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Mark Levinsonというブランドの特異性(その36・補足)

夕方に、Kさんから電話があり、
瀬川先生もトーンアームの高さ調整には、ずいぶん神経を使われていたことを聞いた。

やはり瀬川先生も、レコードの厚みがかわることで、
カートリッジのヴァーティカルトラッキングアングルが変ってしまうことを指摘されており、
その都度調整されていたとのこと。

さらにレコードには、実効垂直録音角がある。
意外に思われるかもしれないが、1960年代まで、レコード会社によって、
実効垂直録音角はまちまちだった、ときいている

実効垂直録音角とは、ラッカー盤にカッティングする際、
カッター針の動きそのままの溝が、最終的に刻まれるわけではない。
もちろんカッター針で刻んだ直後は、針の動きそのままだが、
ラッカー盤の弾性によって、すこし元に戻ってしまう。いわば溝が変形してしまうわけだ。

この現象は、CBSが発見している。
これにより、垂直録音角がずれてしまう。
どの程度のズレが生じるかというと、ウェストレックスのカッターヘッド3Dだと、垂直録音角は約23度。
それが0度から1度程度になってしまう。この値が実効垂直録音角となる。
つまり22度ほど戻ることになる。

ヨーロッパのレコード会社で使われていたノイマンのカッターヘッドの垂直録音角は0度で、
実効垂直録音角は約−10度だと言われていた。

これだけまちまちだと、カッターヘッドの実効垂直録音角と
カートリッジのヴァーティカルトラッキングアングルが一致せず、
垂直信号に第2次高調波歪、混変調歪が発生、
左右チャンネル間での周波数変調歪、クロストークが発生するといわれ、
正確なピックアップは望みようもないため、
RIAAとIECによって、実効垂直録音角を15度に統一するように勧告が出された。

シュアーのV15の型番は、このヴァーティカルトラッキングアングルが15度であることを謳っているわけだ。

このようにレコードの実効垂直録音角は、ほぼ15度に統一されたわけだが、
レコード会社によって、じつはわずかに異る。
といっても以前のようにバラバラではなく、15度から大きくても20度までにおさまっていると聞いている。

だから厳密には、レコードのレーベルが違えば、厚みは同じでもトーンアームの高さ調整、
つまりカートリッジのヴァーティカルトラッキングアングルを調整すべきである。

Kさんの話では、瀬川先生は、お気に入りのレコードでは、最適と思われる角度(高さ)を見つけ出されて、
1枚1枚ごとにメモされていた、とのことだった。

最良のヴァーティカルトラッキングアングルを見つけるにはどうしたらいいかというと、
レコードの最内周での音で決める。

レコード内周ではトラッキングが外周よりも不安定になり、音像定位も不確かになってくる。
だから最外周と同じような音像定位の明確さと、フォルティシモでのトレースの安定度、
ビリツキのなさ、混濁感の少なさに耳の焦点を合わせれば、
馴れもあるけれど、最良の高さにするのは、それほど難しいことでもない。

そういえば、瀬川先生がデザインに関われていたというオーディオクラフトのAC3000 (4000) シリーズは、
高さ調整を容易にするために、目盛りがふってあったはずだ。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続×七 825Ω)

オルトフォンのSPUシリーズ用として、STA6600という昇圧トランスがあった。
同じデンマークのトランス・メーカー、Jörgen Schou(JS)社のトランスを、ケースに収めたもので、
どちらかといえば安価な製品だったが、いま中古市場では、ときにかなり高価な値付けがされているらしい。

STA6600の、当時の評価は、それほど高いものではなかったし、
その後のMC型カートリッジブーム時に登場してきたトランスに比べると、
あきらかにナローレンジで、トランスらしい、というよりも、トランス臭さといった、
ネガティヴな印象のほうを強く感じさせてしまう。

実は、STA6600を持っていた。使っていたというよりも、格安で売られていたのを見つけたので、
とりあえず買っておいていた、という感じだった。

STA6600のつくり、内部配線を見ると、これでは、トランスがもったいない、と思う。
それで、たまたま引抜き材の、手頃な大きさのアルミのシャーシーが入手できたのをきっかけに、
STA6600のトランスを取り出し、こうすればいいのに、と思っていたことを実行してみたことがある。

