Archive for category 4343

Date: 11月 18th, 2008
Cate: 4343, JBL

4343とL250(その4)

なぜJBLはL250のためにデジタル・マスターレコーダーまで運んできたのか。
JBLのスタッフは、L250をデジタルのプログラムソースで聴いてほしかったためだろうが、
自社製品でもないレコーダー、それもかなりの重量物を日本まで持って来たのか。

なんの根拠もない推察だが、
おそらくL250の開発において、デジタルのソースで試聴していたのではないだろうか。

デジタルのソースで聴いた時、それまでのスピーカーとは違うよさをL250は発揮してくれる、
そう考えても良いような気がする。

B460もいっしょだったことも考え合わせたい。
L250のウーファーは14インチだが、JBLの発表によると、30Hzまでフラットに再生するという。
B460は、25Hz前後の帯域をフラットにする補正が加えられており、
実際のリスニングルームでの設置では20Hzまで拡張されるという。

−6dB/oct.のネットワークの採用、ピラミッド型のエンクロージュアなど、
あきらかに音場型スピーカーといえる特徴をもつL250、
そして音場感の再生で重要となる最低域の再生、それを受け持つB460、
この2つの組合せのよさをデモするのにふさわしいソースは、
低域再生に安定したよさを聴かせるデジタルのソースであろう。

Date: 11月 18th, 2008
Cate: 4343, JBL

4343とL250(その3)

スピーカーの周波数特性で、振幅周波数特性を重視するか位相回転の少なさをとるかで、
ネットワークの次数は自然と決ってくる。

もっともシンプルで、カーブはゆるやかたが、位相回転の少ないのは−6dB/oct.型である。

古くは、井上先生が愛用されたボザークのスピーカーがそうである。
カーブがゆるやかなため、ひとつひとつのユニットの再生周波数帯域はある程度広く、
しかも周波数特性の両端に共振峰が少ないことが求められる。
そのためホーン型ユニットで採用されることはほとんどない。

L250のユニットは、すべてダイレクトラジエーター型。しかも専用ユニットが開発されている。

エンクロージュアもピラミッド型で、上部に行くに従い細くなっている。
平行面を減らし定在波を抑えるとともに、
JBLのスピーカーにはめずらしい、ユニットまわりのバッフルの面積を小さくするなど、
いわゆる音場型スピーカー的アプローチをとっている。

L250のプロトタイプは、グレッグ・ティンバースが、自身のために作ったものとのこと。

もしかすると、L250は、それまでのJBLのスピーカーとは異り、
逆相ではなく正相ではなかったかと、いま思っている。

Date: 11月 17th, 2008
Cate: 4343, JBL

4343とL250(その2)

L250とB460が、ステレオサウンドの試聴室に持ち込まれたとき、
JBLのスタッフ2人に、ハーマン・インターナショナルの人、通訳の人、それに編集部数人。
しかもJBLのスタッフは、スピーカーだけでなく、
3M(だったはず、もしかするとサウンドストリーム製か)のデジタル・マスターレコーダーと
マスターテープからのダイレクトコピーをプログラムソースとして用意しての大がかりなものだった。

このころのステレオサウンドの試聴室は、長辺の壁にスピーカーを置いていた。
L250をかなり左右に広げて設置して、その真ん中にデジタルレコーダー。
エレベーターにぎりぎりはいったくらいの大きさと重さで、ここ以外に設置場所はなかった。
しかもB460も設置しなければならなかったのだから。

L250は型番からわかるように、それほど高価なスピーカーではない。
にも関わらず、JBLの、この力の入れようは、正直、すこし不思議に思えた。

ユニットの構成からすると、ティンバース設計の4315に近い。
ウーファーは14インチ、ミッドバスは8インチ、ミッドハイは5インチのコーン型。
トゥイーターのみ1インチ口径のドーム型。
クロスオーバー周波数は、400Hz、1.5kHz、5kHz。
4343は、300Hz、1.25kHz、9.5kHzだ。

ミッドハイとトゥイーターのクロスオーバーは1オクターブほど違うが、
もっとも異るのは、ネットワークの減衰特性である。

L250は−6dB/oct.のカーブを採用している。

Date: 11月 17th, 2008
Cate: 4343, JBL

4343とL250(その1)

