Archive for category ユニバーサルウーファー

Date: 11月 28th, 2011
Cate: ユニバーサルウーファー

スーパーウーファーについて(その18)

一部では、菅野先生の低音再生へのアプローチは、
そのほとんどがグラフィックイコライザーの調整だと思われている方がいる。
たしかにグラフィックイコライザーを積極的に活用されているのは事実だが、決してそれだけではない。

そうやって築き上げられた「低音」のうえに、JBLの375+537-500だけでなく、
ジャーマン・フィジックスのDDD型ユニットがのることになったのが数年前のこと。

それまでの菅野先生のJBLの3ウェイのシステムの中心は、
視覚的にも375+537-500だと、私は思ってきた。そう思われている方も少ないと思う。
ウーファーはこれまでにも書いたように変遷がある。
しかし中域に関しては375+537-500のままである。
ほんの一時期、375を2445に換えられたことがあったが、すぐに375に戻されている。

そういうこともあって375+537-500が中心であって、
あくまでも低音的に関しては375+-537-500とのつながり、相性ということを重視しながら調整されてきた、
とそう思い込んでいたわけだ。

それが間違っていたことに気づかされたが、DDD型ユニットの導入である。
もし菅野先生が、375+537-500を中心にシステムをまとめあげてこられていたのであれば、
同じ低音域の上に、375+537-500とはまったく異るスピーカーユニットのジャーマン・フィジックスをのせて、
うまく鳴るはずがない、からだ。
ところが、菅野先生のリスニングルームでは、低音的はまったく同じなのに、
JBLのシステムとしても、ジャーマン・フィジックスのシステムとしても、実に見事に鳴っている。

もちろんジャーマン・フィジックスの導入に当っては、さらなるチューニングをされているはずだ。
それでもジャーマン・フィジックス用に新たな低音域を用意されたわけではない。

Date: 11月 28th, 2011
Cate: ユニバーサルウーファー

スーパーウーファーについて(その17)

私がステレオサウンドで働くようになったのは1982年1月からなので、
私が聴いてきた菅野先生のJBLのシステムのウーファーは、ずっと2205ということになる。
それ以前のウーファーを使われていた時の音は聴いていない。

2205に決められてからの音しか聴いていないわけだが、
それでも菅野先生のリスニングルームでの低音の鳴り方は良くなってきている、と表現するよりも、
成長してきている、といったほうが、ぴったりかもしれない。

2205はマルチアンプで鳴らされているわけで、
パワーアンプとエレクトロニック・クロスオーバー・ネットワークのあいだに
グラフィックイコライザーを挿入されているのはよく知られていることだ。
このことがステレオサウンド 60号に載ったことで、
ウーファーのみにグラフィックイコライザーを使われていると思われている方も少なくないようだが、
これとは別に全帯域にも使っている、ということも聞いている。

グラフィックイコライザーを使うことで、電気的に低域を補整されている。
それだけではない。エンクロージュアと床の間にある台もあれこれ試されているのは話で聞いているし、
パイオニア製のエンクロージュアLE38Aも、以前の写真と比較的最近の写真を比較すると、
はっきりとした違いがみてとれる。
それに、その違いに気づかれた方は、そのまま使われていると思われるかもしれないが、
おそらくそこには、もう一工夫されているはずだ。
それはマッキントッシュのXRT20の写真も、導入時の写真とこれも比較的最近の写真を比較すると、
そこにパイオニアのLE38Aになされたことと同じことに気づかれるはずだ。

これについては菅野先生から直接聞いている。
だから、目に見えるそのままではない、と断言できる。
あれこれいくつものものを試されての一工夫(これは写真を穴が開くほどながめてもわからないこと)をされている。

だから、おそらくLE38Aに関しても、XRT20と同じ一工夫がなされているはずだ。

Date: 11月 2nd, 2011
Cate: ユニバーサルウーファー

スーパーウーファーについて(その15・続×五 余談)

低音は土台であり基本である。
そして「型」だとも思う。

型(かた)は、武道や芸道、スポーツなどで規範とされる一定の体勢や動作であり、
これを身につけることから、武道、芸道、スポーツははじまる。

型を身につけるための精進を怠れば、結果はみえている。
武道の達人による型と、素人が見様見真似でそっくりにまねた型とでは、
それにだまされる人もいるかもしれないが、見る人がみれば歴然とした違いがあり、
見様見真似の型はすぐに見破られることになる。