このトランスの製作にかかった費用は、STA6600を別にすると、1万円もかかっていない。
加工や配線も、ほぼ1日で仕上げられた。

たやすく作ったように思われるだろうが、トランスの取りつけ方、アースの配線、配線の引き回し、
インピーダンス整合など、市販の製品がこうやっているから、という常識にとらわれることなく、
自分で納得のいくやり方を通した。

そして、このトランスを、早瀬さんのところに持ち込んでた。1989年だった。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その34・補足)

この項の(その34)で、すこし触れているマーク・レヴィンソンが録音・制作し、
MLAシリーズとして発売されていたアナログディスク。

レヴィンソン自身が言う、「音楽のイベントを正確に捉える」こととは、いったいどうものなのかを知る上で、
これらが録音されて30年以上経っているが、それでも、いま一度聴いておきたい。
そう思っていても、1枚7000円していたMLAのレコードを、いったいどれだけの方が購入されただろうか。
ごくごくわずかだろう。
それらが中古レコードとして出回ることは少ないだろうし、ばったり出会すことも稀なのはわかっているが、
そう思うと、よけいに聴きたくなるものである。

ふと、もしかして、と思い立って、Red Rose Musicのサイトを見たところ、
MLAシリーズのレコードすべてではないが、いくつかは、SACDで、いまでも入手できる。

当時、45回転LPで4枚組、つまり7000円×4で、28000円した、
チャールズ・クリグハウムのオルガンによるバッハのフーガの技法が、いまでは10ドルで購入できる。

レヴィンソンは、ステレオサウンド 45号のインタビューで、ソース・マテリアルという言葉を使っている。
日本では、プログラムソースという表現は使われるが、
原料・材料、資料・データの意味の material を使うことは、まずない。

この言葉に、レヴィンソンの考えがはっきりとあらわれている、と言えるだろう。
それとも、アメリカでは、ソース・マテリアルは一般的なのだろうか。

スチューダーのA80をベースにしたマスターレコーダーを20台用意して、
マスターテープを20本、同時に製作し販売することを考えていたレヴィンソンだから、
アナログディスクへの思い入れよりも、よりよい状態での提供を第一としていたのだろうから、
聴き手であるわれわれも、ソース・マテリアルとして、MLAのSACDを捉えたほうがいいのかもしれない。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続×六 825Ω)

伊藤喜多男先生は「トランスは生き物だ」と言われていた。

同じトランスが、ケーシングの違い、アースの取り方をふくめた配線の仕方、
インピーダンス整合をどうとるか、取りつけ方などによって、驚くほど音は変化していく。

電源を必要とせず、インピーダンス変換を行なったり、アンバランス/バランスの変換、
昇圧などをこなしてくれる。

MC型カートリッジの昇圧手段として、ヘッドアンプか昇圧トランスか、は度々語られてきた。
どちらを採るかは、人それぞれだろうし、同じ人でも、使うカートリッジや、
聴きたいレコードによって、使いわけもされていることだろう。
どちらが優れているかは、実際に市販されている製品を比較するわけだから、
方式の優劣よりも、製品の完成度を比較しているにすぎない。

だから断言こそできないが、それでもオルトフォンのようなローインピーダンスのモノには、
トランスに分があるように感じている。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続×五 825Ω)

MC型カートリッジをヘッドアンプで使うとき、必ずしも、
カートリッジのインピーダンスとヘッドアンプの入力インピーダンスを一致させる必要はどこにもないし、
すこし極端なことを言えば、ハイインピーダンスのMC型カートリッジをローインピーダンスで受けても、
カートリッジ本来の特性は活かしきれないものの、ヘッドアンプやカートリッジがこわれたりはしない。

ヘッドアンプの入力インピーダンスを切り替えてみると、わりとハイインピーダンスで受けたほうが、
伸びやかさが増す傾向にある、と言えるだろう。
特にローインピーダンスのカートリッジを、そのままローインピーダンスで受けると、
ヘッドアンプの場合、どこか頭を押さえつけられているかのような印象がつきまといがちだ。

良質のトランスと組み合わせた時の、フォルティシモでの音の伸びの気持ちよさが、
すっと伸び切らずに、スタティックな表情にやや傾く。
そういうところを、レヴィンソンは嫌ったのだろうか。