JBLのスタジオモニターの4331、4333には、それぞれコンシューマーモデルがあった。
L200とL300である。

4331、4333を基本として開発されていて、フロントバッフルは傾斜しており、
床に直置きしたときに、椅子にかけた聴き手の耳の高さに合うようにである。
エンクロージュアの仕上げも丁寧で、家庭で使うにふさわしい内容のスピーカーといえる。
ダグ・ワーナーによるスタイリングだ。

4343が出たときに、そのコンシューマー版、つまりL400が出る、とうわさになっていた。
JBLが、出す、といっていたらしい。
1976年暮にステレオサウンドから出た別冊「コンポーネントステレオの世界 ’77」の
岩崎先生の組合せのページに、この話が出ている。
結局、L400は出なかった。

代わりかどうかはわからないが、82年に、L250が出る。4ウェイ構成のコンシューマーモデルだ。
手がけたのは、グレッグ・ティンバースだ。
そして同時に、ティンバースが設計した18インチ・ウーファー2245H(4345のウーファーでもある)を
搭載したサブウーファー、B460も登場した。

L250は、ハーマン・インターナショナルが、JBLを買い戻して最初に企画したスピーカーでもある。

Date: 11月 17th, 2008
Cate: 4343, 4345, JBL

4343と4344(その3)

4345がはじめてステレオサウンドに登場したとき、瀬川先生が記事を書かれている。
そのなかで、試しにバイアンプ駆動を試してみたが、最近のJBLのスピーカーシステムのネットワークは、
L150以降、格段に良くなっているため、試聴という短い時間の中では、好感触を得られなかった、とある。

JBL 60th Anniversary には、L150を手がけたエンジニアの名前の記述は見あたらないが、
おそらくL150のネットワークは、グレッグ・ティンバースの手によるものだろう。

4345の記事を読みながら思っていたのは、その新しい技術のネットワークが4343に採用されたら、
どんなに素晴らしいか……、4343に惹かれるものにとって、4345のスタイルは、音のよさは認めながらも、
やはりなんとかしてほしい、と思っていただけに、
4345のネットワーク3145を、4343に組み込んでみたいということだった。

その妄想に対するJBLの答えとなるのが4344であっても、一度試してみたいと思いつづけている。

Date: 11月 17th, 2008
Cate: 4343, JBL

4343と4344(その2)

4343と4344の違いは、こまかく見ていくと書き切れないほどある。

ユニットも、ウーファーとミッドバスだけの変更にとどまらず、
ミッドハイのドライバーも、4343、4345に搭載されている2420のダイアフラムのエッジを、
ウェスタン・エレクトリックの時代から続いていたタンジェンシャルエッジに比べ、
再生帯域内の周波数レスポンスがよりフラットで、
高調波成分も抑えられたダイアモンドエッジに変更している。
これにともないドライバーも、2420から2421となっている。

型番上はなんら変更のないトゥイーターの2405も新型ダイアフラムを採用している。

エンクロージュアも改良されている、ユニットのレイアウトも違う。
同じなのはエンクロージュアの外形寸法と、4ウェイ4スピーカーという形式ぐらいかもしれない。

すべての変更点の積み重ねによって、4343と4344の性格の違いがあるのだが、
個人的にはネットワークの存在が大きいと考えている。

4344の開発エンジニアは、グレッグ・ティンバース。
ステレオサウンド刊行のJBL 60th Anniversary には、
彼の技術の中核はネットワーク・エンジニアリングを通して、
ユニットとシステムのレスポンスを繊細にチューニングし、
最適の性能を得ることだとある。

Date: 11月 17th, 2008
Cate: 4343, JBL, 黒田恭一

4343と4344(その1)

「4343のお姉さん」とは、黒田先生が、4344に対して語られた言葉だ。
ステレオサウンドの62号に、こう書かれている。

     ※
4344の音は、4343のそれに較べて、しっとりしたひびきへの対応がより一層しなやかで、はるかにエレガントであった。したがってその音の感じは、4343の、お兄さんではなく、お姉さんというべきであった。念のために書きそえておけば、エレガント、つまり上品で優雅なさまは、充分な力の支えがあってはじめて可能になるものである。そういう意味で4344の音はすこぶるエレガントであった。
     ※
「4343のお姉さん」は、4344の特質を一言で的確に表現されている。
ただ、JBLのラインナップ、技術的な内容から言えば、4345の妹、といったほうが、よりぴったりくる。
黒田先生の表現は、あくまでも4343と4344の比較の上でなされたものだから、
4345に対してどうのということはなくて当然である。

