Archive for category ブランド/オーディオ機器

Date: 12月 18th, 2013
Cate: JBL

JBLのユニットのこと(先入観・その2)

ステレオサウンド 4号から10年後に出た別冊HIGH-TECHNIC SERIES-1でも、
井上先生はJBLの130AとLE175の組合せについて書かれている。
ここでのホーンはパーフォレイテッドプレート型ではなく、
スラントプレート型の音響レンズつきのHL91である。

130Aをおさめるエンクロージュアは、
ステレオサウンド 4号ではC40(つまりハークネス)で、
HIGH-TECHNIC SERIES-1では4530。
どちらもバックローディングホーン型式である。

そういう違いはあるものの、基本的には同じユニット、エンクロージュアの組合せで、
スピーカーシステムを構成されている。

HIGH-TECHNIC SERIES-1でも、こう書かれている。
     *
システムトータルの音は、いわゆる、現在でいうJBLサウンドではないが、比較的に小音量で鳴らすときにはハイファイというよりは、ディスクならではの蓄音器的なノスタルジックな響きである。
     *
いま私は、これと基本的に同じといえるシステムで聴いている。
D130とLE175DLH、エンクロージュアはC40である。

たしかに比較的に小音量で鳴らしたときの、このシステムの音は穏やかであるし、
「蓄音器的なノスタルジックな響き」を、帯域を拡げた音とも感じられる。

Date: 12月 18th, 2013
Cate: JBL

JBLのユニットのこと(先入観・その1)

ステレオサウンド 4号の井上先生の文章では、「先入感」とあったので、
そのまま先入感としたわけだが、いうまでもなく先入観が正しい。

辞書には、前もってつくられた固定的な観念。それが自由な思考を妨げるときにいう、とある。
観念は、物事について抱く考えや意識、である。

「らしからぬ音」と口走ってしまうのは、先入観があるから、といえるし、
その先入観をつくってきたのは、オーディオ雑誌ではないか、という声もある。

そうだともいえるし、そうではない、ともいえる。
私は、そう思っている。

井上先生の、JBLのユニットについて書かれた文章は、
ステレオサウンド 4号に載っている。
ステレオサウンドが創刊されて、四冊目の号である。

ここで井上先生が書かれている「先入感」とは、何によってどうやってつくられたものなのか。
そのことを考えてみる必要はある。

先入観をつくってきた責任は、オーディオ雑誌だ、と言い切ってしまえば、
読み手としては、ある意味、楽である。
けれど、オーディオ雑誌が先入観をつくってきた、と考えることそのものが、
実は先入観であることもある。

Date: 12月 17th, 2013
Cate: JBL

JBLのユニットのこと(ある文章)

「JBLらしからぬ音」
「JBLってこういう音がするんですか」。

どんなスピーカーであっても、そのブランドイメージがあって、
そのブランドイメージによって音が語られ、音が判断されてしまうことがある。

その人なりのブランドイメージがあって、
そのイメージとそぐわない音が鳴ってきたときに、
らしからぬ音、という表現を口にするのかもしれない。

JBLらしからぬ音、タンノイらしからぬ音、アルテックらしからぬ音……、
世の中にはブランドの数だけ、この「らしからぬ音」が存在しているといえるのだが、
その中でも、JBlほど、「らしかぬ音」が使われるブランドは、他にない。

JBLが古くから知られるブランドであるから、ということは理由にはならない。
アルテックにしてもタンノイにしても、古くから同じくらいに有名なブランドである。
にもかかわらずJBLだけが突出して「らしからぬ音」が語られるのは、なぜなのか。

