Archive for category ワイドレンジ

Date: 5月 28th, 2011
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その63)

従来の同心円状のフェイズプラグの802-8Dと
タンジェリン状のフェイズプラグの802-8Gの周波数特性のグラフを見較べると、
7、8kHzあたりからなだらかに高域のレスポンスが下降する802-8G、
15kHzをこえたあたりで小さなディップがあるものの、ほぼ20kHz近くまで延びている802-8Gと、
はっきりと、その差(改善の度合)が表われている。

802-8Dと8Gの違いはフェイズプラグだけでなく、磁気回路も若干変更されている、とのこと

さらにModel 19では、2ウェイながら、高域と中域を独立して調整できるレベルコントロールがついたこともあり、
それまでナローな印象、それゆえの音の特徴をつくってきたアルテックのスピーカーシステムのイメージから、
Model 19はすこしばかり離れたところにいる。

このタンジェリン状のフェイズプラグが604シリーズに採用されたのは、
マルチセルラホーンからマンタレーホーンに変更した604-8Hからだと、実のところ、つい先日まで思っていた。
でも調べてみると、604-8Gの後期モデルには、すでにタンジェリン状のフェイズプラグが採用されている。
この後期の604-8Gはいちど聴いてみたいが、タンジェリン状のフェイズプラグは、いいところばかりではない。
形状からくるものとして、同心円状のものとくらべてダイアフラムに空気負荷がかかりにくくなる。
そのためA7では、802-8Dでは800Hzだったクロスオーバー周波数を、802-8Gでは1.2kHzにあげている。

604-8Gは、もともと1.5kHzとクロスオーバー周波数は高いところにあるためか、特に変更はされていない。

Date: 5月 27th, 2011
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その62)

アルテックを代表するスピーカーシステムは、基本的に2ウェイだった。
プログラムソースがワイドレンジになっていっても、その姿勢はくずすことなく、
それは2ウェイに固執している、ともいいたくなる一面もあった。

そのアルテックが、コンプレッションドライバーの802-8Dのフェイズプラグを、従来の同心円状の形状から、
オレンジを輪切りにしたように、スリットが放射状に並ぶタンジェリン状のものに変更した802-8Gを出してきた。
これが1977年ごろのことだ。

タンジェリン状のフェイズプラグはアルテックによる新開発の技術のように思えたが、
実のところ、1936、37年ごろにランシング・マニュファクチュアリングによって発表されている。
と書くとランシングが考えだした、と受けとられがちだし、実際にそう記述された記事もあるが、
実際にはランシング・マニュファクチュアリングのシャインだったジョン・ブラックバーンによるもの。
1939年に特許を取得している原案では、放射状にはいるスリットの数は20本、
しかも周縁部ではスリットの隙間が広くなっている。

この時期、ランシング・マニュファクチュアリングから登場したドライバーの285に採用されたものの、
同心円状のフェイズプラグのみが採用されていった。

長い間眠り続けていた技術にアルテックが光をあて採用した、ということだ。
アルテックのタンジェリン状のフェイズプラグのスリットの数は11本で、スリット幅は周縁部も中心部は同じ。

285のフェイズプラグは写真で見るかぎり金属製のようだが、
アルテックは樹脂製にし、タンジェリンの名前を強調するかのようにオレンジ色としている。

Date: 5月 27th, 2011
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その61)

スピーカーユニットに関しては、アルテックとタンノイは異る考え方でシステムを構築しているが、
エンクロージュアに関しては共通していることがある。

この項で以前書いているように、タンノイのバッキンガムのエンクロージュアは、
同時期にでていたアーデンやバークレイなどのシリーズと比較するとひじょうに堅固に作られていた。
どちらかといえば、あまりがっしりした作りではなかったアーデン、バークレイとの比較においてだけでなく、
他社のエンクロージュアと較べて(実物をみていないので断言はできないが)、しっかり作られたものだといえよう。

