Archive for category ブランド/オーディオ機器

Date: 4月 12th, 2018
Cate: 930st, EMT

EMT 930stのこと(ガラード301との比較・その13)

私がここまで930stに入れ込むことになったきっかけは、
いうまでもなく五味先生と瀬川先生の影響である。

ふたりの930stについて書かれたものを読んで、
興味をもたないほうが不思議におもえるくらいである。

音の入口である930stは同じであっても、
アンプは五味先生はマッキントッシュの管球式のC22とMC275のペア、
瀬川先生は世田谷の新居に引っ越されるまでは、
マークレビンソンのLNP2とSAEのMark 2500という、
最新トランジスター式のペアである。

音の傾向は対極といえる。
     *
 JBLと全く対極のような鳴り方をするのが、マッキントッシュだ。ひと言でいえば豊潤。なにしろ音がたっぷりしている。JBLのような〝一見……〟ではなく、遠目にもまた実際にも、豊かに豊かに肉のついたリッチマンの印象だ。音の豊かさと、中身がたっぷり詰まった感じの密度の高い充実感。そこから生まれる深みと迫力。そうした音の印象がそのまま形をとったかのようなデザイン……。
 この磨き上げた漆黒のガラスパネルにスイッチが入ると、文字は美しい明るいグリーンに、そしてツマミの周囲の一部に紅色の点(ドット)の指示がまるで夢のように美しく浮び上る。このマッキントッシュ独特のパネルデザインは、同社の現社長ゴードン・ガウが、仕事の帰りに夜行便の飛行機に乗ったとき、窓の下に大都会の夜景の、まっ暗な中に無数の灯の点在し煌めくあの神秘的ともいえる美しい光景からヒントを得た、と後に語っている。
 だが、直接にはデザインのヒントとして役立った大都会の夜景のイメージは、考えてみると、マッキントッシュのアンプの音の世界とも一脈通じると言えはしないだろうか。
 つい先ほども、JBLのアンプの音の説明に、高い所から眺望した風景を例として上げた。JBLのアンプの音を風景にたとえれば、前述のようにそれは、よく晴れ渡り澄み切った秋の空。そしてむろん、ディテールを最もよく見せる光線状態の昼間の風景であろう。
 その意味でマッキントッシュの風景は夜景だと思う。だがこの夜景はすばらしく豊かで、大都会の空からみた光の渦、光の乱舞、光の氾濫……。贅沢な光の量。ディテールがよくみえるかのような感じは実は錯覚で、あくまでもそれは遠景としてみた光の点在の美しさ。言いかえればディテールと共にこまかなアラも夜の闇に塗りつぶされているが故の美しさ。それが管球アンプの名作と謳われたMC275やC22の音だと言ったら、マッキントッシュの愛好家ないしは理解者たちから、お前にはマッキントッシュの音がわかっていないと総攻撃を受けるかもしれない。だが現実には私にはマッキントッシュの音がそう聴こえるので、もっと陰の部分にも光をあてたい、という欲求が私の中に強く湧き起こる。もしも光線を正面からベタにあてたら、明るいだけのアラだらけの、全くままらない映像しか得られないが、光の角度を微妙に選んだとき、ものはそのディテールをいっそう立体的にきわ立たせる。対象が最も美しく立体的な奥行きをともなってしかもディテールまで浮び上ったときが、私に最上の満足を与える。その意味で私にはマッキントッシュの音がなじめないのかもしれないし、逆にみれば、マッキントッシュの音に共感をおぼえる人にとっては、それがJBLのように細かく聴こえないところが、好感をもって受け入れられるのだろうと思う。さきにもふれた愛好家ひとりひとりの、理想とする音の世界観の相違がそうした部分にそれぞれあらわれる。
(「いま、いい音のアンプがほしい」より」
     *
C22とMC275について、瀬川先生は、
《マッキントッシュの愛好家ないしは理解者たちから、お前にはマッキントッシュの音がわかっていないと総攻撃を受けるかもしれない》
と書かれている。

けれどほんとうにそうだろうか、とおもう。

Date: 3月 12th, 2018
Cate: LNP2, Mark Levinson

Mark Levinson LNP-2(silver version・その5)

(その1)で紹介しているサイトは、
その後もシルバーパネルのLNP2についての情報が書き足されている。

シルバーパネルのLNP2は、これ一台だけなのだろうか。
だとしたら、これはやはり、マーク・レヴィンソンが、
瀬川先生のためにつくった一台なのかもしれない、というおもいが、強くなっている。