ある文章を引用しよう。
     *
少々のクセはあるかも知れぬが高能率のスピーカーに悪いものは少ない。どうも昨今JBLブームの感もあるが、その意見について、どうも相当な誤解のある事は事実で、JBLと云えば派手なアメリカ的な音を想像されるだろうが巷で鳴らされているJBLは、まさしくその様子である。
 然しメーカーの指示に従い正しく使用すれば使い込む必要もなく最初から、使用者の意を受ける如く、おだやかな音を出してくれるのには驚かされる。臨場感というのか将に楽器が、そこにあり、音楽を聞くものに迫ってくる感じは、装置の存在をさえ忘れる想いがする。よくクラシック向きとジャズ向きときに装置のプログラムソースに対する順応性が云われるが、この組合せ程度以上になると、どうも余り、何とか向き、を感ずる事は少なくなる。常々思う事にどうもステレオファンには固有の感覚上と定義的な先入感で楽器の音を評価する方が多い。例えば全金属性ピアノ?(響板も金属性)等どうも音の評価のみに捕われている場合によれば音楽は、苦痛の原因ともなる。先ず音を聞いて、それから音楽を聞くのならまだ幸せだろう。音を聞いて感激した事は数多いが、音楽をレコードを通して聞いて感激する事の極めて稀になってしまった私にとってJBLのスピーカーは又夢を与えてくれた様子である。
     *
井上先生の文章だ。
ステレオサウンド 4号の特集記事(組合せ)で、
JBLの130Aと175DLHを中心とした組合せについて書かれたものである。

ステレオサウンド 4号は1967年に出ている。

Date: 12月 16th, 2013
Cate: JBL

JBLのユニットのこと(ホーンについて)

JBLのスピーカーユニットにおけるコンシューマー用とプロフェッショナル用の違いがあるように、
コンプレッションドライバーと組み合わせるホーンに関しても、
JBLには、ある違いがあった。

JBLのコンシューマー用のホーンには、すべて音響レンズがつく。
スラントプレートの音響レンズ(4343などのスタジオモニターに採用されたタイプ)、
パーフォレイテッドプレートの音響レンズ(LE175DLHとHL88の、いわゆるハチの巣)、
このどちらかがつくことになる。

例外といえるのはH5038Pである。
このホーンには音響レンズはないけれど、
このホーンを採用しているJBLのスピーカーシステムはD44000 Paragonであり、
Paragonはホーンの開口部を聴き手に直接向けているわけでなく、
中央の、大きく湾曲している反射板に向けているわけで、
音響レンズをつけなかった理由もここにあり、
なんらかの拡散を行っている。

ちなみにH5038Pのプロフェッショナル版は2343である。

プロフェッショナル用のホーンにも、スラントプレート、パーフォレイテッドプレート、
どちらの音響レンズつきのホーンはある。
スラントプレート型は2391、2392、2390、2395であり、パーフォレイテッドプレートは2305である。

プロフェッショナル用では、これらの他に、ディフラクション型の2397、
ラジアルホーン2340、2345、2355、2350がある。
1980年代にはいり、バイラジアルホーンがいくつも登場してくる。

当然これらのホーンの開口部には音響レンズはない。
プロフェッショナル用では、音響レンズつきとなしがラインナップされている。

Date: 12月 15th, 2013
Cate: JBL

JBLのユニットのこと(375と2440の違い)

JBLのスピーカーユニットは、コンシューマー用とプロフェッショナル用で、
振動板に違いはない。

375と2440をくらべてみれば、磁気回路も同じである。
振動板も同じであれば、いったい何が違うのか。
375と2440(これに限ることはないけれど)を比較試聴してみれば、
コンシューマー用ユニットとプロフェッショナル用ユニットには、あきらかな音の違いがある。