4344は、外形寸法は4343はまったく同じである。
しかし、「4343と103」で述べたようにエンクロージュアのつくりは異る。
フロントバッフルのこともそうだが、補強棧の数、入れ方も大きく違う。

4344では、底板と天板の横方向に補強桟が入っているし、
側板の補強桟も鳴きを抑えるよりも、うまく利用するような方向に変わっている。

補強桟の断面は正方形ではなく長方形で、通常なら、補強桟を横向き、
つまり断面の長辺を補強したい板に接着する。4343もそうだった。

4344からは短辺のほうを接着している。これは現行製品の4348も同じである。

それからミッドバスのユニットは、4345と同じ2122Hに変更されるとともに、
バックキャビティも奥行きが増している。

あまり知られていないようだが、4345と4344のネットワークの回路図を見ると、
まったく同じである。コンデンサーやコイルの定数も同じだ。

ユニット・レイアウトやバスレフポートの位置もそうだし、
4345と4344の開発エンジニアは、グレッグ・ティンバースで、
4341、4343、4350は、パット・エヴァリッジであることから、
4344は4345から派生したもの、4345の妹機と見たほうがいいだろう。

Date: 11月 17th, 2008
Cate: 4343, JBL

4343と103(その2)

4343までのJBLのエンクロージュアの大きな特長は、リアバッフルを含めて、
はずさせるところが1箇所もなかった点だ。
エンクロージュア強固につくるために、ユニットもネットワークも、表からの取りつけとなっているし、
板と板の接ぎ合わせは、いわゆる接着ではなく、
JBLがウッドウェルドと呼ぶ、一種の溶接に近い方法をとっている。
エンクロージュアの材質のチップボードは、木を細かくしたチップを接着剤で練り固めたもので、
接合部に高周波加熱をすることで、チップボードから接着剤が融け出し、溶接のように一体化する。

このころのJBLのエンクロージュアは、意外にチップボードが使われていた。
積層合板を正式に採用し、それを謳ったのは、4344のフロントバッフルからのはずだ。

また4344ではドライバー、トゥイーターの交換が簡単に行なえるように、
リアバッフルの上部がネジ止めされるようになっている。
これは4345から採用されている。

4343の、向きを変えられるようにしたバッフルは、あたりまえだがネジ止めである。
フロントバッフルが一枚板で、しっかりと接着されている4341、4344とは異るし、
4343の弱い点だと指摘される方もいる。

実際、そうだろうし、4343のフロントバッフルが一枚板でしっかりと固定されていたら、
4343は、もうすこし使いこなしやすくなっていたかもしれない。
とはいえ、一枚バッフルだったら、ウーファーとレベルコントロール・パネルとの間のスリットがなくなる。
4343のカッコよさに惹かれたものにとって、これは、かなり重要なことだ。

4343のバッフルの向き変えとユニット配置は、どちらが先に発想されたのだろうか。
4341、4344と同じユニット配置では無理だし、
ウーファー、ミッドバス、ミッドハイのユニットの中心を揃えた配置だから可能なことである。
4343だけ違うユニット配置ということから推測すれば、
おそらくバッフルの向き変えの発想が先にあったのではないだろうか。

縦置き、横置き、どちらでも使えるようするという発想は、KEFの103のサイズだったらわかるが、
4343サイズのスピーカーで、それをやってしまうのは、アメリカだからできるのかもしれない。

Date: 11月 17th, 2008
Cate: 4343, JBL

4343と103(その1)

JBLの4343とKEFの103の共通点は、どちらも横置き、縦置きでも使えるように
フロントバッフルを向きを変えられるところである。

103は、鋼板のフロントバッフルには20cm口径のベクストレン・ウーファーB200と、
5cm口径のドーム型トゥイーターT52が取りつけられている。
4343は、フロントバッフルが2分割されており、ミッドバスより上の帯域、
3つのユニットとレベルコントロール・パネルが取りつけられているフロントバッフルが
取り外し可能で、向きを変えられるようになっている。