LNP2は、INPUT AMPのゲインを切り替えられる。
上記のリンク先には、こう記述されている。
     *
webを見ていて面白いことに気づいた
silver LNP のシリアルNo.は1929
この1番前のNo.1928がハイファイ堂で売られていたのだ
dB GAINを見ると0-10-20
1929のdB GAINは0-10-20-30-40
ということは
No.1001~1010 dB GAIN 0-10-20-30-40
No.1011~1928 dB GAIN 0-10-20
No.1929~○○○○ dB GAIN 0-10-20-30-40
No.○○○○~2667 dB GAIN 0-5-10-15-20
ということになる
○○○○が知りたいな
     *
このところを読んで、シルバーパネルのLNP2は、やはり瀬川先生のための一台だったんだ──、
少なくとも私のなかでは、そう信じられるようになった。

dB GAINに、30と40が加わっているからだ。
たったそれだけの理由? と思われるだろうし、
そんなことが理由になるの? とも思われるだろう。

私の勝手な思い込みなのは書いている本人がいちばん実感している。
まるで見当はずれのことを書いている可能性もある。
それでもいい。

シルバーパネルのLNP2は瀬川先生のための一台だった──、
そう信じ込んでいた方がいい、とおもう。

Date: 1月 11th, 2018
Cate: 4343, JBL

4343とB310(その27)

フルレンジからスタートする瀬川先生の4ウェイへのプラン。
このプランで、見落してはいけないのは基本的にマルチアンプドライヴである、ということ。

LCネットワークはミッドハイのハイカットとトゥイーターのローカットのみだ。
フルレンジからスタートするのはいい。
けれど、この瀬川先生のプランはアンプの数が増えるし、それだけシステムの規模は大きくなる。

そういいながらも、瀬川先生がLCネットワークを極力使われない、というのも理解できる。
フルレンジからスタートするプランであるからこそ、LCネットワークの排除とも考えられる。

フルレンジを一発で鳴らしたときの音の良さは、
ユニットが最少限ということもあるが、アンプとフルレンジユニットの間に、
コイルもコンデンサーも、抵抗も介在しないことによる良さがある。

LCネットワークでシステムを組むのであれば、
フルレンジユニットに対して、ローカットとハイカットのフィルターが入ることになる。

その26)で、4ウェイになると、ユニットは四つだが、フィルターの数は六つになり、
フィルターの数で考えれば、4ウェイは六次方程式を解くようなものだ、と書いた。

六次方程式なのは、LCネットワークであろうとマルチアンプであろうと変りはしないが、
どちらがより難しい六次方程式かといえば、LCネットワークのはずだ。

しかもネットワークの次数が高次になればなるほど、さらに難しくなっていく。
そうやって考えると、ボザークがスコーカーに16cm口径のフルレンジ的ユニットをもってきて、
ネットワークを、もっともシンプルな6dB/oct.のネットワークとしたのは、
位相重視の設計もあっただろうが、
フルレンジの音質的メリットを活かす意味合いも大きかったのではないか。

そういう視点から、
別項で書いているSICAのフルレンジユニットを中心としたマルチウェイのシステムを考え直すと、
違うシステムの構築の仕方が求められてくる。

Date: 12月 17th, 2017
Cate: JBL

なぜ逆相にしたのか(その12)

振動モードの位相に関しては、パイオニアのS3000も興味深い。
S3000は1987年ごろに登場した3ウェイのスピーカーシステムで、
最大の特徴は、三つのユニットをフロントバッフルに固定しないところにある。

パイオニアは、この取付方法をフルミッドシップマウントと呼んでいた。
トゥイーターとスコーカーはフロントバッフルの裏に設けられた二枚目のバッフル、
つまりインナーバッフルと呼べる板に取り付けてあった。

もっとも重量物であるウーファーは、
アルミダイキャストの台座を介して底板に固定してあった。

ウーファーの、そのかっこうは、
ウェスターン・エレクトリックの励磁型ウーファーにも似ていた。
ウェスターン・エレクトリックのウーファーは重量がありすぎるため、
フロントバッフルへの固定ではなく、底板への固定であった。

フルミッドシップマウントは、その後もパイオニアのスピーカーでは使われていったが、
いつのまにか消えていった、と記憶している。

確かにフロントバッフルにユニットを取り付けないことで、
フロントバッフルへの加重はほぼなくなるし、
そのことによってフロントバッフルの振動モードは大きく変化する。

もちろんユニットから伝わってくる振動も大幅に抑えられているはずだから、
それによる影響の度合も大きな変化となっているはずだ。

けれど、ここでも井上先生が、ボソッといわれたことをいまでも憶えている。
その11)に書いたことと、同じことだ。

振動モードの位相の在り方が、
フロントバッフルに固定した場合と、そうでない場合とでは変ってくる、ということ、
それにフロントバッフルと底板、フロントバッフルとインナーバッフル、
これらの振動モードの位相が同相であるわけではないこと。