アルテックの604-8G(もしくは8H)をおさめたエンクロージュアは、
いわゆる銀箱と呼ばれている612、大型化したバスレフ型の620があった。
これらが、タンノイほどではないものの、それほどがっしりとしたつくりではなかったのに対し、
6041のエンクロージュアは、かなりしっかりしたつくりになっている。

同軸型ユニットを1本だけおさめたシステムは、タンノイもアルテックもエンクロージュアを、
どちらかといえば積極的に鳴らして利用していくという方向に対し、
同軸型ユニットをつかいながらも、スピーカーユニットを追加し、ワイドレンジ化をはかったシステムは、
反対にエンクロージュアの鳴きをおさえる方向でまとめている。

これはタンノイのキングダムにも、いえることだ。

Date: 5月 26th, 2011
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その60)

15インチ口径の604-8Gを中心にして、
ウーファーとトゥイーターをつけ加えて4ウェイにする、という考えは浮ばなかった。

せめて30cmの同軸型ユニットが当時もラインナップされていたら、
アルテックのユニットを使った4ウェイ・スピーカーについてあれこれ想像しただろうが、
15インチ(38cm)の同軸型ユニットを、もし使うとすれば、
ウーファーは38cm口径のウーファーをダブルにするとか、18インチ(46cm)をもってくるとか、になるが、
当時アルテックには46cm口径はなかったし、
604-8Gがあって、その他に38cmウーファーが2発あるというシステムは、
JBLの4350よりも規模が大きくなりすぎて、はたしてそこまでして4ウェイにする必要はあるのだろうか、
という疑問も湧いてきて、アルテックの604を中心とした4ウェイ構想は、私のなかでは消えていった。

たとえそれが想像だけのものとしても、604を中心ユニットとする4ウェイは、
システムとしてまとめるのが難しいのでは? というのは、オーディオに関心を持ちはじめたばかりの私でも思う。

ところが1980年にアルテックから6041が登場した。
604-8Hを中心とした4ウェイのスピーカーシステムである。
正直、驚いた。

タンノイはバッキンガムの開発にあたって、従来のスピーカーユニットを使って、ではなく、
同軸型ユニットもウーファーも新たに設計し作っているのに対し、
アルテックは既存のスピーカーユニットを組み合わせて、それも力づくで組み合わせたという印象がのこる、
そんなまとめ方で、6041を出してきた。

6041のトゥイーターは新開発のものだと当時はアナウンスされていたが、実のところ日本製だった。
当時アルテックには3000Hというトゥイーターはあったが、604-8Hと組み合わせて、
いい結果が得られそうな設計のものではなかった。

Date: 5月 26th, 2011
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その59)

瀬川先生の4ウェイ構想の記事をよんだときに、
タンノイ同軸型ユニットから発展させていく、という案を私なりに考えたことがある。

10cmから20cmくらいのフルレンジユニットから発展させていく4ウェイ構想の最初を、
タンノイの同軸型ユニット、それも38cmや30cm口径ではなく、
いちばん口径の小さな25cmのHPD295でいくというものだった。

25cm口径ならば、JBlの4343のミッドバス2121の口径は同じ。
すでに、4343のミッドハイに相当する高域ユニットも、同軸型ユニットだからすでにあるわけで、
HPD295を中心ユニットとして、ウーファーとトゥイーターをつけ加えて、4ウェイに仕上げる。

タンノイからはウーファー単体は発売されていなかった(ずっと以前は発売されていたが)ので、
ウーファーには同じイギリスということで、ヴァイタヴォックスかな、
トゥイーターは、これまたタンノイからは単体のユニットは出ていないから、
テクニクスの10TH1000(リーフ型)かパイオニアのPT-R7、
もしくはトゥイーターをネットワークではなく、専用アンプを用意して鳴らすのであれば、
能率が多少低くても使えるので、デッカのDK30を、
マークレビンソンのHQDシステムのアイディア拝借してホーンを外して使う、とか、
そんなことを考えていた時期がある。