構えという型であっても、つまり静止している型であっても、それほど違う。
そこに動作が加わった型であれば、違いはさらに歴然となり、大きく隔たったものになってくる。

武道で型を身につけずに技を身につけることは無理なはず。

オーディオにおける低音は、この「型」でもある。

型の完成というのがあるのかどうかは私にはわからない。
けれど必要なレベルの型を身につけなければ(これが基礎)、
そこから先は存在しないことと同じではないだろうか。

型を身につけ技を身につけ、型をさらに磨いていく。
型をこえていくためには型を身につけなければならない。

結局、型に始まり型に終る、ということなのだろうか。
そうだとしたら、低音に始まり低音に終る、ということになる。

Date: 10月 10th, 2011
Cate: ユニバーサルウーファー

スーパーウーファーについて(続々続・低音再生とは)

ようするに自分の部屋で自分のスピーカーシステムで、いい音が出せればそれでいい。
そこでの手法がほかの人のところではまったく参考にならない、役に立たなくても、それでいい。

オーディオのプロフェッショナルになってそれで喰っていこう、というのであれば、
自分にとっての最適解を出すだけではなく、
普遍解(これが存在するのかは、また別項でいつか書いてみたい)、
もしくはいくつも最適解を出していくことが求められていくけれど、
オーディオのプロフェッショナルではないのだから、
自分にとっての、自分の部屋での、自分のスピーカーシステムにとっての最適解を出していけばいい。
プロならば(仕事ならば)〆切があるが、
いい音を求め出していくのに、〆切はない。じっくりと腰をすえて取り組んでいけばいい。

だからスピーカーシステムの置き台にしても、いろいろなものを試してみたほうがいい。
重くて硬い材質の置き台が必ずしもいい結果につながるわけではない。
むしろそういうもののほうが、固有の音が強すぎる面を顕にすることさえある。
それをだめだととらえることも出来るし、あえてそれを利用することも手のひとつでもある。

とにかく思いつく限りのもの、手法をやってみる。
音が良くなることもあれば、悪くなることもある。
ここで気をつけたいのは、音が良くなった、と感じたときでも、すべての面で音が良くなっているとはかぎらない。
どこか悪くなっているところもある。そこを聴き逃さないようにしたい。
それは音が悪くなった、と感じたときにもいえる。すべてが悪くなっているわけではないはずだ。
良くなっているところも、変化量が小さくて聴き逃してしまいそうになるかもしれないけれど、
必ず良くなっているところはある。

つまりトータルのとしての音の結果だけを聴き取るのではなく、
音の変化量(変化傾向と変化幅)を聴き取っていく。
だから、まずはとにかく思いつくかぎりあらゆるもの、手法を試していく。
そこで聴き取った変化量を自分の中にためこんでいく。
できればメモを残していったほうがいい。
そうやって自分のなかに経験値を増やしていけば、それらがいつか結びつき最適解を得られるはずだ。

もちろん部屋の広さによっては、スピーカーシステムの置き場所はほぼ固定されてしまい、移動できないこともある。
そういう制約の中でも、知恵を絞っていけば、そして誰かの最適解を参考にしていけば、
やれることは次々に出てくる。

Date: 10月 10th, 2011
Cate: ユニバーサルウーファー

スーパーウーファーについて(続々・低音再生とは)

低音再生は、部屋との兼ね合い・折り合いのなかでやっていくものである。
自分の部屋でいい音・いい低音を出せればいい、ということである。
つまり、自分のとっての、自分の部屋、スピーカーシステムにとっての最適解を求めていくこと、である。

だから、他の人がその人の部屋で好結果を得られた手法が、
そのまま自分の部屋でも好結果を出してくれる、とは限らない。
あくまでも、それはその人、その人の部屋、その人のスピーカーシステムなど、
いくつもの要素に対しての最適解なのだから、
それを、自分にとっての最適解とすることには無理がある。

もちろん熱心に取り組まれている人が出した最適解から学べること、参考にできることはある。
それでも、それはあくまでもその人にとっての最適解であって、自分にとっての最適解では決してない。