それらすべてひっくるめてのスピーカーシステムの音であること。
このことを抜きにして、JBLのユニットが逆相であったことによる、
一般的な正相との音の違いについて語る(考える)ことは、やめてほしいと、
知ったかぶりの、一部の人たちには強くいいたい。

Date: 11月 27th, 2017
Cate: 930st, EMT

EMT 930stのこと(ガラード301との比較・その12)

フィリップスのLHH2000は、確かにプロフェッショナル用CDプレーヤーだった。
その数年後に登場したLHH1000は、型番の上ではプロフェッショナル用ということになるし、
トランスによるバランス出力を備えていた。

一見すればプロフェッショナル用と見えなくもない、このCDプレーヤーは、
音を聴けば、コンシューマー用CDプレーヤーであると断言できる。

LHH2000はフィリップスの開発、
LHH1000はブランド名こそフィリップスであっても、開発はマランツである。
でも、そういうこと抜きにしても、
この項でくり返し書いている音の構図という、この一点だけで、
少なくとも私の耳には、LHH1000はプロフェッショナル用とは聴こえなかった。

ことわっておくが、LHH1000の音がダメだ、といいたいのではなく、
プロフェッショナル用かコンシューマー用かを、
型番やブランドではなく、音で判断するのならば、コンシューマー用ということだけである。

LHH1000だけではない。
その後に登場したLHHの型番がつくCDプレーヤーのすべて、
プロフェッショナル用とは私は思っていない。

プロフェッショナル用が、コンシューマー用より優れている、といいたいわけではない。
このころまでのプロフェッショナル用機器には、
少なくとも優れたプロフェッショナル用機器には、
音の構図の確かさがあった、といいたいだけであるし、
私はそのことによって、
プロフェッショナル用かコンシューマー用かを判断している、ということである。

Date: 11月 27th, 2017
Cate: 930st, EMT

EMT 930stのこと(ガラード301との比較・その11)

同じことはCDプレーヤーに関しても、いえた。

スチューダーのA727を買う時に、気になっているCDプレーヤーがあった。
アキュフェーズのDP70だった。

DP70は430,000円だった。
A727とほぼ同じだった。
どちらもバランス出力を持っている。

片やプロフェッショナル用CDプレーヤー、
もう片方はコンシューマー用CDプレーヤーと、はっきりといえた。

ステレオサウンドで働いていたから、じっくりと試聴室で聴き比べた。
DP70にかなり心は傾いたのは事実だ。

情報量の多さでは、DP70といえた。
けれど、A727に最終的に決めたのは、音のデッサン力、音の構図の確かさである。

瀬川先生がステレオサウンド 59号で、
ルボックスのカセットデッキB710について書かれていることは、ここでも当てはまる。

国産カートリッジと海外製カートリッジ、
国産カセットデッキ、テープと海外製カセットデッキ、テープの音の描き方の根源的な違い、
それはDP70とA727にもあり、
そこにコンシューマー用とプロフェッショナル用の違いが加わる。

何を優先するのかは人によって違う。
だから、DP70とA727を比較して、DP70を選ぶ人もいてこそのオーディオの世界である。

A727に感じた音の構図の確かさは、フィリップスのLHH2000にもあったし、
A727の後に登場したA730も、まったくそうだ。

Date: 11月 26th, 2017
Cate: 930st, EMT

EMT 930stのこと(ガラード301との比較・その10)

EMTの930stとガラードの301+オルトフォン、
ふたつのアナログプレーヤーを比較試聴して、顕著な違いとして感じたのが、音の構図である。

音のデッサン力の確かさ、といってもいい。
この音の構図をしっかり描くのは930stであり、
ガラード+オルトフォンでは、正直心許ない印象を受けた。

ここのところに、
プロフェッショナル用とコンシューマー用の違いを意識させられる。

こう書くと、
ガラードの301もBBCで使われていたから、プロフェッショナル用ではないか、
と反論がありそうだが、
私はガラードの301をプロフェッショナル用だとはまったく思っていない。

プロフェッショナル用だから、素晴らしいわけではないし、
コンシューマー用のほうが素晴らしいモノは、けっこうある。

それなのにこんなことを書いているのは、
私が以前から感じているプロフェッショナル用機器の音の良さとは、
930stの音の良さと、共通するからである。

くり返しになるが、それが音の構図であり、音のデッサン力の確かさである。
アナログプレーヤーだけでなく、スピーカーシステムに関しても同じだ。

JBLのスピーカーシステムに感じる良さのひとつに、同じことが挙げられる。
いまやJBLのスピーカーシステムのラインナップは拡がりすぎているが、
少なくともJBLのプロフェッショナル用は、930stと同じで、確かな音の構図を描く。