最初は3Ωあたりから聴きはじめ、10Ω、20Ω、100Ω……と聴き続けていき、825Ωという値にたどりついたのか。

1kΩでも良さそうなものなのに、とも思う。
けれど825Ωに、レヴィンソンがこだわるのは、ある特定のカートリッジで、
音を追い込んでいき、決めた値なのだろうか……。

しかし、この825Ωという値は、マーク・レヴィンソンがいなくなった後のアンプ、
No.26L、No.28Lにも受け継がれている。
そしてスレッショルドのXP15も採用しているということは、
意外にも汎用性、普遍性のある値なのかもしれない、とも思ってしまう。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続々続々825Ω)

マークレビンソン・ブランドのカートリッジ MLC1以前に、
マーク・レヴィンソンが使っていたカートリッジが何だったのかというと、
いくつかのブランドのMC型カートリッジを使っていたなかで、
スペックスのカートリッジを常用している、ということを聞いたことがある。

当時スペックスといえば、「日産21個」という広告が印象に残っているが、
ステレオサウンドで取りあげられる機会もそれほど多くはなく、
地味なブランドのように受けとめている人も少ないだろうが、
アメリカでの人気は非常に高かったときいている。

1970年代後半から、アメリカでMC型カートリッジがもてはやされるようになったのは、
スペックスのSD909が、先鞭をつけたからである、とも言われている。
レヴィンソンが使っていたとしても、不思議ではないし、MLC1もスペックスのOEMだという話も聞いている。

スペックスは、一貫してオルトフォン・タイプのMC型カートリッジをつくってきていて、
SD909のコイルの巻枠にはパーマロイ系の材質を使用し、形状は四角形で、
井桁状に左右チャンネルのコイルが巻かれている。
コイルの巻数はオルトフォンのSPUよりも多いようで、SPUが負荷インピーダンス2Ωに対し3.5Ω、
出力電圧もSPUの0.2mV (5cm/sec)よりもすこし増え、0.28mVとなっている。

MLC1は写真でしか見たことがなく、スペックも知らない。
出力電圧、インピーダンス、針圧などがどれだけなのかはわからないが、
もしスペックスのOEMが本当の話だとしたら、SD909をベースにしたものであるだろうし、
基本特性はほぼ同じであろう。

つまりSPUタイプのローインピーダンスのMC型カートリッジの負荷インピーダンスとして、
レヴィンソンは825Ωを選択した、と考えても、そう間違ってはいないと思う。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続続々825Ω)

1980年に登場したML7Lは、パネルフェイスはML1L、JC2と同じでも、
内部はまるっきり一新されていた。

JC2やLNP2で採用された、マッチ箱大のモジュールユニットは、メイン基板の上に、
それぞれのアンプ部が構成された、いわゆるドーターカード式に変更されるとともに、
回路を構成する部品点数も大幅に増え、カードの大きさも、かなり大きくなっている。

フォノカードがL3、ラインアンプのカードがL2で、さらにフォノカードは、
MC型カートリッジが直接接続できるL3Aカードも用意されていた。
このL3Aカードの入力インピーダンスが、825Ωだったのだ。

それまでMC型カートリッジ用ヘッドアンプの入力インピーダンスといえば、
低いもので10Ω、高いもので100Ω程度で、カートリッジのインピーダンスによって切り替えるようになっていた。
そういう時代に、825Ωという値を採用したマークレビンソンのML7L。
その利用は、聴感を重視した結果ということを、ステレオサウンドのインタビューで、
マーク・レヴィンソンが答えていたはずだ。
技術的な理由は、一切語っていなかった、と記憶している。

当時、マークレビンソンからは、MC型カートリッジ、MLC1も登場していた。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続々825Ω)

プレーヤーのキャビネットの上に、指で弾くと、ガチャガチャと安っぽい雑共振の音がするもの、
たとえばカセットテープのケースやCDのプラスチックケースなどを置いてみる。
きちんと調整がなされているアナログプレーヤーであれば、
置いた途端に、音の品位が損なわれるのが、はっきりとわかる。

プレーヤーのキャビネット、ベース上に、便利だからといって、針先のクリーナーや針圧計、
その他、アクセサリー類を置きっぱなしにしているのであれば、まずそれを片付けてみる。
つまり別のところに移動する。
これだけで、すっきりと、細部まで、ローレベルまで、見通しのいい音になる。