だからバッキンガムがタンノイから登場したときには、全体の構成にやや物足りなさは感じながらも、
構想には惹かれるものがあった。

同軸型ユニットには、アルテックもある。
でもアルテックには、604-8Gしかなかった。
タンノイのように口径のヴァリエーションはなかった。

Date: 5月 25th, 2011
Cate: ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その58)

GRFメモリーの登場・成功によって健在ぶりを示しはじめたタンノイは、
翌年ウェストミンスターとエジンバラを発表。
1983年にはスターリング、’86年には創立60周年を記念したモデル、RHRを出す。

名声を回復していくタンノイのラインナップから、バッキンガム、ウィンザーはいつのまにか消えていた。
オートグラフの思想を受けついだモデルであるはずなのに、短い寿命だった。
バッキンガムの後継機種は発表されなかった。

だからウェストミンスターが、現代版オートグラフとして認識されていったように思う。

’90年に、スタジオモニターとしてSystem 215が出る。
15インチの同軸型ユニットに同口径のウーファーを加えたものだが、これをバッキンガムの後継機種とは呼べない。
System 215は’93年にMKIIに改良されたが、地味な存在には変りはなかった。

’88年には、アルニコマグネットを復活させた同軸型ユニットを搭載したカンタベリー15と
カンタベリー12も出している。

’81年以降のタンノイの流れをみていると、バッキンガムの後継機種はもう現れないものと勝手に思っていた。
ところがキングダムが登場した。1996年のことだ。

キングダムこそ、バッキンガムに感じていた物足りなさを完全に払拭しただけではなく、
オートグラフの思想を受けついだ、しかもオートグラフと肩を並べることのできるスピーカーシステムが、
やっと登場してくれた、と思わせてくれた。
オートグラフの登場から43年かかって、キングダムは登場した。

Date: 5月 24th, 2011
Cate: Autograph, TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その57)

オートグラフの設計思想は、バッキンガムに生きている、ということについては、
頭では理解できても、心情的には納得できない、ものたりなさを感じるところが、
オーディオマニアとしては、ある。

この時代のタンノイはハーマン傘下になっていた。
だから、とは断言できないものの、バッキンガムの同軸型ユニットの前面にとりつけられた音響レンズに、
時代におもねっているような印象を拭い去れないし、
エンクロージュアのつくりがすごいのはわかっていても、スピーカーシステムとしてとらえたときに、
ここがこうなっていたら、とか、あそこはこうしたら、とか(こういったことは素人の戯言であっても)、
そんなことをいいたくなってしまう。

バッキンガムのあとに、タンノイはスーパーレッドモニター(SRM)というモニタースピーカーを出す。
往時の同社のユニット、モニターレッドを思い浮ばせる名称のついた、このシステムは、
アーデンのエンクロージュアを、よりしっかりと作ったもの、といえる。

バッキンガムの音響レンズは、当時売れに売れていたJBLの4343の影響かしら、と勘ぐりたくなるし、
SRMは、タンノイのユニットを強固なエンクロージュアにおさめ、
タンノイ純正のシステムでは出しえない、味わえない、
そんなタンノイの同軸型ユニットの魅力を引き出したロックウッドの二番煎じ、というふうに受けとれなくもない。

どちらもすこし意地の悪い見方ではある、と自分でも思う。
けれど、オートグラフをつくっていた会社なのだから……、と心の奥底でタンノイには期待しているからこそ、
こんなこともいいたくなってしまう。

がんばってはいる、けれど……という印象がどこかに残っていたタンノイは、
1981年にハーマン傘下から独立し、GRFメモリーを発表する。

Date: 5月 24th, 2011
Cate: Autograph, TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その56)

    ここで話は、この項の(その30)から(その36)にかけて書いているバッキンガムのことにもどる。

    ステレオサウンド別冊の「世界のオーディオ」のタンノイ号掲載のリビングストン氏のインタビューの中に、
    「オートグラフとGRFを開発した時と同じ思想をバッキンガム、ウィンザーにあてはめているわけで、
    オートグラフ、GRFの関係をそっくりバッキンガム、ウィンザーに置き換えられるようになっているんです。」
    と語っている。