すべてのプロフェッショナル用機器がそうだとまではいわないが、
優れたプロフェッショナル用機器に共通する良さは、ここにあった、といえる。

過去形で書いたのは、私がここでプロフェッショナル用として思い出しているのは、
往年のプロフェッショナル用機器ばかりであるからだ。

Date: 11月 15th, 2017
Cate: D44000 Paragon, JBL

パラゴンの形態(その8)

D44000 Paragonのデザインは、アーノルド・ウォルフだということは、
昔から知られていたし、ウォルフがどういう人なのかも、ある程度は伝えられていた。

D44000 Paragonの原型といえるスタイルを考案したのは、
リチャード・H・レンジャー(Richard Howland Ranger)であることも、
昔から伝えられていた。
けれど、どういう人物なのかは、ほとんど伝えられていなかった。

当時のアメリカで有能なエンジニアだ、ということ、
彼が考案したパラゴンの設計をJBLが買い取って、製品化したぐらいの情報だった。

リチャード・H・レンジャーの年齢もわかっていなかった。
パラゴンを考案したとき、レンジャーは幾つだったのか、
それさえも当時はわからなかった。

いまでは、WikipediaにRichard H. Rangerのページがある。
写真もある。

レンジャーは1889年6月13日生れである。
1962年1月10日に亡くなっている。

パラゴンが世に登場したのは1957年である。
レンジャーは67か68歳である。
パラゴンの構想そのものは、パラゴン誕生の10年以上前からあった、といわれている。
10年前として、57か58歳。

あらためて、すごい、とおもった。

Date: 11月 12th, 2017
Cate: Marantz, Model 7

マランツ Model 7はオープンソースなのか(その4)