トーンアームは共振物である。

すこし以前のものだが、ラックスのPD444、トーレスンのTD226やリファレンスなどは、
トーンアームを複数取りつけが可能だ。
これらのプレーヤーで試してみると、トーンアームが1本余分についていることが、
どれだけ音を濁しているのか、はっきりとわかる。

気にいっているカートリッジを、すこしでもよい状態で鳴らすために、
専用のトーンアームを、それぞれに用意したことが、結果として影響を与えてしまう。

それでもトーンアームを2本使いたいとき、つまりカートリッジを交換しながらも、
できるかぎり調整して追い込んだ音で聴きたいときには、どうすればいいのか。

プレーヤーを2台用意できれば、それに越したことはないが、
そう簡単にできることでもない。

あとはオーディオクラフトのAC3000 (4000) MCのように、アームパイプが複数用意され、
カートリッジのコンプライアンスによって交換できるモノを使う手もある。
これでも交換のたびに調整の手間は必要となる。
もうひとつ、トーンアーム1本の時の音を聴かないことだ。

一度でも聴いてしまうと、耳が憶えてしまい、求めてしまう。
だから、あえて聴かない。
聴かないことも、時には、重要となることがある。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・続825Ω)

当時、オーディオクラフト、サエクからは、
MM型カートリッジ用は低容量のシールド線、MC型カートリッジ用は低抵抗のシールド線という具合に、
トーンアームの出力ケーブルがそれぞれ用意されていた。

シールド線の構造上、低抵抗を実現するために芯線を太くすると、シールド線との間隔が狭まり、
結果として線間容量は増す。
線間容量を減らすには、芯線とシールド線との間隔を広げることで、こんどは芯線が細くなり、抵抗値が増す。

もちろん芯線を太くして低抵抗を実現しながら、シールド線との間隔を広げれば、低容量も両立できる。
ただし線径はかなり太くなってしまい、ケーブルの取り回しが面倒になる。
それにコネクター部の処理もたいへんなことになる。
それからフローティングプレーヤーを使用していると、フローティング機能そのものの妨げにもなる。

ケーブルの太さにも限度がある以上、低抵抗と低容量を実現するのは、なかなか難しい。
このことは、つまり一本のトーンアームで、
カートリッジをMC型、MM型と頻繁に交換するうえでの問題点とも言える。

どんなに針圧、トーンアームの高さやその他の調整を、カートリッジ交換のたびにまめに調整したとしても、
トーンアームの出力ケーブルが、どちらかのタイプがついたままならば、
すべての苦労が無駄になる、とは言わないまでも、詰めの甘さが残ることとなる。

もっともカートリッジのコンプライアンスを考慮すると、
トーンアームの実効質量とのマッチングも必要となるため、
事実上は、一本のトーンアームでMC型、MM型のカートリッジを混用するのは避けるべきだ。

となると1台のプレーヤーに2本以上のトーンアームを取りつけて、
それぞれMC型、MM型用にするという手も、もちろんあるけれど、これはこれで別の問題が生じてくる。

Mark Levinsonというブランドの特異性(余談・825Ω)

「825Ωの復活か」──
エレクトリのサイトで公開されている
パス・ラボラトリーのフォノ・イコライザーアンプXP15の入力端子の拡大写真を見ていて、そんなことを思った。

1970年代、プログラムソースといえばアナログディスク(LP)だった時代、
コントロールアンプだけでなくプリメインアンプにも、フォノ入力の負荷抵抗を切替え機能が装備されていた。
MM型カートリッジの、メーカー推奨負荷抵抗値は、47kか50kΩ。
アンプ側も、標準の入力抵抗は47kか50kΩだが、この他に68k、75k、100kΩのポジションも用意されていた。
たいていは値が大きくなるだけだが、一部、25k、10kΩのポジションを持つアンプもあった。

標準の50k(47k)Ωよりも負荷抵抗値を上げていくと、カートリッジの高域特性のピークがより持ち上がる。
負荷抵抗を下げていくと、なだらかに高域が減衰していく。

また負荷容量を変えていくと、やはり高域特性に変化が見られる。
負荷抵抗を50kΩに固定して、負荷容量を増やしていくと、やはり高域のピークが大きくなるとともに、
ピークの中心周波数がわずかに低くなる。