375と2440を並べてみると、まずすぐにわかる違いとしては端子の違いがある。
どちらもプッシュ式の端子だが、2440についている端子の方がひとまわり大きい。

とはいえこの部分だけの違いで、375と2440の違いが生れるとは考えられない。

他に何が違うのか。
375と2440の例でいえばバックカバーの形状に、わずかな違いがある。

375のバックカバーは基本的に円である。
入力端子の取り付け位置だけ内側に凹んでいるだけで、
375の裏側となる水平面はフラットである。

2440はこの部分にわずかな傾斜がつけられている。
中心部はフラットなのだが、外周部に近くなるところで傾斜している。

375と2440のバックカバーの形状の違いはさわってみれば、すぐにわかる。

この違いが、なぜ音に影響するのか。
多少強度の違いは発生するだろうが、
これもそれほどはっきりとした音の違いになるとは考えにくい。

実はバックカバーの、このわずかな形状の違いにより、
同じ仕様の磁気回路なのだが、2440のほうが磁束密度が高くなる、という話をずっと以前にきいている。

そのころJBLの取扱いはサンスイだった。
サンスイの人たちもコンシューマー用とプロフェッショナル用のユニットの音の違いが、
なぜ生じるのか、そのことをはっきりとさせるために実験した結果、
バックカバーの形状の違いで磁束密度が変化することが判明した、とのことだ。

Date: 12月 15th, 2013
Cate: JBL

JBLのユニットのこと

いまもJBLにはプロフェッショナル用の製品がラインナップされているけれど、
輸入元はコンシューマー用とは別になっている。
以前(1980年代ごろまで)は、どちらも同じ輸入元だった。
サンスイが取り扱っていたときも、ハーマンインターナショナルに移ってからも、
コンシューマー用、プロフェッショナル用、どちらも取り扱っていた。

スピーカーシステムにもスピーカーユニットにも、
コンシューマー用とプロフェッショナル用の両方が用意されているモノがあった。

スピーカーシステムではコンシューマー用がL300、L200プロフェッショナル用が4333、4331などがあった。
スピーカーユニットも、例えばドライバーでは375のプロフェッショナル用は2440、
LE85のプロフェッショナル用は2420、LE175は2410という具合に、
トゥイーター、ウーファー、フルレンジに、コンシューマー用とプロフェッショナル用があった。

このころJBLのスピーカーユニットに夢中になっていた人にはこれから書くことはわかりきったことではあるけれど、
そうでなかった人にとっては、
コンシューマー用とプロフェッショナル用のユニットの重量の違いが気になる、らしい。

たとえば375のカタログ発表値は11.8kg、そのプロ用の2440は11.3kg。
500g、プロ用のほうが軽い。
これは375と2440だけではなく、ほかのユニットに関しても同じで、
コンシューマー用のユニットの方が重く表示されている。

なぜ、わずかとはいえ重量の差が出ているかといえば、
コンシューマー用ユニットの重量は梱包材を含めての重量であり、
プロフェッショナル用の重量はユニットそのものの重量であるからだ。

なぜJBLが、コンシューマー用ユニットでは梱包時の重量を表示するのか、
その理由はわからない。

2441を眺めていて、そうだ、と思い出したので。

Date: 12月 3rd, 2013
Cate: EXAKT, LINN

LINN EXAKTの登場の意味するところ(その8)

dbxの20/20が自動的にフラットに周波数特性を整えてくれても、
実際にそのまま音を出したところで、それで終りというわけではなく、
20/20が、いわば提示した音をベースにして、聴き手がさらに細かな調整を加えていく。

すべてを機械まかせなわけではない。

にも関わらず、粋がっていた私は、なんとなくではあったけれど、
20/20を無視するようなところがあった。

なにもかも自分の手でやらなければ、というのは、
マニアとして当り前のこととして受けとめられがちであり、
なにかオートマティックなものを使うものならば、マニアとしての濃度が薄まってしまうような、
そんな感じがどうもあるように感じてしまう。

それは既製品などを使っていては、マニアではない、という人と同じではないだろうか。
自作をやっているすべての人がそうではないことはわかっている。
でも、ごく少数ながら、自作こそがマニアとしての究極の手段であり、
それ以外はいわば妥協の産物とでもいいたがっている人がいないわけではない。

でも、そういう人でも、結局は部品という既製品を購入しているわけである。
トランジスターや真空管、抵抗やコンデンサーといった部品を購入している。
こういう部品を自作しているわけではない。

そこまで自作しているのであれば、ごく一部の自作マニアの主張にも説得力はあるけれど、
実際のところ、そんな人はどこにもいない。

どこかで誰かの手を借りているからこそ成立するのは、
なにもオーディオの世界だけではない。
ならば20/20の自動調整の力を借りて、あるところまで調整して、
それから先は自分の手で行うことは、何も恥じることではない。