自分のとっての最適解は、自分の部屋で、自分のスピーカーシステムで、しかも自分で出していくしかない。

だからスピーカーシステムの下に敷く置き台に関しても、すべての人にとっての最適解、
いいかえれば普遍解、そういうものは存在しない、と思っていたほうがいい。

よくスピーカーのシステムの置き台に関して、断言的な口調で、
あれがいい、とか、これはダメだ、とか、そんなことを軽々しく口にする人がいる。
もちろん、その人はその人なり、自分の部屋、自分のスピーカーシステムで、
自分が納得できる音を出した手法であるから、
それがそのまま他の人、他の部屋、他のスピーカーシステムにもあてはまることだ、とつい思ってしまうのだろう。

でもくり返すが、あくまでもそれはその人によって、その人の環境においての最適解であって、普遍解ではない。
だから、ある人にとっての最適解は、
あくまでもそういう手法がある、という参考例として受けとめておいたほうがいい。

Date: 10月 9th, 2011
Cate: ユニバーサルウーファー

スーパーウーファーについて(続・低音再生とは)

スピーカーのセッティングに定石はない、と瀬川先生はよくいわれていた。
たしかにそうで、与えられた部屋の中で、少しでもいい音をスピーカーから引き出すためには、
思いつくかぎりのことをやってみたらいい、と私も思っている。

低音再生に関しても、というより、低音再生のほうがスピーカーのセッティング以上に定石はない、と思って、
取り組んだ方がいいと思っている。

アクースティック楽器にはピストニックモーションで音を発しているものはひとつもない。
だがスピーカーはベンディングスピーカー以外は、ほぼすべてピストニックモーションで音を出す。
このことがオーディオの難しさであり、面白さであり、
本来は部屋の広さが低音の最下限の周波数の半波長分の長さを必要とするはずなのに、
実際には狭い空間でも、ごく低い周波数の再生は決して不可能ではないことにも関係している、と考えている。

つまりピストニックモーションだから、ある程度、無理が通る。そんなふうにも受けとめている。
だからというわけではないが、いわばオーディオの正攻法だけではうまくいかない、
いいかえれば常識にとらわれていては、突破できない領域が出てくる。

たとえばスピーカーの置き台。
私がオーディオに関心をもち始めたころ(1976年)は、
ブックシェルフ型スピーカーシステムの置き台は、まずコンクリート・ブロックだった。
ちょっとつよい力でひっかくと、端のほうがぽろぽろ欠けてくる。これが標準だった。
音に配慮したスピーカーの置き台がメーカーから発売されるようになるのは、もっと後のことだ。

いまの若い人は、そんなコンクリート・ブロックを使ったことのある人はいないだろうが、
私と同じ、そして私より上の世代の方ならば、いちどはコンクリート・ブロックを使われた経験をお持ちだろう。

いまオーディオ店には、いろんな材質の、高価な置き台がいくつもある。
もうコンクリート・ブロックを使っている人なんていない、かもしれない。
それにコンクリート・ブロック、と聞いただけで、そんなもの音を悪くするだけ! と切って捨てる人もいる。

そんな扱いを受けているコンクリート・ブロックだが……。

Date: 10月 8th, 2011
Cate: ユニバーサルウーファー

スーパーウーファーについて(低音再生とは)

低音の波長は長い。
可聴範囲の最下限の20Hzの波長は、音速を340mとすれば17mになる。

オーディオの本には、低音の再生には部屋の一辺の長さが再生したい低音の最下限の半波長分が必要となる、
と書かれている。
つまり20Hzまで再生したければ、当然そこまで再生できるスピーカーが必要になるばかりではなく、
最低では20Hzの波長、8.5mの距離が部屋のどこかになくてはならない、ということだ。
天井高が8.5mの部屋なんて、そうないだろう。
となると部屋の縦方向か横方向の一辺が8.5m。
仮に正方形の部屋とすれば、8.5m×8.5mは72.25㎡になる。40畳ほどの、かなり広い部屋だ。
もうすこし一辺が8.5mより短いとしても、極端に短くなってしまうとプロポーションがひどいものになり、
音響的に好ましくない結果を生むことになる。
となると常識的な比率からもう一辺を決めれば、やはり日本では贅沢な空間となってしまう。

理想をいえば半波長なんてけちくさいことをいわずに20Hzの一波長分、
つまり一辺が17m以上ある部屋ということになる。
17m×17mは289㎡……。もう夢の話になる(私にとっては)。