トーンコントロール的な変化に近いが、たとえ同じような周波数特性になったとしても、
トーンコントロールで高域を上昇させた音と、
負荷抵抗を標準値よりも高くした音は、表面的な効果は似ていても、
カートリッジのピークは振動系のものだけに、音楽の細かな表情は,ずいぶんと違いが生じる。

だから負荷抵抗をあげて負荷容量も増すという使い方もあれば、
負荷抵抗だけを下げて、ということも試しながら、トーンコントロールとも併用してみる。
70年代のアンプでは、そういう使い方ができた。

さらに負荷容量に関しては、トーンアームの出力ケーブルがもつ線間容量も、負荷容量にプラスされる。
この部分のケーブルが長くなると、それだけ負荷容量は増していく。
1mのケーブルと2mのケーブルでは、同じ品種ならば、後者の線間容量は2倍の値になる。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その39)

暗中模索が続き、アンプは次第に姿を変えて、ついにUX45のシングルになって落着いた。NF(負饋還)アンプ全盛の時代に、電源には定電圧放電管という古めかしいアンブを作ったのだから、やれ時代錯誤だの懐古趣味だのと、おせっかいな人たちからはさんざんにけなされたが、あんなに柔らかで繊細で、ふっくらと澄明なAXIOM80の音を、わたしは他に知らない。この頃の音はいまでも友人達の語り草になっている。あれがAXIOM80の、ほんとうの音だと、わたしは信じている。
誤解しないで項きたいが、AXIOM80はUX45のシングルで鳴らすのが最高だなどと言おうとしているのではない。偶然持っていた古い真空管を使って組み立てたアンプが、たまたま良い音で鳴ったというだけの話である。しかしわたくし自身はこの体験を通じて、アンプというもののありかたを自分なりに理解できたつもりであり、また同時に、無責任な「技術の進歩」などという言葉をたやすくは信じなくなった。
     ※
ステレオサウンドの7号(1968年)に、瀬川先生が書かれた文章である。

瀬川先生が理解された「アンプのありかた」、AXIOM80が啓示した「アンプのありかた」──、
これらのことが、瀬川先生とLNP2との出合いにつながっていく。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その38)

このころから、レヴィンソン自身が目指している音のベクトルと、
瀬川先生が求められている音の性格が、すこしずつ離れてはじめてきたようにも感じられる。

瀬川先生がLNP2をはじめて聴かれたときからML2L登場までの数年間は、それはぴったり重なっていたように、
読者だった私は、そんなふうに受けとっていた。

それがHQDシステムについて書かれた記事、ML3Lについての文章、
そして1981年6月にステレオサウンド別冊として出たセパレートアンプ特集号の巻頭の文章と読んでいくうちに、
すこしずつ確信を深めていくようになった。

あきらかにレヴィンソンと瀬川先生の求めている世界が変わりはじめていることを。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その37)

(レヴィンソン自身だけでなくブランドも含めて)Mark Levinsonにとって、
1977年は、パワーアンプのML2LによりHQDシステムを完成させただけでなく、
前述したようにレコード制作にも、いままで以上に積極的に取り組むなど、ひとつのピークを言えるだろう。

MLAのレコードが日本に正式に輸入されるようになったのは77年からだが、その約2年前に、
ピアノ・ソロのMLA2は録音され、レコードになっていたらしい。

このレコードにつかわれているピアノは、マーク・アレン・コンサートグランドという、はじめて聞くものだ。
70年代半ばごろに、アメリカでつくられはじめたカスタムメイドのピアノということで、
ベヒシュタインのメカニズムの流れを汲んでいるとか。

話を戻そう。
ステレオサウンド45号のインタビューによると、77年までに1ダース以上のHQDシステムを組み上げたとある。
最低でもML2Lを6台必要とし、コントロールアンプもLNP2LかML1L、それにLNC2も必要となる。
当時ML2Lの日本での価格は、1台80万円だった。これが6台……。
計算すると、1000万円では、まったく足りない。

ウーファーのハートレーをML2Lのブリッジ接続で駆動して、
QUADのESL1台に1台のML2Lをあてがっていくと、10台のML2Lが必要となる。
ここまでやって人がいるのかわからないが、HQDシステムにはそういう余地も残されている。