瀬川先生がマランツのModel 7を購入された時のことは、
ステレオサウンド 52号に書いてある。
     *
 余談が長くなってしまったが、そうして昭和三十年代の半ばごろまでアンプは自作するものときめこんでいたが、昭和36年以降、本格的に独立してインダストリアルデザインの道を進みはじめると、そろそろ、アンプの設計や製作のための時間を作ることが困難なほど多忙になりはじめた。一日の仕事を終って家に帰ると、もうアンプの回路のことを考えたり、ハンダごてを握るよりも、好きな一枚のレコードで、何も考えずにただ疲れを癒したい、という気分になってくる。そんな次第から、もうこの辺で自作から足を洗って、何かひとつ、完成度の高いアンプを購入したい、というように考えが変ってきた。
 もうその頃になると、国内の専業メーカーからも、数少ないとはいえ各種のアンプが市販されるようになってはいたが、なにしろ十数年間、自分で設計し改造しながら、コンストラクションやデザインといった外観仕上げにまで、へたなメーカー製品など何ものともしない程度のアンプは作ってきた目で眺めると、なみたいていの製品では、これを買って成仏しようという気を起こさせない。迷いながらも選択はどんどんエスカレートして、結局、マランツのモデル7を買うことに決心してしまった。
 などと書くといとも容易に買ってしまったみたいだが、そんなことはない。当時の価格で十六万円弱、といえば、なにしろ大卒の初任給が三万円に達したかどうかという時代だから、まあ相当に思い切った買物だ。それで貯金の大半をはたいてしまうと、パワーアンプはマランツには手が出なくなって、QUADのII型(KT66PP)を買った。このことからもわたくしがプリアンプのほうに重きを置く人間であることがいえる。
 ともかく、マランツ7+QUAD/II(×2)という、わたくしとしては初めて買うメーカー製のアンプが我が家で鳴りはじめた。
 いや、こういうありきたりの書きかたは、スイッチを入れて初めて鳴った音のおどろきをとても説明できていない。
 何度も書いたように、アンプの回路設計はふつうにできた。デザインや仕上げにも人一倍うるさいことを自認していた。そういう面から選択を重ねて、最後に、マランツの回路にも仕上げにも、まあ一応の納得をして購入した。さんざん自作をくりかえしてきて、およそ考えうるかぎりパーツにぜいたくし、製作や調整に手を尽くしたプリアンプの鳴らす音というものは、ほとんどわかっていたつもりであった。
 マランツ7が最初に鳴らした音質は、そういうわたくしの予想を大幅に上廻る、というよりそれまで全く知らなかったアンプの世界のもうひとつ別の次元の音を、聴かせ、わたくしは一瞬、気が遠くなるほどの驚きを味わった。いったい、いままでの十何年間、心血そそいで作り、改造してきた俺のプリアンプは、一体何だったのだろう。いや、わたくしのプリアンプばかりではない。自作のプリアンプを、先輩や友人たちの作ったアンプと鳴きくらべもしてみて、まあまあの水準だと思ってきた。だがマランツ7の音は、その過去のあらゆる体験から想像もつかないように、緻密で、音の輪郭がしっかりしていると同時にその音の中味には十二分にコクがあった。何という上質の、何というバランスのよい音質だったか。だとすると、わたくしひとりではない、いままで我々日本のアマチュアたちが、何の疑いもなく自信を持って製作し、聴いてきたアンプというのは、あれは一体、何だったのか……。日本のアマチュアの中でも、おそらく最高水準の人たち、そのままメーカーのチーフクラスで通る人たちの作ったアンプが、そう思わせたということは、結局のところ、我々全体が井の中の蛙だったということなのか──。
     *
この時、瀬川先生はModel 7の回路図も入手されていたのだろうか。
ここにははっきりと書かれていないが、
「世界のオーディオ」のマッキントッシュ号での「私のマッキントッシュ観」では、こう書かれている。
     *
 昭和31年の2月、フランク・H・マッキントッシュは日本を訪問している。マッキントッシュ・アンプの設計者でありマッキントッシュ社の社長として日本でもよく知られていたミスター・マッキントッシュが、何の前ぶれもなしに突然日本にやって来たというので、『ラジオ技術』誌のレギュラー筆者たちが急遽彼にインタビューを申し込み、そのリポートが「マッキントッシュ氏との305分!」という記事にまとめられている。こんな古い記事のことをなんで私が憶えているのかといえば、ちょうど同じこの号が、おそらく日本で最初にマルチアンプ・システムを大々的にとりあげた特集号でもあって、「マルチスピーカーかマルチアンプか」という総合特集記事の中には、私もまた執筆者のはしくれとして名を連ねていたからでもあるが、しかしこのころの私はまた『ラジオ技術』誌のかなり熱心な愛読者でもあって、加藤秀夫、乙部融郎、中村久次、高橋三郎氏らこの道の先輩達によるマッキントッシュ氏へのインタビュウを、相当の興味を抱いて読んだこともまた確かだった。
 しかしその当時、マッキントッシュ・アンプの実物にはお目にかかる機会はほとんどなかった。というよりも日本という国全体が、高級な海外製品を輸入などできないほど貧しい時代だった。オーディオのマーケットもまだきわめて小さかった。安月給とりのアマチュアが、いくらかでもマシなアンプを手に入れようと思えば、こつこつとパーツを買い集めて図面をひいて、シャーシの設計からはじめてすべてを自作するという時代だった。回路の研究のために海外の著名なアンプの回路を調べたり分析して、マランツやマッキントッシュのアンプのこともむろん知ってはいたが、少なくとも回路設計の面からは、それら高級アンプの本当の姿を読みとることが(当時の私の知識では)できなくて、ことにマッキントッシュのパワーアップに至っては、その特殊なアウトプットトランスを製作することは不可能だったし、輸入することも思いつかなかったから、製作してみようなどと、とても考えてもみなかった。そうしてまで音を聴いてみるだけの価値のあるアンプであることなど全く知らなかった。これはマッキントッシュに限った話ではない。私ばかりでなく、当時のオーディオ・アマチュアの多くは、欧米の高級オーディオ機器の真価をほとんど知らずにいた、といえる。実物はめったに入ってこなかったし、まれに目にすることはあっても、本当の音で鳴っているのを聴く機会などなかったし、仮に音を聴いたとしても、その本当の良さが私の耳で理解できたかどうか──。
 イソップの物語に、狐と酸っぱい葡萄の話がある。おいしそうな葡萄が垂れ下がっている。狐は何度も飛びつこうとするが、どうしても葡萄の房にとどかない。やがて狐は「なんだい、あんな酸っぱい葡萄なんぞ、誰が喰ってやるものか!」と悪態をついて去る、という話だ。
 雑誌の記事や広告の写真でしか見ることのできない海外の、しかも高価なオーディオパーツは、私たち貧しいアマチュアにとって「すっぱいぶどう」であった。少なくとも私など、アメリカのアンプなんぞ回路図を調べてみれば、マランツだってマッキントッシュだってたいしたもんじゃないさ、みたいな気持を持っていた。私ばかりではない。前記の『ラジオ技術』誌あたりも、長いこと、海外のパーツについて正しい認識でとりあげていたとは思えない。そういう記事を読んでますます、なに、アメリカのオーディオ機器なんざ……という気持で固まってしまっていた。
     *
はっきりとはModel 7の回路図とは書かれてないが、
おそらくModel 7の購入にあたっては、回路図も入手されていたと思われる。

