年ごろに発表されている。
もう50年近く経っている。
ステレオサウンド 43号の1977年は50Eが発表されて約10年、
製造中止になってそれほど経っていないころだ。

この間、アンプだけをみてもずいぶんと変遷があり、
あのころの50Eをみていた眼といま50Eをみている眼は、私個人に関してもずいぶんと変化してきている。

あらためて50Eの回路図を眺めていると、どこか新鮮さにつながるものを感じている。

Date: 4月 13th, 2013
Cate: 50E, QUAD, 電源

電源に関する疑問(QUAD 50E・その1)

この項の(その2)にこう書いている

真空管アンプには、いくつか採用例があったチョークインプット方式だが、
トランジスターアンプになってからは、1987年に登場したチェロのパフォーマンスまで採用例はなかった(はず)。

今日、ある方から、このことで指摘を受けた。
QUAD最初のソリッドステートアンプ50Eも、チョークインプットだ、と。

回路図を見ると、たしかにチョークインプットである。
となると、ほぼまちがいなくトランジスターアンプで最初にチョークインプットを採用したのは50Eだろう。

50Eの増幅部の回路構成は、真空管アンプのプッシュプル回路の増幅素子をそのままトランジスターに置き換えた、
そういえる回路構成である。

そのため、一般的なトランジスターアンプ(シングルエンテッドプッシュプル型)にはない位相反転回路がある。
真空管アンプのP-K分割ならぬ、トランジスターだけにC-E分割回路である。
50Eは出力トランスも搭載している。

こういう回路構成のアンプ、当時いくつかのメーカーで試作品的なものはつくられたそうだが、
実際に製品化されたのはQUADの50Eだけ、らしい。

実は増幅部の回路構成については回路図を以前みたときから知っていた。
でも、そのときは電源部にまで注意がいかなかった。

増幅部の回路構成が真空管アンプそのものであるなら、
電源部もそうである、と、なぜか当時は思わなかった。

Date: 3月 29th, 2013
Cate: D130, JBL

D130とアンプのこと(その38)

HIGH-TECHNIC SERIESにも長島先生が書かれているように、
出力電圧と負荷インピーダンスはカタログに発表されているわけだから、
それぞれのカートリッジの出力電力を計算して、
どのくらいの電磁変換効率持っているのかを、知っておくのは、
カートリッジの特性を見ていく場合、比較していく場合に必要なことでもある。

スタントン、ピカリングによるローインピーダンスのMM型カートリッジの出力電力はどのくらいになるのか。
0.3mVはシュアー V15/IIIの出力電圧の約1/10以下、
負荷インピーダンスは100Ωだから47kΩよりもずっと小さな値。
出力電圧の二乗を負荷インピーダンスで割ってみると、0.9nWとなる。
V15/IIIの約3.4倍となる。

SPUの41.66nWにはまだまだ及ばないものの、
一般的なMM型カートリッジよりも高い電磁変換効率ということになる。

ならば、これだけでも通常の47kΩ負荷のMM型カートリッジよりも、
ローインピーダンスのMM型カートリッジは技術的にも有利になるかとなると、微妙なところがある。

出力電圧ではなく出力電力の高さをいかすには、
一般的なヘッドアンプやハイゲインのフォノイコライザーでは技術的に無理といえる。

ヘッドアンプ、ハイゲインのフォノイコライザーを使っているかぎり、
優位となるのは出力電圧の高さであり、
出力電力の高さをいかすには昇圧トランスか、
入力抵抗を省いた反転型のヘッドアンプ(つまりI/V変換アンプ)ということになる。

Date: 3月 29th, 2013
Cate: D130, JBL

D130とアンプのこと(その37)

ステレオサウンド別冊HIGH-TECHNIC SERIESの2号目は長島先生によるMC型カートリッジの研究だった。
この本の60ページに、MC型カートリッジの特性の見方という章がある。
そこではオルトフォンのSPUとMM型カートリッジの代表としてシュアーのV15/IIIとの比較がなされている。

V15/IIIの出力電圧は3.5mV、SPUは0.25mV。
これだけを比較すれば圧倒的にV15/III(つまりMM型カートリッジ)のほうが、
発電効率が高い、と受け取れる。

HIGH-TECHNIC SERIESが出たのは1978年、
このころは私もそう思っていた。
インピーダンスのことは知ってはいても、出力電圧のことしか考えていなかったし、
出力電力については考えが及ばなかった。

だから長島先生によるSPUとV15/IIIの出力電力の比較は新鮮だった。

出力電力には負荷インピーダンスが関わってくる。
SPUは1.5Ω、V15/IIIは47kΩ。
そして出力電力の求め方は出力電圧の二乗を負荷インピーダンスで割った値であり、
オルトフォンSPUの出力電力は41.66nW、V15/IIIの出力電力は0.2606nWと、
出力電圧とは逆転してSPUのほうが大きい値となり、
その差も出力電圧の比較以上に大きなものとなっている。