HQDシステムが、どういう音で鳴るのか──、
レヴィンソンは「HQDシステムが適切にセットアップされると実に面白い事が起こるのです。
誰もがオーディオについてもう語るのを止め、音楽にじっと耳を傾け出すのです」とインタヒューで答えている。

ステレオサウンドには、瀬川先生が書かれている。
ホテルの広間を借りて、レヴィンソン自身の調整によるHQDシステムに音について書かれている。
手もとに、その号がないため正確に引用できないが、これだけのシステムとなると、
聴き手の調整次第でどうにでも変化する。
そうことわられたうえで、その時鳴っていたHQDシステムの音には、
自分だったら、こうするのに、といったことを書かれていたように記憶している。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その36)

MLAのレコードは、ビクターが開発したUHQR(Ultra High-Quality Record)となる。

MLAのレコードに限らず、キングのスーパーアナログディスクなどの高音質を謳ったものは、
重量盤が大半で、厚みも通常のレコードの平均値と比して、けっこうな厚みである。
そのことに価値を見いだす人が多いからなのだろうが、個人的には重量盤、
正確に言えば厚みのあるレコードは、それほど好きとは言えない。

理由は、レコードの厚みが変われば、
カートリッジのヴァーティカルトラッキングアングルが変わってしまうからだ。

アナログプレーヤーの調整の基本として、レコード盤面にカートリッジの針を降ろした状態で、
トーンアームのパイプが水平にするようになっている。
実際に音を聴きながらトーンアームの高さを調整していくと、水平状態よりも、
ほんの気持分、トーンアームの支点(軸受け)側のほうが持ち上がっているほうが、
トレースも安定するようだし、音を聴いても納得できる。
長島先生も、すこし高めにしたほうがいい、としきりに言われていた。

完全な水平がいいのか、すこし高めにしたほうがいいのか、
どちらがいいのかは措いとくとしても、トーンアームの高さ調整が、
トレース能力、音に関係していることを否定される方はいないはず。

だから真剣にアナログディスク再生に取り組むのであれば、トーンアームの高さ調整は、
調整が進めば進むほど、ほんのわずかな差でもはっきりと聴き取れる差となってくる。
そうやって位置決めをしても、厚みのあるレコードをかけるならば、
その度にレコードの厚みによって調整をしなければならない。
そして、また平均的な厚みのレコードのときには、元に戻さなければならない。

正直、これはめんどうな作業でしかない。
いい音で鳴らすための調整ならば、いいポジションが決まるまで根気よく音を聴き、調整し、
という行為を飽きることなくくり返せるが、すくなくとも一度決めてしまったものを、
レコードをかけ替えるたびに、またいじるのは、ごめん蒙りたい。

トーンアームの高さ、つまりカートリッジのヴァーティカルトラッキングアングルに無頓着で、
「このレコード、重量盤だから音がいいんだよ」という言葉に、説得力はない。

同じことはターンテーブルシートにもいえる。
ターンテーブルシートの聴き比べを行なうのなら、トーンアームの高さを、
シートの厚みに合わせて一枚一枚調整していくのが基本である。

Mark Levinsonというブランドの特異性(その35)

マーク・レヴィンソンは、アンプづくりだけでなく、レコードづくりのほうにも積極的に関わっていく。
MLAシリーズのレコードの発売後、MLA(Mark Levinson Acoustic Recording)社として、
録音部門を独立させている。

ステレオサウンドの45号のインタビューでは、スチューダーのA80のトランスポートを20台入手すると語っている。
これに自社製のエレクトロニクスをのせ、20台のマスターレコーダーをつくり、
録音時に同時に使い、いちどに20本のマスターテープを作るというものだ。

もちろん、20本のマスターテープは、特別価格で販売される(実際に発売されたのかはわからない)。
もし売り出していたとしたら、1本いくらしたのだろうか。

レコード制作に関しても、ハーフスピード・カッティングに優れた面を見いだしていたようで、
そのための器材の開発も行なっている、と語っている。
ただしインタビュー時点では、まだハーフスピード・カッティングは行なっていない。

レヴィンソンがハーフスピード・カッティングに目をつけた理由は、
カッティングヘッドそのもののスルーレートにあり、
これがカッティングに関して根本的な制約になっている考えからである。