4341と4343の違いのひとつがこれであり、そのため4341にあった台座はなくなり、
4343では底板も化粧仕上げとなっている。

この構成のためもあってか、4341と4343はユニットの配置が異るし、
4343ではミッドバス、ミッドレンジ、トゥイーターの3つのユニットがぎゅっと近接している。
かわりに、ウーファーとの距離は、縦置きの場合、レベルコントロール・パネルが間にあるため
4341のときよりも離れているし、
ウーファー用のバッフルと上3つのユニット用のバッフルの間にはスリットがある。
細いスリットだが、これが4343の印象をずいぶん引き締めたものにしている。

Date: 9月 13th, 2008
Cate: 4343, JBL, 五味康祐, 瀬川冬樹

五味先生とJBL

五味先生のJBL嫌いは有名である。
ステレオサウンド刊の「オーディオ巡礼」に収められている「マタイ受難曲」の中では、こう書かれている。 
     ※
たとえばJ・B・ランシングの〝パラゴン〟の音である。知人宅にこいつがあって、行く度に聴くのだが、どうにも好きになれない。あげくには、パラゴンを愛聴する彼と絶交したくさえなってきた。誰が何と言おうと、それは、ジャズを聴くにはふさわしいがクラシカル音楽を鑑賞するスピーカー・エンクロージァとは、私には思えないし、モーツァルトの美がそこからきこえてくるのを聴いたためしがない。私の耳には、ない。知人は一人娘の主治医でもあるので、余計、始末がわるいのだが──世間では名医と評判が高いから娘のからだはまかせているけれど──こちらが大病を患っても、彼には診てもらいたくないとパラゴンを聴くたびに思うようになった。 
まあそれぐらいジムランの音色を私は好まぬ人間である。 
     ※
ここまで書かれている。パラゴンとメトロゴンの違いはあるけれど、
五味先生はパラゴンの姉妹機メトロゴンを所有されていた。しかも手放されることなく、である。 

五味先生がメトロゴンについて書かれていたのは見たことがない。
けれど、数カ月前、ステレオサウンドから出た「往年の真空管アンプ大研究」の272ページの写真をみてほしい。
「浄」の書の下にメトロゴンが置いてあるのに気がつかれるはずだ。

ことあるごとにJBLを毛嫌いされていた。
けれど、新潮社刊「人間の死にざま」に、ステレオサウンドの試聴室で、
4343を聴かれたときのことが載っている。
     ※
原価で総額二百五十万円程度の装置ということになるが、現在、ピアノを聴くにこれはもっとも好ましい組合せと社長(注:ステレオサウンドの、当時の原田社長、現会長)がいうので、聴いてみたわけである。なるほど、まことにうまい具合に鳴ってくれる。白状するが、拙宅の〝オートグラフ〟では到底、こう鮮明に響かない。私は感服した。 
(中略)〝4343〟は、同じJBLでも最近評判のいい製品で、ピアノを聴いた感じも従来の〝パラゴン〟あたりより数等、倍音が抜けきり──妙な言い方だが──いい余韻を響かせていた。(中略)楽器の余韻は、空気中を楽器から伝わってきこえるのではなくて、それら微粒子が鋭敏に楽器に感応して音を出す、といったトランジスター特有の欠点──真に静謐な空間を有たぬ不自然さ──を別にすれば、思い切って私もこの装置にかえようかとさえ思った程である。
     ※
おそらく、このころであろう、ステレオサウンドの記事「オーディオ巡礼」で、
奈良在住の南口氏のところで、4350の音を聴かれ、驚かれている。
さらに前になると、瀬川先生のところで、375と蜂の巣を中心とした3ウェイ・システムを聴かれ、
《瀬川氏へも、その文章などで、私は大へん好意を寄せていた。ジムランを私は採らないだけに、瀬川君ならどんなふうに鳴らすのかと余計興味をもったのである。その部屋に招じられて、だが、オヤと思った。一言でいうと、ジムランを聴く人のたたずまいではなかった。どちらかといえばむしろ私と共通な音楽の聴き方をしている人の住居である。部屋そのものは六疂で、狭い。私もむかし同じようにせまい部屋で、生活をきりつめ音楽を聴いたことがあった。(中略)むかしの貧困時代に、どんなに沁みて私は音楽を聴いたろう。思いすごしかもわからないが、そういう私の若い日を瀬川氏の部屋に見出したような気がした。(中略)
ボベスコのヴァイオリンでヘンデルのソナタを私は聴いた。モーツァルトの三番と五番のヴァイオリン協奏曲を聴いた。そしておよそジムラン的でない鳴らせ方を瀬川氏がするのに驚いた。ジムラン的でないとは、奇妙な言い方だが、要するにモノーラル時代の音色を、更にさかのぼってSPで聴きなじんだ音(というより音楽)を、最新のスピーカーとアンプで彼は抽き出そうと努めている。抱きしめてあげたいほどその努力は見ていて切ない。》
とステレオサウンド16号に書かれている。