Date: 11月 30th, 2013
Cate: SUMO

SUMOのThe Goldとヤマハのプリメインアンプ(その13)

パワーアンプにつきもののバイアス回路は音質に影響するだけでなく、
動的ウォームアップとも密接な関係をもつ。

だからこそ適切なバイアス回路の設計と温度補償のために、
ヒートシンクのどこにバイアス回路の一部のパーツの最適な取付け位置が重要となるわけ。

バイアス回路はそれだけ面倒な箇所ともいえる。
ならばバイアス回路をなくしてしまえないのか。
なくしてしまえば、バイアス回路に起因する問題は少なくともなくなってしまう。

ジェームズ・ボンジョルノがそう考えたのかどうかは、ボンジョルノが亡くなってしまったいまは確認もできないが、
SUMO時代のパワーアンプ、The Goldには、いわゆるバイアス回路がない。
AB級動作のThe Powerにはバイアス回路はもちろんあるけれど、
A級動作のThe Goldにはない。

これは片チャンネル当り二組のフローティング電源を必要とする、
The Gold独特の出力段の回路によって可能となっていて、
それでは出力トランジスターのバイアス電流はどうやって定めているのかといえば、
フローティング電源の他に、バイアス用の電源が用意されていて、
出力トランジスターのベース−エミッターを流れる電流を、ここで設定して、
出力トランジスターのバイアス電流は、このベース−エミッター間電流のhFE(直流電流増幅率)倍となるわけだ。

hFEは使用している出力トランジスター固有の値である。

Date: 11月 30th, 2013
Cate: EXAKT, LINN

LINN EXAKTの登場の意味するところ(その7)

dbxの20/20の威力は、ステレオサウンドの試聴室で何度か体験している。
何回かはステレオサウンドの試聴室ではないところでも体験している。

ステレオサウンドでの池田圭氏の「フラットをもってものごとの始まりとす」の連載は、
N(Jr.)さんが担当だった。
試聴室でもそれ以外の場所でも、20/20の操作を担当していたのはN(Jr.)さんだった。

完全に自動化されているのであれば、誰が使っても同じだし、
誰にでもすぐに使えるのが本来の姿ではあっても、
20/20が登場したのは1981年、いまから30年以上前のこと。

まだパソコンという言葉はなかった。
あったのかもしれないが、マイコンという言葉のほうが一般的だった。
それにまだAppleからMacintoshも登場していない、そんな時代の自動化としてみれば、
20/20の完成度は決して低いといえなかった。
むしろ、この時代のモノとしてよく出来ていた、といえよう。

それでも20/20が大きく注目されることはなかったように感じていた。
いつしか話題にならなくなったし、20/20の後継機がdbxから登場した、というニュースも届かなかった。

私も当時はそうだったし、たぶん多くのオーディオマニアもそうだったのではないかと勝手に思っているけれど、
オーディオの調整は機械まかせではいけない──、そんな風潮がどことなくあった。

グラフィックイコライザーを使うのはけっこうなことだが、
その調整を機械まかせにしていてはダメで、
自分で各周波数のツマミを動かして調整しなければならない。

いわば粋がっていたわけだ。少なくとも私は。

Date: 11月 19th, 2013
Cate: VOXATIV

VOXATIV Ampeggio Signatureのこと(その5)

音が鳴り出すまでは一抹の不安がなかったわけではない。
ステレオサウンドにVOXATIV Ampeggio Signatureが紹介された記事を読めば、
パワーアンプとの相性が、ほかのスピーカーシステムよりも難しい面があるように感じられる。

アークのブースではオーディオリサーチのアンプが組み合わされていた。

VOXATIVの原型ともいえるローサーのユニットのイメージが強いこともあってだろう、
それまで鳴らしていたフランコ・セルブリンに接がれていたダニエル・ヘルツから、
管球式のオーディオリサーチへと替えられた。