Date: 10月 15th, 2017
Cate: 107, KEF

KEFがやって来た(その22)

KEFのModel 107に関しては、少し違った方向からの考察もできなくはない。

ステレオサウンドの1975年別冊「コンポーネントの世界」、
巻頭に掲載されている鼎談(岡俊雄、黒田恭一、瀬川冬樹の三氏)。
そこでの瀬川先生の発言。
     *
瀬川 これもKEFの社長の話なんですが、いまのスピーカーでは、聴きてが左右に動いたり、ちょっと立ち上ったりすると、定位とかパースペクティブが変わってしまうんだけど、なんとかもう少し聴取位置が自由にならないものか思索中だといってました。これは位相というのが解析の一つのヒントのようだ、ともいってましたね。
     *
この発言の二年後にModel 105は登場している。
KEFの社長レイモンド・クックは、この年、来日している。
そのときのインタヴューが、ステレオサウンド別冊「コンポーネントステレオの世界 ’78」に載っている。
     *
──それではKEFの新型スピーカーシステムであるモデル105についておききしたいと思います。105は外観からはっきりわかる特長は、各ユニットの取付位置をずらせて、位相の配慮をしていることですね。これはリニアフェイズという呼び方でいいのでしょうか。
クック まず最初に申しあげておきたいことは、105はフェイズ・リニア・スピーカーではない、ということです。厳格にいいますと、実はリニアフェイズ・スピーカーというのは、技術的には不可能なことなのです。たとえば日本ではリニアフェイズとされて売られているスピーカーは、あるきまった領域でのみリニアフェイズだということなんです。大体、600〜6000Hzくらいの間なんですけど、帯域内すべてを完全にリニアフェイズにしているわけではありません。
──それでは105はどういう呼称をされているのですか。
クック KEFの105は、まだ正式な呼称は決めていないのですが、もし決めなければならないとしたら、コヒーレント・フェイズ・スピーカー(Coherent Phase Speaker)とすればいいだろうと思います。
──フェイズ・コヒーレントというのは、どういう意味ですか。
クック リニアフェイズというのはグラフで表わすと、水平の一本の線で表わしますが、フェイズ・コヒーレントは、低域から高域に行くに従って下がる、つまり傾斜していく。しかし、傾斜はしても帯域内は直線だということです。リニア・フェイズといわれるのは帯域内が一直線ではなくて、大体600Hz以下では上昇カーブを画き、6000Hz以上で下降カーブを画いています。私どもの研究では、フェイズ・リニアとフェイズ・コヒーレントのスピーカーを実際に聴きくらべてみたのですが、その判別は不可能でした。ということは、フェイズ・リニアにするために、いろんな制約を受けることよりも、もっと自由に、何も犠牲にしないで設計できる方法の方がよいと判断したわけです。
──将来コンポーネント・スピーカーはフェイズ・コヒーレントあるいはフェイズ・リニアになっていく必要がありますか。また、なっていくと思われますか。
クック なる必要があると思いますし、世界的にリニアフェイズを目指して行くでしょう。もちろん手法はいろいろわかれるとは思いますが、あまり安価なスピーカーはそこまでするかどうかはわかりませんね。KEFもフロアー型ではフェイズ・コヒーレント型以外のものをつくる意志はありません。
(中略)
──フェイズ・リニアを目標にしているスピーカーを聴く場合のチェックポイントはどんなところですか。
クック 大切なことは、軸上だけでなく、軸上からはずれたところでも聴いて、そのよしあしを判断すべきです。ですから、スピーカーの回りをグルッと回って聴くことも必要です。その場合、耳の高さもいろいろ変えてみるといっそうよくわかります。今度の105はその点非常によく出来ています。
     *
このインタヴューを読めば、聴取位置の自由度を広くしたスピーカーとして、
Model 105が開発されたとみてもいいだろう。

だが、けれども……、と思ってしまう面も、Model 105にはある。

Date: 10月 3rd, 2017
Cate: 107, KEF

KEFがやって来た(その21)

KEFのModel 107/2が製造中止になった1995年、
その翌年ごろにロジャースからLS3/5A専用サブウーファーAB1が登場している。

サブウーファーL35BをLS3/5Aに追加したReference Systemの登場から約20年、
AB1はずいぶんと変貌したサブウーファーである。

Reference Systemがウーファーに専用アンプを必要とするバイアンプ駆動だったのに対し、
AB1はハイカットフィルターを内蔵し、ウーファー用にアンプを用意する必要はない。