つまりMC型カートリッジは電磁変換効率がMM型カートリッジよりも高い、といえる。
コイルの巻枠に磁性体を採用したSPUは、空芯MC型カートリッジよりもさらに高効率となる。

長島先生は、この電磁変換効率を
「針先変位に対してどのような反応を示すかのバロメーターとなる」と書かれている。

Date: 3月 28th, 2013
Cate: D130, JBL

D130とアンプのこと(その36)

ピカリングのローインピーダンスのMM型カートリッジXLZ7500Sは、
ステレオサウンドの試聴室で新製品の取材の時に聴いている。

技術的なメリットは何もないのでは? と思いつつも、
出てきた音は、ローインピーダンス化したことで得られた音なのか、
それとも各部の改良によって得られたものなのか、そのあたりははっきりしないけれども、
たしかにいままで数多く聴いてきたMM型カートリッジとはなにか違う質の良さはあったように記憶している。

でも、その記憶もここまでであって、もっと細かなことを思い出そうとしても思い出せない。
いい音だとは思って聴いていても、その音そのものの印象は強くなかった。
だからなのか確かな記憶として残っていない──、としか思えない。

スタントンにしてもピカリングにしても、ローインピーダンスのMM型カートリッジは、
いわば特殊な製品であって、ならば、ほかの一般的な仕様の製品以上に、
それならではの魅力を私は感じたい、と思うほうなので、よけいに印象が薄い。

通常のMM型カートリッジでも、印象に強く残っているカートリッジはいくつかある。
それらと比較したときに、あえてヘッドアンプやハイゲインのフォノイコライザーアンプを用意してまで、
これらローインピーダンスのMM型カートリッジを使う意味を、私は見出せなかった。

私はそんな受け取り方をしてしまったわけだが、
ピカリングもスタントンもカートリッジの老舗メーカーである。
ただ通常のMM型カートリッジとは違うためだけの製品という理由だけで、
ローインピーダンス仕様を開発したわけではないはず。

ハイゲインのフォノイコライザーアンプならば信号が通過するアンプの数は、
通常仕様のMM型カートリッジと同じとなるが、
ヘッドアンプ使用となると、アンプを1ブロック多く通ることになる。
それによるデメリットが発生してもローインピーダンス化することのメリットを、
スタントン、ピカリングの老舗カートリッジのメーカーは選択したわけである。

Date: 3月 22nd, 2013
Cate: SME

SME Series Vのこと(その6)

別項「賞からの離脱」で、いま”Best Buy”についている。

菅野先生が、ステレオサウンド 43号で”Best Buy”をあえて直訳に近い形で、最上の買物とされている。
最上の買物といっても、人によって、これもまたさまざまであろう。
けれど、私が「最上の買物」ときいて、
数あるオーディオ機器の中から真っ先に挙げたいのは、
SMEのSeries Vとタンノイのウェストミンスターのふたつである。

なぜなのか、は、これまで、この項を読まれた方ならわかってくださるだろう。

Date: 3月 12th, 2013
Cate: audio-technica

松下秀雄氏のこと(その2)

オーディオテクニカがどういう会社だったのか、
というより松下秀雄氏がどんな方だったのかについて語るのに、
私がいつも思い出すのは井上先生に関することだ。

井上先生は若いころ、
おそらくステレオサウンドがまだ創刊される前のことなのだと思う、
そのころオーディオテクニカのショールームで仕事をされていた。
これは井上先生に確認したことがあるので、ほんとうのことである。

ショールームだから、オーディオテクニカのカートリッジを聴きに人が来る。
そこで井上先生は、オーディオテクニカのカートリッジを一通り鳴らした後、
オルトフォンのSPUにつけ換えてレコードを鳴らされる。
そして、あの井上先生独特のぼそっとした口調で「こっちのほうがいいでしょう」ということをやられていた。

いま、こんなことを一回でもやったら、すぐに辞めさせられる。
それがオーディオテクニカのショールームでは黙認されていた。
誰も知らなかったわけではない。
おそらく松下氏も、井上先生がショールームで何をやられていたのかはご存知だったのではなかろうか。

私はおもう。
松下秀雄氏はオーディオテクニカの創業者であっただけでなく、
オーディオの発展のために土になられたのだ、と。

ステレオサウンド創刊当時のメンバー、
井上先生、菅野先生、瀬川先生、岩崎先生、長島先生といった才能ある人たちを、
新しい種として芽吹かせ育てるための「土」となられた、そうおもえてならない。

松下秀雄氏という、それまでになかった「土」があったからこそ、
新しい芽として誕生しオーディオ評論家という、それまではなかった木として実を結んでいった。
もし松下秀雄氏という土がなく、それまでと同じ土しかこの世になかったら、
井上先生にしても、瀬川先生にしても、ほかの方にしても、他の道を歩まれていたかもしれない。