オーディオリサーチのアンプはステレオサウンドでけっこう聴いている。
今と昔とでは変化しているのだろうが、
1980年代のオーディオリサーチのアンプは高能率のスピーカーシステムと組み合わせるには、
S/N比の面で、わずかとはいえ不満を感じないわけでもなかった。

VOXATIV Ampeggio Signatureの能率は100dBを超えている。
昔のオーディオリサーチのままであるわけがない、とわかっていても、
音が鳴り出すまでは、耳障りな音も若干するのではないか、とも思っていた。

アークのブースではVOXATIVにはオーディオリサーチのアンプが常に組み合わされていた。
ダニエル・ヘルツのアンプで鳴らされることはなかった。
そういう試聴条件でどれだけ確実なことがいえるのかといえば、
まったく、としかいいようがないのはわかっていても、
VOXATIVは、それほどパワーアンプを選り好みしないように感じていた。

一曲だけでもダニエル・ヘルツのアンプで鳴らされていたならば、はっきりしたことがいえる。
それでも初日と最終日とであわせて約二時間聴いていて、
アンプとの相性を疑うような鳴り方をすることはなかった。

Date: 11月 19th, 2013
Cate: VOXATIV

VOXATIV Ampeggio Signatureのこと(その4)

オーディオにも流行り廃れはある。
技術的なことでも、外観的なことでも、音を表現する言葉にも流行り廃れはある。

ずっと以前はよく使われていた音の表現でも、
ここ10年以上、あまり目にしなくなった言葉がある一方で、
以前はあまり使われてなかった表現が、いまでも誰もが当り前のように使うようにもなっている。

たとえば「音の粒立ち」。
昔(といっても私がオーディオに関心をもち始めたころ)は、よく目にした。
それが、いまではあまり目にしなくなっている。

それから「内声部」も以前ほどは目にしなくなっている。
以前は、クラシック、オーケストラや弦楽四重奏が試聴レコードとして使われた時には、
試聴記には、内声部についての表現があったものだ。

VOXATIV Ampeggio Signatureの音を最初に聴いていて、頭に浮んでいたのは、
これらの音の表現に関することだった。

つまり、これらの音の表現が実に良くなってくれる。
だからなのだろう、音が鳴り出した瞬間に、いい音だなぁ、と感じられる。
そして音楽に進むにつれて、最初の感想に疑いをもつどころか、
ますますそのおもいが確固たるものになっていく。

Date: 11月 18th, 2013
Cate: D44000 Paragon, JBL, 瀬川冬樹

瀬川冬樹氏とスピーカーのこと(その19)

私が瀬川先生がJBLのD44000 Paragonを手に入れられたはず、と思える理由のひとつに、
岩崎先生の不在がある。

何度かこれまでも書いているように、
瀬川先生にとってのライバルは岩崎千明であったし、
岩崎先生にとってのライバルは瀬川冬樹であった。

だからパラゴンは、岩崎先生のメインスピーカーのひとつであった。
ステレオサウンド 38号に掲載されている岩崎先生のリスニングルームには、
パラゴンがいい感じでおさまっていた。

あの写真をみてしまったら、
同じオーディオ評論家としてパラゴンには手を出しにくい。

欲しければ、それが買えるのであれば何も遠慮することなく買ってしまえばいいことじゃないか──、
こんなふうに思える人はシアワセかもしれない。

岩崎先生にも瀬川先生にもオーディオ評論家としての、自負する気持があったと思う。
その気持が、パラゴンが欲しいから、私も……、ということは許せなくする。

もし岩崎先生が健在であったなら、
ステレオサウンド 59号の瀬川先生のパラゴンの文章は違った書き方になっていたはず。
その意味で、59号の文章は、瀬川先生のパラゴンへの気持・想いが発露したものだと思えてならない。

Date: 11月 17th, 2013
Cate: D44000 Paragon, JBL, 瀬川冬樹

瀬川冬樹氏とスピーカーのこと(その18)