だから広い空間を用意できない人は、低音再生はあきらめたほうがいい、というふうにも、
ここのことを持ち出していわれる。
そして「部屋が狭いから低音はいさぎよくあきらめました」とか
「質の悪い低音を無理に出すよりも出さない方が、音全体のクォリティは高くなる」などいう人もいる。

半波長の長さを必要とする──、
これは果してスピーカー(ウーファー)から音を出している場合にもあてはまることなのだろうか。

ウーファーのほほすべてはピストニックモーションで空気を、いわば強制駆動している。
実際の楽器が低い音をだしているときの空気のふるまいと、
ウーファーが低い音を再生しているときの空気のふるまいを、同一視していいのだろうか。

共通するところは多い、とは思う反面、音の出し方そのものが大きく異るため、
違う捉え方も要求されるはずである。

私の経験からいえば、たしかに広い空間のほうが、無理を感じさせない、自然な低音を出しやすい。
そのことは否定しないし、広い部屋は欲しいけれど、
狭い部屋だからといって、質の高い低音が出せないわけではない。
ただ難しい、というだけにすぎない。

だから部屋が狭いから……、などという言い分けはせずに、
そして固定観念、それに一般的な常識にはいっさいとらわれずに、
あれこれ挑戦してこそ、低音再生はおもしろい、といえる。

つまり低音再生は、鳴らす部屋込みで考えるべきもの、ということを忘れないでほしい。

Date: 9月 26th, 2011
Cate: 4343, JBL, ユニバーサルウーファー

スーパーウーファーについて(その15・続々続々余談)

このレベル調整の大事なところのひとつは、ものには順番がある、ということ。
これは、スピーカーシステムのレベル調整だけではなくて、システム全体の調整についても同じことがいえる。

基本的にシステムの調整は、音の入口側(上流側ともいう)、
つまりアナログプレーヤー、CDプレーヤーから手をつけていく。
ここが一通り終ったら、次はアンプにうつり、スピーカーシステムへと手をつける。
長年愛用してきて、ずっと調整をしてきたシステムであれば、どこか一箇所に手をつけることのほうが多くなるが、
システムを構築したばかりのころは、今日はアンプ関係を、明日はスピーカーシステムを、と、
気のむくままにあちこちに手をつけるのではなくて、基本にしたがい音の入口側からきちんとやっていく。

スピーカーシステムのレベルコントロールの調整も同じで、
初めて鳴らすスピーカーシステムで、しかも4343のようにレベルコントロールが3つのあるような場合、
音を鳴らして気になった帯域を気のむくままいじっていても、全体のバランスをうまくとることはむずかしい。
めんどうくさいと感じても、ここでも順番を守って調整していくことで、基本的なバランスを得られる。

この基本的なバランスを得ずに、気の向くままいじっていては、オーディオはいつまでたっても泥沼のままだ。
とにかく基本的なバランスを最初に得ることが大事である。
そして、低音を基本として、という意識をつねにもっていたい。

低音こそ音楽の土台であり、この土台をしっかりと構築していくことが基本である。
土台をいいかげんなままにしておいて、その上に築き上げられる帯域をあれこれいじっても、うまくいくわけがない。
そうやっていても、たまたまうまく鳴ることがあるけれど、ほかのところをいじって、その音がくずれたとき、
もう一度、その音を再現できるかというと、難しいはずだ。
それは土台となる低音域が構築されていないからである。

五味先生は「音の清澄感を左右するものは、低音である」と「五味オーディオ教室」に書かれていた。

低音という土台・基本を出発点としているならば、この言葉を実感できるはずだ。

Date: 9月 26th, 2011
Cate: 4343, JBL, ユニバーサルウーファー

スーパーウーファーについて(その15・続々続余談)

ミッドバス(2121)のレベル調整がいちおう決まったら、
次はミッドハイのレベルコントロールを上げていきレベル調整を行う。
ここでも、くり返すが、モノーラル音源を使うことを忘れないこと。

ミッドハイのあとはトゥイーター(2405)のレベル調整を行う。
もちろん、ここでもモノーラル音源を使う。

モノーラル音源は、なにもモノーラル録音である必要はない。
コントロールアンプにモードスイッチがついていれば、モノーラルにすればいい。
思い出してほしいのは、コントロールアンプについている機能は、
音を調整していくためにも必要な機能でもある、ということだ。