    つまりオートグラフの思想を現代技術で受けつぎ、生きているスピーカーシステムがバッキンガム、ということだ。

    バッキンガムの構成については前に書いてるのでそちらをお読みいただきたいが、
    形態的にはオートグラフとバッキンガムは大きく異っていて、
    その思想も、短絡的に捉えてしまえば、同じとはいえない、といえそうである。

    1978年にオートグラフもバッキンガムも同時に開発されたスピーカーシステムだとしたら、
    このふたつのスピーカーシステムはまったく異るスピーカーシステムといえる。

    だがオートグラフは1953年に、バッキンガムは1978年に登場したスピーカーシステムだ。
    25年の隔たりが、オートグラフとバッキンガムのあいだには存在する。
    この間には技術は進化し、スピーカーシステムを置く聴き手側の環境も変化している。
    プログラムソースの変化も、いうまでもなく、大きいものとしてある。

    これらの変化が反映された結果が、
    オートグラフから25年目に登場したバッキンガムだ、と受けとることもできるはずだ。

    同じことがオートグラフとウェストミンスターにもいえる。
    オートグラフと1982年登場のウェストミンスターとのあいだには、29年の隔たりがある。
    オートグラフとウェストミンスターは同じ時期に開発されたスピーカーシステムではない、ということ。
    このことが、オートグラフとウェストミンスターの形態的には似ているけれど、
    設計思想においては、必ずしも同じものではない、ことにつながっていく。

Date: 4月 28th, 2011
Cate: Autograph, TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その55)

菅野先生が、ウェストミンスターは60Hz以下の低音は諦めている設計だと言われた理由も、
菅野先生に「なぜウェストミンスターは、あんなに大きいの低音が出ないのか」と相談された方がそう感じた理由も、
ウェストミンスターのバックロードホーンが受け持つ、この構造ならではの量感の独特の豊かさが、
実のところ、それほど低い帯域まで延びていないためだと思っている。

ウェストミンスターが、もしオートグラフと同じコーナーホーン型であったら、
あの豊かで風格を築く土台ともなっている低音は、もう少し下まで延びていく、と考える。
でもウェストミンスターはエンクロージュアの裏側をフラットにして、コーナーに置くことをやめている。
コーナー・エフェクトによる低音の増強・補強を嫌った、ともいえる。

その結果として、ウェストミンスターはオートグラフよりも、使いやすくなったスピーカーシステムといえる。
堅固なコーナー、しかも5m前後の壁の長さを用意しなくてもすむ。
設置の自由度もはるかに増している。

ステレオサウンドの試聴室ではじめてウェストミンスターを聴いたときも、
五味先生のオートグラフとの格闘の歴史を、何度もくり返し読んでいただけに、
拍子抜けするほどあっさりと鳴ってくれたのには、驚いた。
これがスピーカーの進歩かもしれないけど、反面、物足りなさも感じていた。

オートグラフでは、まず設置の難しさがある。
それだけに理想的なコーナーと壁を用意できれば、
あの当時のスピーカーシステムとしては低域に関してもワイドレンジだといえる(はずだ)。

ウェストミンスターは、そんな設置の難しさはない。
それだけに低域に関しては、ワイドレンジとはいえないところがある。

このことは、私にとって、以前「タンノイ・オートグラフ」で書いたこと、
オートグラフはベートーヴェンで、ウェストミンスターはブラームス、ということにつながっていく。

Date: 4月 28th, 2011
Cate: Autograph, TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その54)

エソテリックのサイトではなくタンノイのサイトで、ウェストミンスターのスペックを見ていて気づくのは、
CROSSOVER Frequency(クロスオーバー周波数)のところに、
200Hz acoustical, 1kHz electrical とあるところだ。