Date: 9月 8th, 2008
Cate: 4343, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その6)

JBLの4341(4343)について考えてみる。 
JBLのモニターシリーズには、4333が同時期にあった。 
ユニット構成は、4341(4343)に搭載されたミッドバス2121を除けば、
ウーファーは2231A、ドライバーは2420、トゥイーターは2405と同じ。 
スピーカーの周波数特性としては、エンクロージュアのプロポーション、内容積は異るが、
上限と下限はほぼ同じである。 

4333のウーファーとミッドレンジのクロスオーバーは800Hz。
4341(4343)のウーファーとミッドバスのクロスオーバーは300Hz。 
周波数特性的には4333も4341(4343)も、2231の良好なところで使っているが、
指向性に関しては、4333は多少狭まっている帯域まで使用している。 

スピーカーの指向性は狭い方がいい、という意見もある。
部屋の影響をうけにくいから、ということで。 
けれど、再生周波数帯域内で、指向性が広いところもあれば極端に狭いところもあり、
スコーカーの帯域に行くと、また広がる、そんな不連続な指向性がいいとは思えない。 
狭くても広くても、再生帯域内では、ほぼ同じ指向性であるのが本来だろう。 

4341(4343)から、JBLの真のワイドレンジがはじまった、と言える理由が、ここにある。

Date: 9月 3rd, 2008
Cate: 4343, 瀬川冬樹, 瀬川冬樹氏のこと

瀬川冬樹氏のこと(その1)

トーレンスのアナログ・プレーヤー 〝リファレンス〟の実物をはじめて見て、 
その音を聴いたのは、もうずいぶん前のこと。 
まだ熊本にいたころ、高校3年生の時だから、27年前になる。 

熊本市内のオーディオ店(寿屋本庄店)で、 
(たしか)三カ月に1度、土日の二日連続で開催されていた 
瀬川先生の「オーディオ・ティーチイン」というイベントにおいて、である。 

そのときのラインナップは、 
トーレンスのリファレンス、 
マークレビンソンのLNP2L とSUMOのTHE GOLDの組合せで、 
スピーカーは、もちろんJBLの4343。

この時、正直にいえば、パワーアンプはTHE GOLDではなく、
LNP2LとペアになるML2L で聴きたいのに……と思っていた。

いろんなレコードの後、 
最後に、当時、優秀録音と言われていて、 
瀬川先生もステレオサウンドの試聴テストでよく使われていた 
コリン・デイヴィス指揮の ストラヴィンスキーの「火の鳥」をかけられた。 

もうイベントの終了時間はとっくに過ぎていたにもかかわらず、 
なぜか、レコードの片面を、最後まで鳴らされた。 

そのときの音は、いま聴くと、 
いわゆる「整った」音ではなかっただろう。
けれど、その凄まじさは、いまでもはっきりと憶えているほど、つよく刻まれている。

レコードによる音楽鑑賞、ではなくて、音楽体験、 
それも強烈な体験として、残っている。

聴き終わって、瀬川先生の方を見ると、 
ものすごくぐったりされていて、顔色もひどく悪い。 

いつもなら、イベント終了後、しばらく会場におられて、 
質問やリクエストを受けつけられるのに、その日は、すぐに引っ込まれた。 

「体の調子が悪いんだ。 なのに『火の鳥』、なぜ最後まで鳴らされたのかなぁ
途中で針をあげられればよかったのに……」と、 
そんなことを考えながら、店の外に出ると、
駐車場から出てきた車のうしろで、さらにぐったりされている瀬川先生の姿が見えた。