使用ユニットもL35Bは33cm口径に対し、
AB1はLS3/5AのウーファーB110と同等・同口径のD110である。
(LS3/5Aと同じB110という記述もある)

エンクロージュアの大きさもずいぶん違う。
L35Bは外観からして33cm口径ウーファーをおさめた一般的なエンクロージュアに対し、
AB1はウーファーを内部におさめた、いわばケルトン型の一種である。
ロジャースでは、シンメトリカリー・ローデッド型と呼んでいる。

AB1ではダクトの位置はエンクロージュアの側面にあり、
互いに内側を向くようにセッティングするように指定されている。
AB1は、LS3/5Aをそのままトールボーイ型にしたようなかっこうだ。

Reference Systemは大がかりなシステムといえたが、
AB1には手軽さがある。

ロジャースはなぜケルトン型を採用したのか。
KEFのModel 107にヒントを得たのだろうか。

AB1は、現在もロジャース・ブランドから発売されている。
それだけでなくLS3/5Aのレプリカモデルで知られるStirling Broadcastからは、
改良型ともいえるAB2が出ている。

AB2には、元スペンドールのデレク・ヒューズが関っている、とのこと。

ダクトの位置と形状、内蔵しているウーファーの口径と数などに違いはあっても、
KEFのModel 107のウーファー部のエンクロージュアはトールボーイである。
AB1も、くり返しになるがトールボーイ型である。
どちらもケルトン型。

AB1の発売年といい、なにかしらModel 107との関連性を、
私のような者はどうしても感じとってしまう。

Date: 10月 2nd, 2017
Cate: 107, KEF

KEFがやって来た(その20)

1986年に登場したModel 107は1990年まで製造されている。
その後107/2という改良モデルが1995年までつくられていた。

Model 107/2には、Raymond Cooke special editionとつけられている。
107/2が製造中止になった1995年は、レイモンド・クックが亡くなった年でもある。

レイモンド・クックはModel 107の開発にいつごろから取りかかったのだろうか。
Model 105は試作品の段階から、瀬川先生は聴かれていた。
レイモンド・クックと1976年に長時間の対談と試聴されていることは、以前書いている。

レイモンド・クックは、Model 107に関しても、そうしたかったのではないだろうか。
でも瀬川先生は1981年に亡くなられている。

瀬川先生が生きておられたら……、と思うところがある。
まずKUBEの外付けのACアダプターである。
なんとも貧弱な作りである。

これは自分で作れば済むことだ。

もうひとつは、107のHEAD ASSEMBLYについてだ。
実物と約30年を経て再び対面するまで気づかなかったが、107のHEAD ASSEMBLYは水平方向だけである。
Model 105では水平方向だけでなく仰角の調整も可能だった。

Model 105とModel 107ではスピーカー全体の高さが違う。
背の高い107では、HEAD ASSEMBLYの仰角を調整する、
つまり上に向ける必要性はない、という判断からなのだろうか。

瀬川先生ならば、この点についてなんといわれただろうか、と考える。
同時に、先に書いたテーブルの天板をサブバッフルとする聴き方をする場合には、
仰角の調整を必要とすることになる。

ただスピーカー端子を修理する必要がある。
音を出していないのは、そのためだ。
そろそろ修理する。
そして来年あたり、audio wednesdayでも鳴らしたい、と考えている(運搬が面倒だけど)。

Date: 10月 2nd, 2017
Cate: 107, KEF

KEFがやって来た(その19)

1970年代にはウイングと呼ばれるサブバッフルを装着した、
もしくはオプションとして用意していたスピーカーシステムがあった。
アルテックのA7にもウイング付のモデルがあった。

音場感の再現には、スピーカーのバッフルの横幅は狭い方が有利だ、と、
1980年代からいわれている。
たしかにそうかもしれないが、
平面バッフルの音、昔あったフロントバッフルの面積の広いスピーカーシステムの音、
朗々と鳴ってくれる良さがある。

Model 107にサブバッフル(ウイング)をつけるとしたら、
いわゆる両サイドに垂直にバッフルをたてるのではなく、
トールボーイのエンクロージュアの上部と同じ高さに水平に用意することになる。

大きめのテーブルの天板を利用するのが、実際的である。
テーブルの天板左右に、四角い孔を開ける。
サイズは107のエンクロージュアの横幅と奥行きと同寸法の孔である。