1kHzに関しては説明は必要ないだろう。内蔵のネットワークによる。
200Hzは、ウェストミンスターのエンクロージュアの構造によるもので、
200Hz以下はバックロードホーンが受け持つ帯域となる。
オートグラフは、350Hz以下をバックロードホーンが受け持つ、とカタログにあったと記憶している。

ウェストミンスターにしてもオートグラフにしても、
このバックロードホーンの開口部はエンクロージュアの左右に設けられており、面積にするとかなり広い。
スピーカーユニットに同軸型を採用し、音源の凝縮化をはかっているのに、
200Hz(もしくは350Hz)以下の低音に関しては反対の方向をとっているといえる。

これが、ほかのスピーカーシステムでは得られない
オートグラフ(ウェストミンスター)ならではの音の世界をつくっている要素になっているわけで、
オートグラフでは20Hzまでバックロードホーンによるホーンロードがかかっているように、
カタログからは読みとれる。

ただいかなる条件下において20Hzまでホーンロードがかかっているのかというと、はっきりしない。
おそらく実際に堅固なコーナーにきちんと設置して、
しかも壁の一辺が十分な長さを持っているときに限るのではないか、と思う。

正直、この辺になると実際にコーナー型(それもコーナーホーン型)のスピーカーシステムを、
自分の手で、しかも部屋の環境を変えて鳴らした経験がないため、推測でしかいえないもどかしさがあるが、
コーナーホーン型が理屈通りに壁をホーンの延長として使っているのであれば、間違いはないはずだ。

結局、このところがオートグラフとウェストミンスターの、(少なくとも私にとっては)決定的な違いである。

ウェストミンスターの低域が-6dBではあるものの18Hzまでレスポンスがあるのは、
タンノイがスペックとして発表している以上、疑うことではない。
ただそれはレスポンスと測定できることであって、果してウェストミンスターのバックロードホーンが、
18Hzまでホーンロードがかかっていることの証明にはなっていない。

Date: 4月 26th, 2011
Cate: Autograph, TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その53)

18Hz〜22kHzとあっても、それがどのレベル差の範囲でおさまっているのかは、
エソテリックが出しているカタログには載っていない。

タンノイのサイトで調べると、18Hz – 22kHz -6dB、とある。
同じく15インチの同軸型をバスレフ・エンクロージュアに収めたカンタベリー/SEの周波数特性は、
28Hz – 22kHz -6dBとなっている。
カンタベリーのエンクロージュア・サイズはW680×H1100×D480mm、内容積は235ℓ。
容積的にはウェストミンスターの、ほぼ半分程度だ。

どちらも同じ-6dBということだから、
カタログ上ではウェストミンスター・ロイヤル/SEのほうが低域が下まで延びていることになる。

ウェストミンスターは1982年に登場した。
ステレオサウンドの試聴室で何度となく聴く機会があった。
翌日の取材の準備を終えた後、夕方、試聴室でひとりで聴いたこともあった。

そのときの印象から言えば、ウェストミンスターの低域は、カタログ・スペックほど延びてはいない。
もっと高い周波数までという感じがする。
菅野先生は、(たしか)60Hz以下の低音は諦めている設計だと言われていたのを思い出す。

中低域から、この周波数あたりまでは、独特のプレゼンスをもつ量感の豊かさがあって、
低音「感」に不足を感じるどころか、
堂々たる風格で響いてきたアバド/ブレンデルによるブラームスのピアノ協奏曲は、いまも思い出せるほどだ。

その響きに不足は感じない。
けれど、カタログ・スペック通り18Hzという非常に低いところまで十分なレスポンスが感じられたかというと、
決して、そうとはいえない。

でも、だからといってよく出来たブックシェルフ型スピーカーシステムのほうが、
レスポンス的にはウェストミンスターよりも、もう少し下の帯域まで延びている印象はあるが、
そのことが音の風格につながっているか、となると、また別問題だ。

Date: 4月 25th, 2011
Cate: Autograph, TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その52)