こうして4343を構成する4つのスピーカーユニットのレベル調整が終ったら、
しばらくの期間は、好きな音楽を聴いて過ごすのがいいと思う。

もちろんモノーラルでのレベル調整を終えた後にステレオで再生して、さらに細かいレベル調を続けて行っていい。
けれど、トゥイーターのレベル調整を終えるのに、ひとりでこの作業を行っているとけっこうな時間をとらえる。
誰か協力してくれる人がいて、4343の脇でこまかくレベルコントロールをいじってくれる人がいれば、
椅子から立ち上らなくても済むだけでなく、それ以上にレベル調整の作業ははかどるものである。

でもひとりだと、そうはいかない。
何度も何度も椅子から立ち上り4343のところへ行きレベルコントロールを動かしては、
また椅子に坐り音を聴き……、をくり返さなければならない。

まとまった時間のとれた時にこの作業を行ったとして、けっこうくたくたになる人もいるはず。
2405のレベル調整を終えた時点で疲労を感じていたら、その日はもうやめたほうがいい。

微調整は残っているとはいえ、ここまできちんと調整を行っていれば、
4343が変なバランスで鳴っている、ということはないからだ。

Date: 9月 22nd, 2011
Cate: 4343, JBL, ユニバーサルウーファー

スーパーウーファーについて(その15・続々余談)

ここからのレベル調整で気をつけたいのは、レベルコントロールの位置を左右で合わせようとしないこと。
スピーカーユニットにはバラツキがある。
これは以前も書いていることだが、
JBLはスピーカーユニットに関しては、生産上の能率差を±1dBを許容範囲としている。
もっともこれは4343をつくっていた頃の、
JBL proのアプリケーション・エンジニアのゲーリー・マルゴリスの発言で、いまのJBLがそうだということではない。

けれど4343の時代では、最大で2dBの能率差が生じることもあるわけだ。
ステレオサウンドで使っていた4343、4344ではコーン型ユニットに関しては能率差は感じなかったが、
ドライバーユニットに関してははっきりと認められるだけの能率差があった。

だから前回の補足になるが、ウーファーだけを鳴らしたときも、
できれば左右の音圧差がないかどうかチェックしておきたい。
このときプログラムソースはモノーラルのものを使った方がいい。
これは、マルゴリスも、ステレオサウンド 51号掲載の4343研究の中で語っていることだ。

左右一本ずつでの音出しをし、モノーラルでの両チャンネルの音出しで中央に音源が定位するようにすること。
場合によってはアンプのバランスコントロール、
もしくはパワーアンプの入力レベルコントロール(左右独立調整のもの)での調整が必要になるかもしれない。

ミッドバス(2121)のレベルコントロールも同様で、モノーラルの音源を用意しておきたい。
モノーラル1本ずつでレベルを調整し、モノーラル音源の中央の定位が明確になるようにしていく。

ウーファーをネットワーク通さずに鳴らしたときと、
ネットワーク通しミッドバスまで鳴らしたときの再生帯域はそう違わない。
けれど、実際にこのふたつの音を比較すると、大きな違いがある。
片方はネットワークを経由していないウーファーだけの音、
もう片方は3つのフィルター(ウーファーのハイカット、ミッドバスのローカットとハイカット)を通って、
しかも2つのスピーカーユニットが鳴っているわけだから、違いがあって当然なのだが、
このときの音の違いは記憶しておきたい。

Date: 9月 21st, 2011
Cate: 4343, JBL, ユニバーサルウーファー

スーパーウーファーについて(その15・続余談)

4343のウーファー2231Aが弾むような感じでうまく鳴ってくれるところ、
音楽を聴いて手応えを感じられるような音で鳴ってくれるところが見つかったら、
ここで床からの距離を試してみる。

最初から1cm刻みで高さを変えていくという人もいるだろうが、
最初は5cm単位、10cm単位ぐらいでいい。
それで床に直置き、5cmあげた状態、10cmあげた状態、15cmあげた状態の音を聴いて、
たとえば床直置きと5cmあげた状態、どちらか迷うのであれば、その中間を試してみる。
このとき4343をもちあげる台は、まず木のブロックがいい。
もちろんほかの材質のブロックを使ってもかまわないが、
最初は同じ材質で高さの違うブロックを用意しやすいということで、木をすすめる。