この時代、松下秀雄氏だけではない。
グレースの創業者、朝倉昭氏もそうだったと私はおもっている。
ステレオサウンドも、またこの時代、新しい芽を誕生させ、新しい木を育てた「土」であった。

Date: 3月 12th, 2013
Cate: audio-technica

松下秀雄氏のこと(その1)

夕方ごろだったか、twitterでオーディオテクニカの創業者である松下秀雄氏が逝去されたことを知った。
松下氏のことを書こう、とおもった。

松下氏にお会いしたことはない。
ステレオサウンドにいたころに、数人の方から松下氏について断片的なことをきいていたくらいであるから、
なにかを書けるわけでもないのだが、それでも書かなければならない、とおもっていた。

オーディオテクニカはVM型のカートリッジで知られる。
VM型はいわばMM型カートリッジに属していても、
シュアー、エラックがもつMM型の特許には関係なく海外で販売されている。

シュアー、エラックによるMM型カートリッジの特許は日本では認められていない。
この件に関する、いわゆる裏話を瀬川先生からきいたことがある。
どんなことなのかはここで書くようなことではないから省くけれど、
日本のメーカーが大慌てで、シュアー、エラックの特許に対抗したわけだ。

特許は認められなかったけれど、
海外各国では認められているわけだから、日本製のMM型カートリッジは海外では販売できない。
それではカートリッジ専門メーカーであるオーディオテクニカは世界に進出できない。
そこでオーディオテクニカは独自のVM型を開発、特許をとり堂々と海外で販売してきた。

シュアー、エラックの特許申請に対して日本の大メーカー各社がとった手段と、
それら大メーカーと比較すれば小さな会社といえたオーディオテクニカがとった行動、
ここにオーディオテクニカという会社の気骨とでもいおうか、スピリットといったらいいだろうか、
それに近いものを感じる。

Date: 3月 11th, 2013
Cate: SME

SME Series Vのこと(その5)

SMEのSeries Vと同じく絶賛したいのは、タンノイのウェストミンスターだ。
私がまだステレオサウンドにいたころ、それもはやい時期に登場した、このウェストミンスターは、
数度の改良が加えられ、ほんとうにいいラッパ(ウェストミンスターにはラッパのほうがにあう)になった。

最初のウェストミンスターをステレオサウンドの試聴室で聴いた時から、
いいラッパだな……、とおもっていた。
当時はまだ若かったし、ウェストミンスターをおさめられるだけのスペースの部屋には住んでいなかったから、
手に入れたい、とは考えなかったし、
それに何度か書いてきているように、五味先生の文章からオーディオにはいってきた私にとって、
ウェストミンスターの原型となるオートグラフには、特別な思い入れがあり、
どうしても心の中で、ふたつのラッパを比較してしまう。

オートグラフの存在がなかったら、ウェストミンスターにいつかは手を出していたかもしれない。
これも書いているけれど、ウェストミンスターは一年に一度は、その音を聴きたい。

ウェストミンスターは高価なスピーカーシステムである。
しかも大きなスピーカーであるから、
このラッパを買えるくらいの予算ができたとしても、
それだけでは不充分で、やはりウェストミンスターに見合うだけの空間も用意する必要もある。
それはさほど大きな空間でなくてもいい、けれどある程度の空間は欲しい。
だから、そのための費用も必要となる。

この点がSeries Vよりも、手に入れるまでが人によっては大変になる。
けれどウェストミンスターはずっと現役のラッパとして存在してくれている。
まだまだこれからも存在してくれはずだ。
夢を持ち続けられる。
この素晴らしさを与えてくれる。

今日は二年目である。
このラッパを、あの日失った人もおられるだろう、きっと。
ウェストミンスターは、もう一度手に入れることができる。
このことがもつ意味は決して小さくない。
だからずっと現役であってほしい。

Date: 3月 7th, 2013
Cate: D130, JBL

D130とアンプのこと(続×八・音量のこと)

岩崎先生にとってビリー・ホリディの”Lady Day”が、特別な一枚であったことは、
「オーディオ彷徨」おさめられている「仄かに輝く思い出の一瞬──我が内なるレディ・ディに捧ぐ」、
それに「私とJBLの物語」を読めばわかる。
     *
その時には、本当にビリー・ホリディを知っていてよかったと心底思ったそして、D130でなくてもよいけれどそれはJBLでなければならなかった。
     *
このとき岩崎先生は、D130で”Lady Day”を聴かれている。
「JBLによって、ビリー・ホリディは、私の、ただ一枚のレコードとなり得た」、
その”Lady Day”を聴かれた音量は、ひっそりとしたものだったではないか、
そういう音量でも聴かれたのではないか、とおもうことがある。