言葉のうえでは、オートグラフとウェストミンスターは、
どちらも15インチの同軸型ユニットを使用、
エンクロージュアはフロントショートホーンとバックロードホーンの複合型、と同じだ。

ウェストミンスターを最初にみたとき、ランカスター、ヨークにコーナー型とレクタンギュラー型が、
バックロードホーン型のGRFにもレクタンギュラー型があったように、
ついにオートグラフにもレクタンギュラー型が登場した、というふうに受けとられたかもしれない。

オートグラフを手に入れたくても、理想的なコーナーをそのために用意することがかなわない。
それであきらめていた人にとっては、
レクタンギュラー・オートグラフは、待ちに待ったスピーカーシステムだったもかもしれない。

しかし、ウェストミンスターは、レクタンギュラー・オートグラフではない。
ウェストミンスターは、あくまてもウェストミンスターであって、オートグラフではない。

オートグラフはコーナー型ゆえに、エンクロージュア後部は90°の角をもつ。
ウェストミンスターの後部は、通常のエンクロージュア同様、フラットになっている。
コーナー・エフェクトによる低音の増強を嫌ってのことである。

ウェストミンスターは、その後、ウェストミンスター/R、ウェストミンスター・ロイヤル、
ウェストミンスター・ロイヤル/HEと改良されていくときに、
エンクロージュアの寸法も多少変更されている。
カタログ上では初代ウェストミンスターはW1030×H1300×D631mmだったのが、
ロイヤルからW982×H1400×D561mm、ロイヤル/HEはW980×H1395×D560mmとなっている。
内容積もそれにともない521ℓから545ℓ、530ℓとなっている。

細かい差はあるけれど、ウェストミンスターとほぼ同じ500ℓをこえるエンクロージュアを、
バスレフ型、もしくは密閉型で作れば、かなり自然に低域を伸ばすことができる。

そのためか、ウェストミンスターの大きさだけから判断して、
うまく鳴らせばかなり低いところまで再生できる思われる方がおられるようだ。

菅野先生は、ウェストミンスターよりも、
よくできたブックシェルフ型のほうが周波数特性的には低域が延びている、と言ったり書かれたりされているし、
実際に何人かのオーディオマニアの方から、あんなに大きいの、なぜ低音が出ないんですか」
と相談を受けたことがあると話されていた。

エソテリックによるタンノイのカタログには、現在のウェストミンスター・ロイヤル/SEの周波数特性は、
18Hz〜22kHzとなっている。

Date: 4月 25th, 2011
Cate: Autograph, TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その51)

とはいうものの、五味先生がオートグラフを存在を知り、
その高価さに、半信半疑で新潮社のS氏にされ、そこで返ってきた
「英国でミスプリントは考えられない。百六十五ポンドに間違いないと思う。そんなに効果ならよほどいいものに違いない。取ってみたらどうだ。かんぺきなタンノイの音を日本でまだ誰も聴いた者はないんじゃないか」
という言葉に、「怏怏たる思いをタンノイなら救ってくれるかも」と思い、
オートグラフを取り寄せるきっかけとなったHiFi year bookは、1963年度版だから、当然ステレオになっている。
その時代に、オートグラフは、スタジオ・モニター用として、と明記されていたわけだ。

正直、オートグラフがモニター用スピーカーシステムとして使われた実例があるのか、
なぜHiFi year bookはスタジオ・モニターとしたのか、
はっきりとしたことは──以前からずっと疑問に思ってきたことだが──、あいからわずなにひとつない。

ひとついえることは、オートグラフが登場した1953年においても、
五味先生のもとにオートグラフが届いた1964年においても、
ワイドレンジを志向したスピーカーシステムであることだ。

五味先生が書かれている。
     *
S氏にすすめられ、半信半疑でとったこのタンノイの Guy R. Fountain Autograph ではじめて、英国的教養とアメリカ式レンジの広さの結婚──その調和のまったきステレオ音響というものをわたくしは聴いたと思う。
     *
オートグラフのコーナー・エフェクトを利用したバックロードホーン形式をどう捉えるかは、
人によって多少異なる面があるけれど、私は、ウェストミンスターとのはっきりとした違いがここにあり、
開発当時で、できるかぎりのワイドレンジを狙ったものだと私は思っている。