この時点で、ウーファーを固定しているネジの締付け具合による音の変化も確認しておきたい。
しっかり締めた状態、すこしゆるめた状態、あきらかにゆるめた状態の音を聴いて、
音楽のメロディが明瞭に聴こえるところにしておく。
締めつけすぎはよくないが、しっかり締まっていなければ、音楽のメロディは明瞭に聴こえてこないはずだ。

ここまでやって、これから上3つのユニットのレベル調整にとりかかる。
ここからはバイアンプ駆動のロータリスイッチを通常のポジションに戻す。
ミッドバス(2121)、ミッドハイ(2420)、トゥイーター(2405)のレベルコントロールは完全に絞っておく。
そしてミッドバスのレベルコントロールをあげていく。ウーファーとのバランスをはかりながら調整していく。
ミッドバスのレベルをあるところまで調整できたら、ここでもミッドバスを固定しているネジ締付け具合を調整する。

だからといって、ここでものすごいこまかい微調整まで行わなくてもいい。
まだチューニングの途中なのだから。

Date: 9月 21st, 2011
Cate: 4343, JBL, ユニバーサルウーファー

スーパーウーファーについて(その15・余談)

低音域こそが土台であり基本であり、そこに、その上の帯域を築いていく、ということは、
なにも既存のスピーカーシステムにスーパーウーファーを加えて調整するときだけでなく、
既製品のスピーカーシステムについても同じことだ。

今年の2月から毎月第一水曜日に四谷三丁目の喫茶茶会記で行っている公開対談の前々回で、
JBLの4343をどう鳴らすのかをテーマにしたときにも話したことだが、
4343の調整方法として、こういうやり方もある。

4343はバイアンプ駆動が行えるようになっている。
リアバッフルの入力端子の近くに、
マイナスドライバーで切り替えられるようになっているロータリースイッチがある。
これをまずバイアンプ駆動のポジションにする。
そしてパワーアンプからのスピーカーケーブルは下側の端子(つまりウーファー用の端子)に接ぐ。
ウーファーの2231A(もしくは2231H)をフルレンジとして鳴らすことになる。

ボイスコイルボビンとコーン紙との接合部分に、
f0を下げるためのマスコントロールリングが装着されている2231Aだから、
2220やD130のウーファー版の130Aのように、
またはアルテックの515のようにある程度まで中高域まで伸びているわけではないが、
高域は完全に不足しているものの、音楽のメロディは聴きとれる。
この状態で、4343の設置場所をあれこれさぐる。
つまりウーファー(低音域)ができるだけよくなるところをさぐりだすわけだ。

スピーカー背面の壁からの距離、左右の壁からの距離をあれこれ試す。
このときは、床に直置きでもかまわない、というか、直置きのままのほうが動かしやすく、
最適もしくは好適な場所をさぐりやすい。

床からどのぐらい離すかは、最初にやらなくてもいい。
もちろんブックシェルフ型のスピーカーシステムだったら別だが、
4343は4面仕上げしてあるとはいうもののフロアー型スピーカーシステムであるからだ。

Date: 9月 19th, 2011
Cate: ユニバーサルウーファー

スーパーウーファーについて(その16)

私自身も、最初からそう捉えていたわけではなくて、
QUADのESLの低音に大きな不満は感じていたわけではないが、
さらに拡充しようとしたときには、そこに「つけ足す」という認識でいた。

当然そういう選択眼で、市販されているウーファー(ユニットを含めて)見ていたから、
これといって目ぼしいモノはないように受けとめていた。

これが変っていったのは、ずっと後である。
自分でサーロジックのスーパーウーファーを使いはじめたこと、
それと菅野先生の「音」を聴くことができたからである。

菅野先生のスピーカーは、ここで改めて書くまでもないと思うが、3システムある。
既製品のスピーカーシステムはマッキントッシュのXRT20だけで、
あと2つのシステムは、菅野先生自身によってスピーカーユニットを組み合わせてまとめあげられたもの。

ここで注目してほしいのは、その2つのシステムの低音を受け持つのは共通している、ということだ。
JBLのオリンパス風の一種のバスレフ型のエンクロージュアに、ユニットはJBLの2205をおさめられている。

この上に、2つのシステムを構築されている。
ひとつはJBL375と蜂の巣(537-500)の組合せを中心としたもので、
もうひとつはジャーマン・フィジックスのDDD型ユニット、Trobadour80を中心としたものだ。