ステレオサウンド 59号の瀬川先生のパラゴンについての文章を読み返すたびに、
あれこれおもってしまう。

だから何度も引用しておこう。
     *
 ステレオレコードの市販された1958年以来だから、もう23年も前の製品で、たいていなら多少古めかしくなるはずだが、パラゴンに限っては、外観も音も、決して古くない。さすがはJBLの力作で、少しオーディオ道楽した人が、一度は我家に入れてみたいと考える。目の前に置いて眺めているだけで、惚れ惚れと、しかも豊かな気分になれるという、そのことだけでも素晴らしい。まして、鳴らし込んだ音の良さ、欲しいなあ。
     *
この200字くらいの文章から読みとれることはいくつもある。
それは私の、瀬川先生への想い入れが深すぎるからでは決してない、と思う。

この文章を最初によんだ18の時には気づかなかったことが、いまはいくつも感じられる。

「外観も音も、決して古くない」
ここもそうだし、
「しかも豊かな気分になれる」
ここもだ。

瀬川先生とパラゴンについて、こまかいことう含めて、長々と書いていくことはできるけれど、
この文章だけで、もう充分のはずだ。

私は断言する。
瀬川先生はバラゴンを手に入れられたはずだ、と。

Date: 11月 15th, 2013
Cate: VOXATIV

VOXATIV Ampeggio Signatureのこと(その3)

VOXATIV Ampeggio Signatureの音は、
ジャーマン・フィジックスのUnicornを2002年に聴いた時と同じように、もう一度聴きたくなっていた。
だから最終日にインターナショナルオーディオショウに行った。

Unicornのときは、取扱いのタイムロードのブースでは、一日中鳴っていた。
他のスピーカーシステムが鳴っていることはなく、
どの時間帯に行ってもUnicornの音が聴けたのはありがたかった。

VOXATIV Ampeggio Signatureを取り扱っているアークの場合、そうはいかなかった。
アークのブースではVOXATIV Ampeggio Signatureの他に、ソナス・ファベールのスピーカーシステム、
それからフランコ・セルブリンのスピーカーシステムが交互に鳴らされるのだから。

最終日、朝から会場に行くことができていれば、
二回聴く機会はあったのだが、会場着は午前中に用事があったために一時過ぎだった。
最終日は終了時間は他の日よりも二時間早い。
そんなこともあって二時からの回だけを聴いてきた。

アークはオーディオ評論家と呼ばれている人による音出しではなく、
アークのスタッフによる音出しであるから、
初日に聴いた時と同じディスクが鳴らされる可能性もあった。

それはそれでもいい。
とにかくVOXATIV Ampeggio Signatureの音を、もう一度聴いておきたかったのだから。

VOXATIV Ampeggio Signatureについての説明は初日のくり返しだった。
ディスクは数枚は同じだったが、違うディスクの方が多かった。
初日とは聴く位置をあえて変えてみた。

Date: 11月 12th, 2013
Cate: EXAKT, LINN

LINN EXAKTの登場の意味するところ(その6)

池田圭氏がぎりぎり明治の生れだったとしたら、1981年の時点で70歳ということになる。
70にして、dbxの20/20を試聴もすることなく購入されたことを、どう思うのか。

池田氏はウェスターン・エレクトリックの大型ホーンを中心としたシステムを組まれている。
アンプは真空管アンプ。
池田氏の著書、盤塵集(ラジオ技術社)、音の夕映え(ステレオサウンド)を読めば、
池田氏のオーディオの考え方がある程度は掴めるし、
どういう取り組み方をされているのかも伝わってくる。

あの歳で、こういうシステムを使っている人ならば……、
そんな紋切り型の捉え方をするのであれば、
20/20の導入は、何を血迷われたのか、ということになるだろうし、
先入観にとらわれずに何でも自分で試される人という見方からすれば、
20/20の導入は自然なこととしてうつる。

池田圭氏はステレオサウンド 61号に、
「僕のオーディオは僕のためになるからである。」と書かれている。

そういう池田氏だから、20/20をすんなり導入されたのだろう。