Date: 4月 24th, 2011
Cate: Autograph, TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その50)

HiFi year bookにスタジオ・モニター用と明記されていても、
それはタンノイがいっていることをそのまま載せたのか、それとも編集者がそう判断したのか、
それとも実際に使用例があるのかを確認してなのか、そのへんのことははっきりしない。

それにタンノイ・オートグラフが、
実際にスタジオでモニタースピーカーとして使われた例があるのかどうかはわからない。

ただ一部の人が、コーナー型スピーカーををスタジオモニターとして使うわけはない、ということはない。
いまの感覚からすれば、たしかにスタジオモニター用としてコーナー型スピーカーシステムを採用することは、
ないと断言してもいい。

けれどオートグラフは1953年に登場したスピーカーシステムである。
この時代、スタジオではどんなふうにスピーカーを設置していたかというと、
BBCモニターのLSU/10(LS5/1以前のスピーカー)がおかれている写真をみたことがあるが、
ミキシングコンソール(というよりも調整卓といったほうがぴったりくる)の横、
部屋のコーナー近辺に1台設置してある。

モノーラル用だからモニタースピーカーは1台。その1台をミキサーにとって真正面におくと、
録音ブースとのあいだをしきるガラス面をふさぐかっこうになり、まずい。
だからというわけでもないだろうが、比較的に邪魔になりにくいコーナー近辺に置かれたのだろうか。

この時代のスタジオの写真が他にもあれば、当時のスピーカーの設置状況がもうすこしはっきりとしてくるのだが、
少なくともミキサーの正面に置かれることはなかったといえよう。

そしてこの時代は調整卓の幅も狭い。スタジオのコーナーは自由に使えたのかもしれない。
となると、コーナー型のモニタースピーカーというのが、実際にあっても不思議ではない。

スタジオモニターにコーナー型はありえない、というのは、あくまでもいまの感覚にすぎない。

Date: 4月 19th, 2011
Cate: Autograph, TANNOY, ワイドレンジ

ワイドレンジ考(その49)

タンノイのデュアルコンセントリックのオリジナルモデル(つまりモニターシルバーの前にあたる)は、
1947年に生れている。

もともとタンノイのスピーカーユニットは、
当時製造していたマイクロフォンの校正用音源として生れたものから発展してきたものだときいている。
いわば、この時点から、その時代におけるワイドレンジを目指していたものであり、
タンノイの解答が、高域にコンプレッションドライバーによるホーン型を採用し、
ウーファーのコーン紙をカーブさせることで、中高域のホーンの延長とするデュアルコンセントリック型である。

デュアルコンセントリックが発表された年の9月、ロンドンで、第二次大戦後初のオーディオショウが開催され、
注目を浴びることになるのだが、偶然というべきか、タンノイのブースの前に、デッカのブースがあった。
デッカは、すでにSPレコードで、
高域の限界再生周波数を従来の8kHzから14kHzあたりまでに拡張することに成功していた。
デッカの、このシステムこそがffrr(full frequency rahge recording)であり、
第一弾としてすでに発売されていたのが、アンセルメ/ロンドン・フィルによる「ペトルーシュカ」だ。

デッカのffrr、この広帯域録音システムを開発したのは、同社の技師長アーサー・ハディであり、
この技術の元となったのは、
第二次大戦初においてドイツの潜水鑑を探索する水中聴音兵器のトレーニング用レコード製作の委嘱である。
12kHzまでの広帯域録音が要求されたものらしい。

タンノイとデュアルコンセントリックとデッカのffrrが、1947年のオーディオショウで出逢う。
そして、デッカのデコラ(モノーラルのほう)への採用が決り、
デッカの録音スタジオスタジオモニターとしても採用されていく。