菅野先生のシステムの変遷についてご存じの方は説明は不要だろうが、
いま2205がおさめられているエンクロージュア(パイオニアLE38A)には、
いくつかのウーファーがとりつけられてきた。
パイオニアのPW38A、ソニーのULMやトリオのユニット、
アルテックのウーファーも515Bをはじめいくつかを試されている。
JBLではLE15Aから2220、そして現在の2205である。

このあいだ中高域を受け持ってきたのはJBL375+537-500である。
トゥイーターは075。このところには変化はなかった。

Date: 9月 18th, 2011
Cate: ユニバーサルウーファー

スーパーウーファーについて(その15)

中高域にコンデンサー型ユニットを採用し、低音域だけをコーン型ユニットに受け持たせた、
いわゆるハイブリッド型と呼ばれることの多いスピーカーシステムのすべてを見て聴いているわけではない。
だから、もしかすると私がこれから書くことと違う構成のものが存在していたかもしれないが、
すくなくとも大きな傾向として、このハイブリッド型スピーカーシステムのウーファーは、
比較的小口径のコーン型が採用されている。

なぜかといえば大口径のコーン型のウーファーの、いわゆる音の重さを嫌ってのことだろう。
コンデンサー型ユニットの軽やかさに追従するためには、コーン型ウーファーも、
小口径、中口径のもののなかから選び、振動板の面積が不足するのであれば、複数使用する──。

もっともらしい理屈のように思えるが、
実はこれが、うまくいかなかった、大きな理由ではないだろうか、と私は考える。

たとえば、中高域が無指向性ユニットならばウーファーも無指向性にしたほうがいい。
そのためにウーファーをエンクロージュアの正面にとりつけずに、
エンクロージュアの底面にとりつけ床に向けて放射して無指向性にする──、
これと似たような発想に思えてしまう。

なぜ低音域に関しては、スーパートゥイーターにあった発想の自由度がこうも失われてしまうのか。
むしろスーパートゥイーターに関してよりも、
スーパーウーファーに関してのほうが自由度がなければうまくいかないのではないだろうか。

この問題について考えると、この項の(その14)に書いた、
「コーン型ウーファーをつけ足す」という発想そのものが、じつは間違いの元、
スーパーウーファーは難しい、ということに生み出している、としか思えない。

スーパートゥイーターはつけ足す、という感覚でとらえてもいいが、
スーパーウーファーはつけ足す、という感覚ではうまくいかない。
なぜなら、低音域こそが土台・基本であるからだ。
つけ足す、のではなく、そこに築いていくものであるからだ。

Date: 9月 18th, 2011
Cate: ユニバーサルウーファー

スーパーウーファーについて(その14)

振動板といっても、コーン型ユニットとコンデンサー型ユニットでは、
前者が振動板であれば後者は振動膜である。
さらに前者にはボイスコイルとボイスコイルボビンがそこにぶらさがり実効質量が大きくなりがちなのに対し、
後者の振動膜にはボイスコイルもボイスコイルボビンもいらない。

それに駆動力のかかりかたも大きく違う。
コーン型ではボイスコイルが振動板の駆動源となるが、コンデンサー型では振動膜全面に駆動力がかかっている。

その駆動力を生み出している原理の違いもあるから、どちらがどうとは一概にはいえないところはあるけれど、
コンデンサー型スピーカーは、やはり軽やかな音を出すものが多い。
鈍い、なにかをひきずったような、悪い意味での重さにつながるような音は出さない。

そういうコンデンサー型スピーカーシステムの低音域の再現能力をより充実させようと思ったときに、
安易にコーン型ウーファーをつけ足してもうまくいかない──、
そんなふうに、これまでいわれてきた。

確かにメーカー製の、コンデンサー型ユニットにコーン型ウーファーを足したスピーカーシステムで、
うまくいった例はあるのだろうか。
私が聴いた範囲内では、残念ながら成功例といえるものには出合えなかった。

そういった製品ばかりが続いていると、なにか原理的にうまくいかないのではないか、
とつい考えてしまいがちになるが、ほんとうにそうなのだろうか。
コンデンサー型スピーカーの低音域を拡充するには、
同じコンデンサー型の大型ユニットをもってこないとだめなのか。

スーパートゥイーターに関しては、ユニットの動作原理・振動板の形状について比較的自由であったのに、
なぜかスーパーウーファーに関しては、その自由度を、自ら手放してしまっているように感じることがある。