テーブルの高さは、107のエンクロージュアの高さと同じにする。
約80cmほどである。
テーブルの高さとしてもいい具合である。

テーブルの天板がそのままサブバッフル(ウイング)となるかっこうだ。
視覚的にはウーファーのエンクロージュアは隠れることになる。

その前にあるのは、HEAD ASSEMBLYだけ、となる。
何も知らない人がみたら、
テーブルの両端にダルマみたいな小型スピーカーがあるくらいの認識だろう。

けれど鳴ってくる音は、本格的な音である。
Model 107をバイロイト祝祭劇場的に重ねてみていくと、
この使い方のほうが、よりバイロイト的に思えてくる。

Date: 10月 2nd, 2017
Cate: 107, KEF

KEFがやって来た(その18)

アクティヴイコライザーのKUBEだけでもない、
アンプ側からみたスピーカーのインピーダンスを一定にするCLMだけでもない、
その両方を組み合わせているところが、
専用アンプを用意せずに……という条件での、ひとつのやり方といえる。

Model 107の音はまだ鳴らしていないから、
KUBEとCLMから成るハイブリッドクロスオーバーの効用がどの程度なのか、
耳で確かめることは、もう少し先になるが、
やはり気になるのは、
エンクロージュア上部に設けられているダクト開口部からの160Hz以下の低音が、
HEAD ASSEMBLYが受け持つ中高域にどれだけ影響を及ぼすのかである。

いわば、開口部からの音は、音のカーテンとして作用するのではないか。
そのことはレイモンド・クックも気づいていた、と思う。

通常のバスレフポートからの音の放射は、けっこうな音圧になることがある。
ヤマハのAST1のバスレフポートからの放射は、負性インピーダンス駆動ということもあって、
かなりのものだった。

そうなるとポート内でのノイズの発生が問題となってくる。
AST1ではポートの内側にフェルトが貼ってあった。
それも柔軟剤で仕上げたフェルトである。

無線と実験の当時の記事だったと記憶しているが、
ヤマハは柔軟剤もいろいろ集めてテストしたそうだ。
結果的には一般に市販されている柔軟剤を使用している。

バスレフポートの材質、形状(とくに開口部の形状)などは、
聴感上のS/N比に直接関係してくる。

ヤマハのAST方式やKEFのCoupled Cavity方式は、通常のバスレフ型以上に関係してくる。
そのことにレイモンド・クックが気づいていないわけがない。
それでもエンクロージュア上部に設けている。

たとえばトールボーイのエンクロージュアの前面上部に前向きに開口部をつければ、
上記のような問題はずっと軽減される。

音源の面積としても、HEAD ASSEMBLYとの距離もほとんど変らずに、
開口部の音の放射による中高域へのあおりを、そうとうに軽減できるはずなのに、
それでも、あの位置なのか。

そのことを考えれば考えるほどに、バイロイト祝祭劇場のことがイメージとして重なってくるし、
もうひとつのModel 107のセッティングへの関心が強くなってくる。

Date: 9月 28th, 2017
Cate: 107, KEF

KEFがやって来た(Mark Levinson ML10)

こうやってKEFのModel 107、それから105のことを書いていると、
頭の片隅から徐々に浮んでくるのが、マークレビンソンのML10のことだ。

ML10といっても実際に発売されたコントロールアンプのことではなく、
試作品として発表されたスピーカーシステムのことである。

ステレオサウンド 50号に、それは載っている。
アンプと違い、ゼロからの開発ではなく、市販品をベースにしたもの。
ベースとなっているのが、KEFのModel 105である。
記事を読んでも、このML10というスピーカーシステムのことは、ほとんどわからない。

ネットワーク、内部配線を中心にモディファイされている、ということだけである。
ユニットはそのまま同じモノが使われている。

この時にML6とML3も発表されている。
ということはML10の内部配線は銀線の可能性が非常に高い。

同時にML4という、
電源内蔵のローコスト(あくまでもマークレビンソンとしては)のコントロールアンプも、
試作品として発表されている。

ML4もML10も製品化されることはなく終ってしまった。
おそらくだが、ML4とペアとなるパワーアンプも計画されていたはずだ。

マークレビンソンは、すでにHQDシステムを完成させていた。
3ウェイのマルチアンプシステムで、アンプを含めたトータルは二千万円ほどだったはずだ。

ML4と、ローコストのパワーアンプ、それにML10というシステムが、
HQDシステムは無理でも、
マークレビンソンのトータルシステムを求めたい人に向けての構成だったのだろう。

どんな音がしていたのか、も、そうだが、
なぜ製品化されなかったのか、その理由を含めてあれこれ勝手に想像しているところ。